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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

中学道徳  「愛国心」で東山魁夷。 ( 追記あり )




   先日、教育再生会議から第一次最終案が出され、
   そこに、「 道徳の時間の強化 」 とありました。
  

   よたよたあひるさん から、
   中学の道徳教科書に抜粋されている作品について書かれた、
   『 せっかくだから原著を読もうよ 』をトラックバックいただきましたが、

   直接TBいただいた記事より以前から、
   よたよたあひるさんは、娘さんの中学校の学校公開で、「 道徳 」の授業を見学され、
   教科書を手に取られ、鋭く深く、考察を重ねておられますので、ご紹介させて下さい。


       『 中学校の「道徳」の教科書 その1~3 』   


   よたよたあひるさんの鋭い着眼点と見事な論で、大きく頷きながら読ませていただきました。


   なかでも、『愛国心』教育について触れられた、
   『 その2 』 にどうしても注目してしまう私。。。。


     『 道徳 』の教科書は光村図書版で、
      随筆や小説からの抜粋、軽いエッセイ、解説文、生徒作文などが掲載。

     それぞれにテーマが併記されていた由にて、
       (学習指導要領で指定されている、道徳の授業で教えるべきテーマ)
     よたよたあひるさんは、
     「愛国心」のテーマに何が掲載されているのかを確認されたところ、

     図版 と 解説文 で、タイトルは 「日本画の美―東山魁夷」

     疑問に思われたよたよたあひるさんは、
     光村図書HPから、指導計画例をチェック。


     そこには、


  >   資料名:23 「日本画の美―東山魁夷」[日本芸術の美]
  >   ねらい:4-(9)愛国心
  >   日本画のよさや美しさを味わう、日本の優れた伝統や文化を愛する心を養う。
  >   ねらい達成に効果的な発問例:
  >    ○「濤声」を鑑賞して、感じ取ったことを話し合う。
  >    ○ 魁夷の描く絵には、どのような願いや考えが込められているか。
  >    ○ すばらしいと思う日本の伝統はなにか。
  >      それはどんな理由からか。

  >  「心のノート」のページと活用のポイント
  >    P.117 展開後段で活用
  >  「私がすばらしいと思う伝統・文化」について考えをまとめさせ、
  >   日本の伝統や文化を守り育てようとする態度を育てる。
  >   関 連:美術 社会(歴史)


      という指導計画例が記載されていたそうです。


      よたよたあひるさんは、


      
        東山魁夷の絵は美しくてけっこう好きです。
        でも、なんで「愛国心」につながるのかよくわからないですね。
        東山魁夷の作品は東山魁夷の作品で、「日本文化」の代表にしてしまって、
        東山魁夷の作品を通して、日本の優れた文化や伝統を愛する心を養うって、
        東山魁夷に対しても、なんだか失礼な気がします。
        作品は作品として味わえばいい。 




      と述べられた後、ご自身の考察や想いを綴っておられるのですが、
      私は、よたよたあひるさんに、両手をあげて大賛成し
      ぶんぶんと頷きっぱなしでおりました。


      これ、なんだか、昨年の11月14日のNHKクローズアップ現代の、
      『 “愛国心”って何ですか 』で放映された、
      練馬区の小学校行なわれた
       「 ニッポンは四季があるから美しい 」という
      おそろしく平板で、画一的な道徳授業の、まさに中学版そのものな感じです。


      振り捨てても振り捨てても湧き上がってくるような郷土愛とは異なり、
      國、とは、人為的に定められた、ひとつの大きな行政区画単位のことです。

      これに(積極的に)愛情を持つ、というのは、
      大変な自覚と覚悟が必要なことなんですよね。

      国内の日常生活のなかで、日々 「國」を意識することはなくとも、
      ひとたび海外に出かければ、否応なく自分がニッポンを代表しているのだと気付く。

      なにか こと、起きたとき、
      自分がいろんなものに縛られたり、守られていたりすることを識る。

      自分の属す國というものが、(自分の識らないところで)自分とどう関わり、
      どう守ってくれているか。 或いはどう、義務を課し、責任を迫っているか。
      私たちは、確かにきちんと識らねばなりません。


      色々な國が在り、いろんなひとが在り、そして私がいて、あなたがいる。

      それをきちんと識り、把握するため。
      そのための歴史、地理、政経といった「社会科」、が在り。


      日本画の美を鑑賞し、また、その精神を学んだり、足跡を学ぶのは、
      純粋なる「美術」の時間ではいけないの?


