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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

朝日新聞コラム 『 いじめている君へ 』








    しばらく前から、朝日新聞1面に各界の識者による

    『 いじめている君へ 』 『 いじめられてる君へ』

    2種類のコラムが毎日掲載されている。


    こういったコラムを連日1面に持ってくることは凄い。

    コラムの内容自体は、主としていじめられた実体験を持つ執筆者の想いを中心とした、
    それぞれ立派なものではあるが、
    しかし、正直、とってつけたような企画のような想いがし、
    このこと自体、を良いことだとは思えない私がいた。


      いじめられている側はともかく、
      いじめている側が、本当にこのコラムに眼を通し、
      向き合ってくれる、とは思えず、
      このコラムを読もうとするおとなたちを揺さぶる、動かすものがなくては、
      空振りに終わったり、
      何故、いじめがあるのか、そのいじめの構造をはっきりさせなくては、
     「いじめいじめと言うから、云々」という的外れな批判を増長させるばかり、
      のような気がしてならなかった。 

    朝日新聞も病むに病まれぬ想い、何かをしなくては、と
    1面トップに掲載し続けているのだろう、とは思うのだが。


       これまでのコラムのなかでは、

       11月15日の精神科医である斎藤環氏の『その安心感は自由を奪う』。

         いじめている君は、家でつらい思いをしたり、以前に自分自身が
         いじめられたりして、嫌な経験をしていないか。
         そのはけ口にしていないか。
         ひとをいじめることで得られる安心感は、不確かなもの。
         大人の世界も同じであること。

        「 いじめを続けることで、失われるものがたしかにあります。
          自分自身が大切で、かけがえのない人間であるという自覚が、
          いちばんに損なわれます 」

       11月17日の劇作家である鴻上尚史氏が
         いじめられている側にとにかく逃げることを勧めたこと。
         絶対に死なないこと。
         死んだって、いじめた奴らは決して反省しない。と言い切っていること。

       11月22日の、高史明氏(高校時代に出逢い、衝撃だった)の愛息を亡くされた慟哭。

       が、こころに残っている。


    あれこれ思っているうちに、このコラムが1面から社会面へと移動。
    2週間以上続いた企画も、このままフェイドアウトしていくのか?と
    今度は逆に、残念に思い始めた(←勝手な奴>ぢぶん)今朝、
    ジャーナリスト むのたけじ氏のコラムに出逢った。
    この切り口と視点がとても嬉しくて、
    どうしてもこちらでご紹介したく、全文を掲載させていただく。



   いじめている君へ

    『 すてきな素質貫けば 大人たち変える力に 』

                       ジャーナリスト むの たけじ さん


    私は最近の小、中学生のみなさんと話し合ってみて、
    みなさんに共通する特徴があることに気がつきました。

    話す相手の年齢や社会的地位、お金持ちか貧乏かなどに関係なく、
    対等の立場で向き合う。
    考え方がしっかりしていて、不確かなものはあてにしない。 友達を大切にする。
    相手の気持ちを思いやる。 もちろん友達の命の尊さを知っています。

    そんな素敵な素質を備えたみなさんの姿を知ったとき、
    これは今までの日本人の歴史の中で、最高に素晴らしい世代だとわかりました。

    今の大人たちを見ると、そうは思えないかも知れませんが、
    むかし、みなさんと同じ長所を持っていたときがありました。
    戦争に負けてから15年間ほどの時期です。

    古い考え方が通用しなくなって、みんなが一人の人間として向き合った。
    日本は負けるはずがないという思い込みが外れたので、現実をしっかり見ようとした。
    生き残ったものどうし、みんなの命を大切にした。

    でも大人たちは変わった。 あのころの思いを忘れた。
    相手の年齢や地位で態度を変えるいまの大人は、
    みなさんにとって、つめたい氷のように見えるでしょう。

    みなさんのまわりに、いじめがあるなら、それはみなさんが悪いのではない。
    あの素晴らしい素質を捨ててしまった大人の責任です。
    友達を大切にするみなさんがつらい気持ちになったとき、
    安心して相談できる相手になれるよう、大人が気持ちを入れ替えなければいけません。

    大人たちがどうあろうと、みなさんは、自分たちのよいところを貫いてください。
    それが大人たちを変える力になっていくでしょう。 



          11月27日 朝日新聞大阪本社版 30面掲載 改行/りうりう(本文はルビ付き)
 


