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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

葬儀から一夜明けて。






忘れないために記しておく。



義父の通夜、葬儀とも、近くの自治会館をお借りして営んだ。

駐車場もなく、狭くて古くて、使い勝手のよくない義父母宅で営む、
という最悪の事態を回避できて、助かったのだが。
やはり、それなりに大変だった。


料金は、1日1万円(冷暖房・光熱費込み)。
よって、2日間で2万円である。

但し、当然のことながら、使用前の状態に戻さなくてはならない。

葬儀の翌朝、7時に集合して、大掃除、というのには参った。


公民館内外の掃除の仕上げとして、外は公民館周りから駐車場まで。

内は、長机類をチェックし、畳を1枚1枚乾拭きし、
廊下、台所床を水拭きし、
使用した湯呑みやお椀、皿などの最終チェック。
生ゴミ、紙ゴミなどの完全持ち帰り。

トイレも床まで磨き、靴箱は水拭き。

葬儀後に、ざっと講や隣保の方々がして下さってたのだが
最終は使用者が責任もって、大掃除をしなくてはならないのである。


行ってみると、私たち遺族のほかに、
講頭、隣保頭、本家のご主人ご夫婦が手伝いに来て下さっており、
非常に恐縮した。

ここまで、講や隣保の方々にお世話になるのなら、
(皆にとって)自宅が楽なのか、公民館利用が楽なのか、判らなくなってくる。


  ◆ ◆ ◆


義父母は、「講」で共同の祭壇を購入していたため、
通夜の時間までに、講の方々が祭壇を組んで下さった。

 「 それだけでは、余りにみすぼらしい、ふうが悪い 」

との、お願いした地元の葬儀屋さんの言により、
派手でないよう、華美でないよう、適当に照明と生花等を足していただく。


何かと講とのかねあい、調整に、こころを砕く。


通夜の晩は、公民館へ義母宅の毛布を持ち込み、
我が家の少年たちと夫と私、次義兄のつれあいさんの5人で義父の夜伽をした。


最近は夜伽用の蝋燭、線香ができていたのに、目を見張る。

蝋燭は、そうしたタイプのアロマキャンドルを私自身持っているので
驚くほどのこともなかったのだが、それでも形が蓮の花だったのには唸る。

そして、線香。

細~くて小さくて、上品な?蚊取り線香のようにぐるぐる巻きの線香で、
ぶら下げるようになっており、三角錐のような形で渦巻いている。

小さなものなのに、これで1晩持つのである。 凄い。


父の時には、蝋燭と線香を絶やしてはならないと、
一晩中起きて夜伽をし、泣いて、泣き疲れたものだったのだが。



無事、夜伽を終え、葬儀を終え、
葬儀屋さんは、自分たちのものを持って引き上げ、
講の方々は祭壇を取り払い、男性だけで、祭壇を倉庫へ収められる。
女性陣は、後片付けをし、掃除をされる。


私たちは、できるだけ隣保、講の方々の手を煩わせたくなかったために、
葬儀の日の昼食は精進の幕の内を取って、皆さんにお配りしたが、
通夜の夜、葬儀の朝は、隣保と講で、どうしても、ということで、
おにぎり、お煮しめ、お味噌汁を大量につくって下さった。
帳場も、講と隣保の男性陣が、しっかり守って下さった。

そして使用後の掃除。。。

やはり多大なお世話になったのである。


古く昔から、助け合いの精神で、互いに支え合って来られたのだけれど、
それはそれで、大変気を遣い、
様々なできごとに責任を感じさせられ、消耗した。

今の時代、葬儀での講、隣保。
講が違えば、慣習も暗黙ルールも異なり、
同じ構内でも、それぞれ料理のイエの流儀が異なり。

あちらこちらでぶつかっては、ひそひそと冷戦状態が始まる。


講や隣保は、本当に本当に必要なのだろうか。

これからもずっと。 続いていくものなのだろうか。

私たちを含め、若いひとたちはこれをきちんと受け継ぐことができるのか?
(私には無理)

ペン?





