今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。
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「靖国」、、、突っ込まれましたぞ。






帰宅してアクセスして。。。。


はぅぅ。


……う"~ん。 今日はもうこれを日記にします。


申し訳ありませんが、 17日の日記  のコメント群の下方。

「ツッコミ」下さいました煉瓦餅さんとのやり取りをご一読下さいませ。

以下は、本日の煉瓦餅さんからのご意見(改行・りうりう)と、今書き上げたその返答です。




  Re[5]:ツッコミ(10/17)        煉瓦餅さん


   りうりう*さん

    >先のファイルで、私は、うちの(町立の)中学校の卒業式で、
    首長である町長が、祝辞として「大東亜戦争肯定論」ぶちかました、と私は書きました。

    それはその町長の問題です。
    個人の話を普遍的に語られても困ります。個人と世論の区別は付けてください。

    >以来、この地では、卒業式、入学式では、
    >「君が代」を声高らかに斉唱しない生徒、保護者の名前が、
    >地域の学外役員によってチェックボードに書き込まれていくのです。

    それは国旗国歌が法制化されたからです。イメージだけで関連付けられても困ります。

    >本当にそうなのなら、国が国内外に誰もが認める論を展開すべきです。

    無理。
    誰もが認めるって・・・、ギャグで言っているのですか?

    現実に私はあなたの説明には疑問・問題点が満載だと見ていますよ。
    あなたはこの時点で「誰もが認める論」が出来ていません。
    出来もしない事は要求するべきではないです。

    あ、ちなみに戦犯も問題にしているようですが、
    50年代に、当時戦争被害を直接受けているであろう
    有権者4千万人の署名を受けて釈放、名誉回復しています。
    当時1億そこそこの人口でこの数の署名ですから、
   「国民の総意」として名誉が回復した事は言うまでもありません。

    無論、当時の韓国、中国政府は何も言ってきませんでした。
                    (October 30, 2005 17:17:28)




   ◆  ◆  ◆



困る?>煉瓦餅さん
なんで煉瓦餅さんが困られるのですか?


この場所は、私のブログです。
私が私の体験、学んだこと、日々の疑問、想い、願いを綴るのに、
何故、煉瓦餅さんが困られるのでしょう?


「靖国」について、机上の論理、論争を
私は自分のブログで展開するつもりはありません。
そんなものは、本でもなんでも腐るほど転がっているではありませんか。

私のこの日の日記のテーマは「ぼやき」です。
普遍化して語ったりはしていません。

ただ、世論とは、ひとりひとりの言の葉や考え方が
大きくなったもののことをいうのではないのですか?

加えて、煉瓦餅さんのいわれる「その町長の問題」。
町長が自治体の首長である以上、彼の公的言動は社会的事象を巻き起こします。
彼を首長として選んだ町民自身の見識もさることながら、
彼の公的言動を全くの「個人」の問題に帰することはできませんよね。

たかが、ひとつの町の問題。
しかしこれがたまたま派手なパフォーマンスで衆目を集めただけであり、
実は氷山の一角であるかも知れない、と私が恐れて、何の問題がありますか?

 > それは国旗国歌が法制化されたからです。
 > イメージだけで関連付けられても困ります。

イメージで関連付けるとは?
「イメージ」とは?
「君が代」強制に『靖国』の「イメージ」を重ねるな、ということですか?

事実上の「君が代」を【 声を大きく出して歌うことの強制 】を、
煉瓦餅さんは、法制化されれば、当然だと肯定されるのですか?

「君が代」を声を大きく出して歌わないひとの名前を
記録に残されて当然だと思われるのですか?


 > 現実に私はあなたの説明には疑問・問題点が満載だと見ていますよ。
 > あなたはこの時点で「誰もが認める論」が出来ていません。
 > 出来もしない事は要求するべきではないです。


別に私は煉瓦餅さんにどう断ぜられても構いません。

私が、私の疑問を単純に発するのに、
なんで【 誰もが認める論 】が出来ないとならないのです?

その私に「NO」とおっしゃる煉瓦餅さんの論は、
少なくとも私を納得させていません。


私は、今のこの国に生きて在るもの、
すべて、あの戦争を忘れてはならない、と思っています。
多くの戦没者に心からの哀悼と敬意と感謝の意を表していきたいと思う。

と同時に、同じ過ちは決して繰り返してはならない、と思う。

んだから、小泉氏の想いを決して否定するものではありません。
ただただ、なんでその哀悼と謝意を捧げるのが「靖国」なのか、と思うだけです。


今、何故、「靖国」なのか?


● 何故、天孫降臨思想、天皇を神とする思想と深く結びついている『靖国』なのか。

● もっといえば、何故、戊辰戦争で薩長側=官軍側についた諸藩の戦死者だけが
  祀られている『靖国』なのか。(死せば戦犯云々、関係ない、と言いながら)

● 何故、東京大空襲や原爆犠牲者が祀られていないのか。

これについて、煉瓦餅さんからの回答はありませんよね?

煉瓦餅さんは、
「 靖国神社が現在において戦死者の追悼施設としての機能しか有していない 」
とおっしゃる。

私は、「 そうではない 」 と 肌身で感じている。

もう、これは平行線です。
で、煉瓦餅さんが「無意味」だとおっしゃるのですから、もうやめませんか。

私もできれば、今は、『障害者自立支援法案』についてのメールや
FAXを作成することに限られた時間とパワーを注ぎたいのです。



【 戦争は終わっていない 】とおっしゃる方々の言の葉に対し、
私は「靖国」【だけ】を論じても何の意味もないと思っています。

国として、公人として、私人として、
戦争に対する現在の想い、姿勢、在り方、今後までが問われているのだ、と思うから。


そう思っている私にとって、以下は、失礼ながら枝葉部分なのですが、


 > ちなみに戦犯も問題にしているようですが、50年代に、
 > 当時戦争被害を直接受けているであろう有権者4千万人の署名を受けて釈放、
 > 名誉回復しています。
 > 当時1億そこそこの人口でこの数の署名ですから、「国民の総意」として
 > 名誉が回復した事は言うまでもありません。


「言うまでもない」のなら、
何故、現在も「合祀」に対する反発の声が高いのでしょう?

その声に対して、何故、国は、公式見解として戦犯の名誉回復について
煉瓦餅さんのように言及しないのでしょう?

外務省サイトの「靖国参拝について」をご覧になられましたか?

「靖国」参拝に関する政府の基本的立場と総理・外相の過去の発言が
まとめられていますよね?
ここでは、「靖国」が主張する東京裁判の否定やA級戦犯の名誉回復などを
政府は支持していないことを明確にしているようですが?
また、今年、6月2日の小泉氏の国会答弁でも
「A級戦犯を戦争犯罪人とした東京裁判の判決を受諾したもの」という見解が
示されているようですが。

ペン…




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[ 2005/10/30 23:45 ] 徒然草 | TB(0) | CM(16)

義父が個室から6人部屋へ





いつも通り、義父の病室へ入室しようとしたら、部屋が真っ暗なので急変したのかとビビる。

よくみると、違うひとの氏名と「面会謝絶」のプレートが。



安堵しつつ、慌てて、義父のプレートを探して廊下をうろうろしていたら
いらだっている様子の義母の声が聞こえてきた。


義父は6人部屋へ転室しており、左の廊下側で食事中だった。


右側の3つのベッドは全て塞がっているが、左側は義父だけである。
ベッドをぎりぎりまで隣にずらして下さっており、
ご配慮をいただいてはいるが、昨日までの個室に比べれば、なんといっても狭い。


これで、食事を介助するのは、互いに息が詰まりそうだ。


義母が口を開けない義父に、怒っている。

 「 口を開けなさい 」 「 もぐもぐ噛みなさい 」
 「 少しはこっちも食べんと 」、、、


食事を開始して既に1時間。

おかずや汁物には手付かずで、
お粥のみ、やっと3分の1を食べたところのようであった。
聞けば、この20分は、ずっと口を開けないままなんだそうである。

3名の同室の方々は、ベッドに横たわられて、
テレビを観ておられたが、当然のようにうんざりしたお顔で
時折大きなため息が聞こえてくる。


義母に小声で「 もう切り上げましょう 」と伝える。


   お粥3分の1では、夜中におなかが空いてしまう。
   かわいそうだ、
   眠れないに違いない、
   風邪気味なのにもっと体調が崩れてしまう。。。。


あれこれと「NO」を述べたてる義母に、
20分も頑として口を開けないというのが、義父の意思表示ではないか、と伝え、

看護師さんに、残った食事の量を観てもらい、
夜中の義父をそれなりに注意して観ていただくようにお願いするから、と説得し、
そのようにする。


その後、義父が口を開けなかったのは、
入れ歯の不具合が原因であったことが後で判るのだが、

それにしてもあの狭い空間で、1時間も互いにドアップで、
一口毎にやいのやいのと義母に世話を焼かれるのは、
義父にとっても苦痛ではなかろうか。


そして同室の方々には、、、。 ほんとに申し訳ない。
入院中は、食事が唯一の節目節目の行事であり、楽しみでもあるのに。


午後7時。

面会時間を過ぎ、義父に「 抑制 」をして貰ったのを確かめて、
「 お騒がせを致しました 」と挨拶して退室したが、
3人の方々は、誰ひとり、応えて下さらず。

ぷいっと横を向かれた御方も在った。



帰る道々、義母と話をする。

やはり義父は、部屋が変わったことに慣れず、拒否反応を起こしているらしい。

鬱の状態に入っているような感じがする。



ともあれ、このまま大事なければ、来週中には退院できそうである由。
あともう少し! なんとか乗り切ろう。


ふぁいとーーー>お義父さん
ふぁいとーーー>お義母さん
ペン励




どうしてももう一回 障害者自立支援法案を考える





毎日毎日、ドタバタドタバタ。

ブログの方でも出遅れているうちに、
国会では、衆院解散で廃案となった
【障害者自立支援法案】 が本日、もしくは来週早々に成立する運びであるという。


焦燥感に身を焦がすような心地がする。

先日来、TV、新聞社他、マスコミ関係への窓口へ、
この法案について取り上げて欲しい旨、こつこつメールを送ってはいるのだが。


今、私にできることはそれだけなのか?



