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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

『 道徳 』 授業の強化、と、その「副読本」と。




   よたよたあひるさんから、再度トラックバック をいただきました。

   お返事が、例によって凄く長くなってしまったので、
   私もトラックバックにてお返し致します。 ( 私の28日の日記の追記 と少々重複します )




   28日の日記は、よたよたあひるさんのブログを拝見し、
   よたよたあひるさんが手にされた道徳の本が「副読本」であることを識っておりながら、
  「教科書」と平気で書いてしまいました。(からすさんにご迷惑をお掛けしましたm(__)m)

   それは、私は「副読本」であろうがなかろうが、
   それがプリントのようなものであっても、新聞記事であっても、
   誰の作文であろうが、絵画であろうが、それを公的に授業に用いた時点で、
   その部分は「教科書」=「テキスト」である、と言う風に認識して来たからです。

   だもんで、この度、徒然なる人さんに、「教科書」であるか、「副読本」であるかの
   大きな違いを教えていただき、とても勉強になりました。

  「(検定を受けた)教科書」は教科書のつくられた狙い通りに授業しなくてはならず、
  「副読本」は、自由教材であり、どのように使用しても構わないという違い――。


         これは「使って教え導く側」の先生方にとっては、
         縛りがあるかないかの大きな違いですが、
         よたよたあひるさんも書いていらっしゃるように、
         私も「教えられる側」である子どもたちにとっては、
         何の意味もない違いのように思えます。


   どのように使ってもらっても構わない副読本なのに、
  (親切にも)この副読本には、他の検定済み教科書のように、
   先生方向けガイドのような、授業の狙いやら、
   指導要領の何番をクリアできる、といった、指導計画案までもが参考でくっついてくる。

   やるべきことが山積され、なかなか時間のない先生方には、
   良くも悪くもとても「便利」なものである、と思いつつ、

   よたよたあひるさんの「副読本を税金購入」することについての着眼を
   興味深く拝見しました。
   うちの少年たちの小学校のときの「道徳」の本は、各学年分、
   ついこの間まで自宅にありました。
   教科書と同様に、学年始めに個々人に渡されています。


       何故、道徳だけが【教科書】でないのか。

       何故、先生方に大きな裁量を任されている形になっているか。


   もしかすると、これは、國が
  (ひとの価値観を左右する可能性のある)『道徳』にまで口を出し、
   教師と子どもたちを検定教科書の型にはめるのか!というような
   非難を浴びないための、國側の最大限の  逃げ  譲歩だったのかも知れない、、、
   、、、とも感じてしまいました。


   徒然なる人さんの、
   道徳の授業は、ある価値について【生徒とともに深めていく場】なのであり、
   価値を【教える場ではない】のだ、というご見解、非常に嬉しかったです!

   その分、尚更、これまで私自身が生徒として、社会人として、PTAとして、
   観聴きして来た「道徳」は、徒然なる人さんがお書きになられた『道徳』の
   あるべき姿と全く違う。 まるっきりダメぢゃん、と情けない。


   「道徳」の時間が好きな子どもたちって、
   ここ40数年間、私の識る限りで、私を含め誰もおりません。


      私の時代の道徳の本は「ちょっといい話」で埋め尽くされていて、
      自分とは関係ないところでの読み物として読むことはできても、
      それについての授業は辟易してました。

     【正解】が余りに見え透いており、みえみえの押し付けがましさ、
      要求されている「答え」の白々しさに、こころは醒め果てておりました。

      教育テレビのビデオの方が、数10倍面白かったし、
      身近なこと、あり得ること、として、少し考えることもできたように思います。


   「道徳の本」による、これまでの殆どの道徳の授業は、
   【各種事例に真から学ぶ】のではなく、
    子どもたちの【本音と建前】の強化をするだけだった、と実感しています。


    うちの中学で私が顧問となった年、中学では、【道徳専属】の教諭を置きました。
    前年までは英語担当で、(PTA活動にも非協力的で)自分の意見を言えない、
    失礼ながら、子どもたちからの人望もなく、
    子どもたちに軽んじられている傾向大の、若い女性の先生です。

