今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

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ナガサキ の 日 に





      祈。




クレパスライン






     『 生ましめんかな 』
 
 


   こはれたビルデングの地下室の夜であつた。

   原子爆彈の負傷者達は
   暗いローソク一本ない地下室を埋めていつぱいだつた。

   生ぐさい血の匂ひ、死臭、
   汗くさい人いきれ、うめき声。


   その中から不思議な声が聞こえて來た。

  「赤ん坊が生れる」と云ふのだ。

   この地獄の底のやうな地下室で、
   今、若い女が産氣づいてゐるのだ。

   マッチ一本ない暗がりの中でどうしたらいゝのだらう。
   人々は自分の痛みを忘れて氣づかつた。

   と「私が産婆です。私が生ませませう」と言つたのは、
   さつきまでうめいてゐた重傷者だ。


   かくて暗がりの地獄の底で新しい生命は生れた。
   かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまゝ死んだ。


   生ましめんかな生ましめんかな。 己が命捨つとも。





                 『 生ましめんかな 』/栗原君子 
                 (『中国文化』一九四六年三月)
                 『栗原貞子詩集』日本現代詩文庫17(土曜美術社)




祈鶴




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タグ : 原爆忌 ヒロシマ 栗原君子 生ましめんかな

[ 2006/08/09 00:00 ] 読みました^^*☆ | TB(0) | CM(10)
Re:ナガサキ の 日 に(08/09)
くもさんとこでの宣言どおりですな^^

で、この後追記があるのか・・・

なぁ・・・ピンと確かな意志を持っておられた鶴が

無言のメッセをはなっておるようじゃぁ・・・

さて・・・吾は終戦記念日にごり押しで、この詩を・・・と思っておったが・・・

やっぱ明朝体?のフォントがええね^^

どうやって、このフォント出すんじゃろ???

りうりうさんの凛とした確かな覚悟・信念を受止めましたん!
[ 2006/08/09 07:28 ] [ 編集 ]
Re[1]:ナガサキ の 日 に(08/09)
@弥々さん

この詩のあとではね、な~んも書けません。

ものいえば、くちびる寒し。 です。



ただただ、噛み締めるのみ。



それでも折鶴から想いを汲み取っていただき、有難うございます^^☆

フォントについては、弥々さんちのBBSにお邪魔しました。

弥々さんの15日をお待ちしています^^☆

[ 2006/08/09 09:42 ] [ 編集 ]
Re:ナガサキ の 日 に
私も折り鶴にりうりうさんの祈りを感じました。

詩を繋いでくれてありがとうございます。
[ 2006/08/09 10:09 ] [ 編集 ]
「誓いの言葉」
こちらこそ、有難うございました。>ゆうやけぐもさん



くもさんちでも書かせていただきましたが、

今年の『人間は何をしているのだ!』という、長崎市長の怒りの平和宣言に続く、

被爆者代表の御方の「誓いの言葉」には、紡ぐ言の葉を失いました。

NHKのアナウンサーも黙っておられたことに感謝しました。



戦後生まれた次男さんが、3年前に「白血病」でご逝去される。

そのときの医師の言の葉「母体から放射線を浴びたのです」とは、

厳しい、哀しい宣告でしたね。



被爆後60年を前に、80歳を目前にして、

お子に先立たれ、原爆の後遺症であることをつきつけられる。

この御方は、生後1ヶ月のご長男を抱えつつ、

運ばれてくる若人たちの看護に明け暮れておられた、その報いが、

次男さんの白血病、だなんて。



合掌、とともに、

決して、決して。

2度と核爆弾が放たれてはならない、と。

勁い決意を新たに。



 * 広島では、同じ被爆の地だというのに、NHKだけの放映でした。

   6日には、民放が横並びで同じ映像ではありましたが、一斉に黙祷できるよう

   配慮されていた、というのに残念です。

[ 2006/08/09 12:03 ] [ 編集 ]
Re:ナガサキ の 日 に(08/09)
はじめまして(*´∀`)

蘇芳色さん経由でお邪魔しました。



小学生の頃は、広島の日が登校日で↑の詩も習いました。

広島も長崎も私の住む北海道からはとても遠いです。

でも日本で起こったこと、風化させずに語り継がれるべきなのに・・今では登校日などはすでにないようで悲しい気持ちになります。

1人1人が、きちんと知らなければいけないことだと思います。



また伺わせていただきますm(_ _)m
[ 2006/08/09 17:24 ] [ 編集 ]
ようこそお越し下さいました!
はじめまして!>kaochan(*^-^*)さん



蘇芳色さんとは、蘇芳色さんの『夕凪の街 桜の国』日記でご縁をいただきました。

きっと蘇芳色さんのそのときの日記を通じて、

kaochan(*^-^*)さんとお逢いすることができたのですね^^☆ とても嬉しいです。



この詩を小学校で習われたのですね。

私は学生時代に、発表されて間もないこの詩に出逢い、大変なショックを受けました。

自分が「産む性」であることが嫌で嫌でたまらなった、青い傲慢な時期です。

以来、栗原さんとも出逢う機会をいただき、

私なりに、栗原さんの詩や生き方と向き合って参りました。

昨年のご逝去の報に、途轍もない喪失感を抱え込んでおります。



 > 小学生の頃は、広島の日が登校日で↑の詩も習いました。



文科省による是正指導で、6日の登校日がなくなってしまいましが、

今年からまた、呼びかけが始まり、市内の半数の小学校がその呼びかけに応じたそうです。

何処からのどんな呼びかけだったのか、ちょっと調べてみたい、と思っています。



 > 広島も長崎も私の住む北海道からはとても遠いです。



北海道にお住まいなのですね!

