今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。
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生涯 見納めの映画 だとしたら。。。。







例の、元・班長の彼女とせっせとレディース・ディに通ったお蔭で、
スタンプが溜まり、初めて1本、無料で映画が観られることになった。


期限は1月末日まで。


元々、邦画は余り観ない私だが、
『容疑者 室井慎次』、『ALWAYS 三丁目の夕日』、『あらしのよるに』。

そして邦画ではないが『SAYURI』と怒涛の如く鑑賞した末の映画無料チケット。

『SAYURI』を最後に、
班長の彼女は、お嫁さんの臨月を迎えてスタンバイ。
これから暫くは、私 独り。



無料でどの映画も観られる、なんて、私には初めてのことで、
るんたった♪で、どれを観よう、あれにしようか、これにしようか。

コートをなくし、家の鍵までなくした事件にもメゲず、
12月からずっと、大事にチケットをお財布に仕舞い、
とてもリッチな気分で、楽しんでいた。



ところが。
いつでも行ける、と思っていたのに、それからドタドタ。

これで、期限切れで行けなかった、となると目も当てられない。


健診結果で、おたおたしつつ、第4週に突入。

さすがに焦っていたら、28、29、30日と、下の少年が発熱でダウン。

ひぇぇ、マジ、洒落になんない。

30日深夜には、夫が衝撃の健診最終結果を持って帰る。



31日。。。。。う"~ん。。。。

本気で家の片付けをしなくちゃ、
最悪、「ちょっと検査入院しましょう」になっちゃうぢゃん。


え~~~~ぃ!!!

私は、 映画に行くぞ! 行くぞったら 行くぞ!!

今朝の血圧、220あったけど、行くぞっ!

だって、もしかしたら、入院→手術→そのまま→これが最期かもしんないしぃ?




ぐちゃぐちゃの家を放っぽいて、野を超え山越え、一路、シアターを目指す。




着いて、はた、と考える。

どうしよう、何を観る?

ずっとあれも観たい、これも観たい、とあれだけ楽しく迷っていた。

『ハリー・ポッター』、『オリバー・ツイスト』、『男たちの大和/YAMATO』、、、



で。


結局、私の選択したのは『 THE 有頂天ホテル 』だった!


普段なら、きっと観ないジャンル。
んでも、三谷さん、豪華出演陣、ということで注目してた。
笑えるかな? 楽しいかな?

これが、私の最期、見納めの映画になっちゃうって、なかなか粋?




始まる前、予告映画が上映される。
久しぶりなので、全部新しい。


え? え? え゛~~~~~????


この音楽、この声、このシルエットって。。。。

ぅっそ~~~ん!@@

そこには、
私の愛してやまない、キャプテン・スパロウが!!!!



  映画はできるだけTVで観る。
  DVDを借りて観る。。。。
  そんな しぶちんな私が、予約してまで初めて買った『カリブの海賊』。

  これまで何度観返したか判らない、キャプテン・ジャック・スパロウ。。。。

  還って来る、還って来る、還って来る。。。。!!!



      くぅぅぅ~~~~~~~~~~。



      まるで 『 僕は死にまっしぇん! 』 の心境。

      私はこれを観る、絶対観る!

      『ナルニア』も未だだし、『海猿』も還って来る。

      私は、『 THE 有頂天ホテル 』を見納めにしないっ!!



、、、、。  orz....



家族のために、ぢゃない、自分のために、ぢゃない。
なんとも、我ながら情けなーい、をとなぢゃないこころ で 拳をぎゅうぅと握り。




『 THE 有頂天ホテル 』、理屈抜きに楽しめました。
演じてる皆さんも楽しそうでした。

私も、みんなも大笑いしてました。

役所さんには、久々に「これ以上、恥ずかしくて観ていられない」想いも味わいました。

観終わった後、場面場面が鮮やかに蘇る。

もしかしたら、
このジャンルには少ない、と思われるリピーター、多いかも、と思う。

こちらの皆さまには、シリアスに心配していただきながら、
私は『 THE 有頂天ホテル 』で笑ってました。

申し訳ありませんんんんんんんん。

ペン謝



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[ 2006/01/31 00:00 ] 観ました^^*☆ | TB(0) | CM(30)

どき、どき、どき。 の 果て の 果て。






おかしいと思ってたんだよね。


一緒に受診した夫の健診結果は全て出揃い、会社に送られて来て、もう1週間。


私のは、いくら乳癌と子宮癌分、夫より項目が多いとはいえ、
こんなに遅れてるのは、何処かで何かが引っかかってるとしか思えず。


昨夜、夫が心配そうな顔で、分厚い私の健診結果を持って帰ってきた。


この分厚さは尋常ぢゃない。


会社で受け取り、その場で開封しなかった夫を評価しつつ、
隠れて(笑)、自分の部屋で開封する。


またまた、厳封された紹介状が入っていた。


この二転三転の結果ってば、どうよ?
半笑いしつつ、ざっと健診結果に目を走らせる。


例の血圧と総コレステロール(中性脂肪は低かった)の数値が突出し、
動脈硬化が進んでいる危険信号。。。ここまでは、説明を受けた通り。
乳癌、子宮癌もクリアしていた。


あとは、腫瘍マーカーの異常しかない。



      !!!



う"~ん。 何種か受けた腫瘍マーカーのうちの1つ。



      正常値の3倍。



そうか、そう来たか !!!


妙に頭の芯が冴え冴えとする。


腫瘍マーカーって凄いね?
この数値が全てではないけれど、オプションつけといて良かった、良かった。


さささ、受診する病院を決め、今から大掃除だ~~~!

ペン励




[ 2006/01/30 00:00 ] 行きました^^*☆ | TB(0) | CM(32)

ぼんっ ・ きゅっ ・ ぼ~ん



私がまだ若く、 美しく(笑)、 飛ぶ鳥を落とす?勢いだった頃。


家族でTVを観ていたとき、
CMタイムに、ほっそりした華奢な女の子の水着姿が映り。


母が ぼそっと、TVに顔を向けたまま、

  「 あんな 女の子らしい娘 を持ってみたかったなぁ……夢だけど 」


      凍     でぇええええ?


「 夢だけど 」???  しょんぼり
「 夢だけど 」 「 夢だけど 」 … 脳内で限りなくエコー。

貴女の目の前に居るのは、なんなんだ? 娘ぢゃないのか??? なみだ

     そりゃ、私は丸顔の狸で、
     【 ほっそり ・ 華奢 】 ではないけれど、小顔だし、
     背はすらりと高くないけれど、脚はひとより長め(当時は)。

     化粧気はないけど、
     焦げきった小麦色の、バレーで鍛えた  筋肉美  健康美を誇る
     なんとか今風のイケてる方に入る娘、だと思ってたのに、思ってたのに。。。
     私は 貴女の夢の娘像には程遠いのね?? なみだ


「 ぼんっ ・【 きゅっ 】・ ぼ~ん 」 の
ぼん は、ある(爆)ので、【 きゅっ 】 を作ろう、と一念発起した結果、
若い、というのは凄いもので、ちょっと意識しただけでもたちまちサイズダウンする。
すぐに 横から見ると 「 ぼんっ ・ きゅっ ・ ぼ~ん 」 は実現した。

が、問題は、【 正面から見ると 】。

     「 ぼんっ ・ ?? ・ ぼ~ん 」 なのである。

う"~ん。 悲しい。



どう頑張っても、正面からの 【 きゅっ 】 が出現しないため、
その分、プロのモデルさんやタレントさんを観るときの
【 きゅっ 】 のチェックが厳しくなる。

唸るほど 美しく縊れたカーブを持つひとは、意外に少ない。

何故かなぁ、、、、少し 捻りのトレーニングをしたらイイのに。
勿体無さ過ぎ!

自分のことは 棚に上げまくりで 冷やかに眺めてきた。


  



で、この度。


健診で、心肥大がないかどうか、レントゲン写真上でチェックしていただいたところ、
先生から、衝撃の言の葉をいただく。


     「 りうりうさんの肋骨は 形が、、、、 」


ははぁ。。。
私の肋骨の形は、ひとより下がっているそうで。

私も ウェスト部分の範囲が余りに短いのに、
これでどうやって美しい「 くびれ 」ができるのか 不思議だったのだが、
この歳にして、原因は肋骨の形にあることを識る。

どう逆立ちしても、私には 【 きゅっ 】 は、生じない。

私の場合は、頑張れば、
「 ぼんっ……いきなり日本海溝……ぼ~ん 」なのである。 orz....
おぞましい二段腹、というのは、なるべくしてなる骨格でしたなぁ。。。。。 しょんぼり


     母上、母上。 
     貴女の娘は、頑張っても日本海溝です。 虚しい夢でしたがな。 なみだ


今や、日本海溝は跡形もなく、
和服を着る時は、普通の方々はウェストにバスタオルをお巻きになるが、
私は、ウェストはそのままでOK。
お胸を晒しで、元に戻らんかったらどないするっ!な硬さで、
ぎゅーぎゅーに締め上げて、お着物姿になられるのでありました。  orz....


モデルさんやタレントさんのウェストの形に
厳しくチェックを入れるのもやめました。

努力だけではどうしようもない。 骨の形がものを言うなんて。。。

なんと悲しい。  はぅ

頑張れば、綺麗なウェストになれる肋骨を お持ちの方々には、
是非とも努力され、美しいウェストラインをキープしていただきたい。 ( ̄^ ̄)


ペン鬱



ジャンル : ブログ
テーマ : ( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \    

タグ : ウェスト ウェストのくびれ 肋骨 骨格 叶わぬ願い

[ 2006/01/29 00:00 ] あいたたたっ!(>_<) | TB(0) | CM(26)

おめでとう! 初孫誕生!!






☆\(^o^)/☆



例の同い年の元・班長の彼女に、無事、初孫ご誕生!!!


40代の若いおばあちゃん。

見た目だって、大学生のお嬢さんと姉妹に見られるほど若いのに。
。。。なんだかとってもヘンな気持ち。

んでも、自分がその歳だから、違和感があるのであって、
昔のひとたちは、もっともっと早かっただろうし、
今だって、若くしておばあちゃんなひと、多いよね。

私が子どもの頃、「おばあちゃん」に見えたひとたちも、
当時の年齢を思うと改めてお若かったことに驚く。(失礼な話だ)

バレーのチームメイトもおばあちゃんになってるひとが居るし、
他チームのひとでは、40歳でおばあちゃんになってたひとが居る。


想いをめぐらせば、中学時代の友人で、
既におばあちゃんになってる子は、結構いるし、
高校時代の友人も、ちょこちょこ。

でも、大学時代の友人はまだ。
キャリア志向で非婚主義が多かったり、
どうしても遅い結婚になりがちだから、かな。(私だ、私)


班長の彼女の場合は、こちらに転居して来たとき、
まだ、高校生で、可愛かった息子さんのイメージがとても鮮やかだから。


私と同じ、三男さん夫婦だったのに、
他に誰もご夫君のご両親の近くに住まないために、
三男である優しいご夫君が、無理をし、
家を建てて、近居の形で転居して来られた。

新参者同士の私たちは同い年ということで、すぐに仲良くなれたのも束の間、
ご夫君が義母と同じ難病に倒れ、いのちは取りとめられたが、
下半身に障碍が残られる。

それでも、毎日辛いリハビリに励まれ、
頑張っておられたのに、今度は癌に倒れ、そのまま帰らぬひとに。。。。

先に難病に倒れられたために、生命保険はその時点で終了し、
ご夫君亡き後、ローンだけが残り、息子さんは進学を諦め、就職され。

そして、結婚され、おかあさんの近くに近居し、
この度、めでたく、赤ちゃんのご誕生!

お嫁さんにはご両親が既に他界しておられるため、
彼女をとても頼りにしてて、
退院後は、暫くみんなで彼女の元に。



冬の寒い日に、陽が射したような倖せ。

どうぞ、すくすく元気でおおきくなぁれ。
おばあちゃんが、とってもとっても喜んでるよ。


     陽菜ちゃん、ご無事でご誕生、おめでとう!!

ペン快晴



たっくん、自動車学校へ。






ふひぃ。



この春に晴れて「学生」となった少年が、
もう「免許」を取得するようになっただなんて、夢をみているようだ。


昨夏に取れれば取ってしまいたいようであったが、
何かと生活が落ち着かず、今回の申し込みとなった。



31万円。

学生パックとかで、
見極めや仮免に何度落ちても追加料金が不要なものだと言う。

免許を取得してから、「外」で「接触」その他をするよりは、
しっかり、自動車学校内で、とことん練習して欲しいと思うので、
「追加料金不要」なのは有難い。


かく言う私。


広島時代は、街中でもあり、環境を守るため、もあったし、
公共交通機関が充実していたし、駐車場も大変だし、
車は持たない、乗らない主義であった。

私自身が、臆病なくせして、強引なところがあり、
とにもかくにも、うっかりさんの慌てん坊なので、
 「 りうりうだけには、免許は取らさん 」という
半ば、父の遺言のようなものもあった(笑)。

が、この地に転居するにあたり、車がなくては生きて行けないため、
30代にして、今しかない、と、免許取得にチャレンジ。

昼間はようやく歩き始めた下の少年を連れて、
自動車学校の託児所へ預けては通い、
夜は、上の少年に下の少年を預けて、学科に通い。


夜、何気なく電話をしてきた母が、
4歳の少年が1歳の少年を子守りして留守番しているのを知り、
可愛想で、居ても立ってもおれずにヤって来たことがあり、
帰宅するなり、叱られた記憶も懐かしい。


天性のセンス?(笑)にて、3週間足らずで、
1度の見極めも落ちず、仮免、本免、全て一発合格。


「 凄いぢゃん!>ぢぶん 」と思っていたが、「外」に出てみて、使えないのを識る。


私の場合は、「たまたま」一発合格したのであって、
よく判って、ハンドルを切っていたからではなかったのである。

ともあれ、この地に来て、車がなければ本当に生きていけないことを識り、
あのときの少年たちに感謝している。

下の少年は、小さなリュックに生協のお菓子をひとつ入れては、
自動車学校へ通ったのをぼんやり覚えている、と言う。
1歳だったのにね。



    ◆   ◆   ◆



さてさて、京都だから、
年毎のアパートの契約更新料に、先日9万円近くが飛んだばかり。

またまた、今度は31万円が、ぼんと飛ぶことに、
夫はげっそりしていたが、
就職するにしても、何処で暮らすにしても、必要不可欠のものだから、
私は、免許取得までは、私たちが出す、と決めている。


(そのかわり、車は違う! 自分たちで購入すること。
 私たちが代わりに支払うにしても、
 親ローンを組み、何年掛かっても絶対返して貰う、と
 少年たちには申し渡している)


 「 もっと安いのがこんなにあるのに 」


夫は、何処で貰って来たのか、
海外旅行パックのようなカラフルなパンフレットを私に見せる。


目を疑った。


それは免許取得のためのまさに「旅行」パックで、
取得期間中は、それなりのリゾートホテルに宿泊し、朝昼晩と食事がつく。
リゾートホテルだから、プールやテニスコート、カラオケルーム完備。
毎晩のようにパーティも開かれる。

それで、30万を切っている。

いろんな場所があり、いろんなホテルがあり、いろんなイベントがあり。。。
30種類以上もある。



?????!!!!