    
            ひとりの素晴らしい画家の渾身の作品と、
                  愛国心を結びつけるの、ヤめようよ~。



…

( 愛国心、を教育基本法に盛り込むことについての私の意見は、
9月9日 に 記した通り )。








     追記)  よたよたあひるさんが手に取っておられたものは、
          教科書ではなく、「副読本」でした。

          私は「副読本」であっても、それを授業に用い、
          公的に子どもたちに授業をした時点で「教科書」である、
          と認識しておりましたが、

          「 教科書 」であるか、「 副読本 」であるかは、大きな違いであり、
          教科書はその中身そのものを教えなければならないのに対し、
          副読本は、別に、それを題材に授業を行う必要はなく、
          当然、ひとりひとりの先生の独自な指導計画に添ったもので良いようです。

          つまり、道徳の副読本内のそれぞれの文章に
          価値項目が記されていても、その内容と価値とに疑問を感じれば、
          それを授業で取り上げなくても、良いのでした。

          「 教科書 」のない、道徳の授業で取り上げるべき価値項目は
          細かく記された「学習指導要領」によってのみ規定され、

          道徳の授業は、
           ある価値について生徒とともに深めていく場 なのであり、
          価値を教える場ではない。
          絶対に価値を押し付ける場であってはならない、と、

          よたよたあひるさんちで発言された徒然なる人さん、に教えていただきました。


         「 道徳 」の授業に対する認識を改めるとともに、
          これまで私が観聴きしてきた「 道徳 」って、
          その殆どがダメダメぢゃん!! と、改めてがっくり です。



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ジャンル : 学校・教育
テーマ : 教育って何だ?

タグ : 道徳 道徳教育 中学道徳 東山魁夷 愛国心 道徳教育の強化

[ 2007/01/28 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(19)
Re:中学道徳  「愛国心」で東山魁夷。(01/28)
東山魁夷って、日本しか描いてないわけじゃないですしね。

まぁ、東山魁夷の絵で 普段は見る事のできない日本の自然を垣間見る事は出来るでしょう。

日本には、こんな素晴らしい画家がいるって事も学べるでしょう。

でも、「愛国心」??????????

これを指導しないとならない先生方も、大変ですね(ーー;



自分で納得していない事があったとしても、先生方は指導要綱に従って生徒を指導していかないとならないんですよねぇ。

私が小学生の時には、教科書に書いてある事とは別に 自分の考えや意見を言う先生もいましたけど、今はどうなのでしょうね。

長女が小中学生の頃には、道徳の時間には先生は発言しなかったと聞いています。

話し合いをするわけでもなく、ただ教科書を読んだりTVを見たりするだけだった と。

学校という場で色んな意見を交わしていく事が大事だと思っていたので、非常に残念に思いましたが・・・なんとなく、「どうして見るだけ?」とは 先生には聞けませんでした。

自分の考えもまとまっていなかったですし。

今は、どんな授業をしているのか・・・

命の尊さなどなどは、道徳ではなく「総合」で行うみたいですし。



はふぅ。。。
[ 2007/01/29 20:58 ] [ 編集 ]
東山魁夷さんは顔見世で
たまたまお席が隣だったことがあるのだ<(`^´)>エッヘン。



ご夫妻でちっとも威張らず気取らず素晴らしい方々でした。

政治家の人々に爪の垢でも煎じて飲ませてあげたい。
[ 2007/01/29 22:01 ] [ 編集 ]
挫折
ダメです。何も言えません。

コメント、書いては消し、書いては消し。



違う!違う!それとこれとは全く違う!の思いはあるのに、それ以上に言葉が出てきません。何故、これが「教育」なのでしょう



再び。

愛することを強要するな。

[ 2007/01/29 23:01 ] [ 編集 ]
Re:中学道徳  「愛国心」で東山魁夷。
今の教科書が全然分からないので、30年前の記憶を掘り返しつつよたよたあひるさんの記事を拝読いたしました。

個人的には道徳の授業って必要なのかって思います(^^;)

子どもはどんな答えが求められているか察知しますからよほどのことがなければ本音で語り合わないでしょうし。

本来は家庭や友人と語り合う中で育つもののような?

