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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

61年目の 原爆忌




       祈。



クレパスライン






       毎年、NHKを始め、各テレビ局の放映時間が短くなっていく。
       午前8時10分から、8時20分の10分間だけ流していた民放局は、
       ある年から全く流さなくなっていった。



     「 平和を 」 「 平和を 」 と

       有無を言わさず迫ってくるような重たさは、
       今の時代、受け入れられ難いものなのか。


       しかしこれは、事実なのであり、
       遠い過去の歴史物語なのではなく、
       今なお、様々な形で続いているヒロシマ、ナガサキの現実なのである。



       広島市から離れたこの地では、
       平和教育に力を入れる広島県の教育が『 偏向教育 』である、という
       文科省の是正指導以来、
       原爆や戦争については、実体験者でなくては語れない、とし、
       そのくせ、小学校の社会見学コースから平和公園が外され、
       中学校の修学旅行は、沖縄ひめゆりの塔から東京TDLになった。


       一時は、広島市長の『平和宣言』まで、放送で割愛される時代となっていたが、
       今年は、広島だけであろうか、
       NHKも全民放もTV中継がなされることとなり、胸を撫で下ろした。
       ただし、一部の民放局を除いては、皆同じカメラで式典を映すのみ。




       どうぞ、皆さんに、ヒロシマの基調報告でもある広島市長の『 平和宣言 』 の
       その一言一句を噛み締めて聞いていただきたい、
       意識して目に留めていただきたい、と願う。

       そして同時に、歴代の総理大臣の『挨拶』の言の葉の中身のなさ。
       空疎な言の葉の羅列を感じて欲しい。
 



       ヒロシマ・ナガサキを特別視して欲しい訳ではない。
       失われたいのちは、全て等しく同じ。

       しかし、被爆者の染色体にまで異常を起こさせる核の被害は、
       一過性のものではない、ということで確かに特別なものであり、
       全世界において、2度と決して許してはならない、人間の過ちである。

       被爆者は、被爆者、というだけで、その子孫まで
       様々な偏見、差別をも背負わされてしまうのだから。



       ひとつのいのちについて考えることは、
       多くのいのちについて考えることにつながる。

       ヒロシマ・ナガサキを過去の悲劇に終わらせてはならない。
      「 戦争被害 」の象徴としてとらえ、考え続けて行かねばならんと思う。


       昨年の高校野球の開会式で、広島の高校生が、
       8時15分の黙祷を申し出て却下されたことは記憶に新しい。

       ヒロシマの犠牲者の御霊のためだけじゃない。
       被爆国として、平和を祈る黙祷でもあったハズなのに。


       祈る、ことは宗教なのか?
       願う、ことは、過激な思想なのか?


      
    否。



       風化させない。

       それぞれのひとびとが、それぞれの立場で。
       さまざまな観方をし、とらえ、
       それぞれの平和について、考え続けられるように。

       にんげん、として考え、思惟を重ね。
       そして できること を できる形 で。

       前に。 前に。





  * 昨年、皆さんから多くのおこころを寄せていただいた日記。
    今の私には、これらの日記以上の言の葉はとても紡げず、再掲させていただく。


       ●  『 夕凪の街 桜の国 』

       ●  『 ヒロシマ前夜に想うこと 』

       ●  『 夕凪の街 桜の国 』 ふたたび

       ●  『 ナガサキの日に 』


祈鶴

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ジャンル : ニュース
テーマ : 今日は何の日?

タグ : 原爆忌 ヒロシマ ナガサキ 平和宣言 核廃絶 脱原発 被爆国

[ 2006/08/06 00:00 ] ニュース | TB(1) | CM(14)
Re:61年目の 原爆忌(08/06)
東京でも見ていました。

私も2世なので。

クリオネ君にも色々と知っていることを話しています。



それにしても小泉君のスピーチは、スーパーの呼び込み並でしたね。

自分で言ったのですから、平和憲法を遵守してくれればいいのですが・・・・

平和宣言の間は寝ていたし。

怒りを感じました。

来年はA級戦犯の孫(こどもだったかも)が来るのでしょうか。
[ 2006/08/06 11:03 ] [ 編集 ]
Re:61年目の 原爆忌(08/06)
テレビはつけていなかったのですが、