ゆうやけぐもさんのブログ『 どうしてももう一回 障害者自立支援法案を考える 』 に
120%共感し、ここにトンネルをつくらせていただく。

まさに、私の今の想いは、ゆうやけぐもさんと同じ。

付け加える言の葉も、削る言の葉もない。
自らの言の葉が、なかなかうまくまとまって綴れない。

ゆうやけぐもさんの想いに安易に乗っからせていただき、ごめんなさい(平伏)。

今日もふぁいとぉ~~~>ぢぶん



※ @弥々さんのブログ『 障害を越えて、共に生きぬく為に・・・』でも、
   これまでの弥々さんの歩み、魂の軌跡を綴られています。

※ 私のブログのトップページには、
  日々の生活のなかで色々と考えるよすがとなれるはずのサイトへの
  リンクボタンを常設しております。
  『このままの障害者自立支援法案では納得できません!!』

ペン励




[ 2005/10/27 00:00 ] ニュース | TB(0) | CM(8)

塩の効用 ( 塩浴のすすめ )




取り急ぎ。 【 塩 】 の効用をば。

      ( 効く、良い、と ひとに勧められると したくない、とおっしゃる
        かいちょーさんにトラックバックします(笑) )



「 アトピーには、海水浴が効く 」 とよく言われます。

 oribe77さんの弟さんも、随分よくなられたとか。



【 民間療法の類 】 だと、馬鹿にはできない。
私自身の体験から、海水浴が有効というのは、ほんとうだ、と感じてます。



   ◆  ◆  ◆



脱ステしたリバウンド で、下半身がゾンビ状態となり、
熱と寒気と、骨の奥から突き上げてくる痒みと痛みと。

生きながら身体が腐っていく哀しみと苦しみと。

来る日も来る日も、転げまわって泣き、もう殺して、と叫び。



離脱3ヶ月目に入り、藁をもすがる想いで、
本で読んだ 瀬戸内海沿いの 地下2000mから湧き出る 温泉 へ行く。




海水の数倍の濃度という塩化物泉で、
カルシウムやマグネシウムたっぷり、という効能であったが、
たった3日の滞在であったのに、みるみる滲出液が止まり、
入湯の度にジュクジュクが乾いていき、赤い発疹が茶色に枯れ、
亀裂のうえに薄皮が張っていく。


私は、己れが、太古の昔に海から生まれた生物であるのだ、と
実感、というより 痛感、した。

          ( 但し、脱ステ直後の噴出期には、何をどうしても効きません。
            抑えるよりは、出してしまった方が良いと今は悟りました。  )

   ◆  ◆  ◆



 「 そんなことない、海水浴で悪化した! 」と思っておられる方々は、

おそらく、海水浴時の日光で、悪化されたのではないか、と推測致します。




「 塩 」 が 本当に効くかどうか。



試すことがすぐにできるので、特に【 主婦湿疹 】にて、
手指の水泡、ひび割れ、痒みに悩んでおられる方々にお勧めしたいです。


キッチンにある、食卓塩(精製塩)でない粗塩、自然塩ならどれでもOKです。


水泡や膿胞、亀裂が出来ていても構いません。
痒くてたまらない、掻き毟っている最中、まさにお勧めです。


● 飽和状態に近い濃い塩水(しゃぶしゃぶ状態)をつくり、それを手指に塗って下さい。

● 激痛が走りますが、我慢できるぎりぎりまで我慢(10分が目安)し、あとは洗い流すだけです。


洗い流したあとは、痒みがすっきり治まり、さっぱりなさると思います。

手指が冷えておられた御方は手指がほかほかして来られるでしょうし、
かさかさだった手の甲や指先に、じわりとご自身の皮脂が分泌されているのを
お感じになられると思います。
足指、足裏、かかとのがさがさにも効きます。


私の場合、患部には、最初、10分どころか20数えるのも無理でした。
部位によっては、激痛といっても半端じゃないです。
耐えられる部位と耐えられない部位が在る。

んでも、基本は、【 痒いのより痛い方がまし 】

少しでも長く耐えられるよう、濃度を薄めてやったり、
塩を替えてみたり(←あまり意味がありませんでした)いろいろと試しました。


また、塩塗りと同様の効果であるように思う、
「にがり」の水溶液だと、洗い流さなくても済むので便利です。
私は100円ショップのスプレーボトルに、200mlぐらいつくって、
痒くなるたびにふきつけていました。


患部にみるみる薄皮の張っていくさまは、
頑張ってくれている自分の身体に感動し、
私自身が頑張らなくてどーするんだ、という気持ちになれました。


私は 俗にいう【塩信者】、ではない、と思っていますが、
とにもかくにも 塩に助けて貰った、と実感していますので、

【 自然塩浴のすすめ 】 というサイトをご紹介します。

原典は、日本自然塩普及会の『塩浴革命』という本のようですが、
読めば読むほど、半分逃げ腰になってしまうほど強烈です。

2ちゃんねるなどで、塩の効用について語る皆さんも、
ここまで徹底してされている方々は少ないようでしたが、
それぞれご自身ができる形、ご自分なりのスタイルで実行しておられるようでした。

私自身は、時折、気分転換のために
アレッポの石鹸や松山油脂の無添加石鹸、ねば塾の石鹸を使いますが、
かなりこのサイトにかかれているスタイルに近いです。
(初めて塩で洗髪したとき、頭皮から出てくる自分の脂にビビりました)。


他、『 伯方の塩 』 のサイトでも詳しく、丁寧に紹介されています。


※ 主婦湿疹などでの、ひび割れが酷い部分は、
  ワセリンを精製した、紫外線吸収の影響を殆ど受けない 【 サンホワイトP-1 】、
  間宮の【 アロエ軟膏 】 が卓効がありました。


サンホワイトP-1(化粧油) 50gサンホワイトP-1(化粧油) 50g
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  私は体調を崩すと、ワセリンにもカブレてしまうのですが、
  このサンホワイトは優れものでした。
  瞼に塗って、目に入っても全く大丈夫だったり で、
  現在は、リップクリーム代わりにも使っています。
  薬局にもなかなか置いていなかったのですが、最近はネットで買えます。
  楽天内ショップで、500gで3000円でした。 これは滅茶苦茶安いと思います。
  夫と私と、それぞれ別の容器に小分けして使っていますが、少量でよく伸び、
  3ヶ月経ってもまだ半分も使っていません。



皮膚の痒み、痛みに泣くひとが、ひとりでも少なくなりますように、、!!

医師による、充分な説明なくしての
安易なステロイド処方が、この世から根絶されますように!!



ペンお風呂

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追記) 11年現在の私の肌は、
患部に ワセリン系を一切受け付けなくなり、
『 オロナイン軟膏 』、『 ザーネ軟膏 』 に 頼っています。



ジャンル : 心と身体
テーマ : アトピー性皮膚炎

タグ : 塩浴 海水 伯方の塩 ワセリン オロナイン軟膏 ザーネ軟膏

義父の退院騒動






24日夜、病院からの帰り道、義母から26日に義父が退院になると言われる。


だもんで、25日中に
主治医への御礼(金封)。
看護師さんたちへの御礼(菓子折)。
手術・入院費の用意。
大量の紙オムツ を用意しておいて欲しい、と。


穿頭手術だったとはいえ、
左脳を蔽い、脳幹を歪めてしまうほどの硬膜下血腫だった。

まだ、もうひとつ足元おぼつかず、
距離感覚も戻って来ていないようなのに、
もう退院とは、えらい早いなぁと思うと同時に、
脳外科の個人病院ではあるし、
義父の手術は時期こそ重篤状態ではあったけれど、
術法そのものは、そんなに大変な手術ではないし、
傷口さえ癒えれば、
手が掛かるばかりのアルツハイマーの患者は迷惑なのだろうか?
等々、あれこれ思いつつ、ドタバタした。


主治医への謝礼金については、
2年前の義母の入院時に、あれこれやりとりをして懲りたので、
言われるままに用意する。


義父の寝具を整え、
ついでにタオルやシーツを大量におろし、下洗いしておいた。



……結局、26日はCT検査と抜糸であっただけで、
検査の結果で、退院日のメドを立てる、ということだったらしく、
26日当日は気が抜けることになる。


看護師さんへの御礼の菓子折は無駄になってしまったが、
検査の結果は良好。
義父退院への心積もりのリハーサルができた、ということで
良し、にしよう☆☆



(26日)

 抜糸時に、糸の位置が攣れて固まっており、
 表層の血管が傷ついた由にて、またそこを縫われたとのこと。

 その折の麻酔の影響か、義父の瞳の色合いが非常に薄くなり、
 30分置き位にお漏らし。
 パジャマ3組がダメになった。
 殆ど歩けず、車椅子でトイレに行くのだが間に合わない。

 ひとこともくちをきかない。

 バリアフリーである我が家と異なり、
 夫の実家は段差だらけの家であり、トイレは外!
 う"~ん。。。。不安!

ペンはー




ふぁいとぉ☆>古田新監督。





今季 2000本安打を達成した古田選手は、正式にヤクルトの新監督に就任!



ニュースでは、監督としての初練習に、
選手と一緒にトレーニングするかと取材側が構えていたところ、
コーチ陣となにやら打ち合わせの様子。


  「 することなぃ~~。  暇~~ 」 とボヤく彼の顔がアップに。


我がカープは、何かと古田選手の記録樹立に貢献しており、
彼の選手としての軌跡の紹介の度に、赤いユニフォームが映り、
情けない限りであるが、
んでも私は、実は古田新監督をとても応援しているのである。


昨年の騒動の渦中での彼の獅子奮迅の働きにも涙したが、
最初に私が彼に感動したのは、彼の抱えている怪我に対してだった。


つい先日、彼は肉離れをしたらしいが、
私が近しいものを感じている彼の怪我は、【 前十字靭帯損傷→再建手術 】。


まさに私がバレーで(それもPTAバレーの試合中)ヤっちゃった怪我+手術と同じで。

約1ヶ月間の入院を要す手術に、私は年末年始を選んだのだが、
そのお正月のテレビ番組の『 筋肉番付 』で、
復帰直後の彼が出場したときの彼の言の葉に、私は病院のベッドの上で泣いた。


高校のクラブ活動中、私と同じ怪我で同じ手術を受け、
毎日クラブ活動帰りのチームメイトのお見舞いを笑顔で受けては、
彼女たちが帰った後、必ず独りで泣いていた高2のバスケット少女も、
やはり古田選手の言の葉に号泣していた。



 「 (『筋肉番付』になど)もう、出るな、というひともたくさんいた。
   もう、新記録は望めず、衰えていくばかりであるのに、
   それでも、何故、僕が頑張るか。
   それは、僕と同じ怪我をして、
   同じように苦しんでいるひとの少しでも希望になりたいから。

   諦めずにリハビリを続けていけば、こうしてまだ頑張れることを伝えたいから 」



以来、いつもいつも彼の背中に声援を送っている。


私の右膝には、まだ大きな釘が2本。

そして、もう私には、バレー復帰はかなわないけど。


私の右膝は曲がらない。 しゃがむことも、蹲ることもできない。


古田新監督だって、難しいはずだ。
どんなにリハビリしても、アップしていても、1度傷めた膝はすぐに固まる。
それなのに、【捕手】というポジション。

心底、凄い、と思った。




捕手からの監督は、ひと一倍、投手の心理、替えどき、我慢どきが判る、という。
選手兼任なら、尚更のこと。



古田新監督。 40歳。

彼のますますのご活躍をこころから祈る。



ペン野球




[ 2005/10/24 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(14)

芋掘り~~~~?



日曜日。


朝から夕食の介助まで丸一日、長義兄が付き添いを代わってくれるという。

長義兄も 仕事で1週間、疲れているはずなのに、
申し出てくださったことに、こころから感謝を。

そして、義母が長義兄に任せてもよい、と思えるほどに、義父が落ち着いたことに感謝を。


疲れも溜まって来てたため、
これでゆっくり、義母が休める(私も)!!と喜んだのも束の間、


義母は、それなら、気になってたまらなかった、サツマイモを掘る という。



ひぇぇえ(滝涙)。


仏壇騒動の前に、半分ほど掘っており、あともう半分とはいえ、なんて元気なんだ!?

既に、右膝が腫れ上がって来てる私にはとても付き合えない。。。。

義母も本調子ではないのだから、無理はしないで欲しい。

ここで義母に倒れたりされたら、もうまわらない。



   「 でも、 皆が掘るときに掘らねば、近隣で何を言われるか判らない。

     掘ってしまわねば、気になって、おちおち横になることもできない 」



と言われると、嫁の私は黙ることしかできない。



掘りどきを少し外したサツマイモは、でっか~~く育ち、
全部が全部、赤ちゃんの頭ほどもあるので、鍬では無理だった。

小さなショベルで、ひとつひとつ丁寧に掘り出さねば傷だらけになる。

…ここまで大きいと、焼き芋やふかし芋は無理。
粉吹き芋のようにカットしてゆでるか、スイートポテトだなぁと思いつつ、
私は私の出来る範囲で手伝ったが、土を払う程度。
ネコの手の方がましだっただろう。  orz.....



