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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

議論をする、ということ





ふぅ。



私が 17日の日記 で、小泉氏の「靖国」参拝にぼやいたことから端を発しましたが、
良い機会をいただきましたので、とりあえず記しておきます。 




千愛さん、ふにふに。。さん。
物理的に余裕のない私を庇って下さってどうも有難うございます。


私は基本的に、自らの綴ったものには自らに責任が在ると思っています。
んだから、言の葉を発した以上、その書き手の責任から逃れるつもりもなく、
最後まで、私のでき得る限りの責任を取って行きたいと思っています。


とにもかくにも、皆さんといろんなことをたーくさん語り合いたい。

場合によっては、【 とことん議論、大歓迎 】の立場を取ります。

んだから、私の「日記」に「NO」をおっしゃる方々も大歓迎だし、
その方々から、たくさん学ばせていただきたいと思っています。



ひとそれぞれに。
育って来た環境、培ってきたバックボーン、
背負っているものが違っているのですから、

ひとが何から何まで全て同じ考えをする訳はないし、
同じものを観ても、異なる想いを抱いて当然であり、
私はその度に、だから、人間って、面白い、興味深い、と感動します。


何処が同じで、何処が違うか。
また、それは何故か。 そうしたところのものは、何処から来るものなのか。


例えば、同じ組織や集合体に在って、目的を同じくするもの同士であれば、
場合によっては、とことん。

言の葉のひとつひとつに、互いが持たせている意味合いから
すりあわせを行うことも必要であると思うし、
また実生活でも、そういった機会が多々在った私のこれまでの人生ではあります。


その殆どの場合が、互いの相違を良く識り、共に学び、
共に前に向かって歩くため、でありましたが、
あるときは、「私が私で在ること」を死守するためのものでもありました。



だから。

「ツッコミ」下さいました煉瓦餅さん。


私があなたとのやりとり(議論とあえて言いません)を打ち切りにしたい、と
申し上げたのは、実は、日頃の私のポリシーに反します。


何故か?


あなたは別に私を識りたいと思い、
私の考えを聴きたいと思っておられる訳ではない。
まさしく「ツッコミ」。


ただ「靖国」という言の葉に反応し、
ご自分の日頃からの立場を貫くため(お仲間たちに、ご自分の勇姿を見せたいですか?)。

或いは、ご自身の「ツッコミ」効果を楽しみたいがために
私のブログで遊んでおられるに過ぎない。


何度も申し上げますが、
私は、「靖国」について、【机上】の論理、論争を
私は自分のブログで展開するつもりはありません。
そんなものは、あちらこちらに腐るほど転がっています。


あなたも私も、嫌になるほど読んだはずです。

まさにあなたは「お約束」。

だから、私も「お約束」にならざるを得ない。

「不毛」のひとことに尽きます。



あなたが学んで来られたように、
ひとそれぞれに学んでいないとは断ぜられませんよね。

煉瓦餅さんは、予想通り、私の「肌身で感じる」という部分に突っ込んで来られましたが、
私は逆に、皮膚感覚といったもの、これこそを大事にしたい、と思っているのです。

「論理」とは別に、日常生活に厳然として横たわっているもの。
様々な人間模様のなかで、子を持つ母として今生きて在る私が感じるもの。

必要以上に動揺しないよう、間違った方向へ赴かないよう、
常に、こころを整理し、
理不尽なものに立ち向かうためにも理論武装は必要です。

バランス感覚を逸しないためにも、視野を広く持ち、
情報は多ければ多いほどより「正」な結論に近付くでしょう。

しかし、情報のなかで、それが自分の日常と余りに乖離していれば、
そこにはやはり疑問符がともるものです。



そして、もうひとつ。


私のブログでの煉瓦餅さんの果たす機能は、
あなたが意図している、いないにかかわらず、
私のブログを訪問くださる方々に、


 「 だから、【政治について】語るもんぢゃない 」

 「『靖国』について考えるのは面倒くさそうだからやめとこう 」

 「 コメントしたいけど、なんか怖いよね 」


等々、【政治は特別なもの】【自分たちとは遠いところに在るもの】といった、
大変迷惑な機能を果たされます。


私のブログにおいて、これは、とても【困ります】。



  ◆  ◆  ◆



昨日のご返答は、むしろ、あなたの方が
問題を「拡散」させておられるように感じましたですよ。


私は17日の日記の最初から、同じことを書いています。

昨日の煉瓦餅さんのご返答は、
余程、私の問い掛けが煉瓦餅さんの痛いところを突いたのか、と思いましたです。



一国の首相である小泉氏が、
その哀悼と謝意を捧げるのがなんで「靖国」なのか?という私の問い掛け。


今、何故、「靖国」なのか?


