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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

『 続 ・ できるひと が できる形 で』



 「 できるひと が できる形で 」



って言の葉は、読めば読むほど、眺めれば眺めるほど、逃げ道いっぱい。

苦し紛れ の 落としどころ、な言の葉ですよね。


押し付けにならないよう、苦慮されたなかでの知恵の結集な言の葉だけど、
今は、これじゃ、だめだ、と思う。


たちまち明日から、集団登下校、毎日の保護者パトロール等、
ひとりひとりの力が必要とされる毎日が始まる今。


「 できるひと が できる形 で 」では、
どうしたって、「 できないひと 」 が出てくるよね。

本当にどう逆立ちしても、どんなに想いがあっても、
物理的にどうしようもない。 今できない、ひとは確かにいらっしゃる。

けれど、殆ど大多数のひとは、
ご自分がご自身を「できない」と決め、そう想っておられるだけ、だ。


拡大解釈、都合いい解釈をされ続け、
果ては「あなた、できるひと、私、できないひと」などと
括っていかれてはたまらない。




  「 できるとき に できる形で 」 



ぅん。 これで行きましょう!!


誰でも。 何かはできるんです。 いつかは。 きっと。


ぅん。 私はこのスタンスで行きたい。 これで 行こう。





    ◆  ◆  ◆




わきさんからのメッセージ、
そして、トラックバックいただいた_AZ_さんの日記を読ませていただいて、

あたかも例えるなら、


_AZ_さんのご主張は、『 信長 』 タイプ。

わきさんの形は、『 秀吉 』 タイプ。

んで、私の悠長な理想論は、『 家康 』 タイプだと感じてしまいました。


んでもね、結局、三者が感じてるところ。
本当は目指したいところ、は、一緒のところなんだよね、と
私には、びしびしと伝わって来ちゃう、と思うのは、読み込み過ぎ、でしょうか。



_AZ_さんは、

  本当に出来ないひとにも、面倒だから出来ないというひとにも、
 「何なら出来る?」と問い掛けることは愚問であるし、
  下手をすると、プレッシャーをかけて脅迫しているようなものになるし、
  どういう聞き方、言い方をしても断られるために、時間と神経の無駄だと。


  > 無理にやって貰っても、どうも無責任で、かえって周りが困る事も多いし。
  > やりたい人だけで やるんでもいいんじゃないかな と。
  > で、集まった人達で「出来る範囲」の仕事をする。
  > 年によっては、広報委員がいないといか、
  > 文化委員がいないとか、
  > それもありなんじゃないかな?と。


一見、乱暴に読めるこれらの言の葉の間から、
それでもひとりでも多くの方々に声を掛け、心配りをされ、
その度にずたずたになって来られた_AZ_さんの切なさが垣間見えます。

あぁ、もう、できるひとだけで、たったかたったか前向いてヤってしまって、
文句言うひとには、勝手に言わせておいて、
あー、もぉ、それでいいぢゃん。
ヤるひとは、工夫して知恵を絞りだしてヤって下さるし、
ヤらないひとは、どうやってしないよーーー。 もぉ、イヤだよーーー。

って、泣いておられる_AZ_さんに、
それでも。
それでも、やっぱり、声掛けて行こう。
ヤるひと、ヤらないひと、の線を取り外したい。
ひとりでも、輪を広げようって、言ってしまいたい私は、鬼かも。。。


だって、ひとは変われる。
横向いてた御方が、2年後執行部に、なんてケースもたくさんあるんですもん。



わきさんは、


  > どちらかというと『できないなら、できるようにしちゃえ!』と
  > いうような奴なので、やりたくない人からは嫌われたかも・・・。


とにもかくにも「できる形」に持っていこうとされ、
役員さんとそうでない会員さんとの軋轢にこころを砕かれたようにお見受けします。





それぞれの学校の、それぞれのPTAに。


どんな行事があって、そのために、どんな役員、委員、係があって、
それぞれにどんな仕事をしているのか。


私は、やっぱり、皆さんに知っていただきたいですね。

少なくとも、今現在、PTAの執行部に在り、
それを執行してきたもの、には、その努力をする責任がある、と考えます。


 「 あ、私、これだったらできる 」と思っていただけるかもしれないし、

 「 これをこんな形に変えていただけるんなら、できそう 」と
   新しい観点からの提案までいただけるかもしれないし、

逆に、皆が皆、
 「 えーー、こんな大変なこと、できない!」と、一斉に退かれるようなら。

それは、「そういうもの」だと思って、受け継いでは来たけれど、
今の時代、実は、人数調整でも如何ともし難いようなものかも知れず、
廃止の方向も含めた、再考の価値がある行事や運営内容かもしれない。


PTAの行事が、役が、何故あるのか、何のために在るのか。

どの学校もどのPTAも、多かれ少なかれ、見直しの時期に来ているのだと思う。



これから、お金がないので、
教職員、保護者共々、同床異夢ながら、同様に右往左往するなかで、
小学校の統廃合、小中一貫、中高一貫、どんどん進んで行きます。


そんななかで、
いざ、コトが起こったとき。

よっしゃ!と、誰もが子どもたちのために、
駆けつけて来て下さるような関係性が築けている学校であれば、
PTAなんて、なくて構わない。


自分の子どもたちだけでなく、周りの子どもたちもしっかり観えており、
学校の抱えている問題、先生方の直面している問題、
クラスの雰囲気、課題、、、、それらのことを、ちゃんと把握できており、
よりよい子育てに向け、誰もが頑張れる体制に常に在るなら、PTAなんて、必要ない。


しかし、現実はどうなんでしょう。


「 コト 」とは、昨今の不幸な事件に限りません。

子どもたちのクラブが全国大会へ初出場が決まった! さぁ、どーする?
学校が、全国国語教育推進モデル校に決まり、
2ヵ月後に全国規模での参観がある! さぁ、どーする?
隣の小学校のクラブと試合中にトラブルになり、喧嘩沙汰にまで発展し、
不幸なことに怪我人が出てしまった! さぁ、どーする?
小学校が来年から隣の小学校へ統合されることになり、片道5km。
毎日我が子を送り迎えしなければ、不安で仕方がない! さぁ、どーする?


