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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

私の出遭った 『 総合学習 』






5月7日のoribe77さんのブログを読ませていただき、
コメントを書いておりましたら、例によって超長文になってしまいました(汗)。
トラックバックさせていただきます。



4年前、私は隣町の小学校で、
これぞ中身ある総合学習!というものを目にし、鳥肌が立ちました。


小学4年生が1年間かけて取り組んだ、
その町の特産物についての【総合学習】でした。


その特産物が何か、については、
その小学校が特定されてしまうために伏せますが、
ホントは声を大にして言いたいな~~。 残念!


何故、この町でそれが特産となったのか、
町の歴史、地域内全域にわたる土壌の性質調査、
地域内全域にわたる空気や水の汚染度の調査から始めているのです。

特産物を育てる地域の方々の表情。

収穫から加工までの体験学習を通じ、
最後は、そんな我が町を誇りに想い、
地域の方々のご努力に心から敬意を捧げるもので、
自分たちもこの町を背負って次代へ繋げよう、というしめくくりでした。


小学校4年生で、パワーポイントとホームビデオを駆使し、
上手にオーバーヘッドを利用した見事な仕上がりでした。

検査のために、広い町内を飛びまわって土や水、空気を収集している
活き活きした笑顔いっぱいの子どもたちがビデオに映っており、
微笑を誘われましたし、調査専門の業者さんや大学の先生に実験の仕方を教わり、
土や水や空気の汚れ具合に驚き、悲しむ表情には、一緒になって悲しくなり。

子どもたちは、この総合学習のなかで、
県・地域の歴史から地理。
環境問題から理科、化学、生物。
調査の仕方、表の作り方、表から見出される推論、結論まで。
ありとあらゆる生きた学問、ともいえる学習を自然にこなしていました。

自分の住む町の白地図を、ほぼ正確に描ける子どもたちが、
いったい全国に何人いるでしょう。
この子たちは描けるのです。
何度も何度も調査で訪れたために、
だいたいの大まかな等高線まで引ける子もいる。

自分の住む町の山に生える樹木の種類、分布の状態。
土壌の特色、それが海に流れ出すことで海がどう変わるか。
海の色の微妙な違い。それは何処から来るもので、何を意味するか。


まさに「生きる力」「生き抜く力」を見せて貰いました。


なかみあっての我が町 を 誇りに思う。
次は、僕らが引き継ぎ、発展させ、また次代を育てる。

その内容と方向性は、涙腺がゆるんでしまうほどの感動的な内容でした。


#この小学校は、音楽にもとても力を入れており、
 6年生の音楽の授業参観では、
 大学の合唱部なみの発声練習から始まったので、度肝を抜かれました。
 授業内容も、各班に同じ課題歌曲が与えられ、各班で2週間の間で工夫して
 独自にアレンジして発表し合うのです。
 ピアノとギターとドラムでセッションする班あり、
 班のメンバー6名でハモれるよう、自分たちで6重唱にして歌ったり、
 和太鼓を入れて、雅曲風にアレンジしたり、
 リコーダーで6重奏としたり。
 
 この日の1番最後のメインイベントは、
 体育館で全学年全生徒による合唱と創作オペレッタでした。
 オペレッタは、町のやはり他の特産物に関するもので、
 その特産物を生み出すまでの苦労物語と順調に発展し、
 ついに町を代表とするものとなって、今度は僕らが受け継いで行く、という内容。
 6年生全員がひとりひとり独唱する部分が在り、
 みな朗々とした、腹式の素晴らしい声量と歌声で、感動しました。




4年前。
小学校4年生でも。
小さな小さな1年生のいる、小学校全体でも。


ヤればここまでできる!
感動とパワーと希望とを見せ付けられたような気がしたものでした。




が、これには、先生方の多大なご努力とご辛抱とが必要とされるもので、
現在の『ゆとり教育』導入後は、どうなっていったのか、不明です。
現在の授業数等、たくさんの縛りのなかでは、
『絶対』不可能になったことだろう、と思えてならないのですが、
隣町でありながら、確認するのも恐くて、今日まで来ております。



