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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

『 田舎 』 の変容考



昨日の 「 PTA役員諾否の地域温度差考 」 にて、
同じ広島県のジャスミン茶々さんからコメントをいただいたことから、
日頃からあれこれ考えていたことを書いてみた。


(以下抜粋)
>前に住んでいた自治会は、
>歴史が古いのでものすごい結束力でした。
>私の実家の部落もそうだけど。
>イベント好きが多いので、毎月お祭り騒ぎですよ。
>そういったところは、年配者が多いんですよね。


私の住む町は、たくさんの小さな町や村が合併し、広い面積を持つ。
同じ町内でも、漁業中心の地域、農業中心の地域、
商店街、企業人の多い地域等々、非常に差がある。
町が編纂した町史には、各地域毎の方言の差まで表になっているくらいである。
そして、まだまだ地縁血縁が大きく物事を左右する年代が町を動かしている。

だが、ご多分に漏れず、この町にも物心両面に、良い意味でも悪い意味でも
近代化の波は訪れている。

10年前、事情あって、生まれ育った広島市内から 夫の両親の元に泣く泣く転居した。
この地は、この町でも 「 地のひと 」 ばかりの古い古いお土地柄。

まず私がさせられたことは、いつまでも娘さん気分でいるんじゃない!と
腰まであったストレートの髪を切ってパーマをあてること。
そしてお化粧をして、スカートを履いての地域全体への挨拶回り。
 ( 私はお化粧はしないので、眉墨とルージュだけで勘弁してもらったが )

ハレ と ケ が はっきりと区別される日常。
日常は、4時半起床、8時消灯。 8時過ぎには近隣も真っ暗になる。
( 私は、真っ暗ななかで、デスクトップのまわりに座布団をかけ、
  外に光が洩れない様にして仕事をした )

洗濯、掃除機かけ、布団干し…、全て近隣の皆が足並みを揃える。
少しでも時間がズレようものなら、即座に何処からかご注進が走り、
「 布団がまだ干してないようだけど…?? 」 などと
心配顔の 「 女衆 」 の訪問を受けることとなる。

この地では、「(ひとと違った言動をして)ひとさまに後ろ指を指されない 」こと、
が、生活していく上での絶対の条件であった。
善悪の判断基準は 「 ひとさまがどう見てどう言うか 」 なのである。

ある程度の覚悟はして来たつもりであったが、
それまで、私は天上天下唯我独尊、私がルール、であった(笑)。
市内中央部で気侭に自由闊達のマンションライフを満喫していた私は、
すぐに適応障害を起こした。

同居中は、ご飯は絶対白いご飯(炊込みご飯、混ぜご飯、ふりかけなどはご法度)。
パン、珈琲、洋食全部ダメ。女性がビールやお酒、とんでもない。
嫁は 「 はい 」 以外、言ってはならない。
夫は末っ子の三男であったため、その嫁である私は「格」も低く、
発言権はおろか人権さえなかった。
テレビも新聞も一切見られなかった。そんな時間がないのである。

「 個 」 など全く認知されない。
一時が万事、地縁・血縁で強固に固められ、決められた通りに動かなくてはならない。
それで 「 大過なく 」「 ひとさまに後ろ指をさされず 」 生きて行くことが
大事なのである。

この地で、子どもの居ない家、障碍を抱えるひとや
登校拒否の子どもを持つ家は大変である。
地域で互いに助け合い支え合うのではなく、
その責は 殆ど「 ヨソから来た嫁 」 が持ち込んだ因縁、として片付けられ、
語り継がれ、婉曲に差別される。

私はこういった 「 お土地柄 」 が嫌で嫌で仕方がなかった。
「 大過なく 」 夫の両親を見送る日が来たら、即座に広島に戻る。
それだけを支えに、息を詰めて暮らしてきた。


でも、ある日、気付いた。
私にとっては 「 広島に帰るまでの我慢の日々 」 であっても、
私の子どもたちにとっては、ここが故郷になるのだ、と。
私がこの地を愛せず、広島ばかりを見つめていたら、
この子たちもつまらない毎日を送ってしまう。
私が一番守らなくてはならないのは、この子たちの心だと。

転居にあたってそれなりの覚悟をし、自分で選んだ道なのだから、
逃げ出すことを自分に決して許さないことを自己確認して、
そこからやっと、「 良かったみつけ 」 を始めることができた。


今では、たくさんの 「 良かったみつけ 」 ができた、とは思っているが、
相変わらず地縁、血縁、家柄が物事の全てを左右し、
不都合なことは因縁として片付けて行くこのお土地柄そのものを
まるごと受け入れることが 私には どうしてもできない。

