今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。
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キャッシュカード物語





話せば長い話で、ややこしく、誠に私のおバカな話でしかないのだが、
またもや、地元の郵便局さんに助けられ、
大変大変感謝しているので、ここに おバカを曝す。



上の少年の引越しで、家族が京都に在った日に、
京都の郵便局さんが訪問され、転居届を出すことを勧められる。
局の窓口まで行かなくて済んだことを感謝し、その場で転居届を出す。


少年の奨学金の振込は、郵便局は不可で少年名義の銀行口座が必要だった。


余り複数の口座を開きたくなかったのと、
新規口座開設の時間もなかったため、深く考えることもなく、
少年が誕生の折に開設していた地銀の口座で手続きをした。


7月中旬、めでたく3ヵ月分の奨学金が振り込まれたが、
この口座へは、少年の定期預金をして来ていたため、
ATMでやり取りをしていなかった。 → 暗証番号の記憶がない!


この地銀は、ATMなら京都でもおろせるところがあるが、
窓口でおろすのなら、大阪支店まで赴かねばならない。


大阪までそのために出向くのは不合理なので、
夏休みの帰省中に、地銀の口座開設店にて、暗証番号の変更を行うことにする。


少年帰省。
自宅に到着直後時に、大学からメールが入る。
内容は、奨学金が振り込まれたかどうかの確認をするから、
すぐに通帳をもって、学生課に来るように、とのこと。


慌てふためき、
「帰省したばかりなので、1週間後ではいけないか」と電話をする。

大学側は、
「それなら仕方ないが、奨学金が振り込まれ、おろした確認をしたいので、
 すぐにそのページをFAXしろ」とのこと。

ペン凍


「振込確認がまだできていない」 と おそるおそる少年が言うと

 「 本当に奨学金を必要としているのか!
    奨学金がなくても生活できるのなら、資格を取り消す! 」


との強いお叱り。
ペン慌


少年は、あたふたと私の前で、
 「 保護者のミス でおろせない状況になったため、急遽、広島に戻った。
  帰宅するのも友人の青春18切符の余りを貰い 、鈍行で帰った」

そこまで言わんでも、という聞くも涙、語るも涙の話を切々と学生課に訴え、
1週間後に証拠の通帳を持って大学に出頭することを約束し、許して貰った。

ペン哀


少年は、すぐに広島の地銀当該店へ赴き、まず窓口で奨学金をおろしてから、
暗証番号は本人でも教えて貰えないため、
キャッシュカードの再発行をして貰い、暗証番号の変更手続きを取る。


キャッシュカードは、後日、郵送で届くが、
通帳名義以外の住所には、届けて貰えない。


通帳名義は自宅住所となっており、
少年は、不在がちな京都より広島の方が確実だ思い、
そのまま広島の住所で手続きをする。


自宅にキャッシュカードが届いて、私が受け取り次第、
私の方から少年へ転送する申し合わせをして、
少年は、「奨学金を窓口でおろした証拠」の通帳を持って京都へ戻った。

   ◆ ◆ ◆

それから3週間経過してもキャッシュカードが届かない。

余りに遅いので、私から地銀に電話で問い合わせる。


通常、10日から2週間で発行されるため、既に届いているはずだ、
と答える窓口に頼み込んで、調べていただく。

したらば、キャッシュカードは書留で郵送されるが、
大事なものであるため、万一「転送」という事態になったら、
銀行差し戻し、銀行にて廃棄処分されるされるシステムとなっていた。


少年宛のキャッシュカードは、確かにこの地の郵便局まで来ていたが、
自宅へ配達される段階で【転居届】が出ていたため、京都転送となり、
転送が掛かったために、システム的に、銀行へ送り返されてしまい廃棄されていた!!

ペン乱



キャッシュカードがなければ、
少年は奨学金が振り込まれる度に、大阪まで行かねばならなくなる。
それを避けるには、もう1度、キャッシュカードを再発行して貰わねばならない。


しかし、再発行をかけるためには、代理人は通用せず、
口座名義の【本人】が口座を開いた銀行の窓口に赴かねばならない。orz....


たまたま、高校の体育祭の応援で帰省する予定があって助かったのだが、
再度手続きをしても、キャッシュカードは郵送されて来る。


郵便局で【転送】が掛かった時点で、廃棄処分となるのを避けるため、
郵便局へ再度【転居届】を出し、少年宛の郵便物は、自宅に届くようにした。



という、一連のドタバタを経て、先週の金曜日、
ようやく銀行から、めでたく少年宛の新キャッシュカードが届く。


やれやれ、と胸を撫で下ろし、
義母から少年へ送れ、と言われていたサツマイモと、冬物衣服を2着。

ついでに、こまごまとした食料品を一緒に詰めて、
書留【 ゆうパック 】で送り、
全て終わった!!と、私は、万歳三唱したいくらいの気持ちであった。

ペン踊



ところが、3日後、少年から「届かない」とメールが来る。

ヤマトさんなら、京都であれば、夕方発送の翌朝着は楽々。

3日経っても届かないって、どゆこと!?と
ネットで、ゆうパック番号を入力して、検索してみた。


…少年の荷物+大事なキャッシュカードは、無事京都に届いていた。

しかし、2度目の【転居届】が出ていたために、
再び、広島へ差し戻されていたのであった。


がびぃぃぃん。。。。。。。。。。。。。。。    ペン死 、、、穴があったら、入りたい。

全く同様の逆バージョンな失敗を、私はしてしまったのである。
失敗に全然、学んでいない。。。


   ◆ ◆ ◆


つい先ほど、郵便局の方が、見覚えあるゆうパックを持って来られた。

恐縮し切った私が、受け取りの印鑑を出すと、


 「 局長と話して来たのですが、

   りうりうさん、京都住所のものは、京都住所へ。
   広島住所のものは、広島住所へ来るように手続きをここでされませんか?

   そうしたら、このゆうパックは、このまま、また京都へお送りしますよ? 」


ペン哀

う・れ・し・す・ぎ



少年の大事なゆうパックは、再び京都への旅に出て行ったのであった。


万歳三唱で華々しく送り出されたゆうパックは、使命果たせず舞い戻り、
「2度と戻って来るな」と、再び蹴り出されたに等しい。



教訓1)少年名義のものは、もう全て京都に切り替える。
    そこが彼の本拠地になるかも知れないのだから。

教訓2)少年名義の銀行口座も、新たに京都の銀行でつくるべき。
    (奨学金の振込が郵便局ではダメ、というシステムに腹を立てない)

教訓3)約束した日時に、荷物が届かない、とすぐに苦情を申し立ててはならない。

教訓4)郵便局さん、有難う。 暫く足を向けては眠れない。



ペン謝





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[ 2005/09/30 17:38 ] 徒然草 | TB(0) | CM(24)

天空米




ジブリのなかでは、『 天空の城 ラピュタ 』が1番好きだったりする私。



TVから流れてきた『 天空米 』 という言の葉に、思わず釘漬け。


魚沼産コシヒカリの本場、新潟県塩沢町の石打丸山スキー場で、
昨年からスタートした 高速リフトを使った稲の天日干しのことであった。


良く晴れた日中に、稲をかけた搬器を格納倉庫から出し、
リフトの座席にかけて、リフトを動かす。


片道800m。 標高差200m。 秒速 1m。


リフトに掛けられた稲が、天空でくるくる回ることによって、
太陽の光と乾いた空気がムラなくあたり、程よく乾いて行く由。

1日リフトを動かして、夕刻に日が落ちると また格納倉庫にしまう。
雨天は休み。 5日間で完成。
夜露にも雨にもぬれることなく、
最高条件で稲の天日干しができる、というもの。


オフシーズンの施設を使った、
話題性も抜群の良いアイデアだと思ったが、
この毎朝夕の手間隙と、リフト運転の費用。

そうでなくても 魚沼産のコシヒカリ。
めちゃくちゃ高いのではないだろうか?


ググってみると、『 天空米 』と銘打たれ、ネットで予約販売を受け付けていた。
1kg 2500円 である!  どひゃ~~!! @@


んでも、これだけTVでも取り上げられるほどの話題だと、
すぐに完売してしまうのだろう。


アイデアだけで、こんな風にすぐに実行はできないだろうと、
ニュースを観た後、ググってあちらこちらを覗くと、
どうも、このリフトを所有する「 日本リフトサービス 」に務める
兼業農家の社員4名が栽培した約40俵(2.4トン)稲でつくったらしい。


付加価値で、引っ張りだことなって売れていく時代に、
所得格差データが頭をちらちらしつつも、
こうしたアイデアで、第一次産業に光があたり、
元気になっていく空気は、好ましい、とも思う。


「 顔の見える 」農作物は、
「 安全 」と「 確かさ 」で 売れている。


それは、【 責任の所在が明らか 】であるから。


消費者側の私たちみんなも、「 顔が見えていたい 」と思ったりした。



驚

  お米 1kg 2500円!


    私にも、次々アイデアの湧き出てくる頭が欲しいぞっ!!



ジャンル : グルメ
テーマ : こんなのがあったなんて!!

タグ : 天空米 魚沼産コシヒカリ 天日干し アイデア

[ 2005/09/29 20:58 ] 観ました^^*☆ | TB(0) | CM(20)

続・悩ましいアスベスト





先日、『 悩ましいアスベスト 』 で書いたばかりだが、

本日のTVニュースで、
広島市の小学校の給食室の給食鍋にアスベストが使われていたことが報道された。

鍋の内側と外側の間に断熱材として使用されていた由にて、

9つの小学校の34基に発見され、

1校を除く、8つの小学校で、鍋の交換終了まで給食のおかずを中止。

その間、パンやごはんと牛乳のみを学校で支給し、
児童は自宅からおかずを持参することになった。

午前中のTVニュースでは、市教委談として、


 「 鍋は剥き出しではないため、飛散している可能性は低い 」

 「 空気中にアスベストが飛散しているかどうかを調査し、

   今後、児童や教師の健康に問題がないかどうかを調査する 」と言う。


しかし午後のTVニュースでは、専門家が乗り出して、調査しており、


アスベストが剥き出しになっている鍋もあった

鍋の構造上、排気口があり、そこからからアスベストが噴出している可能性がある。

その際、1番危険なのは、調理員であり、肺に付着している可能性がある

子どもたちや教員が、直接口にする可能性はあまりない。 とのことだった。



市教委のコメントのなかに、
何故、調理員に予測される危険性への言及がなかったかは不明だが、

夕刻のTVニュースでは、
東広島市、竹原市、三原市、庄原市で、同様の報告が9件出たとのこと。
広島市の状況を見て、慌てて調査したのか、
慌てて、データを表に出したのか。


建物全体と違って、比較的すぐ対処しやすいこれらのことが、
何故、今まで放置されてきたか。

給食室は、毎日、1番高熱で作業される場所である。
自校式がそれだけ少なくなっている、ということだろうか?

見落としされがちな場所、とはとても思えない。
後回しになった、ということだろうか??

