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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

「ほめるな」? 「叱るな」? ??



※ 3月22日のひろこ・Kさんの日記にトラックバックさせていただきます。

ひろこ・Kさんは、
『ほめるな』という本を読まれ、以下の点に納得をされている。

●「ほめすぎるな」
●「ほめるだけで良い教育をしていると思うな」

 ※ 『ほめるな』伊藤進(コミュニケーション心理学専門)著。講談社現代新書

また、中1男子のお子さんの学年主任の先生の講演会のなかで、
以下のように言われた点に大いにもの足りなさを感じておられる。

●「お母さん、子どもは、元気なだけで良いじゃないですか」
●「小さいとき、子どもが病気になったら『ああこの子が元気であってくれたらいい』
  と思ったでしょう。
  その気持ちを持ってみたら、成績が悪いとか、ちょっと反抗するとか、そんなこと
  小さな事じゃないですか。」
●「子どもが本当に幸せになるように、考えましょう」
●「勉強が出来ても、真面目でも、良い大学に入っても、それで幸せでしょうか。
  むしろ、中学の時にちょっとはずれていた子どもの方が、
  大きくなったらそれなりに、子ども3人くらい連れて、ショッピングセンターで、
  幸せそうに歩いてますよ。
  子どもが幸せならそれで良いじゃないですか。」

ひろこ・Kさんは、ご自身の意見をこのようにまとめられた。

 「元気ならばいい」その思いは、勿論ある。
 でも、元気で、能力があるからこそ、
 次に行く努力を怠っては行けないと思う。
 自分のためだけではなく、社会のためになる力を付けて欲しいと思う。
 そして、もし、何らかの理由で、
 「元気でなくなって」しまったときにも、
 その、「元気でない」状態の中で、自分の出来ることをするべきではないのか。

 少なくとも、伸び盛りの中学生。
 叱って、叩いて(比喩ですよ)
 伸ばしてやりたいと思うのですが。
 それを求めている子も、沢山いるんじゃないかなあ。



全く全く同感~~~~~!!なのである。


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うちの中学校のPTA会長が、SMAPの『世界にひとつだけの花』の歌詞に怒っている。

「ひとりひとりがオンリーワンなのは当たり前。 でもそれだけでいいのか?」

「ひとりひとりが、それぞれの目標に向って、ナンバーワン目指して頑張る、
 その努力は不要なのか?」 と。



私も時折思う。

花屋の店先に並んだ花々は、
ただ自らの種の情報から自然に咲き誇っているのではない。
商品となるべく、特別な土壌で、特別な手間隙をかけられ、大切に育てられ、
商品としての価値を勝ち取った花々なのである。
同じ種類のなかではナンバーワンの花々なのである。

その花々の蔭には、商品としての価値を認められず、
早くに摘み取られたり、処分された無数の花々が在るのである。

の~天気に、「どれも綺麗だから、ひとつには選べない」って、
言ってる場合と違うよ。
ひとつには選べないのは、花の「種類」が違うから、でしょうに。
同じ花のなかからなら、花屋の店先からだって、更に選んで買うハズだ。



「あなたはあなたのままでいい」「もう頑張らなくていい」

この言の葉は、ささくれ立ったこころを本当に癒してくれる、魔法の言の葉だ。


でも、本当にそうなのか。
誰もが、最初から最後まで、
「自分はありのままでいい」「頑張らなくていい、自然体でいい」のなら、
どうやって、この世界のなかで活計を営んでいける。
どうやって、自分の足で立って歩いて行けるのだ。

自らが自分に課した目標、夢、理想に向けて、努力して努力して努力して。
それでも、届かず、夢破れ。 ズタズタになってもう立ちあがれそうにない。

そんなときこそ、「あなたはあなたのままでいい」「もう頑張らなくていい」という
言の葉を受け取れることができるのではないだろうか、と。


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子どもたちには、褒められて伸びる子と、
叱咤激励されて、伸びる子がある。