隣の市の防災無線で

「今日は広島に原子爆弾がおとされた日です。

 なくなった多くの命を思い、黙とうをします」

と、1分間鐘が鳴りました。

毎年8月6、9、15日にあります。

隣の市、というのが、ちょっと寂しいけど・・。
[ 2006/08/06 14:22 ] [ 編集 ]
確かに。。。
朝、新聞のTV欄を見たとき「あれ?」

こんなもんでいいのかなぁっと・・・

日本中で、黙祷してもいいのではないかとさえ思っていたもので、コレでよいのかと・・・

風化させてはいけないこと。

語り部も少なくなっていくこれからの時代に

「 戦争被害 」の象徴として伝えていかねばならないこと。

この国は、重大な任務を忘れるべきではないと思います。
[ 2006/08/06 15:57 ] [ 編集 ]
Re:61年目の 原爆忌(08/06)
 平和ボケしてしまって、命を愛おしく思えなくなってしまうことが怖いです。命とは、身近な命は勿論のこと、生きとし活ける物全てに宿る命です。

 主義主張の違う人の命も、利害関係で対立する人の命も、全て同じなのだと言うことを、肝に銘じなければ、同じ事は繰り返されてしまうでしょう。



 そして、約束は守られるべきです。守られなくてはなりません。
[ 2006/08/06 17:10 ] [ 編集 ]
こんばんは
はじめまして。とっつあんと申します。

コメントでいろいろと教えていただき

ほんとうにありがとうございます。

まだ私が小学生だった頃

今は亡き広島テレビの脇田さんが

「ズームイン!!朝!」で

自らの思いを語られていたのが今となっては懐かしいです。

でも「懐かしい」で済まされるのは無しではなく

今の時代だからこそメディアが

しっかりと現状を捉えて報じるべきだと思います。

いろいろありがとうございました。

これからもよろしくお願いします。
[ 2006/08/06 19:24 ] [ 編集 ]
Re:61年目の 原爆忌
今年の8月6日は旅の途中の車の中で、ラジオを聞きつつ黙祷を捧げました。

そして市長の平和宣言から子どもたちの誓いの言葉まで聞きました。

戦争体験が経験者しか語れない、語ってはならないのなら、人類が子孫へと時間や空間を超えて伝えるために編み出した「言葉」の価値は、半減してしまう。どうにかして、体験者ではない私たちが語り伝えて行かなくては、惨禍を繰返す愚を犯すだけだと思いました。

戦争は今この瞬間も、柔らかい心と身体の子どもたちを傷つけ、大人たちを駆り立て、自然と文化とただそこに生きる生活を壊し続けています。

その中でヒロシマ、ナガサキを語り伝える意味と重みを考え続けなくてはいけませんね。

不当に命を奪うことが悪ならば、事故や事件で命を奪うことはあってはならない。

そして戦争はそれを根こそぎ行うことで、悪の集大成であり、中でも核兵器は一瞬の惨禍だけではなく、子子孫孫と被害を及ぼす点で、他の兵器をはるかに超える悪であること。

全地球を滅ぼし得るほどの核兵器を蓄積してしまった人類の愚を語るのに、ヒロシマ、ナガサキはその原点であること。

せめて息子には心で感じて頭で理解して欲しいです。

それにしても首相の言葉の上滑りなこと。

[ 2006/08/07 00:28 ] [ 編集 ]
たびたびすみません(汗)
日記を書きました。お時間がありましたらご一読ください。トラバさせていただきたいのですが、例によって携帯なので…(笑)
[ 2006/08/07 09:12 ] [ 編集 ]
伝えていく、ということ。
2世でいらっしゃいましたか>カニの床屋さんさん



