今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

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おめでと☆ 仁くん16歳♪








今日は下の少年の誕生日。



亡き父と同じ日に生を受け、
母は、絶対父の生まれ変わりだと信じている。

私の母に、絶対の愛情を捧げられ、
優しい兄には絶対の服従を強い、
可愛い君は、我が家の王さまだった。



我が家では、X’masと皆の誕生日には、
前後しても私の手作りケーキでプチパーティと決めている。


これまで実現できなかったのは、同居中の半年間と、
介護+脱ステで、のたうってた時期のみ。



12月が近くなると、冷凍用のX’masケーキに照準を合わせてつくられた、
早めに出回っている苺が安くて、デコレーションも賑やかになる。



今日は、張り切ってチョコレートケーキにすることにし、
コーティングのためのチョコを求めたところ、
レンジでチンするタイプが出ており、3割引、となっていたため
つい、それをゲットしてしまったのが失敗の始まり。


そのまま湯煎すればいいのに、
面白がって電子レンジでやってみたために、うまくいかず、
なかなか柔らかくならず、加熱を増やせば吹き零れ、
またあっという間に固まる。


ひとりで大騒ぎしながら、コーティングしたが、
色がキャラメルっぽいので嫌な予感。。。
舐めてみると、やはり「ミルクチョコ」とのことで、やたらに甘い。


スポンジはしっとりとうまく焼けたのに、
デコレーションでさんざんなことになった。


お味も、いつもはコクはあってもあっさりと美味しいのに、
今日は、なにかやたらと胃にもたれる感じ。 え~~~ん。


んでも、下の少年は、
嬉しそうに、ケーキに顔を突っ込むように食べてるので、
ま、いいかぁ。。。。



  ◆  ◆  ◆



生クリームをホイップした後、
泡立て器についているクリームを横で待ち構えて
指ですくいながら舐めるのが、うちの少年たちの楽しみになっている。


 「 にいちゃんがおらんけん、今日は2本も舐められる! 」と大喜びの仁くん。


2本を大事そうに抱えて舐めているのを見ると、
ほんとにこれで16歳なのか??と 時がフラッシュバックする。



 「 にいちゃん、何しよるかね? 」



舐めながら、ぽつり。


そうね、君のお誕生日に、にいちゃんが居ないなんて、初めてだもんね。



ホイップできるのを待ちきれない。 そんな風景も後2年。

君だって居なくなる。



どうぞ、元気で。
どうぞ、逞しく。 そしてやさしく。

懸命に学び、生き、荒波をかき分けていく、勁さを培って下さい。


これまでの15年に有難う。

ペン二段




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緊急常任理事会






昨日、中学校からの封書が届く。


開封すると『緊急常任理事会』の召集状だった。
郵便で届いたのは初めてだったので、ちょっとドキドキする。

議題は  生徒の安全確保について




久々の中学校。

いつも通り30分早めに行き、校長室での会議前打ち合わせに参加する。


校長先生はじめ、正副会長には、義父の通夜、葬儀に参列いただき、
香典を頂戴していたため、御礼を申し上げる。



広島市の痛ましい事件 を受けての緊急会議であった。



これに先立って、
町の青少年補導員連絡協議会(こんな存在、初耳であったぞ!)が開催され、

【 町の子どもたちは 町で守る 】 ことを確認されたばかり、との由。






少女への黙祷から始まった会議は、まず

【 私たちの大事な子どもたちをどうやって守るのか 】

【 事件はひとごと、ではない。 ひとごとにしてはならない 】 との

校長、会長からの問題提起を受け、
常任理事を小学校区に分け、4~5人ずつの小グループで有意義な議論となった。



議論の中心となったのは、
 ● 如何に危機感を継続して、日常の問題として頑張れるか。
 ● 誰でもできる、できる形はどんなものか。

これに対し、すでに頑張っている小学校区が紹介された。
(NHKで紹介された京都の地区の運動に倣ったらしい)。

地域全体で、子どもたちを見守る体制作りを行う。

 ● 地域のおじいちゃん、おばあちゃんたちは、朝の散歩を兼ねて
   子どもたちと付かず離れずで、一緒に登校する。

 ● いつも日常で行う朝の体操、朝の庭の水遣りなどを、
   登校時間に合わせて庭や玄関先で行って貰う。

 ● 日常されているジョギング、ウォーキング、犬の散歩などは、
   下校時刻に合わせて行って貰う。

 ● 年配の方々に、腕章をつけてもらって「ちょっと見回り」風に
   散歩を心掛けていただく。

 ● 子どもたちの意見、子どもたち目線に立って、
   建物の死角や暗がりの多いところ等、危険マップを作成し、
   注意を呼びかける。

 ● 子どもたちに、日頃から声の出し方をレクチャーする。
    「キャー」では受身。 咄嗟に出ない。
    「ワー!!」と出すと、おなかから声が出て、立ち向かう姿勢が取れる。


この他、町内放送で町内パトロールの放送をして貰ったり、
放送に合わせて、腕章をつけて、買い物に出たり、散歩をしたり、
町民が不審者に対して【観てるよ】【守ってるよ】と意思表示をして行く。

等々、たちまち明日からでも実現できることから、ぽんぽん決議されていった。

形だけの会議でなかったことが、とても嬉しかった。



何より、会長のひとことは大きかったようにおもう。



【 地域はもう動いています。
  子どもたちの保護者であるPTAが動かないでどうしますか? 】

ペン前転




[ 2005/11/29 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(22)

久々、ミートスパゲティ






久々に熱々アルデンテスパが食べたくなって、ストックをチェック。

あるある、ミンチにトマトのホール缶、生協の大豆缶! やっほ~☆




我が家のミートスパは、スープスパ。

それが当たり前だと信じて育ったので、
小学校の給食で、ミートソーススパゲティを初めて見たときには驚いた。


母譲りのレシピで、我が家の少年たちもスープスパで育った。
(大豆を入れるのは、私のアイデアである)

きっと彼らも学校給食で驚いただろうな。



鍋に油を熱し、ニンニクみじん切りを炒め、
玉ねぎ山ほど、人参2本程度のみじん切りを炒め、
500gのミンチを入れ、塩コショウ。

後は、大豆とローリエ、タカのツメを入れ、
トマトのホール缶、コンソメを入れてよく煮る。

あればマッシュルームやセロリなど入れたりもする。

油とアクを丁寧に取り、トマトジュースやケチャップ少々、
かくし味にお醤油少々で、味を濃い目に調えて終了。


茹でたてアルデンテに、た~っぷりスープごとかけて召し上がれ!


みんな大好きで、寸胴鍋いっぱいのスープがきれいに空になる。
バスタも、4人家族のときは、800g茹でていた。

今日は、3人なので、試しに500g茹でた。  みごと完食。 ふひぃ。




    先日の『 うたばん 』に黒木瞳氏が出演し、
    番組内でつくった彼女のミートスパゲティが、
    我が家のこれによく似たものだったそうで、
    下の少年が、ちょっと嬉しかったらしい。

    ( 自分ちのミートスパが、普通のミートソースでないことに、
      何か、淋しいもの?を感じていたようだ )


ペンはーと




悼むこころ (追記あり)





   紅さして 亡き父の元 嫁ぐ母
 
           皆で祈る 幸せにね





おかあさまの旅立ちに詠まれた そらしどママさん の一句。



ママさんのセンスには、
日頃から 『 ただものぢゃない 』 と思わせていただいてましたが、
ほんとにただものではいらっしゃいませんでした。


クモ膜下で突然の別れとなられ、
何故何故、とのたうって慟哭した後のなんと深い散華の想い。





……一昨夜から、ママさんの想いに、
母を恋うる私 と 父を恋うる私 が重なってしまい、
泣けて泣けて仕方がなく、ドツボにハマった想いを持て余していた私でしたが、
でも、今日の一句で、少し救っていただきました。