怪獣くん



   
     イメージだけぢゃなくて、ほんとに小中学生のなかに入り込んで
     向き合っておられるひとであること。
 
     「 いまどきの… 」な目線で 子どもたちを見つめていないこと。

     子どもたちをポジティブにとらえ、それを活かしたい、と願っておられること。

     何より、一様に「 戦後教育 」云々を悪ものにしがちな論が多いなかで、
     お子たちは、こんなに伸び伸びと闊達に育っているではないか、
     変容していった、今の大人たちが悪いんだ、と
     平易な言の葉で、子どもたちに、私たちに直接語りかけておられること。


                            なんだか、朝から嬉しくて。


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[ 2006/11/27 08:55 ] 読みました^^*☆ | TB(0) | CM(20)
こどもたちへ、おとなたちへ
ずっとこのコラムを読んでいました。

ときどき子どもたちにも読み聞かせて。



ムスメが

「どうしてこんな事を新聞に載せるの?

こんなところに、こんな事書いたって、いじめられている人もいじめている人も読まないよ。大人に話てください、なんていっても、どうせ誰も聞いてくれないから話さないんじゃないの?」

と珍しく深刻げなことを言う。



「そうだねぇ。きっとそれは、子どもたちに向き合いなさい、子どもたちの思いを受け止めなさい、っていう【大人達へのメッセージ】なんだよ。」



と答えはしましたが。



センセーショナルに、バラエティ番組的に一つ一つのケースをとりあげるのではなく、ひとりひとりの大人達が(自らを)反省することが必要。



だから、むの氏の、

>大人たちがどうあろうと、みなさんは、自分たちのよいところを貫いてください。

>それが大人たちを変える力になっていくでしょう。



というメッセージが、痛く、厳しいです。 
[ 2006/11/27 09:09 ] [ 編集 ]
わが子も・・
よくいろんな場面で言っています。

「一番知らなくちゃいけない人は、

 ココに来ないし見ないし読まないよね」

大人も同じ・・・。

[ 2006/11/27 09:26 ] [ 編集 ]
Re:朝日新聞コラム 『 いじめている君へ 』(11/27)
大人は「いまどきの・・・・」で、あたかも自分は素晴らしかったと思い込みがちです。

でも、今の子どもたちのいいところをきちんと捉えて語りかけることにできる、むの氏のような人がいるということ、たくさんの子ともたちに知ってもらいたいと思いました。

[ 2006/11/27 09:30 ] [ 編集 ]
Re:朝日新聞コラム 『 いじめている君へ 』(11/27)
前に、北野武さんの特別番組の子ども達がガダルカナル・タカさんの司会の元 話し合うコーナーで、

虐めについて「(大人には)誰にも相談しない」という子が多かったんですよね。

「相談できない」ではなく、「しない」。

まぁ、そうだよねぇとは思いましたけど、相談したって24時間いつでもどこでも力になってくれるわけではないですからね。

大人の資質が問われている時代だとは思うんですけど、

その記事も 実は大人に向けて書かれているのでは?と感じます。
[ 2006/11/27 10:58 ] [ 編集 ]
Re:朝日新聞コラム 『 いじめている君へ 』(11/27)
毎朝読んでました。

なのに今朝に限って地方紙が入っていて(ToT)

ここで読むことができ感謝してます♪

子供を変えるんではなく

先ず大人を変えないと。

大人気ない大人が多い中、一生懸命考えてる大人もいるんだということ。

心に直接響く言葉を持っておられる大人がいるということ。

なんだか嬉しくなりました。

[ 2006/11/27 10:59 ] [ 編集 ]
Re:朝日新聞コラム 『 いじめている君へ 』(11/27)
 対岸に立つのはとても簡単。

 同じ側の岸に立って、物事を考えるのは、本当に難しいものですね。ただの怠惰だ、怠慢だ、わがままだ、贅沢だと切って捨てるのは簡単なんですよね。

 でも、大事なのは、物事が修正して行くこと。解決して行く事が目的なんですね。
[ 2006/11/27 12:39 ] [ 編集 ]
あっ、思い出した。。。。
こんにちは。