それぞれ違う、ひとりひとりの子どもたちのこころに響くのは、
やはり、きちんと自分を「観て」くれているかどうか、ではないかと思う。

本当に自分を「観て」くれているか。
本当に自分を心配し、自分を伸ばそうとしてくれているか。


褒められても、
上っ面な言の葉は、不信感を増していくだけ。
叱られても、
立場上な叱り方では、反抗心が育っていくだけ。

怖い先生、優しい先生。
それぞれ役割分担も必要かとも思ってしまうけれど、
その核となる部分は、やはり
ひとりひとりの子どもたちをしっかりと「観てるよ」という
心からのメッセージであって欲しい。


先生方も、保護者の私たちも、
子どもたちと共に育ち、共に歩いて行きたい。
その方向は、常に、前に、前に。 希望あふれる未来に向って。





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ただ褒めるだけじゃ、成長しない
そうですね、確かにほめるだけの教師は最初は慕われるけど、次第次第に化けの皮がはがれて、生徒からも適当にあしらわれるようになりますわ。子どもは向上心を持つ人を理想としてるし、自分もそうなりたいとみんなまじめに願ってるものです。

根っこのところを本気で叱ってやることと、頑張った子を本気でほめること、この2本は欠かせません。



「世界に一つだけの花」が世間の共感を得たのは、自分がたった一つの花なんだから、という歌詞に感動したからであるのはもちろんだけど、今の頑張ってる大多数の日本人が、頑張ってる自分を認めてもらえた気がしたから感動したというのが本当だ、と私は考えています。そう言う意味でアノ曲は現代日本人への応援歌だったのではないかと。



自分を高めようと頑張った人、頑張ろうとした人だけが、充実した幸せな人生を得られるのだとおもいます。

今日6歳の次男が、「おかあさん、どうすれば幸せになれるの?」と聞いたので、「できることを頑張ることだよ。」と答えました。「頑張らないと幸せになれないの?」「そうだよ。怠けてばかりいる人には本当の幸せは感じられないんだよ。」



うまくまとまらないけれど。

りうりう*:さんの意見に賛成です。



お誕生日おめでとうございます。

ウチの愛娘と同じ誕生日とは!感激です。

でも「どついたるねん」なんですね?困ったなあ。(笑)
[ 2005/03/24 23:31 ] [ 編集 ]
Re:「ほめるな」? 「叱るな」? ??(03/24)
寝る前にいいお話読みました。

わかる!

花屋の花はエリートですよね。

私もちゃんと子どもたちを「観て」あげられる大人でいたいです。

ここはダメ!ってちゃんと言ってあげたいし・・。

でも、ここは素敵、とも・・。



いろんな方の意見・・とても参考になります。

いくつになっても勉強になることって溢れてますね。

ありがとうございます。
[ 2005/03/24 23:38 ] [ 編集 ]
Re:「ほめるな」? 「叱るな」? ??(03/24)
トラックバックありがとうございました。

りうりうさんの意見は、いつも、

「そうなんだよ!私もそれが言いたかったんだよ!!!」と、わたしの言葉足らずのところを言って下さいます。



「世界に1つだけの花」は、私も大好きな歌だけれど、本当は、真のオンリーワンになるのは、ナンバーワンになるよりずっと難しいかも知れない。かけがえのない人間なんて、本当はいないかも知れない。ただの慰めソングにはなって欲しくないと思っています。



実はこの歌はウチの中学のPTAコーラスが去年、30周年記念式典で歌わせていただいたのです。子どもたちを前に歌うと、本当に、子どもたちの命の愛しさに涙が出そうになりました。

