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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

「いじめ」 に対して、私たちのできること。







    rain27jpさんひろ子・Kさんあそびすとさん
    トラックバックさせていただきます。




    なんとも切ない事件が続きます。 一時は脳が考えることを拒否しました。


    TVの情報番組の取り上げ方には、多々思うところがありますが、
    それはまた次の機会に。

    福岡のケース。
    学年主任でもある担任教師が、「いじめ」に大きく介在していたことに驚愕し、
    事件後の校長先生の姿の後ろに教委の動きが垣間見え、とても不快です。



    文科省のデータでは、
    ここ何年も 「 いじめで自殺のケースは0件 」となっているそうで、
    何年も、それでよし、としてきた教委、現場の見識を疑いたくなりますが、
    各都道府県の教委が率先して、そういう報告をしていたのでしょうから、
    いじめに喘ぐ子どもたちは救われない。



    人事が絡んで、現場の先生方が首根っこを押さえつけられているのなら、
    その先生方に子どもたちをお預けする、私たちはどうしたらいいのでしょう。

    まして、子どもたちを いじめ、暴力から身を挺して守り、
    社会のルール、いのちの尊さを日々教え導かねばならない「先生」が、
    先頭に立って、子どもたちを無神経な言の葉の刃で斬っていくのだとしたら。



    




    ひろ子・Kさんは、『 親はいじめに気づかない 』とタイトルに掲げられ、
    ご自身の体験、親に決して気取られないようになさったことや、
    実際に息子さんが通っておられる中学校のいじめのケースを書かれた。


    そして、

    > いじめをなくすことは出来ないけれど、
    > でも、いじめが犯罪に変わる前に、
    > とことん誰かを追いつめてしまう前に
    > 保護者も、先生も、出来ることがあるはず。
    >
    > 今、ここから、出来ることがあるはず。


    と結ばれている。



    私も、いま、この時代に、我が子を守り、育てていくのに、
    夫と私とだけではどうしようもないことを痛感している。

    放任でなく、過保護でもなく、過干渉でもない、
    見事な適正距離を、どうやって測るというのだろう。

    そして、こと起きたとき、
    どうやってその距離を保ち続けられるというのだろう。


    親が、我が子の置かれた状況を、如何にして正確に、公平に識ることができるのか。

    識ることができたとして、子どもたちの世界の何処まで踏み込めるのか。
    直接踏み込んでいって、それが根本的な解決になるのか。
    子どもたちの間で起きた事件に対する、
    子どもたちの自己解決の力は、どのように培われるのか。


    そして、何より、親は我が子のこころの何処まで寄り添えることができるのか。


       頑張っていつかきっと乗り越えよう。
       死ぬほど辛い学校なんて、行かなくてもいい。
       いつまでも、何処までも、あなたを信じ、あなたを愛してる。
       あなたはあなたのままでいい。
       決して死なないで。


    そんなような想いを言の葉に乗せて、本当に我が子に届くのか。
    自分は、そんな関係性を我が子と築いて来たのか。。。。


    どんなに想い惑い、どんなに自問自答を繰り返しても、
    自分たちの(狭い見識の)なかでぐるぐる舞い踊っているだけ。

    我が子の事情。 ほかのお子たちの事情。 


    お子たちが遭遇する事件も、その背景も、克服しようとする力も、
    お子たちそれぞれに違う、から、本当に難しい。



ふたば





    だから。


    保護者は学校へ足を運ぼう。


    忙しくても。 例え子どもたちが嫌がっても。
    参観日、懇談会、講演会、学習発表会。。。。
    機会逃さず、学校へ足を運ぼう。


    自分の眼でしっかり、我が子を観、我が子の友だちを観、先生を観、授業の進め方を観、
    我が子をとりまく空気を肌で識ろう。

    毎回、毎回、全保護者が学校へ足を運び、
    お子たちを学校を先生を観、三者三様の様々な情報を受け取り、
    様々な傾向、様々なシグナルに気付こう。


    そして、保護者同士が顔見知りになろう。
    懇談会やPTA活動に参画し、親しく情報交換ができるようになろう。


    先生の悲鳴を感じたら、動けるような保護者であろう。
    お子たちの悲鳴を感じたら、動けるような保護者であろう。

    それをいち早く感じられるのは、日頃からアンテナを張っているものだけだ。

    日頃から、口先でない、
     「 しっかり観てるよ 」 「 応援してるよ 」「 愛してるよ 」
    というメッセージを行動で示そう。

    それが子どもたちに伝わるだけで、随分と違うのではないだろうか。



    まだ幼い自我を振り回しているだけのお子たちの絆。
    思春期のこころ揺らぐお子たちのこころもとない絆。

    毎日毎日の日常のなかで育まれるそれ、を
    先生方には、何より大切に見守り、育んで欲しい。


    そのために、保護者は、学校へ足を運ぼう。

    保護者同士に絆を生み育て、先生方とも絆を生み育て、深めていこう。
    お子たちが、伸び伸びと健やかに育つよう。


    そのために、PTAでできること、山ほどある、と思う。
    そのための、PTAだと、私は思う。
    ここにこそ、PTAの意義も意味も在る。


    ひとりでも多くの保護者に足を運んで貰えるよう。
    そんな雰囲気づくりを、学校と共に。


    仕事を持つおかあさん方も、みんなが
    参観日や懇談会、PTA活動に参加できる職場=社会に私たちが変えていく。

    そんな決意や気概を持とう。




    PTA会長さんである、あそびすとさんの言の葉をお借りします。



             > 誰かがほんのちょっと気がつけば、
             > つなぎ止められたかもしれないのに。
             > 気づきの連鎖が、
             > 別の結論を導いたかもしれないのに。

             > だれもが、悲しい。

             > 誰もこんな結末を望んでいたはずがないのに。


             > いまはただ、失われてしまった命と、
             > 命を失った想いのために、哀悼を。 



ペン雨

10月24日、トラックバックしました。
本文は改訂しておりません。



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Re:「いじめ」 に対して、私たちのできること。(10/17)
できること・・ありますよね?

親は、PTAは、無力ではありませんよね?