郊外で、寮のような、寄宿舎のようなところで寝起きし、
3週間で免許を取得するところがあるのは識っている。
一昨年、次義兄の子がそこで缶詰になって、取得していた。

んでも、これは、まるでリゾート気分のリッチなパック。

私が行きたいくらい(゚゜)\バキ☆

、、、ていうか、なんで、宿泊費と食事がついて30万を切るの?

(おそらく学生さんたちばかりで、)毎日リゾートホテル生活を送り、
南国のあまり交通事情が厳しくないところで、
免許のことだけ考えてればよくて、
んでもって、毎晩パーティ、だなんて、大丈夫なの?


人間が変わっちゃいそう。


ひとときのゴージャスな夢、が、免許を取るまで続く。

なんか(好ましくない)ドラマがたくさん生まれてそうで、
根拠のない自分の偏見から、なんだか、ぃや~~~な気分になってしまった。


  「 却下!! 」 不機嫌に言うと、夫も

  「 やっぱり? 」


判ってたなら、そんなもん、見せるな~~~!!



うちの少年は、通い易さをメインに考え、
大学とアパートに1番近いところを選んだようだった。

無料で「学生パック」ができる時期を狙って申し込みをしてくれた。

それが当たり前のことだ、と思ってたけれど
そうでもなかったのかもしれなくて、なんとなく、嬉しく、有難たかった。
             ……はぃはぃ、私は、「 古~い人間 」ですとも。


夫は、夏休みにこちらで取って欲しかったようであるが、
そうは問屋が卸しますまぃ。 もう、彼にはあちらの生活がある。


ペン自転車
 


『 いただきます 』 と 『 ごちそうさま 』




昨今、とみに『 食の大切さ 』が見直され、
PTA講演会でも、『食育』をとりあげるところが急増して来た。


一昨年、うちの中学PTAの講演会でも、
「食を科学する」観点から講師の先生にアプローチいただいた。

がしかし、その講演では、
まず、食事の際の「 いただきます 」の概念からお話になられたので驚いた。

このときの話や、食材について考えようと、9月23日の日記 に述べ、
皆さんから、とてもたくさんのコメントをいただいた。



先ほど、こままさんちで、ショッキングな記事を教えていただいたので、記しておきたい。




毎日新聞の記事で、

TBSラジオの『永六輔その新世界』(土曜朝8時半~、放送エリア・関東1都6県)のなかで、
昨秋、「いただきます」を巡る話題が沸騰した、というのである。


きっかけは、番組に寄せられた、
『給食費を払っているのだから、子どもにいただきますと言わせないで』、と
 学校に申し入れた母親がいた」という手紙から。




実を言うと、小学校PTA時代、
うちの小学校の懇談会でも、同様な意見が出たことがある。


が、それには、文科省の是正指導を受け、
何かと学校での「教師による【思想】教育」云々が問題とされ、
片っ端から攻撃を受けていた、という背景が在る。


曰く、給食時の手を合わせて号令をかけての「いただきます」は
   統制色が濃い。
   宗教色が強い。
   偏向教育ではないか、思想教育ではないか。

果ては、【感謝のこころの押し付け】ではないか、と。


ここまで言われて、返す言の葉に詰まられた先生に取って代わった私。。。
あ~ぁ、止まらない、止まらない。(誰か止めてっ)


    今日も、食事を口にすることのできたことへの感謝。
    こころ込めて食事をつくって下さった方々への感謝。
    食材を栽培し、採って来て下さった方々への感謝。
    ここに届くまでの燃料、CO2で地球を傷めていること。

    そして、いのちをいただくことへの感謝。


    そのこころを持とう、と教えて下さることは、
    思想の押し付けか、宗教の押し付けなのか。

    ひととして、当然持って然るべきこころへの教育ではないのか。


したらば、何故に手を合わさせるのか、と切り返される。


    手を合わせる、というのは、
    古来から、感謝のこころの表現として遣われて来たものであるし、
    手を合わせる行為は、どうも、元々は、
    自分自身の内宇宙、自分に向き合う、という意味合いを持つらしいですよ。

    自分のこころに向き合い、
   「いただきます」と感謝のこころを言の葉にのせる。
    これの何処に問題があるのでしょう?

    私にとっては、とても自然なことで、
   「いただきます」を言わないで、食事を始めることの方が苦痛です。
    今後、例え学校で禁止となっても、
    私はうちの少年たちに「いただきます」と言わせるでしょう。


、、、ってなことで切り抜けましたが、どうだったのでしょう。

蔭では、非難囂々だったかも(笑)。 いいもぉん。



     ◆   ◆   ◆



あれからもう6年が経つ。

また、このような「いただきます論争」が、全国の至るところで在るのですね。



給食時の「いただきます」さえ、
「お金を払っているのだから不要」というご時世なら。


私たちが目指して来た、

  「お互いさま」で「感謝のこころ」で助け合ってPTA活動していきましょう。
   どうぞ役員さんじゃないひとが役員さんを支えてあげて下さいね。
   できるときに、できる形で。

 
なんて、やっぱり夢のまた夢、絵に描いた餅、でしかないの??


いやいやいやいや。 諦めないったら、諦めないっ!

ペンえー



[ 2006/01/26 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(28)

どき、どき、どき。 の 果て。






健診の先生から預かった分厚い書類と紹介状を持って、
午後から、東広島の大きな個人病院へ行く。



2時から、なので、正午に自宅を出発。

途中で携帯の急速充電器を注文。

 (溜まっているポイントを使用しようとしたら、
  それは、あらかじめ「ポイント使用で充電器を送れ」と
  カスタマーセンターに申し込み、カスタマーセンターから
  送られてくるのを待たないとダメなんだそうである。
  面倒だし、その間の代替器が必要であるため、現金で購入。

  ポイントというのは、機種変時のみ即時有効、なんだなぁ。。)


1時半、病院到着。

個人病院といっても、総合病院の様相。
内科、外科、産婦人科、耳鼻咽喉科、、、。
内科だけで、3診ある。

2時。
私を診て下さるハズの先生は、急遽、救急車に乗って、
患者さんに付き添われているとの由。

3時。
血圧を看護師さんが測って下さる。

 「130」  あれ? れれれ??

何度も測る。 最後は直に脈を取られて。

 「正常値」。   orz....



そりゃ、嬉しいけど。


担当の先生も困惑の表情。
 「 貴女は何をしに来たの? 」とおっしゃりたげな。
気のせいか、心なし、ヤル気なし?

   「 頭痛や眩暈は、血圧が200もあればそのせいだけれど、
     血圧がこれではね。。。。

     余り酷ければ、神経内科や神経外科だけれど、
     大半がなんでもないものですよ。 

     市販の頭痛薬を飲まれて過ごされても大事ないでしょう 」


「市販の頭痛薬を、、、」と言われた時点で、
もぉいいや、この先生、つっこんでは診て下さらない、と感じてしまう私。

ダメね、こんなこと感じちゃったら、きっと先生にも伝わっちゃう。

それにしても、MRIやCT機器が在る、と待合ロビーに貼られていた。
調べて貰えないないかなぁ。。。。
って、自分から言い出す雰囲気ではないし。

とりあえず、コレステロール値は高いので、
もう一度、午後からだから「参考値」とすべく血液検査をし、
結果を待って、診療方針を聴くことになる。


3時半に血液採取。 結果は4時半。

5時前に名を呼ばれ、やはりコレステロールが高いことを言われる。


  「 この数値だと、薬を飲み始めた方がいいのです。

    でも、なんでコレステロールを調整しなくてはならないか、というのは
    動脈硬化の予防、のため、というだけですからね。

    少しダイエットも兼ねて食事に気をつけられ、再検査しましょう 」



先日の私の動脈硬化検査では、
動脈硬化状況、、、、60代前半と出ていた。  orz....
但し、血管詰まり状況はなし、良好。

意外にもドロドロではなかったらしい。

血管だけが硬い。。。。 ふみみ。


血圧については、これまで低血圧でもあったことを鑑み、
「血圧管理手帳」をいただく。

毎日、朝昼晩、血圧チェックをして、グラフにし、
1ヵ月後に再診を受け、コレステロール値がやはり下がっていなければ、
投薬開始、ということになった。

ということで、血圧計を購入することに。

帰りに、薬局、電器店を覗いてまわり、結局ネットで検索比較。

テルモ電子血圧計ES-P2000A


なんと、先日プリンタを購入したところが1番安いことに気付く。
電器店価格より1万円安い(驚)。
この違い、、、修理のことを考えても、ネットに軍配を上げよう。

同じお店なのに、楽天ショップでは、300円高い。
楽天だとクレジット決済になるからなのだろうか。

にしても、1万円が飛んで行く~~~~~。。。。



自業自得。 今日から野菜健康生活??  ヽ(`Д´)ノ



 帰宅時間は、午後7時をまわる。 すっかり疲れて、爆睡。

 でも今朝も酷いこの頭痛、眩暈。。。。

      もしかして、私の 更 年 期 の症状なの……???

ペン痛




[ 2006/01/25 00:00 ] 行きました^^*☆ | TB(0) | CM(16)

PTA総会考






23日の日記へ、コメントをいただいたなかで、

私の

  > 総会で何名集まって下さるか、毎年胃が痛みます。
  > その人数こそが、昨年度のPTA執行部、PTAの在り方への評価であり、
  > 今年度への期待値だと思えてならないからです。。。。

というコメントに対し、_AZ_さんからメッセージをいただいた。

少し、私の目指した理想(笑)の「総会」について書いてみたい。





_AZ_さんからのメッセージは以下の通り。(改行、りうりう)


  > 私も「総会」にはあまり出ない方です。
  > なぜかって、 ただの報告会だから です。
  > 何度か出てますけど、今年度の豊富みたいな事って言わないし、
  > ほんと形式的な物なので、
  > 後で配られるプリントを見ればいいや と。
  > 500家庭はあるであろうPTA会員の中から、
  > 出席するのは40~100くらいかなぁ・・・
  > 新役員、新委員の方々が殆どですし。
  > 質疑応答の時間も、とられていても「質問なんて許さないわっ」という
  > 「睨み」をきかせる役員さんがいる年もあって。
  > 私が質問すると、「まったく面倒くさいなぁ・・・」という態度で答えられるとね(ーー;

  > そういう方々ではない年もありましたけど、
  > にこやかに立っておられる役員さん、委員長さんを見ると、
  > それだけで安心したりもします。
  > ・・・この辺の「今年の役員はどんな感じの人?」を見るのに
  > 「総会」って良い場なんですけどね。
  >「お任せするわぁ~」な人が多いから、
  > また、行っても それにどういう意味があるの?という事もあるし、
  > それで出席率が悪いんでしょうね・・・・・






言うまでもなく、PTAにとって「総会」が最高議決機関であり、
昨年度のPTA活動全般に渡ってのチェック、承認を得る場であり、
今年度の新正副会長はじめ、執行部メンバーの是非を問う場であるんですよね。


それが、単なる「報告会」に成り下がっている(←あえて書く)のが、
大きな問題なんだと私などは、感じています。

忙しい皆さんの時間を余り取ることができない。
んだから、効率よく進行していくために、資料を準備する。
そこまでは、当たり前のこと。

んだけど、なんで、それをそのまんま読み上げるだけ、なんでしょうね?
あたかも「儀式」の如く?
なんで、質問や、意見を封じてしまうような雰囲気をつくりあげちゃうんでしょう。




実は、私の広島時代の中央部の大規模小学校PTAがそうでした。

総会で、保護者の椅子の何列か毎に、立って見張りをしてるかのように役員を配置。
表向きは、挙手して発言するの時にマイクを渡すため、との由だが、
これがまた、睨む、睨む。
例え決算報告の数字に間違いがあっても、挙手なんてできません。 

役員会のときでさえ、挙手して質問や発言しようものなら、
「迅速な会進行を自らの不勉強からくる質問でみだりに妨げた」という
始末書を後で書かされてましたから。

そんなようなPTAだったら、自分からかかわりたくないし、何も期待しないし、
好きでふんぞり返って、牛耳りたいひとが好きにしたら?、、、と思ってしまう。

懺悔しますが、
平の役員として、それなりにヤってみた私は、始末書書かされまくりです(爆)。
さすがにこのなかに入り込んで、内から変えていこう、、、という
パワーは持ちえませんでした。

保護者集団とは【別格】のPTAであり、執行部であって、別に構わない。
役員になっても、「上」から言われた通りをしてれば間違いないし、
『うるさい「上」がそう言ってるから』の説明で、皆に通じる。
逆に皆に同情されたりする。 完全に恐怖政治のようなもの。
とにかく目立たないよう、
良い意味でも悪い意味でも、執行部の目につかないよう、1年過ぎれば終わり。

私の目からは、誰もがそれをよし、としているように見えました。


私がずっとあの小学校に居たら、、、、う"~ん。。。どうなってだろう???
                        (保護者の退校勧告??)