今は、我が子に直接かかわりなくとも、
およそ、ありとあらゆることがいつ、どのように起きるか判らない。

そんなとき、一保護者としてどう動き、どう我が子(だけ)を守り抜くのか。

果たして、タイムリーに動けるだけの情報を、自分は持ち合わせているのか。




どうも、私の生き別れの弟であるらしい(笑)かいちょーさんの『 うだうだ考える 』ななかで、


  > というわけで、保護者は学校の様子を知るべきだし、
  > 先生のことを知るべきだし、自分の思いを伝えるべき。
  > そのためにはどうすればいいの?
  > まずは学校に行ってみなきゃ始まらないんじゃない?


と、書いておられました。

なんだか、もう、それに尽きる、ような気がします。


今の時代、保護者が学校を識る、ということ。
学校での子どもたちの様子をしっかり観る、ということ。


子どもたちがどんな表情で授業を受けているか。
子どもたちが、どんな友だちに囲まれ、どんな笑顔をしているか。
先生方がどんなにご努力されているか。或いは手抜きをされてるか。

子どもたちの日々の喜び、悲しみは、何処から生じてきているものなのか。

それらをしっかり観て、識る、ということは、
今の時代、決して「過保護」とかなんとかいう次元ではなく、
学校や我が子に対する自分自身の見識を正す、理解を深める大きなチャンスだし、
現実を観、そのなかで生き抜く力を培おうとしている子どもたちへの応援であり、
学校や先生方に対する「観てるよ」な、
とっても大きなメッセージ(激励、感謝、けん制)になる、と思います。




で、子どもたちが登下校中にまで、いのちの危険がつきまとうようになって来た今、
保護者のパワー、地域のパワーの結集が、まさに望まれている訳で。




どうせなら、PTA活動は楽しく、意義深いものでありたい。

そして、役員さんが流される涙は、達成感での感動の涙だけであって欲しい。

役員じゃない方々が、役員さんを支え、目標を達成していく。

子どもたちには、そんな保護者同士の姿を見て欲しいな、って、やっぱり思う。


そのためにできること。 できる形。 できるとき。

なりふり構わず。

考えて行きたいし、動いて行きたい。(けど、終わっちゃった・(淋))。


メモメモ



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ジャンル : 学校・教育
テーマ : PTA

タグ : PTA PTA活動 PTAは何のため PTAの存在意義 できるときにできる形で PTA役員 役員と非役員

[ 2006/01/09 15:31 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(30)
Re:『 続 ・ できるひと が できる形 で』(01/09)
”できるときに できる形で”って、なんか納得いきますね。

年間通しての役員はむずかしくても、例えば年に一度土曜とか日曜とかで仕事が休みの日であれば、関わることができそうですもの。

最終的には、その方それぞれの気持ちの問題のようにも思います。

ただその一方でやはり、できる人でも、できる時であってもやらない方はやらないことがあるように思います。

全員がなんらかの形で関わるというのは理想ですが、現実にはむずかしいことのように思います。

残念なことですが。

リトルの志望校には「保護者会・校友会」があって、学校行事のお手伝いや悩みを持つ中学生の親御さんの相談相手になったり、なかには選択授業の講師を買って出てくださる保護者の方もいらっしゃるそうです。

早く仲間に入りたいのですが、こればかりはリトルが合格しないことには・・・(^^;)。

文化祭で「甘味処」の売り子をやりたいとすでに思っている私って・・・・・(気が早い)。

案外嫌いじゃないですので>役員・委員

ただ物理的なことで言わせていただければ、仕事を休まないと平日の昼間には行けないので。

そういう意味でなかなか動きがとれません。

気持ちは多少あるつもりなんですけどね。

こういう話し合いを持つことがまずできたらいいなぁと思うのですが。

みなさん、それぞれにご意見をお持ちだろうにお互いそれが見えていないこともあるのだと思います。



http://www.geocities.jp/chiaki_konishiki/
[ 2006/01/09 16:26 ] [ 編集 ]
Re:『 続 ・ できるひと が できる形 で』(01/09)
・・・う~今はなんともコメントが出来ないです。

なんだろうな~。



いろんな意見の中で今自分の置かれた立場でやるしかない・・・ただそれだけできたのでゆっくり考えれる時は多分、役員を終えた時なのかも・・・私は。
[ 2006/01/09 19:45 ] [ 編集 ]
Re:『 続 ・ できるひと が できる形 で』(01/09)
私の子供達の通う地域もパトロールは一応一週間単位で当番が回ってきますが、強制ではないのです。