    私は驚き、案じましたが、それもまた、子どもたちとこの先生を育てよう、という、
    校長さんの狙いなのだろう、と声を飲み込みました。

    残念ながら、この狙いが成功したのかどうか定かではありません。
    今度、こっそり、訊ねてみたい、と思っています。


    私は、子どもたちが、見事に建前を述べ、
    建前を書き記すこと「だけ」が堪能になって行くような「道徳」はもう要らない、と思う。

    
    ひとつひとつの事例に対峙し、
    理想(の姿)を識り、理想(の姿)を語れることは大事なことだけれど、
    そこに、生身の自分もきちんと投影されていなければ、単なる絵空事。

    そこに自分の内省が入っていなければ、
    その、理論武装された建前論は、強固な自己弁護の殻になるだけ、のように思えます。


ふたば



    昨夜、エイクマンさんち で、
    エイクマンさんが参加された『 家庭教育セミナー 』において配布された
    臨床心理士の先生の資料のなかに、

    昨今の子どもたちのプライドの高さについて、まとめておられたものがあった。


  プライド( 自尊感情 )の高さ。

   * 子どもの自尊感情は、大人から見ると想像を絶するほど高い。
   * 彼らの自尊感情を傷つける出来事とは

     ● 自分自身の理想と現実のギャップを受け入れられないこと
     ● 周囲のものに、彼らの感じるままを理解され得ない体験をすること。
     ● 親や大人に愛されていない様に錯覚すること。
     ● 実際に周囲に愛されないこと。

   * 彼らの自尊感情を傷つけやすい方向に促しがちで、
     不適応が表面化した際に長期化を促しがちな要因。

     ● 生来の性格が繊細すぎる。
     ● 養育者の過保護過干渉により、過緊張の状態が続くか打たれ弱く育っている。
     ● 養育者の養育放棄により基本的な信頼関係を作り難い。
     ● 生活環境が落ち着かない。




     長年、PTAに関わってきて、年々変容する子どもたち(と保護者)の姿に
     あれこれと思うところ、感じるところがあり、悶々としていたのだったが、
     これだ! と思った。


     自分自身、そしてうちの少年たちをも省みて、
     一般人の私が、気付いてても書きにくい、整理しにくい事柄も、
    「 臨床心理士 」の肩書きの名のもとに、こうして淡々とまとめてあると、
     抵抗感なくすっきり腑に落ちる。


     私たちの時代より、一層複雑化し、
     一層繊細化した子どもたちへの内面へと踏み込む『 道徳 』の授業。


     成長過渡期である中学校であれば、
     4つの大きな軸 ( 現行の中学道徳学習指導要領において )

        ● 自分自身に関すること 
        ● 他人とのかかわりに関すること 
        ● 自然や崇高なものに関すること 
        ● 集団や社会とのかかわりに関すること

     に沿って細かく分かれた23の価値項目を【 生徒とともに考える 】のである。



     先生は、生半可な工夫や覚悟では、できない、と思うのだが、どうだろう。


     例えば、『総合教育』などをフル活用して、
     子どもたちに主体的に参画して貰い、実際に作業をしながら、
     本音で語り合えるような場作り(立場を変えてのディベートなど)をし、
     違う考え、さまざまな立場を識り、
     そのうえで目標に向かって皆で努力し、物事を達成ていくような、、、
     そんな或る意味「動的なもの」でないと、とても無理なような気がする。



ふたば




  教育再生会議は、

  決まりを守ることの意義や大切さ のところで、
  高校での奉仕活動必修化、大学9月入学までの奉仕活動奨励とともに、
  この、「 道徳の時間の強化 」を打ち出して来た。

  「 道徳 」を形骸化させるな、と謳ってはいるが、
  ここでの『 道徳の時間の強化 』とは、やはりどうも昔の『 修身 』的なにおいがする。

  『 道徳の時間の強化 』 を するなら、
  これまでの「道徳」授業の在り方の根本から見直しをしていただきたい。

  そして、この大切な授業をじっくり実のあるものにできるよう、
  先生方に全力投球できるような体制をつくりたい。


      大学制度はこのままで、週5日制もこのままで、
      授業時数10%増加、道徳教育の強化とは、
      いったい何処をどうやったら実現できるのだ。 


  安倍氏は、
  「 教員の質が教育再生の鍵を握っている 」 と言い切ったらしいが、

     実際、日々、学校で子どもたちと接し、教え導いているのは
     ひとりひとりの先生であるのだから、そんなことは当たり前。

  だから、この先生方に、全力をあげて、
  ひとりひとりの子どもたちに向きあえる時間をあげて欲しい。

  そのための教育改革であり、先生方、学校への全面サポート論でなくちゃ。

  現場の、ひとりひとりの先生方の生の声を、ひとつも識ろうとしないで、
  何が「 教育再生 」か、と思う。


  國の上つ方だけで、勝手に言うだけ言って、決めるだけ決めて、後は地域丸投げ。

       失敗したら、個々の先生の「資質不足」「力量不足」
       とするつもりとしか思えないし、

       平気で 子どもを飼い馴らす と資料に書くようでは、
       國に都合のよいお子たち、税金年金納付イエスマンを
       つくりあげようとしてるだけ、と言われても仕方ない、と
       感じてしまう私は、今流行り?の「 ネトサヨ 」なの? (爆)