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[ 2005/11/15 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(14)
りうりうさんに無理では
…私なんぞではさらに無理だぁぁぁぁ(エコー)



夫の葬儀の時は近所の葬儀ホールを利用しました。

私たちのところも田舎ですが、実家のような農家ではないので、自宅から葬式をという因習は感じずに済みました。

葬儀全般、業者が手配してくれたので、何も分からない私はとても助かりました。

実際、それどころではなかったので。(頭の中パニックでしたし)



実家では農家組合なる、りうりうさんのところの「隣保」のような組織が息づいていて、葬儀の時は多大に助け合います。

んで、やっぱり小さな冷戦が。

うわさ話のひそひそが。

ドラマチックな田舎を演出しています。

私もこういうのには付いていけない………あ~やだやだ。
[ 2005/12/27 23:53 ] [ 編集 ]
う~ん、大変だったのねぇ。
おはようございます。

私の実家の方も、お講や隣組があります。

りうりうさんの大変さ、想像がつきます。

うちの両親は、家から出して欲しいと、希望をもっています。

でも、私の弟一家は、実家と折り合いが悪く、

全然交流がないです。

だから、両親は、私に頼んできます、ちゃんとやってね、って。

だからって、喪主は、弟になるだろうし・・・ねぇ・・・



今は、お伽の料理も、し出しをとったりしていますから、

随分ラクには、なったと思います。

代が替われば、だんだん省略されていくと思います。

でも、りうりうさんは、これだけしていただいたとなると、

もしもの時に、お手伝いに行かなくてはならないのね。

う~ん、自分の子どもたちの代になったら、

葬儀会館で執り行えるような時代の流れになると思うよ。



宗派、違うのかなぁ、

うちの方では、そのあとに、お礼の接待があるんだけどね。
[ 2005/12/28 08:19 ] [ 編集 ]
Re:葬儀から一夜明けて。(11/15)
 結局、古い考え方がはびこっていると言うことなのではないでしょうか。我が家が一番!と思っていて、他に対して否定的、批判的な考え方。そういう考え方がある限り、どんな単位で何をやっても、面白く行くことはないと思います。

 それぞれに、それぞれの思いがあって、現実があるので、その思いを尊重する気持ちを等しく持てれば、家庭文化の交流の場は、もっともっと素晴らしくなると思うのですがね。

 うちの近所にもいらっしゃいますよ。何かと言うと批判的で否定的な方。また、そういう方に限って、イニシアティブを取りたがるんです。
[ 2005/12/28 08:33 ] [ 編集 ]
Re:りうりうさんに無理では(11/15)
ぃやはや>あ~さんままさん

この地には、葬儀ホールがないですからね(泣)。

まだまだ公民館使用も異端視される空気。

自宅でするのが当たり前のお土地柄です。



義母など、それを見越して、そのために、台所や風呂場をリフォームしたんですから。

(ひとさまがわっと来られて、全部を見られ、ずっと口の端にのぼらされるため)