うちの中学を含め、
多くの先生方も学校も、総合学習には大きな意義を認めながらも、
時間的にも経費的にも、なにより先生方のキャパシティから、
なかなか大きなものには取り組めないのが実情です。

どこの学校も、地域の民謡を現代風にアレンジして歌ったり踊ったり、
和太鼓に学んだりすることを通じて、民謡の背景、言の葉をさぐる形。
あるいは、地域の民話を紙芝居や人形劇にする形。
あるいは、地域の農業、漁業の方に聞き取りや作業を手伝う形で学ぶ、と
いったような形を選んで、 お茶を濁して終わり  学ぶしかないのが現実でしょう。

そこを何年もかけて、1歩も2歩も踏み込んで行くことができれば、
また違ってくるのでしょうが、先生方の異動も絡んだり、と難しそうです。

本当に、子どもたちにも先生方にも学校にも「ゆとり」があったなら、
真の【総合学習】のなかで、
生きた学科別の勉学がきっとふんだんに盛り込めるはずなのに、と
いつも残念に、そして悔しく思っています。



                 * 古い日記ですがトラックバックのために再アップしました。
                        本文は【 Last updated 2005/05/11 12:07:10 AM 】のママです。






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Re:【求】 生きた総合学習(05/10)
恥ずかしながら”お茶を濁して終わり”に「う~ん、よくやったね。」なんて思っておりました。

りうりうさんが感動したその町の小学校のようなこと、前から脈々と受け継いできた歴史があるか、または校長先生やベテラン先生の手腕の賜物か、とにかく稀に見るものであることには違いないと思います。そういう学校で大きくなった子どもたちを心底羨ましく思います。母としてでなく、昔の子どもとして、嫉妬すら覚えます。

そういう先生がたに出会えた幸せを、彼らも大人になってあらためて知ることでしょう。真の教育者がたくさん現れてくれることを祈ります。
[ 2005/05/11 03:14 ] [ 編集 ]
創作オペレッタ
昨日校長先生オペレッタについて話したところだったので言ってたのはこういうのがやりたいんかな?ッて読みました。



総合学習、頭が痛いところのようで校長先生はいろいろな案を言ってくださいますが下のところで止まるらしくうまく進んでいませんでした。(去年までは)

今年度新しい先生方がこられて熱心に1からされているのですぐには効果が出ないかもしれないですが期待が持てます。



でも去年から市内の川のことを学習して今年早速水辺の俳句のコンクールで賞をもらっている子が出ました。それも市長賞で選ばれた理由もこの俳句は市のこと町のこと、川のことを勉強して初めて作れる俳句だからということでした。こういう風につながっていくんだなって思いました。

それでなのか、市内の川を利用した公園(川の横に太陽電池を利用した浄化装置があったり、水辺の生き物を観察できるワンドがあったりします)が新しく出来たのですが行ってみるとうちの小学校の子達ばかり目に付きました。(出来上がる前から何度も勉強しに行ってたしね)



Pも先進的な学校を視察に行こうといわれているのですが時間がなかなか・・・

まあ何にしてもうちの学校は去年、そして今年がスタートなんで、何もかもすべて手作り、せっかくだからよそにないものを作りたいです。みなさまからの情報はとっても参考になります。



[ 2005/05/11 07:09 ] [ 編集 ]
Re:【求】 生きた総合学習(05/10)
トラックバックありがとうございました。

なるほど、長文になるのがわかりました。



我が小学校では3年生が、りうりうさんがあげられた例に似たことをしています。

うちも校区内に地場産業があるので、その歴史(インタビューしたり町探検したり)を学んだり、材料から、できていくまでの分業化された行程などを、1年間かけて、みて、聴いて、ふれて、勉強していきます。

ただ、残念なのは、この発表が「通り一遍」になってしまっていることです。

中学1年も同じようなことをしますが、やはり学んだことをまとめて、発表する、その最後の部分が弱い感じがあります。

せっかく地域の方々にかなりの協力をいただくのですから、もう少しそのあたりを検討していただきたいと思うのです。



ちなみに小4はオペレッタしてます。

秋の市音楽祭で発表しますが、地元の伝説や昔話をアレンジしたオリジナル曲満載の構成になっています。

昨年はP役員の一部(4年の保護者)もかなり協力しましたよ。
[ 2005/05/11 07:14 ] [ 編集 ]
Re:【求】 生きた総合学習(05/10)
ほんとですねーー!

