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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

干しゴーヤ








下の少年の「 中型二輪挑戦 」の報 から、
どうにも 心配で、 鬱々と ローテンション。?


豪雨の影響 か、 採れ過ぎて困る我が家のゴーヤや
いつもあっという間に巨大化しちゃうオクラさんたちも
元気がなくて、惨敗の夏。 ??



けれども 義母の畑の ゴーヤ や オクラさんたちは めっちゃ元気で、
売りに行きたいやうな立派なゴーヤが 毎日ヤって来る。



毎朝、バナナと豆乳で ゴーヤジュースにし、
昼夜と チャンプルーに、生でサラダに、と頑張っても食べ切れず、

刻んでは塩揉みして冷凍するも、冷凍庫もゴーヤでいっぱぃ。


最後の手段は、ゴーヤ茶にしちゃう? と 干してみる。





半日で!



さすがスーパー猛暑、立秋を迎えたことなど何処吹く風な勢いで、
たった半日で、8本分のゴーヤが からからに。?




そういへば、ゴーヤ茶を好む 実家の母が、
干したゴーヤを「 らっきょう酢 」 に漬けてもイケる、
と言ってたことを思い出し、

とはいへ、もう何年も らっきょうを漬けてないし、
あれって 結構 お砂糖を入れるし、う"~ん、、と

「 らっきょう酢 」 の 配合レシピを ネットでググると、

フツーに 『 生ゴーヤの酢漬け 』 とか、
『 生ゴーヤの梅酢漬け 』 などもヒットしたため、

やっぱり、干ゴーヤは お茶にして、
明日から 『 生ゴーヤの酢漬け 』 に トライしてみやう 
 




ペン暑い

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[ 2010/08/10 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(7)

65回目の原爆忌。




       祈。 




          祈。 >  世界の恒久平和。

          希。 >  核廃絶。




       8月が近付くにつれ、こころが重たく つらくなる。

       広島 が ヒロシマ と なった日を迎えなくては ならないから。


         夏の訪れとともに そこかしこが
         慟哭渦巻く磁場に変わっていくのを肌で感じ、
         子どもの頃は、夏休みになるのが、本当に辛かった。


         自分の踏みしめる大地が、幾多のひとびとの血と骨と灰であることに
         否応なく向き合わされ、突きつけられ、
         ただただ 俯いて 震えながら 手を合わせることしかできず。


           当時は まだまだ「 鎮魂 」といった空気よりは、
           生々しい 悲しみ、怒り、怨みの念、
           そして独り生き残った母の背負う、
             どうして自分が生かされたのか、
             自分独りが生きて在ることへの 重み、申し訳なさ、後ろめたさ。


         どろどろどろ と そんなようなもので溢れ、
         四方から放たれる灼熱の慟哭を 肌いっぱいに浴びて 私は育った。








        戦後も65年を経過し、菅直人首相の私的諮問機関に
        『 新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会 』があるという。


         そこでは、

          非核三原則見直し提言  がなされ、
          武器輸出三原則も見直す よう提言された由。



       『 新たな時代 』――。


         なんと こころ踊る、未来に向かう 輝かしい言の葉であるか。

         そう、私たちは「 同じところ 」に在り続けてはならない。

         前に向かって 歩を進めねばならぬ。


         しかし、


          それが、【 非核三原則の見直し 】。

                少なくとも 核を持ち込ませることはOKにせねば。 とか、

          【 武器輸出 三原則の見直し 】。

               「 国益のため 」 なら 何でもあり、と。


         そっちの方向へ歩を進めるのであれば 話は別である。



         世界の核大国に 核を捨てよと 先頭を切って言うことのできる、
         そう行動を起こすべきであるはずの 世界唯一の被爆國は、

         大量の犠牲者の御霊に 何を学ぶこともなく、
          「 新たな時代 」を迎えることができるのか。

         65年経過した現在の核爆弾の威力たるや。


             ビキニ環礁が世界遺産となるらしいが、
             そこで行われた水爆実験では ヒロシマ原爆の940倍。
             かつてのソ連の実験の最大級は、ヒロシマ原爆の3,600倍。


         放射能の撒き散らす生物への被害は、けた違いのものばかり。

         で、それを( 核抑止力として )「 使用するために 」搭載されたものを
         基地配備されることを許す、と? 

         で、国益のため、経費節減のため、
         諸外国と武器を共同開発し、輸出も自由化しちゃう、と??