今、高3のお嬢が、大阪転居で、中1に転校したときのことを。

最初に友達になった子に、疎んじられるようになって、

学校へ相談に行って、なんとか解決した時、

お嬢は、担任の女教師にこう言われたそうな。

「おまり、学校でのことを親御さんにはなしをして、心配かけないようにね。」



また、相談にいったあと、お嬢に対して、こう言ったそうだ。

「なんでもかんでも、お母さんにお話するの?」





過保護で過剰反応をする親だと思われていたらしい。



今、後手にまわっている学校では、こういう考え方の先生が、多いのかも・・・・

いじめの問題を先生に訴えても、

親身になって、すぐに取り組める先生は、少ないのだと思う。



お嬢の担任は、本当にそう思っていたんだと思う。

「親になんでも話すのは、どうかと思うよ。」

と。



私たち大人はね、

自分の意思をちゃんと言える子に、

まわりに惑わされないような子に、

育っていってくれるように、見守ろうね。



[ 2006/11/27 13:50 ] [ 編集 ]
Re:こどもたちへ、おとなたちへ(11/27)
あそびすとさん

お子さんのいらっしゃるお宅で、朝日なお宅では、連日、話題をさらってたと思います。

私も少年たちが小さければ、伝えていたでしょう。



 >「そうだねぇ。きっとそれは、子どもたちに向き合いなさい、

 > 子どもたちの思いを受け止めなさい、っていう【大人達へのメッセージ】なんだよ。」



ん。 それが正解なんだと思います。

だからこそ、朝日のこれみよがしな感じが、

最初、素直でない私にはあざとく感じられたんだと思います。



 > だから、むの氏の、

 > 大人たちがどうあろうと、みなさんは、自分たちのよいところを貫いてください。

 > それが大人たちを変える力になっていくでしょう。



大人たちも変わらなくちゃ、ですよね。

【傍観者やら評論家であるな。 当事者であれ】ってことなんだと思っています。

[ 2006/11/27 16:55 ] [ 編集 ]
Re:わが子も・・(11/27)
こまま1023さん



 > 「一番知らなくちゃいけない人は、

 > ココに来ないし見ないし読まないよね」

 > 大人も同じ・・・。



PTAの懇談会や講演会で、いつもいつも感じていることですよね。



んでも、そういう機会をなくしてしまったら、もうそこでお終いになってしまう。

諦めずに機会を設けて、機会あるごとに観るひと、聴くひと、

互いに手を携えて歩むひと、をひとりでも増やしていく。

まずは自分の隣のひとに声を掛ける、ということなんだろうと思います。

[ 2006/11/27 16:59 ] [ 編集 ]
学校で。
私もです>カニの床屋さんさん



 > でも、今の子どもたちのいいところをきちんと捉えて語りかけることにできる、

 > むの氏のような人がいるということ、たくさんの子ともたちに知ってもらいたいと思いました。



学校のHRで、担任の先生が読んで下さらないかなぁって思っちゃいました。

[ 2006/11/27 17:01 ] [ 編集 ]
大人に向けて。
ぅん>_AZ_さん



 > 大人の資質が問われている時代だとは思うんですけど、

 > その記事も 実は大人に向けて書かれているのでは?と感じます。



私は大人への痛烈な批判だと感じています。

だから、嬉しかったの。

だからご紹介しよう、ご紹介したい、と思いました。



なりだけ大人、な輩ばかりだもんね?(自分を含めて)。

評論家を気取ってる場合ぢゃない、当事者なんだよ、ってことで。

[ 2006/11/27 17:05 ] [ 編集 ]
Re:あっ、思い出した。。。。(11/27)
工エエェェ(´д`)ェェエエ工工>OMITAさん



 >「あまり、学校でのことを親御さんにはなしをして、心かけないようにね。」

 > 過保護で過剰反応をする親だと思われていたらしい。



中1で転校して来たばかりで、友人関係に悩むお子に、

【 あまり、学校でのことを親御さんに話をして、心配かけないようにね 】

という教師が在るとは信じられません。



 > お嬢の担任は、本当にそう思っていたんだと思う。

 >「親になんでも話すのは、どうかと思うよ。」 と。



どう考えても違う、と思うなぁ。。。

保護者に話が伝わって、「いじめだ~~!」って乗り込まれるのがイヤだったから、じゃないの?

んでもって、万が一、乗り込まれて来ても、

「あの保護者は過保護で過剰反応をするひとだから」と同僚や上司に言い訳できるように

しておくためぢゃないの?

OMITAさんは優しいですね。

私はかなりヒネてますから、そういう観方しかできません。

、、、、だって、転校直後の中1女子ですよ?

先生が悩んでるお子に親に話すな、と、精神的自立を促してどーするの?