結局、朝から、暗くなるまで芋掘りの一日だった。

陽が落ちてから、義父の洗濯物を取りに行き、
病院に持ってくるよう言われた、父の帽子を買いに行く。

天本英世さんがよく被っていらしたような帽子。
きっと義父には似合うと思う。


    ◆  ◆  ◆


本日の夕食は、今季お初の おでん なり!
 (我が家の牛スジはアキレスのみ☆)
これで3日間は、具をとっかえひっかえして楽ができる、かな(笑)。


ペンコロリン




ジャンル : ライフ
テーマ : スタンス・生き方

タグ : 横並び 芋掘り ご近所の目 ひとさまの言われる通り ひとさまのされる通り 介護生活

[ 2005/10/23 00:00 ] 地域のこと。 | TB(0) | CM(27)

父の病とお仏壇。





義母が、仏壇を買い替えた から、罰があたったのだろうか、と嘆く。

仏壇やお墓を生前から買い調えると不幸を呼ぶ、と昔からいうから、と。




ぐぐぐ。

天を仰ぐような心地がする。




深呼吸、深呼吸。



    おかあさん、それは迷信ですよ。

    おかあさんがあれだけ願って、お仏壇を買い調え、
    心こめて新しく仏さまをお迎えされたのだから、
    おとうさんのいのちを助けていただいたのかも知れませんよ?




酷暑期でもなく、厳寒期でもなく。


地元のお祭も無事終え、旧仏壇の搬出、新仏壇の搬入、入佛式

その前後の大掃除。

全部終えてから、義父の緊急手術となったことが、どれだけ助かったことか。



私は、といえば、夏のリバウンド騒ぎもとりあえず落ち着きつつあったし、
何より、PTAから暫く距離を置いており、
仕事も、毎月の修羅場を終えたばかり。 時間が充分に取れた。



そして、義父は、85歳を超え、緊急の脳外科手術を乗り越えようとしている。


義父は、神仏からとても守られている、としか、私は思えないんだけどな。


義母としては、何かを恨みたい。 何かのせいにしたい。 きっと。

でも、良かったみつけ、を、私は したい。


ペンコロリン


※ 今週の読了本メモ 

『竜王伝説 3』(「時の車輪」シリーズ 第1部)ロバート・ジョーダン/ハヤカワ文庫
(久々に再開したら「真実の剣」シリーズと混乱したので第1部から再読中)
 ↑3巻の途中で読み切っていない。。。こんなことって初めて。




[ 2005/10/22 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(10)

志事




夜、NHK教育にて、私の愛してやまないうちの会社が紹介された。

深夜帰宅した夫と共に録画していたのを観る。



オフィスにもカメラが入り、私のデスクも映った。

もう2年、出社していない。

でも、そこに、私の席は変わらず在った。

皆も、 いた。

夫もちらりと映った。



悲しかった。






若いひとたちが、伸びていた。

日々、楽しそうに仕事をしているのが伝わって、それは、嬉しかった。





「 仕える仕事 」ではなく、

「 志した事 」として、毎日を楽しんでいた。

その日々のなんと遠いこと。


これまで抑え付けていた、何もかもに 仕えている ことへの怒りや
置いていかれる焦燥が一気に膨れ上がりそうで、慌ててCDを取りに車へ行く。


現在、車のBGMはBACH。

病院への片道40分強。 ガンガン鳴らして行く。






久々にヘッドフォンで、朝まで『管弦樂組曲第3番ニ長調(BWV1068)』を聴く。


最後に、第2曲を繰り返し繰り返し聴いて、深呼吸。




よーーーーし、本日もふぁいとぉ!!!!

ペンミュージック




義父の穿頭術後1日目




術後、父の眼の色が活き活きしていたのに驚いた。
「 春霞が取れたようだ 」としっかりした口調で言う。


どんなに不自由な想いをしていたことだろう。
もっと早くに気がついてあげれば良かった、と後悔の念が大きいが、
それでもいのちを助けていただいて、幸運だったと思うようにしよう、と決める。


迷っていた私たちに、この脳外科病院を教えて下さり、
背中を押して下さった近隣の御方にこころから感謝を。


ICUは、ベッドの位置が高いので、万一転落しては、、と、
義父の病室は、ナースセンターのまん前の個室となった。

アルツハイマーであり、耳も遠く、同室者がおられては大迷惑となるため、
1日3000円の個室代は、痛いけれど、個室でむしろ有難い。

夜中、導尿しているのに、トイレに行きたがるのに閉口した。
ほぼ5分間隔である。

薬で眠らせるにはリスクを伴うため、痛み止めしか処方されない。
これはとても有難いことだと思いつつ、看護師さんたちに申し訳ない。

義母も休む暇がない。


早朝、とりあえず、私だけ自宅に戻り、
夫と下の少年、和風仕様の義母のお弁当をつくり、
色々と義父の入院支度を整え、義母の衣類も持ってまた病院へ引き返す。



「 抑制 」を解かれ、導尿官を解かれた父は、
早速 「 トイレに行く 」と言って義母を困らせ、
ナースコールを押しても看護師さんが来られなかったため、
義父の手を離して、病室の扉のところまで行った隙に。


待ちきれず、いらだった義父はベッドの柵に足を乗せ、
柵を乗り越える形で、頭から転落した。。。。そうである。



すぐにCTを取っていただき、今のところ脳内出血はないようであるが、
今後、どのようになるか、おそらく腫れてくるのではないか、との由。

熱は7度5分。
この手術の後の発熱としては、高い方ではないが、
できるたけ出ないほうが脳のために良いという。

義母は、心配を通りこして、義父に対して怒っている。



義父は元気で、すぐにも家に帰る、と言って聞かない。
どうして自分が病院に要るのかも判らない。
怪我で、手術したために、治るまで入院するのだ、と説明するのだが、
次の瞬間には忘れている。
その度に、ここは何処か、何故居るのか、を説明する。


 「 儂はもう治った。 点滴も要らん。 帰る! 」


点滴も、引き抜いてしまうため、ずっと手を握っていなくてはならないが、
凄い力で、手を振り解き、点滴を剥ぎ取ろうとする。



そして、、、、。
老人ホームに入れられたのではないか、と疑いを持ち、私を睨む。
その言の葉は、、、、記したくない。


排尿は自分でしたがり、そのために間に合わず、失敗して衣類が間に合わない。
一応、紙おむつとパッドはしているのだが、
トイレの前に、自分でそれを外すので、失敗するのである。

借りている車椅子も、ベッドも、ぐしょぐしょ。
病とはいえ、義母も私も、縮こまるような想いで、いたたまれない。


義父も、義母が叱り付けるように言うため、納得するが、
嫁の私の言うことは絶対に聞かない。

看護師さんにもずっとついていただく訳には当然行かない。

だが、これからもずっとこの調子で、
義母がついていなければならないのなら、早晩、義母が倒れてしまう。

義母も80歳。 四肢麻痺の難病に倒れたのは2年前。
2年掛かって、やっとここまで回復して来たのである。



、、、私が徐々に義母ととって代わり、
私の言うことを聞いて貰わねばならないのだが。



   ◆  ◆  ◆



皆さんには、大変ご心配をおかけしました。

こちらや、私書箱、メール等々、
たくさんのあたたかなメッセージをいただき、
澱のような疲れを皆さんにほんわか包んでいただいているようです。
有難うございました。

とりあえずは、なんとかかんとかやっております。
このまま、父が肺炎を起こしたり、なんらかの感染症等を起こさねば、
2週間をメドに退院できる、ということでしたのですが、
ベッドからの転落事件で、少し先が見えなくなりました。


現在は、義母を病院へ送り(泊まらなくても良くなりました!)
自宅の分と義父の分、ひととおりの洗濯を済ませて、珈琲タイム☆☆☆

これから、夕飯の差し入れをつくって、義父のパジャマ類を買って病院です。

また、落ち着きましたら、ゆっくりご挨拶させていただきますm(__)m


ペン傷


取り急ぎ、
 > さきさん0208さん

 スポーツマンは、老若男女かかわらず、
 常になんらかの故障、異常を抱えながら、
 自分でうまくやりくりし、付き合っていくものですが、
 やはり、その状態を正しくしっかり本人が把握していることが
 前提になるだろうなぁ、と思いますです。
 ( 私たちバレーおばさんなどは、まずもって日々筋力、体力が衰えていることを
   自覚し、それと向き合うことからですが。。。) 

 万々万が一、深刻な異常だったら、
 殊に青少年の場合は、後悔しても追いつかないので、
 ご本人であるお嬢さんが余りに気になさるようでしたら、
 検査だけはされた方が良いかも、です。。。
 検査結果の先は、ご本人が自分の調子、様子と
 先輩たちの体験談を聞きながら、うまく付き合っていかれることでしょう。

 うちの下の少年も、バスケの職業病だと思っていた腰痛が、深刻な急性ヘルニア。
 膝痛は、先天的な軟骨肥大でしたですぅ。(手術で軟骨を削らねば治らないorz.....)




義父の緊急手術。


15日夜から、義父の容態が急変し、紙おむつを買いに走った。

これまで、介護度4でありながら、
オムツが要らなくて済んで来たことに感謝しつつ、
いよいよ来たか、と暗澹とし。


余りに異常度著しく、アルツとは異なるように思える気配に、
思い切って評判のよい、K市の脳外科の個人病院に連れて行くことにした。


結果、硬膜下血腫との由にて、脳幹に達する寸前であり、
一刻を争う、という緊急穿頭手術となり、
長義兄に なかなか連絡がつかず、ドタバタする。


驚愕と不安のなか、怒濤の如くの手術は無事成功。


危ないところで、義父のいのちを助けていただき、
本日は絶対安静だが、寝たきりとなってしまうのを防ぐため、
明日からは、もうリハビリに入るとのこと。


今夜は絶対動いてはならないため、「 抑制 」器具をはめられた義父は、
まるで拘禁服を着せられているようで痛ましい。


完全介護だが、義母を探して荒れてはならないので、
義母が泊まり込むこととなり、
その義母も本調子でなく、高齢であるため、私も控えに。


今、やっと 昼食兼夕食を食べられることになり、 独りになれて、ほっと一息。


とりあえずは、助かった義父のいのちに、感謝のこころで乾杯!


ジャンル : 心と身体
テーマ : 医療・病気・治療

タグ : 緊急手術 硬膜下血腫 穿頭手術 アルツハイマー 介護 介助

[ 2005/10/19 19:27 ] あいたたたっ!(>_<) | TB(0) | CM(25)

下校する高校生の列に車





昨日の、小泉首相の靖国参拝 とともに硬直したニュースだった。


中間試験中の高校生が、下校途中、
学校の正門を出てすぐのところで、乗用車に突っ込まれ、
男子生徒9名が病院に運ばれ、うち、2名が死亡。
5名が、足首を切断するなどの重傷という。


うちの下の少年も中間試験中。
火曜日が最終日のため、ゲンを担いで、
夜は久々に『トンカツ』にしようと決め、
彼の喜ぶ顔を思い浮かべていたところだった。


  なんで。
  どうして。


行ってらっしゃい、と、朝、手を振って送り出せば、
夕に、ただいま、と笑顔で必ず帰って来てくれるとは限らない。


そんな当たり前のことを、またもや突きつけられる。


……皆が元気で、夜、共に眠りにつける倖せを、
毎日毎日、もっともっと大切にしよう。



亡くなった2名のひとりは、今日が16歳の誕生日だという。。。

ご遺族の方々に、こころ寄せ、
亡くなられた高校生のご冥福をこころからお祈り致します。


ペン雨





小泉さん、『靖国』参拝。




あ~ぁ。。。


郵政民営化が「一段落」ついたから、
行くだろうな、行くだろうな、と思ってたけど、今日だったとは。


靖国で最も大切で重要な祭礼である例大祭。
んでもって、彼の国は、有人宇宙船無事帰還ニュースでわきかえっている折。


見事な日を狙い撃ちし、
また見事なまでに 姑息な 「私人」を主張しようと見せかけた参拝だった。
30日の大阪高裁での判決を受けての配慮、もあったのか。


 グレーのスーツ。
 一般参道を通り、本殿にあがらず、賽銭箱に賽銭を入れる。
 正式拝礼ではなく、一礼後の合掌、そしてまた一礼。
 献花や玉串料は出さず、記帳もしない。  → 私人

 んだが、公用車を用い、秘書官を連れていた。→ 公約


はぅぅ。

そもそも、一国の首相に「私人」と「公人」と区別がつけられるのか?

