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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

お仏壇物語




夫の実家のお仏壇は、
縁在って、何代か前の町長さん宅のお下がりをいただいた由にて、
百数十年を経た、大きな立派なものである。

しかし、元々?手入れが余りなされておらず、
古い家の普請の歪みにも呼応して、
数年前から、お仏壇の天井部分が崩れかけて来ていた。

修理に出すとしても、金箔も漆も剥げた部分が多く、
何百万単位となりそうなのは、素人目でも判る。

加えて、仏間には、常に隙間風が入ってくるために、灯明がすぐに消える。

義母はこれらのことを、ずっと苦にして来た。


そして、2年前に難病に倒れて以来、
義母は、お仏壇を買い替えようとこころに固く決めていたようである。


先日、親類の大きな法事があり、参列して
金ピカのお仏壇を目の当たりにした、義母のこころに火がついた。


このお仏壇を大切にして来た義父や、
宗教的儀礼は ナンセンスだと思う義兄たちの反対を予測し、
それに対決していくために、「 りうりうちゃんとも相談したんじゃが 」 と言うため、
連日、私の 【 賛成 】 言質を取ろうと、日に何時間も粘られる。



私が 万一、義母に言質を取られたら、
義兄たちと対立する形になってしまうのが怖く、

何度も何度も
「 私では判りません。 おにいさんたちと、相談なさって下さい 」と言うのだが、
義母は一切聞く耳を持たない。 しょんぼり

私が NOと言う度に、
  
  仏壇が 今にも崩れそう。
  お供え物をきちんと供えられない。
  ろうそくの火が消える、電気のろうそくがいい。
  死んでから、この仏壇の前で毎回お経を上げられるのはさえん、ふうが悪い。
  あんたもそう思うじゃろう?     に 対して

    ↓

  崩れないように、金具で補強できる。
  お供え物は、脇に小さな机を置けば、きれいに飾れる。
  電気のろうそくだけを買える。
  敷物を変えて、磨けば、まだまだ見事な仏壇だ。
 と 答える私。

何度も何度も繰り返される、この無限ループ。 



そのうち、

「 あんたには判るまいが、死に支度は、何かと大変なんじゃ。
  今からきちんとしとかんにゃ、死んでも死に切れん。
  こんな仏壇で、ひとに参って欲しゅうない。
  おとうさんはあてにはならんし、ここで決めるんじゃ。
  まずは仏壇からよ 」 ( お墓も待っている )

となって、私が ぐぐっと詰まる。

連日の義母の攻めには、私もぐったり疲れてしまい、
段々と、仏壇も院号も、欲しいのは義母であり、買うのも義母。
それで、義母の魂が安らぐなら、
三男嫁の私が 「 NO 」 という権利はない。

もう、どーでもいーや、という気になってくる。 


しかし、義母の次の一声で、ショックの余り涙が出そうになる。


「 新しい仏壇は、おとうさんと私が死んだら、
  あんたの家で守って貰わんにゃならんけん、仏間の寸法を今そこで測りんさい 」


げぇ~~ん。



信心深い夫の両親に全く影響を受けず、3人の息子たちは、見事に無宗教。
夫など、結婚のときに宗派を訊ねたら、「 知らん 」 と答えた(驚愕)。

私は逆に、信心深い両親の影響を受け、
宗教というものに多大な興味を持っていた。


私にとって、決定的だったのは、
中学時代に遠藤周作氏の 『 沈黙 』 に出逢ったことである。
遠藤氏の描く、無力なイエスに惹かれ、
父と一戦交える覚悟で、洗礼を受けたい、と申し出た。

勉学を重ね、僧籍を持つほどであった父は、
自分を論破できたら洗礼を受けてもよい、と答え、
ならば、父を超えてみせよう、と、私も懸命に勉学したものである(無謀)。

私は、神とか仏とかいう存在を信じてはいないが、
大きななにものかに、常に生かされている、という感はずっと持ち続け、
宗教社会学を学び、大学4年間の夏を京都に過ごし、
ある宗派の原点回帰運動について、卒論を書き上げた。


