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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

『 AERA 』 9月4日号  タヒチから届いた「子猫殺し」作家のメール







  出張の多い夫は、時折雑誌を買う。


  木曜定休で、1週間ぶりに帰宅した夫が私に渡したのは『 AERA 』。


  朝日新聞の我が家では、『 AERA 』を読んでも、
  全く目新しさを感じず、面白くない(゚゜)\バキ☆
  ネタ元や、編集者の視点が同じところにあるからか。

  夫に、なんで『 AERA 』を買うのか訊ねてみたことがある。

  したらば、

      読んで後味の悪さを感じないで済む雑誌はそんなにはないのだ、と。
      週刊誌を買うのなら、
      まだ『 ビッグコミックオリジナル 』を買った方が楽しいんだ、と。

  なるほどね~~。

  確かに以前、夫が持ち帰った『 週刊新潮 』を読んで、記事という記事に、
「 ひととしてどーよ 」と言いたいほどの嫌らしいインテリ悪意を感じ、
  汚泥を浴びせ掛けられたような想い をしたもんね。



  ということで、『 AERA 』 9月4日号。

  資源回収用に括る前に、パラパラとめくってみた。

  したらば、
 『 タヒチから届いた「子猫殺し」作家のメール 』と言うのを見つける。(P.71)


   感情的なバッシング記事ではなかったので最後まできっちり読んだ。

   「 彼女の真意が判らない 」と書いた私自身の日記 にトラックバックしておく。




怪獣ライン2




  以下は、
  「 殺しの痛み、悲しみも引き受けて 」まで、なぜ子猫を殺すのか。
  アエラが坂東氏に真意を聞いた返事メール全文である。 (全文ママ、改行:りうりう)




      ---朝、まだ暗いうちから起きて、夜の8時頃には寝る。
      畑仕事をしたり、山を歩いて、バニラの人工受粉をさせたり。
      人とあまり会うことはなく、むしろ自然の中で生きています。
      畑や山で採ってきた野菜、山菜をできるだけ食べ、
      足りないものは店で買うという暮らしです。
      肉は、自分の殺せる範囲の生き物しか食べないことを基本にしています。
      つまり、魚介類と鶏です。

      自然の中の暮らしには、殺す、ということは日常的に起こります。
      私は、蟻を、蚊を、百足を、無数の虫を、魚を、そして鶏を殺しています。
      鶏は、たまに犬が捕ってくると、自分で捌いて、料理して食べています。
      そうして食べる鶏の肉は、私には、とても貴重で、
      確かな「生」の手応えがあります。

      こんな生活の中から、単に息をして、食べて、寝る、だけではなく、
      きらきらした輝き、生の充実がないと、「生きる」とはいえないのでは
      ないかと感じ、考えるようになりました。
      そして、生の充実と、殺し、とは対立するものではなく、
      殺しはその中に含まれるものだという捉え方が、
      私の中に根付いてきました---

      ---都市は殺しを隠蔽する。そんな言葉が頭に浮かんでいます。
      都市生活は多くの殺しの上に成り立っているのに、
      人々は、それから目を逸らし、自分の手はきれいだと
      いわんばかりの顔をして暮らしています。
      自然の中にいれば、それは幻想であるとわかります。
      幻想の中で泣き笑い、怒っている。
      それは、ほんとうに「生きている」といえるのでしょうか。 




ペン問

「 都市生活 」への批判、投げ掛けは判った。
でも、仔猫の生をもぎ取ることの「 答え 」になってない。。。。orz....




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[ 2006/08/31 00:00 ] 読みました^^*☆ | TB(0) | CM(13)
ならば・・・・・
作者さんに言いたい。



>---都市は殺しを隠蔽する。



ならば、わたしたち親は、このお肉がどこから来て自分たちがどのように暮らしているのかを、きちんと子どもに説明すればいいんだと思います。それを説明する時、おのずと、感謝の気持ちがわいてくるような育て方をすればいいんだと思うのです。



多くの犠牲の上に成り立っている生。そのことを知らずに生きていて、ある時気付いたのなら、そこで考えて行けばいい。そう思ったりします。





おりしも今日、キキを避妊手術につれて行きました。

夕方面会に来てもいいですよ・・・。

と言うので、面会してから、日記を書きます。



(りうりうさんは見に来られないかも・・・写真つきだから・・・ごめんね^^)









[ 2006/09/01 11:20 ] [ 編集 ]
あいかわらず
どーしても『あたしはエライ』が云いたいらしいなぁ。

どれだけ言葉を繰り出しても 仔猫を投げ捨てるってことの正当化は無理。

どんな理由・理屈に基づいてても 変質的な残玉行為であることは否めない。

このひともう色々いわないほうがいいと思うな。墓穴深くなるだけやで・・

[ 2006/09/01 11:32 ] [ 編集 ]
Re:あいかわらず(08/31)
いやな風景だけど、生まれた子猫も大事な食料です、といわれる方が納得できます。