一国の首相の靖国参拝、絶対はんたーぃ! と思ってたけど、
なんだか、もうどうでも良くなった(゚゜)\バキ☆というか、無力感?

いかん、いかん、諦めきっては。


靖国は、「戦争犠牲者を悼むための場所」ではない。

もし、本当にそうであるなら、
なんで、東京大空襲や原爆犠牲者が祀られていないのか?


靖国には、
「国家による戦争で戦死した軍人を、国家の英雄として祭祀すること」
という厳然たる目的が在る。
悼み、平和を祈願する場所ではない。


小泉氏の
「 戦争を二度と起こしてはいけないという気持ちで、
  戦没者に敬意と感謝の誠をささげたい 」
との言には、決して異をはさむものではない。

んでも、それでもって靖国を参拝することは違う、と思う。

二度と戦争を起こさない、起こしてはならない、と本当に思っているなら、
国、与党が進めて来たキナくさい法の整備、政策の推進、つくる会教科書、
イラク派兵、憲法改悪。。。。この流れ、動きはなんなのだ?


参拝し続けることで、こうして私たちは諦めさせられていく。

こんな形で、一国の首相が、
公式参拝することを「当たり前」のことにして行きたいのだろう。



彼の好きな「 筋を通す 」。ということ。

筋を通すことで、国益を損なっていいのか?
筋を通せば、長期的に見れば、国益に叶うのか?





、、、ここまで書いて、気付いたら朝だった。  ダメぢゃん>ぢぶん。


こんなことも言い飽きたし、あちこちでも読み飽きた気がする。。。。

本日も、花粉症激しく、頭がウニでした。 orz.....


ペン死



ロッテ優勝、おめでとう!
31年ぶり優勝を祝って、ビール掛けのビールは3100本だったんですと。
せめてシャンパン代をパキスタンに送ってくれないかな、と思った。




[ 2005/10/17 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(22)

みたび、オクラの天麩羅?






金曜夜から雨が降ったので、
いきなりオクラがでかくなった。


先週末が地元のお祭だったから、おさんどん。
特大の料理パッドに
山盛り5杯分の天麩羅を揚げたから、
もう当分、揚げ物は欲しくなかったのに、

ここまででかくなると、やっぱり オクラの天麩羅 かなぁ(涙)。



昨日は、ハンバーグの種を小さく小判型にして入れたスープカレー。
野菜はキャベツとピーマンにして、さらりとしたスープだったのに、
ここにもオクラ丸ごと入れたため、段々スープが粘ってきた。



その前は、麻婆豆腐にも刻んだオクラを山ほど入れてみる。
片栗粉でとろみをつけなくても、充分とろみが出て、独りでウケた(笑)。



  ◆  ◆  ◆



お正月用の黒豆に実が入り始め、7株ほど抜いて枝豆に。

さやの両側を切って、あら塩でよく揉み洗い、そのまま茹でる。
普通の大豆より、黒豆の枝豆の方が味が深い。

とっても美味しかった!!
ビールが欲しかったけど、花粉症状が出ている間は我慢!


ペンフライパン




市長選 動員、違うと思う。




11月6日、K市市長選。


4選を目指す70歳現職と、2回目挑戦の58歳新人の一騎討ちの模様で、
既に8月終わり頃から、あれこれと、いろんな名前の団体が動いている。


挑戦者の母校は、夫と下の少年の高校と同じであるため、
高校同窓生有志からの郵便物やら電話やら、かなり凄い。


で、うちの町では、日曜夜に挑戦者さんの講演会がある、ということで
早くから宣伝ポスティングがなされていた。



夕刻、ピンポンと我が家のチャイムが鳴る。

出てみると、来年から2年間、我が家とともに、
この地域班の班長となるお宅の世帯主さん。


この地域班のおそらく顔役のひとりである、ある御方が、
挑戦者の世話人、であるため、
この挑戦者の講演会に是非参加して欲しい、との由。


 「 講演会に、この地域班から数人しか参加していないようでは、

   この地域班のメンツが立たない。 その御方の顔を潰す 」




【 現職の太鼓持ち 】 ではなく、
【 対抗勢力 】 というところが、これまでの形と大きく違って興味深いが、


私は、今月、月番。
来年、班長。


だからって、動員かけられて、行かねばならないのか?


「NO」と言えば、
来年から、共に班長をしていただく、この世帯主さんのお顔を私が潰すこととなる。


う"~。。。などと悩まず、その場ではあっさり(上手に?)断った私(爆)。

しかし、断った後になって、胸にしこりが残る。
この世帯主さんのお顔を潰しただけでなく、
投票に行くからには、両者の言い分を識り、判断しなくてはならない。

せっかくの良いチャンスを、私は自分の意地で逃したか?

でも、あんな形での動員に、にっこり笑って「はい」とは言いたくない。


しこりが残ること自体に、イライラと腹が立つ。

やだなぁ、もぉ。


あ、郵政民営化法、参院を34票差で可決だし。


ペンぷんぷん


※ 今週の読了本メモ 

『竜王伝説1』『 同 2』(「時の車輪」シリーズ 第1部)ロバート・ジョーダン/ハヤカワ文庫
(久々に再開したら「真実の剣」シリーズと混乱したので第1部から再読)





始まりました。。。orz.....





どうも、今週に入ってから、不調である。
心身がだるい。 微熱っぽい。 偏頭痛が酷い。


何も考えたくない。 何もしたくない。
皆さんへのブログ訪問も滞りがちである。。。ごめんなさい。



これは、一連の お仏壇騒動 を、心身が拒否しているからなのか?

と思っていたが、


夫も下の少年も、軒並みダウン直前。

3人とも喉も痛いので、一家で風邪をひいたか? と思っていたが、
一昨日、夫の顔がむくみ、私の目が痒くなって気付いた。




秋の花粉症の始まりだぁ~~。(号泣)


うっかりしてました。

ヨモギ(エゾヨモギ)、ブタクサ、アキノキリンソウはもう落ち着き始める頃だが、
セイタカアワダチソウがあちらこちらで満開。

昨日の東広島市への往復路も、休耕田では、びっしりのまっ黄色だった。



これからまた1ヶ月近く、苦しむのね(哀)。


ペン哀



レディースディから帰宅した夜、手の甲が痒い。

みると、あの恐怖の夜と同じところ に軽い発疹が出ており、一瞬、硬直した。
また、あの恐怖の再来なのか、と。

塩水をすり込んだら、すぐに枯れて事無きを得た。
日焼けと花粉に反応したらしい。
もう、2年になったよーーーー。 もう後戻りしたくないよーーー。





赤い羽根がシール式になった?



今月は、地域【 班 】の 「 月番 」 である。


この地域班の 【 班長 】 は、2世帯が1組で2年間任期の持ち回り。

地域班の 「 月番 」 は、1世帯で1ヶ月任期の持ち回りになっている。


「 月番 」 の主な仕事は、
  ● 月1回の市の広報誌、諸々の連絡リーフレットの戸別配付。
  ● 自治会費の戸別徴収。( 年々、1年分払うひとが増え、現在は当班では不要 )
  ● 月数回の要回覧事項を回覧版にセットして回す。


市町村合併に伴って、広報誌は、毎月1日発行から、毎月10日発行に変わり、
私の月番としてのお仕事のスタートは、昨日から始まった。


今月は、【 共同募金 】 月間であった。 ( 月番としては大当たり )

この地域班では、自治会費から、各戸一律で支払うことにしてあるため、
共同募金を戸別徴収しなくて良く、ラッキーではある。


但し、預かっている領収書に、各世帯主の氏名を記入し、
赤い羽根はちゃんとお渡しして歩かねばならない。
( 各戸一律料金よりもっと募金したい人は、そのときに申し出て支払う )。


この 【 赤い羽根 】。

今年から、なんと 針(ピン) がついていない!


私の物心ついたときから、赤い羽根には針がついていたので、
これはとても画期的改革?ではないだろうか。

「 針 」 ではなく、両面テープの片面が羽根についており、
もう片面を剥がして衣服等に貼るようになっている。


赤い羽根の 「 針 」 は細くて柔らかいが、確かに危ない。

また、こうした赤い羽根を、衣類につけるのは気恥ずかしいし、
かといって、街頭で募金を呼びかけるひとの前を素通りするのも申し訳なく、
「 募金、もうしましたよ 」 なアピールのため、そっと鞄などにつける方々も多かった。

鞄に羽根のピンで穴を開けるのは抵抗があっても、
こうした( あまり強力でない )両面テープ、というのは、鞄派には、喜ばれることだろう。


しかし。


戸数分の赤い羽根を貰って、途方にくれる。

華奢なこの羽根をどうやって、1軒1軒配ればいいのか?

また、羽根に貼ってある側のテープが隣の羽根にひっついてしまっており、
1つ1つ丁寧に剥がさないと、ふわふわの羽根が抜けてしまう。


あれこれ考えた結果、
昔、小さなボタンやビーズなど、細々したものを分別整理しておくために
大量に買った、ジッパ付きの小さな透明ビニル袋を思いつく♪

羽根を斜めに入れれば、ちょうどの大きさである。 バッチリ!



すっかり元気が出て、広報誌やリーフレットを戸別にセットし、
領収書に年月日と世帯主名と金額を記入して捺印し、
赤い羽根を丁寧に1つ1つ剥がしてビニル袋に入れ、
領収書とビニル袋とをホッチキスで留めて。


…むぅ。 こうした作業は手早いハズの私で3時間かかった。

ひっついてしまっている羽根を剥がす作業に時間を取られたためである。


これは、全国の配布「 当番 」さんの皆が困られたのではないだろうか。
昨年までは、ピンを領収書や広報誌に刺して留めて配付で終わり、だったハズである。

来年も、この両面テープ形式は、生き残るだろうか?
ピンに戻るか、もっと他の提案が採用されるか。
ちょっと楽しみになってしまった(゚゜)\バキ☆



あと、心配なのは、ジッパ付きの透明ビニル袋に入れたこと。
戸別に配付して回るのに、羽根が傷まず、中身も見えるため、
我ながら、グッドアイデアだと思ったのだが。


 【 前例にない 】。
 【 勝手なことをしてくれては、来年のひとが困る 】。



う"~。。 よってたかって非難されそうな気がして来た。。。(-_-)


【 わざわざ買った訳ではない。たまたま家にあった(不要の)ものを利用した 】で、
  お咎めなし、にならないものか。。。


?



本日の午前中は、これらを全戸に配付して終了。
午後からは、夫の実家のお仏壇周りを整理するための棚購入。 5つ!!
組み立て作業で日が暮れた。
明日は、等身大の甲冑やら屏風、もろもろのお飾り、掛け軸などの整理。


ペンコロリン




ジャンル : ライフ
テーマ : 日々のできごと

タグ : 赤い羽根 赤い羽根募金 自治会役員 月番 赤い羽根シール式

[ 2005/10/13 22:37 ] 地域のこと。 | TB(0) | CM(28)

『 チャーリーとチョコレート工場 』








疲れの残った身体に鞭打ち、
楽しみにしていた例の班長さんの彼女との水曜レディースディ。

前々からの約束で、ジョニー・デップ主演の『チャーリーとチョコレート工場』である。


実を言うと私たちは、ジョニー・デップ初心者。
『パイレーツ・オブ・カリビアン』でハマったばかり。
初心者ではあっても、キャプテン・スパロウいのち! なんであります。


これまでなかなか劇場まで出掛けられなかったこともあり、
映画は、ビデオやDVDを借りて観るもの。
少し我慢して、TV放映まで待って観るもの。

そぉんなシブちんの私が、生まれてはじめて、即、DVDを買った。

(↑『ロード・オブ・ザ・リング』三部作のコレクターズ・エディション購入のための貯金を崩した)

以来、もう何度、観たことだろう。
曲も大好きで、現在の私の目覚ましの曲でもある。



平日水曜というのに、映画館は小中学校の子どもたちでいっぱい。

なんで? どうして?
運動会等の代休であるなら、火曜日のはず。
東広島市は、二学期制になったのか?

