今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

「 こころ しんさい 」






        近隣に在る、義父と同い年(90歳)の義父の従妹が、
        独りで散歩していて転び、脚を骨折して動けなくなっているところを
        ご近所の御方に発見され、2ヶ月近く入院していたのだったが、

        この度、退院の日を迎え、そのまま施設に「 入れられる 」ことになる。

        認知症が酷くなってきており、ご同居のお嫁さんが要請された由であった。

        骨折入院されるまで、義母も毎日のように訪問を受け、食事をねだられたり、
        何時間も同じ昔話につき合わされ、閉口していたものだったけれど。

        とはいえ、外からは、記憶障碍については、さほど深刻なものでないようにみえ、
        ただ生来の好奇心の旺盛さ、我侭さ、頑固さが
        酷くなっている程度のようにみえていた。

           実際には、お風呂にどうしても入ろうとしなかったり、
           食べても食べても飽き足らず、
           「 嫁が食べさせてくれない 」と 近隣に食事をねだりに行ったり、
           時折 お漏らしがあったり、ということで、
           お嫁さんは大変ご苦労されていた由。

        こればっかりは、一緒に暮らしていないと、その大変さの程度ははかれない。



        以下は たまたま 同じ病院へ股関節の手術で入院していた、
        うちの本家のお嫁さんが観た話である。



      




        担当医からの説明で、この整形外科病院を退院したその足で
        施設へ「 入所させられる 」ことを知った義父の従妹は、憤激し、暴れ、号泣し、
        嫁が非道だと、病棟中を車椅子で叫び回る。

        それを泣きながら 息子さんとお嫁さんが追い掛け。


        縋って泣くお嫁さんの手を振りほどきながら、
        憤怒の形相で 見送りに来ていた人々に指を突き付け、

          「 あんたらも! 」

        同じ町の見知った人々を見つけては、ひとりひとりを指差し、


          「 あんたも。 あんたも。 それから あんたも!! 」

          「 こころ しんさい。

            長生きするなら こころ しんさい。

            自分が建てた、その自分の家を追い出される、こんな目に合わんよう。

            身体を大事にし、ことに足腰には気をつけて、
            若いもんに 追い出されんようにすることじゃ。

            わしを嗤うとる あんたらも、行く先は同じことじゃ! 」


         呪いのような言の葉に、皆 俯くことしかできなかった と。

         これを聞かされた義母も、私も。
         また、同様に紡ぐ言の葉もなく、ただ胸が痛い。


            60余年、この地で ずっとこの義父の従妹の傍に在った、
            義母の胸の内は如何ばかりのことか。


         しばし黙っていた義母は、ぽつんと私に、
         過日、入所したばかりの長義兄嫁のおかあさまのことを 誉め称える。


            あのひとも、入所を頑として承知しなかったけれど、
            先生から説得されたら、納得して、後は黙っておられた、と。

            少なくとも、他人さまに醜態は晒さなかった、
            他人さまのこころを乱すようなことはされなかった、と。


         そう言う義母は、他人事ではないのだと、少しは感じただろうか。
         私は 義父の介護以来、私自身のことをずっと考えて、いる――。



            或る程度の年齢まで生き長らえることができたなら、
            とっとと 自分で納得できる施設を選んで入所したい、と切望しているが、

            そのためには、とんでもないお金が必要になるであろうし、
            自宅と少年たちへの仕送りで全て吐き出している今、
            定年までの僅かな年数で、
            いったぃどうやって自分で得ることができようか。



         自分が自分でなくなる――。

         自分ではどうすることもできず、
         脳の霧が晴れたときに、それまでの記憶の欠落に激しく狼狽し、
         不安で悲しく、苦しく、嘆きのなかで、また霧が訪れ。

         この悲劇は 義父のときに 嫌という程思い知らされたものであったが、
         つくづく なんと哀しい、惨い病であることか。
  
         しかし、早くから自分に合う薬に出逢えば、随分と進行が違うようになって来た。


         近い将来、医療で克服できるようになるのではないか。。。
         是非是非 克服できるものであって欲しいと こころから願う。


              老いて 目が濁り、見えにくくなるのは。
              耳が聴こえにくくなるのは。

              もう 若い世代に バトンを渡し、世情から離れなさい、
              ゆっくりゆったり過ごしなさい、との
              神さまからのプレゼントなのだと。