それとも、広島県や市の調査、対応が
全国に比して著しく出遅れているのだろうか。



広報で給食を取り上げるなら、是非、給食室も取材して、
お鍋や釜も覗いて、質問しておきたい。(叩き出されちゃう?)

学校で、給食員さんが
アスベスト被害に苦しまれるようになっては嫌だ!

ペンフライパン




[ 2005/09/28 18:59 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(14)

続・海外ホームステイの修学旅行(訂正・追記あり)





以前、『 海外ホームステイの修学旅行 』 について日記を書いたが、

一昨夜、究極の?『海外ホームステイの修学旅行』をTVで観た。


ご覧になられた方がいらっしゃるだろうか。

朝日放送系列の『 素敵な宇宙船地球号 』で放映された、
広島工業大学附属広島高校の修学旅行(研修旅行)である。


広島工業大学そのものが、まだ設立50周年を迎えていない。

その附属校として、30数年前に、
進学校として、中高一貫の附属学校(男子校)が設立され、
9年前に男女共学校となった。
今春は、卒業生220名中、半数の110名が国公立大学へ進学している。


「自分たちの教育は、自前のプログラムで」という
進学校としては、ユニークな基本姿勢を持つ中高一貫校で、
中学では「人間」「読書」「創造国際」という教科、
高校では、「人間」「国際」「自然」などの教科がある。

私の高校時の友人は、ここの高校国語の教諭で、
いつもとても楽しそうにしている。



また、ここの中学校は、毎年うちの会社に企業研究、体験学習に来る。

すっかり社会科の先生と親しくなり、いろいろと話は聞いていた。
この度、修学旅行にTV取材が入ったから、と連絡を受け、
夫ともども楽しみにしていたのである。



この高校には、修学旅行(研修旅行)が複数コースあり、
生徒がそれぞれに、自分のテーマを選び、積極的に参加しているとの由。


TVで取り上げられたのは、このなかの

マレーシア・ボルネオ島 サラワク州 への旅


この高校は、7年前から、このコースをつくった。


テーマは【 生きる力を育てる 】。


長い間、自然と均衡を保ち、共生してきた現地のひとびと(先住民)の住む、
伝統的な住居(ロングハウス)で、ともに1週間を過ごすのである。


3年前にやっと電気が通ったという、
世界ウルルン滞在記そのもののような研修旅行。


このコースを選び、許されるためには、
学内で、事前学習をみっちりやり、さまざまな試験を受け、
本当にヤル気のある生徒たちだけが許される。

今回は17名の生徒が行けることになった。


10時間の渡航時間。 現地までは道路もないため、船で行く。



やっと到着した木製の桟橋のような場所で、
土地のひとたちによる歓迎の儀式が行われる。

この儀式を終えないと、村には入れない。

儀式とは、土地の人々にとって、大事な財産である豚を殺して、
客人を歓迎するのだが、殺す役目は、客人がしなくてはならず、
高校生たちは、震える手で、豚に槍を刺す。

この豚は、その夜の歓迎の食事に使われるのである。


覚悟して来たものの、高校生たちの手足は震え、
女子生徒を中心に泣き声がもれる。


こうして、土地のひとたちに受け入れられた彼らは、
2週間、土地のひとたちと寝食を共にし、日常生活をも共に行動していく。
鶏をしめて、食事にするための下ごしらえも共にする。
トイレは川。 シャワー代わりの川。 ゴミを捨てるのも川。


大自然にも学びつつ、世界太古の森と言われる森が、
主に日本の合板となって、輸出されるために、
木々がどんどん伐採されて丸坊主になっていく様子を目にし、


その工場へ働きに行き、都会へ出て行く土地の若者も出始め、
ここ数年で、この地でも通貨が流通するようになった。

伝統的な智恵より、現金そのものが重んじられ、
「現金」がないと生活できなくなっていくことを嘆く、長老の話を聞き、

農薬を使うようになって、たんぱく源である、カエルや魚が
半分、3分の1しか取れなくなっている。

自然に還らないポリ袋やペットボトルが、
無造作に、ゴミとして川に投げ捨てられていくのを目にし、

数年後は、大きな道路が通るようになって暮らしやすくなる、との
村民の喜びの声を聞き。


大きなショックを受ける高校生たちは、
「違う」、「このままではダメだ」と思う。

しかし、自分たちが、
如何に便利で安楽な日常生活を送っているかを肌身で感じ、

これから、大自然の恵みを捨て、
そうなって行こうとしているひとびとに掛けられる言の葉は、、ない。


考え込みながら1週間を過ごし、すっかり仲良くなった土地の人々に、
抱きついて大声で泣きながら、別れを告げる高校生たち。



「 事前学習で机上に学んだことを、体験し、実践し、
  はじめて、自分のものになった気がする 」 と語った少年がいた。


いのち を 生身で感じ、自らの生きる力に変えていく。



環境・自然・他文化を識り、いのちを識る。

まさに凄い総合学習の仕上げ、となる研修旅行だと感じた。


帰国後の彼らのレポートは、どのようにまとめられていくだろう。

これからの彼らの進路、行く末、に思いを馳せる。

たった30分足らずの番組だったが、とても心に残った。



※ 語りは、室井滋さんだった。
最初、弥々さんの声かと、思ってしまった。


ペン飛込



追記) この旅行のもうひとつの目的は、植樹だった。

    日本へ合板を送るため、丸坊主になっていく世界太古の森。
    そこへマングローブの苗木を200本、生徒たちの手で植えた。

    朝日放送HP内での紹介ページ
    【 http://www.tv-asahi.co.jp/earth/midokoro/2005/20050925/index.html 】

    広島高校の社会科の先生が、昨年、本を出されました。
    『生きる力を育てる修学旅行 ~いのちの森サラワクで学ぶ~』
           野中春樹 著/コモンズ/ISBN 4-906640-78-8





続・彼岸花




 『 今死なば 炎の中ならむ 曼珠沙華 』。。。新井千佐代氏




一日で、皆さまのお蔭で、彼岸花・豆博士(笑)になったような気持ちです。



あそびすとさんからの情緒があふれていらっしゃるコメントのなかでの、

 > 日本にある彼岸花はすべて雌株で(逆だったかな?)
 > 結実して子孫を増やすことが出来ない。株分けでだけ増えていくのだそうです。
 > だから、日本に「自生する彼岸花」はない。
 > 人の手の入ったことが無いところに彼岸花は咲かない。
 > 人の手だけが(恣意的に)彼岸花の分布を広げたのだと聞いたことがあります。



私は、少し違ったことも聴いた覚えがあったので、ググってみました。



『 園芸相談掲示板 』というところの過去ログに辿り着き、

そこで、【球根が夜な夜な歩いているとしか思えない】 という
気になるフレーズを見つけました。



んで、↑ これは過去ログですが、
ここからまさに今、語り合われている『 園芸相談掲示板 』に辿り着きました。


テーマは 【曼珠沙華はどのようにして増やすのか?】 。


ここで、たちつ さんとおっしゃる御方が書き込まれていた文章が
とても素敵だったので、勝手に引用させていただきます。(改行・太字 りうりう)


 > 通常は、球根が分かれて、繁殖します。
 > 種が付きそうですが、成熟しません(染色体不完全・種が取れないものが殆ど。)
 > 単体一個一個バラバラに植え込むより、穴を25cmの深さに大きく掘って、
 > 纏めて投げ込んでおいたほうが良い。穴の上下や周りの土は柔らかく解して、
 > 腐葉土を4割り程混ぜて、柔らかく・保湿を保てば、花も大きい。

 > 植木鉢でも、良いですが、浅い狭いので、花が小さい。
 > 栽培の状況にも拠りますが、球根一個に一茎の花が咲くというより、
 > 大体2-3割り程しか咲かない。
 > だから、里に集まって、沢山咲いているのは、
 > その4-5倍の球根が埋まっていると云う事です。

 > ヒガンバナは環境が悪いと、歩いてどこかへ引越ししていきます。

 > 実際には、浅ければ深く潜り、深ければ、浅く這い登ってきます。
 > 地表に現れて、転がったり、雨水で流されたり、
 > 風で飛ばされたり、して旅に出ます。
 > その為には硬い土より、柔らかい肥沃(有機質の多いフカフカの土)が適しています。

 > 実際掘ってみれば、全体的に土は柔らかい。硬いところには生えていない。
 > 土地の真ん中には少なく、夜逃げしやすいように、隅っこに多い。
 > どうやって登るのか判りませんが、斜面でも下より、上の方に多い。 (・・?

 > 登山靴でも履いているのかもね。 気が弱いから、集まって住んでいる。
 > 横断歩道 みんなで渡れば怖くない の性質。
 > 毒をもって、自衛しているので、病害虫は少ない。
 > 本当に、目立ちたがり屋で派手な癖に、気が弱い。(^_^;) 
 > 花は葉を見ず、葉は花を知らず と変わっている。変人。

 > でも、お嫁さんの簪のように、綺麗な花です。私も赤白黄色と沢山植えています。


あ~。 すっかり心が和んでしまいました。

園芸に親しまれている皆さんが、ほんとに楽しそうに語り合われていて、
とてもほのぼのしたひとときを過ごさせていただきました。

ご興味を持たれた御方は、是非。



んで、過去ログを読んでみると、
基本的に、彼岸花は人為的に移植されるけれども、
どうも、球根が、上下に移動する特技を持っているらしい、
結論づけられていました。


地表に捨てられた球根が、自分の下に翌年の新球を作る。
地下深く埋められた球根は、葉を地表に出せないほど深くても、
自分のかなり上に翌年の新球を作る。
これを繰り返して、やがて地上に繁茂する、と。


んで、掲示板の最後から2番目に書かれた方が、
彼岸花は、特別な目的で使われた一方で嫌われたことと、
「しぶとい」というのが、広範囲に存在する大きな理由であろう、と。


引っこ抜いて捨てたつもりが蘇ったり、
造成で地中深く埋もれたのが蘇ったり、
大雨による増水で土手が崩れて流れて定着した、とか。

 > きれいだけどちょっと不気味。
 > やはり夜な夜な歩いていてもおかしく無いかも。

だそうでした。
どうも、彼岸花が歩いている姿を想像しては、笑ってしまいます。
私の方が不気味??


他に、違うところで、彼岸花の外用薬としての効能も見つけました!