         何処へ行こうとしているのだ。


              原発のための 日本の分離プルトニウム保有量は
              既に 核爆弾5000発以上に相当し、
              とうに「 隠れた核大国 」だとも言われている被爆國は。




千羽鶴の行方1008
千羽鶴の行方1008 posted by (C)りうりう





       65年も経過し、実体験を語り継ぐ方々が減って来られている今だからこそ。

       6月23日 沖縄「 慰霊の日 」、2つの原爆忌、終戦の日。

       この4つの日くらいは、
       全国民が服喪する、鎮魂の日でありたい、と こころから想う。


       それは、鎮魂の想いとともに、2度と過ちを繰り返さないために。
       あの戦争を経て、今、自分たちが生きて在れることに感謝するために。


       強制ではなく、皆が自然にこころからそう思える。
       手を合わせる想い。 頭を垂れる想い。
       そんな國であるためには、何をどうして、どう在ればいいのだろう。





祈鶴1008
祈鶴1008 posted by (C)りうりう




今年も、平和を祈念し、職場の7人全員で千羽鶴を折る。



折鶴は 祈鶴。



鶴を折ったから、といって、何がどう変わる訳でもない。


けれど、戦没者を悼み、平和を願う、
民草の祈りのこころが込められた折鶴のひとつひとつに。

それを折っていく過程において。
それを形として目にする、その瞬間において。

祈りのこころは共有され、ひとは想いを新たにし、
また、一歩、前に踏み出して歩いていけるのではないか。

形にせずにはいられなかった想いを
等しくするひとびとの 祈りのこころに 背中をおされて。





、、、鶴を折るだけで、昨年、一昨年の想いがたち返る。


それは 日々、流されていく自分にとって、
とても 大切なことではなかろうか、と気付く。


鶴を折りながら、
鶴を折る自分、その自分の足元、自分の生きて在る場所。
しっかり見つめ 考える時間を重ねること。





      






          オキナワ、ヒロシマ、ナガサキが、
          遠い過去の歴史物語として風化し、
          忘れ去れられて行くことの恐ろしさをこころから憂う。


          あの戦争で、失われたいのちは、全て等しく同じ。

          戦地で落とされたいのちも、空襲の被害にあわれたいのちも、
          飢えて落とされたいのちも、
          操を守れと教えられ、自死されたいのちも。。。!


             しかし、被爆者の染色体にまで異常を起こさせる核の被害は、
             一過性のものではない、ということで確かに特別なものであり、

             核開発そのものが、決して許してはならない、人類の過ちである。


         ひとつのいのちについて考えることは、
         多くのいのちについて考えることにつながる。


         風化させない!


         まるで、「 なかったこと 」 のように 戦争被害を忘れ、
         輝かしい【 新しい時代 】 に 入ることは許されない。  




            それぞれのひとびとが、それぞれの立場で。
            さまざまな観方をし、とらえつつ、
            それぞれの平和について、考え続けられるように。


            にんげん、として考え、思惟を重ね。

            できること を できる形 で。

            声をあげなきゃならんときは、声が出るように。
            ヤらなきゃならん ときは ヤることができるように。



                        いつだって、この足を。

                                 前に。 前に。。。!




千羽鶴の行方10083
千羽鶴の行方10083 posted by (C)りうりう


希

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今年は 米国から駐日大使を迎え、
国連総長もお迎えすることができ。

核傘下に在らねば 安穏と生きていけない全世界の在り方を
少しは変える 変えていける 一陣の風になり得るか。



        ●  『 夕凪の街 桜の国 』

        ●  『 ヒロシマ前夜に想うこと 』

        ●  『 夕凪の街 桜の国 ふたたび 』

        ●  『 ナガサキの日に 』 ( 『 生ましめんかな 』 )

        ●  「 みたび 『 夕凪の街 桜の国 』 」



ジャンル : ライフ
テーマ : 生き方

タグ : 原爆忌 ヒロシマ 千羽鶴 折鶴 祈鶴 新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会

[ 2010/08/06 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(5)

「 法要 」 の 意義考。




         仏教において、ご法要の意義とは
         各宗派でそれぞれに異なってはいるものの、
          ( それはもう、恐ろしく異なる! )


            私自身は、( いつ ) 何処で手を合わせても同じ。
            問題は 己が手を合わせる そこに、
            己の真が在るか否か だと 思っている。

               それでも ひとつの「 区切り 」として
               わざわざ 故人の忌日に「 法要 」を営む意義は
               以下のようなところのものではないか、と。