だから登下校時にちゃんと危険箇所に立っている人は・・・・・・。

仕事を持っていて朝が忙しいと思われても、皆で見守っていかなければ危険が潜む時代です。

自分のことと同じくらいに子供の方に目を向ける時間を割くことが出来る人はもう少しいるはずなのに・・・・といつも感じています。

当番でない時には他の誰かの目が自分の子供を守ってくれていることを感じて、全く登下校時に時間がとれなければ他の形で携わって欲しいです。

私は当番の時は、仕事から帰って急いで食事を食べ、すぐに家を出ます。そこから一時間交差点で立っています。夕飯を作る時間もばたばたで、夕方の子供達のお稽古の送迎に走り回っています。

地域のお年寄りなどが登下校を見守って下さっています。彼等は自分の子供ではなく他人の子供のためにパトロールをしてくださる本当にボランティア。

親がもっともっと関心を抱き、子供達を見守る必要性を感じています。

[ 2006/01/09 19:56 ] [ 編集 ]
Re:『 続 ・ できるひと が できる形 で』(01/09)
いろんなコトが起きたとき・・・。

その時こそ、あってよかったPTAってなって欲しいなぁ、

と、つくづく思うこのごろです。

早速明日は旗持ち当番。

そして、小学校最後の当番です。

ちと寂しい・・・。
[ 2006/01/09 19:56 ] [ 編集 ]
秀吉・・・だったのか!( ゜o゜)
私がもともとPTAに首を突っ込んだのは、『PTAなんて要らない』からでした。正直、それまで一介のPTA会員(保護者)としての目からは、どう見てもPTAなんて無くてもいいのに・・・と。むしろ、お母さん方は嫌々やってるように見えるし聞こえてくるし、よし無くしちまえ!がスタートラインでした。



やってみて・・・の結果ですが、りうりうさんと同じです。無くてもいいけど、あってもいいと思うようになりました。だから、みんながPTAはあってよかったと思うような組織にしたかったし、みんなが進んでやりたいと思うような活動にしていきたかった。そういう意味で、「できるようにしちゃえ!」な訳です。



一応は過去形で書いていますが、終わっちゃった訳ではありません。現役のPTA会員にしかできないこともあれば、卒業しちゃった元PTA役員にしかできないこともたくさんあると思いますよ。ましてや、私はまだ現役のPTA会員ですしね。

どうか、りうりうさんも淋しいなんで言わないで、今だからこそできるやり方でやってみましょうよ。PTAだけが子どものための団体ではないですよ・・・ね。

[ 2006/01/09 20:19 ] [ 編集 ]
Re:『 続 ・ できるひと が できる形 で』(01/09)
<今の時代、保護者が学校を識る、ということ。

<学校での子どもたちの様子をしっかり観る、ということ。

<子どもたちがどんな表情で授業を受けているか。

<子どもたちが、どんな友だちに囲まれ、どんな笑顔をしているか。

<先生方がどんなにご努力されているか。或いは手抜きをされてるか。

<子どもたちの日々の喜び、悲しみは、何処から生じてきているものなのか。





はい。見に来てください。忘れ物を届けるふりでも、堂々と、でも何でもよいですから。



私は授業参観の授業は、座ってやるのはあまりすきじゃないです。活躍できる子は限られているから。

ムリヤリ全員出番を作らないといけないから。

学芸会じゃないんだから、授業中座っているだけでも、頭の中や心はちゃんと活動しているのだけれど、

親は目に見えないと不安になります。



ポートボールの試合をやったときは、「うちの子があんなにしゃべるなんて知らなかった」といわれました。

「あんなに活発だったなんて」とも。

1年生の音楽。歌いながら踊ろう、っていう授業は、象になったり蜂になったり、ドジョウになったり、

全然歌に合ってないように見えるけど、音楽を体で楽しんでました。

誰かが始めた振り付けをみんながまねして、勝手に一つになりました。1年生が。

すごく楽しそうでよかった、といわれました(全員じゃないです、もちろん)。

生活科で、おもちゃ作り。子どもの発想はどんどん膨らんで、突然「先生、○○作っていい?」



算数や国語でも、席を立てるようなネタを考えます。

学校で、友達と生き生きしているところを見てほしいから。

ちゃんと体を動かせば、それは必ず知識につながるから。



だから、本当は、毎日自由参観でも私はいいんですけど。

とりあえず、嫌がる先生もいるでしょうけど、理由をこじつけて学校へ行ってほしいです。



できるときに できる形で。
[ 2006/01/10 01:45 ] [ 編集 ]
できるときに できる形で
うちの学校の隣の学校では、3年前から、役員とは違って、お手伝いカードなる物を年の初めに記入してもらっているそうです。