彼岸花の球根を、薬に使うからといって購入される御方もいらっしゃるとか。

彼岸花の球根をすりおろしたものをガーゼに包んで、就寝前に両足の土踏まずに貼る。
身体のむくみや膝の水腫、肩こりなどに効用がある由。

んでも、これって、万一、口に入ると、いのちの危険がありますよね?
確か、1球根で、5人の致死量。。。。ど、ど~ん。



ペン水やり




[ 2005/09/26 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(12)

ポータブルMD物語





夫のポータブルMDがディスクを認識しなくなり、修理に出していたのを、
先日、下の少年の運動療法へ出掛ける折に、隣町へ受け取りに行った。



この地に来たらば、この地で細々と?頑張っておられる
地元の小さな電器屋さんを贔屓にしてあげたいと、一度は思った。
そこは、義次兄の同級生さんでもあるのである。


んでも、とっても小さな電器屋さんで、買わないとお店から出にくい。
店頭商品も少ないし、どうしてもカタログ注文となる。
加えて、単一メーカーショップであるし、足が向きにくい。


この小さな町には、こういった電器屋さんが、4軒も5軒もある。
それぞれ別の単一メーカーショップ。
これで、どうやって生き残っておられるのか、謎である。


義父母をみてると、そのお店にまず電話をして、家に来て貰って、
修理を頼み、修理不能だったら、お任せで新しいのを持ってきて貰っている。
買うときも、家に来て貰って、あれこれと要望を言い、
アドバイスを受けつつ、お任せで新しいのを持ってきて貰う。

確かに有難く、義父母はなにかと助けていただいているようであるが、
いつもすぐに来ていただける訳でもなく、う"~ん。。。


この地の電器屋さんは、きっとどれも、こうしたお得意さんを
それぞれにしっかり確保しておられるのだろう。

若い世代に代替わりしたら、、、、どうなって行くのかな。。。


   ◆  ◆  ◆


で、我が家であるが、家電購入となれば、やはりあれこれと比較検討したい。
そしてそのなかで、納得して気に入ったものを、
今度は少しでも安く購入したい。

だもんで、どうしても大型電器店、となる。

なかでも贔屓なのは、広島に本社を置く大型電器店で、
この電器店が小さなパパママストアだった頃から、
とにかく修理の腕がよく、きめ細やかな気持ちの良い応対で、
何かと厳しい父を始め、一家でファンであった。


あれから、2度名前を変え、飛躍的に大きくなり、
一時は、「 大きくなったら、やっぱりダメになるのね? 」と
眉を顰める時期もあったが、
現在は、また、初心に戻って?、頑張っているようである。
(支店によって、確かにばらつきはあるが、総じて社員教育は良い)。


何より、県下はもとより、県外にも支店が多くあり、
購入後5年間は、その何処のお店に持ち込んでも
本体の無料修理が保証されているのが大きい。


    ◆  ◆  ◆


上の少年の高校合格祝いに購入したポータブルMDは、
4年目を迎え、4度の修理の憂目にあったが、いずれも無料。
その度に、修理明細とともに、本来だったら支払う料金の明細をいただき、
なんだか申し訳ない想いをした。
(新しいのが買えそうな額だったのが、2回もあった)。


夫のポータブルMDの故障は、2年目にして今回が初めてあったが、
(本来だったら支払う)料金明細に「¥12750」とあるのを見て、
首を竦めながら、受け取った。

ポータブルにしては、ずしっと重く、一瞬「?」と思いつつも
そのまま自宅へ持ち帰って、夫の部屋へ置く。



それから6日目の本日夕刻、その大型電器店から電話。



ここの社員さんにしては、珍しくしどろもどろ。


  意味不明。

  理解不能。


なんなんだ?

2度聞き直し、理解できぬまま受話器を持って2階に上がり、
夫の部屋で、そのままだった袋を開け、なかの梱包を開けて爆笑した。


そこにあったのは、MDプレイヤーではなく、
最新型の高価な
    DVD ビデオカメラ だった。


お客さまが取りに来られて判明したらしい。
そりゃ~慌てられたことだろう。 責任問題である。

修理品の棚を全部調べて、我が家が怪しい、と辿り着いたらしい。

あったことを伝えると、電話の向こうで声が弾み、

 「 大変失礼致しました!  すぐに取りに伺いますっ! 」 

本当にすっ飛んで来られたようで、
それからまもなく、我が家のポータブルMDを持って、
30代後半らしき男性社員さんが、ご到着。


MDの包みを手にしてみて、
大きさも違えば、余りの重さの違いに、思わず笑ってしまった。

渡す方も渡す方なら、受け取る方も受け取る方だ。

この違いに全く気がつかないのだから、
私もかなりのお間抜けであり、申し訳ないことである。

また、帰宅してすぐに開けていたら、もっと早く解ったはず。

申し訳なくてペコペコ謝れば、社員さんも恐縮してペコペコ。

互いにぺこぺこお辞儀をしながら、私はついニヤニヤしてしまう。
いかん、いかん、と、こっそり社員さんを見たら、
社員さんも吹き出しそうなのを耐えておられるようだった。



    ◆  ◆  ◆



下の少年は、高校合格祝いに、
兄と同じタイプのポータブルMD料金に、
少し自分のお小遣いを足して、自分が欲しかったHDDタイプ、
10GBのを購入している。

在宅時には、私がイヤホンを許さなかったため、
電力無用の1000円台のスピーカーを夫が買って来た。
これが、なかなかコンパクトでカッコよく、結構良い音がする。


私の時代は、ウォークマンが出たばかり。
「ながら族」の嫌いな両親がどうしても許してくれず、
就職してから、自分で東芝のWalkyを買った
(TV音声チューナーもついていて、未だに存命)。

  鼓膜に良くない、歩行中は危ないから禁止。
  色々注意された。

現在は、同じことを少年たちに注意をする毎日である。 


時代とはいえ、ポータブルMDの世代は短かったような気がする。
上の少年も、あと1年で5年無料修理保証が切れて、故障したら、
きっと新しく、HDDタイプのにするのだろう。

我が家のCDラジカセが壊れたらどうしよう。
結構な値段がして、重音がよく響く、お気に入りであったのだが。

テープのダビング用の片方は動かなくなってしまった。

もうカセットが遣えなくなる日が近いかも。
愛車のコンポも、カセットは遣えない。

青春の想い出が山のようにあるのにな。


ペンミュージック




[ 2005/09/25 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(28)

彼岸花





 彼岸花がピークを終えようとしている。


 こんなに暑い日が続いたのに、
 先週から、この地でも先を争うように、にょきにょきと茎を伸ばし、
 彼岸に合わせるかの如く必死の様相で、顔を出しては咲き切っては色褪せていく。


 何故、彼岸花には「彼岸」が来るのが解るのか。


 どんな気候の年であろうとも、
 ピークは量ったように、お彼岸まっただなか。
 彼岸が終わると、さぁっと無残に色褪せていくことに、
 毎年毎年、懲りずに新鮮に驚いてしまう。


 年々、気候の不順が酷くなる。
 なのに、律儀にきちんと彼岸に合わせ、咲いては色褪せていく。


 植物は、気温ではなく、
 日照時間で季節を察知することは識っている。
 彼岸が秋分期と重なるから、はっきり解るのだ、とも頭で判る。


 んでも、土中に在って何故判るのか、やっぱり不思議。



 この地に来て、最初の彼岸に、言の葉を失った。
 あぜ道に沿って、小さな川岸に沿って、見渡す限りの彼岸花。
 川の向こうは、紅にけむるように見え、
 彼岸と此岸に、しばしこころ揺蕩う時だった。


 が、年々、この紅にけむる風景に、亀裂が入り始め、
 今年は、まばらな紅点でしかない箇所もある。
 たかだか10年で、田舎の風景が、ここまで変わる。
 自然がゆっくりと姿を消していく。。。。と感傷に浸り。


 が、本日、ちょっと謎が解明。



 【 彼岸花は、何故田んぼの畦道に密生しているか 】をTVでヤっていた。



 ご承知の通り、彼岸花の球根は、ひとにとっても猛毒である。
 農家の方々は、この花を、ぎっしりと田んぼの畦道に植えることで、
 野鼠が、田んぼの畦を掘って穴を掘るのを防いでおられたのだった。


 試しに、レポーターが畦道の周りを農家の御方に了承を得て、
 掘ってみると、大きな球根、小さな球根、ぎっしりと畦に沿って埋まっていた。

 花が咲くのは一時でも、この球根が年中、野鼠から田んぼを守っていたのだった。


 ふみみみ。。。。凄い。


 この地でも年々、休耕田が増え、泥をこねて芸術的ともいえる畦をつくるひとも減り、
 畦も、川岸もコンクリート化している。

 彼岸花は、消えるべくして消えていっているのだった。



(追記) この後、調べてみた。

  河川の土手に多く移植されたのは、
  地表付近に集まる根による土砂流出防止・土壌保全、
  そして、球根毒による雑草繁殖抑制の役割も果たしていた由。
  昔のひとは凄いっ!!



ペン工事中


※ 今週の読了本メモ 

   『ドラゴン桜』1~10 三田紀房/講談社モーニングKC
   『バッドラック・ムーン』上・下 マイクル・コナリー/講談社文庫





[ 2005/09/24 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(14)

『食育』 の 前に 『食材』 について考える。



     5月20日8月12日8月27日 と、こちらでご紹介し、
     応援させて貰って来た、語り手・ワンダー弥々丸さんが、
     この度、@弥々さん と 改名されました。

     その@弥々さんの日記、『 食を守れ! 』 にトラックバックさせていただきます。





昨今、とみに『 食の大切さ 』が見直され、
PTA講演会でも、『食育』をとりあげるところが急増して来た。


うちの中学PTAでも昨年、県立大学の教授をお招きし、
「食を科学する」観点からアプローチいただき、大変参考になった。

下の少年の入学説明会では、保健担当の先生より、
「食育」について、特に朝食の大切さ、脳との関係について、熱いご注意をいただいた。

楽天のPTAカテゴリでも、講演会、広報テーマその他で、
「食育」をタイトルに掲げられる方々が増えているように感じている。


このことそのものは、とても素晴らしいことであり、
食事の際の「 いただきます 」の概念から、語られねばならない現況に驚き、
日頃の手抜きやら、認識の甘さやらを改めて振り返り、苦笑しつつ、
明日から頑張ろう!と思わされるものである。


ただ。


弥々さんのところにも、書かせていただいたのだが、
この『食育』が語られる度に、
私を含め、忙しいおかあさん方が、
一様にうなだれて罪悪感に打ちひしがれてしまう状況が、とても哀しい。


それぞれのご家庭で、違いはあろうが、
例えば、PTAの講演会に自分から出てきて下さる方々は、
総じて様々な事柄に問題意識の高い方々で、
忙しい時間をやりくりして集まって下さる方々が殆どである。

私を含め、皆一様にうなだれて、罪悪感に苛まれてしまう日常の食卓。。。



何はともあれ、働きづくめでお子たちを育てにゃならん。
栄養第一ながら、便利なものを如何に上手に使うか、の頭の体操日々でもある。

外で菓子パンをくわえながらも、お子たちは塾通いをせにゃならん。
お弁当を2個持たせるのも、重かったり、夏日は傷んだり、なかなか大変。

家計厳しく、1円でも安い食材求めて走り回らねばならん。
笑顔とともに、たっぷり食べて欲しい。
旬には旬のものを食べさせてあげたい。


そして、ドロップアウトせざるを得なかったお子たちは、
コンビニの駐車場で、コンビニ弁当やカップ麺を食べ散らかし、その辺に捨てていく。



乱れに乱れまくった食は、個々の家庭の問題ではあっても、
そもそも、その大元は、
なんで、そんな風景がスタンダードと呼ばれるようになったか。

何処の誰に問題があったのかなぁ、、と考えてしまう。



弥々さんがとりあげられた、目を覆わんばかりの中国の実情

私たちは、こうして大地が病んでいくのを、目にしつつ、内政干渉はできない。

だったら、買わない。 私たちにできるのは「不買」しかできない。


んでも、日本の第一次産業は、軒並み頭打ち。
第一次産業だけでは、食べては行けないことから、皆が転業を余儀なくされている。
日々の作業もあまりにきつく、
泥まみれになって働くことを嫌う若者が殆どである。

かくいう私も、夫の実家は農家であるが、とても継げなかった。
私には、とてもできない。 そして、稲作をやめて6年になる。
思えば、義父にアルツハイマーの症状が出始めたのは、
稲作をやめて半年を経過した頃だった。。。。



かたや、全て国産無農薬・有機農業のものを食べたくても、
庶民には余りに高すぎ、なかなか毎日とはいかない。

狂牛病が発生し、鳥インフルエンザに震撼し。


そのうち、私たちは何を食べるようになっていくのだろう??