悲しみのなかで、
ママさんは、おかあさまにおこころ寄せられ、
おかあさまが再生される。



父が逝ったとき、後を追いそうだった母。

それでも、上の少年を出産したばかりで
悲しみにくれ、母乳も止まりそうだった私を置いて逝けず、
踏みとどまってくれた母。


その母の姿に重なりました。 ママさん、有難う。



私たちは、まだまだこちらでたくさん、懸命に楽しく生きて。
父や母への想いを子どもたちに返し。


時至れば、きっと胸張って逢いに行く。


にっこりと、両手広げて待ってくれているはずの父母のもとへ。


ペン大雨




(追記)
 ママさんがご葬儀の日に詠まれた一句。


    今生の 別れは悲しく 辛くとも
          来世もまた 親子の約束





二七日法要、済みました。




早いもので、もう義父が逝って二七日。

義母と長義兄と3人でお寺にお参り致しました。




ちょうど、ご葬儀の後の初七日の法要を済まされ、
真っ白な骨箱を胸にした、俯き加減の方々とすれ違い、
2週間前の自分たちと重なり、立ちすくむような想いでした。



冷え冷えとした金堂内に入ると、
義父の戒名と二七日法要と書かれた卒塔婆が用意されており、
二七日の位置に置かれていました。


家のお仏壇内でも、
初七日から七日ごとに位牌の位置を一段ずつ昇殿させていくのだそうで、
宗派の違う私は、目を白黒。


結婚して20余年。
それはそれ、これはこれ、と、
全然、学ぶ気のなかった自分をちょっぴり反省。


持参したものは、各自のお念珠のほか、
1升米と、お布施と人数分のお賽銭。

このお賽銭は、お仏壇にもお参りするときに必ず置く。(驚)


お坊さまの読経のなか、焼香し、
お坊さまと義父のお話をし、三七日のお約束をして、無事終了。




   お淋しいことでございましょう。




とお坊さまがおっしゃる。


 「 いえ、それが… 」 と言いかけた義母を


お坊さまは両手で制し、




   自分にできることは全部したから、
   悔いもない、淋しくもない、とおっしゃる御方がたまに在られるが、
   その在りようは嘘でしょう。


   逝かれた御方に想いを残す。 悔いを残す。
   ということがいいのです。

   去ったひとを忘れない。
   その想いを次につなげていく、ということになるのだから。

   例え、悔いがなくとも、淋しくはなくとも、
   それは、口に出さず、こころにしまっておくのがいいのです。





逆説的のように聞こえたこのお坊さまの言の葉が、
暫く、私の耳から離れないような気がします。


想いを残さない、悔いを残さないのがいいのは、逝くひとの側であり、
遺された側は、多かれ少なかれ、何らかの想いや悔いを
こころに抱きしめ、或いは背負って生きるもの。

その想いを次に繋げるということは、

これから、自分「が」想いを残さず、悔いを残さず逝けるよう。
後に遺していくものを悲しませないよう、懸命に生きるのである。


、、、ということなのでしょうか。


ペン?




[ 2005/11/26 19:09 ] 徒然草 | TB(0) | CM(16)

柚子三昧☆






今年は、柑橘類が豊作の年なのでしょうか。


店頭に並んでいる蜜柑も安いし、
蜜柑山を持っている方々から、既に3箱も!


そして、義父母の墓所となるところには、
義父母が植えた柚子が、もぐれつくように大豊作。


今年も、柚子の香りに包まれながら、
トゲにひっかかれながら、うほうほと収穫。



あちらこちらにお分けしても、まだたくさん。



我が家には、毎年段ボール1箱分貰って、柚子酒をつけたり、
種とホワイトリカーで、ゼリーのようなお肌用クリームをつくったり、
無農薬の皮は、そのまま蜂蜜漬にしたり、ジャムにしたり、
あとは全部絞って、自家製の柚子ぽん酢をつくる。


この日はとりあえず、ホットレモンならぬホット柚子。


お・い・し・~~~!!


翌朝、お肌がつやつやしてましたよ!

ビタミンC?

柚子には、やっぱり、きっと何か絶対。
何かの効果があるんだと思います。(きっぱり)

ペンイェーイ




涙で目頭と目尻が切れました。






ここのところ、泣いてばかりなので、
自分の涙に負けて、
目頭と目尻のところの皮膚が切れてしまい。
(これ以上、目が大きくなってどーする>ぢぶん)

上瞼もちょっとかさかさ。

泣く度に、しみて痛いし、痒い。

目の周りが文字通り赤く腫れて、異様な感じ。



で、活躍したのは、ワセリンを精製した『サンホワイトP-1』。

              サンホワイトP-1 400g皮膚にやさしく低刺激性の精製ワセリン


これは、以前も『 塩の効用 』のところで書いたのだが、
目の周り、それも、目頭や目尻に塗っても全く刺激がない。

サンホワイトの油で視界がボケるということもなく、
何より安心して塗れたのが有難かった。


ずっとリップクリームの代わりにしてたので、
目だってイケるだろう、と独断で塗ってみて大正解。


 「 そういえば、しみない 」 と
気付いたら、切れたところがくっついてた。

怖くてしみじみ、まじまじ、見つめてはいないけれど、
切れた後が、しわもどきになってませんよーーに。



        あ、毎日毎日眠たくて眠たくて、
        幾ら眠っても寝足りないのは、
        もしかして、泣くことが多かったから? (気付くの遅っ)

ペンみかん
この日、島のみかんを1箱いただきました☆




送られて来たチョコレート☆







23日。


2つの印刷会社さんから、宅配便にて、同時に私の仕事が送られて来る。

どちらも歳末の新聞折込広告の最終色校正。



11月に入ると、印刷会社さんは何処も殺人的スケジュール。

私にも猶予なく、80余パターンの差替え部分を最終チェックし、

即日、宅配便にて返却するスケジュールである。



1社さんからは、お心こもったお悔やみの手紙が同封されていた。
もう10余年のお付き合いである。 思わず涙がこぼれる。



そして、もう1社さんの担当者代理の女性社員さんからは。


可愛いレターセットのなかに、
義父のことには一言も触れず、チョコレートが同封されていた。



   「 キャラメルで、1粒で300m走ることができるなら、

     チョコレートはきっと気持ちを3cmジャンプUPさせ、

     疲れを少し取ってくれるものと信じ、

     少しですが同封致します。

     今、流行のカカオ70%以上、です(^^)。 」



ほっこり。
胸があたたかくなった。



この社員さんは1度だけ来社され、その折にご挨拶したことがある。
が、いつもは、ネットとビジネス文書で、文字だけのお付き合いである。

だが、春夏秋冬、広告関係の修羅場で、
常にきめ細やかな対応をして来ていただいていた。

確か入社されて5~6年になられるのではなかったか。



気持ちの良い距離とは、
互いが互いを想う距離が等間隔であること。



その良い距離を示していただいたようで。

衿を正しつつ、有難く、嬉しく、
このお返事は、どう書こう、と頭を悩ませた。




   それにしても70%以上のカカオのチョコが流行だった、
   なんて、知らなかった。。。

   血糖値を上げにくいから?

   コクがあって、ダイエットにも良いから?

   う"~ん、遅れてるぞ>ぢぶん。

ペンわー




段ボール箱に入れられていた小1の女子児童






22日午後、広島市内の路上で
段ボール箱に入れられた小学生の女児の遺体が発見されました。



この少女は、私の同僚のお子さんのクラスメートで、
彼女の携帯にすぐさま緊急連絡網として、メールが入り、
社内でも騒然とし、彼女はすぐに早退して、学校へ向かいました。



夜のニュースでもまだ、詳しいことは判明していないようですが、
なんとも言えない怒りと恐怖でいっぱいです。


校長先生の
 「 元気に登校してきた子どもを元気に家に帰せず、
   大変申し訳なく思っています 」
との談話も悲しい。


私でさえそうなのだから、
彼女や同じ学校に通う子どもたち、保護者、PTA。

そして、何より、被害にあった少女のご家族の方々は
どんなお気持ちでいらっしゃることでしょう。


少女のご冥福をお祈りするとともに、1日も早い事件の解決を望みます。


そして、私たちPTAのできることは何か。

防げるもの、防げないもの。

努力すべきこと、覚悟すべきこと。

本当に本当に性根を入れて、考えていかなくてはなりません。

悲しいけれど、そういう時代、これが現実、であるのですね。


ペン台風




[ 2005/11/22 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(21)

前歯が欠けた!!!






夕食に、下の少年の大好きな鶏足にした。


にんにくと醤油、酒に半日漬け込み、オーブンで焼く。



カリっと仕上がり、いざ!!!



うほほ~ぃ、とかぶりついた途端、????!!!!




昔、バレーでブロックに飛んだとき、
強烈なスパイクを顔面に受け、
右前歯にかすかに縦に亀裂が入っていたところから、
ポロリと前歯が。




うっそ~~~~~~~~~~~~ん!