涙が出ました。

おりしも、わが愛しき元PTAがおかしくなりそうな今、

もう一度考えるべき時なのだ、と。

わが子をとりまく空気を肌で感じる・・・。

これにつきますよね。

中学校へも、絶対行きます。

もうすぐ1日授業参観です。
[ 2006/10/17 20:14 ] [ 編集 ]
Re:「いじめ」 に対して、私たちのできること。(10/17)
 PTA懇談会でのはなし

「いじめられない子」をつくるのか「いじめない子」をつくるのか?って話になりました。



どっちも 難しいと 言う意見がでるや 「他人のなすことに無関心な子にすれば いじめも いじめられる子も 発生しない。」と 固まってしまう意見がでました。こんな田舎でも・・・。
[ 2006/10/17 20:45 ] [ 編集 ]
お子たちは、大人を観て育って来た。
こまま1023さん



 > できること・・ありますよね?

 > 親は、PTAは、無力ではありませんよね?



「ありますとも!! 山ほど!」って即答したい。



少なくとも全保護者が学校へ「普通に」足を運べるようにするために、

できること、たくさんたくさん、ありますよね。



そして、お子たちの対し、親やPTAは、無力ではない、と私は思いたいです。

苦しいさなかにあるお子たちには、もしかして、もう間に合わないかもしれない。

でも、何もしないではいられませんよね。

私たちの願いや祈り、そして私たちの反省のこころがいつか届く、と信じて。



 > もうすぐ1日授業参観です。



たくさん、お友だちを誘って下さいね^^*☆

中学ともなれば、大多数のお子たちは嫌がるんですけど、み~んなで行けば怖くない(笑)。

それが当たり前の風景になりますもん☆☆

[ 2006/10/17 20:55 ] [ 編集 ]
TBありがとう。
いじめって、どうしてなくならないんでしょうね・・・。



私は、小3と小4の時にいじめられてよく泣いていました。やっぱり、親には言わなかった気がします。



自己解決。おそらく私はそのとき、学校とは違う場所の世界を作ることで、折り合いをつけていた気がします。



子どもたちもまた、何かに逃げ道を見つけて自己解決しているのかもしれませんね。

それがうまく行かない子が、追い詰められちゃうのかな・・・。



私も思春期。死にたいと何度も思ったことがあります。でも、死を選ばなかったのは、幼い頃に聞かされた死後の世界が怖かったから・・・・。

自殺だけは、魂が休まらないから絶対にしてはいけないと・・・。

だから、死にたいと思っても出来ませんでした。

親への愛は、もしかしたら、ストッパーにはならなかったかもしれません。



わたしの親は、ほとんど学校にはきませんでした。

おそらく母は、私のことはまったく何も知らなかったんではないのでしょうか・・・ねぇ・・・。

それはそれで寂しいことですが、それでもまぁ、グレもせず、泣きもせず、よく頑張ったと思います。

自己解決を身につけていたんでしょうか・・・。



そう思うと今の私は、ずいぶん過保護なんじゃないのかと反省します。



[ 2006/10/17 21:00 ] [ 編集 ]
まずは「いじめない子」、だよね。
あいたたたた!!>りきkkぱぱさん

やっぱり、【親】なんだわ。 orz....



親がまず先に変わらなくては、ですね?



 >「いじめられない子」をつくるのか「いじめない子」をつくるのか?って話になりました。



何故、そうなるのかが判りません。

「いじめるお子」が在ってはじめて「いじめられるお子」が生じるのです。



【「いじめられるお子」にはそれなりの理由がある】ってことをよく耳にしますが、

んでは、【どんな理由だといじめていいのか?】と問い返す必要があります。

そして、【いじめていい、と感じるのはどうしてか?】ときっちり考えていく必要があります。



悪いことをすれば、皆から非難、批判されるのは当たり前だし、

ルールが守れないなら、守るような指導が必要なのだし、

頑張っているのに、皆とのテンポが合わないお子には、そういった配慮、指導が必要なのであって、

お子たちによる「いじめ=リンチ」が許されていいはずは絶対にないのです。



そこをきちんとお子たちは勿論、保護者も踏まえる必要がありますよね。



 > どっちも 難しいと 言う意見がでるや

 >「他人のなすことに無関心な子にすれば いじめも いじめられる子も 発生しない。」



それなら、お子たちを「学校」という集団生活の場へ通わせる必要はないのです。

懇談会でそういった意見が出て、通ってしまうようでは、道のりは険しいですね。。orz....

[ 2006/10/17 21:04 ] [ 編集 ]
Re:「いじめ」 に対して、私たちのできること。(10/17)
> 誰かがほんのちょっと気がつけば、

> つなぎ止められたかもしれないのに。



ほんとうにその通り。

どうして誰も気が付かなかったのか。

残念でなりません。



>自分の眼でしっかり、我が子を観、我が子の友だちを観、先生を観、授業の進め方を観、我が子をとりまく空気を肌で識ろう。



学校に足を運ぶこと、

そう、これが一番です。

今は、息子の中学にも娘の小学校にもしょっちゅう行っています。

でも、一人目の子の時は学校は遠かったように思います。

そうやって何となく学校が遠い存在になっている人もいるはず。

こんな痛ましいことが二度と起こらぬように、

学校に行きましょう。

[ 2006/10/17 21:16 ] [ 編集 ]
「死なないで」とは言えない
自分とこには あまり書けない事なので、こちらで失礼してしまいますがm(_ _)m

最近TVは子ども番組しか見ないので どんな報道をされているのかは知りませんけど、

皆が「死なないで」と声を限りに言うと、私は逆に「死ぬという選択肢くらい残しておいてあげてよ」と思ってしまうのです。



生きるのは辛い。でも死ぬなと言う。それではどうしたらいいのか・・・私の行き場所はどこにも無い。死すら許されない。

ならば、私は私の精神を殺そう。



・・・これはもっと哀しいです。

死を許されない立場とは、「死なないで」と言う人達が思っている以上に 生きるより辛い場合もあるんですよね。

でも、「生きててくれて、ありがとう。」とは言います。私は。

亡くなられた方には、「本当に死にたくて死ねたなら、良かったね。もう自由だよ。」と言いたいんです。

自分を殺してしまうなんて、並大抵の事ではないですし、

勇気があったわけでも、勇気が無かったわけでもなく、

もう それしかなかった。窮地だったわけですし。

「死ぬな」は、鬱病の人に「もっともっと、今まで以上に頑張らなきゃ!」と言うのと同じように感じるんですよね・・・・



自殺を推奨しているわけではありませんので、念のため(^_^;
[ 2006/10/17 21:18 ] [ 編集 ]
いじめがなくならないのは。
おそらく>rain27jpさん