              そう、思うように努めて来たけれど。


                 過去の良き想い出のなかに脳が遊び、
                 世事に惑わされず、ゆっくりゆったり過ごすことも、
                 また善哉ではあるけれど。

                 私自身が私自身でなくなり、
                 自分のことも自分でできなくなってしまって、
                 私の近しい大切なひとびとが そんな私の存在に
                 思い悩むようになってしまっては――
  
                       辛過ぎる、惨過ぎる。


                           時は 無常に流れていくけど、  
                           お金がないと、歳も取れませんんんんんヽ(`Д´)ノ
 


ペンSAD

にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ



関連記事
スポンサーサイト
[ 2009/08/29 00:00 ] 老い。 | TB(0) | CM(16)
お金で埋められるものではないけれど
お金があれば補える部分もある・・・。



こころ しんさい



ぢぶんの胸に、つきつけられた心地します。



人間って、なんだろう。生きるって、なんだろう。

考えさせられますです。

[ 2009/09/05 11:07 ] [ 編集 ]
Re:「 こころ しんさい 」(08/29)
考えさせられますね・・・



自分が自分でなくなる、こんなに悲しいことはないね。そして、その家族の方々の大変さは、本当に体験したものしかわからないと思います。



毎日、毎日のことですからね、時には自分自身が嫌になるほど醜くなることもあるんです。つらい現実です。



私も義祖父母と暮らし、家族がいかに大変であるか身にしみておりますから、自分が万が一長生きすることがあったら、手がかかるようになったら、さっさと施設へ行きたいと思っています。



ですが、りうりうさんのおっしゃるように「お金」がないと無理なんですよね・・・お金のない、あきらかに生きていて迷惑になる年寄りは(こんなこと考えることが悲しいことだけど)どうしたらいいんでしょう・・・。
[ 2009/09/05 18:32 ] [ 編集 ]
Re:「 こころ しんさい 」(08/29)
義父は60代で早くに癌で亡くなったため痴呆になることもなく最後まで人間として生きていました