目先の豊かさ、便利さ、そして安さに飛びついて来た、
これが私たちのツケなのだろか。


弥々さんは、日記の最後で

 > そうさなぁ・・・天下り役人への無駄な報酬は農業補助金へ移行だな
 > 天下り役人はお百姓か高齢者事業団か保育現場に率先して送り
 > これ以上、国の財政、無駄遣いをやめろー!!!

こう結ばれた。

この声が、届けばいいのに。 【 やめろー!!! 】



青く輝く美しい川



中国の7色に輝く河川と食品





[ 2005/09/23 00:00 ] 本日のPTA | TB(1) | CM(22)

続・私が町立小中学校を選択したのは。





トラックバックいただいた、かいちょーさんの 『 私が私立中学校を選択したのは。』 に
トラックバック返しさせていただきます。

     同じく、トラックバックいただいた、エイクマンさん、ひろ子・Kさんに
     お返事したものと前半が重複しますが、ご了承いただければと思います。



まず、先日の私の日記 にて、
公立にも私立にも、色々と校風があり、それぞれに個性溢れる中学校が在るのに、
それを全て、一緒くたにして私立を斬るような、乱暴な日記となり、

それによって、皆さんのお心を傷つけたり、波立たせたことにつきましては、
誠に申し訳なく思っております。


せめて、投げかけただけの意味は、在って欲しい、と
無責任にも祈るような想いではあります。


以下は言い訳です。
私のあの日記で、後付けながら、今はっきりさせておきたいことは、


●当時の私には、二校択一しかなかったこと。

 荒れ果て、自分自身が政治闘争にまで巻き込まれてしまうかも判らない公立中学。
 席まで決められたスクールバス完備の中高一貫教育で、
 歴史は浅いながら、有名難関校合格を目的とする私立中学。
(合格を確実にするため、個別指導が徹底し、殆どの生徒に学習塾入塾を必須とし、
 その塾まで各人によって個別に指定される)。
 ここには『自主・自立』『自由・闊達』とかを謳う私立はなかったのです。


●もうひとつ。私は、10数年、女子社員の採用に従事し、社員教育は20数年担当して来ました。
 私が面接した学生は、千名をゆうに超えます。

 ひとを類型化したり、レッテル貼りをするのは、私の1番嫌いなことですが、
 どうしてもある傾向が、どうしても浮き上がってくる。

 有名私立中高→難関・有名国立大、私大の学生たちに、
【打たれ弱く免疫力のない、ひ弱くも倣岸不遜な怪物】が、如何に多かったことか。

 それに加え、中高と公立に在り、大学は私大であった私自身の体験でも。
 そして、就職し、そこでの体験、実績を重ね、採用と教育という場での体験でも。
 町内やマンションの理事会、PTAで。

 リアルな様々な事件、様々な人間模様。

【打たれ弱く免疫力のない、ひ弱くも倣岸不遜な怪物】が、そのまま社会に在ったとき、
 様々な場面で、如何に無意識に、或いは故意に、
 ひとを傷つけ、踏みにじり、ものごとをややこしくさせてきたか。


 私の少年が選択できる私立は、
 私がめぐり会った幾多の人々、幾多の事件のなかで。

【 異なる環境、異なる考え方をするひとへ寄せるこころを持てず、
  異端視することで安心し、打たれ弱く免疫力のない、ひ弱くも倣岸不遜な怪物 】
 が多く生産されていくように感じられる私立でした。



私は、私の少年が、建前でも、地域に見守られながら、地域を愛し、
中学校の柵のなかで揉まれ、【 皆と共に 】、強く、逞しく、
育って欲しかった、のです。
(何より経済的にも無理でした。 3年後には下の少年も待ってるのですから)。



選挙後、結果に茫然としていたとき、
日本の貧困率、経済格差の増大、教育格差への連動。
これらの数字データを識り、パチン、とハジけてしまいました。

どんな学校へ行こうとも、もちろん、そのお子の力、努力次第です。
どの学校を選ぼうとも、もちろん、そのご家庭ご家庭の自由なのです。

ただそこに。
経済的事由にて、選べない、選びたくても選べないお子もいるのだと。
『ゆとり教育』に名を借りた国策が透けて見える、そこへ
抵抗もできずにハマり込むことを余儀なくされるのだということ。
そのくせ、あと2年で大学全入時代を迎えると言われていること。
このことは、みんなできちんと識っておきたい、伝えたい。
そんなような想いでした。


私は、PTAで内に在り、「NO!」と感じることは「NO!」と言いたかった。
歯を喰いしばって頑張っている先生方をサポートしたかった。


私立中学に学ばれた方、お子が学ばれている方を決して責めた訳ではないのです。
ただ、私と少年たちを取り巻く状況は、このようなものであり、
私の場合はこうだった、ということです。



  ◆ ◆ ◆



もうひとつ。 誤解を恐れずに申し上げます。



先の日記で、私は

    私は、そうでなくても幼い彼らに、
    「最初から選別され」「同じような経済環境の」
    「同じような理念での教育を目指す」「同じような知的好奇心レベルの」
    狭い狭い環境で育って欲しくなかった。

    そんなものは現実社会でもなんでもない。

    その状態を「フツー」と思い込んで育ったら、
    私の少年の「他者の存在様式への想像力」は、どうやって培われるだろう。

 

と書きました。

おそらく1番、皆さんが反発を抱かれたところではなかったでしょうか。

でも、私のここも一緒に読んで下さっていたでしょうか?



    自分がいわゆる「五体満足」であるということを識ること。
    それは、たまたま今そうであるのであり、
    たまたまそうではなかったお子が在る、ということを識り、
    机を同じくし、自分にできること、考えなくてはいけないことを識ること。

    どうあったら、皆にやさしい社会であるか、頭ではなく肌身で感じること。




前の文章は、後の文章に掛かっていたのです。
私は、本当は、これを1番申し上げたかった。


これが、私の、公立学校のよくあるスローガン『 共に学び、共に育つ 』に
大きく心を寄せ、言の葉だけのものにするまいぞ、と
希望の光のよすがにしている所以です。




私の時代は、「障碍」を抱えるお子たちは、『特殊学級』と銘打たれ、
学校の隅っこや裏側の目立たないところで、ひっそりと隔離されている時代でした。

私はそういう学級が自分の学校に在ることも識らず、
何も考えず、何も意識せず、「障碍」と自分とは何もかかわりのない、
ひとごと、遠い物語、悲しい、可愛そうなお話、としてだけ認識して生きて来ました。


学生時代、とある大きな事件をきっかけに、
私は、如何に自分自身が恵まれ、倖せに生きてきたかを思い知りました。

そして、私はたまたま、今、元気で在れるだけであり、
いつ、何処で、私が両親が、弟が、事故や病で心身にダメージを受けるか解らない。
これは、ひとごとではないのだ、と。


これまで「関係ない」で、生きて来れたことこそが、
この社会の抱える問題なのだ、と識りました。


何のことはない、私自身が【 他者の存在様式への想像力 】に欠けていたのであり、
私自身が、最大の敵でした。


これまでの脳天気な自分の在り方を痛烈に振り返り、
目の前の方々に心を寄せ、共に在ろう、と願い、想い、
自分に何ができるかを必死に考える。

それなのに、いざ、心身に「障碍」を持たれている方々に街中で出逢えば、
自然に接することができない自分。
直接こんなことを言ったら。
こんな風にこのひとを見つめたら、こういう風に思ったら。。。
それら全てが、「『障害者差別』になってしまうのでは?」と自問自答で雁字搦め。
考えすぎて動けなくなる。
大事なときに大切なことが言えない。動けない。

私は、常にダメダメな自分自身と対峙し、ずっと苦しんで来た。


しかし、上の少年は、この地の小学校で、
「障碍」をもつお子と机を並べ、常に共に在り、共に学び、
共に育つのが、当たり前として育ってくれました。

運動会、学習発表会等、様々な場面で、様々な事件が起こり、
皆で悩み苦しみ、クラス同士の争いとなったり、
担任を交えた保護者同士の長い話し合いになったり。

あっちへぶつかり、こっちへぶつかりながら、
それでも結局は、皆で素晴らしい結論を出し、皆で共に頑張って来ました。
私たち保護者も、たくさんの大切なことを学びました。


彼らには、心の中で、特別に考えなくても、
どんな街が「皆にやさしいか」。
皆にやさしいためには、どんな建物でなくてはならないか。

彼らには、道路はこうでなくてはならない、階段はこうでなくてはならない。と
改めて考えなくても、誰に教えられなくても、
もう、肌身でそれを識っているのです。

将来、彼らが成長し、社会を担っていく年代になったとき、
この社会は、どんなにやさしい社会になっていくだろう。


歳だけ喰って、ダメダメな私たちに、
そんな希望の光をもたらしてくれたのです。


  ◆ ◆ ◆


かいちょーさんは、最後の方で、こう書かれました。



 > 学友が均質化されていることの弊害は確かにあるでしょう。
 > わたし自身が“打たれ弱く免疫力のない、ひ弱くも傲岸不遜”な
 > 子どもだったかもしれません(そうは思いたくありませんが)。
 > けれどそれこそ、現実社会で揉まれれば否が応でも身につけざるをえない部分じゃないのかな?