北海道から修学旅行に来て下さる中学生、高校生のなかで、

ヒロシマに深くこころ寄せ、いろんな活動を始めて下さっています。

合唱や、舞台など、もしお耳に入られましたら、応援してあげて下さいませ。



今年は、7月9日に、廣隆寺さんで

北海道龍谷学園双葉中学校・高等学校合唱部さんと、広島から細川浩史さんを迎え、

小さなイベントをされたようです。



【 http://www2.ocn.ne.jp/~jasmine5/news1.htm 】



小さな輪が少しずつでも増えていき、その輪が広がり、大きなものへと。

私たちひとりひとりの手で、うねり、を生み出せたら、つくれたらなぁ、、と思います。

どうぞまた、遊びにおいで下さいませ。

ご丁寧に有難うございました^^☆

[ 2006/08/09 17:56 ] [ 編集 ]
長崎原爆の日によせて
広島原爆の日に合わせて、さだまさしさんが20年長崎で続けてきた平和コンサートが、今年でファイナルとなりました。

延べ50万人の観客動員だったそうです。

さださん曰く、「平和のために何かできると思って始めたが、結局20年かけて何も変えられなかった。」「毎年世界で戦争が起こり、とうとう日本も参戦してしまった。」と。



もしあの時、たった一発の原子爆弾が長崎に投下されなかったら。。。

私の両親も、家族や家を失わず、穏やかな人生が送れたのではないか。

小学生だった私の父は、爆風でガラスまみれになった弟を背中に背負い、黒い雨に打たれ、冷たくなっていく弟をどうすることもできずに、ただ逃げるだけだったと。

亡骸を父は焼き、数週間草を食べながら自分の家族を探し回り、自分も放射能で焼け、バケツ一杯の血を吐き生死の淵をさまよったそうです。

結局、原爆の後遺症と戦いながら父は亡くなりました。



もしあの時、原子爆弾が日本に投下されなかったら。。。

あんな地獄を皆が体験せずに済んだのにと。



もし戦争がこの世で起きなければ。。。と。



私はいかなる戦争も拒否し、長崎の地から平和を祈ります。



[ 2006/08/09 22:42 ] [ 編集 ]
Re:長崎原爆の日によせて(08/09)
みきそうさん、熱いメッセージと辛いお話をお聞かせ下さり、有難うございました。



20年の長きに渡り、延べ50万人ものひとを動かしたさだまさしさんにして、



 >「平和のために何かできると思って始めたが、結局20年かけて何も変えられなかった。」

 >「毎年世界で戦争が起こり、とうとう日本も参戦してしまった。」と。



と言わしめる。

この國は、一体何処へ行ってしまうのだろう、と空恐ろしく、

また、無力感に打ちひしがれそうになります。



ナガサキの祈念式典で被爆者代表の御方が、

「戦争を識らない若いひとたちが強い國を求める空気は、戦前のあの頃によく似ている」

と言う風に表現されました。



私もここ10年、その空気を小中学校の教育の現場で肌身で感じて来ました。



「また、繰り返すのか」

「まだ、懲りないのか」



あれだけの犠牲を無理矢理支払わせられ、今もまだ、その深い爪痕にのたうっているのに、

私たちは、何も学習していない、とでもいうように。



私たちは「NO」と言わねばなりません。

今こそ、大きな声をあげ、ひとりひとりがはっきりと「NO!」と。



ヒロシマ・ナガサキの原爆犠牲者の方々をはじめ、

「戦争」で傷つき、失われた多くの御霊と、多くのご遺族の苦悩の涙を無駄にしてはならないと、

こころから願っています。

[ 2006/08/10 10:31 ] [ 編集 ]
Re:ナガサキ の 日 に(08/09)
今年の15日もあいかわらずのお嫁ちゃんで大変でしたのう・・・としか、言いようがなく・・・

きっと、りうりうさんに備わった業なのでしょうなぁ・・・

でなければ、ここまで徹底できんわい・・・

で、そうそう、おせーて頂いた甲斐ありまして

吾もひとつ賢くなり、昨日、ようやっと楷書体フォントでこの詩を、掲載できましたん

ありがとうごぜました(ぺこり)

この手のことを取り上げるのも、最近怖気づきそうなジブンがいます

まぁ、いざとなったら、りうりうさんに丸投げやぁ!ってな気持で、胸を借りて、更新しましたぞ!(笑)

見守り、ありがとうさん^^

[ 2006/08/16 11:46 ] [ 編集 ]
【祝】楷書フォントデビュー。
弥々さん、『原爆の図』と『生ましめんかな』をご紹介された15日の日記、

しかと読ませていただきました。



『原爆の図』の丸木美術館に何度も足を運んでいらっしゃっただなんて、感動です。

ひとたびあの「図」と向き合えば、続く言の葉を紡ぐ余力もないほどでしょうに、

何よりのご紹介を有難うございました。



一時期、父の親友が資料館の館長をしてたこともあって、丸木ご夫妻と父とは面識がありました。

それで父の手元に『原爆の図』があったのですが、私はまだ幼くて、

業火に焼かれていくその地獄絵図の恐怖と哀しみは、深く深くこころに焼き付けられました。



8月になると、あの図が私の脳裡いっぱいに広がり、

資料館のマネキン人形が怖い、グロテスク、見世物じゃない云々の世間での批判に対し、

「あんなもんじゃ、全然伝えきれてないのに」「何処をどうしたら【問題】ではなくなるのか?」

「まだまだまだまだ足りない!」とピンと来ず、資料館マネキン人形問題については、

未だにきちんと自分のなかで整理できていません。



弥々さんの御蔭で、丸木美術館の近況。

カンパや友の会があることなどを識ることができました。

有難うございました!!!

[ 2006/08/17 10:56 ] [ 編集 ]
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