あともう30年もすると、実体験者は殆どいらっしゃらなくなってしまうことに、

やるせない危機感と焦燥感を抱えています。



今のうちに。

しっかりと観、聴き、こころで感じて、出来うる限りの努力でもって、

次世代に伝え、つなげて行きたい、と願います。



 > 平和宣言の間は寝ていたし。



あれは寝ていたのでしょうか。

痛いところを次々と突かれるので、じっと目を閉じて聴いているのか、とも

思ったのですが、途中で目を開けてきょろきょろしてたので、

「ポーズかぃ!」って腹立だしかったです。



総理が式典へ参列する。

その行為自体は認めても、【形だけ】であるなら、なんの意味もないのですよね。



 > 来年はA級戦犯の孫(こどもだったかも)が来るのでしょうか。



子や孫に生まれたことは、彼自身の責ではない訳ですから、

そこにはとらわれることなく、それまで、そしてそこからの

彼の言動そのものをしっかり観たい、と思っています。

[ 2006/08/07 16:24 ] [ 編集 ]
8月6日、9日、15日。
この3日間、サイレンが鳴る市町村は、まだまだ多いことと思います>こまま1023さん



んでも、6月23日の沖縄慰霊の日にはサイレンは鳴らない。

この辺をあれこれ考えたことがありました。



本日、また、はっとさせられました。

有難うございます。

[ 2006/08/07 16:31 ] [ 編集 ]
難しいものですね>てんてこmyさん
てんてこmyさん



 > 日本中で、黙祷してもいいのではないかとさえ



キナくさいにおいが立ち込めている昨今、まず、実現しないでしょうし、

例え実現しても、しないひとはしないし、【形だけ】のひとも増えるだろうし、

全国一斉に核についてのTV放送ばかりになったら、レンタルビデオ屋さんが

忙しくなるだけでしょうもんね。



誰彼構わず無理矢理ヒロシマ・ナガサキを押し付けたりするようになっちゃうと、

それは違う、と思うし、ある種の言論や思想統制、ヘンな全体主義にも

つながりかねない危険なものだよなぁ、とも思います。



だけど。

風化を促進させたいかのような流れも感じるなかで、やっぱりこれではいかん、と思う私。



せめて祈念日は忘れまい。と思う。

容赦のない時の流れ、日常のなかで立ち止まり、振り返り、また歩を進めるために。



たとえ6日でなくてもいい。 9日でなくても。

はっと想い至ったときに、

自然にそれぞれが、鎮魂の想いとそれぞれの何らかの決意、祈り、願い、

誓いであるはずの黙祷ができるよう。

それぞれに改めて考えるきっかけとなれるよう。



代替わりしつつある今、原爆忌の持つ意味は、それでいいのではないか、

それで、いいのだ、と感じる私が在ります。



かいえさんちでも書いて来たのですが、

多分、大事なのは、日々の日常のなかで、ひとつひとつの物事を理解しよう、寄り添おう、

自分で考えよう、とするこころ、なんだと思います。

いろんな形で在っていい。

でも、「形だけ」、なのなら要らない。



それぞれのこころの中心に在るのが、ヒロシマであったり、沖縄であったり、

それぞれの魂の根幹に在るもの、こだわってきたもの、背負ってきたもの、なんですよね。



ひとりひとり、みんな違う。

その違うひとりひとりが、語り合い、理解しあい、手と手をつないでいくことが、「平和」の実現への一歩一歩なんだと。

[ 2006/08/07 16:50 ] [ 編集 ]
現代は本当に【平和】なのか。
確かに>さきさん1850さん



 > 平和ボケしてしまって、命を愛おしく思えなくなってしまうことが怖いです。



満足な食にありつけなくて困っている人々が溢れている町並みではなく、

野原や道に地雷が埋まっている訳でもなく、

頭上をミサイルが飛び交う訳でもなく(先日は危なかったですが)、

銃弾に怯える訳でもない。



でも、現代日本は病んでいる。

どうしようもなく病んでいる、と思われてなりません。

そして、実際に上記のような状況下にある国々が在る。



さきさんのおっしゃるように、生きとし活ける物全てに宿る命を尊び、

【約束を守る】社会に、國になっていくためにはどうしたらいいか。