だもんで、私のなかには、
幾つかの特定宗派に対するこだわり、が厳然として在る。

夫の実家は、その、私の余り好きでない宗派であった。
結婚時は、夫が無宗派であったこともあり、
それが余り深く関わって来ることもあるまいと想い、
お気楽に過ごしてきたが、この地に転居するにあたり、
無視できないものになって来た。


少年たちには、その宗派のお数珠を買い与えられ、
その宗派の経文を読ませられる。

その都度、私は、実家の宗派の経文が恋しくてならない。
毎夜、お仏壇に手を合わせ、家族で読経してきたのである。
私は、未だに空で幾つもの経文をあげることができる。


ともあれ、夫の実家の宗派のお仏壇が、我が家に来る??

嫌だもーん。





しかし、この週末に長義兄が帰省して来たために急転直下。


あれやこれやとあって、ついに義母の粘り勝ち。
長義兄が 「 もう 好きにしんさい 」 と 匙を投げた、とも言う。

本日、義母は意気揚揚と私を従え、
私のバレーのチームメイトの婚家である仏壇屋さんへ行き、
お友だち価格でかなり安くしていただいて、
本日めでたく?購入なさいました。


11日の大安吉日に、入佛式。

お坊さまやお膳の手配、お披露目、手土産その他、忙しくなります。。。。。。。。。。。。。



号泣



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ジャンル : 心と身体
テーマ : 心と宗教

タグ : 仏壇 仏壇買い替え 死に支度 宗教 入佛式 入仏式

仏壇・・・
うぅ・・・・

書いていたら長くなってしまったので、

トラックバックいただいて帰ります・・・。
[ 2005/10/06 04:58 ] [ 編集 ]
Re:お仏壇物語(10/05)
大変ですねえ・・・・

ウチの主人の実家は浄土真宗だけれど

義母はものすごく熱心なクリスチャンホームに育って、

結局洗礼を受けないまま嫁いだので

一生懸命3回忌やら7回忌やらの行事をこなしていますが

何だかこれって変ですよね。

嫁いだらそっちの家の宗教にはいるって・・・

しかし、ヒトゴトではないのかな。

嫁の自覚ゼロのワタクシです。

[ 2005/10/06 06:34 ] [ 編集 ]
お墓関係てむずかしい
何々家之墓。で一括り。何だか嫌だなって思うのは私だけかしら?



主人の家は両親とも宗教心ゼロ。でも・・とかいうのでどこぞにお墓を買ったらしい。

「行く行くはusakoさんもね」って言われたとき何だかギョッっとしたのを覚えている。

仏壇もそうよね。はーーん・・・ため息。
[ 2005/10/06 07:37 ] [ 編集 ]
Re:お仏壇物語(10/05)
仏壇だけで、お披露目の会合かえ?

はぁ・・・はぁ・・・



[ 2005/10/06 08:14 ] [ 編集 ]
Re:お仏壇物語(10/05)
 なぁ~る。他でもない、私の実家はお寺でございまして、嫁いだこの家は違う宗派。義父なき今、義母は、自分亡き後、嫁の私がこの家の宗派を改宗するのでは?と幾分心配しているようです。

 そんな中、私は、不出来で不信心な寺の次女と自らを名乗るように、毎日仏壇に手を合わせることもなく、ただ、義母が出掛けて不在の時、お灯明だけは欠かしてはならない、程度のいい加減さで過ごしております。

 ですから、我が家を実家の宗派に、是が非でも改宗せねば!とは毛頭思っておらず、ただ、改宗しなければ、実家の両親は寂しがるだろうな、と思うくらいで、日々過ごしています。



 宗教、信仰って、その目的が何かを考える時、まずは「心の平安」だと思っています。なのに、その信仰がもとで、社会的戦争が起こったり、家庭内戦争が起こったりするのは、絶対理不尽ですよ。何事も、成り行きに任せるべきです。レットイットビー。これしかない。