お子たちが、みんな辛いから、です。



こころが満たされ、倖せいっぱいのお子たちだったら、

わざわざクラスメイトや後輩たちをいじめたりはしないでしょう。



淋しいから、辛いから、イライラしてるから、むかつくから。

怒りの捌け口として、自分より弱いと思える者、自分より【下】に感じる者にぶつける。



徒党を組んでいじめることで共犯意識を持ち、いじめる側同士、距離を縮め

不安感を拭い去ろうとする。



「あいつよりはマシ」と、他者を貶めることによってしか自己確認できない。

他者と比較しなければ、自分の位置、存在価値が判らない。。。。



結局ね、不幸な大人と一緒なんですよね。

んで、心身が幼い分、押えられず、踏みとどまれず、安易な方向へ流れていってしまう。

大人の場合は、自分の在る状況が、それまでの自業自得である場合が多いけれど、

子どもたちの場合は、親や家庭環境のせい、な場合がとても多くて、胸が痛いですよね。



思春期に死にたい、と1度も思わなかった少年少女はまずいない、と思います。

んでも、自傷行為に及んだり、本当に自殺に至ってしまうまでには、

少なからず時間があります。

そこに至るまでに、本人も含め、誰かが何かできたら、と思いますですね。



そのためにはやはり日頃の関係性だろうと思うし、

なによりもまずは「いじめない子」ばかりになっていくよう、

大人がちゃんとしなくては、ですね。



トラックバックの受け入れをどうも有難うございました^^*☆
[ 2006/10/17 21:28 ] [ 編集 ]
あ、もひとつ>rain27jpさん
rain27jpさん



 > そう思うと今の私は、ずいぶん過保護なんじゃないのかと反省します。



娘さんがお辛かったとき。

rain27jpさんの態度はご立派だった、と思いますですよ。

お子さまたちは、勁いおかあさんの姿を識ってます。

しっかりrain27jpさんから学んでいらっしゃると思いますよ~。



何より、「信じてる」「愛してる」というメッセージ、しっかり伝えていらっしゃいますもん。

[ 2006/10/17 21:43 ] [ 編集 ]
「学校へ行こう!」
Urara0115さん、お久しぶりです^^*☆

「踊り」で頑張っておられましたですね!



 > どうして誰も気が付かなかったのか。

 > 残念でなりません。



子どもたちや先生方が、気付いていないハズはないのですよね。

【保護者たち】が、気付かなかった。

お子たちの口の固さは、いじめっ子たちから自分まで被害を被ることへの懼れと、

先生・学校側の対応への不信感、広く【大人たちへの不信感】から、ではないでしょうか。



私たちは、自分の眼でしっかり、我が子を観、我が子の友だちを観、

先生を観、授業の進め方を観、我が子をとりまく空気を肌で識らねば、と強く思います。



それは、過保護でも過干渉でもないでしょう。

我が子【だけを】観、学校のことはPTAの役員さんへお任せで、

余りに【放任】し過ぎたツケが来ている、と思います。

今は、全てを学校へ丸投げしてお終い、の状況ではありませんもんね。



 > こんな痛ましいことが二度と起こらぬように、

 > 学校に行きましょう。



行きましょう^^*☆ 誘い合わせて、みんなで行きましょう。

[ 2006/10/17 21:50 ] [ 編集 ]
Re:「いじめ」 に対して
義務教育の期間中、「いじめられた側」に

いたことがありました。



手を差し伸べてくれたのは、

「教育実習中の先生」でした



「冬きたりなば。。。。」という言葉で

はげましてくれました

あと、ラジオにも投稿して読みあげてもらったとき

うれしかったなー



受け止めてくれる大人が一人いりゃいいんです

話を聞いてくれるだけでいいんです



いずれは卒業し、別の世界にいけるんです

ただ、真正面むいて、うんうん、そうかって

聞いてくれりゃいいんです

オトナから見た

アドバイスなんてきっと、トンチンカンなんです



でも、死を手段にしなかったのは

それほど学校に期待してなかったからかなー



あと、先生は、絶対に手をだしちゃいけないかも....

解決はできないものだと思うのです



子供の世界で生きてる本人達が

そこから何かを学べるように

そこから何かを身につけるように



先生という立場にいる人間がが「そうだよなーアイツは・・・」

なんて言動が言語道断なんです。



そういう実態を知ったら、先生は

いじめてる側にもいじめられてる側にも

「ほんとうにそういうことがあるのか?」って

問いかけるだけでいいと思うなー



「そうなのか?」「本当なのか?」って繰り返し繰り返し。。。

そうして、誰の目にもあきらかであれば、別の手段を講じる必要が

ありますが、問いかけてるうちになくなる場合もありますね



親にはいえませんでした。だって、解決してくれるなんて微塵も

思ってないから。



今は「いじめる側」に存在する人生を

歩まなくて良かったナーと思っています。
[ 2006/10/17 22:02 ] [ 編集 ]
Re:「死なないで」とは言えない(10/17)
_AZ_さん

おっしゃりたいことはよくよく判ります。

小中学校では未経験ですが、高校大学、そして就職してからも。

私の周りで、何人もの友人知人がいのちを断とうとしましたから。



んでもね、_AZ_さんも

「生きててくれて、ありがとう。」とはおっしゃるんでしょう?