ペン問
ネトサヨ と ネトウヨ があるんだって~。
勝手にひとにレッテル貼るな~! ヽ(`Д´)ノ






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ジャンル : 学校・教育
テーマ : 教育って何だ?

タグ : 道徳 教科書 副読本 教育再生会議 プライド 道徳の授業

[ 2007/02/01 18:31 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(16)
Re:『 道徳 』 授業の強化、と、その「副読本」と。(02/01)
そう言えば、先生方の力量も計るんですよねぇ?

で、良い先生には待遇良く、駄目教師は処分・・と、そうは書いてないですけど そういう事なんだろうなと思ってるんですが。

昔、言論も思想も縛られ操られ洗脳されていた頃と同じにしたいとしか思えないんですよね・・・

所信表明を読むだけでは いい事言ってるみたいにも見えますけど、

・・・なんで あの公約が受け入れられるんだろう。

「なんだかんだ言っても、実際にお金持ってきて地域の為に実際に動いてくれる人(党)に票が入るんだよ。」って事でしょうか。

日本の未来よりも、いや、今の日本の状況よりも、一時的な自分の益が重要なんでしょうか。

・・・まぁね、そう言いながらも、明日の日本の為によりも 自分の家の片付けの方が切実ってのが現実ですけど、

公開演説聞くよりもTDLに遊びに行く方ですけども、

選挙では投票は欠かさないですよ。

「わかんないからお任せ」とは、いかないですよ。
[ 2007/02/01 20:27 ] [ 編集 ]
Re:『 道徳 』 授業の強化、と、その「副読本」と。(02/01)
トラックバックありがとうございました。

ところで、今日の「クローズアップ現代」ごらんになりました?

今日のテーマは「要求する親、問われる教師」というものだったのですけど、親の理不尽な要求への対処に先生方が疲労困憊、消耗し、精神を病んだり、自殺に追い込まれたりしていく事例が紹介されていました。

 我が子と自分の気持ちが最優先で、理不尽な要求が通るまで一歩もひかない親と、組織として対応できない学校。いまどきは、どこの学校もなにかしらそういった問題を抱えていることでしょう。

 その背景には、子育ての中で孤立してしまう親(特に母)の問題と、忙しすぎる先生方の状況、そして家庭と学校の相互不信があるように思います。本当なら、こういう局面でこそPTAの活動が重要なのでしょうけれど。

 とにかく、この「教育再生」の問題は、本当にいろいろな要素がからみあっていて、一言で何が良い、悪いと断罪できないものですよね。ともかく、身近なできることをやりながら、じっくり考えていきたいと思います。
[ 2007/02/01 21:01 ] [ 編集 ]
副読本と指導計画
端的にいって、指導計画の通りにやってみて、その通りの結論や結末になったことはありません。

それは、私の指導力不足なのか、資料の研究不足なのか、

子どもの実態把握不足なのかは不明です。



『道徳』ということばについては、3年生は漢字で時間割を配るので、

『人の道として大切なことを勉強する時間だよ』と説明しています。



副読本の使い方はいろいろだけど、

今まで出一番面白かったのは、『献血』。

テーマは社会のために、みたいなことだったけれど、

みんな話を読んで大事なことだとは分かったけれども、聞いたら献血をしてもいいという子がとても少なかったのです。

しかも、「いい子」の方が「怖い」と言う理由で拒否でした。(私が、牛乳瓶1本だよと言ったせい?)

でも、自分や身内には輸血してもらいたい。

そうしたら、ちょっとワル(ぶってる)子が、「そんなのずるいじゃん!」と。

もう10年近く前なのに、あの数分間はまだ印象的です。

最後は、「献血は16歳からだから、またそのとき考えてね」みたいに終わったような・・・・



自分では、あれが最高に盛り上がって子どもの心にも少しは響いた時間かなあと思っています。



なんだか思い出話ですが、こんな私からすると、『道徳時間の教科』というのが一番意味不明。時間数増なら分かるけど、強化って何?