私は、私の少年たちを大学へ進学させることは考えていなかったのです。

しっかりプチ現実社会で、揉まれ、学び、
本当の現実社会で、もっと厳しいものに揉まれても少々のことではへこたれない、
逞しい、そして手にスキルを持つ、少年たちに皆と共に育って欲しかった。


そして、何より私は、
私の少年が、いわゆる「五体満足」であるということを識ること。

それは、たまたま今そうであるのであり、
たまたまそうではなかったお子が在る、ということを識り、
机を同じくし、自分にできること、考えなくてはいけないことを識ること。

どうあったら、皆にやさしい社会であるか、
頭ではなく肌身で感じて欲しかった。

遠い将来、もし自分の身や自分の子の身に降りかかったら、
頑張ってそれに立ち向かえるような勁いこころを培って欲しかった。


そして、私のこの1番の願いは、成就した、と有難く思っています。


それは、先生方のご努力と、皆の頑張りと、
再三の養護学校への転出要請に負けず、へこたれず、頑張り通して
卒業してくれた「障碍」を持つ友人たちによって。


ペン強風





留守録に。 (追記あり)






運転中だったから、出られなかった。

非通知のものは受信しないように設定しているが、
着信音は、未登録のひとからのものだったから、
あまり急ぐことなくパーキングエリアに入れてチェックする。


留守録には、今日の大事な会議を何故休んだかという叱責と、
会議で決まった内容の報告と、
次の会議の日時が吹き込まれていた。

かなり怒っている。


 「 どーしよう?? 」


昔の私だったら、
折り返し受信記録に残っている番号に掛け、


 「 間違って掛かりましたから、
   掛け直してあげて下さい 」


と伝えるのだが。。。。。




ここ3年、電話絡みで嫌な事件が続いている。
1番怖かったのは、バレー絡みで新聞に電話番号まで載ったことから、
脅迫電話と嫌がらせ、無言電話。

即座に警察に連絡し、ナンバーディスプレイを導入し、随分楽になった。


でも、別件、自宅の電話番号の以前の使用者のお蔭で
月に2~3回は、それ関連の電話が掛かって来ては、対応に追われる。


仕事部屋の業務用会社電話は、番号がそのような電話番号であるため、
2日に1回は、郵便局、銀行、役場、電器店などの間違い電話が掛かる。


もぉ、電話は嫌い。

直接私自身の責にないことで、
自分からトラブルに近付くのは、もう嫌だ。 と思う私がいる。



昨日のひとに、電話してみて、
すぐに私が電話しなかったことから、ややこしい話になって、
高い携帯電話料を支払うハメになったら、納得行かない。


折り返し「ごめんなさい」の電話がないから、
もう一度、そのひとが、相手先に電話するのではないか?


そう無理やり自分を納得させる。


んでも、これで、そのひとと相手のひとが
決定的な決裂の原因となったらどうしよう???


はぅぅ。


昨夜から、留守録ランプが点滅し続ける携帯を見ては悩ましい。


さっさと電話して、楽になろうかな?


さっさと留守録消して、忘れちゃおうかな?




皆さんなら、どうされるのだろう。。。。。


ペン困




 ※ 追 記

   _AZ_さん、ゆいぽんちゃん。さん、rain27jpさん、有難う☆

   皆さん、お騒がせしました。

   先ほど、所用で郵便局へ行って来ました。
   車中、つらつら考えるに、
   やっぱりどう考えても私らしくないので、
   思い切って私の携帯から電話しました。
   (この辺には既に公衆電話がない@@。 郵便局にさえ、ない)

   どうせ、相手方の携帯には、送信記録が残っているでしょうから。
   (それでも一応、184発信する臆病者>ぢぶん)

   最初、会社名を名乗って女性の方が出られたため、
   驚いて、間違い電話だといい、平謝りで切ってしまいました。

   んでも、着信履歴から掛けたので、この電話番号で間違いないハズ。
   
   会社で持たされている携帯電話だと考え直し、
   もう一度電話を掛けて、これこれこうこう、と説明し、
   心当たりのある方に伝えていただくようお願いしました。(長く掛かった(T_T))

   はぅぅ。 

   んでも、ヤれることはした、から、すっきりです。
   有難うございました☆☆


 
  


[ 2005/09/21 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(16)

悩ましい アスベスト





読売新聞からの記事 で、
朝いちばんのニュースにくらくらとした。
北朝鮮の核放棄もだけど、こっちももっと報道して欲しい。



そりゃ、文科省の7月の見解 では何の具体的なことも判らず、
不安ではあったけれど。


現在判っているだけで、全国1597公立校


公立小中学校、高校と幼稚園、保育所の教室や体育館、給食室などの建材に、
吹き付け材などとしてアスベストの使用が確認されたのは、
40道府県の計562校。

これにまだ、調査中の東京、石川、長崎の3都県が含まれておらず、
各市町村教委の集計分をまとめきれていない道府県もあることから、
まだまだ数字は増加する。


どうするんだ、お金がない日本!!


早くから囁かれていたアスベストの有害度に目を瞑り、
先送り先送りしてきたツケが、どっと噴出。



たちまち私たちは、これまで無事であったことに「とりあえず」感謝しつつ、
ちゃんと自校の現状を識り、対策を練らねば。


一般会員さんには、悪戯に不安感を煽ることのないよう、
広報や執行部便り、あるいは学校便りで特集を組んだり、
自校の状況をできるだけきちんと取材して、安心いただく。


万一、不幸にしてアスベスト使用当該校であったなら、
(文科省の言い方では、かなり以前から判っており、
 対策が立てられているようではあるが実態は定かでない)
PTAは学校側と力を合わせ、一丸となって、今後の対策を立て、
最良の道を選んで、動いて行かねばならない。
地域の方々のご理解とご協力を仰ぎ、子どもたちを守らねば。

なんと悩ましいことだろう。


これらの撤去作業、その間の代替授業、、、、膨大な費用。

そのために国の何処から、何が削られていくのか。



何はともあれ、私たちは、たちまちできることから!

ペン励




[ 2005/09/20 08:21 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(24)

久々に 『 ヘナ 』る の 癒し





18日夜半。
随分体力ついたし、肌も『 ヘナ 』に負けることもあるまいと、

久々に『ヘナ』って2時間入浴。


ちょっと脳も休ませたかったので、いい気分転換になった。
(って、お風呂で本読んでただけか(笑))
んでも、しっかり汗をかいて、悪いものが少しは出た感じ?

7月1日に倒れて以来だから、
前髪が、悲惨に真っ白っぽくなりつつあったのが、かなりいい感じ。

日を追う毎に黒くなっていくから、楽しみ、楽しみ。



ついでに、前髪をカットした。
おかっぱにならないよう、少し削いで、動きも出した。

私の髪は腰まである。
ウェーブかけて、もう3年経つから、
もう毛先部分しか残っていない。

でもそれがあるだけで、アップに結ったり、
乱暴にくるくるまとめただけでも、まとめやすく表情が出る。



19日。

朝、夫が顔を見るなり、

にへら~~と笑って、ぴとっと傍に来て離れない。


 「 なん? 早よ、支度せんと遅れるよ~! 」


いらいらして、つい声を荒げたら、

初めて出逢ったときを思い出したんだそうな。

くらっ。

朝からめまいがした。

それって、君の入社式。 遠い遠い昔。



 「 あ"~~!! もう、離れて離れて!

   お弁当つくるのに邪魔邪魔っ!! 」



 「 あ~ぁ、せっかく30歳も若返って、きれいなのに。
   
   問題は、 体 型 じゃね 」  


   ペン凍

そ、そんなに哀しそうに言うな~~~!!!! 


自分だって、ひとのことは言えんぞ~~!!!!
んで、出逢ったのは、2●年前ぢゃ~~!!
    ペン怒




  持ってたお玉杓子を、ぐぐぐっと握って、ふと横を見たら、
  起こしもしないのに珍しく起きて来た下の少年が
  ニヤニヤ笑っておった。 orz.....



ペンぽよん


どーせ、ぽよんぽよん。 悪かったな。





[ 2005/09/19 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(14)

やだ、うそ、マジで?





師匠109さんからのメッセージで、
いつか書きたいと思っていたネタを書こうと思う。


師匠109さんのメッセージ


 > 私の病院は大学病院で、Dr.は最近みな2世が多い。
 > そして有名私立中学高校出身者ばかりです。話をするとその考え方にびっくり。
 > そんな人間が果たして患者を治療できるのかと思います。
 > 私はそんなDr.と日夜けんかしていますが、毎日疲れてしまいます。
 > 看護師もいまや4年生大学卒が増え、仕事していますが、やはりこれまた考えがおかしい。
 > そんなDr.や看護師に私たちがみてもらうのかと思うとぞっとします。
                      (September 18, 2005 13:21:05)



もうすぐ2年になるが、
私は会社の健康診断で、乳癌と甲状腺癌にひっかかった。

どちらも細胞穿刺検査が必要だった。

このあたりは、以前 『 続・人生50年 』 に少し書いている。


甲状腺の権威の先生がいらっしゃる由にて、
K市の大きな病院を紹介され、初診後、別の日に穿刺検査日を言い渡される。


権威、とのことであったが、まだ若い、人当たりの柔らかい先生で、

「 ご心配ですね。 でも私の診たところ、おそらく大丈夫ですよ。
  後顧の憂いをなくすために、検査をしましょう 」

というお声に随分と安心させていただき、慰められたものである。



穿刺検査日。

内科の、極フツーの処置室に並ぶたくさんのベッドのひとつに横たわる。
カーテンで仕切られ、部分麻酔の注射を肩に打たれながら、

 「 え? ここで? 」 と、思った。

一般外来診療時間外ではあっても、
処置室には、様々な注射を打つために、たくさんの患者さんがいらっしゃるのである。

随分待たされ、カーテンの外の多くの患者さんの気配が少なくなった頃、
先日の物腰柔らかな先生が来られた。

 「 よろしくお願いします 」 と挨拶して、目を閉じた。

声と気配とで、先生の他に麻酔を打って下さった看護師さんと
もうひとり、誰かが同席しているのを感じる。

仰向けで首の後ろ部分に枕をあて、ぐぐっと喉を前に突き出す姿勢を取る。

まるっきり無防備な状態の喉の辺りに太い穿刺を受けるのは、非常な恐怖感がある。

先生は、超音波の画像を観つつ、慎重に針を刺しながら、探っておられるようだった。


麻酔はされていても、太い針が刺さり、そのまま何かにあたり、
ゴリゴリっと削られていく感覚は、
爪先まで、脱力していくような気持ち悪さがある。


 「 ぅん、ぅん 」 と 先生はひとりで納得されながら針を抜かれた。


ほっとしたのも束の間、

先生は、「 今度は、君もヤってご覧? 」 と誰かにその器具を渡した雰囲気。


 「 なんですと?? ヤってご覧?? 」 と私が思ったと同時に聞こえたのは。



 「 ぅっそ! やだぁ。 怖いぃ。 」 キャピキャピの黄色い声。


続いて、 「 え"~~? マジでぇ?? 」 と言い、先生から器具を受け取る気配。



    なんなんだ。 これは。 どーゆーことなんだ。

    ここは、大学病院じゃないぞ? なのに私は実験台なのか?


「 いや~ん! 」


目を閉じていても、くらくらとした。


    待て待て、これは、私は癌ではない、ということだろう。
    こんなもの、未熟者が触れば、一気に憎悪したり、
    癌細胞がそこら辺に撒き散らされるのではないか?