東山魁偉は私も好きです。

美術の時間に日本画の成り立ちや特色に触れれば、あとはぼぅっと鑑賞して浸れば幸せなのに。

愛国心の材料にされては…(-"-;)

絵も物語も、その世界に入り込んで魅きこまれて心揺さぶられてこそ。

(書けば書くほど支離滅裂でごめんなさいm(__)m)
[ 2007/01/29 23:55 ] [ 編集 ]
Re:中学道徳  「愛国心」で東山魁夷。(01/28)
道徳の時間でこんな事やってるんですか・・・知らなかった。



美しいもの、素晴らしいものに触れればそれを大事にしようとする。

それが当たり前だと思っているんですが、今は給食費さえ払わない親がいるし、道徳をもっと基本的なことを教える時間にすればいいとおもうんですがねぇ。



>「ニッポンは四季があるから美しい」

じゃあ何でハワイに日本人が押し寄せるんだろう?(苦笑)



[ 2007/01/30 01:09 ] [ 編集 ]
Re:中学道徳  「愛国心」で東山魁夷。(01/28)
 私の道徳では,愛国心が日本人論になってしまう傾向にある。
[ 2007/01/30 07:28 ] [ 編集 ]
Re:中学道徳  「愛国心」で東山魁夷。(01/28)
真剣に考えていらっしゃるのにごめんなさい。

ちょっと一息ついてくださいまし・・・



わが娘が小学1年生の時のコト。。。

クラスの子どもたちに苦手な教科を問うた際、

娘は「 道徳 」と応えたそうです。

理由を聞くと

 先生が道徳の本を読み、そのことについてみんなに問いかけをする。

 その繰り返しでは面白くない、退屈だ。

・・・と。

担任の先生は愕然としたそうです。

で、

この先生の研修課題になったのが「 道徳の学習法 」

面談の際「参りました(~_~;)」と先生から言われました。

3年後、担任になられた別の先生にこの話をすることがありました。

「あぁぁ、○ちゃんだったのですかぁ」

名前は出さずとも、先生方はご存知だったのですよね。



「道徳」の限らず、他の授業内容も【学習指導要領】に縛られ

魅力ある学習時間がもたれていないような気がしてなりません。

自分が教育を受けていた頃は、心に残る授業が、先生がいらっしゃいましたが、

我が子においては、

何を言っているのかわからないとか、

理解できる・していない関係なく次に進んでしまう。

小・中で授業の話を全くしなかった息子ですが

高校に入ってからは、時折、興味持った授業の話を聞かせてくれます。

小・中時は、心動かなかった我が子なのかもしれませんが

我が子に対し、感じる心は豊かであると少なからず思っている私ですので、足並み揃えた、揃いすぎる指導要領に疑問を感じています。

「育む」ことになっていないのではと・・・



美しいものは、どんどん見た方が良い。

汚い、醜い言の葉は人の心を切り裂きます。

柳沢厚労相。。。「己が口もて 己が傷つき」

溜まりにたまった膿が、どろどろ流れ出している。

談合もしかり。



まとまりがつかなくなりました。

ごめんなさいです。

今日は、出勤日ですね。

いつもとは違った空気をたくさん吸い込んできてくださいませ。

[ 2007/01/30 08:28 ] [ 編集 ]
園長先生へ 面白い記事見つけました!
衆議院代表質問を聞いていて、ふと頭をよぎったことがある。安倍晋三首相が学校の先生だったら、どんな評価だろうか?初めての戦後生まれだから、若くて見栄えがいい。家柄も申し分ない。懸命な答弁ぶりを見るとやる気はありそうだ。だが多弁を費やした割りに、政策の具体像は見えにくかった。安倍先生の話に議場内から歓声やヤジが飛び交う様はどこかの小学校の教室のようだ。加えて教室外では、児童が様々な問題を起こしている。柳沢は女性を「生む機械」と言ったり、久間君は、イラク政策で友達の米国を批判。ほかの児童も事務所経費など金銭感覚がもるでない。安倍先生は施政方針演説で「教員の質が教育再生の鍵を握っている」と言い切った。授業では学力を確保し、いじめ防止や道徳心にも気配りが必要だ。課題は山積しており、現場の指導力だけでは手に負えないほどだ。先生とはどうあるべきか?英国の哲学者ウイリアム・A・ワードの有名な話に「凡庸な教師はしゃべる、良い教師は説明する。優れた教師は示す。偉大な教師は心に火を付ける。」とあります。さて、安倍先生の評価は?下落一方の支持率から判断すれば、国民に美しい日本の具体像を「示した」り、国民の「心に火をつけた」とは言えないようだ。