なんか変なコメントでごめんなさい。。。。。。。
[ 2007/02/01 22:27 ] [ 編集 ]
Re:『 道徳 』 授業の強化、と、その「副読本」と。(02/01)
こんばんは。

ひょっとして、ひょっとしたら、本当に”ご迷惑を”なんて思ってる?

迷惑なんて全然掛かってませんので、大丈夫です。

いろんな立場のいろんな考え方の方たちが本音で語り合えるならこんな良いことはないと思うし、

真面目な批判やお叱りなら心から有難いと感じています。

これからも宜しくお願い致します。



>私の時代の道徳の本は「ちょっといい話」で埋め尽くされていて、・・・・・・それについての授業は辟易してました。

>正解】が余りに見え透いており、みえみえの押し付けがましさ、要求されている「答え」の白々しさに、こころは醒め果てておりました。



↑「道徳」の時間をまざまざと思い出しました。まさしくそんな感じでした。





[ 2007/02/01 23:43 ] [ 編集 ]
「不適格教師」
書いてありました>_AZ_さん



 > そう言えば、先生方の力量も計るんですよねぇ?

 > で、良い先生には待遇良く、駄目教師は処分・・と、そうは書いてないですけど

 > そういう事なんだろうなと思ってるんですが。



【 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouiku/kettei/070124honbun.pdf 】

 4-(3)で、

【不適格教師は教壇に立たせない。】云々とあり、教委は「指導力不足教員」の認定を始めます。

保護者や学校評議員、児童・生徒からの意見も反映させつつ、

認定基準を明確化し、日頃の勤務状況、適正見極めをし、プライバシーに配慮しつつ、

公表していくようですね。



真面目で内省的な先生ほど、プレッシャーをお感じになられることでしょう。



 > ・・・まぁね、そう言いながらも、明日の日本の為によりも

 > 自分の家の片付けの方が切実ってのが現実ですけど、



ぅきゃきゃきゃ(*`◇´*)。

ごめーん。 めちゃくちゃウケてしまった(爆)。



んでもそれだけに、

 > 選挙では投票は欠かさないですよ。

 > 「わかんないからお任せ」とは、いかないですよ。



ここが嬉しいですね^^*☆

投票するからには、しっかり見極めなくちゃ、だもんね^^*☆

[ 2007/02/02 07:46 ] [ 編集 ]
「要求する親、問われる教師」
よたよたあひるさん

『クローズアップ現代』、見過ごしましたぁああ!



録画していた3夜連続のNHKスペシャル『インドの衝撃』を夫と観ていたのです。

あぁ、しまったぁ!!