    我慢しよう。 誰だって最初は初心者なのだから。


あれこれと思いつつ、改めてぎゅっと固く目を閉じる。

しかし、突き出された首の筋肉が拒否をして固くなるような気がする。


そいつは、私に向かって、
さっきとは打って変わった「女医」な声を出してきた。
「女医」な声というのに語弊があるとするなら「マニュアル通り」の声。

低めの上からの物言いで、「 はぃ、力を抜いてぇ 」



    く、悔しいぃぃ。



信頼していないひとに、喉をぐっとさらけ出すのが、こんなに怖いものだとは。

皮膚に針が当たる。 私は息を止める。


 「 やだ~~。 やっぱ、できないぃ。 信じらんないー 」


そいつは、針をそのまま私の喉から離す。


ぶち切れそうになった。



優しい先生は、

「 ダメだよ、そんなことでは。 はい、もう一度。

  ここをこう持って、画面ではここをチェック 」

 「 え~? だって、怖いじゃん。 信じらんないー 」



不覚にも、悔し涙が流れそうになった。


    なんでじゃ。 なにが「 ダメだよ 」だ。 それだけかぃ。

    患者をなんだと思ってるんだ。 意識はあるんだぞ。


それから、長~い時間だった。
最後まで、女医さん(の卵?)はその調子で大騒動だった。
優しい先生は、辛抱強く?優しく励まし続けた。
無事、ゴリゴリできたときには、誇らしそうな声まであげた。

何度か目を開けて、顔を見てやりたかったが、我慢した。

終わったときには、全身疲労感でいっぱいだった。

私には、ひとこともなく、先生も女医さんらしきひとも出て行く。

 「 今日はこれで結構ですよ 」と声掛けをして下さったのは看護師さんだった。

身づくろいを終えて、カーテンを開けたときには足元がふらついた。


形通り、「有難うございました」と処置室を後にするとき、
その看護師さんが、黙って深く深く頭を下げられたのが、とても心に残った。





昔、県立病院で、上の少年を出産した。

看護師さんの卵たちが、実習中で、
入れ代わり立ち代わり、目を輝かせて心音を聞きに来た。

出産時は、ずらりと足元に並ばれて、
そうでなくても、すっかり緊張して萎縮していたから、
ちょっと抵抗も感じたが、応援してくれているのは感じられたし、
出産後に、みんなが涙で顔をべたべたにしながら、握手をしに来てくれた。

 「 有難う、私も役に立てて良かった。 頑張っていい看護師さんになってね 」

心からそう思った。

そのときと全然違う。

そんなような温かな気持ちに全くなれない。

私の甲状腺は、要経過観察。

とりあえず無罪放免?
できれば半年毎に同じ検査を受けるべきなのだが、あれから行っていない。

行きたく、ない。


ペンぷんぷん




[ 2005/09/18 21:11 ] 徒然草 | TB(0) | CM(36)

私が町立小中学校を選択したのは。





       # 先日、トラックバックいただいた、
          あ~さんままさんの日記 にトラックバックさせていただきます。




我が家が裕福でなかったせいもあるが、以前より

「 少年たちは、私のポリシーで公立を選んだ 」と書いて来た。

何故、ことさらにそう書いて来たか。



私立を勧める義父母、親類縁者の反対を押し切ってそう選んだから、である。



上の少年が中学に上がるとき、この地の中学はとても荒れていた。


校則で禁止されている染髪、脱色、ピアス、パーマ。
さぼり、喫煙、飲酒、万引き。

合唱祭や運動会では、クラスの4分の1程度がサボって参加しない。

学校の荒れ具合に関して、毎月のように怪文書が飛び交い、
町議会では、政党間の争いへと発展し、肝心の子どもたちは置き去りにされた。


上の少年が6年生のとき、
町立中へ進むことを嫌がる保護者が続出し、
中学受験のための塾へ通う子は4分の3を超した。
その他の塾を含め、通っていない子は、うちの少年と後2人だけ。


上の少年は、真面目で地味な少年だった。
読書が好きで、いまどき流行らないコツコツ勉強型。


 「 絶対苛められる。 潰される。 心が壊れたらどうするんか。

   せっかく賢い子なのに、勉強もできんようになる。

   なにを置いても子どもを守り、
   子どもの才能を最大限伸ばしてやるのが親としての務めじゃろうが! 」


激怒する義母に、私は譲らなかった。


 「 もし、苛められたら、私はこの子と共にどこまでも闘う。

   この地をふるさととしたのに、
   この地の中学校に学ばなくてどうするのか。

   この地で友だちをたくさんつくらなくてどうするのか。

   この地の中学校を誇りに思えないこの状況はおかしい 」


夫のみが私を支持。(蔭からは私の母も孫を心配しつつ応援)
後の皆から匙を投げられた形で、この中学校に入学した。


きっと上の少年は苛められる。
そんなような哀しい予感はしており、内心、悲壮な覚悟をしていた。


結果は、案ずるより、、で、
上の少年の学年は、落ち着いた子たちが多く、
クラブ活動にも熱心で、いろんな意味で「よい学年」だった。

当時のPTA会長が熱心な人物で、(当時の私は小学校のPTA執行部)
学校行事に積極的にPTAが参加し、関わって行った。
1番荒れていた学年が卒業して行ったこともあって、
次第に、中学校全体が落ち着いていき、
私は感謝とともに、胸を撫で下ろしたのである。


この地に転居し、その殆どをイエスマンに徹してきた私が、
何故、義母を激怒させてまで譲らず、そこまで町立中学校にこだわったか。
義母への言の葉が全てである。
(このために、それまでイエスマンに徹してきた、と言っていい)


真に何かで伸びる力を持っていれば、
いつか何処かで必ず、伸びて行ってくれる。


私の少年たちには、公立小中学校で、
彼らが現実社会で自立していく前段階として、
プチ社会でのルールを肌身で学んで欲しかった。


ひとりひとりの子どもたちが、それぞれに来たるべき自立の時期に向け、
毎日毎日幼い自我をぶつけあって、
してはいけないこと、言ってはいけないことを体当たりで学ぶ。


いろんな職業をもつおとうさん、おかあさんが在り、
いろんな考え、いろんな生き方が在る。

自分がいわゆる「五体満足」であるということを識ること。
それは、たまたま今そうであるのであり、
たまたまそうではなかったお子が在る、ということを識り、
机を同じくし、自分にできること、考えなくてはいけないことを識ること。

どうあったら、皆にやさしい社会であるか、頭ではなく肌身で感じること。

様々な考え、行動は、互いに等しく尊重されるべきものであることを識り、
集団に在っては、自分のしたい放題のことを勝手にする訳には行かず、
自由には必ず責任、というものが伴ってくる、ということを学ぶこと。

目標に向かって、得手不得手を持つもの皆で協力して
達成していく、ということを学び、喜びを識ること。

先生や友人の助けを借りて、たくさんのことを発見し、たくさんの喜びを識り、
現実社会でしっかりと自分の足で立っていけるよう、
みんなのなかで、健康に、すくすくと育って欲しい、と願っていたから。


私は、そうでなくても幼い彼らに、
「最初から選別され」「同じような経済環境の」
「同じような理念での教育を目指す」「同じような知的好奇心レベルの」
狭い狭い環境で育って欲しくなかった。

そんなものは現実社会でもなんでもない。

その状態を「フツー」と思い込んで育ったら、
私の少年の「他者の存在様式への想像力」は、どうやって培われるだろう。

読書好きの少年ならば、書物や資料でこころ寄せることが出来るかも知れない。
しかしそれは、机上の、幼い空想の産物でしかないのではないか。
圧倒的な現実の前では、儚く消え去って行ってしまうものだ。

私の少年たちの生きて行く、自立していく力には絶対になり得ない。

異なる環境、異なる考え方をするひとへ寄せるこころを持てず、
異端視することで安心し、
そのくせ、打たれ弱く免疫力のない、
ひ弱くも倣岸不遜な怪物を育ててしまう、と、私 は 感じていたから。



荒れている、という前評判の中学校で、
うちの少年たちは、いろんな生徒と先生と出逢い、
それなりに揉まれ、それなりに学び、
それなりに逞しく(下の少年については「?」)乗り越え、
それを持って高校へと歩を進めてくれた、と思っている。


何より、中学PTAで、私が1番揉まれ(笑)、
私が1番学ばせて貰ったのかも知れないけれど。


ペンこけ




※ 今週の読了本メモ 

   『行きつ戻りつ』 乃南アサ/新潮文庫
   『誤殺』 リンダ・フェアスタイン/早川書房
   『絶叫』 リンダ・フェアスタイン/早川書房




小学生からの手紙





義父母が、ちょっと嬉しく、そして、ちょっと悩んでいる。


先日、町内の小学校5年生の男子児童から、
丁寧な封書が届いたからである。



この小学校には、民間の老人介護施設が隣接している。


私がこの小学校のPTA副会長であった頃は、
運動会や発表会など、学校行事の度に案内状を送り、
車椅子で外出できる方々は、こぞっておいで下さっていた。
運動会では、施設の屋上で、ずらりと並んで応援下さった年もある。

小学校だよりは毎月、施設にも送り、身近に感じていただいてきた。


夜の静けさを破らないため、
校庭にはナイター設備を置かず、夜間の行事は夏の星空映写会のみ。
PTAのソフトボール大会の練習は、
町内の他校のグランドが開いている日時を調べて、借りて練習した。


夜間の役員会に出席する際も、
ヘッドライトが施設側に当たらないよう工夫し、
できるだけ静かに出入りするよう神経を遣ってきた。


8月には、施設の盆踊り大会に小学校の校庭を開放し、
敬老の日が近くなると、低学年は折り紙で飾りをつくったり、
高学年は、文庫本カバーとか千代紙を貼り付けた小さな箱であるとか、
図画工作の時間を遣い、6年生が代表して表敬訪問。


お元気なおじいちゃん、おばあちゃんには、
集まっていただいて、童謡中心の合唱を聞いていただき、
お部屋を回り、ひとりひとりのおじいちゃん、おばあちゃんに
みんなの手作り小物をプレゼントする。


表面的な繋がりではあったが、
入所されている方々は、一様に、可愛らしい子どもたちに目を細め、
いつもとても喜んで下さる。


それなりの使命感のようなものを抱え、
カチコチに緊張して訪問する子どもたちも、
慣れてくると、素直に「おじいちゃん」「おばあちゃん」と
甘えることができる子も出て、お喋りしたり、本を読んでいただいたり。

全員とは行かないまでも、
概ね皆であたたかな時間を過ごすことができていたようである。


後日、学校宛に、施設から、
あるいは個人名で感謝の手紙をいただいたりすると、
学校長が、朝礼で紹介したりする。

力を入れて臨んで来た子どもたちは、
ぱぁっと顔を輝かせ、自然に拍手があがることもあるという。



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さて、この度、義父宛に封書が届いた。 初めてのことである。


