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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

「 葬 」 当日。 ( 覚書 )




        当日朝、少年と夫を送り出し、喪服に着替え、葬儀場へ向けて出立。


        携帯が鳴ったので、路肩に停めると、
        姉に着付けをしに一足先に着いた母から、安全ピンが欲しいとのこと。
        途中のコンビニにあるかどうかも判らないので、取りに戻る。


        着付け補正に必要になったのだろうと思い、少しでも早く着きたいが
        私の前の車には若葉マーク。
        追い越し禁止の50kmの山道で、40kmを切っている。

        ついイライラしてしまうけれど、
        こういうときに事故は起こるのだと頭の芯が冴え、自重する。



        無事に着いて安全ピンも役立ったようで一安心。


        棺は夜伽の場所からセレモニーホールへ移され、扉が閉められる。
        控え室はあちらの方々ばかりで、居るところもないので、
        母とホール入り口の目立たない場所に移り、葬儀のときを待つ。


        葬儀場スタッフは、2時間も前から受付にスタンバイされる。
        この間にお香典を出しておこうと、記帳すると、
        金額を確認されたうえ、会葬御礼のミニタオルセットと礼状の他に、
        なんと香典返しとして「 茶の子 」を渡される。

        受付に、金額に見合ったものがそれぞれ用意されているようで、
        私にはギフトカタログだった。


           驚いた。 ひたすら驚いた。
           お香典をいただいた日に、もう、香典返しをしてしまう。

           ひとによって、持ち帰るものが違い、用意された包みが違い、
           中身によっては、紙袋の大きさが違い、
           誰と誰が、おそらく同じ額なのだ、と、ひとめで判る。

           この地であれば、そんなことが子々孫々まで引き摺られていくのだが。

           そんな諸々は何処吹く風とすっ飛ばし、ここまで効率を最優先し、
           クールにシステム化することができるのだ、、、!



        葬儀のお経の途中で、スタッフが蝋燭を2度交換する。

        不思議に思っていたら、1度目は、還骨法要に入ったため。
        2度目は、初七日法要に入ったため。
        違う法要だから、せめてもの蝋燭の交換だったのだった。

        その分、お経は倍以上長く、焼香も全員で2回、喪主は3回。
        初めての体験で、心底驚く。


        広島時代でも、葬儀当日に、初七日法要までしてしまうことが
        フツーになってはいたが、それでも灰葬が終わってから、
        身内や近しいひとびとと共に、灰葬勤行、還骨勤行と
        併せて初七日法要を勤めた後、精進落としの膳を囲んでいた。


        当然のように、葬儀中に初七日まで済ませて、斎場に向かうことを
        幾ら忙しい自分たちの都合だとはいえ、面食らってしまう。



      




        車好きだった彼のために、と、姉は、霊柩車にリムジンを選んでいた。
        そして、私のときもリムジンにしてね、と言う。



        広島の斎場は、新しく大きく豪華になっており、
        エントランスホールからずっと奥に12炉がずらりと並ぶ。
        炉まで、大きな吹き抜けの空間にクールなシャンデリア。
        全般にメタルちっくな近未来的設計に、またもや驚く。


        1番辛い、炉に棺を入れるときが来て、
        扉を閉め、鍵を掛ける作業を姉がさせられるのを観て息を呑む。

           なんて惨いことをさせるのだ。

        これまでは、係の御方が鍵をかけた後、
        そっとその鍵を喪主に握らせてくれていたのに。


        鍵を持ったまま茫然と涙を滴らせている姉を残し、
        さっさと2階の待合室へ行くあちらの方々。

        思わず列の最後から母と駆け寄り、抱きかかえるようにしてエレベータに乗る。



        2階は、待合室というよりは、
        何組もの団体がまとまって談話できるような
        大きなブースの喫茶室になっており、各テーブルにメニューが置かれている。



        町名と喪主の名前の後、
         「 火葬が終了しました 」 という呼び出しアナウンス。


        以前は、係の御方が喪主を探して呼びに来られていたものだった。
         「 火葬が終了 」という言の葉と、そのアナウンスそのものに
        激しい違和感を覚え、抵抗を感じる。