あなた達の命はオンリーワンだからこそ、

その命を大切に

もっと伸びて、

もっと育てと。

「頑張って咲いた花」だけが、「どれもきれい」なのだよと。



もう何十回と歌い込んでいるのですが、

この歌、結構深いとこありますよ。

リズムもメチャクチャ難しいです。

機会があればどーぞ。
[ 2005/03/25 08:27 ] [ 編集 ]
元気なのだから
そうだよねそうですよね、とうなずきながらよみました。

今うまく言えませんが、健康で、(特別じゃないけど普通に)なにかをできる能力のある子供たちには、努力して、自分を高めよう、社会に貢献しよう、という意識を持たせるべき、持つべきですよね。
[ 2005/03/25 09:21 ] [ 編集 ]
「からすたろう」
という本を知っていますか。

八島太郎という人の描いた絵本です。

日本でより海外での評価の方が高く、英語版もあり、

随分昔に描かれたものですが今も市販されています。

子供のありのままを認めるということや、

褒めるということの真の意味がそこにあるように

感じられて、大好きな本のひとつです。

良かったら読んでみて下さい。



でも「世界にひとつだけの花」は好きじゃないです。

うちには、地区で、都で、関東で、全国でNO.1になりたくて

ひたすらあるスポーツに打ち込んでいる息子がいますが、

それが叶わなくて歯を食いしばっている時に

「NO.1じゃなくていいのよ、ONLY ONEなんだから」なんて

口が裂けても言えません。

「頑張ったね」とさえ言えない。

頑張ったことも彼にとっては勝たなければ意味がないから。

ずっとずっと先のいつか、頑張ったことが

人生の糧になっていることに気付くのだと思います。



私達の歳になれば、結局 NO.1=ONLY ONE ってことが

わかります。

でも少年達(うちは青年かな)にはまだ分からなくていい

って思ってしまうのです。

[ 2005/03/25 13:03 ] [ 編集 ]
適当にあしらわれる大人。
あ~さんままさん、子どもたちは、直感で大人の誤魔化しを見抜いてきますよね。



他者に適当にあしらわれることは、とてもショックで情けないことだけれど、

それはきっと、こちらも本気ではなく、

適当な受け流しの積み重ねであった、ということだったのでしょうね。



子どもたちの判定は、いつも深い真理を突いてくるように

思われて仕方のない私です。。。





一生懸命頑張ること、熱くなることが

ダサい、ウザい、クサいと嫌われ、遠ざけられるようになって久しく、

最初は呼びかけても呼びかけても、

自分がまるで外国の言の葉を発しているかのように

妙にしらけて見られたり、顔を背けられたり、

振り向いてもらえない、この言の葉が届かない。



それでも、本気で対峙し続けていれば、

ウザい奴だと横目に眺められながらでも、

子どもたちの心のなかに浸透していき、いつかは真正面で向かい合ってくれる。

それを信じ、「やっぱり、まがい物じゃん」なんて失望させてしまうような

自分でないことを自問し、努力する。





>根っこのところを本気で叱ってやることと、

>頑張った子を本気でほめること、この2本は欠かせません。



その子その子の根っこのところを【本気で】叱る。

その子その子の頑張りを【本気で】褒める。



あ~さんままさんがいつもそういう先生でいらっしゃったからこそ、

産休中の卒業式で、生徒さんたちから声があがり、

サプライズのプレゼントをいただかれたんですね。



   ※エラーが出ましたので2つに分けます。
[ 2005/03/26 02:00 ] [ 編集 ]
現代日本人への応援歌
『世界にひとつだけの花』の歌詞については、

また、改めて日記で取り上げ、じっくり皆さんと語り合ってみたいですね☆

あの歌があれほどヒットしたこと。

それは、あ~さんままさんのおっしゃるように、

しんどい想いをしている私たちみんなの心に響いたからだ、と私も思います。



ただ、私には、

「みんな違って、良いんだよ」というメッセージを放つための

違った花々の発見が「花屋の店先」だったことが、

ちと甘いんではないか、と思われてならなかったのでした。



これが、ベタではありますが、

厳しい今の自然と闘い、寄り添い、それなりに順応して、

道端にひっそりと花を咲かせた小さな草花だったりしたら、

私の「う"~ん」な感想が随分違っていたかなぁと思うのでした。



誕生日への祝福、有難うございます☆☆

あ~さんままさんの愛娘さんと同じ日。

合言葉は「どついたるねん」でございます(^^)v☆

[ 2005/03/26 02:02 ] [ 編集 ]
幾つになっても
こまま1023さん、コメントを有難うございます☆☆



>わかる!