この講、隣保については、転居してまもなく、痛烈な洗礼を受けました。

「ご近所のおばあさまが亡くなられたからすぐに戻れ」と勤務先に電話があり、

それから、そのお宅の家具を動かし、掃除をして、祭壇を組み、それからずーーーっとおさんどん。

新参者は言われる通りに動くのだけれど、船頭さんがたくさんいらっしゃるので、

大根の切り方ひとつ、ご飯のよそおい方ひとつ、ひとによって指示が違い、

あちらで怒鳴られ、こちらで呆れられ、謗られ、泣くような想いでした。

そのお宅中を皆が全部開けて首をつっこみ、衣類から、家具から、食器から。

お茶の種類から批評されるのには、いたたまれませんでした。



そして、これは10年経っても、まだちっとも変わらない。

むしろ10年分のそれぞれの遺恨が積み重なっていくだけ。



はぅぅ。

これが、「ドラマちっくな田舎」なんですねぇ。



地縁血縁で雁字搦め。

そのひと、そのひとを見ようとしない。

不都合は全部、血のせい、よそ者の嫁の持ち込む因縁のせい。



あーーーーー。 私、こゆの大々々々嫌いなんですぅうぅぅ。

(以前『田舎』の変容考として2月25日の日記に書きました。

http://plaza.rakuten.co.jp/ryu2smilingly/diary/200502250000/



むしろ「お仕事」として、事務的に、でも丁重に、すとすとと遺漏なく進めて下さる

良心的な葬儀社さんの方が、数段良い、と感じています。

[ 2005/12/28 08:41 ] [ 編集 ]
Re:う~ん、大変だったのねぇ。(11/15)
御礼の接待もありましたとも>OMITAさん



義父を荼毘にふして、骨上げまでの時間、

お手伝い下さった講や隣保の方々を接待致しました。

折や白砂糖等々お土産も持って帰っていただきます。



 > でも、りうりうさんは、これだけしていただいたとなると、

 > もしもの時に、お手伝いに行かなくてはならないのね。



ぃや、逆に、夫の実家では、これまで不幸がなかったために、

ずっとお世話を「してきた側」だったのです。



この10年、私は平均年に4回は出て来たと思います。

その度に繰り返されるあの場面が判るから、この度初めて「される側」になって、

様々な責任を感じ、恐縮至極であったのでした。



夫の実家が分家として独立して60年。

ずっとお世話をしてきた側だったので、これだけの方々が、

「うちは自治会館で営みます。 仕出しもとります。

 お手伝いいただかなくて大丈夫です」

と丁重にお断りしたのにもかかわらず、こういうことになってしまいました。



で、また、今度は私たちがお返ししていかないとならないんですよね。。。無限ループ。



 > う~ん、自分の子どもたちの代になったら、



くぅ。

夫にもエンディングノートを書かせよう。

少年たちは、もうこの地には戻らないと思うなぁ。。。

[ 2005/12/28 08:54 ] [ 編集 ]
Re:葬儀から一夜明けて。(11/15)
最近はこの辺りでも自宅での葬儀をする御宅はほとんどなくなりました。

参列する側も 遺族側も楽といえば楽。

隣保のお手伝いも受付だけであとは無いですし。。。

ちょっと前までは自宅での葬儀が多く その家に隣保の人たちがお手伝い。

女の間では その家の台所事情をヒソヒソなんてこともあったみたい。(大きなお世話だ)

自宅での葬儀の場合 家の者が隣保に来ていただき前に大掃除。(これも変な話だと思う)

隣保のそうしたお付き合いはとても大変で面倒だと思うけど やっぱり助け合いって大事だとも思う。

ワタシが住んでいるところは比較的新しい地域。

口うるさいのは全くありません。

だけど その分 情もないかも。。。
[ 2005/12/28 11:32 ] [ 編集 ]
Re:葬儀から一夜明けて。(11/15)
あわあわあわ…本当にお疲れ様でした。今住んでいるところでも葬儀会館ですし、両親のときも本当に楽でした。近い将来帰らねばならないはずの地ではゼッタイ自宅であることを思い、今から心臓がばくばくしてきました(滝汗)
[ 2005/12/28 17:04 ] [ 編集 ]
Re:葬儀から一夜明けて。(11/15)
うちはもともと宗教上葬儀のお手伝いはあまりできません。

そういうわけで、隣組の方々の手をわずらわせないように今回の葬儀は行われました。

その分、総代さんには大変お世話になりましたが・・・。

とはいえ、総代さんが集まるとどうしてもお茶だしとかの仕事があるので、結局お隣の方にはとってもお世話になりました。

義母の普段からのお付き合いのおかげで、快く仕事してくださってありがたいと思いました。

しかし、私の代になってここまでのお付き合いが続けられるかは実は非常に不安です(>_<)



[ 2005/12/28 17:11 ] [ 編集 ]
Re:葬儀から一夜明けて。(11/15)
全て斎場の人にお任せ~

プロのヤル事に間違いなし!?

親族も納得して口出さずいいお式でした

若い人は(自分もこみ)風習も習慣も知らないも~ん

[ 2005/12/28 18:49 ] [ 編集 ]
温故知新
さきさん0208さん



 > 結局、古い考え方がはびこっていると言うことなのではないでしょうか。



「古い考え」というより、さきさんが書かれたその後の部分。

【きく耳を持たない】【他者の存在様式を認めようとしない頑迷さ】【無神経さ】

が全ての元凶かと。



> それぞれに、それぞれの思いがあって、現実があるので、その思いを尊重する気持ちを等しく持てれば、家庭文化の交流の場は、もっともっと素晴らしくなると思うのですがね。