また、一昨年の県Pの総会で起こったことなのですが、
県東部から活発に質問、意見が出て、
「をを!」と私などは、とても興味深く、面白かった(゚゜)\バキ☆のでした。

でも、それが執行部との激しい質疑応答となり、
それが、批判のための批判になってきて、堂々巡り。

余りに非建設的な意見で時間がかかると、
県北部や島から出て来られてる方々は、帰られなくなってしまうし、
元々、単Pで忙しいのに、県Pまで担って下さる方々への感謝の気持ちを
皆さんがそれぞれお持ちであるのが、段々場の空気に出始め、
最後は、県東部の方々が「悪者」な雰囲気で後味悪く終わってしまいました。

これもまた、「総会」の場について、色々と考えさせられた事件でした。




    ◆   ◆   ◆




ともあれ、総会は、全会員が一堂に会し、
全執行部と全役員さんの1年間の歩みと、
その成果を直接識ることのできる、唯一の機会。


ここで、1年間頑張って来た役員さんたちから、

事件は、会議室で起きてるんじゃない! 現場で起きてるんだ! な臨場感で、

是非、皆さんにご自分たちの言の葉で伝えていただきたい、と願うし、
聴いておられる皆さんもまた、応えていただきたい、と願うし、

昨年度役員さんから、今年度役員さんへの
素敵なバトンタッチ、エール交換を全会員が集う総会でしていただきたい、なぁ、と。



忙しいなか、時間が延びるのは申し訳ないけれど、
それだけ、興味深い内容だったら、濃ゆい内容だったら、
よほどの事情をお持ちの方々以外は、納得していただけるんじゃないかしらん。

新役員さんたちを支えよう、助けよう、というお気持ちにもなって貰えないかしらん。



現在の中学校のPTA会長は、朗々としたお声で、
ざっくばらんななかにも、とてもいい挨拶をされる御方なので、
会長の挨拶を楽しみに、行事に参画される会員さんもいらっしゃいます。

教職員挨拶では、必ず、ギター片手にお歌を歌われる先生がいらっしゃるので、
それも名物化して、楽しみのひとつ。

何かイベントをするから、では本末転倒ですが、


 「 よっしゃ! 総会に行ってみよう。

   昨年度の役員さんたちに有難うを言おう。
   今年度の役員さんたちにエールを送ろう。
   (今年は自分に何ができるか、を考えてみよう) 」


と、思っていただけるような総会=PTA活動=みんなの総会をしたい、と願い、
折に触れて働きかけ、動いてきました。
       ……10年頑張っても、程遠かったけど。

書類だけで済ませられる総会の方が、
無問題で間違いのない安定したPTAなのだ、みたいな意見もありますが、
私は、みんなのPTAなんだから、みんなのお顔の見える総会がいいなぁ。

んだから、高校のPTA総会には、せめて出るだけでも、と
やりくりして出席しています^^*☆

ペン前転右




[ 2006/01/24 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(30)

副会長考 再び





ふぅ。。。。


早いもので、昨年5月につたない『 副会長考 』 を記して半年以上過ぎた。


あれからずっと、下手な考え休むに似たりではあるが、頭を離れたことがない。

何度か書きかけてはやめ、何度か書きかけてはやめ。



この度、りきkkぱぱさんの『 副会長ならやりたい 』を読ませていただき、
「校内の活動全て」を「副」を頼むにあたらない、と斬り捨てられ、
ひとりでやり遂げて来られたりきkkぱぱさんが、
「副の苦労、副の心得が解からない」とおっしゃったことに刺激され、
やっぱり書いてみることにした。

以前書きかけていたものに、少し手を加えたものである。



    ◆   ◆   ◆



楽天さん中心に数々のPTA関連ブログを読ませていただいているが、
会長さんと以心伝心、がっちりタッグを組んで、
楽しく活き活きと活動されておられる副会長さんは、5指にも満たない。

殆どの副会長さんが、種々の悩みを山ほど抱えて苦しんでおられる。
(だから、日記を書いておられるのかも知れないが)


それに触れるにつけ、「会長さん、しっかりしてくれ~~!!」と思う。



以前も書いてみたが、各単Pにおいての副会長の位置付けは、
私がこれまで体験したり、見聞きしてきたなかでは大きく2通り。


1) 副会長は、文字通り会長の【副官】である。

     会長と常に行動を共にし、同様に動く。
     会長不在の場合は、連絡を密にしながら、代理として動く。

     運営実行委員会のなかに「執行部」として参加し、
     一般役員さんと共に活動をする副会長もあり。


2) 副会長、として担う役目が具体的であり、複数の場合、各々分担されている。

     会長は、主として校外へ赴き活動する。
     副会長は、校内で実際に各委員会の動き、流れをまとめて
     データとして会長に報告する。
     複数の副会長の役割は、それぞれにきちんと分けられている。
     例えば、副会長Aは『母親代表担当』、副会長Bは『郡市P担当』等。


他に、変わったところで、
● 中学校PTAで、各小学校区から、小学校区の代表として1名副会長に就任。
● 教頭先生が、副会長のひとりになられる学校もあり。




今、思うのは、
1)であっても 2)であっても。


正会長が(見込んで)選んだ(お願いした)副会長ではなく、
正も副も別々に、選考委員会等で選ばれたひとたちの、
最初は烏合の衆であったとしても。


共通項は、互いの愛する子どもたち。




んで、忘れてはならないのは、対外的にも対内的にも、

【 会長 】 が、そのPTAの代表である。  ということだと私は思う。




副はあくまで副である。


どんなに実質的に動いているのが、副であっても。
例え会長が何にも判らない、識ろうともしない、
挨拶だけしててくれればいいような、お飾りの会長であっても。


会長としてそのひとを選んだのは、自分たちPTAであり、
4月から既に半年以上を経過しても、
そのひとがそれだけのものでしかない(ように感じられる)のは、
自分たちの責任でもある、と感じなくてはならないのではないだろうか。


副は、会長の目であり、耳であり、
会長の想いを載せた手足としての機能でありたい。


形だけでも、会長を立て、きちんと連携を取り、全ての報告をする。

 今、何がどのように行われており、状況はこのようであり、
 最終的に○○を目指して、△△委員会が、□□のように動いている。

それで間違いはないか、【会長の意向】に沿っているか等々、
常に以心伝心の関係性を持っておきたい。



そう、【会長の意向】。


会長は、選考委員会で選出された単Pの代表者である。

彼、もしくは彼女の意向(最低、事前承認)抜きで、
物事が進んでいてはならないのではないだろうか。

それで初めて、正は副を信頼し、全てを委ねられるのであり、
副は正に、胸を張って

「(会長の意向をくんで動いた結果だ、)全ての責任を負ってくれ」と

言えるのだと思う。



私は、副は正に頼られてこそ。(例え言の葉だけでも)
   正は副に立てられてこそ。

その学校のPTA執行部として、内外に頑張っていけるものだ、と信じている。




……いろんな学校があって、いろんなPTAの形があって当たり前であるが、
少なくともPTA会長が、そのPTAの代表である、というのは
普遍的なものではないだろうか?


PTAは組織であっても、企業ではない。
同じ保護者同士、全く、同格のものたちの集まりである。

役員だから、会長だからって、上司でもなんでもない。
単なる、役割分担の形でしかない。


PTAの意義やら意味やら、
ひとつひとつの行事の意義やら意味やら。

何のために在るのか、なんのためにヤるのか、頑張る意味は何のためか。
そんなことをひっくるめて、共に在り、語り合えるPTAなら、
きっと楽しいはずであり、わくわくするはずのものであると思いたい。

数々の山や谷は、皆のこころを試し、
メリハリ持って克服する香辛料にさえ変えていける。


それもこれも、(皆が選んだ)会長さんを旗印とし、
皆が一丸になれてこそだと思う。


(逆もまた真なり。
 副が、正の望み、意向に添わねば、
 正は、副に希望を言い、そのように育って貰う努力が必要ではないだろうか。
 互いに気持ちよく、1年を共に頑張れるよう、
 語り合い、歩み寄り、互いに育たねばなるまい)



レモンさんの本に皆が感動したのは、どうしてか。


レモンさんの熱さと努力に、皆が少しずつ考え、変わって行き、
レモンさんもまた、育って行かれたから、ではないのか。


役員に選ばれた以上は、その責を全うしよう、と、
皆がない時間をやりくりして、集うのだ。
その想いと労力を報われないものにするには、余りにもったいない。


PTAは、これからどんどんその存続意義を問われて行くだろう。
自分たちのPTAが時代に即して生き残っていくために、
皆の知恵とパワーが必要である。

自分たちのPTAの何処にどんな可能性を見い出し、
どんな展望を持って歩んで行くか。

私たちのPTAだって、
レモンさん以上の感動のPTAになれるはずだと思う。

お金がない。 不審者の横行。 青少年犯罪の低年齢化。
艱難辛苦のこの時代。
会長さんの、副さんの、執行部の腕の見せどころではないだろうか。

せめて、正と副が一体となって、考え、智恵を出し合い、役割分担していこう。
執行部でコンセンサスを固めよう。

その歩みが、PTAの真髄のように思う。


したらば、山も谷も、きっと皆で乗り越えられる。  ……と、信じたい。

ペン雪




[ 2006/01/23 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(31)

『 花眼 』



秋以来の この連日の偏頭痛。
もしかして。
「 老眼 」 からかも知れない。。。。??

そう、実家の母と話をしたとき、

  「 【 花眼 】 の時期が来たのだと 喜びなさい 」

う"~ん。。。



【 花眼 】 かぁ。。。
…… 確か「 かがん 」と読み、漢詩に出て来た言の葉のはず。

年老いて、花霞のように? ぼんやりと ほんのりと
美しく見えるようになったさまを言うのではなかったか。


母曰く、

   「 歳を重ね、全てをぼんやりと眺めて愛でるのだ 」 と。

   「 物事に、はっきりくっきり白黒つけようと、
     しゃかりきになって 心を痛めるのではない 」 と。
 
あいたたた。。。めちゃくちゃ耳が痛いぞ!



     ◆    ◆    ◆



木を観て森を観ず、な若さ をも戒めている言の葉、なのだろうか??
正確に きちんと 識りたくて、 少しググってみると、
玄侑宗久氏が、2月1日の朝日新聞に、素晴らしいエッセイを寄せておられた。

すご~ぃ!!
私如きが、もう、何も書くこと、ない。 



     ◆    ◆    ◆


【 花眼 】。
この美しい言の葉に、こころ寄せるひとは多いようだ。

俳人である森澄雄氏は、ずばり『 花眼 』という句集を1969年に発表。
最近では、歌人の道浦母都子氏が『 花眼の記 』を2004年に発表。

後者は、自分の老い、母を失い、老いて病む兄、
自らも体調を崩し、そして復調へ、、と、
様々な花の章に分けられて詠われているらしい。


    「 夫も子も無ければ失うこともなし きーんと冷たきあけぼのふうろ 」

    「 束ねたる髪をほどけば思いあふれ 戻りゆくなり二十歳のわれに 」

    「 椿の林抜けて至れる浄土なれ 青き蝶々もおりおりに飛び 」

                  『 花眼の記 』 ( 道浦母都子/本阿弥書店 )


わー



ジャンル : ライフ
テーマ : 生きるということ

タグ : 花眼 ホァイエン 老眼 玄侑宗久 森澄雄 道浦母都子

[ 2006/01/22 00:00 ] 老い。 | TB(2) | CM(19)

続 ・ 続 ・ どきどきどき。






現金なもので、
秋以来の毎日の偏頭痛と時折襲うめまい、年末からの間断ない吐き気のうち、
これらの症状が、おそらく血圧が高いことによるもの、と判明してから、
吐き気がほぼ、収まったことに驚いている。


どうも精神的に弱いので、
あれやこれやの症状から、自分で追い詰めて行っていたのだろうか。


しかし、頭痛とめまいは、続いている。

これまで起き上がれないほどの頭痛でなければ、
えいやっと起きて動いていたのだが、すっかり怖くなってしまった。

めまいが来ると、
このまま、脳の何処かでぷっつんしたらどうしよう、と、怖い。


とにもかくにも、このままでは恥ずかしくて、ぷっつんできないので、
少しずつ、家のなかの整理を始めている。
(例によって、手をつけなければ良かった状態)。



      ◆   ◆   ◆



義母には、内緒にしきれず、つい血圧が「高め」だと言った。

言ったとたん、臍をかむ。

そうでなくても、私の体重増加に、
私の顔をみれば「油物を食べるな」「肉を食べるな」と
煩く煩く言われ、いい加減胃が痛くなっていたが、一挙にそれに拍車がかかる。


毎日毎日、朝昼晩の電話。 そして訪問。
何を食べたのか。
それではだめだ。 魚を持っていく。
煮〆を炊いたから持っていく。
酢のものが足りない。 つくったから持っていく。
野菜が足りない。

あんたは、ストレスが多すぎる。
早く仕事をやめ、中学校からも足を洗え。 etc.etc.。



だぁ~~~~~~っ!!



お願いだから、放っておいてほしい。

これで、いつも胃を壊し、こころを壊すのだ。

心配をかける私が悪いのは、判っている。
でも、私のストレスは、この地に在ること。 おかあさんそのものなのに。
なんで、判ってくれないのだろう。。。。。


ペン哀




笑えない。。。。






『ちびまる子ちゃん』のアニメを、きちんと観たことはないのだが、
あれだけ「ぴーひゃら ぴーひゃら」とテーマソングが流行ったので、
さすがの私も一応は、知っている。。。というか、見かけたことがある。


この度、15周年(凄い)を記念し、
フジテレビで、実写版ドラマになるとのニュースに、
『アニメを実写にして、成功するケースって殆どないのに、なんでヤルかな?』
と醒めた視線で観るともなく観ていたのだが。


おじいちゃん役がモト冬樹氏と知り、すっかりウケてしまい、
次々とキャストをチェックしていった。

500人を超える子役のなかから選ばれたまる子ちゃん役の少女も、
アニメのまる子によく似ていて、
他のキャストも、なかなか面白い人選かも、とニヤついてしまった。


   まる子  …  森迫永依 (オーディション)
   おとうさん … 高橋克実
   おかあさん … 清水ミチコ
   おじいちゃん … モト冬樹
   おねえちゃん … 福田麻由子
   おばあちゃん … 市毛良枝
   たまちゃん … 美山加恋
   戸川先生  … 笠井信輔(フジテレビアナウンサー)
 

そこで、まる子役の少女に、インタビューがかかる。


  「 将来、なにになりたいですか? 」

  「 大女優になりたい。 (周囲のどよめき)

    でもダメだったら仕方ないので、、、あの、あれ、選挙の、、 」

  「 うぐいす嬢? 」

  「 違う、あの、自民党のね、、自民党の政治家っ!!(周囲の笑い)

    でも、ダメだったらね、あの、バーコードを読むやつ 」

  「 あぁ、スーパーのレジ? 」

  「 ぅん!! 」


はきはきとしっかりした受け答えで、微笑ましいなかで、
「自民党の政治家」という答えが戻って来たとき。

周りの取材陣は、どっと笑っていたが、私は、笑えなかった。


女優を目指す、8歳の、子役修行をしている女の子が、
大女優の次に自民党の政治家になりたいという。

これまで、幼い少女たちに将来の夢を訊ね、
「女優」「タレント」「アナウンサー」「歌手」等々はあっても、
「政治家」と戻って来たことがあっただろうか?


周りが、早とちりして「うぐいす嬢」と言ったときに、
彼女は半ば、むっとしていた様子だった。

彼女の目に、この度の「小泉チルドレン」の女性たちがどう映っていたか。

最初に「選挙の、、」と言った。

彼女の目には、選挙中の「小泉チルドレン」たちの闘っている姿が
カッコよく、美しく映り、こころ奪われたのだろうか。



なにはともあれ、8歳の少女に、
「将来の夢」として、「政治家」への興味を持たせた。。。

何がきっかけであるにしても、
子どもたちが、「政界」に興味を持つということは、
しっかりと「社会」を観て行こう、ということに繋がるのかな?
それだけでも凄いことだと、私たちは、喜ぶべきことなんかな?