>花屋の花はエリートですよね。



そうなんです。

加えて、いつも綺麗で素敵な花屋さんの店先。

んでも、その裏側のお仕事が、どんなに冷たく、泥まみれで大変か。

そんなようなことも合わせて思っちゃいますので、

単に店先の美しい花々を見て、人間について語られてもなぁあ、、、

なんて、へそ曲がりな私は斜めに思っちゃうのでした。



あ、でもでも。

店先であろうが、何処であろうが、花であろうが何であろうが、

なにかを見たり聞いたりすることによって、

常に心を刺激され、思惟を重ねていくこと、

想いを膨らませ、また収斂させていくこと、

そのような状態に自分をおいておくこと、は、

大事なこと、だと思っておりますです。



>いろんな方の意見・・とても参考になります。

>いくつになっても勉強になることって溢れてますね。



ほんとですね。

私も自分の頭が固~いことに気付かされてばかりです。

まさに、日々、勉強! ……ですね。

[ 2005/03/26 02:26 ] [ 編集 ]
かけがえのない人間は本当はいないかもしれない。
>本当は、真のオンリーワンになるのは、ナンバーワンになるよりずっと難しいかも

>知れない。かけがえのない人間なんて、本当はいないかも知れない。

>ただの慰めソングにはなって欲しくないと思っています。



ひろこ・Kさん、またまた私が食い付いてしまうようなネタを~~~(泣)。



たったひとつでも「歯車」や「ネジ」が壊れたり、

なくなってしまうと、機械は動かない。

でも、その「歯車」や「ネジ」が「規格品」であったなら、

幾らでも「替え」がきき、また何事もなかったように機械は動いていく。



機械が動かなければ社会が回らず、生きていけなくなるから

「規格品」の「歯車」や「ネジ」の量産が求められる。

そのうち、いつも同じでは面白くなくなって、より商品価値を高めるためにも、

材質や機能を高めた、「高級」な「歯車」や「ネジ」も誕生してくる。



でも、機械そのものはなかなか変わらない。進歩しない。

より良い方向を見据え、機械の変革を余儀なくさせていくには、

より進化した「歯車」や「ネジ」の台頭を待たねばならない。。。。



って、書き始めたら、止まらなくなってしまひました。 どうしよう。

これはも少し寝かせて、改めてきちんと書いてみたいと思います。(脂汗)



>「頑張って咲いた花」だけが、「どれもきれい」なのだよと。

本当にそう思います。

みんなみんな。それぞれ違う、きれいな花を咲かせて欲しい。

そのために、ふぁいとふぁいと。



>この歌、結構深いとこありますよ。

>リズムもメチャクチャ難しいです。

ふっふっふ。 こ~んなこと言われちゃうと、メチャクチャ燃えてしまふ。(←子ども)
[ 2005/03/26 03:02 ] [ 編集 ]
RE:元気なのだから
合歓さん、コメント有難うございます☆☆



「元気なのだから」。

ほんと、そうですよね。

「元気でないひと」と「元気である自分」との違いは、「たまたま」。

周囲の方々のお蔭、大いなる恩寵を受けて、

たまたま、元気で生きて在る自分。



病に伏しているひと、交通事故で入院しているひと、

生まれながらの障碍を抱えているひと、ひと。ひと。



そのひとは、私であったかも知れない。

私はたまたま、元気で、たまたま、「五体満足」で生まれてきた。



だったら私は何をすればいい? 何をどう考えればいい?