        なにごとも、「 昔は良かった 」「 以前の方が良かった 」
        と安易に感じ、断じたりしてはならない、と思っている。

        こと 「 葬 」 に関しては、
        淡々と進行されることの方が良い場合が多い、とも思っている。

        けれど、もっとなんとかならないものか、と、どうしても感じてしまう。



        アナウンスを受けて、皆がぞろぞろと階下に降り、
        にこやかな斎場スタッフにその場所への案内を受ける。


        喪主である姉だけが最初に呼ばれて扉のなかに入り、数分経過する。
        大丈夫か心配したが、埋葬許可証をいただいたりしたのだろうか。


        エントランスホールでの香の香りはここまでは来ない。
        何人かの方々が、前もってハンカチで鼻と口を押さえて準備されるが、
        そこまでのこともないはずであり、ただ心理的なものなのかも知れない。

        やっと扉が開き、一列に並んで、係の御方が手前に差し出されるお骨を
        ひとりひとり長い箸で取り、骨壷に入れては進み、
        骨上げ台をぐるりと囲む形になる。
        二人一組になることもなく、渡し箸をすることもない。

        母と私も列の最後に並び、お骨上げをする。

        かさかさと乾いた音がして、
        このひとと初めて出遭った日からこれまでのことが思い出される。



        大勢が参加したので、骨壷には多くの骨が入り、
        最後に係の御方が喉仏の説明をされて入れ、
        その上に、頭蓋骨の前と後ろをきちんと入れて蓋をされ、
        白木の箱に入って布で包まれる。

        姉が箱を抱き、遺影を故人の弟さんが持ち、葬儀場へと戻る。


        洋花の飾られた、遺影を置く場所のある、会食用のホールに案内され、
        精進落としの大きなお弁当やビール、ジュースなどが並ぶ。

        午後5時を回っていたため、お弁当だけいただいて帰宅されるひともあり。

        姉から、姉のマンションまで共に帰宅することを依頼されていたため、
        もうひとがんばり、と気合を入れる。


        ビールの栓を抜き、次いでジュースや烏龍茶の栓を抜き、持って回る。


        会食後、四十九日法要に再会することを約して解散。

        少し余ったお弁当と葬儀の祭壇に飾られた果物類を
        皆で分けたかと思う間に、独り姉だけが残される。

        会葬御礼などの余りの返却等々、様々な手続を簡単に済ませ、
        私たちで全ての荷物を私の車に載せる。

        マンションでの「後飾り」の祭壇(段ボール)と、その祭壇用のお花は、
        葬儀場スタッフが後で届けて下さり、祭壇も組んで下さる由。

        そこまでして下さることに、また驚き、
        人手のないイエにとっては至れり尽くせりで有難い。


      



            三回忌までは頑張る。
            三回忌を終えたら、きっぱりとあちらの方々と縁を切る。


        姉の固い決意を耳にしながら、
        そうは言ってても、頼られるとまた巧い具合に丸め込まれ、
        遣われてしまうであろう姉に、胸が痛い。


        でも、この2日間の姉の涙と彼を悼むこころは本物で、
        「 夫婦 」 という名の絆の妙を思い知らされる。

        長年に及ぶ姉の献身的な介護と、姉の涙に送られたあのひとは、
        倖せなひとだった、と こころから思う。



        姉のマンションに母を残し、下の少年用にお弁当をいただき
        急かされるように帰宅する。

        下の少年は、きちんと手を合わせて完食。

                              私は 頭痛激しく、撃沈。



雨


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ジャンル : ライフ
テーマ : ひとりごと

タグ : 葬儀 リムジン 葬送 骨上げ 法要 従姉

[ 2007/12/16 00:00 ] 行きました^^*☆ | TB(0) | CM(5)
覚書追記。
当日の茶の子の件は、母も初めてのことだったようで、思わず顔を見合わせる。

同じ想いだったのか。



母がぽつんと、

この葉書を出さなかったら、このカタログ分は姉のものになるのだろうか、と言う。



「婚」の場合は、渡したカタログから戻って来た葉書分だけがカタログランク毎にチェックされ、

清算される。

だが「葬」の場合はどうなのか、私も識らない。



母は、どうであれ、葉書を出さないことにしたようで、私もそれに習おうかな。

[ 2007/12/20 02:53 ] [ 編集 ]
お疲れ様でございました。
こころよりお悔やみをもうしあげます。

お姉さまの心痛を悼んであげられる妹さまのお気持ち、そうですよね。

残された者の方が辛いんだわ。



> 二人一組になることもなく、渡し箸をすることもない。



そうなんですか!?