嫌な予感がしていたが、開場1時間前に行ったのに、
既に、1番前から2列目までか、前の右端、左端しか空席がない。

次の上映まで、なんと5時間もある。。。。





しかし、私たちは、頑張ることに決め、
次の14:30のチケット(勿論、ど真ん中!)を買い求めたのだった。

( 昨日 の今日、義母から呼び出されるのが嫌だったのもあるのだが)

14:30まで、喫茶店とパスタのお店で、たくさんお喋りをして、いざ!!

   (↑ 大変だった、【敬老会】でのお手伝いの話を聞いた。
      来年は、私、なんである。。。。(T_T))



劇場に入ってみると、やはり小中学生でいっぱい。

そこここの床がポップコーンまみれで、わぃわぃがやがや喧しい。

いつもレディースディを利用する私たちには、勝手が違って面食らった。

私たちの右横は、5人組の女の子。
左横は、4人組の男の子。
共に大きなカップのポップコーンを抱えている。

声高に興奮して喋っている様子は可愛いのだが、なんとなくヤな予感。


   ◆  ◆  ◆


オープニングのチョコレートの製造過程が素晴らしかった。

無人の工場。
全て機械化され、美しい機能美とリズムのなか、
ふわっと、ジョニー・デップが浮き上がり、
金色のチケットを5枚チョコレートのなかに差し込んで行く。

それは、伝説のウィリー・ウォンカのチョコレート工場への招待状だったのだが。




 【 以下、ネタバレのため、未見の御方はスルー願います 】 





 原作を読んで行った方が、感激度が高い、と感じた。

 この劇場では、全て吹替版であることに納得したが、
 対象が小学生位までの児童ファンタジー物語である。

 そのことだけを予備知識として入れて行ったため、
 場面場面のセットが、とてもちゃっちい、しょぼい(失礼)、と感じてしまって、
 こころが急速に醒めてしまった。

 きっと原作に忠実、そしてそれを膨らませた、素晴らしいものであったのだろうけれど。

 私が1番感動した場面って、最初のチョコ製造画面だったりするんだもの。。orz....


 吹替版っていうのも大きいのかな。
 ジョニー・デップの声じゃないもーん。 違うもーん。


 今気付いたが、あの場面場面のセットは、塗り絵のような絵本の世界。
 あの単調な色調、シンプルな線、センスの悪さで、
 実はウィリー・ウォンカの、『満たされないこころでつくった桃源郷』
 歪さ、で、象徴させたのだろうか。 あ、それだったら、納得、かも。


 そのときは、私は、取り残されたような感じで、
 招待された子どもたちと一緒に、わくわくと楽しめなかった。
 私は、オープニングで観た、チョコ工場を観たかったから。


 絵に描いたような勧善懲悪。 予定調和へ向けての一直線。
 情景にも、ひとにも、深みがない、奥行きが感じられない。

 これって、ジョニー・デップでなくてもいいんじゃないの?とまで感じてしまった。

 だもんで、途中から、眠気との戦い(゚゜)\バキ☆

   両隣の中学生たちのお喋りや、
   携帯(音声は消してるけど、バイブしまくり。その度にメール。明るい(怒))
   のお蔭で、集中できなかった、というのもあるけれど。


 しかし、段々と、ウィリー・ウォンカの悲しみが表面に出てくるに従って、
 ジョニー・デップは良く見えて来た。(最後は可愛い)

 ウンパ・ルンパは、楽しかった。
 全部同じひと、と気づいた時点から、滅茶苦茶笑った。

 歌のときは、歌詞が字幕で出たら良かったのに、と思う(パンフには記載されてた)。

 密かに、ウォンカの父親がサルマンであったことにウケてしまった。



 映画を観る子どもたちには、判りやすくて、面白かっただろう、と思う。
 5人の子どもたちがそれぞれ、何を象徴しているか。
 子だけでなく、保護者もそれぞれ試され、失格していくこと。

 家族を愛する気持ち。 

 ウォンカとチャーリーとが対等の友人になり得ること。

 ウォンカが、変わった、こと。

 最後の締めくくりは、とても素敵だった。 思わずにっこり。


 だもんで、途中まで、私は感心できず、醒めてしまってたため、
 もったいないことをしたなぁと、感じている。

 う"~ん。。。。もう一回、今度は、字幕版で観たら、違うかなぁ。。。


ペン?




[ 2005/10/12 00:00 ] 観ました^^*☆ | TB(0) | CM(10)

無事、入佛式を終了。




急遽、夫の実家が、お仏壇を新しく購入することになった顛末は、
10月5日の 『 お仏壇物語 』 に記載した。


で、土曜日、お祭の夜頃。
日曜日、お祭。
     誰も帰省しなかったのに、巻寿司10本。
     お刺身2万円分。 天麩羅は、お料理特大パッドに5杯分。


月曜日、翌朝の古いお仏壇搬出、新しいお仏壇搬入、
    午後4時からの入佛式に備えての大掃除。

    お仏壇横に積み上げられていた、
    段ボール3箱分の初孫のための巨大甲冑やら、掛け軸、
    アルバム類を全て出し、虫干しを兼ねて納屋で広げる。

    古いお仏壇(30号という大きさ)の引出しから出てくる色んな物。
    たくさんのお飾り、仏具の整理。
    ご本尊と両脇の絵図を、床の間に祭壇をつくって飾る。

    義父は落ち着かず、どうしてこんなことをするのか
    5分置きに聞いてくる。

    その度に、お仏壇が新しくなることを伝え、
    その度に、義父は、この仏壇がいいのだ、と嘆く。
   

    3升のお赤飯を炊くために小豆の下ごしらえ。


    深夜、夫を迎えに、5つ隣の駅まで。
    小雨が落ちてきたので、明日の天気を心配する。


    お寺さんへ金封を用意。
     『御入佛御礼』  金 封:白無地 赤白花結び熨斗なし
                       (赤白あわび結び熨斗なし)
                のし袋:白無地 花結び熨斗なし
     『御膳料』     金 封:白無地

    仏壇屋さんへ金封を用意。
     『御礼』       金 封:白無地 赤白花結び熨斗なし


      ※ 金封の一部は、我ながら会心の出来だったのに、
        つい夫の名前を書いてしまい、やり直し。 orz....     
          

そして迎えた本日、午前8時から。 晴天なり。

    午前6時から、お赤飯炊き上げ。     

    お仏壇屋さんからは3名来て下さる。
    古いお仏壇を搬出。 義父はついて行きたそう。

    50年近く鎮座ましましていたお仏壇を動かすと、かなりの埃。
    家具用のキルト地の布できれいにくるんで貰って軽トラックに。

    新しいお仏壇搬入。
    部屋が、ぱぁあと華やかになる。
    22号の大きさであるが、高さは前のものと同じだけあり、奥行きも深い。
    扉を全開すれば、そんなに小さく見えない。

    義父は、硬直したように、じっと見つめている。


    配線をして頂き、次々にお飾りをつけて貰う。
    様々な祭具について、確認。

    入佛式用の、紅い和蝋燭を準備。 焼香用の香炉を用意。

    仏壇屋さんへお茶とお菓子をお出しし、御礼をお渡しして終了。

    お仏壇に佛花を活け、果物を添え、
    ご飯を炊き、佛飯を新旧各三、六つ用意。

    義父は、落ち着かず、何度も何度も、新しい仏壇について訊ねてくる。
    拒絶されたらどうしよう、と心配だったが、
    満更でもなさそうなので、良かった。

    蝋燭立てや花立て、香炉、鐘など、
    古い仏具が、我が家に下げ渡されることになる。orz....



午後4時から 入佛式。

    お坊さまのお迎え。

    まずは、床の間の古い仏像から仏さまにお帰りいただく。
    次に、新しいお仏壇の仏像へ、仏さまをお迎えする。

    古い仏壇から出てきた、1947年に義父が修行したときの筆書きの覚書を
    お坊さまにご覧いただき、複製・表装・製本し、お寺にも納めるよう勧められる。

    お坊さまにお茶、お菓子をお出しし、御礼をお渡ししてお見送り。

    お赤飯と上用饅頭をセットし、挨拶周りして、終了。  



後片付けやら考えねばならなことが諸々あるし、
義父の覚書の製本の件について、義兄たちと相談しなければならないが、
とりあえず、本日は、おしまいっ!!!


ペン寝



ジャンル : ライフ
テーマ : 田舎暮らし日記

タグ : 仏壇 仏壇買い替え 死に支度 宗教 入佛式 入仏式 金封

[ 2005/10/11 00:00 ] メモ メモ ( ..)φ | TB(0) | CM(24)

パキスタンでM7.6





今朝(9日朝)になるまで、知らなかった。


8日午前8時50分、パキスタン北部を震源とするM7.6の地震が発生。
震源の深さは10kmと浅い。

死者は2000人を越えるという。


12階建のアパートが並ぶ『マルガラ・タワーズ』の1棟が完全崩壊。

崩壊したアパートの1階に住んでいた、
国際協力機構(JICA)の専門家である日本人3人家族の父子の遺体確認。


今春、JICA広島支部へ、下の少年が見学に行き、関心度高く、
進路のひとつに考えていただけに、大きなショックを受けている。
(来年の修学旅行には、JICAの日本本部へ見学に行く予定)


震源地から95km離れたイスラマバードで倒壊したこのアパートには、
地下駐車場やトレーニングジムなど、柱が少なく広い空間をとった構造があり、
地震の少ない英国の基準を参考とした、耐震基準の低い建物であり、
建物自体が手抜き工事であった可能性があるという。

このパキスタン北部は、地球を覆うプレートのうち、
3つのプレートがせめぎあう境界付近であり、
何より耐震構造が必要であるのに、
国規模で、英国の地震対策基準を参考とする意味が判らない。


とにもかくにも、尊いいのちを失われた方々のご冥福を祈り、
これ以上の余震被害が出ないよう。
今なお、瓦礫に沈む方々がひとりでも多く救出されるよう。

ただ、祈るばかり。
pigmacさん泪
イラストは、pigmacさん 『 泪 』




追記1)10日午前0時現在で、死者数は19000人となった。。。

追記2)13日の朝日新聞にて。
     「死者は4~5万人に達するという報道あり。
      負傷者は5万人を超え、家を失った被災者は250万人に上る」

     「12日、国際緊急援助隊派遣法に基づき、陸上自衛隊、航空自衛隊に派遣命令。
      陸自第5旅団等、約120人の派遣を決定。
      早ければ13日より、イスラマバードを拠点に2~3週間ほど活動する。
      現地で、救援物資や各国から派遣されている救助隊の輸送業務を行う」




[ 2005/10/09 00:00 ] ニュース | TB(0) | CM(10)

『週刊新潮』 39号 10月13日号





新聞広告に踊るタイトルを見て、
夫がどうしても誘惑に抗しきれず、『週刊新潮』を買って来た。

出張などで、『週刊文春』『AERA』を時折買うことはあったが、
我が家にとって『週刊新潮』は、初めてである。


『週刊新潮』への私のイメージとしては、
やはりなんといっても 谷内六郎 氏の表紙絵であり、
表紙絵のその静かな叙情性から、
なんとなく『週刊新潮』そのものも、静か?で地味ながら、
きちんと時事問題についての新潮社の見解を語る週刊誌、といったような誤解をしていた。


はぅぅ。


今回初めて手に取って、自分の大いなる誤解に独り苦笑い。

一冊丸ごと、全ての記事の対象物に向かう、この悪意はなんだろう?