どこの部分なら手伝えるのか、たとえば、ベルマーク集計,旗持ち、図書ボランティア、夏祭りのテントだし自転車整理などなど・・・



それで、理事のの負担を減らして、保護者の参加をふやすことを行っているそうです。



いい事だなぁ・・・と思ったのですが、私がそれを取材しようとした時に、その当時の教頭からストップされてしまいました。

よそのまねはしたくない。うちのやり方が一番いいと・・・・



当時私は副委員長で、なんだかな・・・という気持ちでした。



私はいいと思うんだけどな・・・

なかなかPTAがいいと思っても学校側とのやり取りもあり、思うようには行かないものです・・・・・



私の立場としていかに親を学校に目を向けさせる事が出来るのか、3月に出す最終の広報紙に反映できるといいのだけど・・・・・



[ 2006/01/10 10:07 ] [ 編集 ]
なんだか
 いつもながら、考えさせられてしまいます。

 実は、昨年度、私の次男が突如、教室への入室を拒否し、保健室登校となりました。 何ヶ月か私も学校に通い、先生方とコミニュケーションをとるうちに、子どもたちや先生方ともっと関わりたいという気持ちになりました。たまたま、その年から「学校教育支援ボランティア」が発足し、(これの立ち上げの理由もある不登校児を持つお母さんの支援だったのですが)私は、PTAではなくボランティアの立場から、環境美化や授業のサポート(家庭科や街探検の引率)、読み聞かせに参加しました。けれども、それが、今までPTA活動を積極的にされていた方の逆鱗に触れ、「PTA役員を立ててもらわないとこまる。」と言われ、今年度はボランティアの活動を読み聞かせ以外は自粛しています。「出来る人が出来る形で」それを合言葉のようにして活動していた私たちだったので、行事を消化するだけのPTA活動よりやりがいを感じていたのですが。(ま、そういった気持ちが相対する方に不快感を与えてしまったのだと反省していますが。

 正直、PTAの役員になると、(ウチの学校の場合)夜の会合が多いので、私の場合、困るんです。だからといって、「できる範囲」のPTAに変えたいと声をあげれば、「今までされてきた方に、失礼だ。」などと言う方が出現するし。役員改選の時期、時期役員を選出する立場にあるものの、全てを根本から見直さないといけないのでは・・・でも、その勇気が、いまひとつ湧かず、悶々としています。

 
[ 2006/01/10 10:52 ] [ 編集 ]
Re:『 続 ・ できるひと が できる形 で』(01/09)
いつも参考にさせてもらっています。

「 できるとき に できる形で 」このフレーズ、いいですね。使わせてください。

うちの幼稚園のPTAは 今年度役員以外の会員さんも一人一役行事お手伝い(日にちは希望制)があり 大好評でした。

やってみて 「なかなかおもしろい」とか、「来て良かった」等の声を聞くことが出来ました。辞退者続出で定員確保もままならない役員も 手伝ってみたら出来る部分があったとなれば 来年度や小学校進学後に繋がる一歩になりそうです。



何も分からないくせに役員をお受けすることになり はや1年が経とうとしています。りうりうさんに沢山のお知恵を授けていただき 何とか乗り切ってまいりました。ありがとうございました。

今年の目標は やるなら楽しく気持ちよく活動する。です。ふぁいとです~☆

[ 2006/01/10 16:15 ] [ 編集 ]
Re:『 続 ・ できるひと が できる形 で』(01/09)
はじめまして・・・。



できるときにできる形で、と思って7年間PTAに関わってきました。

できるひとが。。。となるのはやっぱり嫌だから。

できるときに会長をやりできるときに委員をやってできるときの今また会長です。



会員の皆さんに全てを理解していただき活動を楽しく負担を減らして・・・など色々な課題を毎年自分に与えてなどと思っていますが、現実は難しいです。

何年も関わっているとあの人はPTAが好きだからと言われてしまう(^^;)

会長を一度経験してしまうと他の職に就かしてもらえず、悶々としています。



できるときにできることをできる形で是非参加して欲しいですよね。



[ 2006/01/10 19:08 ] [ 編集 ]
Re:『 続 ・ できるひと が できる形 で』
こんばんわ♪おじゃまします。(^^ゞ



私は今、小学校で本部やってますが、去年までの幼稚園7年間は、役員だけでなく、保護者全員で助け合って行事等こなしてました。

全員で働くから一人一人の負担は小さくて済む。人数が多くなるから本当にしんどい人に無理をさせずに済む。

一年中何か仕事があるので、春に手伝えなかった人でも秋に手伝う事が出来る。

ホント、「出来る時に出来る事を」でしたね。



だから逆に、小学校の「役員だけが働く」って言うの、とっても不自然で。



私が役員を始めた時の密かな目標は、「一人一人が自分の出来る範囲でほんの少しでも学校に関わろう」です。

出来る仕事は一人一人みんな違いますもの。

子供一人で仕事もしていなくて介護もない人と、子供が5人もいてフルタイムで働いていて学校以外でボランティア活動しているって言う人に同じだけ学校に出て来いって言ったら、それこそ無茶ですもの。

…まぁ、大変な環境の人の方が、実は頑張ってくれてるというのも現実ですが。f^_^;



みんながみんなで「助け合おう」って思える関係が作れたら、いいですね。
[ 2006/01/10 21:18 ] [ 編集 ]
「ひとり一役」システム
「ひとり一役」的システムのPTAが増えてきましたよね>千愛さん