         現代を生きる私たちで、
         本気で 神や佛の存在を信じ、日々敬虔な「 信仰 」生活を送っているひとは、
         数少ないのではないか、と思う。

         そんな私たちでも、これまで生きて来たなかで
         近しいひとびとの逝去に遭い、結果、法要に招かれたり、営んだりしている。

         前提のやうに「 確固たる信仰を持たない 」私たちが、ご法事に臨むにあたり、

         まずは、故人の忌日に、故人と縁在ったもの、として集まるのだから、
         改めて この日に故人を偲ぶこと、だったり、

         故人によって結び付けられている、参集したひとびとと自分とのご縁を想ったり、

         さらには 日常に追われ、日々流されている自分を見つめ直したり、
         様々なご縁で「 生かされて在る 」ことを再認識したり。

         たくさんのいのちの繋がりのうえに 生かされて在ることに感謝のこころを持ち、
         己のこれからの日々の在り方を想い、
         「 精進すること 」を それぞれにこころに誓うこと――。



           。。。そんなようなことが、
           各宗派を超えて 言えることなのではないか、と愚考する。



               加えて、法要に お子たちが出席することは、
               そのことで 「 仏縁 」 というものやら、
               冠婚葬祭でしか出逢わない親族 というものとの
               「 繋がり 」やら、今日までの縁 ( えにし ) を肌で識る、
               よい機会なのではなかろうか、、、とも思ったり。



           参集したひとびとが、それぞれ故人に縁( ゆかり )あるものとして、
           共に食事をし、互いの近況を伝え合うことも、また
           改めて故人を偲ぶ縁( よすが ) になるのだ、とも思う。




         なんにせよ、60代になっても未だに分家の義叔母から、
         熨斗袋の中身まで指導される面倒さ には、共感するものの、

         法要に招待されて 「 迷惑 」 とか
         包んだ金額に見合わぬフィードバックなら 「 損 」 であるとか、


             んな身も蓋もないことは、
             お願いだから、思ってても口には出さないでいて欲しい。。。 なみだ











         ご法事に 御佛前や御供として供えられた熨斗袋を お帰りの際に、

          「 お気持ちだけいただきました 」 と

         茶の子と共に 丁重にそのままお返しする風習は、
         広島市中央部だけなのだろうか。 ショック


         、、とはいへ、広島市でも、
         内々の法事だったり、本当に「 略式 」の場合だけ、である。

         それは、いただいた額の 【 半返し 】 という風習があるため、
         ご法事で いただく熨斗袋の中身に合わせ
         それぞれ異なる茶の子を手配し、後日送付や持参しなくてはならず、
         その手間を厭ったことから 始まったのではないかと思うのだが。。。

         だもんで、わざわざこの日に参集していただいたことだけで有難い、と、
         熨斗袋の中身は頂戴せずにお返しし、
         一緒に、その日にお渡ししてしまう茶の子は 一律同額のものである。



               お料理代、茶の子代 ( 会場代 )と 多人数になればなるほど
               施主側は大変であるが、現代的で合理的。
               善哉、善哉、だと 私などは感じて来た。


               けれど、ここ数年来、ご葬儀のときに、
               もう 『 満中陰の茶の子 』 を渡されるようになって来たのは
                 正直、ヤり過ぎだと思うし、ついて行けないものを感じている―― たらり











         今回の事件で、改めて。


         日頃より、「 想いを形に 」 と思っている私であるけれど、

         「 こころ 」 を 物品 という具体的な形として包むことは
         なんて難しいことなのだろう、と思ったことである。



             モノやお金で ひとのこころは はかれない。


             けれど、佛事など、
             モノやお金で 己のこころを包まなくてはいけなくなった場合、

               何処に 自分自身の判断基準を置くか。

               そこに、己の立場、とか 世間体 とかが 反映されてはいないか。

               己は、世間相場、というものから、全く 自由であれるのか。 等々。



                迷惑至極に思えた、今回の義母の爆発、憤懣から端を発し、
                     いろいろいろいろ 考えさせられたことである――。





強風

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タグ : 法事 法要 ジョーシキとヒジョーシキ 慣習 判断基準 御仏前 御供え

[ 2010/07/27 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(4)

