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今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。
月別アーカイブ  [ 2005年09月 ] 

私が町立小中学校を選択したのは。





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          あ~さんままさんの日記 にトラックバックさせていただきます。




我が家が裕福でなかったせいもあるが、以前より

「 少年たちは、私のポリシーで公立を選んだ 」と書いて来た。

何故、ことさらにそう書いて来たか。



私立を勧める義父母、親類縁者の反対を押し切ってそう選んだから、である。



上の少年が中学に上がるとき、この地の中学はとても荒れていた。


校則で禁止されている染髪、脱色、ピアス、パーマ。
さぼり、喫煙、飲酒、万引き。

合唱祭や運動会では、クラスの4分の1程度がサボって参加しない。

学校の荒れ具合に関して、毎月のように怪文書が飛び交い、
町議会では、政党間の争いへと発展し、肝心の子どもたちは置き去りにされた。


上の少年が6年生のとき、
町立中へ進むことを嫌がる保護者が続出し、
中学受験のための塾へ通う子は4分の3を超した。
その他の塾を含め、通っていない子は、うちの少年と後2人だけ。


上の少年は、真面目で地味な少年だった。
読書が好きで、いまどき流行らないコツコツ勉強型。


 「 絶対苛められる。 潰される。 心が壊れたらどうするんか。

   せっかく賢い子なのに、勉強もできんようになる。

   なにを置いても子どもを守り、
   子どもの才能を最大限伸ばしてやるのが親としての務めじゃろうが! 」


激怒する義母に、私は譲らなかった。


 「 もし、苛められたら、私はこの子と共にどこまでも闘う。

   この地をふるさととしたのに、
   この地の中学校に学ばなくてどうするのか。

   この地で友だちをたくさんつくらなくてどうするのか。

   この地の中学校を誇りに思えないこの状況はおかしい 」


夫のみが私を支持。(蔭からは私の母も孫を心配しつつ応援)
後の皆から匙を投げられた形で、この中学校に入学した。


きっと上の少年は苛められる。
そんなような哀しい予感はしており、内心、悲壮な覚悟をしていた。


結果は、案ずるより、、で、
上の少年の学年は、落ち着いた子たちが多く、
クラブ活動にも熱心で、いろんな意味で「よい学年」だった。

当時のPTA会長が熱心な人物で、(当時の私は小学校のPTA執行部)
学校行事に積極的にPTAが参加し、関わって行った。
1番荒れていた学年が卒業して行ったこともあって、
次第に、中学校全体が落ち着いていき、
私は感謝とともに、胸を撫で下ろしたのである。


この地に転居し、その殆どをイエスマンに徹してきた私が、
何故、義母を激怒させてまで譲らず、そこまで町立中学校にこだわったか。
義母への言の葉が全てである。
(このために、それまでイエスマンに徹してきた、と言っていい)


真に何かで伸びる力を持っていれば、
いつか何処かで必ず、伸びて行ってくれる。


私の少年たちには、公立小中学校で、
彼らが現実社会で自立していく前段階として、
プチ社会でのルールを肌身で学んで欲しかった。


ひとりひとりの子どもたちが、それぞれに来たるべき自立の時期に向け、
毎日毎日幼い自我をぶつけあって、
してはいけないこと、言ってはいけないことを体当たりで学ぶ。


いろんな職業をもつおとうさん、おかあさんが在り、
いろんな考え、いろんな生き方が在る。

自分がいわゆる「五体満足」であるということを識ること。
それは、たまたま今そうであるのであり、
たまたまそうではなかったお子が在る、ということを識り、
机を同じくし、自分にできること、考えなくてはいけないことを識ること。

どうあったら、皆にやさしい社会であるか、頭ではなく肌身で感じること。

様々な考え、行動は、互いに等しく尊重されるべきものであることを識り、
集団に在っては、自分のしたい放題のことを勝手にする訳には行かず、
自由には必ず責任、というものが伴ってくる、ということを学ぶこと。

目標に向かって、得手不得手を持つもの皆で協力して
達成していく、ということを学び、喜びを識ること。

先生や友人の助けを借りて、たくさんのことを発見し、たくさんの喜びを識り、
現実社会でしっかりと自分の足で立っていけるよう、
みんなのなかで、健康に、すくすくと育って欲しい、と願っていたから。


私は、そうでなくても幼い彼らに、
「最初から選別され」「同じような経済環境の」
「同じような理念での教育を目指す」「同じような知的好奇心レベルの」
狭い狭い環境で育って欲しくなかった。

そんなものは現実社会でもなんでもない。

その状態を「フツー」と思い込んで育ったら、
私の少年の「他者の存在様式への想像力」は、どうやって培われるだろう。

読書好きの少年ならば、書物や資料でこころ寄せることが出来るかも知れない。
しかしそれは、机上の、幼い空想の産物でしかないのではないか。
圧倒的な現実の前では、儚く消え去って行ってしまうものだ。

私の少年たちの生きて行く、自立していく力には絶対になり得ない。

異なる環境、異なる考え方をするひとへ寄せるこころを持てず、
異端視することで安心し、
そのくせ、打たれ弱く免疫力のない、
ひ弱くも倣岸不遜な怪物を育ててしまう、と、私 は 感じていたから。



荒れている、という前評判の中学校で、
うちの少年たちは、いろんな生徒と先生と出逢い、
それなりに揉まれ、それなりに学び、
それなりに逞しく(下の少年については「?」)乗り越え、
それを持って高校へと歩を進めてくれた、と思っている。


何より、中学PTAで、私が1番揉まれ(笑)、
私が1番学ばせて貰ったのかも知れないけれど。


ペンこけ




※ 今週の読了本メモ 

   『行きつ戻りつ』 乃南アサ/新潮文庫
   『誤殺』 リンダ・フェアスタイン/早川書房
   『絶叫』 リンダ・フェアスタイン/早川書房




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