 > 親の理不尽な要求への対処に先生方が疲労困憊、消耗し、精神を病んだり、、、、

 > 我が子と自分の気持ちが最優先で、理不尽な要求が通るまで一歩もひかない親と、

 > 組織として対応できない学校。



はい。 うちの小中学校でも、年々その傾向が酷くなっていくのを肌で感じてました。

子ども同士の喧嘩に親が出るどころか、親が教委へ連絡したり、警察に届けるようなことも。



 > 本当なら、こういう局面でこそPTAの活動が重要なのでしょうけれど。



おっしゃるとおりです。

私の最後の中学校PTA生活では、学校へ通った総日数は、327日にものぼりました。

朝の旗振り、挨拶運動を入れればもっと増えます。



PTA執行部、保護者の一握りがどんなに頑張り、どんなに踊ってもダメなのです。

ひとりひとりが手を繋げなければ。



その困難さは、給食費滞納理由の殆どに見られるような保護者の身勝手に象徴されます。



教育再生会議の出した7つの提言のなかで、私が切実に願うのは、7番目。

『【7】社会総がかりで子どもの教育にあたる』。



社会総がかりで、お子たちを見守り、育んで欲しい。

お子たちの保護者もまた、保護者としてしっかり育つよう。

今夜の『クローズアップ現代』のように、手を変え品を変え、現場の現状を1例でも多く、

歪めることなく皆に伝え、皆で考え、皆で学び、皆でより良き方向へ

変わっていくことができたら、と願います。



 > ともかく、身近なできることをやりながら、じっくり考えていきたいと思います。



はぃ。 ふぁいとです>ぢぶん。

[ 2007/02/02 08:10 ] [ 編集 ]
予定調和。
ふにふに。。さん



 > 端的にいって、指導計画の通りにやってみて、

 > その通りの結論や結末になったことはありません。

 > それは、私の指導力不足なのか、資料の研究不足なのか、

 > 子どもの実態把握不足なのかは不明です。



それは、ふにふに。。さんが、お子たちの本音を引き出せた、ということではないでしょうか。

私の経験した『道徳』では、余りに計算され尽くした予定調和がみえみえで、

ほんと横を向いていたいようなものでした。



少しばかりの「方向違い」な意見が出るであろうことまで計算されてたりして、

忌々しい、とまで感じておりましたですよ(゚゜)\バキ☆



 > 『道徳』ということばについては、3年生は漢字で時間割を配るので、

 > 『人の道として大切なことを勉強する時間だよ』と説明しています。



素敵ですね。

私は小学校低学年までは、まさに集団生活を過ごすにあたっての基本的なルールの徹底だけで、

本当に十分なのではないか、と感じたりしています。



↑ ひとつ間違えば『修身』になっちゃうかな?

んでも、ひとつひとつのルールは、何の為にあるのか、守らなければどうなっていくのか、

子どもたちが本当に理解でき、納得できるような説明や語り合いがお子たちの間で

できるようになれば、それは素晴らしいことだ、と思うのだけれど。



電車のなかなどで、おかあさんが騒いでいる子どもに「車掌さんから怒られるから」とか

「あのおばちゃんが睨んでるから」みたく注意してるのを目にすると、本当にがっくり来ます。



ふにふに。。さんの「献血」テーマは大成功の例ではないでしょうか^^*☆



 > 時間数増なら分かるけど、強化って何?



そそそ。【強化】、、不気味ですよね?

[ 2007/02/02 08:21 ] [ 編集 ]
「教科書」と「副読本」
からす2006さんってば。



 > ひょっとして、ひょっとしたら、本当に”ご迷惑を”なんて思ってる?



思ってなかったら、書きませんよ~~(汗)。

よたよたあひるさんはちゃんと「副読本」と書いていらっしゃったのです。

それを私が、勝手な自分の認識で「教科書」としか記載しませんでした。

それはやっぱり「事実」と違う。



徒然なる人さんは、最初、そこを突っ込まれましたですよね。

結果、私はとても学ばせていただいて、凄く嬉しかったのですが、

(からすさんもとても感謝なさってて、救われました)

出発点が、私の誤りですから。m(__)m



 > いろんな立場のいろんな考え方の方たちが本音で語り合えるならこんな良いことはないと思うし、

 > 真面目な批判やお叱りなら心から有難いと感じています。



私もこころからそう思っています。

だから、こうして続けて来れて、この場所がとても大切なものになりました。

こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します^^*☆



 >↑「道徳」の時間をまざまざと思い出しました。まさしくそんな感じでした。



あは☆ からすさんも、同様な想いをされたのですね~。

当時の先生方もきっとヤりづらくていらっしゃったことでしょうね。。。。

[ 2007/02/02 08:37 ] [ 編集 ]
Re:『 道徳 』 授業の強化、と、その「副読本」と。(02/01)
昨日も何回か来て何度も読み返しました。