● 何故、天孫降臨思想、天皇を神とする思想と深く結びついている『靖国』なのか?

● もっといえば、何故、戊辰戦争で薩長側=官軍側についた諸藩の戦死者だけが
  祀られている『靖国』なのか?
   (戦犯については、あなたの論を政府そのものが否定していますよね)

● 何故、東京大空襲や原爆犠牲者が祀られていない『靖国』なのか?



で、私は、あなたを「論破」しようと思ってません。


「通りすがり」や「名無し」的なHNで、余り特定化されないように装い、
遊び半分であちらこちらを荒らして回る卑劣な仮面ネットウォーカーが多いなかで、
固定HNで活躍されるお姿には、ある意味真摯でもいらっしゃり、感銘を覚えます。


しかし、個人ブログへ乗り込んでいかれた殆どのファイルで、
あたかも煉瓦餅さんの背後に「一般世論」と名札がついた大きな組織が
ついてでもいらっしゃるかのように、
「私見」「私見」と他者の意見を斬り捨てられていく手法は、
あまりいただけませんね。


個人ブログが面白いのは、さまざまな事柄について綴られる言の葉の殆どが、
その方々の生身の「意の見解、見識」である「私見」だから、です。


「政治」について、公式見解のやり取りをなさりたいなら、
しかるべき場の公式ブログでなさればよろしいかと。



私は、あなたのお考えをこれ以上識りたい、とは思わない。

私にとっては、あなたもまた、「お約束」な「私見」の持ち主でしかない。





私は、ここのブログを政治論争や議論の場としては位置付けていません。


有象無象の輩が暗躍する「政治」に関して、
私にその気概やら時間やら暇があれば、
『靖国』など、格好の材料として、
「ぼやき」ではなく、「政治について」なカテゴリーで
颯爽と(嬉々として)デビューしていたでしょう。


ここは、あくまで、私の個人ブログ。
私の体験、学んだこと、日々の疑問、想い、願いを綴る場。


批判、反論は大歓迎ですが、
議論のための議論には、正直、食傷気味であり、辟易しています。

まして、『靖国』だもん。



私のブログでは、私にメッセージ下さる方々と
互いに良く識り、学び、共にそれぞれ前に向かって歩くため。

親しく、楽しく。 そして真摯に。
とことん語り合いたい、と私は願っています。



       ということで、申し訳ありませんが
      『靖国』について、煉瓦餅さんへもう申し上げることはありません。

ペンうしろ



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[ 2005/11/01 10:59 ] 徒然草 | TB(0) | CM(15)
Re:議論をする、ということ(11/01)
議論は「論破しよう」とする方向へ行く事もあり、

常に「自分への問いかけ」と「自分の意見を離れて見る」事が 私みたいな論破傾向にある人には重要で(^ ^;

そのあたり、りうりう*さんは いつも何度も何度も自分の書き込みと相手の書き込みを熟読しておられると感じます。



『靖国神社』は、

改めて調べてみると、習ったけど忘れてしまったのかもしれないですけど自分の中ではイメージが先行していたな・・・と反省させられる題材でもあります。

つまりは、「正確にちゃんと知っているわけでは無い私」を自覚(;^_^A

未だ勉強しかけのままなので、今はノーコメントになってしまいますけど、

しっかり把握しないといけないと思っています。

(あ゛~~~「思っている」ばかりが増えて、実行されていない(TДT))
[ 2005/11/01 11:42 ] [ 編集 ]
こんにちは(^^)りうりうさん。
今までずっと読んできて、難しいからコメントできずにいました。_(._.)_



でも、今回の事で、色々と、勉強にもなったし、自分でも色々と考えるきっかけになりました。



ブログのいい所ってこんなところだと思います。



自分の知らない世界を知っている人たちがいて、そのブログを読んで、さらに自分でも、色々調べて、学校では教えてもらえなかった色々な事を、自分の目で見て、考えて・・・。