ついこの間の葬儀では、それはあったのですが、斎場にもよるのでしょうか。



2年我慢をして、3回忌が済んだらあちらとのご縁を切りたいお姉様のお気持ち、痛いほど分かります。

カタログの葉書を出さないという手もあったんですね。

気づきませんでした。参考になりました。

[ 2007/12/20 09:37 ] [ 編集 ]
葬儀
ご無沙汰しております。本当にお疲れさまでした。



私も先の9月に実母を肺ガンで亡くしました。最期は眠るように静かでした。3年闘病した後のことであり、家族一同悲しみはもちろんですが、安らかに看取れたことをそっと安堵したものです。



それからの3日間は、やはり田舎の農家のこともあり、壮絶な忙しさでした。喪主の父があまり当てにならなかったので、(私も戦力外なので)ほとんどが義姉の肩にかかってしまいました。

ムラには、え?そうだったん?という、不文律だの、最初に話を通しておかないとまずい家だのが、やっぱりあったそうで、それが分かるまでが一苦労。まさに悲しむ暇もありませんでした。

何日かしてから、母の夢を見た後が一番悲しかったかもしれません。



どうぞ、お体を大事になさって、ゆっくりとお休み下さいませ。
[ 2007/12/20 14:16 ] [ 編集 ]
Re:お疲れ様でございました。(12/16)
有難うございましたm(__)m>サヨコさん



 > 残された者の方が辛いんだわ。



もちろん、逝くものも辛いですよね?

殊に、幼子やハンディを持つお子を遺して逝かねばならない母親の慟哭を、

私は 識って います( ┬_┬)。



でも、私は個人的に、故人と1番近しい人間にとって、火葬炉に愛しいひとの棺を納め、

扉が閉められ、点火される瞬間が、この世で1番悲しい瞬間ではないか、と思って います。。。



でも逆に、その瞬間があって初めて、遺されたものは、

逝くものからはっきりと引導を渡されるような気がしています。

逝くものへ渡すのではなく、逝くものから渡される、のだと。



かさかさと乾いた軽いお骨を拾うときには、既に諦めの境地に入らざるを得ない。。。



私は、衝撃で母乳が止まることを懼れた母から言われ、最愛の父のお骨上げを致しませんでした。

霊柩車に乗せられた父の棺を見送っただけです。



だから20年経っても未だに父から引導を渡して貰っておらず、

こんなにも恋しく苦しいのでしょう。



 > 斎場にもよるのでしょうか。



きっと「 郷に入りては 」の類であったり、簡素化であったりするのではないでしょうか。。



 > カタログの葉書を出さないという手もあったんですね。

 > 気づきませんでした。参考になりました。



ところが、ゆうやけぐもさんのお話によると、ゆうやけぐもさんの場合は、

自動的にお茶が送られて来たようです(滝汗)。

以前、私がいただいたカタログのように、「寄附」の選択肢があればいいのですが。。。

[ 2007/12/21 01:41 ] [ 編集 ]
Re:葬儀(12/16)
波多利郎さん

それはそれは、こころよりお悔やみ申し上げます。

年内に四十九日の取越法要を営まれるのでしょうか。

お淋しい年末年始となられますのですね。



 > 3年闘病した後のことであり、家族一同悲しみはもちろんですが、安らかに看取れたことをそっと安堵したものです。



義父のときもそうでしたです。

でもでも。 昨夜、私は、自分の母が逝くかも知れないとゾッとさせられまして、

動転して母に電話し、「私を置いて逝くな」と、わんわんと大号泣してしまいました(汗)。

こんなに泣いたのは20数年ぶりではないかと思います。



なまじ、姉の夫を見送ったばかりで、それはもう「葬」の情景が刻み込まれていますから、

半狂乱になってしまいました。



、、、突然逝かれると、私は後を追いかねません( ┬_┬)。

一緒に焼かれて父の元に逝きたい、と願う程です。



波多利郎さんも日に日にお淋しいことでいらっしゃるでしょう。

んでもどうか、落ち着かれましたら、

お義姉さまに感謝のお気持ちを、折々にしっかりお伝えになってあげて下さいませ。

形にもしてあげて下さいませ。



ほんとにもぉ、田舎の農家の「嫁」の立場たるや!!!!! ヽ(`Д´)ノ



波多利郎さんも大変なときに、お気遣いいただき、有難うございました。

[ 2007/12/21 02:00 ] [ 編集 ]
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