慌てて鏡を観に洗面所に走ると、
そこには、あたかも
お笑いでおじいさんやおばあさん役をするときに
前歯を黒く塗ったような感じの、お間抜けな自分が。。。。  ペン哀




愕然としつつ、爆笑もし、
明日からどうしよう、と途方にくれる。


我に返って、先年、駅近くにこの町の建物とは思えない(゚゜)\バキ☆
とっても瀟洒な歯医者さんができたことを思い出して、電話をする。


この歯医者さんは、町の山奥の方で、
通院しにくい勤労者のために、夜遅くまで診療して下さることから、
ファンが増え、患者さんたちのたっての望みで、
駅近くに移転して来られ、夜間は完全予約制であると、
ファンのひとり、バレーのチームメイトから聞いていた。


私が電話したのは、午後8時をまわったところ。


  「 前歯ならお困りでしょう。

    少しお待ちいただくようになりますが、
    すぐにお越しいただけますか 」


との、感じの良い受付の女性の声に励まされて、すっ飛んで行く。



駐車場は満杯。
天井が高くて、待合室もモダンでカッコいい。

診療室も天井高く、
ひとつひとつの診療スペースに小さな液晶テレビが備え付けられ、
座席の後ろには、Mac。


レントゲン結果もすぐ、そのMacに反映され、
モニターで見ながら、説明を受ける。


う"~ん。 歯医者さんも進化してるんだなぁ。。。


めでたく、欠けた部分がほとんどわからないように治していただき、
助けていただいた。

前歯はものを噛み切る歯であり、これまた難しい位置のため、
気をつけないと、今日つけた歯がまた落ちる可能性が高い。
できれば、神経を抜き、
「 かぶせる 」ことにした方がいいだろう、との由。

「 かぶせる 」って、部分入れ歯になるってこと??なのかな??

えーーーん。


男性のお医者さまは3人いらした。
女性の技工士?さんたちは、少なくとも6人。

くるくるキビキビ動いてらした。


診療時間は、木、土曜が午後8時まで。
月、火、水、金は、午後10時まで(驚)。

   

歯茎が弱っているとの由。

しばらく通ってみよう。


ペン焦




[ 2005/11/21 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(10)

焼きたてパンとハンバーグ






ここのところ、夫の実家で、
ずっと和食、精進料理系をつくってばかりだったので、
ヘルシーだけど下の少年は飽き飽き。


そうでなくても、うちの少年たちは、
同居中の毎日の煮しめ攻撃で、お煮しめアレルギーになっている。



私は、といえば、罰当たりなことながら、
義父の忌中とはいえ、
もう何もつくりたくない、キッチンに立ちたくない症候群。


金曜夜は帰宅して、すぐに寝込むありさまで、
下の少年は、自分で炊飯し、レトルトのカレーを求めて
食したようである。(ごめんね!)


誰もいない土曜日は、なんとかホームベーカリーでくるみパンを焼き、
ひとりで思うさま食せる久しぶりの焼きたてパンに感涙?



昨夜は、下の少年のためにハンバーグをつくる。



いつもはたくさん野菜を摂らそうと、副菜どころか
ハンバーグの種にレンジ加熱をした山ほどの玉ねぎと人参、
きのこまで入れて、ミンチの少ない(笑)ハンバーグをつくるのだが、
昨夜は、忙しかったここ2週間、
孫代表で頑張ってくれた下の少年に敬意を表し、
大奮発して、純正ミンチ(笑)と生のたまねぎでつくった。



美・味・し・か・っ・た!!



久々の笑顔弾けるふたりの夕食。


美味しいものが美味しいと食べられる。

こんなに笑顔いっぱいになれる。

倖せだよね、仁くん。

ペン快晴




義父の初七日、無事終えました。







早いもので、無事、義父の初七日を済ませました。



前夜からまた、長義兄夫婦が帰って来てくれて、バトンタッチ。
ほっと一息ついております。


義母も、こころの整理がつき始めたかに見え、
「 畑は待っていてくれない 」 と、
日曜から、じゃがいもの収穫と玉ねぎの苗植えを
長義兄夫婦とするつもりで、張り切っています。


昨夜まで、ずっと夫の実家に詰めており、
メール更新もままならず、大変ご心配をお掛けいたしました。


ブログに、私書箱に、メールボックスに。
そして、FAX、お手紙。


たくさんのお励ましのメッセージ、本当に有難うございました。



帰宅して、どんなに自分が疲労困憊していたか。

この1週間、どんなに皆さんのおこころに触れたかったか、を識りました。


有難うございました。


また、ひとつひとつ、改めてお返事させていただきますです。



義母に倣い、私も日曜日は、荒れ果てた自宅に、
まずは掃除機をかけることから始めたいと思います。


そして、義母の分と我が家の分、急いで喪中葉書の作成だ~~~!!


ペン晴




[ 2005/11/19 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(16)

葬儀から一夜明けて。






忘れないために記しておく。



義父の通夜、葬儀とも、近くの自治会館をお借りして営んだ。

駐車場もなく、狭くて古くて、使い勝手のよくない義父母宅で営む、
という最悪の事態を回避できて、助かったのだが。
やはり、それなりに大変だった。


料金は、1日1万円(冷暖房・光熱費込み)。
よって、2日間で2万円である。

但し、当然のことながら、使用前の状態に戻さなくてはならない。

葬儀の翌朝、7時に集合して、大掃除、というのには参った。


公民館内外の掃除の仕上げとして、外は公民館周りから駐車場まで。

内は、長机類をチェックし、畳を1枚1枚乾拭きし、
廊下、台所床を水拭きし、
使用した湯呑みやお椀、皿などの最終チェック。
生ゴミ、紙ゴミなどの完全持ち帰り。

トイレも床まで磨き、靴箱は水拭き。

葬儀後に、ざっと講や隣保の方々がして下さってたのだが
最終は使用者が責任もって、大掃除をしなくてはならないのである。


行ってみると、私たち遺族のほかに、
講頭、隣保頭、本家のご主人ご夫婦が手伝いに来て下さっており、
非常に恐縮した。

ここまで、講や隣保の方々にお世話になるのなら、
(皆にとって)自宅が楽なのか、公民館利用が楽なのか、判らなくなってくる。


  ◆ ◆ ◆


義父母は、「講」で共同の祭壇を購入していたため、
通夜の時間までに、講の方々が祭壇を組んで下さった。

 「 それだけでは、余りにみすぼらしい、ふうが悪い 」

との、お願いした地元の葬儀屋さんの言により、
派手でないよう、華美でないよう、適当に照明と生花等を足していただく。


何かと講とのかねあい、調整に、こころを砕く。


通夜の晩は、公民館へ義母宅の毛布を持ち込み、
我が家の少年たちと夫と私、次義兄のつれあいさんの5人で義父の夜伽をした。


最近は夜伽用の蝋燭、線香ができていたのに、目を見張る。

蝋燭は、そうしたタイプのアロマキャンドルを私自身持っているので
驚くほどのこともなかったのだが、それでも形が蓮の花だったのには唸る。

そして、線香。

細~くて小さくて、上品な?蚊取り線香のようにぐるぐる巻きの線香で、
ぶら下げるようになっており、三角錐のような形で渦巻いている。

小さなものなのに、これで1晩持つのである。 凄い。


父の時には、蝋燭と線香を絶やしてはならないと、
一晩中起きて夜伽をし、泣いて、泣き疲れたものだったのだが。



無事、夜伽を終え、葬儀を終え、
葬儀屋さんは、自分たちのものを持って引き上げ、
講の方々は祭壇を取り払い、男性だけで、祭壇を倉庫へ収められる。
女性陣は、後片付けをし、掃除をされる。


私たちは、できるだけ隣保、講の方々の手を煩わせたくなかったために、
葬儀の日の昼食は精進の幕の内を取って、皆さんにお配りしたが、
通夜の夜、葬儀の朝は、隣保と講で、どうしても、ということで、
おにぎり、お煮しめ、お味噌汁を大量につくって下さった。
帳場も、講と隣保の男性陣が、しっかり守って下さった。

そして使用後の掃除。。。

やはり多大なお世話になったのである。


古く昔から、助け合いの精神で、互いに支え合って来られたのだけれど、
それはそれで、大変気を遣い、
様々なできごとに責任を感じさせられ、消耗した。

今の時代、葬儀での講、隣保。
講が違えば、慣習も暗黙ルールも異なり、
同じ構内でも、それぞれ料理のイエの流儀が異なり。

あちらこちらでぶつかっては、ひそひそと冷戦状態が始まる。


講や隣保は、本当に本当に必要なのだろうか。

これからもずっと。 続いていくものなのだろうか。

私たちを含め、若いひとたちはこれをきちんと受け継ぐことができるのか?
(私には無理)

ペン?