私たちは、私たちで。

ひとりひとりが、それぞれに。



例えば、食事をする際には、その命をいただくことに手を合わせ、感謝する。

満足に食がない国々にこころ寄せる。



そんなようなことから、始めないと、、と思っちゃいますです。

たったこれだけのことができない國。

頑是無い子どもを虐待し、こころやいのちを奪ってしまう事件が毎日のように起こる國。



んでも、あきらめちゃならないのですよね。

まずは自分が変わること。 1歩、1歩。

[ 2006/08/07 17:20 ] [ 編集 ]
トラックバックを有難うございました。
とっつあんさん、ご丁寧に有難うございます☆☆



「とっつあん」と聞けば銭形警部を連想する私(笑)。



 > まだ私が小学生だった頃

 > 今は亡き広島テレビの脇田さんが

 >「ズームイン!!朝!」で

 > 自らの思いを語られていたのが今となっては懐かしいです。



ををを! 脇田さん!

昨年、60歳の若さでお亡くなりになられ、随分とショックでした。

広島テレビの人情派・看板アナウンサーでいらっしゃいましたが、

ご存知でいらっしゃいましたですか。

脇田さんと言えば、カープ。 カープと言えば脇田

さんでした。



 > 今の時代だからこそメディアが

 > しっかりと現状を捉えて報じるべきだと思います。



おっしゃる通りです。

このままだと、【恣意的に】【跡形もなく】風化させられそうで、

焦燥感に身を焦がしそうな想いがしております。



私の方こそ、有難うございました。

どうぞこれからもよろしくお願い致します。

[ 2006/08/07 17:38 ] [ 編集 ]
語り継ぐ、ということ。
ゆうやけぐもさん

旅先でご一家揃って、幼いお子にも小さなお手手を合わせるように諭されての黙祷。

尊いことですね。



実体験者の体験を、想いを、祈りを、



 > 震える手で受け取り、

 > 震える声で子に語り継ぐのは、

 > 私たちの責務ではないのか。



こうして悲惨な事実を震えながら語り継ぐものがひとりでもこの世に在る限り、

きっと切なる願いや祈りは、受け継がれていく。



そう信じてしまいたい私がいます。

けれど、バトンを渡しても、受け取って貰えない可能性は常に在る訳で。



受け止めて貰えるような自分で在りたい、と精進し、

受け止められるようなお子に育て、と、子を育み。



なんとか、私たちの時代で、人間の過ちを止めたいのです。

諦めず、できることをできる形で。 1歩、1歩。

前に。 前に。

[ 2006/08/07 18:08 ] [ 編集 ]
『生ましめんかな』
ゆうやけぐもさん



 > 日記を書きました。お時間がありましたらご一読ください。



栗原貞子さんの『生ましめんかな』のご紹介を有難うございました☆☆



学生時代に、栗原さんの『ヒロシマというとき』の詩に出逢い、栗原さんにも出逢いました。



そこからずっと、一般市民として栗原さんの歩みと共に在りました。

ご夫君の生き方。 栗原さんの在り方。

たくさんたくさん学びました。



議員へと立たれた後も、ずっとずっと応援して来ました。

だもんで、昨年亡くなられたときは喪失感にあえぎました。



現在は、娘さんが頑張っておられますが、

政治の世界で生の想いを伝え、重ね、訴えていくことの

難しさ、厳しさを切々と感じています。



この『生ましめんかな』は、栗原さんを語るときに、欠くべからざる詩です。



この詩にかかれた暗闇の地下室(広島貯金局)は、'89年に取り壊されてしまいました。

この被爆屋上タイルとともに、この『生ましめんかな』の詩碑が

現在の中国郵政局の敷地内、郵政関係職員慰霊碑の右横に建てられています。

[ 2006/08/07 18:24 ] [ 編集 ]
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広島市長 の 『 平和宣言 』について
   昨日の日記 にも、たくさんのメッセージを有難うございました。    『 平和宣言 』 って? と、    内々にご質問下さった御方がいらっしゃいましたので、...
[2011/07/27 08:38] 今日も元気で