 それで出た結果に文句は言わない。文句を言うとすれば、テロ行為など、その信仰が他に危害を加えるような場合のみです。それ以外に神仏の上下はない、と言うのが私の考えです。



 とても不埒な考えですが、お供え物をする、お金で供養を積む。どの仏に積んでも同じならば、何かの足しになればと、実家のお寺へ積もうかな、と言うくらいです。

 もう一つ言えば、我が家の旦那寺の住職は、とてつもなくマージャンが好きで、日永一日雀荘へ入り浸っていらっしゃる日もあるとか。そんな話を聴くにつけ、「仏神に帰依する者べからざる輩!」この気持ちも汲み置いて頂ければと思うところです。
[ 2005/10/06 08:43 ] [ 編集 ]
Re:お仏壇物語(10/05)
義父の葬儀が無宗教でよかった・・・。

お参りに来てくださる方はそれぞれご自分の形で祈ってくださいます。お経をあげてくださる方もいれば、聖句を唱えてくださる方も。

でもでも、義母に「あなたもここにはいるのよ」とお墓で言われたし、先日買ったお仏壇も「あなたのところに移したらどこに置く?」と聞かれ・・・。

私、散骨希望だから、夫より長生きしなくちゃ。

あの世で叱られるかな(ションボリ)。

でもお仏壇お披露目式はなかったです。ウチに置くことを考えて小さめのものにしてくださったので・・・(ありがたや~)。
[ 2005/10/06 08:45 ] [ 編集 ]
Re:お仏壇物語(10/05)
りうりう*さんのおうちには、

そんなにりっぱなお仏壇がある(さらにりっぱな新品も!)のですね。

でもって、お仏壇を買うのにもいろいろ儀式があるというのも

初めて知りました。(私の実家はカトリックです)



うちも、表立って揉めてはいないけれど…

主人の祖母はプロテスタントで、

「○○家の墓(神道)には入りたくない」とか、

私の祖父(禅宗)は、

長男の嫁(創価学会)にお墓を見てもらうのはヤダとか、

ぶすぶすとくすぶるものがあります…。

両親叔父叔母が集まると、

100歳前後の人たちと揉めるのは…、と言いつつ

やはり今後のことで不穏な空気が流れるひと時があります。



先祖をだいじにする気持ちは大切だけど、

お仏壇やら、宗教やらは、回りから強制されず

自分の心の支えになるものを選びたいなぁと思う今日この頃です。

[ 2005/10/06 08:57 ] [ 編集 ]
トラックバックを有難うございました!
rain27jpさん、有難う☆☆

後でrain27jpさんちにお邪魔にあがりますね。



おかあさんがお元気なうちに、しっかり想いを聞いてあげて下さいませ。。。



>うぅ・・・・

>書いていたら長くなってしまったので、

>トラックバックいただいて帰ります・・・。

- - - - -

[ 2005/10/06 12:14 ] [ 編集 ]
嫁の自覚
私も>ひろこ・Kさん



「妻」の自覚さえないのに(爆)、

「嫁」の自覚なんて、んなものは、ぐるぐると簀巻きにして、

瀬戸内の海深く沈めてしまいたいのですが、実際にこの地に在ると、雁字搦めです。



こころだけは自由でいたい。

しかし、その為に踏まねばならん、踏絵の多いこと、痛いこと。



温故知新の精神で在りたいと、常々想ってはおりますが、

疲れ果て、投げやりになってしまう けふ このごろ。

[ 2005/10/06 12:18 ] [ 編集 ]
お墓。
usakoppi。さん



 > 何々家之墓。で一括り。何だか嫌だなって思うのは私だけかしら?



何だか、嫌、ですよねーー?