余計なお世話だと思います。



昨今では、特に「いじめのあるクラスの担任だと査定に響く」訳ですから、

先生としてはできるだけ知らぬ存ぜぬのスタンスを採りたいんだと感じています。



 > 私たち大人はね、

 > 自分の意思をちゃんと言える子に、

 > まわりに惑わされないような子に、

 > 育っていってくれるように、見守ろうね。



ですね!

んでも、「先生に惑わされないように」と、

心の中で付け加えなくちゃならないなんて、悲しすぎます。



ちゃんとした大人であろう。

様々な局面で、ちゃんと問題に真向から向きあえる大人であろう。

そう、強く、思います。

[ 2006/11/27 17:19 ] [ 編集 ]
つい最近。。。
知人の子供さんが『いじめるほう』であったことを我が子から聞かされました。

学年全体で、一人の子をいじめ、その発端となったのが知人のお子さんだったのです。



打ちのめされた知人。。。

子供と話し合い『いじめ』の悪を話し合ったそうです。



ただ、先生の取った行動は・・・

無記名のアンケートで正直に書いたそのお子さん。

4人の名前をあげたところ、

クラスのみんなの前で、容疑者ABCDと付けられたとか・・・

正直に書いた子はそのお子さんだけ・・・



「正直者はバカをみる・・・なのかなぁ…」と知人が言った言葉に反応したお子。。。

『容疑者』『正直者はバカをみる』

そのお子は、いじめていた子と仲直りし、一緒に遊ぶ約束をし、他の友達の元に行くと、

「何故、仲間に入れるのか」と言われ、

その時から、いじめられる対象になりました。



結局、家庭での対応なのかと。。。



まだ、解決には向かっていません。

そう。。。

大人たちが悪いと強く思う私でした。



。。。娘が呼んでいます。

失礼します。。。。。。。





[ 2006/11/27 19:27 ] [ 編集 ]
ちょっとずれるけど、記憶の糸。
高校時代、岡真史『ぼくは12歳』に打ちのめされました。そして、高史明氏。



彼等の慟哭に、言葉がありませんでした。
[ 2006/11/27 22:31 ] [ 編集 ]
つい最近 2
先ほどは、失礼しましたm(__)m



娘が出かけるので、せかされていまして…

文章も、支離滅裂

   んー、せかされなくても支離滅裂ですが(~_~;)



アンケートの結果を踏まえて、『いじめ』についてクラスで話し合うべきだと思うのですが、

先生は、いじめの発端の子達を容疑者とした。

皆でいじめに向かっていたのに、4人だけを教室の前に立たせた。

知人は、我が子達だけが悪いのかと聞くと

「他の子は、何も言って来ないから・・・この子もと、思われる子はいるのだけれど・・・」

先生の批判はしたくありませんが、4人だけを叱るのはいかがなものかと・・・

その結果、仲直りした知人の子が標的になったような気がしました。

そのことは、先生はご存じなかったと言うのです。

『いじめ』があったことは、保護者には伝えたそうですが、

次の『いじめ』が起きたということを考えてみると

家庭での話し合いがなされていないと感じました。

まだ、解決しておらず、2度目の保護者会があるということでした。



「うちの子には関係ない」ではなく、子供と向き合う時間をもって行ってほしいと願います。

子供は全てを語りません。

親には「悪いことは黙っていて」「辛いことも言えず」ということってたくさんあるのですから。。。

向き合う機会を作ってあげなくてはいけないと思うのです。

かく言う私も、子供の声を聞けないことがあります。

今回の事をきっかけに、子供と話し合い、

以前「仲間はずれ」にされたことがあったと初めて知ったのですから・・・

。。。長々とすみませんでした。

自分のところに書けばよいのにね(^^ゞ
[ 2006/11/27 22:39 ] [ 編集 ]
Re:ちょっとずれるけど、記憶の糸。(11/27)
あそびすとさん