[ 2005/11/15 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(14)

義父が亡くなりました。




土曜夜から 機嫌良くラジオ体操を繰り返し、
その後、長義兄に助けて貰いながら、
自分で乾布摩擦を行い、
全身を自分で思うようにきれいにし。


筆記具を求める仕草に、ノートを渡すと、


「 不言実行――黙してただ懸命に努力す――父の信条 」


と書き遺し、日曜朝、義父が逝きました。



帰りたかった自宅で、
愛した田んぼの横で、
妻と三人の息子たちに看取られて、
眠るように逝った義父は、大往生であった――と

ただそう思いたい私です。




皆様には、これまで色々とご心配いただき、
本当に有難うございました。


退院後、不整脈が続いていたため、
心不全を起こしたのだろうということでした。


昨夜、通夜を営み、先刻葬儀を済ませ、
現在、火葬場にて骨上の儀。


講や隣組の方々にお引き取りいただき、
私は、独り留守番中。

折がらに囲まれ、ぼーっとしているところです。



明日はゴミの日。



仕分けをしておこう。




ジャンル : ライフ
テーマ : 生き方

タグ : 不整脈 心不全 大往生 ありがとう 自宅で死ぬということ 遺言

[ 2005/11/14 22:01 ] ありがとう(//▽//)☆ | TB(0) | CM(76)

『 死にざま 』  ~ 義父の通夜の席で ~




長い長い読経のあとの、お坊さまのお説教のなかで。

こころにざらっと。

途轍もない違和感を覚えてしまった部分 を 忘れないために記す。



お坊さまは、私より、ひとつ歳下でいらっしゃる。
ほんの一月足らず前に、お仏壇を新しくし、
入佛式 を執り行っていただいたときに、親しくお話をしたばかり。

幼少時より、両足に麻痺を起こしておられ、
何処へ行かれるにも、二本の杖にすがりながら、
たくさんの荷物を抱えてご自身で歩んで来られる。

畳のうえでは、足を投げ出して座られ、
座ったまま、後ろ向きに、両手でご自分の身体を滑らせて移動される。


それは、外で使用している二本の杖を
そのまま屋内で使う訳に行かないと思われ、
そのようにされていたことに後で気付いた。


腕で自分を運んでいらっしゃるため、
両腕と胸筋を鍛えておられるのがよく判る。

お声は腹から出される良いお声で、迫力がある。
心身共にとても修行なされていることが、言の葉の端々に窺える。


要所要所は、とても深く感じ入り、
唸ってしまう部分もあるのだが、
肝心要の部分が、私には、どうしても承服し難い。

単なる私の思い上がり、だとは思えない。

ひとの思想のバックボーンを司る、
宗教とは、恐ろしいものだと改めて思う。

同じ仏教であり、ほんの僅かの宗派の違いであっても、
その「違い」が、「それはそれ、これはこれ」と互いに尊重し合えない。
看過出来ない根本の部分だったりするのだから、始末に終えない。


まさに、改めて。
世界各地の「宗教戦争」の根の深さ、終わりのなさに想いをはせる。

まして共に「聖地」とされた場所をめぐっての戦争たるや。



  ◆  ◆  ◆



義父の通夜の席で。


以下は、お坊さまの話の違和感ではなく、目からウロコだった部分。



    昨今、「 生きざま 」という言葉が、好んで遣われているようだ。

    しかし私には、そのひと本人が 「 自分の生きざまを賭けて 云々 」と
    語ることは、非常におこがましいように感じている。

    それは違う。 単なる粋がり、カッコづけだと思う。


    そのひとの「 生きざま 」が、どんなものであったか、
    如実に証明するのは、そのひとの「 死にざま 」である。


    どんな死に方をしたか、どんな通夜で、葬式であったか。
    その席に集まったひとびとの顔ぶれ、態度、会話。

    それらのものが、そのひとの「 生きざま 」を証明するのである。





そこからお坊さまのお話は、「因果応報」についてだった。

   (結局、義父と通夜の席に集った方々を褒め称えて下さった訳だけど、
    なんだか非常に居心地悪し)


ペン問




ジャンル : ライフ
テーマ : 生きるということ

タグ : 生きざま 死にざま 通夜 説教 僧侶 お坊さん 仏教 宗派 法会

[ 2005/11/13 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(13)

義父退院5日目






4日目夜、義父のおめめはパッチリ輝き、
ベッドの上で上半身のみラジオ体操を始める。


少し熱っぽいため、義母や次義兄がやめるように言っても聞かない。

そればかりか立ち上がらせろと仕草で要求し、
立ってラジオ体操をしようとする。



何故、体操をするのか訊ねると
筆談用のノートに解読困難なみみずの字で、
「 身体がなまるから 」と答える。


午前3時を回って、熱があがり、ゼイゼイと言い始め、
今にも倒れ込みそうなのに、狂ったように手腕を振り回して体操をする。


義母と次義兄は、上から押さえつけるようにして寝かせる。

義父は普段ろくに動かない足で、思い切り義母を蹴飛ばす。


どんどん熱が上がるので、私も呼ばれ、
午前5時になるのを待って、主治医の先生に往診をお願いする。



古い痰が肺近くに溜まっているとこのことで、
長い吸引を受けた後、注射と点滴で義父が眠る。



後は私が看るので、義母と次義兄に休んで貰うように言う。

義母の顔はパンダのように目の上にも隈ができていた。


丸3日、ろくに眠ってなかったふたりは、
たちまち、寝息を立て始めたが、
午前9時を回ると、近隣の方々が、
義父の退院を耳にして、お見舞いに次々と来られる。
電話もじゃがじゃが鳴る。


今、義父は休んでいるので。 と答えても、
では、義母と話がしたい、と。

その度に、義母は相手をしなくてはならない。
身体が全然休まらない。



   ◆  ◆  ◆



午後1時半、主治医の先生が点滴に来て下さる。


熱は37度。

肺炎を起こしたかどうかは、レントゲンを撮らねばなんとも言えない。

同じ方向を向いて寝ると、同じ側へどんどん痰が溜まっていくため、
寝返りを打たせ、色々な方向を向かせて眠らせるように言われる。
(義父は、必ず左側へ身体ごと横向きで眠る)


点滴の間、義父が動かないよう、ずっと手を握る。


1時間後、点滴が終わって針を抜いたとき、義父が動き、
自由に動く手で、下がっている点滴の管を引っ張ろうとしたので、
慌てた私は、抜いたばかりのその針で、
自分の人差し指を、なかなか抜けないほど深く刺してしまった。


ますます慌てたが、まずは義父をなだめ、
点滴を抜いた後にコットンを貼り付け、しばらく上から押さえる。


私の指にますます針が刺さる。


もう大丈夫、と義父を放し、自分の指の針を抜く。
指先はもうシビレが来ており、
血が玉のように盛り上がっては、ポタポタと落ちる。



くぅぅ。 お願いだから、肝炎などに罹患していないで下さいね。


……咄嗟にそう思ってしまった自分にヘコみつつ。



義父が眠りに入ったので、
そそくさと夕食の下ごしらえをしていると、
すぐまた、義父に話しかけている次義兄の声が聞こえてくる。


起き上がってトイレに行く、と言っているらしい。


義父を抱きかかえるようにして、
トイレに向かう次義兄に声をかけると、
長義兄から、「今晩と明晩、長義兄が来てくれて交代してくれる」
とのメールが入ったとのこと。


助かった! 長義兄が来てくれるまで、義母はこのまま眠らせる。
僕ひとりで頑張れる! という次義兄に後を任せ、
私は処方された薬を医院へ取りに行くことにする。


その足で、帰りにスーパーでオムツを買い、
魚屋さんで今晩と明晩のための魚を買い、
車を置きに自宅へ戻り、タイマーでご飯を仕掛け、
とんぼ返りで夫の実家へ。


豚汁、水菜のおひたし、お煮しめ、煮魚の夕食をつくり、
昨日からプリンやヤクルトしか食べようとしない義父用に
野菜をみじん切りにしてよく炊いたものを入れた茶碗蒸しをつくり、
朝食の用意もして、
自宅用に持参した鍋に豚汁を少しいただいて、午後9時、帰宅!



ふぅ。
義父がもう少し足元がしっかりしてくれるか、
夜、ちゃんと眠ってくれる、とか、
何か落ち着いてくれないことには、3人でもまわらない。
どうしたものか、と思っているうちに、
そのまま爆睡し、午前3時、驚いて起きてお風呂を入れる。


我が家の男子どもは、シャワーで済ませたらしい。orz....