私たちは「家」に「嫁して」来た訳ではないですもん。



「お墓」に対する実家の父のこだわりとずっと観て来たし、

散骨を願うひとたちも身近で観て来たし、実際、夫は散骨派です。



しかぁし、お浄土や来世にこころ馳せるひと。

神仏の御許での魂の平安を願うひと。

死してなお、お墓のなかでの一族の結束、平安を願うひと。。。。

それぞれに想いが在り、願いが在り、祈りがあって。



それを無下にはしたくないし、尊重したいと想う。

んでも、それに私自身がずっと縛られていくのは、、、、辛いです。



「縛られる」と考えず、こころのなかで常に自由であればよい、と想いますが、

【物理的に】制約され、縛られているのは事実。



お仏壇騒動がとりあえず?義母の圧倒的勝利に終わり、さて、次はお墓です。。。orz....

[ 2005/10/06 12:25 ] [ 編集 ]
Re:お仏壇物語(10/05)
む、胸が痛い…。お義兄様、よろしくお願いしますね!と熨しつけて差し上げたいですね(号泣)
[ 2005/10/06 12:27 ] [ 編集 ]
お披露目
はぃな>@弥々さん



お仏壇は、イエの象徴でもあるんでしょうね?



これまでは、どんなにボロボロのお仏壇でも

【何代か前の町長さんちのおさがり】ということに重きを置き、自分自身を納得させ、

有難がっていた義母です。



なにか何処かで「見栄」「体裁」なにおいがぷんぷんで、素直なこころになりきれず、

いやぁな気分満載です。



大安吉日でも平日なので、義兄たちはとても来れないとは思うのですが、

とりあえず召集はかかりますし、一族縁者、近隣の方々にも。。。orz....

[ 2005/10/06 12:32 ] [ 編集 ]
神仏の上下
メッセージをありがと☆>さきさん0208さん

おっしゃること、とっても良く判ります。



自分が今、生かされて在ることに、手を合わせて感謝できるこころ。

何か大きなものに懼れを抱くことのできるこころ。

何かに向けて祈るこころは、万国共通のものである、と学んで来た私は思っています。



どんな宗教であれ、結局はひとである。とも。



大学時代の私の友人の婚家が、

婚前に3日3晩精進潔斎をし、素裸の上に白い薄衣一枚で集まってきた一族郎党の前で、

入信を許可して貰えるまで、ひとりひとりに挨拶して回らねばならない、といった、

とんでもない宗教で、とても苦労し、結果3人のお子を抱えて離婚したのを観て来ました。



そんなことを思えば、同じ仏教の流れを汲む宗派。

何処でどう手を合わせても、祈るこころは同じ。と思って来ました。



私の父の祥月命日がお盆であるため、実家に帰れずとも、ここで手を合わせれば、

実家で手を合わせるのと同じと思って来ました。



結局はひと。



で、私は夫の実家の宗派のみならず、そのお坊さまの在り方も嫌なのです。

「金」「金」「金」。

そのお坊さまを目にする度、私の実家の真摯なお坊さまが恋しくてなりません。



 > 何事も、成り行きに任せるべきです。レットイットビー。これしかない。

 > それで出た結果に文句は言わない。文句を言うとすれば、テロ行為など、その信仰が他に危害を加えるような場合のみです。それ以外に神仏の上下はない、



以前も、さきさんのそうしたお考えは、伺ったことがあり、

以来、皆を尊重され、誰も傷つかず、苦しまない。

且つ、とても合理的なお考えで、さすが、と思わせていただいています。

もっと私もこころを自由にしなくては、と思うのですが、、、、

やはり、今回のお仏壇を我が家にお迎えせねばならない、ということは、不本意です。

(でも、もうほぼ諦めたけど)