それは、或る意味、ハナから【役員は負担】な考え方に基づいているものであり、

子どもたちや学校のお世話をするのに、「ポイント制」のようにカウントするってどーよ、

みたいな意見も多いなか、もう、そんなことは言ってられないPTAも多いと聞きます。



この是非は置いておくとして、

できるときにできる形で、少しずつでも、多くの保護者が、

学校に足を運び、実際に何かに(主体的に)関わっていただくことって、

すごーーーくとても意義が大きいように思えます。



実際に関われば、そこに「かかわり」ができ、近しいものとなり、

それぞれに、色々に、何かを感じていかれることと思いますし、

そこから、色んなことが始まっていけるのではないかと。



 > 全員がなんらかの形で関わるというのは理想ですが、

 > 現実にはむずかしいことのように思います。



平日の昼間でなくては、難しいひと。

夜間でなくては、難しいひと。

土曜の午後なら、なんとか時間がとれそうなひと。

それぞれに。



気軽に「よっしゃ、(今月は)(今日は)ちょっと行ってみるか」と思っていただけるように。



執行部の腕のみせどころ、のような気がしています。

PTA執行部は、1番のコーディネーターであって欲しい。

少しずつ、諦めないで、いい形へ近付いていきたいですね。

[ 2006/01/10 23:01 ] [ 編集 ]
なんだろうな>たかなさん
たかなさん、煮詰まっていらっしゃいますか。



嫌でも今期、ラスト・スパートですね。

私も、昨年の今頃、ごろ、とても辛かったです。



私の場合は、毎年毎年、新たなスタートであり、

1年1年、常に体当たりではありましたが、

とにかく長かったので、考える時間だけは在ったように思います。



ご自分のお立場を、

「(不本意ながら)置かれた」ととらえるか、

「(能動的に)自分がそこに在る」と考えるか、で

また、ものが少し違って観えて来られるかもしれません。



どうぞ、少しでも、たかなさんの悔いの残られませんように。

[ 2006/01/10 23:03 ] [ 編集 ]
Re:『 続 ・ できるひと が できる形 で』(01/09)
うちの学校としても去年今年と一歩ずつ前に進んできた。

だって。



>子どもたちのクラブが全国大会へ初出場が決まった! さぁ、どーする?

>学校が、全国国語教育推進モデル校に決まり、

2ヵ月後に全国規模での参観がある! さぁ、どーする?

>隣の小学校のクラブと試合中にトラブルになり、喧嘩沙汰にまで発展し、

不幸なことに怪我人が出てしまった! さぁ、どーする?

>小学校が来年から隣の小学校へ統合されることになり、片道5km。

毎日我が子を送り迎えしなければ、不安で仕方がない! さぁ、どーする?



これって例題でもなんでもなく、うちの小学校で、あったことだもの。



市内の小学校で殺傷事件があった。

小学校は統廃合があって、通学路は歩道もつけられないしかも交通量の多い道路。

統廃合の影響で学校が分かれた子どもたち、隣の学校と先日は公園で大喧嘩になった。

学校の名前まで変えて始まった今年、秋になると全府的な研究発表会をやると聞いてその手伝い。



りうりうさんの例よりは規模が小さいもののまったく他人事ではない。



これで動かなければ、保護者じゃあない 笑

さすがに多くの人が学校にかかわりを持ってくれた。

けれど、そうでない人も一部いる。

あるいは委員&役員になったときだけ手伝うという考え方の人もいる。

そして、自分たちも苦労したのだから今の委員も苦労してって。



たくさんの人が参加してくれるようになったPTA。

今のうちの問題点はどっちかというとこういうOBからの圧力かも!



これから来年度に向けて体制を一気に変えてしまいます。そのために多くの役員が残留するのだから。

過去の役員との対立は必至ですが、もう気にせず(だって違う学校だもの(^_^;)

やる!



な~んて、ほんとうはいまいち不安

[ 2006/01/10 23:07 ] [ 編集 ]
変化はみえませんか。
HIMEchan♪さん

12月に、HIMEchan♪さんちの地域の方々の有難いパトロールのお話を伺いました。



あれから1ヶ月経ちましたが、保護者さんも少しずつ、増えて来てはおられないのでしょうか。

逆に、、、危機感が薄れ始め、人数が減って来始める頃でしょうか。



 > 当番でない時には他の誰かの目が自分の子供を守ってくれていることを感じて、全く登下校時に時間がとれなければ他の形で携わって欲しいです。



ひとごとではない。

自分も自分の子どもたちもまた、他の方々に守られてる、助けられてるってこと、

忘れたくないですよね。



今日から3学期。

子どもたち同様、保護者もこころを引き締めていかなくては! ですね。

いつか、毎日のパトロールがなくても大丈夫な街になれるよう。

[ 2006/01/10 23:26 ] [ 編集 ]
「あってよかったPTA」
ほんとに>こまま1023さん



いろんな嫌なコトは起きて欲しくないし、

その意味では、PTAなんぞ必要とされないような学校であって欲しい、とまで思ったりしますが、

現実は厳しいですよね。



子どもたちの学校生活を考える、とっかかりであり、

私たち保護者の世界が広がるような、楽しい意義在るPTAでありたいです。



 > ちと寂しい・・・。



ふっふっふ。 中Pがお待ち申し上げておりますとも!

[ 2006/01/10 23:33 ] [ 編集 ]
Re:秀吉・・・だったのか!( ゜o゜)(01/09)
えへ☆>わきさん



_AZ_さんが、『そんなPTAなら無くしてしまえー』。

そして、わきさんが『できるようにしちゃえ!』とおっしゃられたので、

ちょっと語呂合わせみたいに「信長」「秀吉」と遊ばせていただきました。

勿論_AZ_さんが「魔王」とか(笑)、わきさんが「刀狩」をされた、とかいうような意味では

絶対絶対ないので、ご容赦下さいませm(__)m。



わきさんが、ご自身のブログで、

「PTAは、ボランティアなんかじゃない。

 PTAはPTAなんだ」とおっしゃられたのが、まだ、心地よく響いています。



PTAを卒業した私が、「今だからこそできるやり方」。。。

顧問も卒業する4月からが、私のリ・スタートですね。



永久名誉会員(笑)の「おやじの会」を足場に、

なんらかの、町の子どもたち、学校、PTAのサポーターを広げてみたい、とは思っているのですが。

う"ーーー。 ふぁいと、ですね!