1・30 福井新聞「越山若水」より全文掲載
[ 2007/01/30 14:18 ] [ 編集 ]
Re:園長先生へ 面白い記事見つけました!(01/28)
りきkkぱぱさん



 訂正

 柳沢→柳沢君

 金銭感覚がもるでない→・・がまるでない子
[ 2007/01/30 14:23 ] [ 編集 ]
先生の裁量。
_AZ_さん



 > 日本には、こんな素晴らしい画家がいるって事も学べるでしょう。

 > でも、「愛国心」??????????

 > これを指導しないとならない先生方も、大変ですね(ーー;



でしょう??

『道徳』こそ、先生方おひとりおひとりの力量が試される授業はありませんね?

いわゆる「ルール」を、身近な例をあげながら子どもたちに伝えることで、

お子たちに考えさせることができるのは、せいぜい小学校の1、2年生までではないでしょうか。



あとはよくできた教育テレビの道徳の授業向けのビデオを観せて、感想を書かせたり。。。

(んでも、ヘンな授業よりは、余程素晴らしかったりしますからね(゚゜)\バキ☆)



 > 長女が小中学生の頃には、道徳の時間には先生は発言しなかったと聞いています。



ぐぇぇ。

深く考えれば考えるほど、ものが言えなくなる。

教師としての言の葉の重さに自らが潰れてしまいそうになるお気持ちも判らなくもないですが、

それは余りに、逆に無責任かも。



 > 命の尊さなどなどは、道徳ではなく「総合」で行うみたいですし。



小学校では、担任が殆どの教科を受け持ちますから、それぞれの教科をうまく連動させて、

総合的な授業とし、道徳に結びつけることもまた生きた授業になると思うし、

先生方の工夫次第で、如何様にも素敵な濃ゆい授業になり得ると思っています。



縦糸にどう横糸を絡ませて、「ひと」を教え育んでいくか。

たったひとことで子どもたちの受け止め方が違って来たり。

先生方の腕のみせどころ、ですよね。



先生方も子どもたちも、そういう大切なことにじっくり取り組める時間とこころのゆとりが持てる、

そんなゆとり教育であって欲しかったなぁ。。。

[ 2007/01/31 11:06 ] [ 編集 ]
Re:東山魁夷さんは顔見世で(01/28)
ぅわ! 素敵^^*☆>ありのみ01505さん



たまたまお席が隣だったことを喜び、とっても誇りに思っちゃえる御方であったことが、

ほんとに素晴らしくて、こちらまで嬉しいです。



 > ご夫妻でちっとも威張らず気取らず素晴らしい方々でした。



そそそ。 こんなときにひとって判るもんね?

あの素晴らしいたくさんの絵画から、読み取れるものは数々あっても、

ご当人が尊大にそっくり返っておられたら、それはアーティストにありがちな偏屈さ(゚゜)\バキ☆、

というのとはまた違うからがっくり、だし、例えご当人が感じよく在られても、

お連れあいさんがダメダメだったりするとまた、がっくりですもんね?



 > 政治家の人々に爪の垢でも煎じて飲ませてあげたい。



ほんとほんと(怒)。

[ 2007/01/31 11:24 ] [ 編集 ]
Re:挫折(01/28)
違うよね?>あそびすとさん



 > ダメです。何も言えません。



 > 違う!違う!それとこれとは全く違う!の思いはあるのに、それ以上に言葉が出てきません。



↑こういう状態が、きっと「あきれて物が言えない」、とか、

「茫然自失」というものなんだと思います。



 > 何故、これが「教育」なのでしょう



 > 再び。

 > 愛することを強要するな。



上に同じ。( ┬_┬)。

[ 2007/01/31 11:26 ] [ 編集 ]
「 道徳の時間は必要か 」
良くぞ言って下さいました!>ゆうやけぐもさん!!