実家の父は80過ぎまで生きて痴呆になり・・・・周りに苦労をかけ亡くなりました



痴呆も病気だと思っています

癌になる人ならないひと

痴呆になる人ならない人



人として死なせてあげたいと思います



従弟のかたのお嫁さんもきっと苦労したでしょうね・・・

痴呆になると嫌な面ばかりでてきます

従弟のかたもきっとそんな人じゃないはず

お嫁さんも一生懸命お義母さんと暮らしていたはず・・



人間長生きになって幸せなんでしょうか・・・



でも痴呆はすべてを壊します

[ 2009/09/05 19:56 ] [ 編集 ]
Re:「 こころ しんさい 」(08/29)
胸が痛いの一言につきますね

ご本人もご家族もどうしようもないですもんT_T

もうあとは良い薬が出来ることを望むばかりです

親、兄弟、伴侶、そして自分自身・・・考えちゃうと気が滅入りますな

[ 2009/09/06 12:26 ] [ 編集 ]
Re:お金で埋められるものではないけれど(08/29)
ぅん。。。>あそびすとさん



 > お金があれば補える部分もある・・・。



ひとさまの手をお借りするようになれば、尚更、ね。

愛情や感謝の気持ちだけでは どうしようもないことがた~くさんあるです。

毎日毎日1分1秒が苦痛の連続だったりするですから。

私自身、介護の側で、「 これが私の職業だったらビジネスライクに耐えられる、

耐えてみせるのに 」みたく感じたこと、数え切れません。



 > こころ しんさい

 >

 > ぢぶんの胸に、つきつけられた心地します。



ごめんなさい。

私もしんどくて、私の胸のなかにとどめておけなかった(;;)。



 > 人間って、なんだろう。生きるって、なんだろう。

 > 考えさせられますです。



この地は高齢者社会なので、至るところで この悲劇を見聞きするです(T^T)。

[ 2009/09/06 13:56 ] [ 編集 ]
「 毎日、毎日のことですから 」
そうなんです(;;)>とらトクさん



 > 毎日、毎日のことですからね、時には自分自身が嫌になるほど醜くなることもあるんです。つらい現実です。



毎日、毎日のことですから、とても綺麗ごとでは済みません。

介護中、癌検診で引っ掛かったとき、私は正直、これで「 逃げられる 」と思いました。

癌でのリタイアならば、私自身を含め、誰も私に後ろ指を立てまい。。。

そんな風に思っちゃったですよ(;;)。



 > ・・・お金のない、あきらかに生きていて迷惑になる年寄りは(こんなこと考えることが悲しいことだけど)どうしたらいいんでしょう・・・。



(;;)。

私たちにできることは、自分たちがしっかりしている間に、

自分と家族を守るため、リヴィング・ウィルを書き遺しておくこと、ぐらいなんでしょか(;;)。



少子化で、双方の親を看なくてはならない若夫婦、家族のない高齢者も随分増えました。

老々介護で、介護側が配偶者を殺めたり、自殺してしまう事件も増えました。



國は、高齢者介護は家族が行なって当たり前、という見解を出してます。

自分のため、家族のため、施設へ入りたいのに入れず、

結果、家庭が崩壊して行く姿が何故目に入らないのかと思います。



それは、お金でなんとでもできるひとたちだから、ではないか、と

どうしても思ってしまいます(怒)。

[ 2009/09/06 14:09 ] [ 編集 ]
「 ひととして死なせてあげたい 」
(;;)>やじさん上総んさん



 > 義父は60代で早くに癌で亡くなったため痴呆になることもなく最後まで人間として生きていました

 > 実家の父は80過ぎまで生きて痴呆になり・・・・周りに苦労をかけ亡くなりました



やじさん上総んさんは私の場合と逆でいらしたのですね(;;)。

私は、実家の父を60歳で癌で喪い、義父が86歳で、、、です。



 > 痴呆も病気だと思っています

 > でも痴呆はすべてを壊します



そうなんです(;;)。

そのひとが、段々そのひとではなくなっていき、最後は「 ひと 」でもなくなってしまう(;;)。



なんと惨い病であることか。



時折、ひとにはそれぞれ天寿があり、

それを いたずらに医学やら食事療法やら、ありとあらゆる ひとの努力で天寿に逆らい、

それ以上に寿命を延ばしてしまうことへの天のしっぺ返しなのかしらん、

と感じることがあります。。。。間違ってることは重々承知なのですが。



 > 人として死なせてあげたいと思います



介護される側の尊厳、介護する側の尊厳――。

どちらも尊重され、想いが全うできるような介護の形が、誰にでも保障されるような、

そんな社会になるためには、何をどのようにしたらいいかしら。。。



少なくとも、國から各世帯への

「 給付金 」やら「 各種手当 」のバラまきではありませんよね。

そのお金は、とどのつまりが民草の「 血税 」なんだし。

[ 2009/09/06 14:23 ] [ 編集 ]
「 胸が痛い 」
ほんとに(;;)>パクチーナさん



 > 胸が痛いの一言につきますね



ほんとに胸が痛い、のひとことです(;;)。

古くから各地の「 ぽっくり地蔵 」さまが人気であることの意味を、

近年は とみに胸迫って感じています。



 > 親、兄弟、伴侶、そして自分自身・・・考えちゃうと気が滅入りますな



何を観ても胸痛く、気が滅入る。

「 ひとごと 」ではなく思う、私たちがそういう歳になって来た、、ということですよね(;;)。



中高生の頃、私は、何の根拠もなく

「 私の寿命は37歳! 」なんて 決めてたんですけど(笑)、

本能的に 病苦やら老いることへの恐怖を避け、

駆け足で、太く短く燃焼し尽くすことを美学としていたようで、

そんなお子ちゃま思考から、まだまだ抜け切れてない自分が情けないです(-_-)。

[ 2009/09/06 14:32 ] [ 編集 ]
ほんとうに、、、
胸が痛くなりますね~

ただ、私も実際母が、まだらにぼけて、

母の場合は、ただの認知症とはまた違うのでしょうけど、

介護される方から見れば、「認知症」のくくりにはいるようで、

気分は複雑で。。

退院も、ベットの空きがないのを理由に押してこられ、

今後も、今の病院にお世話になるなら、

ここらで向こうの意に沿うのも手かと、

考えながら、、、



母は、趣味らしい趣味もなく、

特に親しい友人は、みな遠くにあり、

遅からず、ボケの心配する日は、くると思っていましたけど、

予定より、5年は前倒し。



命と引き換えの手術の帰結なら、仕方のないことと、

あきらめざる負えないのですが。



一度は、一人暮らしのマンションの一室に戻し、

いずれ別の住まい、あるいは施設と思いますが、

短期的とは、考えたのですが、

かかることかかること。見積もりを見て、びっくり。

介護保険って、誰のための制度なんでしょうね?