りうりうさんには色々と、目からうろこを落としてもらったような気がします。



私はこう言う出会いを大切にして行きたいなぁ・・・と思うのでした。



(それにしても、初めて後ろ向きペンギンを見た気がします・・・笑)









[ 2005/11/01 11:43 ] [ 編集 ]
かってにまとめ
>私は、あなたを「論破」しようと思ってません。

少なくともふにふには、(たぶんほとんどの方は)お互いにこれが基本的なスタンスです。「あなた」に限らず。



>私のブログでは、私にメッセージ下さる方々と

互いに良く識り、学び、共にそれぞれ前に向かって歩くため。

>親しく、楽しく。 そして真摯に。

とことん語り合いたい、と私は願っています。

私の病気が快方に向かっているのは、りうりうさんとお近づきになり、このりうりうさんの思いこそが私を救う薬の一部であることを私は確信しています。



>私は逆に、皮膚感覚といったもの、これこそを大事にしたい、と思っているのです。

>情報のなかで、それが自分の日常と余りに乖離していれば、そこにはやはり疑問符がともるものです。

>あたかも煉瓦餅さんの背後に「一般世論」と名札がついた大きな組織がついてでもいらっしゃるかのように、「私見」「私見」と他者の意見を斬り捨てられていく手法は、あまりいただけませんね。



私はあまりいただけないどころか、教職についたときから、かなりの嫌悪感を持っています。その知識と、述べる人の生き方からつむぎだされるその人ならではの意見が見えないと、研修で議論していてすら平行線で何も生み出しませんでした。



特に、私の仕事は、自分の思いを自分の言葉で伝えるすべの未熟な子どもたち相手なので、語らない、語れないことこそ、相手の立場で読み取れねばと思っています。

それがりうりうさんの言われる「肌身で感じる」ことかな、と思います。(違ったら教えてくださいね)



>あなたのお考えをこれ以上識りたい、とは思わない。



この部分だけりうりうさんに反論しますが、以上のように私は知識や事実だけでは「考え」と認めていないので、

自らの生き方や経験と未来への思いあってこそ議論する価値があると思っています。
[ 2005/11/01 13:01 ] [ 編集 ]
Re:議論をする、ということ(11/01)
やはりり、うりうさんのブログは勉強になります。

考え方のね!

私には私の考えがあるけど、もっと深く、冷静に突き詰める事が必要だなと感じました。

りうりうさん、煉瓦餅さん、2人ともありがとう。

[ 2005/11/01 16:00 ] [ 編集 ]
やれやれ
議論と妄想の区別くらいはつけて欲しいものですね。



ってわけで引用

http://iwatam-server.dyndns.org/software/giron/giron/x87.html#AEN103



「結論を出すだけではなく、なぜその結論に至ったかを説明しなくてはなりません。これが意見の客観性です。」



で、あなたが主に出してきている論拠が「感じている」じゃ話になりませんね。



だからあなたは



「人の主観というのは案外あてにならないものです。間違った事を勝手に思い込んでいたり、感情的に受け入れられない意見を無条件で拒否したりしてしまいます。あなたが出した意見に対して「なぜあなたはそう言うのですか?」と言われた時、筋道だててその理由が説明できるでしょうか?これが出来ないとしたら、あなたの意見はもしかしたら勝手な思い込みであり、間違っているのかもしれません。 」



ここで言うような状況に陥っているのですよ。



私は靖国にたいしては「勝手に行かせておけば良い」というのがスタンスです。

そしてそれを説明するための根拠を書き込んできましたけど、それを全然否定できませんでしたよね?

ちゃんと人の書き込み読んでました?



>「論理」とは別に、日常生活に厳然として横たわっているもの。

>様々な人間模様のなかで、子を持つ母として今生きて在る私が感じるもの。



アウト



論理を「感じるもの」としている時点でダメダメです。

そんなのは結局「私はこう思っている」で議論が終わってしまいますよ。

最初から議論などやらないと言っているようなものです。



[ 2005/11/01 20:56 ] [ 編集 ]
リクエストに答えて
で、どうもあなたの靖国問題に対する以下の「こだわり」があるようですけど、答えさえていただきましょうか。



● 何故、天孫降臨思想、天皇を神とする思想と深く結びついている『靖国』なのか?



それに何か問題でも?



● もっといえば、何故、戊辰戦争で薩長側=官軍側についた諸藩の戦死者だけが

  祀られている『靖国』なのか?