花火大会考。









         夏の花火には 本当にたくさんの想い出がある。


            幼き頃、恐ろしかった 蛇花火、ネズミ花火。

            青春時代の線香花火。 そして打ち上げ花火――。


         なかでも1番感動したのは、最初の職場で、課内の皆で船釣りすることになり、
         上司の山口県のご実家へ 一泊させていただくことになり。

            女性陣は、上司のご実家。
            男性陣は、上司の婚家へと分かれて泊めていただいたのであった。

         山口県郡部の小さな町であったが、上司のお宅のすぐ前を川が流れており、
         20mもない、そのすぐ川向で、町主催の打ち上げ花火会がある、という。



         日が暮れて、まだ、川向が見えるのに、そろそろ始まるよ、と言われ、
         お宅の玄関のまん前の小さな堤防に腰掛ける。

         まだ昼間の熱が堤防に残っており、風も生ぬるく、
         たちまち汗が吹き出た私たちに、おかあさまが団扇を貸して下さり、
         蚊取り線香と一緒に持って来られたのは、冷え冷えの西瓜が山ほど載ったお盆。


         西瓜に かぶりついていると、徐々に風が夜の涼風に変わって行き、
         打ち上げ師の方々の背中が見えづらくなったとき、最初の一発、を観る。


         シュっ  と 音を立てて 小さな煙とともに、火の粉が真上に翔け上がり
         めいっぱぃ首を真上に伸ばした途端、
         ど~ん! という 腹に響く音と同時に大輪の花が咲く。


              をををを~!!  ぱちぱちぱち。


         思わず 拍手をすると、川向の打ち上げ師さんが、

             「 ありがと~! 今日は うまいこと、行きそうぢゃ! ?」。

         小さな町であるため、花火大会、とは言えぬほどの、
         花火の数も おそらく花火の号数も、小規模なもので、
         花火を打ち上げる筒も、2つか3つであったように思う。

         んだから、殆どの花火が単打であり、
         早打と対打が1、2度あった位であったのだが、
         けれど、その分、私たちは、その1つ1つを堪能した。


         私たちのやうに堤防に腰掛け、
         川に向けて脚をぶらぶらさせながら観ているのは、10人にも満たず、
         殆ど、私たちと数人の近隣の方々のためだけに
         花火が打ち上げられている錯覚をもてるほど、ふれんどりぃで

         真っ暗になった川向では、花火師さんたちは見えないけれど、
         打ち上げ師さんたちの息遣いや 点火される音まで聞こえてくる。

         お蔭で、緊張感ありありの 大迫力の、
         美しくも贅沢な贅沢な花火であり、感動ものの花火であった。



?





         その後、花火について学ぶ機会もあり、何度か花火師さんのドキュメントも観た。

         近年では、NHKの『 プロフェッショナル 仕事の流儀 』で、
         過去に 何度も「 日本一 」の称号を得た花火師さんが
         全国の花火師さんたちのなかで「 日本一 」を競う大会のために、
         花火を仕込んでいく1年間を追ったドキュメントも観て。

         ほんとに、花火って、凄い! 花火って素晴らしい!
         と こころから 思うものなのだけれど。


         加えて、花火をいちから作っていかれる様子を観れば、
         花火の相場が、120m上空で60mの花の咲く3号玉で約3400円、
         190m上空で170mのお花の5号玉が約1万円。

         10号玉は直径30cmの尺玉で、330mも上昇し320mもの大輪、約6万円。

         500mもの花が咲き、都内で打ち上げられるのは まずムリ、と言われる、
         二尺玉( 20号玉 )は、1発でも打ち上げられると話題になるという凄物で、
         約55万円?、、というのは、十分納得できるし、

         寧ろそれだけの価格でも、合わないのでは、と思えるくらいであり、
         花火大会で遣われる花火玉の費用が平均4000~5000万円位だと聞いても、
         そうなんだろうなぁ、、、と思う。


 
         思うんだけれど、これが、民草の税金から出されている、となれば、
         少々、もやもや気分も湧いてくる。
           ( DLなど、観る側が対価を払っているものは別 )


               皆が皆、当日 花火を観ることができる訳ぢゃないし、
               皆が皆、当日の経済効果の恩恵に与れる訳でもなく。


         4000万円?? 一夜の一瞬で消えるものに??


         それ、半分にしちゃダメなの? 
          ( 花火師さんたちのご努力や活計、、ということはちょっと横において )

         それ、半分だったら、私たちは満足できないの?  などと、
         この辛い苦しい時代に、ちょっと、思っちゃう。


         半分の2000万、本当に必要なところにまわせたら。
         事故、災害、有事の際のためにプールできたら。  なんて思っちゃう。



            私があれだけ感動した山口県の小さな町の、
            あの小さな花火大会では、いったぃ幾ら掛かったのだろう。
              小規模だったからこそ、というのはあるけれど、
              でも私たちは、一発一発を大切に観、美を堪能したのだったが。


         とはいへ、皆が夏の夜空を見上げ、一瞬の美しきものを観、
         感動を共にすることは、とても素敵なことだと思うし、
         殊に お子たちに及ぼす影響は 計り知れないものだと思うし、

         夏に 打ち上げ花火がなくなっちゃう世の中、というものには、
         寒々しいものも感じてしまう。。。。


                    んでは、いったぃ だうしたらいいんだらう。。。



?