でも、ワタシのかる~い頭では理解しきれず・・・orz

先日娘の参観が【道徳】だったんです。

【自分のこと好き?】という副読本にそっての授業でしたが

自分のいいところ、好きなところを探して・・・

最初は「そんなトコないよ」と言っていた子も最後には、ちゃんと見つけることができ

見つけた子らは、皆ニコニコと何ともいえない良い顔をしていました。

自分を肯定する事で、自分を大切にし、周りも大事にできるよう・・・そんなメセージを受け取った気がしました。

ワタシは道徳の参観は 3番目にして初めてで、子どもたちの笑顔にとても感動して帰ってきたのですが・・・。



[ 2007/02/02 08:45 ] [ 編集 ]
「いいとこみつけ」
ゆいぽんちゃん。さん

娘さんの『道徳』授業、嬉しい想いのできるもので良かったですね^^*☆



今日の、【自分のこと好き?】という命題を参観することで、

参加なさった保護者は、皆さんが、我が子と机を同じくするお子ひとりひとりの

「素敵なところ」「好きなところ」を識ることができた訳で、

これは、これからもずっと、娘さんのご成長を見守る上でとても大事な生きた情報になりますよね。



こうした素敵な授業をどんどん参観にさせてもらって、

親子ともども【価値を一緒に考える場】がどんどん増えていったら。。。。

何かが違ってくるような気がしますね?^^*☆



娘さんがもう、2度と。

あの悲しい切ない涙を流されることもないのでは、、などと胸が熱くなりました。

有難うございます☆☆

[ 2007/02/02 08:59 ] [ 編集 ]
Re:『 道徳 』 授業の強化、と、その「副読本」と。(02/01)
奉仕活動にしても道徳にしても、子供に押し付けたら逃げていくものばかりです。

それを義務化して何が変わるのかとても疑問です。

もっと、どうしてそれが必要かといった根本的なところを理解しないと何にもなりません。

しかも、内申書を振りかざしての道徳の授業は、一種の洗脳教育のようで、戦前を思い出します。



もっとギスギスしないところから、優しい気持ちは生まれ、道徳も身につくのだとしたら、道徳は授業でするものではなくて、弱者に優しい社会を作ることでしか教えられないと思います。



学校の先生たちにもっと子供と向き合う時間を作吏、心にゆとりを持つことが出来るような環境を作る方向で教育改革をして欲しいと思います。



[ 2007/02/02 12:28 ] [ 編集 ]
Re:『 道徳 』 授業の強化、と、その「副読本」と。(02/01)
話が少しずれてしまうかもしれませんが、私はPTAの役員をさせてもらえてありがたいと思っています。まずは、学校の中の様子が分かるようになったこと。多くの先生と話す機会に恵まれたこと。多くの保護者の意見を聞く機会が増えたこと。

その中で感じた事は、やっと2年目にして少しずつ学校のことが分かるようになって、学校に対する意見が言えるようになったという事です。

今の保護者は、自分の子どもの事しか頭にない人が多い。道徳の授業がどのように行われているか、今年の学校の取り組みは何か、PTAの目指している事はなにか知らない人が多くいます。

その中で、先生方と議論ができるようになることはいい事だと思うんです。もっと、多くの人が学校のことを知って、大いに議論してもらいたい。

今回、保健委員会で道徳でメディアの授業をしていることに対して、先生と保護者(役員ですが)が和やかな中ですごくいい意見交換が出来ました。

今の子ども達は、変わってきています。先生の立場も昔と全然違う。だからこそ、私たち親が頑張るときではないかと強く思います。同時に、親が変われば先生も変わるって思ってます。
[ 2007/02/02 16:44 ] [ 編集 ]
レジスタンス
こんにちは。ご無沙汰しておりますが、こちらには頻繁にこっそり覗きにきております。

世の中が右傾化していく兆しがあからさまになりつつあるこのごろ。この先半年で大きなターニングポイントに差し掛かる予感がヒシヒシとしてます。正念場なのでしょうか。



道徳の授業。もはや、ある程度の年齢になれば、ばかばかしくて誰も真面目に聞いていないと思います。なのでいっそ「本音と建前」について、真剣に教えたらいいと思う。これはこれで、なかなか大切なことですから。



精神的抑圧からどうやって自分の信念を守るか。いかにして、難癖つけられないように外面を繕いつつ抵抗するか。道徳の授業にも、下手すると学校そのものに対しても、レジスタンス精神が必要になっていくのかも知れない。考え過ぎなら幸いです。

「白バラの祈り」のDVDを観つつ。教訓:抵抗は効果的に。命あってのモノダネ。
[ 2007/02/02 18:22 ] [ 編集 ]
「どうしてそれが必要か」
カニの床屋さんさん



 > 奉仕活動にしても道徳にしても、子供に押し付けたら逃げていくものばかりです。

 > それを義務化して何が変わるのかとても疑問です。



こころのない奉仕活動、こころのない道徳。

想像するだけでぞっとします。



『道徳』はこのままではいけない。 見直しもせずに【強化】なんてしてはならない。

そして子どもたちに、【奉仕のこころ】、公共心、社会の役に立とう、というこころが

何故生まれないか。

それはきっと私たち大人の、保護者の、社会のなかに答えがあるのですよね。



 > もっとギスギスしないところから、優しい気持ちは生まれ、道徳も身につくのだとしたら、道徳は授業でするものではなくて、弱者に優しい社会を作ることでしか教えられないと思います。