素晴らしい実践の例を見聞きするたびに、

全ての子どもたちがそういう機会を得られたらなぁ、と思います。

わが町の地図・・いいですね!

しかし・・素晴らしい実践の影には、

先生たちのなみなみならぬ御苦労があるのでしょうね。

意欲のある先生がそうではない先生に潰されていく、

そんなこともよく聞きます。かなしい・・。

息子の今年の総合学習・・世界の文化を知る。

うーーん!テーマが大きすぎるぞっ!
[ 2005/05/11 10:37 ] [ 編集 ]
Re:【求】 生きた総合学習(05/10)
「総合的な学習」が導入された時、「総合学習」と言うと訂正された事がありました。(「な」の意味は深いのでしょうか?)

当時、研究発表校だった為、一生懸命取り組んでいたような気がします。担任同士も、かなりの準備を進めていたように、記憶しています。

発表校でなければ、ここまでの取組はしなかったでしょう。それだけの労力を費やすパワーも大変なものですもの。

子ども達は、プチボランティア隊と銘打って、自分達が興味のあるものを、自分達で調べ・学び・体験していました。確か家の子は、点字に取り組んでいたような…。点字の絵本を作っていました。

人に対する思いやりみたいなものを、感じたのではないでしょうか。私は、学力の低下と総合的な学習は、別問題だと思っています。
[ 2005/05/12 11:41 ] [ 編集 ]
昔の子どもとして
をを>tarantini78さん

「昔の子どもとして」という視点が私のなかに全くなかったことに気付かされました。

有難うございます☆

んで、それがなんでかなぁ、、と思っておりましたら、

私の小学校時代の3,4年生のとき、とても素晴らしい先生が担任で、

毎日毎日が驚きと楽しさの発見であったこと。

学校へ行くのが楽しくて、夜には翌朝が待ち遠しかったこと。

そして、この3,4年生のときの記憶をもって、私の小学生時代は括られていたなぁと

今ごろ気付いております。

ひとつひとつ振りかえれば、低学年のとき、高学年のときと、

決して倖せではない記憶もたくさんあるのに。



先生って凄い! 改めて感じました。



>真の教育者がたくさん現れてくれることを祈ります。



ほんとにそうですね!

んでも、今だって、ほんとはたくさんの先生方が、実は埋もれて喘いでいらっしゃるのかもしれない。

そんな先生方を支え、手を繋ぐのは、きっと私たち保護者であり、子どもたちの笑顔、ですね。
[ 2005/05/13 07:47 ] [ 編集 ]
RE:創作オペレッタ
★のん★きっずさん、

オペレッタをするには、やっぱり基本の腹式発声で、

腹筋を鍛え、姿勢を正し、喉に不要の力をかけないよう、

額の中心に神経を集中して、おなかの底から声を出す、、、、。



腹筋・姿勢・発音…これって、いろんなことに応用できるっていうか、

とても良いことのように思えるんですよね(元、合唱部>ぢぶん)。



最近の子どもたちの音楽の教科書では、少しでも子どもたちの関心を惹こうと、

腹式で朗々と、とはとても歌えないような曲ばかり並んでいます。

「発音」や「音低」に対してもシビアでなく、曖昧なまま。

我が子が鼻歌歌うの聴いてると、時々あまりのヒドさにたまらなくなっちゃう。



というのはさて置き、

意欲溢れる、新しい先生方に期待できそうで、素敵ですね!