よく、ゴシップだらけのトンでも本として、
女性週刊誌が代表されることが多いが、
男性週刊誌も、その対象物が異なっているだけで、
本質は、全く同じ、どっこいどっこいだよなぁ、と今更ながら。


これまで数えるほどしか女性週刊誌を手に取ったことはないけれど、
女性週刊誌に綴られる言の葉に、
ここまでの悪意や嘲笑の響きはなかったような気がする。


  ※ 夫が悩んだ揚句に購入に至ったタイトルは、
     ●「イ・ビョンホン」が極秘出席した広島「パチンコ王」の結婚式
    知人の知人のことではないかと、思った由。


唯一、楽しかった記事のご紹介。

P.63 『B級 重大ニュース』

【 万博の忘れ物 】 半年の会期を終えた愛知万博の忘れ物


 閉幕直前の集計で…… 現  金  757万円余
                 水  筒   約100個
                 メガネ類   2800個
                 帽  子   1700個
                 時  計   1200個
                 カメラ      780台
                 入れ歯      10個
                  靴        1足
                 離婚届     1通

                 迷  子    530件


 期間中の迷子の保護530件は、15年前の大阪花博の10分の1だそうである。
 携帯電話の普及のお蔭ではないか、との由。



 『離婚届』に笑った~~~~。 記入済みだったんだろうか。

 私は、妻側のみが記名捺印すませてるもの、とみた(爆)。

ペン暴4


※ 今週の読了本メモ 

『週刊新潮』 39号 10月13日号
『暗殺の年輪』 藤沢周平/文春文庫
『魔女の結婚』、『同 運命は祝祭とともに』、『同 聖なる夢魔の郷』、
『同 さまよえる水は竜の砦』、『同 月蝕に時は満ちて』
 谷 瑞恵/コバルト文庫





[ 2005/10/08 00:00 ] 読みました^^*☆ | TB(0) | CM(14)

たっくんのバイト。


ついに、上の少年がバイトを決めてきた。


彼が尊敬する従兄と従姉のアドバイスにより、
アルバイトをするなら、絶対飲食店、ということに決めていたようである。


何故なら、【 賄い食 】にありつけるから。


だもんで、従兄たちのアドバイスは、
狙うは、美味しいと評判で、かつ、メニューがたくさんあるお店、なんだそうである。


それを聞きながら、深夜までのお店で、
お酒を出すお店だったらちょっと嫌だなぁと思ったが、黙って、彼の選択に任せた。


最初、彼が白羽の矢を立てたのは、
下宿近くの、美味しいと評判のお好み焼き(鉄板焼き)のお店。

1度、サークルで利用し、お店の雰囲気がとてもよくて、活気があり、
バイト生も活き活きと笑顔いっぱい。 楽しそうだった由。

何より美味しかったため、バイトするならここ!! と
決断したのだそうである。


折りしも、滅多にないという、バイト生の欠員が出て、
「 1名急募 」の張り紙が出た。

これは!!と勝手に運命を感じ、
履歴書を書くのもそこそこに面接を受けに行ったのだが、
彼の前にも後にも同じ学生たちが面接に来ており、
1人ずつの面接ではあったものの、
既に10数名の応募者があるため、結果は1週間後と言われ、
落ち着かない日々を過ごしたらしい。


結果、【不採用】。  ど~~~~~ん。


彼にとっては、初めての挫折ではなかろうか。

ペーパーテストでの 「不合格」ではなく、
面接を受けて、「不採用」というのは、
自分の人格に「NO」とダメ出しされたようで、ヘコむものである。


可愛想だけど、彼にとってはいい勉強になったのではないかと思う。


10日間ぐらいヘコんでいたようだが、
バイトをせねば、人並みな生活はできないため、
次は、少し街中のイタリアンレストラン。

ここでは、一目で気に入って貰えたようである。


「 法学部なら、勉強しないとダメだよ。
  暇なときは、裏で勉強していいから、
  いつも勉強道具を持って来なさい 」 と 言われたらしい。


あたたかなオーナーさんに気に入っていただけて、倖せだね。


でも、母は意地悪なので、「甘いっ」と一喝。

「 君を雇って良かった、と思っていただけるように。
  間違ってもオーナーさんに暇だ、と言わせない働きをするように。
  暇な時間は、暇なときにやっておかねばならんことがたくさんあるはずだから。
  それを見過ごさない。 することがない時間は、ないよ。
  お金をいただく、時間分、しっかり働くように 」

と長いメールを返す。



期待の【 賄い食 】は、200円出して、
全メニューのうち、ほぼどれでも選べるらしい。
(日によってNOなメニューもあるらしいが)


「 美味しいよ~ 」と涙の絵文字で、メールが来た。



母がバイトで様々なことを学んだように、
どうぞ、君もたくさんのことを経験し、学び、
奥行き深く、大きくなって欲しいと願う。

バイトをすることで、お金を得ることの大変さを学んで欲しい。
金銭の絡む人間関係、上下関係。 お客さまとの関係。。。

学ぶことはこれから山ほど。

君なら、きっと潰れない。 全てが勉強、しっかりね。


間違っても、「 あぁ、これなら○日分働けばいいんぢゃん 」みたいな
軽い価値観には陥らないで欲しいと、願いつつ。


自分が望み、努力し、勝ち取った学生生活。
どうぞ、勉学に、サークルに、バイトに。
身体に気をつけ、めいっぱい全力投球して下さい。 ふぁいとぉ~~!!


ペン励




オクラの天麩羅……再び。




ずっとお仏壇を買い替えたかった義母 は、朝からご機嫌で、
新しいお仏壇をお迎えするため、るんたった♪で障子の張替えを始めるという。


障子の張り替えなど、何年振りだろう。
倖せそうな義母を見れば、これで良かったのだ、と思いつつ。

2年前、義母が難病に倒れた後、
ここまで回復するとは、誰も夢にも思わなかった。

守られているひとなのだ、と思う。


        私もこの2年、自分の家のことどころでなかった。
        考えてみれば、我が家も障子の張り替え、してない、、、(汗)


   ◆  ◆  ◆


8月29日の日記 でオクラの収穫が最盛期と書いて1ヶ月。

まだまだまだまだ収穫が続いている。


今年は、丈が非常に伸びて、1番大きいのは2m50cmを超えた。

そのてっぺん付近に実がなるので、

もう、折れたっていいや、と、ぐっと茎を掴み、
手の届くよう、たわめてハサミでパチンと収穫している。


顔の辺りに葉っぱがたくさん、青虫もたくさん居るし、
あたると痒いので、苦行そのもの。

さすがに最盛期の、日に50本からはぐっと減り、30本前後になってきた。


思わぬところに枝葉が伸びて、実がなっており、
大きく固くなってしまっているのを数本、見つけてしまった。


仕方がないので、またもや、天麩羅にすることにする。

毎日毎日、おひたし、卵とじ、煮物の彩り、
後は、丸ごと茹でては丸齧り。。。。オクラ生活、2ヶ月ですぜ。

んでも、天麩羅にすると、どうしてこんなにまた美味しいのかな?


オクラ

久々に、でっかいぞ~~!




お仏壇物語




夫の実家のお仏壇は、
縁在って、何代か前の町長さん宅のお下がりをいただいた由にて、
百数十年を経た、大きな立派なものである。

しかし、元々?手入れが余りなされておらず、
古い家の普請の歪みにも呼応して、
数年前から、お仏壇の天井部分が崩れかけて来ていた。

修理に出すとしても、金箔も漆も剥げた部分が多く、
何百万単位となりそうなのは、素人目でも判る。

加えて、仏間には、常に隙間風が入ってくるために、灯明がすぐに消える。

義母はこれらのことを、ずっと苦にして来た。


そして、2年前に難病に倒れて以来、
義母は、お仏壇を買い替えようとこころに固く決めていたようである。


先日、親類の大きな法事があり、参列して
金ピカのお仏壇を目の当たりにした、義母のこころに火がついた。


このお仏壇を大切にして来た義父や、
宗教的儀礼は ナンセンスだと思う義兄たちの反対を予測し、
それに対決していくために、「 りうりうちゃんとも相談したんじゃが 」 と言うため、
連日、私の 【 賛成 】 言質を取ろうと、日に何時間も粘られる。



私が 万一、義母に言質を取られたら、
義兄たちと対立する形になってしまうのが怖く、

何度も何度も
「 私では判りません。 おにいさんたちと、相談なさって下さい 」と言うのだが、
義母は一切聞く耳を持たない。 しょんぼり

私が NOと言う度に、
  
  仏壇が 今にも崩れそう。
  お供え物をきちんと供えられない。
  ろうそくの火が消える、電気のろうそくがいい。
  死んでから、この仏壇の前で毎回お経を上げられるのはさえん、ふうが悪い。
  あんたもそう思うじゃろう?     に 対して

    ↓

  崩れないように、金具で補強できる。
  お供え物は、脇に小さな机を置けば、きれいに飾れる。
  電気のろうそくだけを買える。
  敷物を変えて、磨けば、まだまだ見事な仏壇だ。
 と 答える私。

何度も何度も繰り返される、この無限ループ。 



そのうち、

「 あんたには判るまいが、死に支度は、何かと大変なんじゃ。
  今からきちんとしとかんにゃ、死んでも死に切れん。
  こんな仏壇で、ひとに参って欲しゅうない。
  おとうさんはあてにはならんし、ここで決めるんじゃ。
  まずは仏壇からよ 」 ( お墓も待っている )

となって、私が ぐぐっと詰まる。

連日の義母の攻めには、私もぐったり疲れてしまい、
段々と、仏壇も院号も、欲しいのは義母であり、買うのも義母。
それで、義母の魂が安らぐなら、
三男嫁の私が 「 NO 」 という権利はない。

もう、どーでもいーや、という気になってくる。 


しかし、義母の次の一声で、ショックの余り涙が出そうになる。


「 新しい仏壇は、おとうさんと私が死んだら、
  あんたの家で守って貰わんにゃならんけん、仏間の寸法を今そこで測りんさい 」


げぇ~~ん。



信心深い夫の両親に全く影響を受けず、3人の息子たちは、見事に無宗教。
夫など、結婚のときに宗派を訊ねたら、「 知らん 」 と答えた(驚愕)。

私は逆に、信心深い両親の影響を受け、
宗教というものに多大な興味を持っていた。


私にとって、決定的だったのは、
中学時代に遠藤周作氏の 『 沈黙 』 に出逢ったことである。
遠藤氏の描く、無力なイエスに惹かれ、
父と一戦交える覚悟で、洗礼を受けたい、と申し出た。

勉学を重ね、僧籍を持つほどであった父は、
自分を論破できたら洗礼を受けてもよい、と答え、
ならば、父を超えてみせよう、と、私も懸命に勉学したものである(無謀)。

私は、神とか仏とかいう存在を信じてはいないが、
大きななにものかに、常に生かされている、という感はずっと持ち続け、
宗教社会学を学び、大学4年間の夏を京都に過ごし、
ある宗派の原点回帰運動について、卒論を書き上げた。


だもんで、私のなかには、
幾つかの特定宗派に対するこだわり、が厳然として在る。

夫の実家は、その、私の余り好きでない宗派であった。
結婚時は、夫が無宗派であったこともあり、
それが余り深く関わって来ることもあるまいと想い、
お気楽に過ごしてきたが、この地に転居するにあたり、
無視できないものになって来た。


少年たちには、その宗派のお数珠を買い与えられ、
その宗派の経文を読ませられる。

その都度、私は、実家の宗派の経文が恋しくてならない。
毎夜、お仏壇に手を合わせ、家族で読経してきたのである。
私は、未だに空で幾つもの経文をあげることができる。


ともあれ、夫の実家の宗派のお仏壇が、我が家に来る??