 > 学校の先生たちにもっと子供と向き合う時間を作吏、心にゆとりを持つことが出来るような環境を作る方向で教育改革をして欲しいと思います。



私もこころからそう思います。

弱いものを切り捨てていく社会が変わらないで、学校や先生方、子どもたちを締め付けても

何も変わらない。

先生方と子どもたちばかりがもがき、苦しむ状況にますます拍車がかかり、

ますます現場は混乱し、荒廃していくだけ、だと思えてなりません。



公教育を是とできず、少しでも経済的余裕があるものが皆、私立校へと逃れていくようになったら、

この社会はどうなってしまうのか、恐ろしいです。

[ 2007/02/03 00:14 ] [ 編集 ]
PTAの存在意義。
ごりえ701さん、有難うございます☆☆



よたよたあひるさんへのお返事に少し書かせていただいたのですが、

私もごりえさんが書かれたようなことを実感し続けて来ました。

だもんで26日の日記の最後にも、「学校へ行こう!」と書き、以前の日記

【 http://plaza.rakuten.co.jp/ryu2smilingly/3002 】へリンクさせました。



今こそ、PTAの存在意義が根本から問われてる、と思うからです。



だもんで、お話、全然ずれてません。 むしろど真ん中!^^*☆

今すぐにでも私たちができること、参画し、実践していけることは、そこから、ですもん。

役員になられ、活動なさって来られた方々から「良かった」「有難いと思っている」とか、

そんなような言の葉をお聞きすることができるだけで、私はもぉうるうるしてしまいます。



 > 今の保護者は、自分の子どもの事しか頭にない人が多い。

 > 道徳の授業がどのように行われているか、今年の学校の取り組みは何か、

 > PTAの目指している事はなにか知らない人が多くいます。

 > その中で、先生方と議論ができるようになることはいい事だと思うんです。

 > もっと、多くの人が学校のことを知って、大いに議論してもらいたい。

 > 今の子ども達は、変わってきています。先生の立場も昔と全然違う。

 > だからこそ、私たち親が頑張るときではないかと強く思います。

 > 同時に、親が変われば先生も変わるって思ってます。



ほんとにほんとにおっしゃる通り!

学校は、保育園や幼稚園とは違う、ということをもっともっと私たちは気付かねばなりませんよね。

まず私たちが変わらなくては、子どもたちも変わらない。

保護者は学校や先生方の應援団でありたいです。

[ 2007/02/03 01:40 ] [ 編集 ]
Re:レジスタンス(02/01)
波多利郎さん、ずっとおいで下さってたのですね!

有難うございます\(^o^)/☆☆



 > 世の中が右傾化していく兆しがあからさまになりつつあるこのごろ。

 > この先半年で大きなターニングポイントに差し掛かる予感がヒシヒシとしてます。

 > 正念場なのでしょうか。



教育基本法改定に「是」とおっしゃる方々は、

『これまでがあまりに【左】だったから』って、判を押したようにおっしゃるんです。

そうなんでしょうか?

私にとって、右とか左とか、どーでもいいことなんですけど。



ただただ、ひとりひとりのお子たちを。

ひとりひとりの私たちを大事にして欲しい。

こころのない、型にだけ囚われることをヤめ、なかみで勝負できる社会であって欲しい。

もちろん、私たちも、なかみで勝負できるひとりひとりであろう。

、、、って、私はただそう思ってるだけなんですけど。



同じように思ってるひとって、とっても多いと思うし、

特別、そのひとたちが【左】なんてことはない。



いつからか、自由には責任が伴うことを忘れ、相手にも権利があることも忘れ、

自分さえ良ければそれでいい、という姿になっていったのは、【左だったから】なんでしょうか?

おかしいなぁ。。。

某国の「競争至上主義」な生き方に、何もかも右に倣えをしてきたからではないのかなぁ?

何処かで何かがすりかわっているような気がしてなりません。。。。



 > なのでいっそ「本音と建前」について、真剣に教えたらいいと思う。

 > これはこれで、なかなか大切なことですから。



をを! 逆転の発想ですね?



 > 精神的抑圧からどうやって自分の信念を守るか。

 > いかにして、難癖つけられないように外面を繕いつつ抵抗するか。



深いっス。

守るために闘うのではなく、守るために調和を。

、、、きっと、全世界にも言えることかも知れませんね。

[ 2007/02/03 02:06 ] [ 編集 ]
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