先生方がつぶれないように、是非学校全体で支え、助けて行きたいですね。



★のん★きっずさんの市では、全体として「川」に注目しているようで、

素晴らしいことだと読ませていただきました。

川、水、いのち。

子どもたちや私たちに身近な川から、

自然な形でとてもストレートに深く掘り下げて考えて行きやすいテーマですもの。



>まあ何にしてもうちの学校は去年、そして今年がスタートなんで、何もかもすべて手作り、せっかくだからよそにないものを作りたいです。



そのためには、1に相互理解、2に相互理解~~!(あぅあぅ)

校長・教頭・T・執行部・役員・Pが

少しでも良い形で繋がり、前に進んで行けますよう。

[ 2005/05/13 16:46 ] [ 編集 ]
通り一遍
oribe77さん、毎度毎度の長文、すみませ~~ん。



何処の小中学校でも、総合学習では頭を抱えておられ、

厳しい授業日数、クリアしなくてはならない授業内容のとを睨み合わせながら、

青息吐息で知恵を搾り出し、捻り出し、指導案をおつくりなのだと思います。



>ただ、残念なのは、この発表が「通り一遍」になってしまっていることです。



そう、発表の仕方ひとつで、

楽しかった、面白かった総合学習が「成果」となって形となれるかどうかが決まる。



小学校4年生くらいまでなら、「成果」ってなに?

子どもたちがいろんなこと発見できて、驚いて、楽しめれば、それが1番の成果じゃ~~ん!と

思うのですが、5年生にもなってくると、それだけでは勿体無いなぁ、って思ってしまいます。



毎年毎年、同じことをした、としても、子どもたちは毎年違う。

違う子どもたちの違う発見、驚いたポイント、子どもたちが抱えた課題。

そんなようなものを顕わすことのできる発表でありたいですね。

表の作り方ひとつでも、縦軸に何を取り、横軸に何を取るか。

たったそれだけのことでも、ものの観方、見え方は違ってくる。

1歩も2歩も踏み込んで、【通り一遍】でないように。

先生方の腕のみせどころ、だと思えてなりません。



願わくば、総合学習で。

子どもたちがそれぞれに自分の興味の対象、自分の適性の発見、将来への夢。

おぼろげながらでも掴めるような、そんな素敵な楽しい総合学習であって欲しい、と思います。

[ 2005/05/13 16:59 ] [ 編集 ]
世界の文化を識る
ぅわぁお!>こままさん。

これまた、すんごいテーマですね。

おそらくは班ごとに取り上げる国が違い、国旗から始まって、

ネットや文献を当たって、模造紙などに新聞のようにして発表していくのかな。



うちの小学校で、総合学習ではなくて社会でこれをやった学年がありました。

んで、面白かったのは、その国で、いっちばん美味しそうな料理を1品、絞り込むのです。

絞り込めない場合が多くて、「代表的家庭料理」になっちゃってましたけど。

でね、自校式の給食室にお願いして、栄養士さんにも協力いただき、

毎月1回、「○○国の民族料理」としてつくっていただいてたんですよ~。

月初めの給食便りに、その紹介とおおまかなレシピを載せていました。

毎回毎回、その料理自体に賛否両論。

にぎやかで楽しそうでした。



何処に切り口を持って行くか。そしてそれは何故か。

そこがしっかりしていれば、

どんなテーマであろうと、子どもたちが目を輝かせて楽しめる、

そんなわくわくするものができる、と私は思ってしまうのですが、甘いのかなぁ。

[ 2005/05/13 17:08 ] [ 編集 ]
な の意味
ELKさん、「総合学習」と言う、と訂正されたんですか?

ふぅむ。。。。

私などは、「的」と「な」がつくことで、

曖昧さを上手に生かして、解釈や意味合いを広げたよなぁ、、と

感心しておりましたが、その逆なんですね?



ふみみ、ちょっと調べてみますね。

こういうの、ヘンにこだわる質なので(自分でも持て余し気味)。



>当時、研究発表校だった為、…発表校でなければ、ここまでの取組はしなかったでしょう。それだけの労力を費やすパワーも大変なものですもの。



そうなんですよね。

んで、研究校だと補助予算がおりたりするケースも多いし、

何より、全国規模で見学に来られるとなると、学校全体としての気合も違う。

(私たちは、掃除やら駐車場整理に借り出され、非常に迷惑だったりします(゚゜)\バキ☆

 子どもたちは浮き足立つし)



>私は、学力の低下と総合的な学習は、別問題だと思っています。



私も全く同感です!

「な」の意味も含めて、また整理して書いてみたいと思います。有難うございました☆☆
[ 2005/05/13 18:26 ] [ 編集 ]
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