、、、なんか、違う。
と、ちっちゃな女の子の口から、「将来の夢は大女優」の後に、
「自民党の政治家になりたい」との言の葉がこぼれ出たのを聞いて、
一瞬うろたえた私。

ざらっと、こころの底に違和感を覚えてしまう私。

ペン問




[ 2006/01/20 00:00 ] ニュース | TB(0) | CM(12)

続 ・ どきどきどき。







1年ぶりの健診、行って参りました。


  夫  13000円。
  私  19000円。

  ふたりで32000円なり。
  早期発見、早期治療のため、とはいへ、痛いぞっ!
  健診スケジュールが、まだボーナスの余韻残る時期で、ほんと助かってます。



夫は午前中で終了。
一緒に昼食を取って、暫しのお別れ。

最後のマンモグラフィーが終わったのが、午後4時。(疲)



 
   体重の順調なる?増加。

   秋以来の毎日の偏頭痛。

   年末あたりからの、間断ない吐き気。
   空腹時の胃痛。

   時折襲うめまい。

   安静時に、「しゅわしゅわ、キーン」と耳奥で鳴ってる耳鳴り。

   肺が潰されるような圧迫感。

   ほんのちょっとのウォーキングで倒れ込み寸前。



むぅぅ。 成人病兆候、山ほど。


私としては、相当覚悟し、
どきどきを通り越して、半分開き直りの境地。


もぉ、何、聞かされても驚かないよぉん( ̄^ ̄)。



     ◆   ◆   ◆




健診の、何が1番嫌かと言えば、

自分が「考える葦」どころか、
「生臭い動物」「動く汚物袋」でしかないということを
改めて突きつけられるような気分になっちゃうこと。

でも、それは、事実なんだから、
1年に1度、そうして、なまもの、としての自分と向き合うことって
大切なのかもしれない。

霞を喰って生きてるんぢゃない、って思い知ること。
私には、必要なことかも。




     ◆   ◆   ◆




心配してた、心肺機能をクリア。 意外っ!

心臓肥大なし。肺胞も無事。

糖尿関係、腎臓、胃もOK。



2年前には細胞診まで行った甲状腺もクリア。
同じく、細胞診まで行った乳癌の方は、マンモグラフィの結果待ち。 

大腸、子宮、卵巣癌の方も後日の結果待ち。



、、ということで、問題は血液関係(腫瘍マーカー含む)だった。



はぃ。


いきなり血圧で、200をマークし、
私だけぢゃなく、看護師さんたちがあたふた。

私の過去のデータから、そんなハズはない、と、何度も何度も計測しなおし、
しかし、結局180ということに。

それでも、高っ。


この体型で、これまで低血圧だった私が、いきなりのこの数値。


   頭痛は? 吐き気は? ふわふわしませんか?

   よく、これで日常生活を送って来られましたね?

   今日のバリウム、やめておきましょうか?
   大丈夫ですか? 肩への注射はしないでおきますよ?


口々に、看護師さんが言われるのを聞きながら、
そうか、秋からの不調原因は、血圧だったんだ、と、
これまでの自分自身の異変に納得をする。



あとは、高脂血症ぎりぎりの高コレステロール。

そして、動脈硬化検査では、60代の身体だと。。。。。。orz....



やっぱり、血液どろどろ。 自覚症状→自己診断、大当たり。



とにもかくにも、大大大ストレスが溜まっている、との由にて、
即座に先生が紹介状を書かれ、病院へ送り込まれることに。

想い起こせば、膝の手術で入院時に、風邪の高熱と咳とで、
同じ病室の方々にご迷惑をお掛けし、村八分状態となってストレスが溜まり、
当時もいきなり200を越して、大騒動になったことがあった。

あのときと同じような頭痛、吐き気、めまいである。

送り込まれる病院として、町内やK市の病院を拒み、
東広島市の病院を紹介していただいた。(ここにも原因があるか?)
本格的に叱られるのは、そこの先生からになりそうだ。


ぽっくり逝けるのなら本望だけれど、
1番私の恐れてた形となるのを、少しでも避けるために、
今年は、性根を入れて、生活改善しなくてはならない、、、なぁ。。。。

ペン困




[ 2006/01/19 00:00 ] 行きました^^*☆ | TB(0) | CM(25)

どきどきどき。






明日はいよいよ、1年ぶりの健診。
午前7時には出発しないと間に合わない。

喉が渇いたんだけど、もう飲んぢゃダメだよね?



ちょっとヤバい自覚症状が、数箇所あり。


せめて体重を落とそうと、 ウォークマンまで買った のに、 …orz.... だし。



はぅぅ。

問診票に記入してるだけでも、言われることが容易に想像できる。
去年、叱られた箇所がもっと酷くなってるし。

え~ぃ。 自業自得!
たくさんたくさん、怒られて来よう。


         ……怒られるだけで済むのならいいけど。





これまた憂鬱なのが、木曜定休の夫。
12月に健診予定だったのに、出張やら何やらで日にちがどんどんズレて、
明日、一緒に受診することになってしまったこと。


あの総合病院では、健診部門が男性も女性も一緒くたなので、
ずっと内緒にしていた体重がバレるかも知れん。

         …… た、大変ぢゃんんんんんんん!!!(遅っ)


ペン乱




[ 2006/01/18 00:00 ] 行きました^^*☆ | TB(0) | CM(12)

11年目の1月17日






阪神・淡路大震災から11年目のこの日。



   この日に、ヒューザー・小嶋社長の証人喚問をぶつけ、

   前日夕方に、いきなりライブドアの強制捜査へと東京地検が動き、

   さらには、宮崎勤の最高裁判決が下る。



あたかも、マスコミの取材攻勢を散らすかのように。

あたかも、紙面や放送時間が限られるマスコミの矛先を
(誰かが)少しでもかわしたいと願っているかの如く。

ヒューザーが、ライブドアが、
単独集中砲火を浴び、何処ぞへ飛び火していくのを懼れるが如く。


なんか、おかしい。 釈然としない、と感じるのは私だけ?


      (昨夜のニュースで小嶋氏が泣いていたので、
       ついに関与した事実を認めたのか?と驚いて観ていたら、

       「 何も悪いことはしていないのに、
         子どもが孫を連れて家を出て行った 」という悔し涙だった。

       あきれ果てしまったが、私はおかしいのか?)



小嶋氏のパフォーマンスに誤魔化されるまい。
裏のつながり、そして、その構造。
しっかりメスを入れて貰おう。



でなければ、私たちは、1月17日に何を学んだと言えるだろう。


6434名もの方々の御霊に深く哀悼の真を捧げ、
明日は我が身かもしれないと、防災のこころ構えを日々、確認すること。

11年目を迎えた現在の被災地域の公債費割合や
三位一体改革による地方交付税削減の影響、歳入不足、各扶助費削減。


またしても お金がない!

本当に必要なところに、お金がない!

どうしてなのか。 何処へ消えていくのか。 暗澹とする。


決してひとごとではない。

しっかり観よう。 しっかり考えよう。 
 
ペン赤カード




[ 2006/01/17 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(20)

始まりました☆>登下校時の町内放送







11月29日の、中学校PTA緊急常任理事会にて、
町の子どもたちを町で守っていくために、様々に活発な意見が出たのだったが。



先週から始まった3学期。


午後4時半に、町内放送が掛かる。



   「 児童の下校時刻となりました。

     児童へ声掛けを致しましょう 」



ふみみ。。。
中学の緊急常任理事会から、1ヶ月を経た。
この間、「青少年補導員連絡協議会」にて、
私たちの意見、各小学校PTAの意見がそれぞれ前向き検討され、
多方面との折衝、調整が行われ、
できるものは、即座にヤって行こうと動き始めていることを感じる。


下校時刻を知らせる放送は、
確かにこれを合図に、皆が通学路を注目しやすい。
家に在るひとは、外の気配に注意を払うだろうし、
身体の空いているひとは、犬のお散歩等、
外へと出掛けて下さるきっかけになりやすいだろう。



明けて翌朝。

遠くのゴミステーションに可燃ゴミを出すために歩き、
登校中の小学生に声を掛けていたら、町内放送。



  「 児童の登校時刻となりました。

    おはようと、声掛けを致しましょう 」


ふむぅ。 朝も放送をするんだぁ。

  「 おはようと、声掛けを致しましょう 」

実際に、声掛けをした直後だったので、ちょっと恥ずかしい。



家に子どもたちが不在であるご家庭には、
やはり、外を意識されるきっかけになる放送かも知れないと思いつつ。

恥ずかしかった自分って何だろう。 と、ちょっと考えてしまった。


  「 おはようと、声掛けを致しましょう 」


と、デフォルトで「放送されなきゃ、声掛けをしない」とされていることなのか。



う"~ん。。。。

ヘコまない、ヘコまない。

千里の道も一歩から。

こんな放送がなくたって、デフォルトで皆が子どもたちを見守り、
自然に声掛けできる町になるように。

集団登下校しなくて済む、
それぞれに、思いっきり道草、寄り道下校できる社会になるように。

そんな社会でなくなった反省を踏まえての、
そのための、そんな、第一歩。

ペン晴




[ 2006/01/16 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(18)

【 17歳に戻れたら 】




 こままさんち から自分で拾い(笑)、 rain27jpさん からいただき、

 2本分の17歳バトン。 濃ゆいものになりそう??




Q1. 17歳の時、何をしていましたか?


   私の17歳の朝は、空港で迎えた。

   機内で過ごし、出迎えに来てくれた父の両腕に抱きしめられたとき、
   日付変更線を越え、新たにもう一度17歳の誕生日を迎えた のである。
      
           (…ああ、もう、これだけで充分濃ゆいやん?>ぢぶん)


   「受験」を名目に我儘を通し、家族と離れ。
   大好きな高校生活を死守した私は、
   なんのことはない、お決まりのクラブ(バレー部)と生徒会に情熱を捧げ。

   しかし、連日、物理的に生徒会が優先することから、
   クラブのチームメイトから詰られ、ついには退部となって、苦い涙を流し。


   中3のとき、級長と副級長だった彼と私。
   余りにバラバラで酷いクラスに、2人で結託して叛乱を起こし、
   授業ボイコットで学級会が続き、担任の支持を得るも、
   担任ぐるみの出来レースでは?と、
   クラスメイトたちだけでなく、保護者たちからも吊るし上げられた結果、
   見事なクラスとしてまとまっていった。

   当時、クラスのなかで村八分状態だった2人。

   辛くて辛くて、同じ想いを共有する彼とは交換日記を通じ、
   互いに励ましあっていたが、当然そこには、互いの淡い想いも生まれ。

   その彼と、奇しくも同じ高校に合格し、
   13クラスもあるなかで同じクラスとなり、
   またもや2人がクラス委員となり、公認の恋人同士となっていった。

   しかし、2年生になって、その彼とクラスが離れ、
   新しいクラスで、出逢った新しい彼との間で、揺れ、
   自分のこころが信じられず、いっちょまえに苦しんだ16歳から、
   17歳で初めて観た米国の雄大な自然に圧倒され、
   自分に素直に、1歩を踏み出そうと決意する。



   生徒会執行部で、志を共にする、またとない仲間たちができ、
   その彼らや彼女たちに、出自、国籍の違いで、深刻な悩み、問題、
   ひととして、闘わなくてはならないことが在ることを識り、
   これまで脳天気に、「自分は自分!」と当たり前のように
   勝負して来れていたことが、当たり前でなかったことを識る。


   
   クラシック一辺倒だった自分が、ラジオを聴くようになり、
   大石吾朗氏の『コッキーポップ』にハマる。

   陽水の『紙飛行機』、かぐや姫の『神田川』。
   聴いた途端に、絶対これはヒットする!と確信。

   クラシックばかりだったLPに、
   陽水、拓郎、かぐや姫、グレープと並ぶようになり、
   一方では、洋楽→JAZZを聴くようにもなっていく。
   (クラシック→ブラックモア は大学に入ってから)



Q2. 17歳の時、何を考えていましたか?


   自分の我儘で日本に残り、誕生日に家族のもとへ行ったことは大きく。

   そして、私の友人たちの抱えている問題は、途轍もなく大きく重たかった。

   否応なく、自分が生きていく「社会」という化け物に向き合わされ、
   ひとがひとりのひととして生きていくこと、生き抜いていくことは、
   どうしてこんなに辛いのかと、哲学してた。

   何のために生まれて来たのか、と考えるのではなく、
   生きていくために何をするのか、と考えようと思い、
   『法学』もしくは『社会学』に進もうと進路を決める。

   でも、受験勉強はしなかった(笑)。
   そんなもんは、いつだってなんとかなる、との甘~い考え。

   生徒会で手一杯で、あとは気分転換するため?とにかく本を読んで過ごしていた。



Q3. 17歳のイベントといえば?


   あぁ、これはもう、ファーストキッス、ですね。 なははは~~。

   高校の渡り廊下のベランダみたいになってるところで、
   互いに手すりを持って、外を眺めて話しているときだったので、
   暫く、心臓が停止致しました。



Q4. 17歳でやり残したことは?


   もっともっと、勉強をするべきでした。
   父母を泣かせた結果がこれかぃ、、、って。

   でも、志望大学を落ちたことは、当時の私には必要なことではありましたが。


Q5. 17歳に戻れたら何をする?