確かに私達は、死を遠ざけている。屠殺の現場は私達の目に届かない。

生き物は、生まれて死んでゆくのに、私達はその断片だけを見ている。

それは生の意味を遠ざけることにもなっているのだろう。



「殺」という意味では、断種も子猫殺しも同じ事、かもしれない。



でも、自然は自然のままに、生死は生死のあるままにというのならば、そこに「生を【愛玩】する」行為は存在しない。



【その生を愛しむ】ことは【相手の自由を己の身勝手のために拘束してしまう代わりに、極力その苦しみを取り除く】ことが責任としてあるのじゃないだろうか。



人間という種は所詮我が儘身勝手。

そうやって生きていかなければならない業を背負っている。

私達に出来ることは、自らが業を背負っていることを謙虚に受け止めることだけ、なんだろうと思います。





[ 2006/09/01 12:27 ] [ 編集 ]
ちょっと判る気がする(汗
反感を買うかもしれないけど



>---都市は殺しを隠蔽する・・・



のくだりからは私も納得できるんです。

生死って理屈で説明しきれないのではないかって思うことがあります。



田舎育ちの私は小さな命を殺し、殺されるのを見て命って儚いものだと学んできた気がします。

だから大切にしようと思えるんですけど、途中経過を説明だけで肌で感じる場面が少なく「命を大切に」って言われても実感として捉えられる子は多くないのでは?

「誰でも良いから殺したかった」

という理由で殺人を犯した少年を見たときそう思いました。



でもねぇ~、生きるために殺し食べるのと「子猫を~」は別問題です。

この方、問題を一緒くたにしちゃってるけど!!!!





[ 2006/09/01 12:41 ] [ 編集 ]
うちのも これ、買ってきたので読みました。
別の記事が気になって買ったそうですけどね。

で、私は この猫殺しの方が気になったのですけど。



生まれた仔が、野犬にやられるとかいうなら分かりますけど、

この作者、要は「邪魔だから殺している」のでしょう?と、そう確信を得ました。

生まれた仔に責任を持つ事は、殺す事ではなく 育て生かす事でしょ。

これを人間に置き換える気はさらさらないですけど、

ただの責任転嫁で無責任としか やはり思えませんよね。



生まれる前に、生まれる事すらないように、命が新しく育たないようにするのと、

生まれた仔を殺すのは全く別。

そもそも存在の欠片さえない状態と、生まれて一人で息をしている状態を一緒にする事なんてできないですし。



食べる為に殺すのと一緒に言うなら、

「じゃぁあなたは自分の飼い猫に、わざわざ野犬の餌を生ませているのですよねぇ。

 野犬を餌付けしているのと同じじゃないですか?

 せめて、『食』を言うなら、

 鶏の卵を食べるように、あなたはその仔猫を食べなさい。」

と 言いたい。。。

書きだすとキリがないですわヽ(´ー`)ノ



でも、よくこれらの記事を、最初の新聞社も このアエラも、載せましたよねぇ・・・
[ 2006/09/01 14:22 ] [ 編集 ]
Re:ならば・・・・・(08/31)
「都市は殺しを隠蔽する」>rain27jpさん



カコいい言い方ですよね。

で、思わず私は「だから?」って言ってしまいましたですよ。(子どもの喧嘩(笑))

「だから何なの」の世界です。



「都市は殺しを隠蔽する」以下は、彼女の言う通りだと思う。

でも、それと彼女のし続けてきた仔猫殺しとは結びつかない。

正当化にもなってない。



「だから」

私たちは、rain27jpさんのおっしゃるようにきちんと識り、学び、考え、伝えていく。

生れ落ちた仔猫を崖の下へ投げ殺したりはしない。



ただ---

『AERA』の記事に【ちなみに】というデータがあげられていました。



▼ 日本で2004年度に「処分」された猫は24万匹。

  犬は9万4000匹。

  猫の多くは仔猫で、飼い主や市民からの通報で引き取り、「処分」されている。

[ 2006/09/01 23:29 ] [ 編集 ]
Re:あいかわらず(08/31)
ん>だぁる.さん



 > どれだけ言葉を繰り出しても 仔猫を投げ捨てるってことの正当化は無理。

 > どんな理由・理屈に基づいてても 変質的な残玉行為であることは否めない。



ですね。

「殺しの痛み、悲しみを引き受けて」いらっしゃると言いながら、

その彼女の痛み、悲しみが全然伝わって来ません。

「ごめんね」という気持ちが感じられない。

んだから、何もかも、ウソっぽく、机上のムナしい言の葉でしかないように思えちゃいます。

[ 2006/09/01 23:32 ] [ 編集 ]
しまった!>rain27jpさん
あれ?>rain27jpさん

キキちゃんとrain27jpさんにエールをお送りしたのに、消えてる。。。。orz....



もぉ、行かれた後になっちゃいましたですが、

ふぁいとです>キキちゃん!