高校時代に睡眠薬で自殺未遂をし、当分の間、精神を病んだ友人がいます。

彼女は、いじめではなく、恋愛のもつれ、からだったのですが、

相談をあれこれ受けていた私は、生きるか死ぬか、そのただなかでは、

「生きててくれて、ありがとう」とは言えないのです。



この素敵な言の葉は、自死を思いとどまってくれてこそ紡げる言の葉です。

少なくとも相談をするひとは、「助けて」と思うから、打ち明けるのですよね。

となれば、「いざとなったら死ねば楽になるよ。その選択肢、ちゃんとあるからね」

とは言えません。



 > 生きるのは辛い。でも死ぬなと言う。それではどうしたらいいのか・・・

 > 私の行き場所はどこにも無い。死すら許されない。

 > ならば、私は私の精神を殺そう。



哀しいですよね。 生きるのが辛いから、死ぬんだもの。

でも。 生きて在れば、また陽の光のもとに立てる日も来るかもしれないのです。

その日のために、精神を少し休ませてあげる。

それもまた、生きるための知恵なのです。

少なくとも、身体は生きて在ることを欲しているのですから。



自分のいのちを自分だけのものだと思わないで欲しい。

少なくとも保護者の庇護下にある子どもである以上。



自分が死んで楽になれても、それしかなくても。

少なくともご両親は一生救われない。

世間的にも自殺した子の親、だというレッテルは消えない。



「どうぞ、生きて在って欲しい」。

どうしても、そう、願います。

[ 2006/10/17 22:12 ] [ 編集 ]
「おとな」 の 「介入」 の 仕方。
たまご姫さん、辛かった頃のお話、有難うございました。



 > 手を差し伸べてくれたのは、

 > 「教育実習中の先生」でした



これは大きな救いでいらっしゃいましたね。

「いじめ」を認めたくない学校側、先生方が余りに多くいらっしゃるのを考えると、

「教育実習中」であったからこそ、おできになれたのかも知れませんけれど。



んでも2週間から3週間位の期間であっても、親身に話を聞いてくれるおとな。

こころから手を差し伸べ、あたたかく励ましてくれるおとな。

それだけで、行き場のない想いをしていたお子には、大きな救いとなり、

克服の力を授かるものなのですね。



 > 受け止めてくれる大人が一人いりゃいいんです

 > 話を聞いてくれるだけでいいんです

 

 > いずれは卒業し、別の世界にいけるんです

 > ただ、真正面むいて、うんうん、そうかって

 > 聞いてくれりゃいいんです

 > オトナから見た

 > アドバイスなんてきっと、トンチンカンなんです



1番近しい(と思っている)親には、聞くだけ、というのは、まずもって無理ですもんね。



 > 子供の世界で生きてる本人達が

 > そこから何かを学べるように

 > そこから何かを身につけるように



学校生活のなかで、色んなことを学び、学校よりおそらくもっと厳しくシビアな社会のなかで、

お子たちが生き抜く力をつけるために、困難に遭遇しては乗り越えていって欲しい、と願います。

喧嘩も大いに結構だと思うし。



でも、その困難、のなかに、リンチである「いじめ」はあって欲しくない。

醜い悪意で子どもたちのこころを歪ませたくない、と願います。

[ 2006/10/17 22:40 ] [ 編集 ]
Re:「いじめ」 に対して、私たちのできること。(10/17)
うーんうーん。幼児の息子がちょっと酷いことを言われただけでおたおたする私(笑)

自分の日記に自分の体験を書きましたが、中高生になってから、親が直接できることって少ないように思います。

でも、りうりうさんやひろ子・Kさんの日記を読んで、

もっと多くの保護者が学校や子どもとかかわってくれたら、網を張るように。そのどこかで引っかかって救われる思いのする子どもが増えるのではないかと思いました。

さらには保護者だけではなく、地域の大人、おじちゃん・おばちゃんでも。

親たちも、自分の子だけではなく、みんなの子をみて、知って、付き合えれば。ちょっと希望が湧く気がします。

…問題は、ここまで危急のことなのに、そう思う親が少ないってことでしょうか(気のせい?)

小学校6年間にPTAにどこかでかかわることで、そういう親たちの裾野が広がりますように。

で、子どもには、やっぱりやっぱり、死んではダメだと伝えたい。です。

[ 2006/10/17 23:30 ] [ 編集 ]
トラックバックありがとうございました
私は、いじめはなくならないとおもってます。

別に、今の社会が悪いからじゃない。昔からあった。「小公女」だって、「にんじん」だって、「キャリー」だっていじめの話だし、人間って少しでも異質だったり弱かったりする物を疎外しようとする。

でも、閾値を超えたいじめはいけない。

「いじめ」ということばにごまかされた「恐喝」「暴行」はいけない。

あまりにも長期間繰り返されてしまう物も絶対に止めなくてはいけない。



大人はこどもに正しいことが何か、示す責任があります。

ただ、教師や学校に責任を押しつけるのではなく

常に自分の足下をみて、自分に出来ることを(本当に小さいことでも)考えていきたい。

そういう姿勢を子どもにも見せていきたいです。





[ 2006/10/18 07:00 ] [ 編集 ]
読ませていただきました。
ゆうやけぐもさん



 > うーんうーん。幼児の息子がちょっと酷いことを言われただけでおたおたする私(笑)