嫌だもーん。





しかし、この週末に長義兄が帰省して来たために急転直下。


あれやこれやとあって、ついに義母の粘り勝ち。
長義兄が 「 もう 好きにしんさい 」 と 匙を投げた、とも言う。

本日、義母は意気揚揚と私を従え、
私のバレーのチームメイトの婚家である仏壇屋さんへ行き、
お友だち価格でかなり安くしていただいて、
本日めでたく?購入なさいました。


11日の大安吉日に、入佛式。

お坊さまやお膳の手配、お披露目、手土産その他、忙しくなります。。。。。。。。。。。。。



号泣



ジャンル : 心と身体
テーマ : 心と宗教

タグ : 仏壇 仏壇買い替え 死に支度 宗教 入佛式 入仏式

バングラデシュのホワイトバンドが到着!

バングラディッシュのホワイトバンド

  People Tree から、

  バングラデシュのホワイトバンド が到着した。    →

   ( 珠玉さん、まだ私の腕は、まだ余りきれいでないので、
     画像はホワイトバンドだけで許してね! )

        
  9月3日 に 記載した後、注文したのだったが、
  全くの売り切れ状態にて、現地にて製作中。
  入荷出来次第発送となるため、10月初旬になる旨、
  People Tree の 担当の御方より丁重に電話で報告いただき、
  今夕、手元に無事到着したのである。


  ホワイトバンドは、綿ブロード地に 赤字で People Tree、
  グレイで FAIR TRADE 、
  赤囲み白抜きで NOW と、浮き上がる材質でプリントされ、
  両端をマジックテープで止める形。

  とてもシンプルなつくりである。


  文庫本大の台紙にぎっしりと説明が書いてあったので、それを転記する。(太字はママ)


【 台紙・表 】


make fashion Fair Trade

   知っていますか? つくる人たちのこと。

   週に1日の休み、法定最低賃金の支払いを求めて闘っている人がいます。
   
   バングラデシュの衣料品工場で働く女性たちが求めているのは、
   そんな当たり前の権利です。

   女性たちが縫っているのは、先進国への輸出品。
   海を渡り届けられる衣料品が、つくる人に過酷な労働を強いているとしたら、
   身につける私たちは Happy になれるでしょうか。


  make fashion Fair Trade

   今、あなたのアクションを。
   ホワイトバンドを身につけよう。
   フェアトレードを今。

  People Tree
   グローバル・ヴィレッジは、
  「 ほっとけない世界のまずしさ 」キャンペーンに参加しています。



 【 台紙・裏 】


how fair is that ?


知っていましたか?

  世界の最貧国のひとつバングラデシュでは、
  衣料品生産に携わる160万人の労働者が、最低水準の賃金すら受けられず、
  劣悪な状況で働いています。

知っていましたか?

  バングラデシュの縫製工場では毎年10件火災事故が起きています。
  今年4月には工場崩壊事故により93名の死亡者が出ました。
  その工場では先進国に輸出する衣料品を作っていました。

知っていましたか?

  西アフリカの国々は、コットンの国際価格が下落して輸出が難しくなり、
  ますます貧困に苦しんでいます。
  大きな原因はアメリカが自国のコットンに補助金をつけて輸出しているためです。
  国力のない途上国はどうやって競争できるのでしょうか。



ピープル・ツリーのホワイトバンドは、
バングラデシュのフェアトレード(公正貿易)プロジェクトで、
正当な対価を支払って作られたもの。
このバンドをしてフェアトレード支持の意志を示そう!



バングラデシュ 衣料品工場労働者に支援を!


2005年4月11日、バングラデシュ中部の町、パラシュパリで
9階建ての縫製工場「スペクトラム」が崩壊し、93名の死者、
36名の行方不明者、200名の怪我人が出ました。

この縫製工場では、日本にも進出しているスペインのブランドを始め、
先進国に輸出する衣料品を昼夜交替制で作っていました。
工場崩壊の原因は、ボイラーの爆発で、建物が湿地帯に無許可で建てられていたことや
構造不良が被害を広げたとも報道されています(2005年4月12日朝日新聞ほか)。

労働者の支援をしているバングラデシュ全国衣料産業労働組合(NGWF)は、
スペクトラム縫製工場労働者への補償金、賃金の支払いなどを求めて活動しています。

ピープル・ツリーのホワイドバンド300円のうち100円は、
NGWFへの寄付となります。


あなたのちょっとした想像力が、海の向こう側の状況を変えていきます。


 衣服を買うとき、
 タグに目をやってください。
 だれが作ったものか、
 想いを馳せてください。
 生産者の権利を守っている
 フェアトレードの製品を選んでください。


国際協力NGOグローバル・ヴィレッジはフェアトレードを推進しています。
詳しくは、www.globalvillage.or.jp


オーガニックコットンのスパッツ
オーガニックコットンのスパッツ posted by (C)りうりう

ホワイトバンドと一緒に、
オーガニックコットンのスパッツを買ってみました。



ペンみかん

今季、はじめてみかんを買いました。



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テーマ : ナチュラルライフ

タグ : ホワイトバンド ピープル・ツリー フェアトレード バングラデシュ 貧困をなくそう 脱貧困

[ 2005/10/04 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(23)

『 おやじの会 』 の意義やら意味やら考




★のん★きっずさんちへの ひろ子・Kさんのコメントに
お返事を書いてて、長くなってしまったので自分ちで書くことにしました。
                    (こればっかりやん>ぢぶん)


★のん★きっずさん へ ひろ子・Kさんからのコメント


 > おやじの会ってどうなんでしょう。

 > 確かに、お父さんが学校に関わることの大切さは判る。
 > でも、子どものことで父親が出てきて、
 > うまくいく例はあまり聞きません。
 > まあ、そこまで行く前にさんざんもめて、
 > 最後にお父さん登場!っていうの、もあるだろうけれど、
 > 何というか、お父さんの方が引くのが下手。(な人が多い)

 > PTAは勿論お父さんも入っているんだから、
 > どうして親父だけ別に集わなければならないのか。
 > PTAで一緒に活動するんではダメなんでしょうか。
 > どうもよくわからないのですが・・・。



うんうん! そうだよね!って頷いちゃう私もいるのですが、
一応、昨春、うちの中学で『 おやじの会 』を立ち上げちゃったその場に
居合わせたので、書いてみます。


ひろ子・Kさんの問いかけの特に後半部分について。


1つには、活動時間の違いが大きいかと思われます。


中学校PTAでは、会議も活動も殆どが夜なので、
参加可能なおとうさんは、多くいらっしゃると思いますが、
小学校PTAでは、活動が午前中とか午後の場合のことが多く、
兼業主婦のおかあさんも辛いし、おとうさんはもっと辛い状況。

現在のPTAは、一部の地域を除いて、
実質的には「おかあさんの組織」になってしまっていると思います。


結果、うちの中学でも、おとうさん役員さんは、借りてきた猫状態で、
会議などでは、ただ出席されてるだけ、のケース。

もしくは、「おとうさん理論」でとうとうとお話され、
時にはPTA活動の現状を批判し、その場を仕切りたがられるけれど、
これまでのPTA活動のなかみを全然ご存知ないために
机上の空論ばかりで、皆から浮き上がり、そっぽを向かれているケース。

この両極端なおとうさん役員しかいらっしゃらず、
これではとても「 一緒に活動して 」いるとは言えない状況です。


でも、ソフトボール大会などで、おとうさんたちがたくさん集まると、
おとうさんたちはとっても元気で、楽しくて、ヤル気満々。

おとうさん同士が同級生だったり、先輩だったり、知人の知人だったり。
おとうさんは知らなかったけれど、子どもたち同士が大親友であったり。

この盛り上がりをこの場だけのものにしておくのは、本当にもったいない。



おとうさんだって、本当は子育てに関わりたい。

おかあさんと子どもたちの会話のなかに加わりたい。


何もかもが不透明な「いまどき」だからこそ、
父親も子どもたちとかかわらねば! 今、学校とかかわらないでどーする!

そんなような危機感を覚えておられるおとうさん方は、たくさんいらっしゃる。


けれど、日常にその機会や場がない。

PTAがそうであれば、1番良いのでしょうが、
これまでのPTA、そして現在のPTAを観る限り、
PTA全体での余程の努力、改革がなければ、難しいことのように思えます。


   ◆  ◆  ◆


うちの小学校のおやじの会は、
小学校PTA会長が、名称にこだわって、『 おやじの会 』とせず、
『 7年1組 』と銘打って立ち上げました。

これは、「父親」の枠をとっぱらって、子どもたちの「上級生」で在りたい。
「上級生」として子どもたちに接し、一緒に遊び、学びたい
、という
会長の願いが根底にあったからでした。



中学校は、普通に『 おやじの会 』です。

立ち上げた目的は「 地域の子どもたちをフツーに叱れるおやじになろう 」

まだまだ「 はじめの一歩 」で、
「 まずはおやじ同士、仲良くなろうや 」な段階で、
こちらでも何度も書いて参りましたが、
PTAとのかかわり方や、学校とのかかわり方、
会員それぞれに想いがあり、未だにさまざまな火種は健在で頭の痛いままですが、
なんとか、潰さずに乗り越えて行きたい、と思っています。


   ◆  ◆  ◆


で、私が忘れてはならない、と思うのは、
なんの配慮もなく、PTAや学校関連で『 おやじの会 』と名乗った瞬間、
はじき飛ばされたように感じてしまわれるご家庭が在る、ということです。

私は、『 おやじの会 』の設立やその在り方については、
おとうさんがいないご家庭への配慮が不可欠である、と思っています。


んだから、うちの中学の 『 おやじの会 』は、
母子家庭の方々に配慮したうえで、誤解を恐れず、
【 だからこそ 】 『 おやじの会 』 の名称で 在りたい、と願っています。

我が子、のおやじだけではなく、子どもたちのおやじ、地域のおやじとして
子どもたちにかかわって欲しい、かかわろうという会で在りたい、と。


んでも、こうした想いは、黙ってては伝わりません。

うちの中学の『 おやじの会 』が掲げた理念が、
しっかり皆のこころに根付いていただけるまで、
活動の度に常に謳って行かないとならないと思っています。

母子家庭のおかあさんや、子どもたちは、
「おとうさん」という言の葉に、とても敏感でいらっしゃる場合が多く、
この理念が説明不足だと、話の前からソッポを向かれたり、
疎外感を覚えられたり、傷ついたりしてしまわれるので。



まずは、同じ学校で机を並べる子どもたちの おやじ として。

職業、地位、役職、関係ない。
ただ、お子たちのおやじとして、気軽に寄り合えて、語り合える場として
『 おやじの会 』という場が存在するなら、
それはとても意義も意味もあることのように、私には思えます。

そこから、どのようにも発展していける可能性を持つ、
まずはとっかかりであり、突破口のようにも感じられるのです。


ペン玉乗り




ジャンル : 学校・教育
テーマ : PTA

タグ : おやじの会 おやじの会立ち上げ おやじの会の意義 おやじ 父親 PTA

PTAバザーで役員が先に物品をゲットすることについて



かいちょーさんちで、ぐりぐりパンチさんの問い掛けを読みました。

他にも、同様の問題について書かれたブログを何度か読んだことがあるので、
うちの小学校、中学校の場合を書いてみたいと思います。


   ◆  ◆  ◆


PTAバザーにおいて、役員が先に品物をゲットすることについて、
私自身は、その役員さんの労力如何によるものであるし、
一般会員さんに先んじてゲットする価格が適正であるか否か、にもよるが、
一品ぐらいは、役員特権(←この言の葉は嫌い)として、
許される範疇ではないか、と感じている。