   ひとりの親として、あの頃の自分を省みれば、脇まで冷汗が滲む。

   いつもいつも。 思い返す度、時を停めて、やり直したい。
   父に。 母に。 心から謝りたい。

   父母に優しい娘であり、弟に優しい姉に。

   そして、当時、傲岸不遜であった私の
   無神経さや言葉不足で、私が傷つけ、踏みにじって来たであろう幾多のひとに。

   こころから、お詫びを申し上げたい。。。ぢゃなくて、
   お詫びしなくてもいいような自分であるよう努力する。


Q6. 17歳に戻っていただきたい5人


   面白そう、と思われた方に拾っていただけると嬉しいです☆☆


ペン玉乗り




[ 2006/01/15 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(16)

切干大根くずれのベーコン炒め☆






寒に入って、切干大根を作る時期がヤって来たのだが、
なかなかそんな時間がない。


それでも、義母からの電話が余りに長いと、
つい、頚椎には良くないのだが左肩と左耳で受話器を挟んで、
大根を『ベンリナー』でついて、ざるに並べて干したり、
厚め幅広の拍子木切りにして、下側に2本、切り込みを入れていく。

拍子木切りした大根の下側をスカートのスリットのように
2本切れ込みを入れた大根は、針としつけ糸とで、どんどん繋げ、
びろ~~んと外に干す。

ついた大根はすっかり乾いて、ビニル袋に仕舞い込んだが、
拍子木の厚いものがいまひとつ乾ききらない間に、雨天予報。



もぉ、食べちゃおうと、そのまま口に入れると甘くて美味しい。

このままおやつになりそうだ(゚゜)\バキ☆。



私も子どもの頃は、干し大根のにおいが苦手だった。

少年たちも煮物にすると、においに負けて箸が進まない。

そんな切干大根が、彼らや私にも大好物となるのは。



硬めにもどして、フライパンに油を熱し、
適宜な量の細切れにしたベーコンと炒めるのである。
(細切りの干し大根の方が食べやすい)

味付けは胡椒。
そして、最後の最後に例のお醤油(笑) をじゅっと回しかけておしまい。


なんともコリコリとした食感が嬉しく、香ばしく、美味しい☆☆

人参も少し、細切りにして最初によく炒め、
カリカリに近いものと合わせても、きれいで美味しく、栄養価抜群。


ベーコンの香りで干し大根のにおいは殆どしないが、
それでも気になられる場合は、胡麻油を数滴落とされると違うのでは。


乾物類は、ストックしておけるし、
太陽のパワーを貰って、栄養価が高いものが多いから、
折に触れてこれを活用しない手はありませんよね^^*☆


ペンはーと




中高生の男子のアンダーウェア考







バッカスチョコが大~好き(笑)なtiara_pittさんちで、
下着を着ようとしない、中1男子くんのお話が出てて。


我が家の少年たちも中学生になってから、その傾向が顕著になり、
思うことあって、コメントさせていただいた。



どうも、ワイシャツの下に下着が見えるのは、いまどき「ダサい」らしいんですよね。

そりゃ、確かにジャニーズの男の子たちが、
シャツの下に半袖下着のラインがミエミエで歌ってたり踊ってたりしたら、
ダサいでしょう。 生活感が見えると哀しいもんもある。

んでも、君らは、フツーの学校生活を送ってるひとたちだ。
私は、ワイシャツから男子の乳首が透けて見える方がヒく。

それに、中高生ってば、成長盛り。

汗も脂も活発に出るのに、化繊のワイシャツがそれを処理できる訳ないぢゃん。



……我が家の少年たちも下着を着ようとしなかったけれど、
肌が弱いので、化繊のワイシャツは泣きどころ。

まだ中学は綿混のポロシャツが制服だったけれど、
高校では、しっかりワイシャツ。


それに、家では、私がルールよっ!!! ( ̄^ ̄)!!


「おっぱい、透けて見えるの、私しゃ絶対ヒクね!」と言い立て、
少しでも抵抗が消えるように、
白のワンポイントのスポーツTシャツを購入した(←過保護?)。


んでも、そしたらね、喜んで着るようになって一件落着!

シャツが透けて見えても、スポーツTなら抵抗がないみたいだし、
クラスメイトたちからも何も言われないようで。

冬も、小学校のときさえ着なかった長袖下着の変わりに、
スポーツ長Tだと着る、着る。

やっぱり綿は、着心地がいいのよね。


中学以来、ずっとチャンピオンやアシックスのワンポイントTシャツ。
素材も縫製もいいし、長持ちするし、定番商品なので助かってる。

スポーツ店で2枚組で売ってたり、
お店自体のセールで、全品2割引、とか言う日には必ずゲット。

下の少年は140からスタートし、今や大人サイズのM。
上の少年は、Mからスタート、現在はL。
成長したなぁって思います。


   ……はっ??

   もしや、うちの少年たちに彼女ができなかったのは、
   彼らが制服「シャツ」の下にシャツを着てたからなの??

   う"~ん。。。。それで、彼らを見下げるような女の子は、
   彼女になんか、なって貰わなくていいやーぃ!
                 ( ↑ 姑根性やん>ぢぶん )


tiara_pittさんちでコメントされた皆さんは、
ランニング派が殆どでいらしたんだけど、
うちの少年たちには、ランニングはNGでした。

私も夏の脇の汗などは、
ランニングじゃ、とてもカバーできないと思ったんだけど、どうなんでしょう。



で、体脂肪率5%の下の少年。

この寒さにたまらず、クラブのスウェット上下を着て、
その上から制服のカッターシャツを着、制服ズボンを履く。@@

これだと暖かいし、クラブも「制服脱いだら準備OK!」で
とても気に入っているらしい。

母としては、なんかだらしない感じで、なんか嫌。

 「 カッコ悪~~~!! 」って、毎朝言うんだけど、

実のところは、見た目、わかんない。


太っちゃって、ぱつんぱつん。
薄いスパッツを履くと、もう膝のサポーターが装着できない私から見ると、
下にそんなかさばるものを着て、
そのまた上に制服を着れるということがもう、驚異です(羨)。


し、しかし!!

シャツの下のトレーナー、
ズボンの下に、スウェットズボンと、外見では判らない彼と違って、

momoyadesuさんちで書かれてた、

女子の制服スカートの下にジャージっていうのは、、、、、いまどきのお洒落なの?


男の子しか育ててない私……ちょっと想像の域を越えますです。


※ あ、夫は「U首」を指定して着てます。 胸元にラインを出したくないのね。
  私は普通のTシャツの方がかこイイと思うんだけど。

  ズボン下は、絶対履かない。 ズボンによっては、ちくちくする癖に。
   ↑ これって、今の中高生が下着を着ないのと同じ感覚なのかも。

ペン?




ピンチ 脱出!  『 豚の紅茶煮 』






木曜定休の夫が、珍しく休みだと言う。


夕食には、張り切ってトンカツかコロッケを作ろうと思っていたが、
先日来、夫の代わりに請け負った原稿が進まない。


労務関係の雑誌に掲載されるものだから、
きちんとデータに裏づけされた論文調で展開していかなくては。


「りうりう節」(爆)だけでは、
単なる精神論に終始してしまい、にっちもさっちも行かない。


昨年、10月にはNHKで特集されたほど、斬新なシステムで、
良いこと尽くめの我が社なんだけど、
どうしてそうなっていったのか、理解していただくためには、
どうしても我が社の成り立ちから説明していく必要があって、
それをいちから改めて説明していくのが、
なんだか面倒くさ~~ぃ(゚゜)\バキ☆

毎日のように、これをヤってる夫が音を上げるのがよく判る。


気分転換に、参考にと渡されてた、過去掲載分の他社の原稿を読む。

なかなか完成度の高いもので、うちの会社とヤリ口が似ている。


    しまった~~!
    読むんぢゃなかった!


原稿イメージが固定化されてしまい、
タイトルから見出しキャッチに至るまで、
似たようなものしか思いつけなくなり、完全に煮詰まってしまった。


なんとか別の切り口から、ヤっつけて行きたいが、
発想の転換がなかなかできない。



ぅんぅん唸ってる間に、あっという間に夕方になってしまい、
キッチンに立ったが、どうにも揚げ物をするテンションが湧かない。


トンカツねーーー。 ん~~~~。


    「 ♪ 」


煮詰まってるぢぶん → 煮詰まってる豚。


へへへ~♪  豚さんの紅茶煮で行くぞ~~!



トンカツにしようと、豚モモ塊500gを解凍してたのを
急遽、タコ糸でくくる。


鍋に400cc、お湯を沸かし、
開封して古くなりつつあった、紅茶の葉っぱを3杯分、
使い捨ての茶漉し袋に入れて、紅茶を沸かす。

豚肉を入れて、お終い。 後は30分~1時間ことこと煮込むだけ。


塩、胡椒、生姜、ブーケガルニ、、、、なんにも要らない。
紅茶の葉っぱだけで、油と臭みがきれいに消える。

紅茶の香りまでして、美味しそう。



仕上がったかな、という頃、ちょうど下の少年も帰宅してきたため、
熱々をスライスし、ちぎりレタスの上にのせ、
柚子を絞ってつくっておいた、柚子醤油をまわしかける。

後は、辛子をつけて召し上がれ!


いつもはそのまま紅茶に漬け込み、
たれも、醤油、みりん、酢を煮立ててつくるけれど、
時間がなくて、熱々の辛子醤油となり、逆にあっさりと美味しかった^^*☆

500gの塊をスライスして3人分だから、
量的にも目では(笑)、しっかり満足できた。


あとは、炊きたてご飯と、トマト、マッシュポテト、
お味噌汁、白菜の浅漬け、大根の浅漬けなり。


時間があったら、お昼からフランスパンを仕込んで焼いて、
ポテトをポタージュスープにしてたら、もっと豪華だったよね。


、、、、あ、時間があったら、トンカツかコロッケだったか。。。。。orz....


ペン丸




なんとも情けない。。。。。。







、、、このあたりに、ちょっとこっそり書いてしまおう(王様の耳は~。。。。)




この地に大きな神社が在る。


小さなムラが町として合併され、その町がまた合併されて
面積の広い町となり、そして昨春、隣の市と合併になったのだが。

この町にはたくさんの神社や祠があるが、
まず、規模も栄光の歴史も段違いの大きな神社である。

この神社の狛犬は、ちょっと変わっており、
狛犬にまつわる逸話もなかなか面白い。

昔は、境内敷地も大きく、氏子の数も非常に多かった、ということである。


現在も、井戸を掘るとき、家を建てるときなど、
必ずこの神社が地鎮祭を行い、
秋祭りには、前夜祭で県北の神楽団を招聘するのが恒例であり、
夜通し行われる神楽のなかで、恵比寿さまが餅をまくときが最高潮。

一時は、千人もの人々が集まったという。

翌日の祭礼には、地域地域に点在する子ども会が連合となって、
行列に参加する。



しかし。
年々、この神社は寂れ行く一方で、
4年前より、前夜祭での神楽の場所が、外の能舞台へと移った。

私たちは、晩秋の夜を、外で震えながら
青いビニールシートの上に座って神楽を観る。

毎年、神楽を楽しみにしていた義父母も、
風邪をひいてはつまらないから、と行かなくなり、
ご近所のご年配の方々も一斉に行くのをやめられた。

能舞台といえば聞こえがいいが、
日頃から全く手入れがなされていないため、
日の光のもとでは、いつ床が抜けるのか、
はらはらしてしまうような状態なのである。


それなのにどうして、そこへ神楽を移したのか?


……屋内の状態よりマシに見えるから。
外から、ライトアップすれば、誤魔化せるから。

由緒在る、立派な神社であったそうなのに、
どうしてここまで落ちぶれてしまったか。


神社に対して申し訳ないが、【 平生往生 】 という言の葉しか浮かばない。


先代宮司さんから宮司職を受け継いだ、現宮司である先代の息子さんは、
京都の大学に学ばれ、受け継ぐ直前まで京都に居を構えておられ、
受け継ぐために、ご家族と共に帰って来られた。

最初にされたのは、神社の傍に、真っ白な洋館を建てられたこと。
まずこれで、近隣の方々や氏子さんがヒいた。

そして、奥さまは、決して表に出ず、氏子さんたちと話をすることもない。
(「神社に嫁に来た訳ではない」という論理は、
  私もこの地で「イエに嫁いだのではない」と苦しんでるので、
  つい頷いてしまいそうになるが、
  でも、宮司が夫の生業であり、自分もそれを識ってここに来たんだもんね?
  と思ってしまう)

続いて宮司さんは、学習塾を経営され、その後町議へと打って出て、落選。
2度目の挑戦で最下位当選を果たし、現在は市議選を狙っている。

町議会へ行ってみれば、彼は教育問題しか語らないが、
それにしては、彼が町の小学校や中学校へ足を運ぶのは、入卒式だけ。

宮司職はいかにも嫌々ながらのご様子で、
祭りでお手伝いをしても、頭ひとつ下げられない。
「氏子がするのが当たり前」。
お膳立ては全部して貰って、自分は祝詞をあげるだけ。
ひとから、畏敬されて当たり前。

う"~ん。。。。。。大いなる勘違い。


例えば、10数年前、神社の瓦の葺き替えのため、
氏子中心に、多額の寄付金を集めなくてはならなくなったとき、
ある氏子さんが、
 「 神社さんが、皆に頭を下げて回るのは辛かろう。
   氏子もそうそう動けない。
   自分が田を寄進するから、これで大丈夫のはず 」
と、広大な田を寄付され、皆が感じ入り、今でも語り草である。


ところが、この田は、寄進者が亡くなられるのを待っていたかのように、
一昨年、そのまま瀟洒な賃貸マンションとなり、
宮司さんの月々の家賃収入となったため、あちらこちらで非難が炸裂している。


大晦日と正月、祭り、七五三の日以外は、いつ行っても神社は閉まっており、
ご本人や氏子さんが掃除される姿など、見たこともない。

民草のこころは、既にこの神社から離れていることを知らないのか。


破魔矢や御守が売られるのは、大晦日と元旦の2日間。
バイトの巫女さんがおられるが、
頼まねば、御守を紙袋に入れて貰えない。
4つ買っても、1枚の紙袋を別に渡され、自分で入れろ。

御守には、神社の銘が入っていない。
全国何処にでもあるような神社銘であるのだが(゚゜)\バキ☆
紙袋もないと、何処の神社の御守が判らない。

ここまでくると、本当に、お祓いをして下さってるのか、疑いたくなってくる。


     ◆   ◆   ◆


昨年にも衝撃的な大事件があったのだが、
この度、余りにも情けなく思い、ついに書いてしまったのは以下の事件。


敬虔な氏子さんというのは、有難く、
それでも年越しのため、一升餅や、鯛、お酒等々を神社に寄進されるのが恒例。

昨年、時ならぬときに神社境内から煙があがったため、
不審に思った近隣の御方が神社にあがってみると、
奥さまが、その氏子さんたちから、寄進された餅やごちそうを、
火にくべて焼いていた、というのである。
立派な一升餅はカビだらけ、ごちそうは見るからに傷んでいた由。

寄進されたものは、神さまにお供えし、
自分たちがお下がりをいただき、或いは氏子さんたちに、
「神さまのお下がりです」とお分けするものではないのか?