ご自身が辛い想いをされましたし、お子が幼いだけに、胸が潰れる想いが致しますよね。



 > 中高生になってから、親が直接できることって少ないように思います。



私もそう思っています。

んだから、せめて学校に足を運ぶ。

(皆で)「観てるよ」「応援してるよ」「愛しているよ」と

せめてお子たちの(最後の)こころのよりどころ、でありたい、と願うのです。

おとなたちは、そのこころをお子たちに、『伝える努力をしようよ』、と思うのです。



 > さらには保護者だけではなく、地域の大人、おじちゃん・おばちゃんでも。

 > 親たちも、自分の子だけではなく、みんなの子をみて、知って、付き合えれば。

 > ちょっと希望が湧く気がします。



PTAの役員になって、1番嬉しかったのは、

私自身の視野が広がったことでした。

『うちの少年たち』ではなく『うちの町の子どもたち』という視点が自然にできたことです。



保護者ひとりひとりがそういう視点を自然にもつことが出来たら。。。。

そこに私は、希望を持ちたい、と思います。

[ 2006/10/18 07:10 ] [ 編集 ]
現実 と めざすもの。
ひろこ・Kさん、トラックバックの受け入れを有難うございました☆☆



 > 私は、いじめはなくならないとおもってます。



ぁゃ~。。。身も蓋もなく(笑)。

ぃへ、私もそう思っていますとも。 それが現実です。



ここ何年も「いじめによる自殺がゼロ」、そんなバカな訳がありません。

だもんで、現実的には、それにどう立ち向かうか、なのだと判っています。



でも、少しでもなくして行きたいですよね。

少しでも、克服する力を子どもたちにつけていって欲しい。



少なくとも、我が子には「いじめる子」になって欲しくないし、

理不尽で陰湿な「いじめ」に逢い、こころを壊されたくない。

そのために努力することはできるはずであるし、

皆がそう願い、少なくとも我が子を「いじめる子」にしない努力が積み重ねれば、

「自死」をもって完了されなければならないような、

陰湿・悪質な「いじめ」は、おそらく減っていく。

減らしていかなければならない、と考えます。



 > ただ、教師や学校に責任を押しつけるのではなく

 > 常に自分の足下をみて、自分に出来ることを(本当に小さいことでも)考えていきたい。

 > そういう姿勢を子どもにも見せていきたいです。



おっしゃる通りです。

いじめる側、いじめられる側の立たされるお子たちの、最後の最後で、

踏みとどまれるこころのよりどころ、よすがとなれるよう、

しっかりアンテナを張って、努力して参りたいです。

[ 2006/10/18 07:22 ] [ 編集 ]
Re:「いじめ」 に対して、私たちのできること。(10/17)
私事ですみません。

ご存知の通り息子2は高校生になってから教師から仲間から「イジメ」にあい苦しみました。

親は学校の中の事は判りません。

いくら家で息子に味方だよと言っても学校に行ってる間は一人です。

そんなとき、一人でも心に寄り添ってくれる仲間がいたら・・・と思いました。

だから親は「イジメに加担するな。」だけでなく

「ヒトゴトと思うな」「手を差し伸べられる人間になれ」と育てないと・・・と痛感しました。

もちろんそれだけで済む訳ではありませんが。



今回の事件

教育委員会の嫌な姿が垣間見えてなんとも気分が悪いです。
[ 2006/10/18 09:24 ] [ 編集 ]
もう一言
手を差し伸べてくれたのは、

 > 「教育実習中の先生」でした

・・・・・・・・・・・・たまご姫さん から



 私も教育実習中(おっと 驚かないでよ。)、また、かみさんは、担任の代わりに その教室を受け持った時、奇妙な違和感を覚えました。「もしかして、あの子」って 感じたんです。子どもって 上手です。うまくごまかします。担任の警戒網が何処に向いているか、

まるで、レーダーを避けるがごとく、いじめは 行われています。研究され尽くした担任が それを見つけることはできないんです。ですから、新人、他の教員が入ると ちょとしたサインを感じ取ります。いじめらている子は、必死に助けのサインを 送っているのですが、いじめっ子の防御網を突破できません。担任には わからないんです。担任が目を向けるところに防御網や、おとりを放つだけでよいのですから。どうか、PTA参観日には

自分のお子さんだけでなく、観察ください。評議員の皆さん、生徒、児童の手や目の動きを見てください。担任以外の先生、笑わない子がいるでしょう 担任、教頭に相談してみてください。
[ 2006/10/18 09:25 ] [ 編集 ]
Re:「いじめ」 に対して、私たちのできること。(10/17)
保護者は学校へ足を運ぼう。全く同感。

学校だけを非難している保護者を見て、これまでちゃんとご自分の子どもが通っている学校のこと見てましたか?わかっていましたか?って疑問を持ちました。

(心情的にはわかりますが)



娘の学校での見守りもどんどん参加者が減り、子どもが嫌がるからと誘ってもお願いしても授業参観にも来ない・・・自分の無力さに落ちこんでしまいます。



でも、こんな気持ちになれたのも、役員になったからであって、一度も経験していなかったら私も無関心な親のグループだったのかもしれません。



役員だからいやおうなしに学校に通うことが多くなり、その結果子どもたちを知り先生を知り、少しでも力になりたいって思えるようになったのかもしれません。



だとすればなおさら、PTAとしての大切さ(そして楽しさも)経験者の1人として伝えていかなければなりませんね。とにかく、保護者にもっと関心をもってもらえるように・・・



そしてやっぱり私は「死なないで」と言いたい。きちんと届かない言葉だったとしても。あやふやな思春期の子どもたちには響かない言葉だったとしても。
[ 2006/10/18 09:57 ] [ 編集 ]
Re[1]:「死なないで」とは言えない(10/17)
りうりう*さん



>んでもね、_AZ_さんも

>「生きててくれて、ありがとう。」とはおっしゃるんでしょう?





>相談をあれこれ受けていた私は、生きるか死ぬか、そのただなかでは、

>「生きててくれて、ありがとう」とは言えないのです。



>この素敵な言の葉は、自死を思いとどまってくれてこそ紡げる言の葉です。

>少なくとも相談をするひとは、「助けて」と思うから、打ち明けるのですよね。

>となれば、「いざとなったら死ねば楽になるよ。その選択肢、ちゃんとあるからね」

>とは言えません。



うんうん。相談してくるうちは、「生きたいから」。

「いざとなったら」とは 相談されている側からは言えません。

でも、状況によっては相談してくる相手が言う「死にたい」は否定できません。

「死にたい」と言うのは「生きたい」の意ではあっても、

それを口にする事で発散してもいる事もあるので、

そこで「死んじゃ駄目だよ!」とは 私は言えないんですよね・・・・・

でもでも、諦めて突き放す「言えない」ではなく、真剣に聴いて 辛さを聴いて、感情を受け止めて辛さを逃がしてあげる、

そんな感じです。



自殺する人達、助言や励ましではなく 聴いてあげる事ができる人がいたら、

ぎゅーっと抱きしめて(比ゆ的な抱きしめ含む)くれる人がいたら、

なんとか踏みとどまる事はできたかも・・・とは 思います。

何も話はしなくても、話を聴きだそうとせずに語るに任せられる人がいたら違ったかも・・・とか。
[ 2006/10/18 10:06 ] [ 編集 ]
Re:「いじめ」 に対して、私たちのできること。(10/17)
ここ数日間、あまりの憤りと、やるせなさに、無力感を感じたり。。。



そういう時って、世間の事に目をそむけて自分の殻に入ってしまうと楽ですよね(笑)。



確かにマスコミの報道のあり方も度が過ぎてて、こっちの判断基準を狂わせるような場面も多いと感じることも多々あります。



しかし、今回の一連の報道では「教師が」ってところがショックです。



でも、りうりうさんのおっしゃる通り。



「学校に行こう」ですよね。

単純明快。



まさに「事件は『学校』で起きてる」。

僕らの出来る事は、そこに思いを寄せ、そこを見ていく、見つめていく。

一人でも多くの保護者たちと。



大切なことに気がつきました。

ありがとうございます。

[ 2006/10/18 10:18 ] [ 編集 ]
PTAができることがありますか?
今は自信が持てない。



何をやっているんだろうと思う。



行事を消化さえすればという空気。



どういう学校にしていけばいいのかを迷いに迷う。



いじめの件は考えさせられるけれど他人事ではない。
[ 2006/10/18 10:38 ] [ 編集 ]
むずかしいけれど、どうか目をそらさずに
みえないところでおこなわれるから「いじめ」です。

高学年になればなるほど上手く隠し、子供も言い出せなくなる。

信号をだしても、「戦え!」とつきはなされ、

「守ってあげる。学校と命をひきかえに

するな。」と受け止めてくれない。

追い詰められていく、孤独感、絶望感・・・・・。



それでもはいあがってこれた。

今もこうして生きている。

今の状況もはを食いしばって(凹む事もしばしばですが)歩いていけます。



でも、でも、一生のこる深い傷はのこされたままです。



痛みをしらない人がいじめるのかなって思います。

いじめたという自覚はないのだろうなと。

さらに、それを遠巻きにしている子たちが

大半なのではないかなと思います。



大人も、似ていませんか?