「いいなぁ」と思われる方々には、
是非、来年、この役員さんになっていただきたいと思う。

但し、「ズルいなぁ」という声が複数あがるようでは、
バザーの在り方そのものに、見直しをかけるべき、であるように思う。


以下は、何故私が、役員特権(「特権」という言の葉は、やっぱり嫌だなぁ)で、
この行為を認めたいか、を述べる。


  ◆  ◆  ◆


うちの小学校PTAのバザーは「厚生部」の仕事になっており、
「地域委員」と「厚生部員」が、小学校区全世帯を対象に
バザーの供出品を集めて回る。

その労力は大変なもので、
あらかじめ、学校長・PTA会長・厚生部長の連名文書が出されているとはいえ、
殊にお子さんのいらっしゃらない世帯を回るのは、時に苦痛を伴う。

 「 物乞いみたいで嫌 」
 「 何しに来た、と言われる 」

売れ残こることを懸念し、年々供出物に制限をつけるため、
玄関先まで、わざわざ出して来て貰ったものに、
「NO」と言わねばならないことにも、批判が出た。


時代は、学校の制服ですら、「古着」は敬遠されるようになり、
内祝等の商品券化や冠婚葬祭の引き出物がカタログ化し、
また、頻繁に行われるガレージセールや
ネットで日常的に行われるオークション、
週何日かのペースで農作物の朝市が立ち、
学校PTAへ供出する品物自体が、ぐっと少なくなって来ている。


PTA側は、それでも各家庭がバザーの為に物品をキープし、
(気持ちよく)供出していただくことに、まずは感謝のこころを忘れてはならない。

バザーなんだから、皆が協力して、物品出すのが当たり前でしょ?
みたいな考えが少しでもあると、何かと波風が立ちやすい。

うちの小学校では、バザーそのものへの見直しの声があがり、
まずは、小学校区内全世帯を回る、ということから、
小学生の在籍している世帯中心に、という形になった。


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中学校PTAでも、やはり厚生部の仕事であり、
厚生部員と地区理事が、中学生の在籍している世帯のみを集めて回る。

が、小学校区毎の名簿はあっても、そのなかの小さな地区毎の名簿はないため
毎年、どこをどうまわっていいか判らない、などと役員から苦情が出る。

そういったことは、地区理事が、毎年引き継ぎをしていけば、
充分にクリアできることであるのに、できない地区は徹底してできないようである。

今春、地区理事選出で、大々的に揉め
結果、大幅に地区割の見直し を図ったため、
実は、今年のバザーの成り行きを固唾をのんで見守っている状態である。


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で、小中学校PTAとも、バザー前日には、
山のように集まった供出品に、値付けの作業をしていく大仕事がある。

一番人気の洗剤、石鹸、タオル類は、若干高めに。

どう見ても、売れそうにないものは、よく売れるものと抱き合わせにし、
綺麗にラッピングを施して、目玉商品とする。

最後に、皆で ぐるりとチェックをし、品物の配置、値段の修正をかけていく。

50円、場合によっては10円でも、高く売れそうなものは、
皆のイメージ、意見で、上げていく。

この作業は、品数が多いせいもあるが、
20数名が午後7時から集まって始め、夜半まで掛かる。


そして、最後に、PTA会長が一声、

 「 私の責任で、皆さん、一品限り、
   どれでも購入していただいていいですよ。
   明日はどうぞよろしくお願い致します 」 と言う。

もう恒例になっているとはいえ、皆、歓声をあげて、嬉しそうに一品を選ぶ。
なかには、欲しいものがバッティングし、皆の前でジャンケンで盛り上がって
ゲットしたひとが、嬉しそうに「 申し訳ないから 」と
100円上乗せしてお金を払われ、皆の拍手を浴びることも在る。

部長さんなどは、それでも遠慮して、購入されない場合が多い。
 ( 私などは、その姿に感動してしまい、残って最後の打ち合わせをするときに、
   自腹で(笑) 自動販売機の缶珈琲などをプレゼントしちゃうのであるが )


   ◆  ◆  ◆


私が何故、役員特権(「 特権 」という言の葉は、やっぱり嫌だなぁ)で、
この行為を認めたいか。

中学校のバザーは、文化祭のお昼休みを使って行われる。
役員さんは、時間帯によっては、我が子の舞台発表を観るのも我慢して、
バザーの手伝い(売り子さん、レジさん、梱包さん)をされる。

自分たちが買い物をする時間は全くなく、汗だくになり、
お客さん整理をし、理不尽な値引き交渉やクレームに頭を下げ、
最後に、誰も要らない、売れ残ったものを
「 学校に残しても、場所塞ぎになるだけだから 」と引き取って下さったり。

そんなご苦労に、やっぱり報いたい、と思うから、である。

バザーの品集めから、値付け、売上清算、最後の後片付け、
昨年は、雑巾を縫って3枚1組でも売り出して貰ったため、
その作業を入れれば2ヶ月近くを費やしていただくこの行事。

たった一品でも、思うものをゲットできることで、
「 報われちゃったかも… 」 みたいな気持ちになっていただけるなら、
執行部として、三役が頭を下げることなんて お安い御用だと思う。


ただ、踏まえたいのは、
それは、「 当たり前のことではない 」 ということ。

バザー担当役員なんだから、先にゲットできて当たり前でしょ?な態度では、
一般会員さんから 反感を買っても仕方がないかなぁ、と思うし、
極力、一般会員さん と 役員さん の 溝やら 意識の違いやら、
温度差やらを無くしたい、と ずっとずっと願って来た私としては、
こんな  セコい  ことで、溝を生じたり、深めたり したくない。

この忙しい時代、「 役員 」 をお引き受け下さる方々の顔触れは
どうしても決まって来てしまう、、、例え、全員が1度は役員にならないとならない、
そんなルールにしても、部長さんなど 大役をお引き受け下さる方々は、
結局、【 いつものメンバー 】 になってしまい、
それが、あたかも 【 役員特権を振りかざすひとたち 】 っぽく、
一般会員さんに見えてしまうことを 肌で感じているから。

 
うちの中学PTAで、
あくまで、最後の最後に、会長が「 私の責任で 」と申し出るのは、
役員特権なんかぢゃない! と 内外に公言し、釘を刺す、、
そういった意味合いがある。

役員さんには、 万一、一般会員さんに批判されたとき、
 「 ごめんね、でも、会長さんが一品だけ特別に許して下さったの 」
みたく、エクスキューズしていただき、新たな溝が生じないようにして貰えたら、、と。


あくまで、頑張って下さった役員さんへ。
ここまでしても、明日は何も買えない、という役員さんへ。

会長一存での「 役員慰労 ( 特権 )」 のような気持ちである、
( んだから、万一、一般会員から苦情があがれば  会長が謝罪する  )
というところは譲りたくないなぁ、、と
思ってきた( 賛同してきた )小中学校7年間だった。


押さえて置きたいのは、

 ● 皆で決めた適正と思われる値段でゲット。
 ● 当日は、全て終了して売れ残ったものしかゲットできない。
 ● 一品限り。
 ● その日に、会長が「OK」を出したことで認められる。
    (一応、恒例のようにはなっているが、慣例ではない)
 ● 役員は、これを「当然とは思っていない」。


で、今年のバザーは、新会長、新副会長のもと、どうなっていくのだらう?? 




ペンサンタ緑



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[ 2005/10/02 22:32 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(19)

母のレシピ の 栗渋皮煮




結婚時に、母からA5版の黒のルーズリーフ手帳を贈られた。


その手帳には、母のお手製でインデックスがつけられ、
母の手書きの覚書が並んでいた。


仕事一途で、非婚主義。
仕事上、プラスになると感じ、茶道と華道は少し学んだが、
いわゆる花嫁修業など、ひとつもしなかった私。


母はせめて、私の休みの日に、
女性として、少しでもきちんとしたものを伝えようと、
茶道、華道はもとより、料理や洋裁、和裁等々を教えようとしてくれた。


だが、私は休みの日も殆ど仕事関係で出掛けていたし、
たまに家に在れば惰眠を貪るばかりで、
休日に家に在って、母を手伝ったり、料理を共に作ったり、など、
全くしない「いまどきの」困った不届きな奴であったため、
母としては不本意で、不出来な娘であり、
家から出すにあたって、多分に不安で、責任を感じていたのだと思う。



このノートには、例えば、和服のページがある。
 私の和服の種類、寸法、小物類。
 それぞれの手入れのための一口メモ。

例えば、寝具(母はてづくりの布団を持たせてくれた)について。
 布団の種類、枚数、それぞれの寸法。 シーツの種類、枚数、寸法など。


なかでも大活躍したのは、母のお得意レシピだった。
家で手伝うこともなく、料理ひとつ作らなかった私に、
せめて、母は自慢の料理や私が大好きだった料理を伝えたかったのだと思う。


このノートを受け取ったとき、涙した。
少しでも母の想いを受け継ごう、見習おう、と思った。


以来、このノートは常に私の傍らにあり、
種々の私の覚書が増えていきつつある。


   ◆  ◆  ◆


そのなかの 【 栗の渋皮煮 】。 

手間も時間も掛かるが、絶品である。
今年は、日曜夜から月曜にかけてつくった。

皆さんも如何ですか☆


● 栗…鬼皮をとったもの  1kg (しばらく水につけておくと簡単に剥ける)

●【A】重曹(タンサン)  小2             ×3~4
    水(湯)      4カップ (栗が隠れるくらい)×3~4

●【B】水         3カップ
    砂糖        500g (私は、きび砂糖400g)
    塩         小4分の1

●ブランデー        4分の1カップ


 1) 【A】に栗を入れて、水から煮たてる。

 2) 煮立ったら、トロ火で5分間そのまま煮る。

 3) 2 の湯を捨て、別の温湯で栗を丁寧に洗う。

 4) 2 ~ 3 を3~4回繰り返す。
          (今度はお湯から。 その都度、タンサン小2が必要)

 5) 【B】を別鍋に煮立てて、シロップを作る。

 6) 栗を 5 に入れ、トロ火で1時間煮る。

 7) 6 を自然に1時間冷まし、シロップを栗に含ませるようにする。

 8) 栗とシロップを分けて、シロップのみを煮詰める。

 9) 栗を入れて、小さな火で煮含め、最後にブランデーを入れる。




栗の渋皮煮
栗の渋皮煮 posted by (C)りうりう

** 画像は 06/10/09  のもの。
FC2へのお引っ越しで挿入してみました。 



手間隙が掛かりますが、失敗は少なく、自慢の一品になりますです。 はーと

冷凍保存可能です。

鬼皮がはじけると煮崩れますので、お気をつけください。

私はきび砂糖や黒砂糖を使うので、煮詰めたシロップは黒光りがしています。
シロップを充分からめて冷やし、
大ぶりで形のよいものを一個一個、
お弁当用のアルミケースに入れると とっても 豪華。 
お客さまのお茶うけにもお出しできますし、
ラッピングすれば、和風のマロングラッセのようで、個々にプレゼントできるです☆




ペンイェーィ♪

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※ 今週の読了本メモ 

『DEATH NOTE』8 大場つぐみ・小畑健/集英社ジャンプコミックス
『遠日奇談』、『蔦蔓奇談』、『童子切奇談』、『雨衣奇談』、『嶋子奇談』、『貘夢奇談』
椹野道流/講談社X文庫



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タグ : 栗の渋皮煮 レシピ 母のレシピ 渋皮煮

[ 2005/10/01 22:44 ] レシピ☆ | TB(0) | CM(24)


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