   (戦犯については、あなたの論を政府そのものが否定していますよね)



それの何が問題なの?



● 何故、東京大空襲や原爆犠牲者が祀られていない『靖国』なのか?



戦没者が対象の神社だから。



質問に曖昧な点が満載ですね。

何が問題で、それがどの様な影響を及ぼすか?というのが全然見えてきませんね。

これじゃあ学校のテストでは赤点ものですよ。



そういえばあなたは



>靖国には、

>「国家による戦争で戦死した軍人を、国家の英雄として祭祀すること」

>という厳然たる目的が在る。

>悼み、平和を祈願する場所ではない。



って言ってましたけど、それは単なるあなたの思い込み。

なぜならあなたの論拠が



>小泉氏の

>「 戦争を二度と起こしてはいけないという気持ちで、戦没者に敬意と感謝の誠をささげたい 」

>との言には、決して異をはさむものではない。

>んでも、それでもって靖国を参拝することは違う、と思う。



と、ご自分で思い込みと自白しております。

[ 2005/11/01 21:10 ] [ 編集 ]
靖国知識
どうやらあなたは



● もっといえば、何故、戊辰戦争で薩長側=官軍側についた諸藩の戦死者だけが

  祀られている『靖国』なのか?

   (戦犯については、あなたの論を政府そのものが否定していますよね)



といっているように、本当に幕府軍と戦犯の区別が付いていないようですね。



靖国神社の精神を簡単に言えば

「明治維新以後、日本のために戦死した人々を祀る」

というものです。



で、ここで出てくる「日本」の定義ですが、これはあくまで「明治政府」であり、

それに弓引く旧幕府軍は「賊軍」という扱いで、簡単に言えば敵軍のという事です。



しかし戦犯は国内の政治指導者が国内法という枠では無く、東京裁判という全く違う法体系の枠での有罪判決をいけた人です。

よって国内法的には「犯罪者」では無いのです。別にこれは法律論的に全く問題ありませんよ。

違うというのであれば「思う」ではなく、法的論拠に基づいて反論してくださいね。



ちなみに戦犯を国内的に犯罪者としない事は、

戦争被害を直接受けた国民4千万の署名によって、

戦犯が名誉回復されている以上は、何ら問題はありせん。

というか、戦後世代の我々がとやかく言う資格はありません。

[ 2005/11/01 21:52 ] [ 編集 ]
出すぎた真似を致しまして申し訳ありません
りうりうさん、出すぎたことを申しあげてしまいました。

いたらぬ私をお許しください。



人それぞれに、育った環境もあれば、学んだこともあり、その過程で身につけたものもあります。

それらは、その人の持つ特性であり、そこは何人にも侵されてはならないものだと思います。

自分がある意見をもつように、ほかの人もその人なりの意見をお持ちなわけです。

これは、尊重されるべきです。

互いに意見がちがうのは、ごく自然なことです。

それを踏まえたうえで、前に進む議論ならば価値があると思います。

でもただ単に相手を否定し、批判し、むしろそのことが真の目的となるのは望ましくありません。



『「論理」とは別に、日常生活に厳然として横たわっているもの。

様々な人間模様のなかで、子を持つ母として今生きて在る私が感じるもの。』

このりうりうさんの言葉が、すべてを物語っているように思います。

ここに、りうりうさんの素晴らしさがあるのです。

「私が私であること」を常に貫かれていらっしゃるわけです。

だから多くの方々が幾度となくこちらを訪問なさるのでしょう。

また今回も書き込んでいらっしゃいますが、議論の後に実りのないものに、敢えてコメントなさる必要はもうないと思います。

平和の問題は、人類全体の問題ですが、それを「個人」に矮小化してしまうことにも、議論を重ねて、理解を深めていくといった前向きな姿勢はこれっぽっちも感じません。

こうなるともう”荒らし”ですね。





[ 2005/11/01 23:41 ] [ 編集 ]
「論破」
いやはや(汗)>_AZ_さん



 > 私みたいな論破傾向にある人には重要で(^ ^;