「 ○○から来たひと 」 とか「 ○○家の嫁 」や
「 ○○家の長男 」 などとしてではなく
「 個人 」 が 「 個 」 として生きること を、
「 気儘 」「 我が儘 」 で 片付け、
異端視することで排除し、そのことで「 多数 」派の自分に安心し、自分自身を許し、
安穏とイエ意識に代表される事柄を連綿と受け継ぎ、助長してきたこの町。

もうそろそろ根底から見つめ直し、
不条理なもろもろを見逃さないような町になりましょうよ、と思う。

お元気だった年配の方々は、段々と老いて、
あれほど大事だったお祭りなども、形骸化し始め、
義務感と、自己都合でしか判断できない、
心もとない若い衆ばかりになって来つつある。

何が一番大事か。

この町で生まれ育ち、まさにこの町の次世代を担う子どもたちに、
古くから脈々と受け継がれてきた生活の知恵や感性、
素晴らしいものをもっともっとしっかりと伝え、学ばせて欲しい。


私たちも、謙虚にしっかり学び、
バカヤローなことには、堂々とバカヤローと言えるように、
私自身が地道に学び、歩を進めていけたら、、、と思い続けて10年目なのである。



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ジャンル : ライフ
テーマ : 田舎暮らし日記

タグ : 田舎 お土地柄 地の人 新参者 地元意識 郷土愛 地縁 イエ 故郷 温故知新

[ 2005/02/25 15:38 ] 徒然草 | TB(0) | CM(10)
Re:『田舎』の変容考(02/25)
はじめまして。ふにふに1190と申します。パキラのもりにお越しいただいたようで、ありがとうございます。



す・・・すごい地区にお住まいですね。私も、愛知県という中京地帯、の中でも田舎な市ですがそこまでの話は聞いていません。教員という職業上、市内のいろいろな地区に赴任するのですが、以前の学校では町内の結束力が強く、家を建てて越してきた人がちょっと誤解を招く発言をすると、みんなでシカトーってことがあって、それでもうひゃーと思ったくらいですね。私は、市内でも、戦後に開発された中央に住んでいるので、耐えられません。



10年・・・発想の転換がすばらしいです。子供さんが愛せるふるさとによりよく変わっていけることを願います。
[ 2005/02/25 20:40 ] [ 編集 ]
なにごとも、こどものため為なんですよね。
私も実家から、逃げるようにして結婚したな。

でも、どうしても近所の人との接点がないと、暮らしにくい。

誰にも関わらず自由に暮らすなんて無理なんですよ、きっと。

公園デビューがきっかけだったけど、

アパートで唯一、

自治会入会した人になりました。

頑張っても頑張っても、地元の人には敵いません。

ある方は近所の子を、

「あんたは、どこそこの子。」と覚えておられるので、

まりかのことを完全に最後まで無視されてました。

もう、団地に引っ越して家まで持ったんだから、

地元の一員ですよ。余所者じゃない。

でもね、頑張っただけあって、私、顔が広くなったんですよ。

随分暮らしやすくなった。

まりかだって、声をかけてもらえることが多くなって、

団地に引っ越してきても寂しくないんだって。



自分の為でもあるけど、こどもの為でもあるんですよね。

地元に貢献している姿、見ている人が沢山いるんです。

それが認められないなんてことは、ないんですよ。

[ 2005/02/25 23:48 ] [ 編集 ]
ふにふに1190さん、有難うございます☆
ふにふに1190さん、コメント有難うございました☆☆



>す・・・すごい地区にお住まいですね。

30年位前の世界に迷い込んだかと思いました。

それまでも、盆暮正月、農繁期には必ず帰省して、

様子も分かっているつもりで【デキた嫁】を心掛けてましたのですが、

所詮「お客さん」でしかありませんでしたね。

10年経っても「異邦人」です。



>10年・・・発想の転換がすばらしいです。子供さんが愛せるふるさとによりよく変わっていけることを願います。



有難うございます☆ 日々、努力ですね。

[ 2005/02/26 13:07 ] [ 編集 ]
頑張っておられますね☆
ジャスミン茶々さん、いつも元気を有難う☆☆



そんな茶々さんも、「実家から、逃げるようにして結婚」されたんですね(;_;)☆



>自分の為でもあるけど、こどもの為でもあるんですよね。

>地元に貢献している姿、見ている人が沢山いるんです。

>それが認められないなんてことは、ないんですよ。



「認められないなんて、ない」。

これは非常に救われたような心地になります。

誰かに認められるため、評価されるために頑張ってるのでは勿論ないのですが、

それでも、誰かから何かしら声をかけられると、

嬉しくて、とても励みに感じるものですね。
[ 2005/02/26 13:43 ] [ 編集 ]
Re:『田舎』の変容考(02/25)
 私が住んでいる地域は、かつて、「地」と、新入りとを区別する地域だったようです。我が家が建っている団地はできて30年余りですが、出来立てのころは、隣組に入れてくれなかったり、何かあれば「団地が、団地が」と言われ続けたようです。だから、組内は、結構開けていて、嫁さんが来ても受け入れられやすい感じです。