5日目夜となる昨夜はどうだっただろう。


昨日からの自宅の洗い物を済ませ、
あともう少しで、2日分の洗濯も終わる。


夫の実家へ行くのは、もうひといき、入れてから、にしよう。


ペン励





[ 2005/11/11 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(13)

デイケアをめぐる義母との2年間の攻防戦






2年前のお盆を利用して、2度目の右膝の手術を終え、
退院予定の8月15日の朝、夫より義母が突然倒れたとのメールを受ける。


お盆であったために義兄たちの帰省中で助かったが、
K市中央部にある総合病院へ、手足が麻痺している義母を運び込んだところ、
今度は、お盆であることが災いをする。


血液検査をはじめ、様々な検査をしても、何も異常が出ない。

「 今日のところはお引き取りください 」と言われ、そのまま連れ帰る。
四肢麻痺の状態であっても、検査でどこにも異常が出てない限り、
「異常」ではないから、入院は出来ないと。 もちろん薬も何もない。

義母の麻痺部位がどんどん広がる。

15、16、17日と3日間、毎日義母を抱えてその病院へ通い、
3日目、神経内科にて、骨髄液を採取され、初めて特定疾患であることが判明。
やっと入院となる。


それまで、義父の認知症のような症状が気になり、
何度も義母や義兄たちに義父の異常を申し出るが、
義母は「歳じゃけん、そんなもんよ」と取り合わず、
義兄たちに接する義父は、通常通りなので、義兄たちも取り合わない。
夫でさえ、「そんなもんじゃろう」という。


だが、義母の入院により、義父の症状が激変する。
義父にとって、義母の存在が安定剤に等しいものだったらしい。

夫をはじめ、さすがの義兄たちも義父の「異常」を認めてくれる。

夫の実家へひとり泊まり込んだ私の日々は、 悔悟 に記した。


まず、遠く広島市の高校へ通い、
バスケの朝練もある上の少年のサポートを諦め、実家の母へ託した。

中2だった下の少年は、夕食を食べに来てくれる。
そのときに、顔を見て、翌日の朝食のおかずを渡す。


義父は、日本食しか食べない。
出汁からきちんと取れば、食事の支度だけで1日の大半を遣う。
義父を抱え、車で1時間の義母の病院へ通う。

夜は、義母を探して家中を徘徊し、
外にも出て行きそうであるため、全く眠れない。

術後の右膝が腫れ上がり、保冷剤を膝に括り付けて西に東に奔走する。


   ◆  ◆  ◆


毎日のあまりのキツさに、ついに助けて!と町役場へ駆け込む。


話を聞いてくれた担当者は、まず、

 「 よく頑張られましたね。 偉かったですね 」 と

(私の1番欲しかった)労わりの言の葉を掛けて下さり、号泣する。



義父も義母も介護認定の対象になるため、
手続きはこの場で出来るので、すぐするように勧められる。


 「 家庭内で介護しきれるかどうかは、夜間徘徊の有無がポイントになります。
   夜間徘徊が始まれば、もう、家庭内介護は無理です 」

 「 専門職に安心して任せて下さい。
   家族だけの介護では、する側もされる側も辛いのです 」

 「 介護を自らの活計と想い定め、日々努力している者たちを信じて下さい。
   どうぞ任せて下さい 」


担当の御方の熱い言の葉に、ただ有難く、涙がこぼれるばかりだった。



たが、「介護保険」の申請、要介護認定を受けること、という
義父母の介護に向き合う、まず第一段階で、
予想以上の義父母の抵抗に苦労することとなる。


義父を病院で診てもらう、ということさえ、なかなか承諾して貰えない。
夫も、義兄たちも反対であったため、かなり厳しい道程だった。



 「 なんのために診てもらうのか 」 長義兄から厳しい言の葉が出る。


 「 お義父さんがどんな状態におられるのか、正しく識るため。
   認知症でないなら万々歳だし、
   もし不幸にして認知症であられるのなら、その段階と、
   今後、どんなことが予測されるのか、きちんと識って対策を講じるためです 」


長義兄は黙り込む。



この地では、週にたった1度でも、
ヘルパーさんをお願いしたり、デイケアサービスを利用する者は、
「 ふうが悪い (=格好が悪い の 方言)」
「 子どもたちに見捨てられた、哀れでみじめな年寄り 」
「 家族の努力不足 」 という身勝手なイメージが定着している。

公的支援を仰ぐことに、義父母も泣いて拒否をする。


では、誰がするのか。


嫁である私?

介護は嫁がして当たり前。。。。。??


毎日毎日。 毎分毎秒。


ほんの少しの気の緩みも許されず、
義父母の一挙手一投足に機敏に反応して動くだけの日々は、
自分自身の気力、体力、生命力も刻々と削られ、心がささくれ立っていく。


「 少しでも快適であって欲しい 」…その想いが義務感になっていく。


周囲の「 家族なら支えて(介護して)当たり前 」的な視線は
日に日に疎ましく、プレッシャーになっていく。



だが、毎週末に長義兄夫婦が介護を交替してくれることとなり、
随分と助けられる。
長義兄のつれあいは、中学校教諭であったため、
休日が介護日となリ、どんなにか疲れたことだろう。


10年前、「誰も帰られないのなら私たちが帰るしかあるまい」と、
泣く泣く三男夫婦である私たちがこの地に転居してきたことで、
なんとなくギクシャクしていた兄弟関係であったが、
最悪、義母死亡もしくは、終生四肢麻痺、
そして、義父は最重度アルツハイマーという
この未曾有の危機に瀕して、腹蔵なく、シビアな話し合いがしっかりできた。


そして、晴れて義父を医師に診て貰い、要介護3を貰う。


まず、週2日、3時間のデイサービスを始めるが、
義父は「絶対行かない」と抵抗する。

「 自分は長年民生委員であった。
  そういったお世話をする側であって、される側では絶対にない 」と言う。


センターの方々も心得たもので、
「 そうですよね。 だから、私たちの至らないところなど、
  ○○さんのお知恵を是非お借りしたいのですよ 」 と
うまく連れ出して下さる。


その間に、買い物を済ませたり、大急ぎで義母の病院へ洗濯物を届ける。



しかし、必ず、呼び出しの携帯が鳴る。

 「 何をどう言っても、ダメ。 これ以上引き止められない 」と。

1度は、隠されていた靴を自分で探し出し、
帰ろうと勝手に出て行くところを捕まっている。


そんなこんなで義父の抵抗に苦労しつつ、
それでも段々に慣れてくれるだろう、と努力していたが、
義母が退院してから、義母は、義父のデイサービスをあっさり断ってしまった。



 「 あれほど行きたくないものを行かせるのは可愛想じゃし、
   何より、ふうが悪い。
   家の前に『デイサービス』の車が停まるのも嫌 」 と。



引きこもりがちになっているお義父さんにとって、
決まった曜日に決まった時間、外出することは、
お義父さんにとって、とても良いことなのだ。

また、いずれは、どうしても助けていただかないとどうしようもなくなる。
そのときに、いきなりセンターへお願いする方が、
お義父さんにとっては不幸なことなのだ。 と何度言っても聞かない。



 「 そんときは、そんときのことよ!

   行きたくないものを、無理やり行かせなくてはならん
   私の方がノイローゼになりそうじゃけん 」



天を仰ぐ。


このときから、私のこころの呪文が始まる。

 「 では、お義母さんのお好きに。
   お義父さんは、私の父じゃないし、私の夫じゃないもん 」 と。



ただ、その分、同じように看護、介護、介助に明け暮れておられる方々の心に
自然と寄り添えるようになれたこと。

頭ではなく、肌身で学べたこと。

そんな自分になれるよう、チャンスをくれた義父母にこころから感謝をしている。

この感謝ができるようになったのは、
義母が回復し、それにつれて義父も落ち着き、
義父に内服薬が適合したようで、進行がゆるやかになったため、と
いうことは重々自覚してはいるのだが。



義母が倒れ、あの術後の膝に保冷剤を括りつけて、
東奔西走していた頃を思えば、何に対しても感謝、感謝!


そう、何があっても、頑張れる、と思っていたではないか!