 > 個人的には道徳の授業って必要なのかって思います(^^;)



実は私もなんです。

でも小学生、殊に低学年の間は、集団生活におけるルール徹底のために、

必要だろう、とは思っています。

んぢゃが、高学年以上のお子たちには、(今のままでは)私は必要ないのではないか、と思う。



何故なら、これまでの殆どの道徳の授業は、【事例に真から学ぶ】のではなく、

お子たちの【本音と建前】の強化をするだけだった、と実感しているから。

様々な事例に、お子たちが建前をきちんと言えるようになっては、ダメなんです。

何か悪いことをしても、それは自分の正当化への知識になっていく。



『総合教育』をフル活用して、子どもたちに主体的に参画して貰って、

実際に作業をしながら、本音で語り合えるような場作り(立場を変えてのディベートなど)をし、

違う考え、さまざまな立場を識り、そのうえで目標に向かって皆で努力し、物事を達成ていくような

或る意味「動的なもの」ぢゃないと、ダメだと思う。

これまでの「道徳」授業の根本から見直しをしていただきたいですね。



 > 東山魁偉は私も好きです。

 > 美術の時間に日本画の成り立ちや特色に触れれば、あとはぼぅっと鑑賞して浸れば幸せなのに。

 > 愛国心の材料にされては…(-"-;)

 > 絵も物語も、その世界に入り込んで魅きこまれて心揺さぶられてこそ。



私 も な ん で す ぅぅ~~( ┬_┬)。

[ 2007/01/31 11:46 ] [ 編集 ]
中学の道徳
黄パジャマさん



子どもから大人へ、と大きく成長する過渡期である中学校の道徳学習指導要領では、

4つの大きな軸、

 ● 自分自身に関すること 

 ● 他人とのかかわりに関すること 

 ● 自然や崇高なものに関すること 

 ● 集団や社会とのかかわりに関すること

があり、それぞれに細かく価値項目があり、全部で23項目の価値を

「生徒ともに考える場」であるそうです。



愛国心、は4番目なんでしょうけれど、

東山画伯の絵に対峙させるなら、



 > 美しいもの、素晴らしいものに触れればそれを大事にしようとする。



 ↑ こういったこころを中心に、3番目であって欲しい、と私は思いました。

[ 2007/01/31 14:10 ] [ 編集 ]
「 日本人論 」。
きゃ~~!!>タカタン7さん



 > 私の道徳では,愛国心が日本人論になってしまう傾向にある。



面白そう!!

中学生ならではの、子どもたちの色んな論が飛び出して来るでしょうね。

是非是非、タカタン先生の道徳授業を見学しに行かせていただきたいです^^*☆(わくわく)

[ 2007/01/31 14:14 ] [ 編集 ]
「道徳の時間は退屈」
ぷぷぷ☆>てんてこmyさん



小学1年生さんに、「道徳の時間は先生が本を読んでみんなに聞くだけだから退屈!」

って言われちゃうと、先生は愕然となさることでしょう(笑)。

内心、冷や汗をおかきになられたのではないでしょうか。

初めての学校生活で、観るもの聴くものが珍しく、何の予備知識も偏見もない、

1年生のまっすぐな感想ですから。

でも、逆に道徳以外の授業では、娘さんが楽しく学んでいらっしゃったのが判りますね^^*☆

娘さんの学校では、道徳教育が変わっていかれたのではないでしょうか。。。



 > 「道徳」の限らず、他の授業内容も【学習指導要領】に縛られ

 > 魅力ある学習時間がもたれていないような気がしてなりません。



ころころ変わる、あまりに【細かな】学習指導要領に、先生方が振り回されている感は否めません。

時流をいち早く掴み、教育の見直し、補強、調整、修正することは確かに大切ですが、

大事な軸そのものもころころ変わってしまっては困ります。



「教科書検定」をしている以上、教科ごとの範囲はきちんと定まっているのですから、

後は、現場を信頼し、ひとりひとりの先生方の裁量にお任せするようなものであって欲しいですね。

もちろん、信頼に値する現場でなくてはならない訳ですが。



もっとゆっくり。 もっとゆったり、ひとりひとりの子どもたちに教え伝える知識の類が、

子どもたちの血となり肉となるよう、生きていく力を育む学校教育であって欲しいです。



 > 美しいものは、どんどん見た方が良い。

 > 汚い、醜い言の葉は人の心を切り裂きます。



音楽や美術など、柔らかい子どもたちの感受性や創造性を培い、引き出す授業を

もっともっと多くして欲しい、と願うのは私だけでしょうか。。。

[ 2007/01/31 19:32 ] [ 編集 ]
Re:園長先生へ 面白い記事見つけました!(01/28)
りきkkぱぱさん

お忙しいのに、新聞を観ながら入力して下さったのですね! 有難うございます^^*☆



 > 「教員の質が教育再生の鍵を握っている」と言い切った。



当たり前です!!!(怒)