 だけど、そうは言っても田舎のこと。都会のマンションの一室へ嫁うな様なわけには行きません。

 結婚して一ヶ月あまりのある日、早速、睡眠不足から、居眠り運転で会社の車をオシャカにした私に実家の姉が言いました。

「どこにいても、何をしててもあなたはあなただから、あまり気張り過ぎないように、ありのままに過ごしなさいよ。結婚は長いから、続くことが第一でしょ。」

 それと、夫の姉の言葉。

「どこにいても何をしても、つべこべ言う人は言うのよ。」

 その言葉が何を意味するのかは、義姉のみぞ知るのですが、私は姉も義姉も、「マイペースでやりなさい!」とエールを送ってくれたのだと理解しました。

 今となっては、姉も義姉も「そ、そこまでは思ってなかったわ!」と思う位「マイペース」を通している私ですが、よくやってくれる義母をはじめ、周りの人々への「感謝」を胸に過ごしています。もちろん夫への愛と感謝もです!!
[ 2005/02/27 11:05 ] [ 編集 ]
「どこにいても何をしても、つべこべ言う人は言う」
真理ですね!>さきさん0208さん



さきさん0208さんのBBSでおっしゃった、

>「覚悟を決める」と言う言葉が好きです。

>生きていくと言うことは、強いられるものじゃなく、

>自己決定であることを、いつも自覚していようと努めています。

というコメントが忘れられない私です。



私も常にそう考え、ヘコんでもヘコんでも、そう思い直し、

何度となく訪れた「もうダメだ!」な事態のなかでも、

そうやって立ちあがってきたつもりでしたから。



泣いてても笑ってても、無情に時は過ぎていきます。

一瞬一瞬を、有意義な時だった、とにっこり振り返ることができるように

生きていきたい、と思います。



私が私で在れること。

私を支え、見守り、育もうとして下さるたくさんの方々がいらしてこそ。



この地でも、たくさんの「良かったみつけ」ができました。

(でも同居中だったら、昨夜のようなヘナる時間は絶対取れないけど(^o^;)



感謝しつつ、喜びをもって、

一歩でも前に。



ふぁいと!!ですね。 有難うございました☆☆
[ 2005/02/27 16:51 ] [ 編集 ]
Re:『田舎』の変容考(02/25)
私もそんな呪縛にとらわれ続ける「嫁さん」です。

「女衆」わかるわ~、この独特な雰囲気・・・。

[ 2005/02/28 14:12 ] [ 編集 ]
Re:『田舎』の変容考(02/25)
バカやローと10年言い続けて踏ん張りとどまるそのパワー。見習いたい。
[ 2005/05/04 14:32 ] [ 編集 ]
アキ♪さん、有難うございます☆
アキ♪さん、時々覗いて下さってますね!

なかなかお邪魔できずに、失礼しております。

アキ♪さんのご同居生活、本当に頭が下がります。



>「女衆」わかるわ~、この独特な雰囲気・・・。



いつか、私たちの時代、が、本当にくるのでしょうか?

年若いひとたちも、「女衆 予備軍」に見えて仕方のない私です。

言うこと、ヤること、ご長老たちにそっくりではないですか?

[ 2005/05/27 21:55 ] [ 編集 ]
弥々さん、ここでも有難う☆
ワンダー弥々丸さん、あのGW狂想曲の頃に、

ひっそりとメッセージを残して下さってたのですね。。。



>バカやローと10年言い続けて踏ん張りとどまるそのパワー。見習いたい。



踏ん張らねば、この地をふるさととして育つ子どもたちが浮かばれない、

そう思ったからこそです。

何もかも、虚しい、、、と今は投げやりモードとなっておりますが、

も少ししたら、きっと浮上致します☆ ふぁいとぉ☆

いつもいつも、本当に有難うございます☆☆

[ 2005/05/27 21:59 ] [ 編集 ]
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