義母も、どう頑張っても公的支援を受けねば
どうにもならない場合があることを識ってくれた。
入浴だけでも、助けていただこう、お願いしよう、と
思ってくれ始めたのは、大きな一歩。


がんばりどき。 がんばりどき。


ふぁいとーーーー>ぢぶん。

ペン励




[ 2005/11/10 22:59 ] 徒然草 | TB(0) | CM(8)

義父の退院3日目






早朝から、キレかかっている義母より電話。


昨夜は一晩中、義父のトイレへの往復で、眠れなかった、と。


1度、次義兄に任せたら、次義兄が大声で呼ぶので行ってみたら、
しゃがむときに、自分の身体を支えきれず、
凄い勢いで次義兄につかまったため、、
次義兄もろとも、トイレに倒れていた、と。

大怪我をするところだった、との由である。


とにもかくにも、夜は冷える。 ましてトイレは外気に面した縁側の奥。

これから、どんどん寒くなるのに、どうしたらいいだろう、と。




ポータブルトイレを提案したが、即座に却下された。
自分が四肢麻痺の難病で入院中に、病院の病室で使用し、
その不安定さと落ち着かなさに、イヤであったし、転倒の危険がある、と。



ポータブルトイレにも色々種類がある。
ソファのように、どっしりしたものもあるから、
今からカタログを持っていく、と答えたら、義母がキレた。




   「 オムツでさせりゃぁえぇが!! 」



一瞬、言の葉を失う。




気を取り直して、
自分でできる間は、自分ですることがどんなに大切なことか、を話したが、
途中で遮り、


   「 それで、私が倒れたらどうするん! 」


あぁ。。。。今は、何をどう言ってもダメだ。。。。。


義母も20日間、ずっと病院へ通い、
義父の退院までは、と、頑張って来た。

思わず、受話器を耳から離し、天を仰ぐ。



    私は2年前、お義母さんの入院中、ずっとそうだったよ、と思いつつ。


    いいよ。 お義母さんがそれでいいのなら。

    私の父じゃない。 私の夫じゃない。

    
    もう私は、「 私がお世話しますから 」 という言の葉を今は紡げない。



とりあえず。 とりあえず。

義母をなだめ、夜、寒い部屋をどうするか、に話を持っていく。

昨日、点滴を受ける際にも、血管が細いために、
できるだけ部屋を暖めていて欲しい、と医師から言われたばかりだった。


隙間だらけの家だから、期待するほどは部屋が暖まらないことを
念押しして、エアコンをつけることにした。

  ( ストーブだと、必ず義父が消す、ということと
    蹴倒したりしての火事が心配であるため )。 

古い家であるため、配電盤から工事をしないとならない。

町内の、義父母の行きつけの電器屋さんへお願いすることにする。




一応、介護用品のカタログを持って、夫の実家へ行く。

一晩で、ぐったりしたような次義兄と義母に比し、義父は良い顔色だった。


次義兄が居てくれても、目が離せない。
食事に2時間掛かる。 家のことが何もできない。
また、今晩も昨夜と同じようになるのか、と思うと、
これからどうしたらいいのか、と義母が愚痴る。


    だから、昼夜を問わず、強い睡眠薬を処方されていたのだと、今更ながら。


次義兄が居てくれる間に、義父は、何処まで入院前の状態へ戻ってくれるだろうか。




1つ、前に向かえそうなことは、
義母が、初めて、デイケアサービスについて、
その意義、その有難さを認識してくれたこと。

たちまち義父の入浴については、利用したい、と思い始めたようである。

これまではそうした施設の利用を絶対に認めようとせず、
「 ふうが悪い 」「 家族の努力不足 」と一蹴して来たのだから、
義母にとって、そして私にとっても大きな前進である。

ペン痛





[ 2005/11/09 18:44 ] 徒然草 | TB(0) | CM(18)

義父の退院2日目





段々に義父の薬が切れはじめたようで、
起き上がって、歩こうとするようになった。
足元はまだおぼつかず、これから目が離せなくなるだろう。


尿意は戻ってきたらしいが、とても間に合わない。


夜中、既にオムツのなかにしてしまっているのに、
それでもトイレに連れていき、
便器に跨らせた義母を怒鳴りつけたという。



しかしまだ、舌がしびれているらしく、位置がおかしい。
普段は喋らない。 喋ろうとしない。
嚥下障碍の所以であるかもしれない。

達筆であったのに、みみずのような平仮名がやっとの筆談を交わす。
脳は働き始めているらしい。 

自分が入院していたことは覚えていないらしい。

次義兄に気付き、驚き、「夜が遅くなるからもう帰れ」、と筆談する。


食欲、なし。
義母が重湯のようなおかゆを炊く。
水分も余り取れない。


往診で、点滴をしていただき、針の抜き方のレクチャーを受ける。
(見事にあれほど酷かった痰が切れた!)



ペン…




[ 2005/11/08 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(0)

義父の退院






朝から忙しい一日だった。


退院の決まった義父を迎えに義母と長義兄が。
私は義母の通院予定だった総合病院へ薬を取りに出発する。



総合病院では、義父の元に保険証が在るため、総合受付で散々もめる。

1ヶ月ぶりの受診のため、保険証を提示しなければ、
診察券が受付と予約確認の磁気リーダーを通らない。
通らなければ、以降のシステム処理が何一つできない。


ロック解除して貰うために担当者が3名交代し、
その度に最初から事情を説明し、
保険証のないこと、本人が受診できないことを説明する。

2名が次々「NO」と言うのに、食い下がり、
3人目の御方に、今週中に保険証を持参することでようやく了承して貰う。


ふぅ。


次は、義母の受診する2つの科の窓口で、
本人が受診できないことの説明を繰り返す。


代理人でもきちんと予約時間に医師と会い、
医師に事情を説明して、変わりないことを伝え、
処方箋を書いて貰わなければならない。


窓口で説明し、医師にもまた1から説明する。。。。


保険証がないのも、本人が受診できないのも、
全てこちらの勝手な事情だし、
「投薬」問題は、大事なことだとは言え、切なくなる。


私は今朝から、何人のひとに、何回同じ事情を説明したことだろう。


結局、8時前に自宅を出発し、9時に総合病院へ到着し、
会計を済ませて薬を受け取ったのは、正午前。



駐車場へ向かいつつ、長義兄にメールを送る。

義父は、別の病院や施設に入院することなく、
めでたく帰宅でき、休んでいることを知らせて来た。


酷い痰も投薬等でなんとかなる類のものであり、
(大叔母は、院内感染で亡くなったため、実は心配していた)
あのとんでもない嚥下障碍も、一時的なもの??


とりあえず、万歳!



義父は、自宅の一等地にベッドを置いてもらい、
こんこんと眠っていた。

かなり強い安定剤が処方されていた由。
抜けきるまで、暫くかかるとのことである。




夕刻に長義兄が帰り、
交代で隣の県から、次義兄が助けに来てくれた。
1週間、滞在できるとの由である。


この1週間で、義父が落ち着きますように。

そして、義母と、私。 少し、ゆっくりさせて貰えますように。



2人の義兄がいなければ、今日はどうにもならなかった。
有難うございました! こころからの感謝を。




 ※ 件の脳外科病院については、とにもかくにも
   義父のいのちを助けていただいたことには、感謝したい。

   が、術後から日が経つに連れ、
   私の覚えた微かな違和感
      →漠然とした疑惑→大きな確信にまで育ったものがある。


   また、改めて書ければいいな。


ペンコロリン2




[ 2005/11/07 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(11)

とりあえず退院へ。






いろいろご心配をおかけしました。



夕刻より長義兄が来てくれて、
義父はとりあえずは、退院の運びとなりました。


その足でうちの町の内科医に診ていただき、
その後の転院云々は、内科医さんのご判断にお任せし、
以後は落ち着くまで往診を、ということに。



私は嫁ですから。 私の父じゃない。 私の夫じゃない。
義母が納得したのなら、もうそれで、いい。



長義兄はこのまま夫の実家泊。

月曜早朝、義母、長義兄と私とで義父を迎えに行きます。


  ◆ ◆ ◆


広島県知事選挙、投票率27.14%、、、!!

過去の全国知事選のなかでのワースト2位を記録。

ガチガチの現職 vs 共産党新人さんの一騎打ちだったとはいえ情けない。


K市長選は、 現職敗れたり!!  (投票率 51.74%)

K市がちょっと元気になれるかも。

ペンはー




[ 2005/11/06 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(12)

義父は退院できるのか?