むずかしいけれど、どうかめをそらさずに

わずかでもかならず信号はでています。

それをうけとめてほしいと願います。

そして、自分も、親として心していなくてはと

思います。最悪の結果になってからではとりかえしはつかないから。

[ 2006/10/18 12:48 ] [ 編集 ]
Re:「学校へ行こう!」(10/17)
りうりう*さん



お一人お一人に思いをこめたコメント、頭が下がります。



事後報告で申し訳ありませんが

昨日の日記の文中でりうりうさんの日記をリンクさせていただきました。

かなりおちゃけ日記なので気が引けるのですが、ご了解いただけると幸いです。

「メッセージ」欄を見つけられなくて、こちらで失礼致します。
[ 2006/10/19 09:21 ] [ 編集 ]
Re:「いじめ」 に対して、私たちのできること。(10/17)
私が日勤勤務のとき、学校から長女が学校に来ていないと電話がありました。びっくりして、職場を早退し、家に帰りました。長女は学校でいじめられていて、その日はどうしても行けない状態でした。

いつも数人の女の子からひどい言葉の暴力を受けていることは知っていました。長女には、無視しなさいと言いました。それは、何度も先生に相談しても変わらなかったからです。それに、私も広報の仕事で学校へ何度も行っていたし、それとなく娘を見張っていたような気がします。

その次の日から、長女はやっぱり学校へ行くといいました。救われることに仲がいい友達が2人いたからです。先生には何も言いませんでしたが、先生もそれとなく気づかれていたみたいで、卒業式のピアノを弾くオーデションで長女が選ばれました。いつも上手な人が選ばれていましたので、なぜって思いましたが、これは先生が長女のためにしてくださったことではないかと思いました。先生にお尋ねしたら、そんなことはないと言われましたが、そのおかげで毎日楽しく学校へ行くことができ、小学校生活の最後にいい思い出も出来ました。

学校へよく顔を出し、そのときは長女の教室も必ず覗いていたのがよかったのかどうかは分かりません。

今の中学校にも、当時いじめていた子がいます。まだ、時々言われているようです。でも、今は部活が楽しいようで、少々のことを言われても無視出来るようになりました。
[ 2006/10/19 12:37 ] [ 編集 ]
Re:「いじめ」 に対して、私たちのできること。(10/17)
はじめまして。昨日 この話かきました。友達の高校生のコメントに驚きました。生徒が先生を自殺に追いやる。。物事は複雑です。。
[ 2006/10/19 14:07 ] [ 編集 ]
Re:「いじめ」 に対して、私たちのできること。(10/17)
今テレビで騒がれている 教師のいじめ

パワーハラスメント

これって昔からあるようなきがする。。

大人であり先生がそういう弱いものいじめをするんだものね。。。

いじわるをする のと いじめ は違う。

古くは村八分からはじまって 今

多くの人間が共存してるんだから 多少の揉め事は仕方ない 価値観は人それぞれだから

でも 一人に大勢で攻撃は許せない。

今朝テレビで ヤンキー先生がやっているラジオの中高生の悩み相談 1日250を超えるメールや電話の相談で8割がいじめだって言っていました。

その中の一人の女子中学生は 親も学校にいって訴え 子供も先生に相談したけれど 先生からの言葉は『暴力をふるわれているわけではないから いじめではない』と言われたそうです。

言葉が暴力より強いことだってあるのに。



保護者 学校 教育委員会がうまく縦のつながりがもてるようになることを願います。
[ 2006/10/19 15:25 ] [ 編集 ]
仲間。
ゆいぽんちゃん。さん

学校時代は、社会に出る前に、仲間づくりを学ぶ期間だ、とも思っている私です。

そんななかで、イジメる側の歪んだ仲間づくりは、なんとしても阻止したいなぁって思う。



次男さんのお苦しみとゆいぽんちゃん。さんのお苦しみは、

筆舌に尽くしがたいもので在られた、と存じます。

そのうえでの、あの、「龍」ですから( ┬_┬)。

ふたまわり、みまわり、と成長された次男さん。

凄いなぁ。 にんげん、の持ってるパワーって、凄いなぁって思います。



 > だから親は「イジメに加担するな。」だけでなく

 > 「ヒトゴトと思うな」「手を差し伸べられる人間になれ」と育てないと・・・と痛感しました。



【 もし自分だったら 】という視点は大切ですよね。

子どもたちには(もちろんおとなたちも)、

それをどんなときでも忘れないでいて欲しい、と思います。

[ 2006/10/20 15:11 ] [ 編集 ]
実習生だから判ること。
それは確かにありますですね>りきkkぱぱさん



フレッシュな視点で、目を皿のようにして懸命に子どもたちを観察し、

先生方同士の微妙な牽制、等々からもフリーである教育実習生だからこそ

気付けること、見抜けることってある、と思っています。



 > どうか、PTA参観日には自分のお子さんだけでなく、観察ください。

 > 評議員の皆さん、生徒、児童の手や目の動きを見てください。

 > 担任以外の先生、笑わない子がいるでしょう

 > 担任、教頭に相談してみてください。



役員になると、こうした眼が、自然にできていきますが、特段役員さんでなくとも、

足繁く通って下さる保護者さんは、段々とこうした眼になって行かるものと思います。



せっかく参観下さるのに、教室後ろや廊下で自分たちの内緒話に花を咲かせるのだけは、

御免蒙りたいですね。。。。

[ 2006/10/20 15:19 ] [ 編集 ]
みんなが役員さんになったら。
とらトクさん



 > 学校だけを非難している保護者を見て、

 > これまでちゃんとご自分の子どもが通っている学校のこと見てましたか?