今、元気でも、明日の自分はわからない。



だったら今、私は何をすればいい? どう生きていけばいい??



というようなこと、日々忘れないで、肝に命じていたい私です。

[ 2005/03/26 03:14 ] [ 編集 ]
RE:「からすたろう」
からすさん、良かった! 来て下さってたんですね。

あれから、多摩市の貝取中学校のCAP導入ケースについて少し学びました。

貝取中は開校して21年。「父母と教職員の会」も発足して17年。

地域の子どもたちを変質者や暴漢から守ろうと立ちあがった保護者の方々の決意、

熱意から、現在のスタッフ制度の導入までの、その計画と経過。

ざっと資料を拝見しただけでも、役員の方々を中心としたもの凄いご努力、労力。

すったもんだ、もストレートに伝わって来て、大汗をかいてしまいました。



どのような学校でも、このような本格的なCAPの導入について、

検討するだけであっても、まさに艱難辛苦の道であろうと痛感しました。

私は、小学校のPTAの講演会で、CAPの活動をグループでしておられる方々に

来ていただき、ちょっとした劇を交えてお話いただいただけです。

その後、育児に関する数冊の本の紹介、即売会とかありまして、

それだけでも、ちょっとモメました。。。。



実際にCAP活動そのものの導入に向け、

役員として動いて来られたからすさんには、

物心ともに、どんなにしんどい毎日をお過ごしだったことでしょう。。。

また、いろいろとお話を聞かせていただけたらな、と

願ってましたので、とても嬉しいです。有難うございました。



  ※ エラーが出ましたので、2つに分けます。
[ 2005/03/26 04:06 ] [ 編集 ]
RE:「からすたろう」2
で、『からすたろう』。



私も大好きな本なんです☆☆

「好き」という簡単な言の葉では言い表せない、私にとって大切な本です。

読み聞かせ、にも、必ずといっていいほど選択される本ですよね。



もしかしたら、からすさんのHNは『からすたろう』から

取っておられたのでしょうか。 だとしたら、凄いなぁあ。



この八島太郎さん、どうして国内で有名ではないか。

戦時中、特高に奥さまとふたりで捕まって拷問を受け、

釈放後は渡米されたから、だそうですね。





>ずっとずっと先のいつか、頑張ったことが

>人生の糧になっていることに気付くのだと思います。



>私達の歳になれば、結局 NO.1=ONLY ONE ってことがわかります。

>でも少年達(うちは青年かな)にはまだ分からなくていいって思ってしまうのです。



全く全く同感です。

嬉しいコメント、本当に有難うございました☆☆



[ 2005/03/26 04:08 ] [ 編集 ]
面白い
読んでいてとても楽しかったです。

SMAPの歌詞や、

「あなたはあなたのままでいい」「もう頑張らなくていい」

に対しての批評。周りでもその「フレーズ」を使っている人がいます。

まるで社交辞令みたいにね。

僕は「頑張ってください」という言葉が嫌いです。

全く他人ならともかく、この言葉ってすごく疎遠な感じを受けるのです。

日本語として間違っている気もしますし。

「今まで頑張らなかった、だからこの状態に陥ったんだ、これはツケだ」みたいなニュアンスにも取れる気がします。って、半分冗談ですけどね
[ 2005/03/26 09:57 ] [ 編集 ]
Re:幾つになっても(03/24)