義父は、イビキのようなゴロゴロという音を立てて、喉に痰を絡ませている。


主に食事中を中心に、日に何度も、喉がつまり、息がつまり、
その度に看護師さんともども、慌てふためいて
痰を吸引し、薬剤吸入をしていただいている。


この吸引機は、乳児時代の私を育ててくれた大叔母が、
もう最期のときにされていた処置であるため、
私は、とてもイヤな気分でいる。


義父はもう2日間、何も食べようとしない。
できるだけ、経口摂取でいて欲しいから、
義母が無理やり口に運べば、嚥下できずにむせ、息がとまり、
最後は看護師さんと除去機のお世話になる。


義父の面相がみるみる凶相となり、目の周りに隈ができる。


「 脳外科だから風邪の治療はできない 」


2日食事を取れず、水分も満足に嚥下できないのに、点滴もない。

そんな状態であるのに、
金曜夜、7日に義父を退院させる、
自宅に戻れば、きっと落ち着くから。 との先生の言に戸惑い、
せめて痰が自力除去できるようになるまで、何処かへ転院できるよう、
土曜日、あちらこちらにお願いして周り、動いている。


嚥下障碍は、睡眠薬のせいだから、なのか。
それとも、脳のそうした部位にアルツハイマーが進んだのか。

私たちでは判らない。

自宅へ戻って、落ち着かなければ、どうするのだ。



この先生へ別の病院への紹介状を書いていただくのが
一番の筋である、と思うのに、義母をはじめ長義兄たちは、

 「 いのちを助けていただいた先生に楯突くようなことは言えない 」。


しかし、義母は、退院しても自宅へ連れて戻らず、
そのまま転院できる病院へ直接搬送したい。
たちまち発作が心配だから、というのである。

連れて戻れば、早くて入院は翌日となる。
午後から夜中。
いざ、発作が起きたとき、
吸引機と看護師さんの処置なくしては、呼吸が止まってしまう。



7日は、2ヶ月に1度の難病克服中の義母の通院の日でもあり、
この病院は総合病院で、義父のアルツハイマーも診ていただいた。
長く義母が入院したため、私も勝手がよく判っている。

できれば、義父をこの病院へ搬送したい。


しかし、紹介状がなければ、初診もかなわないほどの病院である。
いつもベッドは満杯で、順番待ちの方々は多い。


紹介状を書いていただけないか、と義父の主治医をはじめ、
2つ病院をあたったが、当然の如くダメ。

硬膜下血腫から今日までの経緯を、診もせずに無責任に書けないと。

当たり前の話だ。。。私だってそう思う。


う"~ん。。。
何度も説得したがダメだった義母や長義兄相手に、
やはり、現在の脳外科の先生へ、紹介状の依頼をしてくれるよう、
もう1度お願いしてみよう。。。。喧嘩になっちゃうのかなぁ。。。


ペン霧


※ 先週・今週の読了本メモ 

『戦争と重責』 野田正彰/岩波書店(6年ぶり再読)

『竜王伝説 3』『同 4』(「時の車輪」シリーズ 第1部)ロバート・ジョーダン/ハヤカワ文庫
(久々に再開したら「真実の剣」シリーズと混乱したので第1部から再読中)




[ 2005/11/05 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(7)

同級生の父親の訃報。







化学が得意な高1女子が、母親にカリウムを摂取させたとされる殺人未遂事件。

事件の様相も、高1女子がそれらを詳細にブログに書き綴っていたことも、
大変な衝撃だった。


うちの下の少年も高1。

余りに異常な事件であるから、彼はただ首を捻るばかり。


ゴシップ誌のような真相究明は望まないが、
きちんとした動機の解明等は必要であるように思う。

なぜなら、これは「異常」な事件であるように思うから。

化学好き、高校生のブログ、、、
そんなようなことが槍玉にあがってはたまらない。

決して一般化して語ってはならない、と思う。



    ◆  ◆  ◆




夜、下の少年の携帯にメールが入った。


メールを読むなり顔色が悪くなったので、どうしたのか訊ねると、

クラスメイトのおとうさまが亡くなられた由。

土曜日が通夜になるので、行ってくる、という。




詳しい事情は判らないが、
おとうさまは、どんなにご無念であられたことだろう。



仁くん。

友人にしっかりこころ寄せて、しっかり想像力を働かせよう。

もし自分だったら!!と考えよう。

彼が必要とする言の葉を、彼が必要なときに紡ぐことができるように。
彼が必要としてくれるときに、君の手を差し出すことができるように。

そして、私たちだって、
明日もまた、元気な笑顔が見られるとは限らないことに気付こう。


だから。
毎日、毎日を 大切に 生きよう。

ペン雨




障害者自立支援法案成立時の野党討論(追記あり)




【 障害者自立支援法案 】。



10月31日、衆議院本会議で自民・公明党の賛成により可決、成立!


世は、【 サプライズ人事 】で湧きかえり、
予想通りのタカ派台頭に頭痛を覚えつつ、
各マスコミは、この法案の成立をどう、報じているか?

翌朝の新聞でも、目を皿のようにして探すありさま。



tarantini78さん が、涙しつつ、
10月31日の衆議院本会議での採決の折の、
野党討論だけをビデオから文字に起こされ、フリーページにアップされました。

採決の折、どの党が、誰が、何をどう語ったか。

何度も何度も読むことができて、とても感謝しています。



そう、これで終わりではないよね。

【悪法】は、より良き方向へと【民意】で【是正】されねば!


考え続けよう。

見つめ続けよう。

自分の身に置き換えて想像し続けよう。

そして、できることをできる形で!!


ふぁいとーーー>ぢぶん。  ふぁいとーー>みんな。


ペン励

今日は11時から出発ですっ。




=============================


トラックバックいただいた先は、中川秀直官房長官に会われて
インタビューされたときの【第一印象】を記載しておられました。


トラックバック返しをさせていただき、
私がコメントさせていただいたのは下記の通りです。



     はじめまして!
     トラックバックを有難うございました。
     私の方もトラックバックを返させていただきます。

    『第一印象』というタイトルで、興味深く読ませていただきました。

     私は、この御方の地盤のすぐ近くに在住しており、
     氏の女性問題や右翼団体幹部との交際疑惑等のスキャンダルで
     官房長官を更迭されたことを決して忘れてはいません。
     地元の方々がどんなに情けながり、恥ずかしく思われたか。
     一族の方々がどんなに肩身の狭い想いをされたか(私の知人のひとりです)。

     ご本人は、更迭されることで。
     そして、そういった事件を起こしたにもかかわらず、
     毎回選挙に勝つことで、
     既に【禊】を済まされたお気持ちでいらっしゃるのかも知れませんが。

    【臍の下をとやかく言う】ことは、タブーとされる世界でしょうが、
     この御方のご信条である「誠実、謙虚、進取」のなかの
    「誠実」と言う文字を目にする度に、私の方が恥ずかしくなります。

     つい先日、常識問題のクイズ番組に出演され、『遺憾』の意味を問われ、
    「政界では【申し訳ない】という意味で遣う」と言っておられました。
     大変だーーー。





[ 2005/11/03 00:00 ] ニュース | TB(0) | CM(3)

一晩中、ナースセンターに在った義父。






個室から6人部屋に移って、
日に日に、目に見える形での義父の容態が良くない。


今日は、義父の状態が入院以来最悪のように見え、
帰る道々、義母も口数が少なくなる。



常にうつらうつらとし、ものを言わない。
目の焦点がうつろ。
あれほど頻繁だった尿意も訴えず、
トイレに行こう?と誘っても、何も言わない。 反応しない。


スプーンも箸も持とうとしない。
ただ、食べる力はあるようだ。


今日は、昨日とは別人のように足腰が曲がり、膝も曲がって満足に歩けない。
ベッドに腰掛けて貰い、横になって貰おうとしても、
ひとりで横になることもできない。



義父がおかしいのは、朝昼晩、睡眠薬を投与されているせいだと
思われるのだが、何故、朝と昼にも飲む必要があるのだろう?と
疑問に感じていた。



個室から、6人部屋移って、2晩、全く眠らず、

 「 帰る 」と看護師さんを困らせ、

また、2度、抑制を自分で解いて、
他の病室へ義母を探しに歩き、階段を下りようとしていたそうである。


だから、なのであろうが、
本日、帰る直前に、同室の御方から聞いた話によると、


     一昨夜より、夜半、義父は車椅子に乗せられ、
     車椅子での「 抑制 」を受け、
     ずっとナースセンターに置かれているそうである。

     その御方がトイレの際に覗く度、
     義父は車椅子で新聞を持たされていたり、眠っていたりしていた由。


う"~ん。。。。


術後、アルツハイマーには良くないから、と睡眠薬を処方されなかったので、
良い病院にめぐり合った、と喜んでいたのだが。


看護師さんの目が届いてないときに、
万一のことがあってはいけないための措置であろうけれど、
義父にとってはどうなのだろうか。

「 抑制 」をもう少し、しっかり行う、のではダメなのだろうか。

それとも今の義父の脳にとって、薬によって興奮を鎮め、
「精神安定」をさせることが良いのだろうか。




自宅では、午後8時を回るともう、就寝していた義父母である。
同居中、この就寝・消灯時間に合わせるのが辛かった。


それを夜半中、ナースセンターに車椅子で起こされていた、と知り、
義母の身体が震える。


帰りの車中、ついに、義母の感情が爆発した。


風邪気味だった義父の痰が酷く絡まるようになっており、
「内科ではないから風邪薬は処方できない」と言われたのもあって、
激怒している。


明日は2度目の抜糸だが、その折に義母は
義父を退院させてくれ、と言うつもりでいる。


私は、義父を無理矢理にでも連れ帰りたい義母の気持ちは判るけれど、
とにもかくにも、まずは先生にいろいろお訊きして、
義父にとって、1番良い形であることを確かめよう、と言う。