[ 2005/10/06 12:52 ] [ 編集 ]
無宗教のご葬儀
しっかり読ませていただいてましたですよ>ゆうやけぐもさん



お義父さまを取り巻く、様々なひとの想いが交錯するなか、

1番素敵な形になられて、こころから嬉しく読ませていただいてました。



 > お参りに来てくださる方はそれぞれご自分の形で祈ってくださいます。お経をあげてくださる方もいれば、聖句を唱えてくださる方も。



お越し下さる方々がこころ込めて、逝ったひとの冥福をそれぞれの形でお祈り下さる、

この形が本当だ、と。



んでもお仏壇、お墓。。。。

これから、ゆうやけぐもさんご自身が乗り越えて行かねばならない山がおありなのですね。



散骨をご希望なら、、、、ふぁいとぉですぅぅ。

[ 2005/10/06 13:12 ] [ 編集 ]
Re:お仏壇物語(10/05)
よし君は末っ子ご両親はもう亡くなっていて

長男さんがお世話していてくれます

私は長女で有りながら嫁いだ身

しかも2回・・・

お墓もなければ仏壇もない・・・

でも最近親の墓に入りたいと・・・

親は新家の為墓には今父だけが

そして何時か母も・・・

親の元でユックリ眠りたい

でもよし君は入れてもらえないから

永大供養の予定です
[ 2005/10/06 13:25 ] [ 編集 ]
Re:お仏壇物語(10/05)
お義兄様方とお義母さまの間に挟まって、つらいお立場ですね。



うちは無宗教(両親の実家ではそれぞれなにかあると思う^^;)なので、仏間もなければ(第一部屋がない^^;)仏壇もありません。

お墓も父は三男坊だし・・・。ないです。

将来的に両親は、たしか60万ぐらいで購入できる「お墓のマンション」みたいなとこになるでしょう(汗)。

夫も「墓も葬式もいらん。骨を神戸の海とどこぞに撒いてくれ。葬式やるなら明るいものにしてくれ」と。

そんな夫の伯父が先日亡くなった時には、葬祭場での打ち合わせで、親族のひとりの黒いネクタイを赤いネクタイに摩り替えてしまうという信じられないイタズラをやった者がいるそうです(^^;)。

なにしろ夫の祖母は、棺おけの中から起きだして「一体誰の葬式だいっ?!」と言って親戚一同仰天させた人ですから・・・。



話がずれましたが、私自身も無宗教なので、結婚式同様「人前」がいいです>お通夜・お葬式

お墓・・・、これは一応骨は納めてもらいたいですが、簡素なものでいいかな、自分の場合。

いわゆる分譲ですな(^^;)。両親のと同じく。



でもりうりうさんのところは、現実の分譲マンションでもガタガタ(失礼)言われるのにお墓の分譲なんて言った日には、お姑さん、ぶっ飛びますね

(^^;)。



http://www.geocities.jp/chiaki_konishiki/
[ 2005/10/06 16:17 ] [ 編集 ]
Re:神仏の上下(10/05)
りうりう*さん

>で、私は夫の実家の宗派のみならず、そのお坊さまの在り方も嫌なのです。

>「金」「金」「金」。

>そのお坊さまを目にする度、私の実家の真摯なお坊さまが恋しくてなりません。



 あぁ、そういうお坊様、いらっしゃいますね。本当に困ったお方です。そういう方には、いつの日かお釈迦様が「弟子にあるまじき者」と天罰を下されるはずです。間違いないっ!!
[ 2005/10/06 19:44 ] [ 編集 ]
Re:お仏壇物語(10/05)
私の実家はしっかりと主派があります。

主人の家は無宗教です。

結構前私は相手の家の宗派をちゃんと聞いて来いって散々言われたけれど、聞いても何も考えてなかった。



私の家は祖母の葬式をきっかけに田舎(愛媛)の家を整理して大阪に仏壇を買いました。

経なども唱えているけれど私にはあまりわかりません。(一応覚えてはいるけど)

私は日曜学校などに行ってたいたせいもあってややキリスト教的考え方がありますが特に信心はないです。

人が争わなくてすむならという考え方です。
[ 2005/10/06 21:38 ] [ 編集 ]
Re:お仏壇物語(10/05)
仏壇のことなど、全然考えたこともありませんでした。

入佛式なんてものもあるんですね。ひゃ~!!