 > わかっていましたか?って疑問を持ちました。

 >(心情的にはわかりますが)



私も、TVを観てていたたまれなくなりました。

んでも、福岡のケースは、そこまで責めたくなるような学校側の対応でもありましたね。

悲しいことに、TV情報番組では、視聴率が第一だったりして、

1番、目に付く部分、センセーショナルな部分を絵にするのだ、と感じます。



んでも、少なくとも私たちは、それに惑わされません、よ、ね。

あの絵を観て、当事者である保護者さんには申し訳ないことながら、

あの絵に限っては、それだけではいかんだろう、と感じることができるし、学ぶことができる。



 > でも、こんな気持ちになれたのも、役員になったからであって、

 > 一度も経験していなかったら私も無関心な親のグループだったのかもしれません。

 > 役員だからいやおうなしに学校に通うことが多くなり、

 > その結果子どもたちを知り先生を知り、

 > 少しでも力になりたいって思えるようになったのかもしれません。



きっと私たちは、役員になり、しんどい想いをしつつ、学んでいってる。

学校における保護者としての【当事者として】育てて貰ってる、と思うのです。



 > だとすればなおさら、PTAとしての大切さ(そして楽しさも)経験者の1人として

 > 伝えていかなければなりませんね。



そそそ。

そして、百聞は一見に如かず。

その意味でも、役員さんは、保護者全員で順繰りに、

入れ代わり立ち代わりで経験していただきたい、と思っています。

本当は、役員さんであってもそうでなくても、皆で共にいろんなことを経験できて、

保護者同士で学んで行ければいいのにね。

そんなPTAでありたいなぁ、と思います。

[ 2006/10/22 22:30 ] [ 編集 ]
Re[2]:「死なないで」とは言えない(10/17)
ぅんぅん>_AZ_さん



ほんと、状況によるし、そのひとそのひとの心身の状態次第であるんだよね。

そこの見極めが本当に難しい。。。。



ただただ、ひたすら耳を傾けて、こころの澱を全部全部吐き出させてしまうことが

1番の癒しだったりするときは、「死にたい」は否定できませんとも。



 > でもでも、諦めて突き放す「言えない」ではなく、真剣に聴いて 辛さを聴いて、

 > 感情を受け止めて辛さを逃がしてあげる、そんな感じです。



保護者や先生は、お子たちと近すぎたり、或いは逆に遠すぎたり、で、

なかなかお子たちの辛さを「受け止めるだけ」というのができない哀しい存在であることが

多いように思います。



以前は、お子たちが『いのちの電話』に縋ることって、

現代社会の哀しさの象徴のように感じたこともありましたが、

そんなベストな距離を保てる友人が在ることって、お子たちの年代では稀ですから、

利用するしないは別として、『いのちの電話』がもっと素敵な形でこころの傍らにあり、

様々な場所に『駆け込み寺』的『いのちの電話』的なものがお子たちに在ればなぁ、、って

思ったり致します。



そんな友人つくりの第一歩であるはずの学校でのいじめ、というのは、やっぱり哀しい。

[ 2006/10/22 22:42 ] [ 編集 ]
「学校へ行こう」
「選挙へ行こう」と並んで、をとなのスローガンにしちゃいたぃ(笑)>エイクマン6954さん



 > まさに「事件は『学校』で起きてる」。

 > 僕らの出来る事は、そこに思いを寄せ、そこを見ていく、見つめていく。

 > 一人でも多くの保護者たちと。



そそそ。

しっかり観るの。

んで、「事件は学校で起きてる」けれども、そこに家庭でのあれこれは連動していないか?

我が家の教育理念は誤っていないか?って、我が身をも省みるの。



したらば、個々の打開策、方法論、展開していけるよね、って思うの。

自分の無力さや哀しさで固まってしまうんぢゃなくて、ふぁいとふぁいと!だよね^^*☆

[ 2006/10/22 22:47 ] [ 編集 ]
Re:PTAができることがありますか?(10/17)
ありませんか?>祐65116さん



 > 今は自信が持てない。

 > 何をやっているんだろうと思う。



その迷いは、「行事を消化さえすればという空気」を感じていらっしゃるから、ですよね。

その空気は、どうして生まれて来たもので、去年と今年と何処が違うのか、

少し見直してみる必要がありそうですね。



新しい小学校になって2年目で、既に「行事消化型」になってしまうPTAは、どうしてなのか。

裏返せば、初年度がかなり立派で、あれもこれもの盛りだくさんな行事を

成功させて来られたから、とも言えそうですが。。。。



 > どういう学校にしていけばいいのかを迷いに迷う。



迷ったときは原点に戻れ、ですよ。

学校側のスタンスははっきりしておられるようですよね。

それを受けて、PTAはどうするのか。 どうしていくのか。 どう、在りたいのか。

たくさんのスタッフに恵まれていらっしゃるのですから、議論を重ねてすっきり致しましょう。



700名近くの大きな小学校ですから、なかなか大変でいらっしゃることと存じます。

ふぁいとですぅ!

[ 2006/10/22 22:59 ] [ 編集 ]
Re:むずかしいけれど、どうか目をそらさずに(10/17)
みたらしだんごさん



 > 大人も、似ていませんか?



今現在、とても厳しい状況下にいらっしゃるみたらしだんごさんの言の葉だからこそ、

このぼそっと吐かれた1行がこたえますですね。



そう、子どもたちは、おとなたちの鑑。



単純なものから、陰湿な手口まで。

「異質」と感じるものを排除することで安心しようとしたり、

「目障り」と感じるものを排除することで安心しようとしたり、

馬鹿げたプライドで君臨しようとしたり、誤魔化そうとしたり。。。。



だからこそ、目を逸らさず、対処法を間違えないよう、

私たちは、こころしなくてはなりませんよね。

そして、幼い自我のぶつかり合いは当たり前のことですから、お子たちには、

乗り越え、克服していく勁さを身につけて欲しい、と願います。

そのために必要なものは、放任でもなく過干渉でもなく過保護でもない、

おとなたちの見守りの目であり、愛情なのだ、と思います。



おとなたちは、自分さえ良ければいい、我が子さえ良ければいい、

そんなような偏狭の愛から、脱皮して行きたいですね。

[ 2006/10/22 23:13 ] [ 編集 ]
リンクを有難うございました☆☆
Urara0115さん、お返事が遅くなってごめんなさい。



Uraraさんの日記のなかで、リンク下さったのですね!