おっしゃる通りだと思います。

年に何度も何度もそういう場があるのに、「交流」にはほど遠く、

イエとイエの確執を積み重ねていくばかりなのは、上記のようなヘンなプライド、

自分(たち)と異なる様式、異なる考え方を異質なものとして嗤いものにしたり、

排除しようとする空気だと感じています。



私たち新参者、若いもん、もまた古参者、ご年配の方々に生活の智恵として、

何事もまずは「習う姿勢、学ぶ姿勢」が必要だもと感じてはいるのですが。



、、、しかし、あの、講や隣保で実権を握る方々の、

ひとをひととも思わぬ傲岸不遜な無神経さ、決め付けには、、いつも辟易しています。。。

[ 2005/12/29 09:21 ] [ 編集 ]
究極の選択
ぅん。。。>tiara_pittさん

以前、かいちょーさんと何度かお話したことがあるのですが、

●徹底したムラ社会 と、●徹底して他人に無関心な都会 と。

究極の選択を迫られれば、私は迷うことなく、コンクリート砂漠を選びますです。



コンクリート砂漠のなかで努力し、やっさもっさしながら。

ちょっとずつちょっとずつ語りあえるひとを見つけ、手を繋ぎ、

『人間ってまだまだ捨てたもんぢゃないしぃ』という喜びを見つけていきたい。



互いのプライベートを尊重しあうのが大前提として、

そのうえで困っておられる近隣の方々に、当然のこととして、互いに手を差し伸べる。

恩やら義理やらのこころでなく、互いができる範囲でできる形で協力しあう。



【プライベート】の確保。

ただ、それだけを願うのに、この地では在り得ません。

ひとと同じ時間に掃除をし、洗濯をし、布団を干して。

仕事は何で、何曜日は何時から何時まで勤務し、○日は△の用事で□へ出かける、、、。

近隣の方々へ、何もかもさらけ出さねば「可愛らしゅうない!」と言われ、

忌避されるようになる。



こんなムラ社会は嫌ですぅぅ(T_T)。

互いのプライバシーを共有し合わないと、「情け」はなくなっちゃうんでしょうか。

「だったら、いらん!!」と叫び出しそうになりますですよーーー。
[ 2005/12/29 09:23 ] [ 編集 ]
帰省までに。
ぅぐぐぅ>tarantini78さん

tarantini78さんご一家の帰省までに、時代が流れていると良いですね。



ひとつ、有難いことは、

「あのお嫁さんは、ところのひとでない(旅のひとだ)から仕方ない」と

最初のうちは、比較的鷹揚なこころでお許しいただける場合が多い、ということです。



しかし、その分、たくさんの目でしっかり観察されてますから、

「私、判りませーん。 教えて下さーい(にっこり)」のぶりぶりッ子は、

2回目位までしか通用しません(経験談)。

下手をすると、自分自身の実家や故郷を悪く思われたり、評判を下げることになりますので、

気をつけましょう。。。。orz....

[ 2005/12/29 09:39 ] [ 編集 ]
「別格」ということ
ぴぴずさんちは、神社の宮司さんでいらっしゃいますからね。

やはり、いろんな意味での別格でいらっしゃろうかと拝察致しますですよ。



旧く昔からのひとびとの無条件の敬意に対し、

現代に生きる皆さんが、それにお応えになろうと、ご一家でご努力なさり、

おつとめをきちんきちんと果たされているお姿に、

私は、近隣の由緒ある大きな神社の情けないなれの果てを毎日見せ付けられながら、

「この違いってばどーよ!!」と感じ入っております。



 > 義母の普段からのお付き合いのおかげで、快く仕事してくださってありがたいと思いました。

 > しかし、私の代になってここまでのお付き合いが続けられるかは実は非常に不安です(>_<)



だいぢゃぶ、だいぢゃぶ☆☆

ぴぴずさんが今感じていらっしゃる「有難いなぁ」というお気持ちが、お消えにならない限り。

折に触れ、感謝のお気持ちを言の葉にのせ、隣家の方々と接っせられる限り。

それが、きっとお義母さまの「普段からのお付き合い」でいらっしゃるかと思いますです^^*☆

[ 2005/12/30 08:28 ] [ 編集 ]
いいお式。
何よりでいらっしゃいましたですね>そらしどママさん



私も、これまで手伝う側として関わってきたお通夜・ご葬儀のなかでは、

表立ったトラブルの全くない、良いお式をさせていただいた、と感謝しています。

それでもね、、、、やっぱり大変だった。。。



 > 若い人は(自分もこみ)風習も習慣も知らないも~ん



そそそ。 こんな場では、私たちもまだまだ「若いもん」なんですよね。

[ 2005/12/30 08:32 ] [ 編集 ]
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