我が家は義母の両親の仏壇があります。

もし義父母が亡くなったら、同じ仏壇で良いのかな?今から聞くのもなんだかなあ~。墓地は用意してあるそうなので、別ということは知っているのですが・・・。
[ 2005/10/06 21:41 ] [ 編集 ]
カトリックとプロテスタント
まみい☆さん、日記にも書いて下さったのですね。

有難うございます☆☆



今回、お仏壇を購入したのは夫の実家です。我が家はスープの冷めない距離にあります。

私の実家にも、お下がりですが、亡き父の愛した立派なお仏壇があります。

葬儀の際には、このお仏壇を遣い、葬儀用の祭壇はやめていただきました。



カトリックとプロテスタントの越えられない溝も頭の痛いことですが、

これに神道や禅宗、創価学会まで親類縁者にいらっしゃると、、、大変ですね。う"~。

ひとつお墓に入るのは、「直系」だけ、というのは基本だそうですが、

「本家」だったりすると、ほんと、面倒です。



 > 先祖をだいじにする気持ちは大切だけど、

 > お仏壇やら、宗教やらは、回りから強制されず

 > 自分の心の支えになるものを選びたいなぁと思う今日この頃です。



ですね! 私もせめてこころだけ、は自由でありたいですぅぅ。。。

[ 2005/10/06 22:16 ] [ 編集 ]
ѓl
え~~ん(T_T)>tarantini78さん



一緒に泣いて下さって有難うございますぅぅ(号泣)。

[ 2005/10/06 22:17 ] [ 編集 ]
親元。。。
らぶらぶの、そらしどママさん

ママさんでも、よし君とではなく、ご両親さまとご一緒されたくお想いでしょうか。



私の実家も新墓で、いま父がひとりで眠っています。

母は、1日も早く父のもとに行きたがっています。

私も、、、、父と母と共に眠りたい。



倖せだった、楽しかったあの頃に戻りたい。

死んだら、もう、娘に戻ってもいいじゃないのぉ、、と思ってしまいます(T_T)。

[ 2005/10/06 22:25 ] [ 編集 ]
私は土へ還りたい。
千愛さん

両方のご両親にそれぞれ宗教がおありになっても、

特段揉めていらっしゃらないところが素晴らしいですね。



私の結婚式は、私の氏神さまの前で互いの家族だけ。

平服挙式でした^^*☆

私たちの前が、地域の野球スポーツ少年団の優勝祈願で、

神殿下に小さな運動靴がたくさん脱ぎ捨てられていたのが、とても可愛らしかったです。



私は、できれば、父母の骨に抱かれて眠りたいです。

んでもそれは無理そうなので、散骨でいいかなぁ。

骨壷に入れられるようなことなく、土に、還りたいです。

[ 2005/10/06 22:47 ] [ 編集 ]
天罰
あたるかな?>さきさん0208さん



とっても真摯に頑張ってらっしゃるお坊さまを何人も識ってるだけに、

【葬式仏教】に甘んじ、あまつさえそれに胡座をかいてる輩には、本当に腹が立ちます。



田舎では、そうそう菩提寺を変える訳にも行きません。

一宗派に一寺院ですもんね。

情けなかったり、悲しんでる檀家さんのことに思い至って欲しいです。

[ 2005/10/06 23:16 ] [ 編集 ]
皆さんが無宗教でいらっしゃるなら。
なんの支障もないですよね>★のん★きっずさん



あとは、自分たちが望む葬儀の在り方や、埋葬形態をどうするのかを話し合っておいたり、

エンディング・ノートに書き残しておけばいいですから。



宗教にこだわっておられるのが、★のん★きっずさんのご実家の方であり、

★のん★きっずさんご自身は、特にこだわっておられないので、

今後もそんなに問題になることもなさそうですよね。

何よりのことと存じます。

[ 2005/10/06 23:24 ] [ 編集 ]
考えなくていいご家庭
ちょっと羨ましかったり>♪がらがらどんさん



ご同居でいらして、宗教のこと、お仏壇のことが関わって来られなかったなんて、いいなぁ~。



「入佛式」は、お仏壇のご本尊となる仏像に、仏さまの魂をお坊さまに入れていただく儀式です。

んだから、古いお仏壇のご本尊さまからは魂を抜いていただきます。



私は、てっきり、古い方のご本尊さまを引き継いでいくのかと思ってたら、

この度、仏像まで新しくされたので驚きましたです!