あまりのことに、その目撃談を疑う訳ではないが、
今年も捨てられ焼かれてしまうのかどうか、
皆で交替で見張り、真偽を確かめよう、というのである。


我が家は、この神社の氏子ではない。
転居当時、お誘いを受けたが、
「とてもお世話ができないから」と勇気を振り絞ってお断りした。

よって、まるっきりの野次馬でしかないが、
交替で見張る側、見張られる側、なんとも情けない話だと思う。
神社さんを見張らねばならない、氏子さんたちが1番情けないことであろうが、
氏子でない私だって、地域住民として情けない。

我が家の井戸や家の地鎮祭時の宮司さんも彼である。



私は神仏を信仰するものではないが、
神社仏閣には、人並みにこころ寄せて来たものであるし、
宗教社会学を学んで来たものとしても、
こうした神社さんの体たらくは、哀しい限り。


私がブログにお邪魔しているなかに、
過疎地の神社の宮司さんに嫁がれたぴぴずさんちがある。


毎日早朝から境内を掃き清められ、氏子さんたちも共にお掃除される。

常に氏子総代さんをたてられ、
氏子の皆さんと共に在ろうとされる宮司さんの真摯なお姿に、
町のひとびとは、神、神社を敬い、自然に宮司さんに頭を垂れる。

過日、お祖母さまが逝去され、
氏子さんたちが総力をあげ、通夜祭、葬場祭、五十日祭をバックアップ。

そしてそのまま天長祭、年越しへ。

ぴぴずさんは、1歳5ヶ月の長女さんを抱え、第二子をご懐妊中でもあり、
大変な毎日でいらしたことと思うが、
常に氏子さんへの感謝のこころをお持ちでいらっしゃった。


ぴぴずさんの日記を読ませていただく度に、
心洗われるようで、日々のご努力が有難く、嬉しくて。

当然、いつも、この地のでっかい神社さんのことを思う。


お祭のお世話をする子ども会の役員さんたち。
毎年、嫌な想いをし、雰囲気が悪いから、各地域ごとの連携も悪い。
子どもたちの参加が年々減っているのは、少子化のせいだけではないだろう。

子ども会の役員は、「お祭があるから嫌だ」で皆が敬遠しなり手がいない。
子ども会の役員で疲れ果て、「中学校のPTAは勘弁して! 人間不信なの」



肝心の宮司さんは、市議選目指して本日も飛び回り中。

先日の地鎮祭では、宮司さんの衣装の肩部分がほつれており、
宮司さんが祓いをする度に衣装の肩がずるずると下がり、
それを片手で抑えながらの祓い。
せっかくの地鎮祭にケチがつくような、なんとも侘しいものになったと聞く。

誰か、このひとに鉄槌を下せるひとは居ないのだろうか。

ペン…




所轄警察署から「子ども110番の家」への連絡文書






8月10日、 新 『こども110番の家』 の旗とステッカー について書き、
たくさんのご意見ご感想をいただいた。


その後、有難いことに、
我が家が『110番の家』として機能することなく、日々無事に過ごして来ている。


      ◆   ◆   ◆



1月10日、お昼前にドアチャイムが鳴り、
インターフォン越しに、 「 ○○警察です 」。

    「 ??! 」

出てみると、でっかい白バイが我が家の前に停まり、
白ヘルにちょっと怖い感じのサングラスな警官(おまわりさんって感じでない)が。


その意味が判らず、硬直していると、

   「 本日は、『110番の家』のお宅に、これをお持ちしました 」

と、「 ○○警察署 」と印刷された茶封筒を手渡される。

   「 わざわざ有難うございます。 お疲れさまでした 」

受け取ると、敬礼をして踵を返された。


……たったそれだけのことだったが、
サングラス越しに、ざっと私の風体から家の感じをしっかり観察された感があった。


ひぇぇ、と思ったけれど、
これもまた、必要なことなのだ、と思い直す。


町や学校から選ばれた『110番の家』であっても、
所轄の警察署にとっては、多数の家のなかのひとつ。

名簿による、住所や名前だけでなく、実際の立地、家の感じ。
駆け込みやすいか、周囲はどんな様相か、
受け入れ態勢に在るか、本当に怪しくない家か。

警察が、そんなようなことを実際に観て歩かれ、把握しておくことは、
悲しいけれど、必要だ、と思う。

    ( 新生児連れ去り事件の容疑者が
      元PTA会長というのは、私にとってもの凄い衝撃だった )
 

      ◆   ◆   ◆



○○警察署からの文書は、1月10日付(本日)で、4種。


まず、○○警察署長名にて、「子ども110番の家 各位」という文書。
標題は『 児童の「声かけ・見守り」活動についてのお願い 』。

そのなかで、私にとって特筆すべきは

   今後、児童が「110番の家」を頼りに駆け込んでくることが
   増えると思いますので、次のことに配意していただきますよう、、


と続く言の葉であった。

「増える」ということは、当然、今現在、
「110番の家」が利用されているということである。


この所轄署がある町が、うちの下の少年の高校のある町。

うちの町の小学校、中学校のPTA講演会に、
何度か署長さんや生活安全課課長さんに講師依頼した。

そこで聞いた、青少年の犯罪から被害実態についての情報が脳裏をめぐる。


2~3年間隔で聴講する度に、数字は増え、内容は悲惨化し、
広島市中央から、どんどん郊外へ広がってきていることを肌身に感じる。


  「 ひとごとではない 」


本当にひとごとではない。

できること。 できる形。

日々想い廻らせ、日々、動いて行こう。


ペン腕立て




[ 2006/01/10 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(16)

『 続 ・ できるひと が できる形 で』



 「 できるひと が できる形で 」



って言の葉は、読めば読むほど、眺めれば眺めるほど、逃げ道いっぱい。

苦し紛れ の 落としどころ、な言の葉ですよね。


押し付けにならないよう、苦慮されたなかでの知恵の結集な言の葉だけど、
今は、これじゃ、だめだ、と思う。


たちまち明日から、集団登下校、毎日の保護者パトロール等、
ひとりひとりの力が必要とされる毎日が始まる今。


「 できるひと が できる形 で 」では、
どうしたって、「 できないひと 」 が出てくるよね。

本当にどう逆立ちしても、どんなに想いがあっても、
物理的にどうしようもない。 今できない、ひとは確かにいらっしゃる。

けれど、殆ど大多数のひとは、
ご自分がご自身を「できない」と決め、そう想っておられるだけ、だ。


拡大解釈、都合いい解釈をされ続け、
果ては「あなた、できるひと、私、できないひと」などと
括っていかれてはたまらない。




  「 できるとき に できる形で 」 



ぅん。 これで行きましょう!!


誰でも。 何かはできるんです。 いつかは。 きっと。


ぅん。 私はこのスタンスで行きたい。 これで 行こう。





    ◆  ◆  ◆




わきさんからのメッセージ、
そして、トラックバックいただいた_AZ_さんの日記を読ませていただいて、

あたかも例えるなら、


_AZ_さんのご主張は、『 信長 』 タイプ。

わきさんの形は、『 秀吉 』 タイプ。

んで、私の悠長な理想論は、『 家康 』 タイプだと感じてしまいました。


んでもね、結局、三者が感じてるところ。
本当は目指したいところ、は、一緒のところなんだよね、と
私には、びしびしと伝わって来ちゃう、と思うのは、読み込み過ぎ、でしょうか。



_AZ_さんは、

  本当に出来ないひとにも、面倒だから出来ないというひとにも、
 「何なら出来る?」と問い掛けることは愚問であるし、
  下手をすると、プレッシャーをかけて脅迫しているようなものになるし、
  どういう聞き方、言い方をしても断られるために、時間と神経の無駄だと。


  > 無理にやって貰っても、どうも無責任で、かえって周りが困る事も多いし。
  > やりたい人だけで やるんでもいいんじゃないかな と。
  > で、集まった人達で「出来る範囲」の仕事をする。
  > 年によっては、広報委員がいないといか、
  > 文化委員がいないとか、
  > それもありなんじゃないかな?と。


一見、乱暴に読めるこれらの言の葉の間から、
それでもひとりでも多くの方々に声を掛け、心配りをされ、
その度にずたずたになって来られた_AZ_さんの切なさが垣間見えます。

あぁ、もう、できるひとだけで、たったかたったか前向いてヤってしまって、
文句言うひとには、勝手に言わせておいて、
あー、もぉ、それでいいぢゃん。
ヤるひとは、工夫して知恵を絞りだしてヤって下さるし、
ヤらないひとは、どうやってしないよーーー。 もぉ、イヤだよーーー。

って、泣いておられる_AZ_さんに、
それでも。
それでも、やっぱり、声掛けて行こう。
ヤるひと、ヤらないひと、の線を取り外したい。
ひとりでも、輪を広げようって、言ってしまいたい私は、鬼かも。。。


だって、ひとは変われる。
横向いてた御方が、2年後執行部に、なんてケースもたくさんあるんですもん。



わきさんは、


  > どちらかというと『できないなら、できるようにしちゃえ!』と
  > いうような奴なので、やりたくない人からは嫌われたかも・・・。


とにもかくにも「できる形」に持っていこうとされ、
役員さんとそうでない会員さんとの軋轢にこころを砕かれたようにお見受けします。





それぞれの学校の、それぞれのPTAに。


どんな行事があって、そのために、どんな役員、委員、係があって、
それぞれにどんな仕事をしているのか。


私は、やっぱり、皆さんに知っていただきたいですね。

少なくとも、今現在、PTAの執行部に在り、
それを執行してきたもの、には、その努力をする責任がある、と考えます。


 「 あ、私、これだったらできる 」と思っていただけるかもしれないし、

 「 これをこんな形に変えていただけるんなら、できそう 」と
   新しい観点からの提案までいただけるかもしれないし、

逆に、皆が皆、
 「 えーー、こんな大変なこと、できない!」と、一斉に退かれるようなら。

それは、「そういうもの」だと思って、受け継いでは来たけれど、
今の時代、実は、人数調整でも如何ともし難いようなものかも知れず、
廃止の方向も含めた、再考の価値がある行事や運営内容かもしれない。


PTAの行事が、役が、何故あるのか、何のために在るのか。

どの学校もどのPTAも、多かれ少なかれ、見直しの時期に来ているのだと思う。



これから、お金がないので、
教職員、保護者共々、同床異夢ながら、同様に右往左往するなかで、
小学校の統廃合、小中一貫、中高一貫、どんどん進んで行きます。


そんななかで、
いざ、コトが起こったとき。

よっしゃ!と、誰もが子どもたちのために、
駆けつけて来て下さるような関係性が築けている学校であれば、
PTAなんて、なくて構わない。


自分の子どもたちだけでなく、周りの子どもたちもしっかり観えており、
学校の抱えている問題、先生方の直面している問題、
クラスの雰囲気、課題、、、、それらのことを、ちゃんと把握できており、
よりよい子育てに向け、誰もが頑張れる体制に常に在るなら、PTAなんて、必要ない。


しかし、現実はどうなんでしょう。


「 コト 」とは、昨今の不幸な事件に限りません。

子どもたちのクラブが全国大会へ初出場が決まった! さぁ、どーする?
学校が、全国国語教育推進モデル校に決まり、
2ヵ月後に全国規模での参観がある! さぁ、どーする?
隣の小学校のクラブと試合中にトラブルになり、喧嘩沙汰にまで発展し、
不幸なことに怪我人が出てしまった! さぁ、どーする?
小学校が来年から隣の小学校へ統合されることになり、片道5km。
毎日我が子を送り迎えしなければ、不安で仕方がない! さぁ、どーする?


今は、我が子に直接かかわりなくとも、
およそ、ありとあらゆることがいつ、どのように起きるか判らない。

そんなとき、一保護者としてどう動き、どう我が子(だけ)を守り抜くのか。

果たして、タイムリーに動けるだけの情報を、自分は持ち合わせているのか。




どうも、私の生き別れの弟であるらしい(笑)かいちょーさんの『 うだうだ考える 』ななかで、


  > というわけで、保護者は学校の様子を知るべきだし、
  > 先生のことを知るべきだし、自分の思いを伝えるべき。
  > そのためにはどうすればいいの?
  > まずは学校に行ってみなきゃ始まらないんじゃない?


と、書いておられました。

なんだか、もう、それに尽きる、ような気がします。


今の時代、保護者が学校を識る、ということ。
学校での子どもたちの様子をしっかり観る、ということ。


子どもたちがどんな表情で授業を受けているか。
子どもたちが、どんな友だちに囲まれ、どんな笑顔をしているか。
先生方がどんなにご努力されているか。或いは手抜きをされてるか。

子どもたちの日々の喜び、悲しみは、何処から生じてきているものなのか。

それらをしっかり観て、識る、ということは、
今の時代、決して「過保護」とかなんとかいう次元ではなく、
学校や我が子に対する自分自身の見識を正す、理解を深める大きなチャンスだし、
現実を観、そのなかで生き抜く力を培おうとしている子どもたちへの応援であり、
学校や先生方に対する「観てるよ」な、
とっても大きなメッセージ(激励、感謝、けん制)になる、と思います。




で、子どもたちが登下校中にまで、いのちの危険がつきまとうようになって来た今、
保護者のパワー、地域のパワーの結集が、まさに望まれている訳で。




どうせなら、PTA活動は楽しく、意義深いものでありたい。

そして、役員さんが流される涙は、達成感での感動の涙だけであって欲しい。

役員じゃない方々が、役員さんを支え、目標を達成していく。

子どもたちには、そんな保護者同士の姿を見て欲しいな、って、やっぱり思う。


そのためにできること。 できる形。 できるとき。

なりふり構わず。

考えて行きたいし、動いて行きたい。(けど、終わっちゃった・(淋))。


メモメモ



ジャンル : 学校・教育
テーマ : PTA

タグ : PTA PTA活動 PTAは何のため PTAの存在意義 できるときにできる形で PTA役員 役員と非役員

[ 2006/01/09 15:31 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(30)

今日 は 何の日?






夫は出勤。


下の少年は、県大会に繋がる県高校バスケ地区予選。


今日はちょっと、義母につかまりたくない精神状態だったので、
久々に、三原市まで、日帰り温泉湯治に出掛けようと思いつき、
るんたった♪で支度をしてたら、義母より電話。。。。。orz....


1時間掛かってようやく解放されたものの、
湯治に出掛けるには、時、既に、微妙なり。



    そうだ、湯治に行ったと思って、
    ちょっと贅沢だけれど、家でお風呂に入っちゃおう。
    義母からは、当分は呼び出しがかかるまい。

  

サンタさんに貰った贅沢な入浴剤を入れ、
読みかけの続物の文庫本を3冊。

さぼってたヘナも、今日なら3時間はできる♪
ばっちりぢゃん。

半身浴に、温冷水浴。 しっかり汗もかきませう~~~♪


るんた、るんた、るんたった~~~♪




お風呂が入り、いい湯加減。

自然光のもと、自分だけのお風呂なんて、な~~~んて贅沢っ!!