有難うございます。

 

 > かなりおちゃけ日記なので気が引けるのですが、ご了解いただけると幸いです。



とんでもないです^^*☆

にっこり読ませていただきましたよ~。

お子たちが大好きな先生、という存在がとても有難く、嬉しいですよね!



 > 「メッセージ」欄を見つけられなくて、こちらで失礼致します。



ごめんなさい!

トップページ右側の1番下(かなり下(汗))に設置しています。

もうちょっと上にしようかな。。。

ご丁寧にご報告を有難うございました☆☆

[ 2006/10/22 23:22 ] [ 編集 ]
長女さんの道程。
ごりえ701さん

長女さんのお話、有難うございました。



長女さんご自身が乗り越えていらっしゃる今だからこそ、淡々と書いていただけましたが、

当時は、ごりえさんもとてもお辛い毎日でいらっしゃったことでしょう。



たったひとりのクラスメイトと喧嘩になるだけで辛いのに、

複数のクラスメイトたちに暴言を浴びせ掛けられるのは、耐え難い苦痛です。

不登校になってしまっても仕方ないような危機を、長女さんには、1日で思い直すことがおできになれたのですね。



2人のご友人の存在もさることながら、

ずっと蔭に日向に、応援し続けられたごりえさんの存在が、

きっと大きく支えになっておられたことでしょう。

先生も、できるだけ「介入」を避け、

子どもたち同士で解決させるよう努められたのかも知れません。。。



 > 今の中学校にも、当時いじめていた子がいます。まだ、時々言われているようです。

 > でも、今は部活が楽しいようで、少々のことを言われても無視出来るようになりました。



1度乗り越えられたこころの糧がおありになりますもんね。

おそらく低俗極まりないであろう(だからこそ胸を抉るのですが)、

執拗なまでの言の葉の攻撃を無視できる長女さんの勁さ、素晴らしいと思います。

そして、しっかりと、大きく見守っておられるごりえさん、ご立派ですね^^*☆

[ 2006/10/23 00:26 ] [ 編集 ]
メッセージ、有難うございました。
はじめまして>正和20008105さん



 > はじめまして。昨日 この話かきました。

 > 友達の高校生のコメントに驚きました。

 > 生徒が先生を自殺に追いやる。。物事は複雑です。。



拝読しました。

「生徒が先生を自殺に追いやる」。

自死までには至らなくても、それに近いケースは、私たちの身の回りにもたくさんありますですね。

昨年も、教室で先生が自死され、こちらでも多くのご意見をいただきました。



真面目で、熱い先生ほど、

子どもたちと学校側の間でぼろぼろになっておられるケース、山ほどです。

だからこそ、保護者は、地域のおとなたちは、学校へ行こう、と書かせていただきました。

評論家になるのではなく、【当事者意識】を持ちましょう!と考えます。

[ 2006/10/23 00:42 ] [ 編集 ]
喧嘩(対立)といじめの違い。
tiara_pittさん



 > パワーハラスメント

 > これって昔からあるようなきがする。。



ありましたよね。

昔は「教師=聖職」で、人格も優れた立派なひと、という感覚が蔓延していましたから、

「先生に物申すこと」そのものが、今の何倍もタブーで、

悲惨な状態に陥る子どもたちや保護者がたくさんいました。

うちの実家など、隣家が私や弟の担任で、母は未だに泣いています。



 > いじわるをする のと いじめ は違う。



ですね。

子どもたちは、幼い自我をぶつけあいながら、社会のルールを学んでいくのであり、

悪いことをすれば、皆から非難、批判されるでしょうし、

何かにつけて鼻持ちならなければ、皆からバッシングされたりしていくことでしょう。

でも、それは社会に出て行く前に、どういった人間であれば摩擦が起き、或いは受け入れられるか、

身をもって識っていくひとつのプロセスだと思います。



けれどそれが、故なき制裁であったり、

「いじめ」=リンチになってしまっては絶対にいけない。



 > 言葉が暴力より強いことだってあるのに。



言の葉から受ける傷は、目に見えないだけ恐ろしいのに。

発した側は、気付かなかったり、忘れたりしてしまうから恐ろしいのに。



 > 保護者 学校 教育委員会がうまく縦のつながりがもてるようになることを願います。



ひとりひとりの子どもたちをしっかり見守り、受け止められるよう、縦横斜め。

網の目のように、縦横無尽につながりを持ちたいですね!

[ 2006/10/23 07:57 ] [ 編集 ]
私達の手によっていじめに悩んでる人が救われます。
私達のちょっとした行動でいじめに悩んでる人がすくわれます。

やられることをおそれないで、私達が助けないでだれが助けるんでしょうか。。。



私達の一言でいじめに悩んでる人が勇気ずけられます。この世界で一人でも多く笑顔を増やしましょう。一人でも多くいじめから助け出しましょう。
[ 2007/03/22 11:43 ] [ 編集 ]
私たちのできることわ・・・。
もしかしたら、私たちのできることは、多いかもしれません。でも・・・きずいているひとは、少ないかもしれません・・・。でもきずいたのならやってあげてください・・・・・・。



少しのきずかいで、世界がすくわれるかもしれません。



少しでもいいから助けてあげて
[ 2007/03/22 12:14 ] [ 編集 ]
いじめの訳
「いじめ」られるのはいじめられる方にも原因があるからだと思います。でもだからといっていじめるのは絶対いけないと思います。私は今いじめっられてます。誰か私にアドバイスしてください。







 
[ 2007/06/16 22:17 ] [ 編集 ]
Re:いじめの訳(10/17)
辛いですね>マリーさん



 > 「いじめ」られるのはいじめられる方にも原因があるからだと思います。



そうでしょうか?

マリーさんはご自分に原因が在る、と思っていらっしゃるの?

それは、マイナスなことで、自分の努力で直せることなのかな。



ひとをいじめて喜んだり、いじめることで何とか自分を保とうとする奴は、

相手が自分より弱いと見れば、誰にだって手を出しますよ。



どんな理由があってもなくても。

いじめ、とは、ひととしてサイテーの卑劣な行為だと想います。



マリーさん、どうぞ理不尽ないじめには負けないで。

おバカな奴らを黙殺しちゃえるように、しなやかな勁さを培って下さい。

相談できる友人をお持ちですか?

先生やおとうさん、おかあさんはどうでしょう。



マリーさんの方から、何らかのアクションが起こせると素敵ですね。

ふぁいとです。

[ 2007/06/18 03:12 ] [ 編集 ]
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