有難うございました☆☆

[ 2006/01/11 00:19 ] [ 編集 ]
毎日が自由参観。
はーぃ>ふにふに。。さん



うちの中学校は、昨年度は、【毎日が自由参観OK!】の学校だったんですよーー。

おっとこマエの教頭先生が、随分力を入れて下さってたんですけど、

今年、教頭先生が変わられ、表向きは「防犯上」の理由から、あっけなく廃止となりました。

とても残念です。



「防犯上」ってね、そんな毎日毎日、次から次へわんさか保護者や地域の方々が

参観においで下さって、嬉しい悲鳴……な訳、ないんだから、

受付の徹底さえしておけば、全然無問題ぢゃないの?って思うんだけどなーー。



 > 私は授業参観の授業は、座ってやるのはあまりすきじゃないです。活躍できる子は限られているから。

 > ムリヤリ全員出番を作らないといけないから。



5月10日の日記の『生きた総合学習』で取り上げた隣町の小学校は、

教科によっては、まさに席につかない授業をされていました。

音楽などは、全学年そうで、まさに「音を楽しむ」授業。

どの子どもたちも皆とても楽しそうでしたよーー。



ふにふにさん、本格ご復帰まで、もうひとがんばり、もうひとふんばり!

良い1年に致しましょうね!

[ 2006/01/11 00:48 ] [ 編集 ]
「よそのまねはしたくない」
ぅへぇ>rain27jpさん



「よそのまねはしたくない。 うちのやり方が1番いいんだよ」



これって、如何にも【正解】みたいで、カッコいいんだけど、

「うち は うち」の「うち」が、吟味されつくして今在る「うち」であることが大前提だよね。

もっといえば、「よそ」のことも比較検討されつくして初めて言える言の葉だよね。



んぢゃ、「うちの執行部ってばどーよ」(゚゜)\バキ☆と叫んぢゃいたくなりますね?



「取材」しようとしただけで、ストップがかかるって、ヘンですよね?

教頭先生は、いったい何を恐れておられたのでしょうね。

「よそより、まず、うちをしっかり観て、取材してよ」とおっしゃるならまだしも。



 > なかなかPTAがいいと思っても学校側とのやり取りもあり、思うようには行かないものです・・・・



やり取りがあってこそのPTA!

なかなか一保護者では、できないですからね。

んだから、PTAは、ひとりひとりの保護者さんと密着してなくては!って思いますですよ。

いつだって、保護者の想いと教職員の想いを代表してる、と胸を張れるPTAでありたいです。



いよいよ最終号に向けて、活動開始!!ですね。

rain27jpさんはじめ、広報さんの1年間の歩みが集約された、

ステキな濃ゆ~~ぃ広報誌とされますよう☆

[ 2006/01/11 04:16 ] [ 編集 ]
Re:なんだか(01/09)
しろぶーさんのメッセージを読ませていただいてから、ずっと落ち込んでます。

というか、腹立だしくて、悶々。



【PTA役員を立てて貰わないと困る】って何っ!!!(激怒)



くわ~~~~~~っ!!!



こんなこんなこんな感覚の奴らが、未だ闊歩してるから!!!(地団駄)

あー、もう憤死しそうです。



学校にPTAが在って。

でも、それとは別に「学校教育支援ボランティア」が発足し、

やりがいを持って活動をはじめる方々が出て来た。



ここで、PTAの執行部は、まずもってしなくちゃならないよな、と思うのは、

 1. 反省

 2. 連携

じゃないの?



しろぶーさんちも、古いところだよね、って感じて来ましたが、酷すぎる。

これらについてはまた、改めて書かせていただこう、と思いました。



まずは、来期。

できるひとが、できる形で。

或いは、できるときに、できる形で。

少しでも多くの方々が参加できるような、開かれたPTAに少しでもなっていけるよう、

そんな視点を持っていらっしゃる方々にバトンが渡るよう、しろぶーさん、ふぁいとですぅ。

[ 2006/01/11 04:32 ] [ 編集 ]
「 できるとき に できる形で 」
使って!使って!>ぴょんぴょん☆さん



役員さん以外の会員さんによる「一人一役行事お手伝い」。

それが大好評に終わるのって、とっても嬉しいですよね!

きっと来年から定着されることでしょうね^^*☆



幼稚園Pの執行部でいらっしゃるぴょんぴょん☆さんから、



 > 来年度や小学校進学後に繋がる一歩になりそうです。



とおっしゃっていただくと、なんともこころ強く、

しっかり後押ししていただいた感あり、ぴょんぴょん☆さんちの小学校区へ想いをはせます。



参加された方々も、無理のない範囲でお手伝いしただけで、

「おらが幼稚園」「おらが学校」な気持ちが生まれ、

よその保護者さんとは顔見知りになり、

行事が身近で楽しめて、子どもたちの話も具体的によく判る。



ほんとにいいこと尽くめじゃないの!

って私などは思うんですよーーー。



実際、中学校の運動会や文化祭でも、

お手伝いされた方々は、顔を高潮させながら、「おもしろかったーーー」「やって良かったーー」

って皆さんおっしゃる。



それでも、翌年、またひと探しに奔走するのは、

やはり「通年の役」だからではないかな?って、感じることがとても多いです。



 > 今年の目標は やるなら楽しく気持ちよく活動する。です。ふぁいとです~☆



をを、素晴らしいっ^^*☆ ふぁいと~~~~!!