>なんて、へそ曲がりな私は斜めに思っちゃうのでした。



こままもへそ曲がりです・・

表面上はとっても常識人ですが(笑)。

[ 2005/03/26 12:12 ] [ 編集 ]
RE:面白い
をを>Σ.さん

随分前に書き込ませていただいておりましたのに、

忘れずにお越し下さり、有難うございます☆☆



楽しく読んでいただけて、何よりです。

私も、ずっと心の隅にひっかかってたことでしたので、

今回、ひろこ・Kさんのブログのお蔭で書かせていただくことができ、

随分とすっきり致しました☆



>僕は「頑張ってください」という言葉が嫌いです。

>全く他人ならともかく、この言葉ってすごく疎遠な感じを受けるのです。



「頑張れ」という言の葉は、抑圧された精神状態にある方々にとって

禁句とも言えるべき言の葉のようですね。

だもんで、他者に向ってこの言の葉を発するときは、

それなりの覚悟をもって発する必要があるように思います。



ただ、傍でみていて、

「頑張れ、頑張れ! 傍でずっと見てるから。 応援してるから。 祈ってるから」

とか、

「頑張ってね。 負けないでね。 私も頑張るから…!」

としか言いようのないとき、こころからそう叫びたいときって、

確かにあるんですよ。



だから、「もう頑張らなくていいんだよ」って言の葉もあるのだと思います。

「よくやったよ、凄いよ。 きっとこの苦しみは無駄にならないよ。

 だからもう、自分自身を追い詰めないで。

 どんなにあなたが頑張ったか、私は識ってるから」と。



要は、私が書かせていただいた、「ちゃんと【観て】る言の葉か」

あ~さんままさんの書かれた「【本気】の言の葉か」

Σ.さんの「社交辞令」ではない言の葉なのか、だと思うのですが…。



発し手と受け手のこころのチャンネルが合ってないと、

大いなる誤解、大いなる悲喜劇が数限りなく起こりそうですね。

[ 2005/03/26 17:59 ] [ 編集 ]
へそ曲がり
同志でしたか?(笑)>こまま1023さん



>表面上はとっても常識人ですが(笑)。



わ、私はどうだろ……。

まんまる顔で、取りあえずとっても真面目で

温厚そう??には見えるらしいのですが、

う"~ん。

我が町では、既に「嵐を呼ぶ女」として久しいかも。。。(どよよん)
[ 2005/03/26 18:02 ] [ 編集 ]
Re:「ほめるな」? 「叱るな」? ??(03/24)
遅ればせながら、参加させてください。



最近、SMAPのこの歌を聴いた娘が、

「私はオンリーワンよりもナンバーワンになりたい」

と言ったとき、私は心の中で、

「偉い、よく言った!」

と思いながら、

「そういう気持ちも大切だけど、いろんな考え方の人がいるから、あまり外ではそういった考えは言わないほうがいいよ」

と言ってしまいました。



小3の国語で金子みすずの詩‘わたしと小鳥とすずと」を学習したときも、学習発表会でSMAPのこの歌を歌ったときもそうでしたが、昨今の、ただ褒めることによって子どもの良いところを伸ばしましょうという教育に疑問を持っていた私に、りうりう**さんのこの日記はとってもタイムリーでした。

「ナンバーワンにならなくてもいい」なんて思っていないってことを、声高らかにいえない雰囲気が今の学校教育にはあると思います。

だから娘がナンバーワンになりたいと言ったときにあんなことを言ってしまったんです。

りうりう**さんの日記と皆さんのコメントを読んで、あの時取り繕った自分を後悔しています。

今の時代、悲しいかな叱咤激励して伸びる子どもはほとんどいないと先生は言われるけど、私は我が子にはそうであってほしい、そういう子どもに育てたいと思ってます。

我が子すら、叱らない、叱れない親が多いのに、間違ったことをしているよそ様の子を叱れないもどかしさ。

気づいている教師ですら、注意しないのですから。

いけないことに目をつぶり、良いところを必死で探してほめることによって、果たして子ども達は伸びていくんでしょうか?

それが個性を認めることになるんでしょうか?



