今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

鑑真和上。







        確か、『 ○年の学習 』付録で、かなり分厚い鑑真の伝記本がついて来たのが
        鑑真和上を識ったはじまりである。


          遥か遣唐使の時代――。
          重税に喘ぐ庶民が 税逃れのためだけに「 俄か僧侶 」となり、
          仏法を学ぶでもなく、結果 乱れきった日本の仏教界を救わんと、
          和上の渡日を許さない玄宗皇帝の目を盗み、
          御歳55歳から11年掛けて6度、命がけで東シナ海を渡られようとし、
          5度目の失敗では失明までされてしまう。

          そして6度目、ついに日本の地を踏まれるのだが、
          ただただ財源増収のために 僧侶を減らしたい朝廷と対立し、
          鳴り物入りで朝廷が建立した東大寺戒壇院から御歳71歳にして追われ、
          私寺となる『 唐招提寺 』を開かれ戒壇を造られる。

          その4年後、西に向かって結跏趺坐されたままお亡くなりになる――。


        幼かった私には強烈な「 物語 」で、当時の私の識っていたお坊さまは、
         「 親鸞さま 」「 空海さま 」であったが、
        脳内のまず「 第1等 」の位置に「 鑑真和上 」が鎮座されたのであった。


           なんというか、
           私の1番身近( 隣 )にいつもいらっしゃるのが 親鸞さま。
           ちょっと斜め前方においでくださってるのが、空海さま。
           遥か頭上で、光輝いていらっしゃるのが 鑑真和上。


           当時の私には、そんな印象いっぱぃで、
           ただただ畏敬の念( 当時はそんな言の葉も識らなかったが )に打たれ、
           そのまま 現在に至る。



         鑑真和上が渡日されて 1250年。
         現在も、鑑真和上のお弟子さまたちが、 
         唐招提寺から全国へ布教の為に巣立っておられる由である。


      



         彩色され「 唐 」の雰囲気満載 の きらびやかな薬師寺とは対照的に、

         唐招提寺は木立に囲まれ、金堂の修理中( 1日に落慶 )なこともあり、
         ( 地味に )静か~に佇み、一見、参詣時間外のよう。
         単なる「 観光客 」を 敷居高く、拒否しているようにも見える。

         実際、門前まで来て中を覗き、そのまま踵を返す方々が 殆ど。


       
唐招提寺金堂.jpg

    私はといへば、
    その凛とした佇まいに、
    何かしらほっとしたこころもちで、
    受付で拝観券を求める。


    受付にいらした年配の御方は、

    え、観るんですか?

    みたいなオーラを隠されず、
    金堂修理中のご案内のお声も
    不審気なニュアンスばりばり





         そんなに普段は ひと気のないお寺さんなのだろか。

         歴史では必ず習うし、私にとってはとても大きなお寺さんなのに。

         境内は予想以上に広く、金堂、講堂以外へ渡る小道には綺麗に掃かれた跡。
         木々に囲まれ、空気が美味しい。



唐招提寺.jpg




          参ったのは 境内いっぱぃに撒かれている大量の砂利。
          層が厚いため、足が砂利にずぶずぶ沈み、一歩一歩 膝にクる(T^T)。

          ヒールだったりしたら、一歩毎に靴ごと埋まり、
          靴も膝も たちまちキズだらけになっていたことだろう。

          興福寺境内の砂利に、厚いフェルトカーペットが打ち込まれていたのは、
          参拝客のこうした苦難を予測されていたのだと思い当たる。





宝蔵2.jpg

   絵に描いたやうな
   校倉造りの宝蔵。


   このときは識らずに、
   ただ感銘して写したが

   後で調べると 国宝で、
   この宝蔵と南の経蔵は
   共に天平に建立されたまま。


   南の経蔵は、正倉院より古く、
   日本最古の校倉造りらしい。






宝蔵庇.jpg




   天平時代の「 木 」が
   美しく組み立てられ、

   朽ちもせず、
   そのままに凛として立つ、

   ただそのことに 声も出ない。


   この奥の、コンクリート製な
   「 新宝蔵 」にて、
   佛さま方にお逢いし、
   お顔のない如来形立像に
   魅了され、
   「 天平の甍 」を観。

   いよいよ、鑑真和上の御廟へ。




ペンわー

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ



関連記事
スポンサーサイト
[ 2009/11/06 13:23 ] 観ました^^*☆ | TB(0) | CM(4)
次は
夢枕空海と平岩孫悟空が終了し、ただいま光瀬孫悟空(・・・ちょっと違うよな)。次の狙いは、天平の甍だね。



[ 2009/11/07 06:56 ] [ 編集 ]
Re:次は(11/06)
『 異本西遊記 』は(滝汗)。>あそびすとさん



 > ただいま光瀬孫悟空(・・・ちょっと違うよな)。



怪作、というかなんと言うか。。。

光瀬氏の遺作、となっちゃいましたですよね(;;)。



『 天平の甍 』は意外にも未読でらした???

ここから井上靖氏の歴史小説群にハマると、次々と、、、当分、離れられませんゼ(滝汗)。

レポート提出を済まされてからの挑戦をお勧めします^o^;。

[ 2009/11/08 00:00 ] [ 編集 ]
再読です
りうりう*さん



若かりし頃、井上靖にはまりましたからねぇ。たしか、最初に読んだのが『天平の甍』。『楼蘭』『敦煌』『蒼き狼』と続きました。

この時期でしたっけ?NHKの『シルクロード』。当然の流れで喜多郎にも。



私の半生、砂まみれでございます。

すべては阿修羅王からはじまった・・・。



[ 2009/11/08 08:22 ] [ 編集 ]
Re:再読です(11/06)
\(^o^)/☆>あそびすとさん



だと思いましたぁあ\(^o^)/☆



 > 若かりし頃、井上靖にはまりましたからねぇ。



ご一緒、ご一緒(笑)。

『 シルクロード 』も喜多郎も(笑)。



んでも私は砂まみれではないし??、井上氏には別ルートからでございますぅ^o^;。

[ 2009/11/08 08:49 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。