[ 2006/09/02 07:31 ] [ 編集 ]
「業」を謙虚に受け止める。
おっしゃる通りだと思います。>あそびすとさん



魚や肉がパックに入って売られているものしか識らず、

捌けない、触ることができない、調理できない。

野菜や果物の名前、形状を識らない。

果ては「いただきます」と手を合わせる意味を識らない、必要を感じない。。。。



そんな「いまどき」のお子たち、若者たちの言動をこれでもか、と見せ付けられると、

確かにやっぱり私たちの在り方は何処か違う、間違って来てる、とは思いますもんね。



んでも、そのことを、坂東氏が仔猫を崖下へ投げて殺すことのエクスキューズとして、

(エクスキューズでもない、同義扱いされてると思う)

都会は「殺」を隠蔽してるぢゃないか、と、私は坂東氏に指摘されたくないなぁ。



ただ、2004年度は、24万匹の猫たちが、飼い主の都合で、

飼い主の手で直接、ではなく、他者に委託して「処分」されてる事実があったりすることは

踏まえなくちゃならん、かも。



> 【その生を愛しむ】ことは【相手の自由を己の身勝手のために拘束してしまう代わりに、

> 極力その苦しみを取り除く】ことが責任としてあるのじゃないだろうか。



「家族」としてでき得る限りの努力をし、互いに愛し、共に生きて在る、という

互いの「生」の充実を想います。

少しでも長く、少しでも楽しく、少しでも倖せに。



 > 私達に出来ることは、自らが業を背負っていることを謙虚に受け止めることだけ、

 > なんだろうと思います。



まさにおっしゃる通りですよね。

まず自省し、そこから、でもあると考えます。

が、謙虚になってしまうがあまりに、「罪なきものが石を投げるがよい」となってしまうと、

誰も何も言えなくなり、結果、罪の種類、重たさがぐしゃぐしゃになって

「容認」され、ひいては「横行」していってしまうことになるのを懼れます。

           。。。。。。考え過ぎ?>ぢぶん

[ 2006/09/02 07:43 ] [ 編集 ]
Re:ちょっと判る気がする(汗(08/31)
ぅぅん、反感だなんて!>黄パジャマさん



 >>---都市は殺しを隠蔽する・・・

 > のくだりからは私も納得できるんです。



私も彼女の言う通り、だと思っています。

だからこそ、いのちを大切にしなくては、と、私たちはこころで学んでいかなくちゃならないと。



それだけに、黄パジャマさんがおっしゃる通りのようなことで、とても腹が立っています。

  ↓



 > でもねぇ~、生きるために殺し食べるのと「子猫を~」は別問題です。

 > この方、問題を一緒くたにしちゃってるけど!!!!

[ 2006/09/02 07:48 ] [ 編集 ]
Re:うちのも これ、買ってきたので読みました。(08/31)
握手ぅぅ☆>_AZ_さん



 > 別の記事が気になって買ったそうですけどね。



何だろう? ハンカチ王子「秘話」? (゚゜)\バキ☆



 > 生まれた仔に責任を持つ事は、殺す事ではなく 育て生かす事でしょ。

 > 生まれる前に、生まれる事すらないように、命が新しく育たないようにするのと、

 > 生まれた仔を殺すのは全く別。



もう、頭が禿げ上がる程同意です。

バースコントロールと【間引き】とを一緒にしちゃ、いけない、と思う。

彼女の文からは、仔猫を育てたいけど育てられない、ごめんなさい!といったような

慟哭の想い、痛みはちっとも伝わって来ません。

ストレートに「痛み、悲しみも引き受けて」と書いていらっしゃるのですけれど。



 > でも、よくこれらの記事を、最初の新聞社も このアエラも、載せましたよねぇ・・・



日経なんぞ、「無問題」と言ってますからね(怒)。

『AERA』は、取材に応えて送られて来たメール全文をそのまま掲載した、と

いうところは評価してます。



週刊誌の在り方としては、所詮(゚゜)\バキ☆旬のネタで「売れればイイ」んだろう、

というのは理解します。

その在り方に「NO」であるなら、「買わねばいい」訳ですもんね。

ただ、「新聞」となるとどーなんでしょう、というところ、もっと問われて然るべきだし、

日経は、読者からの疑問、批判に、きちんと向き合うべきだと考えます。

[ 2006/09/02 08:18 ] [ 編集 ]
TBしました。
土、日と映画館のある大型スーパーにて時間つぶしにペットショップを見てた時に、ふっと「都市は殺しを隠蔽する。」と言う言葉が出てきてしまい、たくさん考えてしまいました。



見に来てください。
[ 2006/09/04 13:24 ] [ 編集 ]
Re:TBしました。(08/31)
トラックバックを有難う☆☆>rain27jpさん



ペットショップで売れ残った犬や猫たち。

山の中に大量に捨てられてたりするニュースが年に1~2回はありますよね。



悪徳業者はもちろん言語道断ですが、需要と供給の問題やらあれやらこれやらと、、、、

考え込んでしまいますですね。

[ 2006/09/05 00:52 ] [ 編集 ]
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