年金で賄いきれるくらいの金額でなくてはいけないと思うのですが、、、

その何倍もの金額が、必要みたいです(-"-)



認知症そのものは、私たちが該当するころのには、

予防薬や、進行を止めることができるといいですね。

きっとそうなると、信じています。(*^_^*)

[ 2009/09/06 23:18 ] [ 編集 ]
Re:「 こころ しんさい 」(08/29)
「こころ しんさい」・・・その通りですね。



数えで還暦の年に、私の母は病院のICUに一晩だけ入院して亡くなりました。

寿命というのは、生まれたときから決まっているのでしょうか?



母屋に住む夫の両親は、ふたりとも80歳前後ですが、

身の回りのことは夫婦でできることをちゃんとやっているので、

今はなんとか夫婦で生活していますが、どちらかが倒れたりしたら怖いです。

でも、私よりも義父母のほうが長生きしそうなくらい元気ですので、

まずは自分の健康管理のほうが大事かも・・・。
[ 2009/09/07 09:29 ] [ 編集 ]
Re:「 こころ しんさい 」(08/29)
ある程度のお金があっても……哀れな話です。

頭金が3千万で有料の豪華老人ホームがあったことを覚えていますか?

医師も常駐で、料理も豪華。

嫁や子供達の世話にはなりたくないと、持ち家を売って入居された方がおられましてね。

ところが、バブルが弾けて経営が悪化。

きっと頭金を集めて、何か高額な投資か事業を展開したとかそんなことでしょうけど。

医師が常駐どころか、食事も粗末になり、

挙句、倒産して人出に渡った建物。

入居者は出て行って欲しいとの通達。

頭金の3千万円は泡~!

泣く泣く、子供のところに転がり込んでもお荷物扱いされて。

多少のオカネがあっても、悲惨ですね。

[ 2009/09/07 11:12 ] [ 編集 ]
Re:ほんとうに、、、(08/29)
胸が痛いです(;;)>ネコの目さん



 > 命と引き換えの手術の帰結なら、仕方のないことと、あきらめざる負えないのですが。



ネコの目さんのおかあさまのご復活には、胸が震えましたです。



けれど実際には それでめでたしめでたしではなく、

その間に受けた心身のダメージには深刻なものがあって、

ご本人にも看護する側にも、気の遠くなるようなリハビリが必要であり、

まさに介護のスタートラインだったりするですよね(;;)。



病の後遺症、薬によるダメージ、気鬱状態によるこころのダメージ、、、

誰しもが、いつ何処でどんな引き金を引いてしまうか判らない恐ろしさ。



 > かかることかかること。見積もりを見て、びっくり。

 > 介護保険って、誰のための制度なんでしょうね?



ほんとにほんとに掛かるですー。

私は「 介護保険 」で、しっかりはっきり「 國に線を引かれた 」こころ持ちがしたです。



 > 認知症そのものは、私たちが該当するころのには、

 > 予防薬や、進行を止めることができるといいですね。

 > きっとそうなると、信じています。(*^_^*)



そうであって欲しいです。

ひとが 最期まで ひとで在れるよう、こころからそう願うです。

[ 2009/09/08 00:26 ] [ 編集 ]
「 天寿 」
yuinekoさん



 > 数えで還暦の年に、私の母は病院のICUに一晩だけ入院して亡くなりました。

 > 寿命というのは、生まれたときから決まっているのでしょうか?



