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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

我 は でく なり。







    昨日の内科通院の帰路、花粉にヤられ始めているような自分の肌に活を入れたいがため、
    広島市と呉市の境に出来た、最近評判のスパに行ってみよう、とハンドルを切る。


       このスパへ行くのは、初めて。
       んでも、いつもの『 みはらし温泉 』のように、
       地下1000mより湧き出た天然温泉で、
       含弱放射能-ナトリウム-塩化物強塩温泉 (高張性・中性・低温水)であるために
       期待値は高い。


    途中、小さな交番の前で、初老とみえるおまわりさんが、ぴしっと立って
    車の通行、街の様子を見守っておられた姿が、妙にこころに残る。

    通学通勤時間に、交通量の多い交差点界隈に非常灯をまわしたパトカーを止め、
    主として子どもたちを見守って下さるおまわりさんは多いけれど、
    こうして、普段から、おまわりさんが、交番の前にぴしっと立っておられる姿は、
    滅多に目にすることはない。


      行き交うひとびとが、おまわりさんに声を掛け、
      おまわりさんもにこやかにお声を返される。

      なんだか、この町全体が温かく、こころの通う町であるような感覚にとらわれ、
      ちょっとこころが浮き立ちながら、視線を前に戻した、その時。



   20数台ほど前に、超大型トラックが見え、
   後面のアルミ全体に、墨文字が三行、躍っている。

   遠くではあるし、間に背の高いトラックも居るので、何が書いてあるのかはよく判らない。


       んでも、どうも一行目の最初の文字が「 我 」にみえる。
          二行目の最初の文字は「 つ 」、三行目は、、、「 を 」。 ??


       どきん、とした。


   これ、もしかして、中川一政氏 の、 『 我はでくなり 』?


     うっそぉぉおおおん。 ( ┬_┬)



       中川氏、21歳の最初の作品が岸田劉生氏に認められて画家を志し、
       油彩、岩彩、書・篆刻・陶芸・装丁、そして随筆、紀行文、歌会始の召人。。

       全てが独学であり、自ら「在野派」と称し、齢90を越えられてもなお
       自由奔放で多岐に渡る創作活動をされてきた、そのご姿勢のなかの


          われは でく なり
     つかはれて  踊るなり



          、、、だから、胸を打ち。
          だから、行間の情念がこちらに迫ってくるのに。


           独学を貫き通し、鍛錬に鍛錬を重ねられた中川氏が
          「 木偶 」であるはずがない、のだ。
           それでもなお、自らを 木偶 と評する哀しみ。
           墨絵の木偶の顔。 かくかくとした書に滲み出る迫力。 


    いわゆる『 トラック野郎 』さん(違うかも知れないけれども)が、
    粋がって、自分の活計を担うトラックの後面いっぱいに掲げるのは、ちょっと違う。

    「 どうぜ、でくだもーん 」って、自嘲風吹かせたり、言い訳に遣ったり、
    したり顔で、こんな風に掲げて歩くのは、
    或る意味、とっても倣岸不遜なことではなかろうか??



       違ってて欲しい、違ってて欲しい、と祈りつつ、

       間の車両が減り、大きなカーブで、そのトラックの後面全容が読めた。



           我は でく なり

         つかはれて

            をどるなり

      

                                       。。。。。嗚呼。 orz....


ペン雨



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[ 2007/02/23 11:19 ] あいたたたっ!(>_<) | TB(0) | CM(4)
社訓とか「座右の銘」とか
思わぬ場面で大切に思う言葉と遭遇なさったりうりうさんの衝撃、理解できます。



ただ、

>粋がって、自分の活計を担うトラックの後面いっぱいに掲げるのは、ちょっと違う。

>「 どうぜ、でくだもーん 」って、自嘲風吹かせたり、言い訳に遣ったり、

>したり顔で、こんな風に掲げて歩くのは、

・・・・・

というところは、りうりうさんが感じた仮定ですよね。

 そういう印象を与えるような、何か他の要素が(文字以外のトラックのデコレーションや運転ぶりなど)あったのかもしれないと思いつつ、もしかしたらそのトラックの持ち主は「粋がって」ではなくて、本気の大まじめにこの言葉を掲げているのかもしれない、とも考えてみました。

 もっとも、大まじめでも誤読している可能性もあるかもしれません。

 トラックが会社のものなのか、個人のものなのかでも違いますよね。





    或る意味、とっても倣岸不遜なことではなかろうか??
[ 2007/02/23 13:08 ] [ 編集 ]
Re:社訓とか「座右の銘」とか(02/23)
ぃゃぃゃ。。。>よたよたあひるさん

メッセージを有難うございます。



私は、中川氏のこの言の葉に、胸をこそ衝かれはしても、大事に思っている訳ではありません。

おそらく、何人たりとも、この言の葉を正面から吐き掛けられて、

平静でいられることはできないのではないでしょうか。



このトラックの持ち主さんは、勿論、大真面目でいらっしゃると思いますです。

単なる洒落っ気で選ばれるような言の葉ではありません。



だからこそ、自らの大枚をはたき、自らの活計を掛けたものへ、

畳何畳分もの大きさに墨書きペイントを発注されたのでしょう。



しかし、それが意味するところのものは何か。

、、、さまざまなシチュエーションを想定し、それぞれに想いを馳せてみました。



この言の葉は、自らを研ぎ澄まし研ぎ澄まし、鍛錬に鍛錬を重ねた揚句の

自分ひとりのこころの吐露。

中川氏に限っていえば、画壇において我流を貫くことと、

商業ベース、時流のニーズとのせめぎあいもその背景に少なからずあったことでしょう。



で、このトラックの持ち主さんにあってはどうか。

個人オーナーか雇われ運転手さんかは判りません。

ただ、ナンバープレートはグリーンでした。



自身のこころに訴えるもの、共鳴するものを、運転席に貼り付けるのではなく、

何故に外に向かって言い放つのか。



達観、乃至は諦念、もっといえば自嘲、(無理な発展をさせて)挑戦。。。



そのどれを採ってみても、白昼堂々、同じ道行きでずっと見せられている私にとっては、

とても苦痛なものでした。

このトラックの後面を見せられて、倖せな想いに浸れるひとは、誰ひとりいないのではないか。



。。。ただただ、苦痛でした、です。

広島-呉有料道路に向かう道へとそのトラックが曲がり、

視界から消えてくれて、ようやく呼吸ができた。

そんなようなこころ持ちが致しました。。。。

[ 2007/02/23 13:56 ] [ 編集 ]
Re:我 は でく なり。(02/23)
ぁ..わたしの実家から徒歩3分のトコロに松任市立中川一政記念美術館て~のがあります...ょ

いま合併して白山市になったんで名称変わってるかも...ね'@'
[ 2007/02/26 18:44 ] [ 編集 ]
Re[1]:我 は でく なり。(02/23)
そうでしたかぁ^^*☆>ぴぐまっくさん



私がブログでリンクした美術館は、真鶴町立、ということでした。

市立と町立で個人の美術館があるって、凄いことですよね^^*☆



 > いま合併して白山市になったんで名称変わってるかも...ね'@'



ん、旧松任市に敬意を表してか、『松任中川一政記念美術館』とされたようです^^*☆

件の『われはでくなり』は、真鶴町立の方に収蔵されているようです~~。

[ 2007/02/26 19:52 ] [ 編集 ]
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