[ 2006/01/11 04:56 ] [ 編集 ]
言うひとは、何をどうやったって言いますから。。。。
はじめまして>oyuchanさん



 > できるときにできる形で、と思って7年間PTAに関わってきました。



お疲れさまです。

なかなかできないことですよね。。。って、私もかなり長いので、余り申せません(笑)。



 > 何年も関わっているとあの人はPTAが好きだからと言われてしまう(^^;)



はぃ。 お任せ下さい。

言われ続け、揶揄され続け、

「お引き受けした以上は無責任なことをしたくないだけ」「責を全うしたいだけ」と、

随分と腹も立ち、悲しくもありましたが。



oyuchanさんのような御方が、無神経なひとたちのこころない言の葉で、傷つくのは悔しいです。

言いたいひとには言わせてあげましょう。

ほんとの辛さを識っているひとたちは、そんなこと、言いません。



んでもって、私たちも認めちゃいましょうよ^^*☆

(こんな自分でも)お役に立てて嬉しい、と感じてる自分も在ること。

苦しいなかで、かけがえのない仲間たちができて嬉しい自分も在ること。

会長をされて、得られたこと、きっとたくさん在られること。



 > 会長を一度経験してしまうと他の職に就かしてもらえず、悶々としています。



是非、後続の方々をお育て下さい。

副となられ、サポートに徹してみられる年をつくられるのも良いことかと思われます。



頑張りやさんのこままさんとご友人でいらっしゃるのですね^^*☆

どうぞこれから、よろしくお願い致します。

[ 2006/01/11 05:14 ] [ 編集 ]
中学になると、もっと。。。
はじめまして>PTA会議室のヌシさん

HNは、カテゴリで最近よくお見かけし、何度かお邪魔致しました。

うちの小学校や中学校には、PTA会議室がないので、羨ましいです(笑)。



よい雰囲気の幼稚園のPTA活動でいらしたのですね。

そうしたPTA活動を体験されておられる方々は、

「できるときにできる形で」が自然と身についておられるので、

いざ、というときには、皆さんからとても頼りにされる方々でいらっしゃることでしょう。



 > だから逆に、小学校の「役員だけが働く」って言うの、とっても不自然で。



中学になると、もっと拍車が掛かります。

おかあさんたちは、「もう子育ては終わり」とばかりにざざざっといらっしゃらなくなります。

それはもう見事です。

役員さんでいらっしゃる方さえ、「私は籤で嫌々ならされた」「事情がある」云々で、

役員を放棄なさり、後続の方もお出にならないケースが年々増えて来ています。



 > みんながみんなで「助け合おう」って思える関係が作れたら、いいですね。



おっしゃる通りです。

辛い状況、厳しい状況に在られる方々の多くは、

ご自身が、ほんの些細な助けでも、どんなに嬉しいか、有難いか、助かるか、

よくよくご存知でいらっしゃるため、貴重な時間をやりくりして、ご協力下さいます。



私たちひとりひとりが、ほんの少し、視野を広げてみる。 手を伸ばしてみる。

もし、自分だったら、と考えてみる。



ただ、それだけで、PTA活動も随分違ったものになれるのに。

面白くて、楽しくて、居心地の良いものに、きっとなれるのになぁ。。って、思います。



みんながみんなで助け合おう、と思える関係をつくっていくのは、

きっと私たちひとりひとり。 私たち自身。

ふぁいとーーー!ですね。



[ 2006/01/11 05:35 ] [ 編集 ]
う``っ・・・。
 一緒に怒っていただいて、ありがとうございます。私の子どもを通わせた幼稚園では、「一人一役」への移行がスムーズにできたので、小学校でもOKかな?と淡い期待をいだいたのですが、(PTA役員という枠にはめなくてもできそうなことは、ボランティアという形をとってもよいのでは?・・・と)なかなか、現実は難しいようです。今年度、理想に燃え、頑張ってこられた方一名も、「私が役員をしていることで、子どもがいじめられる。」と、来期わ辞退されましたし。・・・本部役員以外、ほとんどの役をくじ引きで決める、我が校。いっそのこと、本部役員も保護者全員のくじ引きにしょうかしら・・・?そんな、アホな思いもしております。

 ただ、自分たちがとりあえずこなせたら後の人たちがどんな思いをしてもそんなの知らないって考えで大人たちが動くのは、(あまりにも自分本位で)子どもたちにも絶対良くない・・・ですよね。ホントは、私も、みんなが(私も)嫌がるPTAなら、なくてもいいんじゃん!!!って、考えてもいるんですが、その背中を子どもがみているんですよね、きっと。
[ 2006/01/11 09:53 ] [ 編集 ]
やはり声をかける事は必要
去年、新一年生の娘の学級懇談会で学祭委員会を誰もやりたがらなかった(私もだけど・・・)

で、短気な私が「私やります、○さんと●さん一緒にやろうよ~」と顔見知りのママを誘いました。



○さんはどんどんハマってくじ引き係のまとめ役、「大変だったけどやりがいあったよ」 

●さんは当日だけのお手伝い、「これぐらいだったらできるわ」

全てが上手くいくと限らないけど、こんな感じで少しでも多くの親達がp活動に係わって行けたらな~ 私のささやかなP活動の願いです。   
[ 2006/01/11 16:23 ] [ 編集 ]
「これで動かなければ…」
★のん★きっずさん



内に外に。

はっきり目に見える形での危機が迫れば、ひとは団結しやすいから、

厳しくても、それをチャンスと捉えて頑張っていくしかないですよね。



問題は、危険が目に見える形であっても、ひとによって危機感の基準が異なるということ。

同じ保護者同士だから、「広報」はできても「啓蒙」的行為は困難であること。

役割分担の意味を取り違えないこと。



未曾有の危機を前にしても、変われない、変わろうとしないPTAを見てると、

そんなようなことをあれこれと考えてしまいます。

(関係ないけど、新生児連れ去り事件の容疑者、PTA会長でしたよね?