高校時代に、私だけに在日であることのカミングアウトをした友人に

社会運動家としての高史明氏の存在を教えて貰いました。

その直後、真史くんが逝くのです。



衝撃でした。

そして『 ぼくは12歳 』を読んだとき。。。



私の書架の1番大切な書籍を置く場所に、

『 ぼくは12歳 』と高史明氏の『 一粒の涙を抱きて~歎異抄との出会い 』を置いています。



言の葉は紡げません。

ごめんなさい、としか言えない。

それもまた違うのだけれど、でも、慙愧に耐えられない。

、、、せめて、同じことを繰り返しては決してならない。

決して許さないことを誓いたい、と思うのです。

[ 2006/11/28 00:29 ] [ 編集 ]
Re:つい最近。。。(11/27)
てんてこmyさん



いじめる側であっても、いじめられる側であっても。

識ってて傍観者たろうとする側も。

みんなみんな不幸ですよね。



特定グループからいじめられるならばまだしも、『学年全体』となると、

いじめられるお子は、逃げ込む場所が学校にはなく、ダメージも生半可のことではないでしょう。

誰もが【無関係】ではありえない。



そんないじめの『いじめる側』に我が子が入っていたと識ったときの衝撃。

ぅぅ。 想像するだけで、胸が痛いです。



んでも、そのお子さんが、アンケートに正直に書かれただけ、救いがありましたね。

自分の胸に聞いてみて、自分のこころがいじめに対して「否」と言ったのですから。

バカをみても、それでも良かったんです。

流されてヤってしまったことへの批判は受けねばなりませんものね。



んでも、いじめられてたお子と仲直りしたことで、今度は、いじめられる側になってしまったのは、

情けないことですよね。



学年全体の規模のものが容疑者ABCDに集約させられる。

そして今度は、仲直りしたお子に標的が移る。。。



このクラス、この学年に(何か問題があって)、

スケープゴードを必要としているように思えてなりません。

誰かが誰かを常にいじめている状態が日常になってしまい、

いじめることで自分の優位を確認して安心する、不健康な関係。。。

加えて、先生の採られた解決法は、とてもマズイように思えますですね。



親子間の話し合いも勿論ですが、クラスでも総合学習や道徳や、授業時間をめいっぱい使って、

『果たして、4人以外は全員無罪なのか』について話し合って欲しいですね。



語り合うこと。 理解しあうこと。

個の違いを認め合い、尊重しあうこと。

まず、そこからスタートしなくては、と思います。。。。。

[ 2006/11/28 00:58 ] [ 編集 ]
Re[1]:ちょっとずれるけど、記憶の糸。(11/27)
補足です>あそびすとさん



 > 高校時代に、私だけに在日であることのカミングアウトをした友人に



私だけに、と書いたのは、この後、彼女は懸命に母国語を勉学し、母国の地を初めて踏み。

大学入試では、本名で受験。

皆の前で震えながら、感動的なカミングアウトをするのです。



真史くんの自死も、彼女に大きな影響を与えました。



悲劇は繰り返さない、繰り返させない。

そんなような想いで共に歩んだ同志、です。

彼女からたくさんのことを教わりました。



本日は出社日。 行って参りま~す。

[ 2006/11/28 08:28 ] [ 編集 ]
Re:朝日新聞コラム 『 いじめている君へ 』(11/27)
私もこのコラム読んでいます。

これを読んで少しでも心に響く子供たちがいるのだろうか、あそびすとさんやこままさんのお子さんの言うように、まずそういう子たちが読むのだろうかと。

やはりこれは大人、私たちに対するメッセージでもあるのだと思いました。多分、大人の方が読んでいてズシンときているのではないでしょうか。



しかしこういうことが大新聞のトップの一部を飾ることとなるとは・・・です。。。
[ 2006/11/28 11:25 ] [ 編集 ]
おとな へのメッセージ。
を>パクチーナさん

パクチーナさんも朝日でいらっしゃいましたか。



 > やはりこれは大人、私たちに対するメッセージでもあるのだと思いました。

 > 多分、大人の方が読んでいてズシンときているのではないでしょうか。



ずしん、と来るおとなが、ひとりでも増えて、そのおとなたちがお子たちにも伝えて。

少しずつ変わって行けるといいのですが。



 > しかしこういうことが大新聞のトップの一部を飾ることとなるとは・・・です。。。



ん。

嘆かわしいといへば嘆かわしく、恐ろしい、といへば恐ろしい。

朝日が、このコラムを本当は「おとなたちに読ませたい」と考え、

1面トップに掲載し続けたのなら、その目的は達している訳で。



大新聞というのは、かくも世論を形成していくのに大きな力を持っている、というのが

改めて認識されます。

私たちの考えるイイ方向、というものと、大新聞が考えるイイ方向、というものが違ってたら、、、



そんなようなことを考えて、怖くなっている今日この頃です。。。。

[ 2006/11/29 12:41 ] [ 編集 ]
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