[ 2005/10/06 23:51 ] [ 編集 ]
Re:お仏壇物語(10/05)
うちは、もと同居、現在近距離別居、将来同居、予定。



新築のプランニング時にくぎさされました。

「仏壇入れはちゃんと床の間の右側に半間分あるんだろうな」と。

私は長男なので「そりゃ当然」と言いましたが、妻の身にしてみれば、これもまた「いやなこと」だったのかもしれません。



ちなみに私も妻も宗教に特段のこだわりはありません。

うちのまちには1軒のお寺があるだけ(といっても檀家はむちゃくちゃ多く独占企業)なんで、我が家もそこのお寺にお世話になってます。

父親は今、区の世話役してます。



あ、本題。

仏壇自体は父親の代に買った物なので、単にこれを移せばいいみたいです。



それよりもなによりも、増築予定が全くたちません。

現在は和室6畳に対して、12畳もしくは10.5畳大につりあうような大きさの床の間と仏壇置き場と戸袋がついております。

本当に世の中好況になっているのか、地場残業は負け組なのか・・。

とほほ、な状況です。
[ 2005/10/07 07:14 ] [ 編集 ]
Re:お仏壇物語(10/05)
ふぅ~、大変ですね。りうりうさん。



実家の母は、これまでにいろいろな宗教にすがってきた人で、私も幼いころ、そんな母を見て育ちました。



でも結局は「金」に行き着いてしまう今の宗教(例外も多いですが)に、そのたびに幻滅し、次の宗教に走る母を、やや覚めた目で見ていました。

だから私は、特定の宗教を信仰していません。

ただそれと「目に見えない何か」(サムシング・グレートという学者もいます)に対する畏敬の念は持っています。

ただ生きているのではなく、自分は生かされている、何かを成さなければならない、という思いは常にあります。

がむしゃらに特定の神を祈るのは、個人の自由ですが、それを他者に強制しないで欲しいのです。

私は私なりに、生かされている意味を考えながら、真摯に生きていきたいのです。



でも一人娘で、長男の嫁の私。

お仏壇はどうなるんでしょう・・・。(汗)
[ 2005/10/07 09:44 ] [ 編集 ]
ご一緒ですね>将来同居
oribe77さん

夫は三人兄弟の末っ子なので、

もと完全別居→思いもかけない同居→現在近距離別居→将来同居の予定となりました。



新築のプランニングの際には、バリアフリーにし、全て手すりをつけ、

この家で葬儀が営めるよう、二間続きの和室の奥を仏間としました。

後は2階の夫の部屋のみ和室で、全て洋室にしました。



それでもお仏壇については、あくまで、同居となった際に

「義父母のご本尊さまだけをお預かりする」所存でいました。

跡継ぎはあくまで義長兄である、と私たちは思っているし、

帰省できるのが私たちだけだったという便宜上、仕方ないよなぁ、と。



 > うちのまちには1軒のお寺があるだけ



ひとつのご宗派でまとまっておられるとは、凄いですね。

うちの町は、空海さんが来られた足跡があり、

真言宗と浄土宗、浄土真宗が盛んで、それぞれ寺院があり、天理教、金光教の大きな教会もあります。

また、創価学会、エホバの証人も多くいらっしゃり、ここ20年で、すっかり土地の神社の講が衰え、

神社のお祭りが、すっかりみすぼらしくなりつつあります。



神主さんたちの努力不足、見識不足も否めません。

が、結婚した頃の祭りの賑やかさを思うと、ちょっと無残だなぁ、、、と感じています。



 > 本当に世の中好況になっているのか、地場残業は負け組なのか・・。

 > とほほ、な状況です。



IT関連の一握りが、潤っただけ、のような気がしてまいりますですよね。