       6月に入り、夫が、
        「 大竹のひとたちは凄い。 大竹のひとたちは凄い 」 と
       連発するので、いったぃ何が凄いのかを訊ねたところ、


       広島県大竹市では、大正時代の終わりから始まった伝統行事、
       『 大竹・和木 川まつり花火大会 』を
       大竹観光協会( 大竹商工会議所 )が毎年開催していたのだったが、
       昨年、不況のあおりを受けて ついに中止。

       しかし、中止になる前年には 約18000人が詰めかけており、
       市民から残念がる声が殺到したために、協会が復活を決める。

       だが、正直、協会としてはもっと以前から資金難でヤめたく思っており、
       存続には市民の協力が不可欠、と、
       1口1000円のたる募金で寄付を呼び掛けたところ、
       市民はもとより、大竹市の地元企業が頑張り、総額600余万集まったらしい。


       で、花火大会当日。


       協会主催で、ライオンズクラブの方々も団扇を配られたり、と、
       奔走され、市民も大勢詰め掛けて、おおいに盛り上がったらしい。


       600万円といへば、全国の花火大会の平均の7分の1程度の予算である。 

             けれども、市民の方々は、自分たちで復活させ、
             自分たちで寄付した花火、だと。
             花火の一発一発がいとおしく、美しく、
             瞳にしっかりと焼き付けられたのではないだろうか。


       実際には、またこれが毎年、、、続いて行く訳で、
       来年も600万、集まるかどうかは定かではないし、
       お世話をする方々も大変だけれど。


       んでも、これが、大竹市としてのイイ街づくりの一環として
       高位に位置づけられるやうなエピソードになる、と思えて、
       なんだか、頬が緩む。




       広島では、1時間で約1万発、来場者数が常に40万人越えの
       『 広島みなと夢花火大会 』の花火桟敷のチケットが
       近年、売り出されるようになり、即完売の人気。

          資金難解決策に 1番近いのは、やっぱり、「 対価 」方式なのかなぁ。。。


                後は、一口1000円とか決めないで少額募金も受け付けたり、
                回覧板みたく自治会通して、
                ちょっとお洒落な花火大会の団扇をつくって買って貰うとか??






ペン花火

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[ 2010/07/23 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(3)

結論。







           今年度のミュージカル出演をどうするか。


           7月10日が 主宰者の御方にお返事するタイムリミットで。



                それまで さんざんさんざん 悩んだけれど。



           公演日の翌々日から倒れ込んで4ヶ月になんなんとするのに、
           未だ体調が本調子ではなく、脚周りの湿疹も退かぬまま。


                認めたくはないけれど、
                  もう私には無理なのだろうと 結論付けざるを得ず。


           寝込んでいた間の、職場や夫、義母へ掛けた多大なる迷惑。
           自分自身へのダメージ。 

           それでも 万に一つを期し、今年もまた 頑張ってみて、
           公演直前に倒れちゃったりした場合の メンバーへの迷惑。


           どう考えてみても、これは、無理だ。 ?





                だもんで、「 スタッフ希望 」という欄に丸をつけ、
                主宰者の御方への謝辞を付け加え、封をして提出する。





           提出までは どきどき したけれど、
           帰り道は、ちょっとした喪失感を上回る、
           もう、どうしやうか、哀しい想いで迷わなくても良いのだという、
           ささやかな安堵の想い――


                安堵する、ということは、
                この選択が正しかった ということなのか。

                そうか、少なくとも、
                また、いつ倒れて皆に迷惑を掛けるかもしれない、という
                そんな不安からは解放されたのだ。




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           提出期限までに、2度、お話をしていたせいか、
           なんとなく 予期していた 主宰者の御方からの電話はなく、
           初顔合わせ、初回練習日日程が印刷された葉書が届く。




                 ――泣かずに済んだ。

                 言い訳がましいことを述べ立てずに済んだ。




                       ほっとしながらの寂寥感。


                              …… 勝手な奴 > ぢぶん





ペン…

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[ 2010/07/13 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(14)