なんだか言いたいことがうまく表現できませんが、本当に私にとってタイムリーな話題だったので・・・。
[ 2005/03/26 21:29 ] [ 編集 ]
私はおだてられて努力するタイプ(笑)
arue718さん、ご参加、有難うございます☆☆



私は、褒める、ことは大事だと思っています。

ひとりひとりを【本気で】褒めようとすれば、

ひとりひとりの特性をしっかり観なければできないことですから。



誰しも、認められたい。

自分が自分で在ることをしっかり認めて、そしてできれば褒めて欲しい。



私などは、褒められると、自分がそうでないことを自覚しているもんで、

とても恥ずかしくなっちゃって、

逆に謙虚になって、あぁ頑張らなければ!と思うタイプです。

おだてられると木に登り、自分の限界以上のことが

気がつくと周囲の方々の応援やご助力によって、クリアできたりして。

私は、とても意地っ張りなツッパリ型なので、

正面からガツンとヤられると、そっぽを向いてしまう困ったちゃんです。



しかし!!

『褒めるだけで良いのか』っていう問題は残りますですよね。



「(やるからには)ナンバーワンを目指したい!」という素朴な決意が

胸を張って堂々と宣言できないような雰囲気が何故にあるのか、と考えました。



「ナンバーワン」という目標は、とても具体的で頑張りがいもあるものです。

そして、各自の主観によって点数のつきにくい芸術部門などとは違い、

学業においては1点を争う、とてもとてもシビアなもの。

「ナンバーワン」という言の葉に、

ナンバーワンになれなかった「その他大勢」の価値を全く認めない、、、と

いったような意味合いを持たせるから、きっと複雑になってくるんでしょうね。



そして、「なりふりかまわず、他人を蹴落としてこそ」といったダークな意味合いや、

学校においては、主に点数としてはっきりする「学業成績」について

「ナンバーワン」が語られやすいため、弊害の方が大きいと。



※ エラーが出ましたので2つに分けます。
[ 2005/03/27 20:23 ] [ 編集 ]
学校において、「ナンバーワン」を目指すということ
arue718さん

学校において、「ナンバーワン」を目指すことにあたり、

いろんな分野に「ナンバーワン」がある、ということ。

様々な分野で「ナンバーワン」に輝く子どもの努力、

その蔭で、支え合い、励まし合う子どもたちの存在の尊さ。。。

みんなが踏まえておかなきゃならないことって、たくさんあるような気が致しますですね。





私自身は、学校は、子どもたちが社会へ出る前段階としての

ひととして、集団として、さまざまなルールを肌身で識るところ、だと考えてます。

そのなかで、学習する喜び、発見する喜び、小集団で行動し、学習し、

成果に向けて皆で努力する喜び、今まで知らなかった自分自身の隠れた可能性を

発見するところだと。



だもんで、学業に関しては、先生の適切なご指導、

ご助言は勿論必要ですが、

基礎的ないわゆる学力以上のものは、各家庭が各々、

我が子の適性に添って塾等々で付加していければいいのではないかぁ、と。



極端なお話ですが、実際のところ、塾へ行くために掃除をさぼったり、

文化祭の作業、練習をさぼって、

歪んだナンバーワンを取りに走る子どもたちは言語道断だと感じています。



自分自身や我が子を他者と比べるのは避けたい。

「あの子よりはマシ」みたいな、結果的に他者を貶めることで

自己存在を確認するようなことはやめたい。

あくまで自分が自分の目標を定め、そこへ向けて頑張る、と

いう形でありたい、と願うのですが。。。。。難しいですね。





しっかり子どもたちを見つめ、

しっかり褒め、しっかり叱ることのできる大人でありたい、と努力の日々です。

[ 2005/03/27 20:36 ] [ 編集 ]
Re:「ほめるな」? 「叱るな」? ??(03/24)
私も同感です。主人はスマップのこの歌嫌いやと言います。負け犬の声にしか聞こえないと・・・・

まぁ聞きようによっては 心地よい言葉が並んでますが

こんな事社会で通用しませんよね



競争や頑張る事 踏ん張る事で得る物は山ほどある



過保護でよい社会 人間が育つとは思えません
[ 2005/05/06 06:36 ] [ 編集 ]
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