実は、この私もいざ『議論』となりましたなら、

即、戦闘モードに入りやすい傾向が多分にある人間で、

それはもう、重々自覚するところであります(滝汗)。

だって『議論』は、結論を出すためにある、のが普通だったりしますもんね。

大なり小なり、議論とは、「論破」が目的である訳です。



それこそ煉瓦餅さんが掲げられた『議論』の教科書通り、様々なデータベースを駆使し、

凄まじいディベートを繰り広げ、自らこの場を焦土の如く焼き払っちゃうんぢゃないかと。



実際、青かった頃は、たくさん失敗して来ました。

んだから、私は、ここでそんなの、したくないなぁって思ってます。



議論って、相手があってこそのものだし、きっと私、楽しくない。

読んでる方々も辟易されると思います。

まして、テーマが「靖国」ならば。 お腹いっぱい。



「靖国」に限らず、ブログ上で誰かを論破したり、されたりしても、全然面白くない。



皆さんがそれぞれに、感想やら、想いとか、疑問を語られれば、あとは、それぞれに。

賛否両論な文献をあたられたり、身近な方々と話されたり、思惟を深められたり、

ご自身のこころで結論づけて行かれるなり、行動を起こされるなり、

で、いい、んぢゃないでしょうか。



んだから、私はハナから「ぼやき」です。



んでも、正直、私を問題視(というか危惧)された煉瓦餅さんのお気持ちも

ちょっぴり私なりに理解(憶測)してることがあります。

そこを早くから語って下されば、私も気持ちよくお話が続けられたのですが、

彼の御方は、ご自身のメンツにかけてもお認めにならないだろうなぁ。。。



彼の御方は、私のブログ上で、決して『靖国マンセー』された訳ではないんですよね。

以下は、千愛さん宛にお書きしてみます。

[ 2005/11/03 20:24 ] [ 編集 ]
メッセージを有難う☆>rain27jpさん
rain27jpさん、アクセスログから、とってもとっても心配いただいて、

日に何度もおいで下さってたのに気付いておりました。

何もおっしゃらなくても、rain27jpさんの足跡だけで、

とても嬉しく感じておりましたですよ!

いつも有難うございます☆



 > (それにしても、初めて後ろ向きペンギンを見た気がします・・・笑)



良かった! ペンちゃんの後頭部だと気付いていただけて!(笑)

なんかね、たこ焼きっぽくないですか?

シロップ多めのプリン?(爆)

[ 2005/11/03 20:25 ] [ 編集 ]
Re:かってにまとめ(11/01)
ふにふに。。さん



 > 私の病気が快方に向かっているのは、りうりうさんとお近づきになり、

 > このりうりうさんの思いこそが私を救う薬の一部であることを私は確信しています。



少しでも私がお役に立っているのでしょうか?

だったら、これほど嬉しいことはありません(T^T)。



 > その知識と、述べる人の生き方からつむぎだされるその人ならではの意見が

 > 見えないと、研修で議論していてすら平行線で何も生み出しませんでした。



そそそそ!! 幾ら考え方、筋道の立て方のお勉強だったとしても、

お利巧さんな教科書通りのやり取りしたって、

そのひとそのものが見えて来なければ、相互理解の手段にはなり得ないんですよね。

まして、私は、ブログで論文書いてる訳ぢゃないです。



 > 語らない、語れないことこそ、相手の立場で読み取れねばと思っています。



クラス全体のバランスをも取りつつ、ひとりひとりのお子たちを

しっかり観て下さることのできるような、物心両方に「ゆとり」を持たれた先生は

なかなかいらっしゃらないません。

志はあられても、物理的に無理な状況に、いまの先生方は

追い込まれていらっしゃると感じています。



まず、先生と子どもたちの間に「肌身で感じる」信頼を培うことが1番で、

保護者やPTAは、全力を挙げてそれをサポートして行きたい、と思うのですが。。。



 > 以上のように私は知識や事実だけでは「考え」と認めていないので、

 > 自らの生き方や経験と未来への思いあってこそ議論する価値があると思っています。



はーぃ☆ またたくさんお話しましょうね。

井沢氏の「『自虐史』から国を愛するこころは生まれない」という主張には、

私は、少し異見を持っています。

また、ゆっくりゆったり、お話しできると嬉しいです☆ 有難うございました☆

[ 2005/11/03 20:28 ] [ 編集 ]
思惟を重ねる。
レイソル2.8さん、メッセージを有難うございました^^*☆

また、レイソルさんのお考えも伺える日が来ると嬉しいです。



 > りうりうさん、煉瓦餅さん、2人ともありがとう。



有難う、と言っていただけて、なんだかすご~~~く救っていただきました。

有難うございました☆☆

(煉瓦餅さんもそうだったらいいなぁ。。。でもダメだろうなぁ。。。。)