 とうとうと「会長挨拶」してるビデオ観て、もう、めちゃくちゃ脱力です)



 > そして、自分たちも苦労したのだから今の委員も苦労してって。



 ↑ これよ、これ!

この、いわゆる姑(!!)根性、なんとかならんか、と思う。



なんで、役員体験者さんたちに、やさしくないひとが居るんだろう?

「ぅんぅん、私もそうだった。(そんなもんよ、んだから覚悟しな。諦めな)」って言うばかり。

自分が役員だったときに、悲しかったことが次の役員さんに起きないように。

嬉しかったこと、楽しかったことが、次の役員さんでもそうであるように。

なんで、そう思ってくれないんだろう。



今在る私たちは、【温故知新】で参りたいですね。

過去には学ぶ。 でも、それは過ちを繰り返さないため。

皆が少しでも良い方向へ、倖せになるため。

んだから、不条理なことは受け継がない!



それって、当たり前のことだって思うのに、不可能なほど、大変なことなのでしょうか。

[ 2006/01/11 22:42 ] [ 編集 ]
Re:う``っ・・・。(01/09)
しろぶーさん

私は、広島時代、中央部の大規模小学校PTAで平役員をしましたが、

それはもう洒落にならない位の古い体質で、執行部はふんぞり返り、

普段は口も訊けぬ雲の上の存在(だと自他共に勘違いさせている)。

会議でも、彼らは常に遅れてやって来て、それを私たちは、起立して迎える、といったような、

本部役員の顔色を窺いながらパシリを務める、とにかく時代錯誤の笑っちゃうようなPTAでした。



当然、平役員には、なり手が居ないから、やっぱりくじ引きのようなもので、

ますます執行部は別格扱いで、ふんぞりかえる。

平役員の私が、会議で質問したり、意見を言えば、あとで始末書を書かされる。



なんともはや。。。。地獄のようなPTAでしたが、

んでも、当時、信じられないものをしっかり観せて貰って、

見識を深めることができたようにも思います。



少なくとも、あんなPTAには、絶対しない。

あんな風になりそうな芽には、敏感であれる。



んだから、しろぶーさんちの雰囲気が、なんとなくでも判ります。



 > 今年度、理想に燃え、頑張ってこられた方一名も、「私が役員をしていることで、子どもがいじめられる。」と、来期わ辞退されましたし。



悲しいですよね。

頑張るひとほど傷つき、結果として潰れて(潰されて)いく現実。

それも、いわゆる「目立つ」位置に親が在ることで、お子がからかわれることはあるにしろ、

「いじめられる」ということがあってはならない。

まして、それが理由で役員の続投を断念せざるを得ないなんて…!



諦めてはならない、と思う。 諦めたら、そこで終わりだから。

んでも、かく言う私も、あの広島時代のPTAだったら。。!



2年間、平役で辛抱し、その後執行部に入って2年間辛抱し、

そこから残りの2年間でじっくり内から変える、変えてやる、、、と、

そ、そこまで頑張れたかなぁ。。。(弱気)

[ 2006/01/11 23:27 ] [ 編集 ]
Re:やはり声をかける事は必要(01/09)
ささやか、だなんて>レイソル2.8さん

レイソルさんの子どもたちへの夏休みのプール開放のためのご尽力と実際の行動力は、

かなり衝撃的で、感動させていただきましたよ~~。



 > で、短気な私が「私やります、○さんと●さん一緒にやろうよ~」と顔見知りのママを誘いました。



ここから、○さんは○さんで、また次へと輪を広げられ、

●さんは●さんで輪を広げられていく。



これって、まるで【ねずみ講】(゚゜)\バキ☆



ハッピーな【ねずみ講】目指して頑張りたいです^^*☆

[ 2006/01/11 23:35 ] [ 編集 ]
Re:『 続 ・ できるひと が できる形 で』(01/09)
ワタシ 友達の家のトイレにあった

格言カレンダーみたいなものをみて

ハッっとさせられたことがあります~

その言葉が



出来ないこと と やらないこと を区別しよう



だったの。



もっともだ!と思った



[ 2006/01/13 09:39 ] [ 編集 ]
出来ないこと と やらないこと
トイレでも>tiara_pittさん

ただトイレをお借りするだけではないtiara_pittさん、かこイイ!



 > 出来ないこと と やらないこと を区別しよう



う。 深いですね。



「出来ない」のは「ヤりたくても」というのが隠れてて、

「ヤらない」のは、「ヤりたくない」というのが隠れてて。



出来ないのもヤらないのも、「しない」ことには変わりないけど、そこに隠れてるものが違う。

そこをちゃんと自分のなかで区別せよ、判っとけ、ということですよね。



「私には出来ません!」って何かを拒否するとき、

本当に出来ないのか、どうして出来ないのか、では何だったら出来るのか。

そういったところまで、自分自身に突きつけた上で、

言い訳でないところで「出来ない」と言って欲しい。

安易に「出来ない」と一言で片付けないで欲しい。



私もそんなようなこと、感じました。

有難うございます☆☆
[ 2006/01/14 02:04 ] [ 編集 ]
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