とても丁寧な文字で、

   厳しい夏の暑さが落ち着き始め、夏の疲れが出ておられないか。

   これからも、どうぞお元気で、長生きして欲しい。

といった文面。


とても可愛らしく、嬉しく思ったが、なにぶん初めてのこと。
戸惑いもある。

差出人の住所は小学校ではあったが、個人名がしっかり書かれていた。
義父母は、返事を出すべきなのか、どうなのか、考え込んでしまった。

義母は殊に、「?」の塊である。


 ● どうして突然、今年、義父に直接?
 ● 義父だけで、義母へ来ないのは何故か?
 ● 義父が認知症であることが、関係しているのか?
 ● 義父の年齢で、手紙を出す出さない、と決めたなら、
    年齢まで明らかになっている名簿が学校にある、ということなのか?
    ならば、その名簿の出所は何処なのか?
 ● 手書きの丁寧な文章だが、子どもが考えたとは思えない。
    先生に言われ、お手本どおりの清書なら、なんだか。。。。
 ● 返事は出した方がいいのだろうか。
    出さないと、この子がさえない想いをするのだろうか。
 ● 義母が代理で書いてもいいだろうか。


思い余った義母から相談を受けたので、


 「 そんなに悩まれなくていいですよ。
   深い意味はきっとありませんよ。

   受け取られて、まずは嬉しく思われたのですから、
   そのお気持ちだけでも、お返事されては如何ですか 」 と答えた。


想い惑い、まだ何もアクションできない義父母を見て、
ちょっと哀しかった。

今回の小学校の思いつき、は、全然成功していない。


返事を書き、ポストに投函するまでが
著しくこころの負担となる御方もなかにはいらっしゃるだろうし、
買い置きの切手や葉書がなければ、買いに行かねばならない。
このあたりでは、切手を買うにも車が必要な地域がたくさんある。


人一倍、あれこれと心配する義母はもちろん、
直前記憶をごっぽり無くす義父は、封書を見る度に驚き、大喜びし、
そのあとで、返事はどうしたものか、とその都度悩んでいる。


副会長時代の校長先生がまだいらっしゃるので、
軽~~い調子で、ちらっと訊ねてみようかな、とも思いながら、
私が、言った、ということになると、
おそらく大々的に取り上げられて、話が大きくなりそうだしなぁ、、、と
私まで、悩ましい日々である。


ペン困




一休さんの とんちなぞなぞ




お返事が溜まっておりますが、とりあえず、昨夜驚いたこと。



録画していたフジTV『 トリビアの泉 』を下の少年と観た。
おそらく先週放送分だったのではないかと思う。


この日の『 トリビアの種 』で、私はまたも愕然とする。


『 一休さんの とんちなぞなぞ が解けるのは、100人中、?人 』


対象) 有名難関小学校へ入学するための進学塾に通う5歳の幼稚園児100人。
    放映された園児は、母親の字で、姓名と志望小学校名も放送された。

    母親は、近くの中継車でモニターを見ながら待機。


方法) 園児に母親が、
    少し先に橋があるから、橋を渡って、御守を取って来て欲しいと頼む。

    小さな橋の手前には、大きな立て札。

     「 とんちなぞなぞ   このはし わたる べからず 」

     「 べからず 」が通じない場合を考え、
     「 ( このはしをわたってはいけません ) 」と横に注釈。

    園児は、立て札を読んでどうするか、というもの。


様子) どの園児も懸命に考えている様子が可愛かった。
    ネタを識っており「 簡単ぢゃん! 」と嘯くような子は居ない様子。

    心に残ったのは、

    「 こんなのは、なぞなぞじゃない! 」 と怒る女児。
    「 おかあさん(解けなくて)ごめんなさい 」 と泣き出す女児。
    当然の如く、バッグから携帯電話を取り出し、母親に電話する女児。

    大きな石を抱えてきては、何回も投げて、橋の安全を確かめて渡った男児。
    静かに渡ってはいけないのかと思い、大声でぞうさんを歌った男児。
    「 ぅん。わかった! 」と言って、くるっと後ろを向いて帰った男児。

    「 このはしわ たってはいけません 」と思い、這い這いで渡った男児。


結果) 正解者は、100人中 ゼロ。  ……びっくり。




悩んでる様子の園児さんたちが可愛くて、と最初は笑って観てたのだが、
「 ゼロ 」と聞いて、一瞬冗談かと思い、笑えなかった。
私のなかでは「 あり得ない 」。 


何故、そんなに驚いたのかを考えてみると、
絵本や、昔話、読み語りなどで、
『 一休さん 』は、幼稚園児さん、保育園児さんには、
標準装備だと思い込んでいたことに気付く。

『 一休さん 』 は流行りでない? イケてない?
そういえば、TVアニメの一休さんは、長い間やってたよね。
終了して何年になるのだったか。

それだけ、今の子どもたちには
読み物、お話のジャンルが多岐に渡っており、
判で押したような御伽噺、昔話、勧善懲悪物語ばかりでないということ。

これは、或る意味、喜ばしいことでもあるだろう。
子どもたちがそれぞれに、
自分たちが興味を持てるジャンルを選べるということだから。
児童文学、絵本の世界がそれだけ豊かに広がっている、ということだから。

逆に、イソップ、アンゼルセン、グリム童話などが、
いまの子どもたちにとって、標準搭載な物語ではない、ということは、
子どもたちに共通項な物語って、もうそんなにはない、ということ?

TVアニメだったら、共通項となるのだろうか。
『 ぐり と ぐら 』 は共通項かな?

そのうち、桃太郎や一寸法師、金太郎なども
識らない子どもたちの方が大半になってくるのかな。


是非の問題ではないと思う。 けど、驚いた。


ふと、この園児さんたちが入学を希望している小学校(6校くらいあった)の
1年生さんたちにも、100名中何名? と
やってみたら、どうなるのかな? と思ったりした。

今のおとなたちを世代ごとに、
桃太郎や一寸法師のあらすじの筆記テストをしてみるのも面白いかも。



で、下の少年といえば、
5歳児の携帯所持に1番ショックを受けてたようである。
欲しくて欲しくて、高校入試クリアで、やっと許して貰えた下の少年。

思わず、自分の携帯をすりすりっとしてたのが笑えた。 可愛い(゚゜)\バキ☆



ペン倒



ジャンル : 育児
テーマ : 子育てのつぶやき

タグ : 一休さん とんち なぞなぞ お受験 幼稚園進学塾 携帯

「大学考」  ~何のために 大学 へ 行くのか~




ずっと、大学関係の話が続いてます。 ドツボにハマってしまひました。


んと、
コメントをいただきましたikko1370さんの
9月12日の日記『 大学行ってなにするの? 』 を読ませていただいて、
今日びの高校生たちの考えに感覚的な拒否反応を起こして天を仰ぎ、


翌、13日の日記『 続・大学行ってなにするの? 』 と続いて読ませていただいて、
しっかり、OECD(経済協力開発機構)関連のHPへ飛んで、
いろいろと頭に入れてきました。


感覚的に、日本って大変なことになってるよね!って日々感じてたけど、
やっぱり数値データって、大切ですよね?
この感覚が、しっかり裏付けられてしまいました。


 日本の貧困率は、世界5位 日々拡大中。(OECD加盟25カ国中)

   所得格差は、世界10位で、これも日々増大中。

ホワイドバンド精神は、足元にぽっかりと穴を開けて、
切実に必要とされておりました。



で、片や、あと2年後には、
数値的には、大学さえ選ばなければ、経済的な縛りもなければ、
希望者全員が大学へ進学できる【 大学全入 】時代を迎える、という。

そのくせ、大学に何も期待せず、本格的勉学は修士課程から?



…この国は、おかしいのではないかと思う。
前々から。
ずぅぅっと昔から、そう思って来たけど、絶対何処か間違ってる、と思う。
その度合いが著しく表面化してきたように思う。



大学全入のその実は、本当に勉学したいから、大学へ行くのではない。
より自分の夢かなう就職に有利としたいために大学へ行くのではない。

みんなが行くから。
まだ遊びたいから。
当然のようにそんな事由が許されるほど、皆が皆「裕福」なのか?

高卒生全員が大学へ行く。
(現在、中卒生のほぼ全員が高校へ行き、毎年10万人以上が中途退学している)

大学は、ブランドであり、飾りであり、ファッションであり。
とりあえず、プーでなく、ニートでない。
大学生という名の肩書きで4年間、親のお金で当然の如くモラトリアムに遊ぶ。

親は、とにもかくにも子が健康で、
その4年間で何らかのものを学んで欲しい、と願うしか、ない。


そういうものなの? それで、大丈夫なの?
4年間、両親が元気で在れる保証は何処にもない。
リストラにあう可能性だって、否定できない。

大半の若者が4年間、「学生」という名で、
(生産活動をしていないと言う意味で)遊んで暮らすのが当たり前になったら。

そのうち、バカらしくて、誰もが働かなくなっていくよね。
まさに【ニート】の時代。




貧困率は、世界5位である。
所得格差は、どうしたって、教育格差と連動していく。


大学全入時代を迎え、それまでにドロップアウトしたり、
経済的事由等で進学できなかった子どもたちは、一体どうなっていくのか?

大半の同級生たちが、4年間を遊び暮らしているのを横目で見ながら、
夢や希望をどうやって叶えていくのだ?

あるいは気高い志で、自ら市井で研鑚を積むことを選び、
日々頑張って働いている子たちの矜持は、
「高卒」「中卒」等の縛りの厳しい現実のなかで鬱屈を味わったとき。
ひとつ間違えば、のほほんと過ごしているように見えるモラトリアムな大学生を対象に、
一種の「攻撃」の形で爆発してしまうことすら、容易に想像できる。


私の時代から20余年。
富めるものはますます富み、
そうでないものは、ますますそうでなくなってきていることを今更ながら痛感する。

こんな現実社会で、ひとりひとりがしっかりと自分の将来を見据え、
他者の存在様式に思いをはせつつ、互いに支えあって生きていけるのか?

ひとりひとりが、自由には責任が伴うということに敏感であれるのか?

ひとにやさしい、弱者にやさしい社会になれるのか?



否。





もう、間に合わないのか?