[ 2005/11/03 20:29 ] [ 編集 ]
Re:出すぎた真似を致しまして申し訳ありません(11/01)
出すぎた、などと、とんでもないことです>千愛さん

ただただ私をご心配いただたこと。

そして、千愛さんの日頃のご信条からメッセージいただきました。 有難うございました。



 > こうなるともう”荒らし”ですね。



ん~と。。。

時折、政治関連のブログをあれこれウォッチしてますが、

彼の御方をよくお見かけしています。

たった今、思いついてググってみたらば、あれこれヒットしました。



とかく政治ネタになると、ひとのブログにいきなり乗り込んできて、

すごーーーく無礼に振舞う輩や、ひとの尻馬に乗って騒ぐ中身のない輩の多いなかで、

彼の御方は、一貫したお考えの持ち主であり、

結構、紳士的?でいらっしゃいますです。



実は、彼の御方が私を問題視なさるのは、判るような気がしています。



それは、(彼の御方の言う)『議論』レベルに満たない「曖昧」で

何の根拠にもなり得ない「印象」論で靖国否定をするな、の

一語に尽きるでしょう。



彼の御方は、ここでは「靖国」を積極的に支持をされてはいない。

「勝手に行かせば?」と「問題視するな、黙殺せよ」と言われてる。



おそらく彼の御方に言わせれば、私のような輩が、

意図的に「靖国」で騒ぐ「反日分子」を勢いづけ、

あるいは、「反日分子」に利用され、取り込まれ、

途轍もなく不健康に国が左に傾いてしまうのだ、という危惧というか、

面白くないお気持ちでいらっしゃるのだろうと。



んだから、「根拠をちゃんと言え」と迫り、言えないことに気付かせ、

【目を覚まさせよう】とされてるのだ、と感じています。



そういったお気持ちをね、最初に言って下さればいいのにね、と思う。

そしたら、私の感じてる「逆もまた真なり」なお話も出来て、

意義深い私見交換ができたかも知れないのに、残念です。

[ 2005/11/03 20:35 ] [ 編集 ]
語り合うと言うこと・・・。
りうりう*さんに、ありがとうございます。

煉瓦餅さんにも、その他のコメントを書き込まれた方々にも、ありがとうございます。



理念でも理屈でもなく、皮膚感覚で、「あれ?」と思っていること、世の中にたくさんあります。

「これは左ということだよ」解説されると「左なのね」、右だよ、といわれれば「右なのかぁ」と納得した気分になる。



でも、どんなに誰かが、どんな説明をしてくれたとしても、自分の中にどんな情報が蓄積したとしても、やはり自分のなかの「あれ?」という直感に立ち戻ってきます。



議論や様々な情報が不要というわけじゃない。言葉を交わすうちに、自分の直感が変容することだってある。いろんな麹を足し込んだら、新しい味の酒が醸されるみたいにね。

でも、やっぱり最後は「自分自身の皮膚感覚を信じること」になるんだろうな、と思います。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ----

語り合うことを大事にしたい。

論破して、その成果を明日につなげることも必要になるだろう。でも、語り合うときに、相手の心にも思いをはせてておくことを忘れないようにしよう。



一連の経緯をROMっている中で、ずーっと言葉にならなかった思い、りうりうさんがまとめてくださっていたので、とってもすっきりしました。アリガト。
[ 2005/11/03 22:21 ] [ 編集 ]
Re:語り合うと言うこと・・・。(11/01)
私の方こそ>あそびすとさん

この間、足繁く訪問下さり、ご心配をいただきました。有難うございました☆☆



また、いつも長々とうだうだ書き綴るくせに、

肝心のポイントを書き忘れたり、ハズしてしまったりする私(長いから、なのかも)ですが、

1番申し上げたかったことをしっかりまとめていただき、

最後にきちんと締めていただきました。

感謝感激です。



 > 語り合うことを大事にしたい。

 > 論破して、その成果を明日につなげることも必要になるだろう。でも、語り合うときに、相手の心にも思いをはせてておくことを忘れないようにしよう。



どうぞ、これからもよろしくお願い致します。

いつも有難うございます!

[ 2005/11/05 12:56 ] [ 編集 ]
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