私の実家の父と同じお歳で亡くなられたのですね(;;)。

まだまだまだまだお若いですよね(;;)。



「 寿命 」というものが、生まれたときから既に定まっている、とは考えたくありませんが、

そう考えることで、遺されたものは、悲しむこころ、悼むこころに折り合いをつけていく、、

ものではないかと私は感じています。



 > 今はなんとか夫婦で生活していますが、どちらかが倒れたりしたら怖いです。



ほんとに。。。。

いついつまでも、そうして元気で在って欲しい、

そうでなくなることを考えられない、考えたくない、ものですが、

元気な二人暮らしであった義父母にしても、あっという間に、一切が変わってしまいました。



当時の私は、「 日常 」というものは、大船などでは在り得ず、

実は 大海原に たった1枚の頼りない板切れの上に、皆が乗っかっていただけなのだ、

ということを思い知らされたような気分になったものです。

海が荒れなければ、そのまま皆で乗っかって進むこともできるけれど、

ひとたび海が荒れ狂ったとき、そんな事態に備えて、自分がどんなこころづもりをし、

どんな物質的な備えをしていたか、が如実に「 違い 」となって現れるものですね。。。



 > でも、私よりも義父母のほうが長生きしそうなくらい元気ですので、

 > まずは自分の健康管理のほうが大事かも・・・。



あはあはあは(笑)。

私もです(滝汗)。

まずは、とりあえず自分自身、足元からきっちり、しっかり!ですね。

[ 2009/09/08 00:40 ] [ 編集 ]
「 バブル 」
ぎぇえ!>サヨコさん



 > 医師が常駐どころか、食事も粗末になり、

 > 挙句、倒産して人出に渡った建物。

 > 入居者は出て行って欲しいとの通達。



追い出されるところまでイっちゃうなんて、ヒド過ぎますですね!

訴えても、戻って来るものはないんでしょうね(;;)。



 > 泣く泣く、子供のところに転がり込んでもお荷物扱いされて。



ぅぅ。 自宅を売却してまで施設に入られたのなら、

もぉ お子さんに渡すものもなかったりして、惨めな想いをしておられることでしょう。



 > 多少のオカネがあっても、悲惨ですね。



お金があっても愛がなかったり、愛があってもその日食べて行くだけのお金もなかったり。



懸命に遮二無二働いて、働き尽くめで燃え尽きて、自分の人生へのささやかな達成感と

感謝のこころを友として、穏やかな余生を過ごすことは、

民草にとって夢のまた夢、の時代になってしまってますですよね。。。

[ 2009/09/08 00:48 ] [ 編集 ]
Re:「 こころ しんさい 」(08/29)
ヒッソリと・・・コメントさせていただきます^^;



どちらの気持ちもよく解るので、切なく本当に切なくなりました。

【地獄の沙汰も金次第】とは言いますが 現世もお金がないと悲しい思いをするのです・・・。

教育に始まって人生の終末までお金次第・・・なんて。

うちも息子達の教育費につぎ込んでますから 自分達の分まで手が回りません。

その上 まだ娘が控えてます。

やはり兄たちと同じように「行きたい」と希望を持ったところに送り出してやりたいと思ってますから、彼女の積み立てもしなくちゃ。です。

生前母が言っていた「ぴんぴんころり」本当に理想的なんだなぁと改めて思いました。

[ 2009/09/11 08:41 ] [ 編集 ]
「 ぴんぴんころり 」
ゆいぽんちゃんさん、ひっそりコメントを有難うございます☆



 > どちらの気持ちもよく解るので、切なく本当に切なくなりました。



ほんとにね、切ないです(;;)。

胸をえぐられた気分になりました。



 > 【地獄の沙汰も金次第】とは言いますが 現世もお金がないと悲しい思いをするのです・・・。



ほんとにほんと!です!

オムツひとつ取ってもそうですもん。

義父が床に伏すようになるまでに、町の下水道工事が入り、

これまでの母屋の外での汲み取り和式トイレを母屋内のウォシュレットにしました。



私たちは、これだけで何十倍も助かったものですが、

飛んで行ったお金は青くなるほどでしたですー。



 > その上 まだ娘が控えてます。



はぅぅ。

嬉しくも淋しい娘ちゃん独立の足音が聞こえて来るようですね(;;)。



 > 生前母が言っていた「ぴんぴんころり」本当に理想的なんだなぁと改めて思いました。



ほんとに(;;)。

子どもたちが自立し切ってしまうまでは、絶対死ねないように思っちゃうし、

んでもこれが健康であってこそ、ですよね(;;)。

重い病に伏してしまうようでは、たちまちお金がどうしようもなくなってしまいます。。。



「 ころり 」と急逝されてしまうと、遺されたものたちは、突然の余りの喪失感に

右往左往するばかりですが、逝く側としては、理想のように思ってしまいます(;;)。



皆が元気で、それぞれの寿命を穏やかに全うすることのできる人生、社会でありたい、、です(;;)。

[ 2009/09/12 08:23 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。