ちょっぴり背徳感を抱えつつ、
んでも、ご機嫌でヘナの粉を鉄鍋で溶き、いざ、頭に塗りつけて。

はた、と、ヤな予感がして、手が停まる。



  「 あ"? あ"~~~っ!! 今日は 何の日っ?? 」



そう、、、今日は、今年お初の『月1回の溝掃除の日』~~~~っ。


ペン哀


今、何時?
げぇーん。
大急ぎで作業服に着替えて、軍手、長靴、デッキブラシ姿になるまで
あと40分足らず!


ヘナを塗ったばかりの髪。。。。全く、無駄やん。


んでもって、お風呂上りに、また、溝掃除で汗みどろになるのね。。。。orz....


ぅぅ。
そーよ。 有難い【 シェイプアップ体操 】だと思うのよっ>ぢぶん。



    ◆   ◆   ◆



……がんばりました。


よれよれになって帰宅して、
再度の入浴前に「ちょっと休憩」と珈琲を立ててたら、
お義母上がご来訪になられ。。。。。


気がついたら夕方で、
下の少年からは、食べて帰るとメールが入り。


どっちにしても、お風呂はもう、無理かな。
夫の夕食は、おそらく今夜は不要。
私だけなら、う"~ん、豆餅でいいや、と、
豆餅2個食べて、おなかいっぱぃ。


上の少年が持ち帰った、自動車学校のカタログを比較検討していたら、
少し、うとうとと眠っていたらしい。

夫からのメール着信音で、目が覚める。



  「 ありがとう☆☆☆ (打ち上げ花火の絵文字、三連発)

    今夜の食事は、リッチかな~~? (レストランの絵文字) 」



   へ?



   しまった!  本日、結婚記念日なりよーーー!!!  しかも、もう9時だし。


                            入籍記念日に続いて、またしても、忘れ。。。。orz....


ペン嘆




[ 2006/01/08 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(10)

ポストマンさん、有難う☆







ブログでお友だちの、@弥々さんちや、cscatさんちの息子さんが、
この年末年始にアルバイトでポストマンになられたご様子。


それぞれ、懸命に頑張っておられるご様子が、
可愛く、頼もしく、感動させられる。


cscatさんちの息子さんは、年賀状配達に行き、
「お年玉」を用意されていたお宅から、「お年玉」を貰われたそうである。


これから、様々なアルバイトで、いろんなこと感じ、学ばれ、
逞しくなっていかれることだろうが、
なかでも、この「お年玉」は一生、忘れられないものになるのではないだろうか。



    ◆   ◆   ◆



私の実家から自転車で通えるところに、大きな本局がある。

大学1年のとき、高給に惹かれ、
年末年始に郵便局でアルバイトをしたくて、
両親に申し出た折、即座に却下され、哀しかった想い出がある。


父曰く、
   「 お前は、いずれは家を出て行く身。
     残された僅かな、限られた正月を家族で過ごさなくてどうするのだ 」。


アルバイトだけでなく、
高校のクラスメートたちなどと、集団で初日の出を観に行く計画も反対された。

自分が、この家を出て行くことなど、当時は想像もできなかったし、
なんだかとっても理不尽に思われ、不満であったが、
今となっては、自宅で、一家四人が炬燵を囲み、
静かに年越しを迎え、朝までトランプで遊んだりしたお正月は、
本当に宝のような想い出になってしまった。



    ◆   ◆   ◆



6日の既に夕刻近く、ドアチャイムが鳴り、出て行ってみると
初めて見掛けるご年配のポストマンさんが
1枚の年賀葉書を持って、消耗したご様子で立っておられた。


なにやら逡巡しつつ、めいっぱい迷っておられるご様子を隠さず、
口篭もりながらも、ようやく口を開かれる。


   「 あのーーー。
     いきなり、大変失礼で申し訳ないのですが、
     これはお宅宛、、、、じゃないですよね? きっと?

     いえ、なんの根拠もないんですっ。 すみませんっ!! 」


自信なさそうに、ちらっとその葉書を見せ、
慌てたように、そそくさと立ち去ろうとされる。


   「 待って、待って! もう一度、ちゃんと見せて下さい
     なんだか、見たことがあるような字です 」


ちらっとしか見えなかった葉書の、のたくったような宛名書きの筆跡。

なんとなく見覚えのあるような気がしたために
思わず、ポストマンさんを呼び戻す。


   「 え、よろしいんですか? 」


おずおず戻って来られたポストマンさんに、
裏返して差出人の名を見てもいいか、と 訊ね、裏返してみた。


そんなにお上手ではない字なのに、くずしてあって(でも毛筆ではない)、
めちゃくちゃ読みにくい字で、住所の番地が大違いで、郵便番号もデタラメ。

苗字も一字違っており、下の名前は私とよく似ており、1番下は同じ漢字。

しかし差出人の名に心当たりがある。


   「 申し訳ありません。やはり、違いますよね? 」

   「 …いえ、おそらく我が家宛のようです 」orz....


こちらの方が思い切り恐縮する。 


   「 え? 本当ですか? 本当ですか? 有難うございます!! 」

   「 とんでもございません。 こちらこそ、大変ご迷惑をお掛けしました 」

   「 ぃやー。 迷ったけど伺って良かったです!
     住所から名前から全然違うんだけど、
     それでも、もし、って思ったんですよね 」


ドアを開けたときに、悄然と立っておられた御方とは、まるで別人のように
喜び勇んで帰って行かれるポストマンさんに、思わず深く深く頭を下げた。


1通でも。

早く、確実に、必ず届けたい。

そんな想いを乗せて、こうして配達して下さってるんだよね。


     ◆   ◆   ◆
    


「 ポストマン に お年玉 」って。。。


そう言えば、子どもの頃、
「羽振りの良い家」ではされていた、と聞いたことがある。

当時のお正月は、まず三が日は、余程の街中のデパート級でなくては、
お休みの時代だったから、ポストマンは特別、だった。

だから、皆の感謝のこころも特別だった、ような気がする。


これまで、自分が「 ポストマンにお年玉 」を用意する図、なんて、
考えられもしなかったけれど、
今日のようなことがあると、考えてしまう。

学資保険を取りに来られたりするポストマンさんに、
お茶を用意してたりはしていたけれど。

こういうときのために、ちっちゃなポチ袋を用意しておけば良かったかな?
冷たい指先がぬくもるよう、熱~いお茶の缶とか。
年賀状業務は、やはり普通とは違うよね。


。。。んでも、まずは、きっと。

こころからの「 有難う 」の声掛けから。。。。かな。

いつだって、している、と思うのだけれど、
いつのまにか機械的になってはしないか、気をつけようっと。

ペンポストマン




[ 2006/01/07 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(10)

『 できるひと が できる形で 』 ??



先の記事に続いて、あそびすとさんの 『 そろそろPTA 』

★のん★きっずさんの 『 3学期の課題 』 へトラックバックさせていただきます。




あそびすとさんの3)、全文引用 (改行 りうりう)


   > 3)PTA活動

   > どうしても平日昼に偏る活動。
   > もっと活動のバリエーションが増えれば、いろんな人が参加できるという
   > ごもっともな意見と、活動が多すぎるというごもっともな意見。

   >「できる人が出来ること」「やりたい人がやりたいこと」をということが
   > こんなにも難しい。
   > 年2回まわってくるだけの全員持ち回り当番でさえ、負担の声が上がる。

   > できる人が出来ることをすることが、できる人に負担を強いることになり、
   > できる人の好意に甘えることになるという認識、
   > 私自身は、それはできる人の選択なのだから、
   > 負担を強いることにはならないと思っているが、
   > 現実には、そう考えられてはいない。

   > P活動はボランティア活動なのか? サークルなのか? 




う"ぅ。 悲しいよね。


PとTが、子どもたちを守り、あたたかく見つめ、
よりタイムリーなサポートをしていこうとするために、
互いに顔見知りとなり、こころと手をつなぎあうことが、当たり前、でないなんて。


あたかも「 強制 」のように「 負担 」になってくるなんて。


でも、今や、皆が皆忙しく、
貴重な皆さんのお時間や労力を割いていただくお願いをするときに、
その問いかけが、いつだって根本に来る。


うちのPTAでは、幸か不幸か、
公然と「PTA不要論」をぶつけて来られる御方はいらっしゃらなかったが、
私は、【 なくて済むものなら、ない方が幸せなシステムである 】という
逆説のもとに、「PTA必要論」を採っている。


昔、こちらにおいでくださる多くの方々の おそらくきっかけとなった、
  ●  『 PTAは本当に必要か 』
  ●  『  朝の旗振り当番(挨拶運動)考 』 にて、
本文といただいたメッセージへのお答えのなかで、随分思いの丈を綴った。




基本は、『 できるひと が できる形で 』だろう。 どうしたって。


しかし、『 できないひと 』 も、役員さん任せで終わらせるのではなく、
『 どんな形ならできるか 』 考えてみよう、と思ってもらえる活動が必要なのだと思う。
 【 できないひと も どんな形なら できるのか 】



役員さんが1年で交替していく、常に未熟な組織といえるPTA。

その分、毎年毎年、新しい役員さんたちが、手探りしながら体当たりで、
無駄も無理も山ほど体験されながら、それでもなんとか1年を繋いでいかれる。

泣き笑いのなかで、1年前より確実に知り合いを増やされ、笑顔に凄みが増し?、
さまざまに学んで卒業される。



【未熟な組織だからこそ】 大きな魅力が在るとするならば。

私は、そこに大きな希望と期待を生む可能性がある、と考えたい。



役員体験者さんは、是非、その折に感じた想いから、
次期役員さんのこころをサポートしてあげて欲しい。

自分が役員だったときに、悲しかったことが次の役員さんに起きないように。
嬉しかったこと、楽しかったことが、次の役員さんでもそうであるように。


役員さんでない保護者からの、さりげない声掛けや協力は、
新役員さんにとって、とてもこころ励まされるものであり、大きなパワーになる。

そうした温かなこころのサポート関係を皆が感じられるようになったとき、
「役員決め」の際の、あの仁義なき戦いの様相に終止符が打たれるのではないか。



何かことが起こったとき。

やはり頼りになるのは、日頃から交流があって、
気心知れた「顔見知り」であるひとびとであり、
声を掛けて行きやすく、集まりやすい「仲間」である。

さまざまに事情を抱えているのはお互い様なれど、何かこと起きれば、
「 よっしゃ、一肌脱ごう! 」 と言い合える関係。

個々人の輪は小さくとも、
これが、PTAを通じてどんどん増えていき、輪が繋がっていけば、
子どもたちにとって、これほど強力で、安心な頼み綱は他にない。




児童の登下校中に起きた、無残で痛ましい不幸な事件が相次ぎ、
日本全国で、PTAの存在意義、底力、地域の力、といったものが
改めて見直され、内外からテコ入れされつつある今、

『 できるひとが できる形で 』 を 徹底させ、

そしてそこから、1歩も2歩も歩を進めた形を提言したり、
皆で考えていける、素地作りが出来はじめているように感じる。


今。 今、動かねば、もう後はない。

そんなような危機感も、もちろん、抱えつつ。


【完熟していない】組織であるということが魅力のひとつとなるように。


皆で考え、皆で歩んでいく。
あちらこちらにぶつかりながら、皆が学んでいく。
例え歩みが鈍足でも。


【皆で】歩んでいける、進んでいける活動であるように。



役員さんは役員さんで考えよう。
自分たちの活動で、ひとりでも多くの保護者さんの協力を得られるように。
あたたかな共感をいただけるように。


役員さんでないひとは、役員さんでないところで考えよう。
自分があれほど嫌で、負担で、逃げ切った『役員』を引き受けられ、
1年間、歯を食い縛って頑張って下さってるひとが在ることを。

役員でない自分には、関係ないことなのか。
自分は何もしなくていいのかどうかを。


ペン問




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[ 2006/01/06 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(22)

PTA顧問に知らされなかった「小中一貫」への意向






あそびすとさんの1月5日の日記へトラックバックさせていただきます。

あそびすとさんは、

 1) 安全対策
 2) 小中一貫
 3) PTA活動

と、3つの項目について書かれていて、
そのどれもが、何日も議論を重ねたい大きな問題なのだけれど。



とりあえず、うちの町の小中一貫に関して感じることを。


あそびすとさんは、ご自身の学区が導入されるのでは、という下馬評に対し、


   > しかし、このことに対して学校の意見、先生の意見、保護者の意見、
   > 地域の意見、そして児童の意見が交換されたことはなく、
   > その意識も希薄な気がしている。
   > 地道な意見の交換を通してお互いが「コミュニティ」を形成する
   > 一員であるという認識が無ければ、
   > 市の提唱する「コミュニティスクール」は成り立たない。 



と書かれており、私も全く同感でいる。




実は、うちの町も小中一貫になろうとしている動きがあって。



市との合併、児童数の減少。


段階に分けて、町内の小学校がじわじわと統合されていくのなら、
いっそ、一気に小中一貫へ、と、どうやら学校側?PTA側?からの
提案、要求のようである?


それを知らされたのは、11月29日のPTA緊急常任理事会に、
顧問として召集された折のPTA会長の挨拶のなかにおいて、である。


既に、中学校の全保護者には、その旨の説明と理解を呼びかける
小冊子のようなもの?が配布されて久しい、ということであった。


私は驚愕し、常任理事会終了後に、
それが何処から出されたものなのか、その小冊子を是非欲しい、と申し出たが、
教頭先生から
 「 数は保護者数がぎりぎりであったため、予備は1冊もない。 申し訳ない 」
と斬られてお終い。


うちの町の小学校や中学校がどうなって行こうとしているのか、
もう、顧問には、関係ない、ということなのだろうか?


つい、4年前に町の小学校が、数々の反対運動を踏み潰して統廃合され、
その後の児童の登下校の手段確保が不十分なまま、ずっと揉め続けている。


この小学校の統廃合については、町議会でも度々紛糾した案件であったし、
その小学校の児童の殆どが、
私が副会長をしていた小学校へ転入してくることになるために、
私も何度も足を運び、たくさんの方々から話をお聞きし、色々考え、学んで来た。


休校→廃校とされた小学校区の保護者や地域の方々の傷は深いし、
その校区から越境という形で同じ町の違う小学校へ通わせていた家庭との確執等、
なんやかんやとごたごたは収まる気配がない。


それさえクリアしていないのに、市との合併、児童数減少を理由に、
一気に、広大な面積である町の小学校の統合はおろか、
小中一貫に果たしてちゃんと持っていけるのか?