実際、日々、学校で子どもたちと接し、教え導いているのはひとりひとりの先生です。

この先生方に、全力をあげて、ひとりひとりの子どもたちに向きあえる時間をあげて欲しい。

そのための教育改革であり、先生方、学校へのサポート論でなくちゃ。

現場の、ひとりひとりの先生方の生の声を、ひとつも識ろうとしないで、

何が「教育再生だ!」と思いますね。

國に政府に都合のよいお子たち、税金納付予備軍をつくりあげようとしてるだけ、

と言われても仕方ない、と思うです。



言うだけ言って、決めるだけ決めて、後は地域丸投げ。

失敗したら、個々の先生の「資質不足」「力量不足」にするつもりなんですね。(怒)



 > 先生とはどうあるべきか?

 > 英国の哲学者ウイリアム・A・ワードの有名な話に

 > 「凡庸な教師はしゃべる、良い教師は説明する。優れた教師は示す。

 > 偉大な教師は心に火を付ける。」



思わず( ..)φ致しました。 有難う\(^o^)/☆

[ 2007/01/31 19:43 ] [ 編集 ]
教科書と副読本
私の日記のいたらない表現にフォローありがとうございました。



道徳の「教科書」とよばれているものが、「副読本」である、ということは、光村のホームページを観たり、検索でいろいろと調べている時に気がついてはいたのですが、その意味をあまり深く考えて日記にかいてしまいました。反省しています。

 授業をする先生にとっての「教科書」と「副読本」の違いは大きいものだと、徒然なる人さんのコメントで気づいた次第です。

 でも、「道徳」の授業で使う、クラスの共有財産としての副読本、通常、「道徳の教科書」と呼んでいると思います。私自身が、児童・生徒だったときから現在もね。

 授業時間に全部のページを使うわけではないこともふくめて、「道徳の教科書って普通の教科書とはちがうなぁ」と思いながら、教科書として受け止めてきたように思います。

 このあたりのことを日記に書いてみようとおもっていますが、パソコンの調子がいまいちで少しおくれるかもしれません。なんとかかけたら、またトラックバックさせていただきたいと思っています。

[ 2007/01/31 22:18 ] [ 編集 ]
Re:教科書と副読本(01/28)
とんでもありません>よたよたあひるさん



私も「副読本」であることを識っておりながら、「教科書」と平気で書いてしまいました。

私も、「副読本」であろうがなかろうが、それがプリントのようなものであっても、

新聞記事であっても、それを公的に授業に用いた時点で、

その部分は「教科書」=「テキスト」である、と言う風に認識して来ました。



だもんで、この度、徒然なる人さんに、「教科書」であるか、

「副読本」であるかの大きな違いを教えていただき、とても勉強になりました。

「(検定を受けた)教科書」と「(自由)教材」の違い、といったところでしょうか。



また、徒然なる人さんの、

道徳の授業は、ある価値について【生徒とともに深めていく場】なのであり、

価値を【教える場ではない】のだ、というご見解、非常に嬉しかったです!



その分、尚更、これまで私自身が生徒として、社会人として、PTAとして、

観聴きして来た「道徳」は、まるっきりダメぢゃん、と情けない。



子どもたちが、見事に建前を述べ、書き記すこと「だけ」が堪能になって行くような「道徳」は

もう要らない。



よたよたあひるさんの考察文章は、鋭くて深く、そしてとても論理的で冷静。

よたよたあひるさんの視点、疑問を抱く点が、私自身のそれとよく重なるので、

いつも興味深く拝読しております。

私は、いつも感情に任せ、同じことばかりうだうだボヤいてるだけなので恥ずかしいです。



次もトラックバックをいただけるようで、とても楽しみです^^*☆

んでも、どうぞご無理をなさいませんよう。

有難うございます☆☆

[ 2007/02/01 00:47 ] [ 編集 ]
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