先生が、良いと言われたら、明日にでも退院させて貰いましょう、と。



帰宅して日常に戻り、睡眠薬の必要がなくなれば、
義父の愛した田んぼの横で、また、入院前の義父にきっと戻ってくれる。

義母とふたり、そう強く願い、きっとそうなる、と信じている。

ペン霧




[ 2005/11/02 03:56 ] 徒然草 | TB(0) | CM(20)

議論をする、ということ





ふぅ。



私が 17日の日記 で、小泉氏の「靖国」参拝にぼやいたことから端を発しましたが、
良い機会をいただきましたので、とりあえず記しておきます。 




千愛さん、ふにふに。。さん。
物理的に余裕のない私を庇って下さってどうも有難うございます。


私は基本的に、自らの綴ったものには自らに責任が在ると思っています。
んだから、言の葉を発した以上、その書き手の責任から逃れるつもりもなく、
最後まで、私のでき得る限りの責任を取って行きたいと思っています。


とにもかくにも、皆さんといろんなことをたーくさん語り合いたい。

場合によっては、【 とことん議論、大歓迎 】の立場を取ります。

んだから、私の「日記」に「NO」をおっしゃる方々も大歓迎だし、
その方々から、たくさん学ばせていただきたいと思っています。



ひとそれぞれに。
育って来た環境、培ってきたバックボーン、
背負っているものが違っているのですから、

ひとが何から何まで全て同じ考えをする訳はないし、
同じものを観ても、異なる想いを抱いて当然であり、
私はその度に、だから、人間って、面白い、興味深い、と感動します。


何処が同じで、何処が違うか。
また、それは何故か。 そうしたところのものは、何処から来るものなのか。


例えば、同じ組織や集合体に在って、目的を同じくするもの同士であれば、
場合によっては、とことん。

言の葉のひとつひとつに、互いが持たせている意味合いから
すりあわせを行うことも必要であると思うし、
また実生活でも、そういった機会が多々在った私のこれまでの人生ではあります。


その殆どの場合が、互いの相違を良く識り、共に学び、
共に前に向かって歩くため、でありましたが、
あるときは、「私が私で在ること」を死守するためのものでもありました。



だから。

「ツッコミ」下さいました煉瓦餅さん。


私があなたとのやりとり(議論とあえて言いません)を打ち切りにしたい、と
申し上げたのは、実は、日頃の私のポリシーに反します。


何故か?


あなたは別に私を識りたいと思い、
私の考えを聴きたいと思っておられる訳ではない。
まさしく「ツッコミ」。


ただ「靖国」という言の葉に反応し、
ご自分の日頃からの立場を貫くため(お仲間たちに、ご自分の勇姿を見せたいですか?)。

或いは、ご自身の「ツッコミ」効果を楽しみたいがために
私のブログで遊んでおられるに過ぎない。


何度も申し上げますが、
私は、「靖国」について、【机上】の論理、論争を
私は自分のブログで展開するつもりはありません。
そんなものは、あちらこちらに腐るほど転がっています。


あなたも私も、嫌になるほど読んだはずです。

まさにあなたは「お約束」。

だから、私も「お約束」にならざるを得ない。

「不毛」のひとことに尽きます。



あなたが学んで来られたように、
ひとそれぞれに学んでいないとは断ぜられませんよね。

煉瓦餅さんは、予想通り、私の「肌身で感じる」という部分に突っ込んで来られましたが、
私は逆に、皮膚感覚といったもの、これこそを大事にしたい、と思っているのです。

「論理」とは別に、日常生活に厳然として横たわっているもの。
様々な人間模様のなかで、子を持つ母として今生きて在る私が感じるもの。

必要以上に動揺しないよう、間違った方向へ赴かないよう、
常に、こころを整理し、
理不尽なものに立ち向かうためにも理論武装は必要です。

バランス感覚を逸しないためにも、視野を広く持ち、
情報は多ければ多いほどより「正」な結論に近付くでしょう。

しかし、情報のなかで、それが自分の日常と余りに乖離していれば、
そこにはやはり疑問符がともるものです。



そして、もうひとつ。


私のブログでの煉瓦餅さんの果たす機能は、
あなたが意図している、いないにかかわらず、
私のブログを訪問くださる方々に、


 「 だから、【政治について】語るもんぢゃない 」

 「『靖国』について考えるのは面倒くさそうだからやめとこう 」

 「 コメントしたいけど、なんか怖いよね 」


等々、【政治は特別なもの】【自分たちとは遠いところに在るもの】といった、
大変迷惑な機能を果たされます。


私のブログにおいて、これは、とても【困ります】。



  ◆  ◆  ◆



昨日のご返答は、むしろ、あなたの方が
問題を「拡散」させておられるように感じましたですよ。


私は17日の日記の最初から、同じことを書いています。

昨日の煉瓦餅さんのご返答は、
余程、私の問い掛けが煉瓦餅さんの痛いところを突いたのか、と思いましたです。



一国の首相である小泉氏が、
その哀悼と謝意を捧げるのがなんで「靖国」なのか?という私の問い掛け。


今、何故、「靖国」なのか?


● 何故、天孫降臨思想、天皇を神とする思想と深く結びついている『靖国』なのか?

● もっといえば、何故、戊辰戦争で薩長側=官軍側についた諸藩の戦死者だけが
  祀られている『靖国』なのか?
   (戦犯については、あなたの論を政府そのものが否定していますよね)

● 何故、東京大空襲や原爆犠牲者が祀られていない『靖国』なのか?



で、私は、あなたを「論破」しようと思ってません。


「通りすがり」や「名無し」的なHNで、余り特定化されないように装い、
遊び半分であちらこちらを荒らして回る卑劣な仮面ネットウォーカーが多いなかで、
固定HNで活躍されるお姿には、ある意味真摯でもいらっしゃり、感銘を覚えます。


しかし、個人ブログへ乗り込んでいかれた殆どのファイルで、
あたかも煉瓦餅さんの背後に「一般世論」と名札がついた大きな組織が
ついてでもいらっしゃるかのように、
「私見」「私見」と他者の意見を斬り捨てられていく手法は、
あまりいただけませんね。


個人ブログが面白いのは、さまざまな事柄について綴られる言の葉の殆どが、
その方々の生身の「意の見解、見識」である「私見」だから、です。


「政治」について、公式見解のやり取りをなさりたいなら、
しかるべき場の公式ブログでなさればよろしいかと。



私は、あなたのお考えをこれ以上識りたい、とは思わない。

私にとっては、あなたもまた、「お約束」な「私見」の持ち主でしかない。





私は、ここのブログを政治論争や議論の場としては位置付けていません。


有象無象の輩が暗躍する「政治」に関して、
私にその気概やら時間やら暇があれば、
『靖国』など、格好の材料として、
「ぼやき」ではなく、「政治について」なカテゴリーで
颯爽と(嬉々として)デビューしていたでしょう。


ここは、あくまで、私の個人ブログ。
私の体験、学んだこと、日々の疑問、想い、願いを綴る場。


批判、反論は大歓迎ですが、
議論のための議論には、正直、食傷気味であり、辟易しています。

まして、『靖国』だもん。



私のブログでは、私にメッセージ下さる方々と
互いに良く識り、学び、共にそれぞれ前に向かって歩くため。

親しく、楽しく。 そして真摯に。
とことん語り合いたい、と私は願っています。



       ということで、申し訳ありませんが
      『靖国』について、煉瓦餅さんへもう申し上げることはありません。

ペンうしろ



[ 2005/11/01 10:59 ] 徒然草 | TB(0) | CM(15)


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