少し考えてみただけでも、予測される数々の問題は十指に余る。



私は、小中一貫のメリットを否定しない。

けれど、うちの町の公教育に関しては、否定したい。

うちの町は、もともと小さな町が合併を重ねて今の町になった。
広大な面積を有し、漁業地域、農業地域、団地地域、商業地域、山間部と
地域によって、大きく特色が異なっている。


ひとりひとりの子どもたちを、そのバックボーンごとしっかり観て、育むには、
せめて低学年の間だけでも、地域に密接した環境で、
きめ細やかに対応できる小学校でのびのびと育んで欲しい、と願う。


でも、きっと 「 お金がない 」 で 押し切られるのだろう。。。。


だからこそ、
「(どうせ)統合されていくのなら、(いっそ)小中一貫に」との提案が出るのだろう。

せめてもの、現場に在るものからの現状分析と提案?
どうしても譲れない想い?
どんなものが書き綴られているのだろう。 それを識りたい。


全保護者に向けて公的に出された小冊子さえ、
数を理由に、顧問が手にすることができない。


誰が主体で発行されたのかもうやむや、曖昧にされたままである。

あきれたのと腹ただしいのとで、
「んぢゃ、勝手にしたら?」みたいな気持ちで、
こころに蓋をしていたのだが、ずっと気になっていた。


義父の法要も終わり、少し時間が取れそうだから、
まずは、その小冊子を入手するところから、動いてみようかなぁ。。。


- - - - - - - - - - - - - - - - ---


私もまずはここまで。


ペンむ




[ 2006/01/05 00:00 ] 本日のPTA | TB(1) | CM(5)

今年 お初の お弁当☆






3日に、広島の私の母の元から帰還してきた少年たち。

4日の今日はもう、上の少年は、京都へ出発し、下の少年は、初クラブである。



    ◆  ◆  ◆



下の少年から、春先よりずっと、
「 中身の見えない弁当箱がいい~ 」とねだられていた。


夫は結婚以来、ずっとお弁当だったし、
少年たちも、幼稚園時代があり、土日のクラブあり。

これまでジャー式のも含め、色んな弁当箱を使って来たが、
結局、パッキンや内蓋などのない、蓋も食洗機が使える、
【洗い勝手の良い】シンプル~~~な密閉容器に落ち着いていた。

蓋ごとレンジでも温められる密閉容器。

私はこれらが気に入っていたので、
何故、これではダメなのかを訊ねると、

  
    ふたを開けるまで、中身を知りたくない。
    ふたを開けるときのわくわく感が欲しい。

    如何にも「お弁当♪」な弁当箱に憧れる。

    濃い不透明なきちんとした弁当箱だと、
    なかもきれいに美味しそうにみえる。


ずらずらずらっと一気に並べ立てられ、ぐぐぐっと詰まってしまった。


…あぁ、確かに。

私は、いつのまにか、洗い勝手のいいもの。
収納しやすいもの。 安価で洗い替えの用意もできるもの。

すっかり、「つくるひと、洗うひと」のこころしか持たず、
お弁当箱を開けて食べる側の気持ちを忘れてしまっていたね。


1度、洒落のつもりで、弁当箱の蓋をする前に、
柄物のアルミホイルで内蓋をするように隠してみたが、

  「 そんなもんぢゃないでしょ 」

と、その夜、下の少年に情けなさそうな顔で空の弁当箱を渡された。(やっぱり?)



以来、外出する度に、お弁当箱のコーナーを覗いて歩いた。


半年以上、ピンと来るものをなかなか見つけられないで来たが、
年末に、ついに、食洗機OKの納得できる弁当箱を発見したのである!


躍り上がってゲットし、下の少年には内緒で、下洗いを済ませ、
新年初めてのお弁当の日におろそう、と決め、封印しておいた。


その日を迎え、気持ち、お弁当をつくる手も弾む。
盛り付けもきれいに見える。


この弁当箱には、専用のケースもついているため、
いつものランチーフでないことから、朝からバレバレではあるだろうが、
それでも、昼食時に、蓋を開けるときの少年の顔を想像すると、
自然に顔がニヤケて来る。

喜んでくれるだろうか。

隣は、いつもの密閉容器の夫の分。

新しい弁当箱は、レンジは使えないため、
下の少年の弁当箱のみ新調となって、なんだか申し訳ない感じ。
ごめんね、君を蔑ろにしてるつもりはないんだけどー。



   「  もう出るよーーー  」



夫から催促され、慌てて夫の弁当箱を手に、
どたどたキッチンから飛び出て食卓に向かい、
ランチーフを引出しから出そうとした途端。



あららら。 夫の弁当箱が私の手から離れ、床に落ち。


蓋が飛び、無残にも中身が全部ぶちまけられる。


はぅぅーーーーーーー         ペン哀   


もう時間ないのに、硬直しちゃった私。




しばし、黙っていた夫が、


   「 …僕ので良かったぢゃん。 仁のは無事ぢゃろ?

     あと包むだけぢゃったのに、可愛想ぢゃったね?  」


と頭を撫でてくれる。 あぅあぅ。



停まってた時が動き出す。 、、、有難う☆


気持ちを切り替え、
夫に感謝しつつ、上の少年の下宿先へ送る荷物を詰め始める。


ペンはー




3人のお正月から、4人のお正月になるために。






お正月3日目。 夫は初出勤のため、義母と2人。


夜には、4日に京都行きと、高校クラブ始めをそれぞれ控えた
我が家の少年たちが、広島の私の実家から帰って来る予定だった。


少年たちが広島での年越しを決めたとき、
義母は、少年たちがこちらで年越しをしないことにキレかかっていたが、
上の少年には、OB会やら、
浪人してたクラスメートの推薦入学決定パーティやらの予定がびっしり。

下の少年は、春に高校入学祝いの会食を私の母と1度したきり。
バスケシューズや、ウェアなど、広島でしか購入できないものもたくさんあり、
少年たちのたっての願いで、広島での年越しにお許しが出た。



2日から、義母は落ち着かない。
3日は、何時に帰って来るのだろうと何度も何度も聞いてくる。


3日は、下の少年が楽しみにしていた、
兄弟で一緒に買い物に出掛ける予定と聞いていたために、
彼らは、早くても夕方になるだろう、と言っても受け付けず、
朝1番に帰って来るものと決め、昼食用に天麩羅を揚げるのだと張り切る。


少年たちは、ちゃんと元旦に年始の挨拶を電話して来たが、
長義兄宅からと次義兄宅からの電話がなく、
義母はそれにも不満であったらしい。


移動して疲れて、風邪をひいてもつまらないから、
年越しは、それぞれにしよう、と義母が言い出したことなのだが、
それでも、実は、義兄たちが顔見せに来てくれると期待していたようである。


義母に押し切られ、朝から、お昼用に天麩羅をするため、
蓮根、サツマイモを切っていく。
冷凍していた海老を剥き、牛蒡と人参をささがきにして。

いつもより量は半分にもならないが、それでも2時間、揚げ続け、
特大皿、山盛り5皿分になる。



その間、少年たちに「 スグカエレ 」とメールをし、

「 今、中央に出て来たばかりだから、お昼に帰れなんて不可能だ~! 」と

絶叫したり、嘆いたりするのを宥め、すかして、
午後2時に広島へ迎えに行くことにする。


義母には、天麩羅を揚げおわったら、すぐに迎えに行くから、と
早めの夕食をご一緒しましょう、と謝り。


愛車に飛び乗り、一路広島へ。

夢に見るほど焦がれた実家に着き、
懐かしい母との挨拶もそこそこに、
街から戻ってくれていた少年たちを乗せてトンボ帰り。

母は、小さなタッパーに、
母の味の詰まったお節をあれこれ用意して持たせてくれた。


帰路、涙で視界がボヤケる。


それでも車中で、
なんとかシューズだけゲットできた下の少年が不機嫌なため、
必死で、義母の想いのフォローをする。


やさしい少年たちなので、彼らはよく判っている。
義父がいなくなった年の年越しを広島で過ごすことができたことが
どんなに僥倖であったのか。
その分、義母に対して、申し訳なく思っているのも伝わってくる。

でも何故、他の従兄姉、従弟妹たちはそれぞれに過ごせるのに、
自分たちだけはいつもダメなのか、理不尽に感じてる想いも伝わってくる。


……あぁ。 全部全部、私の想いの裏返し。


常に京都に在る上の少年はまだしも、下の少年は、
お洒落なお店や情報で詰まった広島の街に一分一秒でも長く居たい。
聞けば、高校生たちの間で人気のあるお店で、
高校の友人にもばったりと出逢ったのだそうだった。


彼らは、私の母とも、もっと共に居たがってくれた。

 「 広島のおばあちゃんだって、ずっと独りじゃないか! 」と

言ってくれる。


高2から2年間、自分の手元で上の少年を育ててくれた私の母は、
少年を今春、京都へ手放し、入れ違いのように、
弟の上司から弟が押し付けられた子犬を引き取って飼いはじめ、
少年たちは、その犬にも魅せられていた。

犬を飼うのが夢だった少年たちは、仲良くなった犬と別れるのも辛いのだった。


 「 ま だ 帰 り た く な い 」


後ろ髪を引かれるような想い。


彼らの切ない想いが判り過ぎ、
でも、私は、こころに蓋をして、義母の想いの フォロー を する。



    ◆   ◆   ◆



待ちわびている義母のもとに戻って、早速の夕食。

義母の前で、少年たちは、努めて機嫌良く、
何かと場を盛り上げようとしてくれる。

でも、義母と交わせる話題が ない。

ご近所の話、親族の話、法事でのあれこれ。
義父の話を一通り聞かされた後は、
 
 「 美味しいね 」 「 美味しいね 」

 「 おばあちゃんの海老の天麩羅は、いつも美味しいね 」



明日は京都へ戻る上の少年を引きとめようと、義母があれこれと話をする。


そのうち、彼がバスで帰ることを知り、予約も済んでいることを知ると、

 「 夏場ならまだしも、冬だから、道路が凍ると危ない。
   6時間もの車中は、疲れるからよくない。
   アパートに着くのが10時を回るのは危ない、感心しない 」

と言う。


黙り込んでしまった上の少年を見て、私に、

 「 親なのに、何故許すのか、心配ではないのか 」と

怒りをぶつけて来る。


    今の時代、絶対に安全な乗り物は、もはや何もない。
    バスは高速を通るから、道路情報はしっかりしている。
    新幹線は高いし、満員だし、鈍行列車は辛い。
    バスなら、座席もゆったりと乗り心地よく、
    大きな荷物もトランクルームに預けるから楽であり、
    彼は若いから、6時間でも一眠り。 意外に楽なのだ、と


私は答える。


午後5時から、8時過ぎまで、そんなこんなのだらだら夕食タイム。

退屈し切った少年たちは、傍で将棋を始める。

義母は、その少年たちを眺めているだけで倖せそう。

私は後片付けをあれこれとして、暇を告げる。




3人で自宅に戻り、3人共にリビングにひっくり返る。


無言のなかに夫が帰宅したため、少年たちをそのままに、
夫の夕食を用意していると、
上の少年が、立ち上がってお風呂の用意をしてくれる。


食事をとるのは夫だけ。

久々に4人が集まったのに、
皆それぞれにこころが疲れて、会話が弾まない。


テレビも、観たいものがなかったため、
少年たちの「却下コール」をものともせず、
母は本日2度目の強権を発動し、以前、涙でぼろぼろになり、
少年たちに是非とも観せたいと録画しておいた、
フジTVの渾身のドキュメント『桜の花の咲く頃に』を4人で観ることに。


上の少年には、ほんの1年前の高校3年生の物語。
下の少年には、あと2年の高校3年生。

彼らとうちの少年たちの違いは、
たまたま、北海道最東の町、別海町に生れ落ちたか否か。

の違い、だけ、であるはずなのに。


   生れ落ちた土地の、この大自然のなかで、生きて在ることの厳しさ。

   自然の美しさ。 土地を愛するこころ。

   家族を想い、支えあうこころ。

   先生方の、生徒を愛し、生徒を守り、育てようとするこころ。



ひとつひとつのドキュメントに、感動的なオチが次々と披露され、
エンドロールの流れるなかで、
「 観て良かった 」と、下の少年はひとこと残し、
「 フジもヤるもんぢゃね 」と言う上の少年をうながして、
一緒に2階へ上がって行った。



改めて何を語り合った訳でもない、最後の4人の夜だったけれど、
皆のこころが熱く、通い合っていたひとときを持てた、と感じ、
これだけで、もういい。

同じテレビを4人で観れたことだけで、嬉しい、と感じたのは、
私のこころが弱っていたからなのか。



   こんなお正月は、もう嫌だ!!


と、これだけは。
いつもながらの感想を抱くお正月3日目の夜。

ペンはー




[ 2006/01/03 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(22)

3人のお正月……2日目






元旦を、義母と夫と私の3人、で迎える、という、
結婚以来はじめてのパターン、2日目。



元旦に食べきれなかった料理が山ほどあるため、お皿に盛り付けなおしたり、
畑から、色々採って来ては、ハムやかまぼこなどと合わせて、
ちょこちょこっと簡単な酒肴をつくったりするだけ。


お皿を洗う数も知れてるし、この度は洗濯や掃除も不要。




あ~ぁ。。。。  暇 っ !!



自宅に帰れば、山ほどしなくてはならないこと、
したくてたまらないことが待っている、というのに、

朝からずっと義母宅で、夜まですることがない、というのは、
私にとって、驚くことに「苦痛である」ことに気付く。


お正月に義母の傍で共に在ること、が
何よりの私の務め、だと思えばこそなのだが。


まさか、この地のお正月で、暇な想いをするようになるとは!


 ( ↑ これが、どんなに信じられないことなのか、
   今年のGW2日目の日記、『胡瓜60本分のナマス』をご参照下さいませ)


昨日に続いて、物理的に身体はちっとも疲れてないのに、
頭の芯が、もやもやと疲れ切っている私。。。


  ぐぉぉぉぉおお!!  明日も、ふぁいとだーーーー!!>ぢぶん。



   ◆   ◆   ◆



恒例であったことが恒例でなくなっていく。
少しずつ、変化していく。


それが歳を重ねる、ということであろうし、
それが、ときの流れ、に則した進化、なのであろうと思う。


「なにごとも、そう在って当たり前と思うな」という警告でもあるのだろう。


三兄弟の子どもたちの成長にともない、
少しずつ、少しずつやってくるハズであった変化が、
義父の突然の死によって、どーーーんとやって来たような気がする。

これにのみこまれないように、こころを調整していくんだろうけれど。


きっと、女性という生きものは、したたかで、
戸惑いつつもしっかりと受け入れ、
大地に足を踏みしめて立ち、歩いていくのだろう。


きっと義母は、既に、歩み始めてる。


何故だか、そう、確信したお正月2日目の夜。


ペンみかん




[ 2006/01/02 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(12)


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