[ 2005/10/07 17:53 ] [ 編集 ]
おかあさまが求めていらしたもの。
蘇芳色さん

当時のおかあさまのお歳に近付かれ、並ばれ、追い越され、、、

その都度、色々に想いを馳せられることでしょうね。



 > ただそれと「目に見えない何か」(サムシング・グレートという学者もいます)に対する畏敬の念は持っています。

 > ただ生きているのではなく、自分は生かされている、何かを成さなければならない、という思いは常にあります。



八百万の神の息づく國が好きでした。

なにものかに生かされてある倖せ、おかげさま、というこころ。

そういったものを失いたくない。

そのこころは、少年たちにも伝えたい、と思っています。



 > でも一人娘で、長男の嫁の私。



私の友人も悩んでいます。なかには、結婚そのものが成立しなかったりしました。

これから、少子化がどんどん進み、今に殆どが蘇芳色さんと同様のケースになって行くのでしょうね。



意味のない(と思われる)「イエ」は解体されればいい、と思いますが、

【個】の時代の行き着く先を思うと、少し怖い気もします。

「責任」を負おうとしない「自由」ばかり闊歩し続けて、今の混乱が在る、と思うので。

[ 2005/10/07 20:19 ] [ 編集 ]
うちの母も
oribe77さんへの返事を見てそういえばうちの母もそこまで考えていたっけって思いました。



家を買うときに、仏壇をどうするのか、家で葬式を上げられるような構造。

あのころはそんなのどうでもいいやって思ってましたが実際に祖母の葬式ではその読みは必要かつよかった措置だったと思いました。



うちの実家、真言ですがこだわりあります。

弟は19代目といわれてました。仏壇とあの中の位牌を継がなくてはいけない。

継げるような財産はないのに何が19代目なのか。(ーー;)



しかも弟夫婦には子どもがなく。・・・

最近見ているとうちの母は弟の嫁に強制する気は無くなっているようで。とすればもしかしてこっちに・・・



どうするんだろうって。あ、もしかして真剣に考えなくてはいけないかも。
[ 2005/10/08 08:01 ] [ 編集 ]
自宅で葬儀が営まれる割合
★のん★きっずさん

この地でも少しずつ、少しずつ、集会所や遠くの街の葬儀場を利用されるお宅が出てきましたが、

まだまだ殆どが自宅葬儀です。

隣保や講の方々が家の中を蹂躙(゚゜)\バキ☆されるため、

義母は、少しでも後ろ指を指されることのないよう、【そのために】台所周りをリフォームしました。



都市部では葬儀場を遣われるお宅が増えているのではないでしょうか。

無宗教のご葬儀も。(この地ではまだまだ考えられませんが)



 > 継げるような財産はないのに何が19代目なのか。(ーー;)



ほんとにね。

んでも直系が19代も続く、ということは、やはりそれなりの価値のあることなのかもしれません。

生き抜くことそのものが厳しかった近世~現代の騒乱の時代を、

本家分家が協力しあい?、本家筋を立てて絶やさずここまで来れた、ということですもんね。



うちは、分家の分家。

義父母から受け継ぐようなものは、田畑ぐらいのもの。

格式も何もない。 ただそれだけのことに、何かと面倒なことが多いのに、頭を抱えてしまいます。



実のところ、弟さんご夫婦も色々と考えあぐねていらっしゃるかも?

一度、皆さんがお元気でいらっしゃるうちに、いろんなお話をされてみられるのも良いかも、ですね。

[ 2005/10/09 09:58 ] [ 編集 ]
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