大学制度の見直しは、早急に必要であると思う。

まずは、大学は【 学問の府 】に戻ること。
真に学究生活を追求していきたいひとたちだけに門戸を開くべきである。


企業は、大学新卒、というだけの肩書を有難がることを一刻も早く辞め、
広く門戸を広げて、高卒、中卒、市井に埋もれている人材を発掘すべきである。


私を含め、殆どの採用担当者は、
就職希望の学生の「大学」そのものに価値を置いて観るのではなく、
「職業」の欄にその大学の「学生」と書いていた4年間で、
何を学び、どんなこころの財産、宝物を自分のなかに培っているか。

その4年間を含めたこれまでの努力、問題解決に向けての筋道の立て方、
判断力、総合力としての国語力。

なにより「 ひととなり 」を見極めようと日々努力している。

我が社で、如何に持てる力を発揮してくれ、育ち、
我が社を引っ張って行ってくれる人材になるか、を第一義に観ている。

その間口をもっと広げ、大学新卒に拘泥しないと宣言できればいいのだが。



なんとかしよう、考えよう。 考えてできることをしよう。
子どもたちに伝えよう。 企業に伝えよう。 大学に伝えよう。

しかし、肝心の国が。。。。。。。 いや、諦めない。 諦めたら終わりだから。

そうでなくても、破綻はもうすぐそこ。 目の前だと、私は思う。




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我が家にはお金がないし、
少年たちには、私のポリシーから、公立小中学校に学ばせ、
夫も私も自己反省により、基本的に大学進学はなし。

どうしても、という己れの目的があるのなら、奨学金を貰って国公立のみ。
最初から最後まで自力で行くように、と、ずっとそう言って育てて来た。

よそがどうであろうが、友人がどうであろうが、それがうちの方針だった。

私たちの願いは、とにもかくにも、自分の適性を早く見つけ、
志を立て、手にスキルをつけて欲しい。

そのための高校へ行き、学び、受験のための勉強ではなく、伸び伸びと
具体的な目標に向かって互いに高めあえる、濃い仲間関係をつくって欲しいと願って来た。


現在、上の少年は、自らの信念のもと、有利子ながら奨学金をいただき、
やっとこさ京都で下宿生活を送ることができている。
精神的な親離れも進んでおり、
私は既に保護者のしての責任の大半を既に終えた、と思っている。


あとは、就職に際し、彼の意思で、考え選んだ道で、
自らの信念で学んだ4年間をぶつけ、
自分がそこにそうして在れること、について、
感謝の想いで、前に向かって進んでいって欲しいと願うばかり。


問題は、現在 高1の下の少年である。  はぅぅ。


こちらも本人のたっての希望で、県立高・普通科に学ぶ。
条件は兄と同じ。 国公立以外には行かせられない。

この超絶甘えん坊を、後2年半でなんとか自立心を持たせ、手放すのだ。


ペン痛





「 大学生 」 は おとな or こども ?




先日来、皆さまからたくさんご意見やご感想をいただくなかで、

tomomama9512さん からトラックバックをいただきました。



tomomama9512さんは、
いまの子どもたちが、どんなに「サービス漬け」であるか。

その「サービス」を子どもたちに提供するために、
どんなに保護者が努力しているか。

その保護者の努力をきちんと識り、感謝できるこころがなければ、
その「サービス」は、他ならぬ大事な子どもたちから、
(自分で)生きる力を削いでいくことになっていくのでは、と述べられ、

私の日記で目にしたような就職活動ツアーは、
私同様、「 過保護であると思う 」、と述べられています。


トラックバックされてすぐに、一読させていただき、私は全面的に賛同。

そのため、逆になかなかコメントできないでいたのですが、
先ほど、「やっぱり全面賛成、とだけでもコメントさせていただこう」と
お邪魔してみましたら、こちらでたくさん問題提起していただいた
からすさんのメッセージを発見!!


そこで、からすさんもやはり、tomomamaさんに全面賛同されていらっしゃり、


 > 私は大学生を大人と捉えているわけです。
 > tomomamaさんは大学生は子供であると。
 > 逆説的です。分からなくなりました。

と書いておられました。


で、またまた、tomomamaさんではなく、
からすさんにメッセージしてしまう私。。。。orz.....。

…だもんで、改めてこちらにも書き記し、付け加え、
tomomamaさんにトラックバックさせていただきます。



  ◆  ◆  ◆



私は、大学生は、年齢的にはおとなであっても、
「親にとっては(まだ育むべき・扶養親族控除対象の)子ども」であり、
「社会にとっても子ども」であると、思ってます。


「大学生」は、勤労学生を除き、
成人はしていても金銭的に自立しておらず、社会人ではない、と考えるからです。


交通事故等、何か(良くない)問題を起こしたときにも、
大学生には、責任を取りきれる立場にはないでしょう。

だからといって、いちいち保護者のアメとムチが必要な小中学校生ではない。
高卒、或いは中卒で立派な社会人となっている同級生と比較すれば、
保護者としての接し方には、自ずから距離が必要であると思っています。
そのためにも、妙齢のおとな、として、その意思は尊重し、
対等に語り合える間柄でありたい、と感じています。


この時期のいわゆる保護者としての「 過保護 」は、
深刻な問題等で、こころを病んでいない限り、
親離れを開始し、ひととして精神的にも成熟して行こうとする課程を
大きく妨げるものだと考えています。


で、大学生は、就職してはじめて 「 社会人 」となる訳ですが、
大学までは、親が「レール」を或る程度敷いてあげられていたとしても、
親の七光り就職でなければ、
活計への道は、自分で切り拓いていくしかない。


保護者としては、でき得るならば、大事な我が子の、
これまでの幼き人生で培ってきたもの全てでもって、
自ら志した道へと進み、手応えを感じることのできる、
喜びと充実感あふれる豊かな人生として欲しい。
(できればそれを見据え、見越して、
 そのための手段として大学進学を選択して欲しい)


企業人を目指すならば、
互いに想い、想われる企業に就職がかなって欲しい。


そのために、我が子のこれまでの20余年の道程があったのだと思いたいし、
そのことで、保護者としてのこれまでの自分の務めを
或る程度全うできるのだ、と思いたい。


んだから、まずは志をたて、
企業人を目指すのであれば、
どうぞ自分で調べ、自分の足で何度も訪問し、
体当りで企業を識り、企業からも自分を識って貰い。
そして自らの志す職業へ、企業へと誇りを持って歩を進めて欲しい。


自分の足で立つために。
自分の人生を初めて自力で築き上げていくために。


誇りを持ってそう歩を進めることのできる少年たちであって欲しい、


そのためには、自分を識り、他者を識ること。
他者のそれぞれの存在様式に思い至り、こころを寄せる自分で在ること。

どれほど自分が恵まれ、ここに立って在れるのかを識ること。
「 当たり前 」のことでは決してない、ということ。

自分が、保護者の扶養家族である「学生」であった時間、
市井に在る人々が、日々どれだけの実績を掲げ、スキルを積み上げ、
この社会を支えて下さっていたのかを識ること。

これから自分に何ができ、
どう在って行こうと願い、努力していけるかを自問し続けていくこと。


そういう少年たちに育って欲しいと、私はいつだって願って来たし、
これからも願い続け、努力していく。


んで、「 蹴飛ばし系 → 見守り系 」に進化した私の努力は、
私自身の、そして大学側の
微に入り細に入りの『サービス』を良し、とは決してしない。



というのが私のスタンスです。

だもんで、先々日の日記先日の日記 の記載内容となったのでした。

ペン二段




餃子物語☆






10日が上の少年の母校の体育祭であったため、
後輩たちの応援のために上の少年が9日に戻って来た。


彼の高校の体育祭は、紅軍、白軍に分かれて点数を競う縦割り構成。
中学校と合同で、全て生徒たちが運営をする。

だもんで、構想から準備に1年をかける。

なかでも目玉は、男子マスゲーム、女子チアガール。
マスゲームの規模は北朝鮮に及ばない(当たり前)が、
質的にはかなりの水準を誇る。

構想1年。
曲選びから計算され、緻密な動きを示す手製マニュアルは、
青年週刊誌の2~3冊分はある。

実際の練習も3ヶ月かけ、夏休みは殆ど毎日朝から晩まで。
後方支援チームは、衣装作りや、足場を組んでの会場設営に力を注ぐ。

衣装チームでは、デザインし、パターン作りから、
1人1人の採寸をし、衣装を手作りしていく。
(簡単なズボンなどは、保護者が請け負う)
なかには合宿してまで、体育祭を成功させるために皆が頑張る。


上の少年は、3年間をマスゲームに所属したため
人一倍、思い入れも強いようだ。

自分たちも先輩たちに導いて貰ったと、後輩たちをよく指導した。
少なくとも卒業後2年間は、何があっても何処に在っても
体育祭には駆けつけたいらしい。



9日に戻って来たものの、すぐに広島へ行き、
さながら同窓会模様で、ずっと広島の私の実家泊。

明日は京都へ、という12日にやっとこちらに戻って来た。
下の少年は、膨れっ面。
自分だってずっと試合で、家に居なかったのにね。


夕食を何にしようか考えたあげく、
『 餃子が80円じゃった! 』 事件が心に痛かったために、餃子に決める。


野菜はニラだけにして、さっとお湯をくぐらせてたっぷりと。

皮も手作りしたいけれど、我が家はとにかく量を食べるので、
100も200も皮をつくってはいられない。


今回は夫が居ないので、90個とひかえめ。

兄35個 弟35個 私10個。
(残り10個は冷凍して、ピンチのときの夫用)。

物足りなさそうだったが、フツーそれで、充分でしょうに。



倖せそうにぱくつく上の少年の顔に、幼児の頃の彼の顔が重なる。

ふいに、涙がこぼれそうになる。



どうして? 懐かしい? いとおしい?

ひとり浸って、盛り上がりそうになる自分に驚く。


……私はやっぱり、
彼がひとりだちして家庭を持ったら、遠くに遠くに在りたい。

孫というものが生まれたら、
さらに遠くで、何も口出し手出しができないようにしていたい。

絶対、ヤバいもん、私。


「孫の可愛さ」 → 「嫁との確執」 決定率200%!

よ~く耳にはしてたし、まさに私は「嫁」側だったし。


早く、母としての自分から解放され、
「私」が「私」であれる、「私」の生活を取り戻したかったし。

早く早く。

少年たちを1日も早く、(立派に)育んで手放したかった。


まさか自分にそういう危険度がめちゃめちゃ高いとは、
思わなかったなぁ。。。


ペンフライパン




大学は【サービス】を受けるところなのか。





自民党が、歴史的圧勝。

投票率は、、、、

泣きたい想いをこらえつつ、これはこれでまた改めて。



私の 9月8日の日記 から、「 就職活動ツアー 」そのものへの批判へと流れ、
結果、思いもかけない展開となりました。

現役の女子大生 お子ちゃま学生 さんから、反論をいただき、有難く思っています。

例によって、お返事が凄い量になったので、こちらに。

 (最初の反論部分から転載してみましたら、
  4千字近くオーバーとなってしまったので、直前にいただいた反論だけを転載します。
  できましたら、8日のコメント群をご一読下さい)。  




大学はサービスを受けるところですよ。 ( お子ちゃま学生さん )


 >りうりう*さん

 開き直り、というか私達にとってはそうなんですよ。
 サービスを提供してくれない大学なんて、行く意味が無いんです。

 昔と違って、今は勉強しようと思えば誰でも出来ます。
 本当は大学に行かなくたって、自分で勉強できちゃうのです。
 事実、プログラミングなどはネット使いながらひとりでに覚えちゃって、
 しかもプロ並みのことが出来るなんて人がざらにいます。

 今の時代、大学に行くのは義務感or大卒という資格取得のため
 という意味合いが強いです。何のための資格か...
 それはやはりいい会社に入るためというのが一番大きいでしょう。
 より良い環境と資格(○○大学卒)を提供してもらい、
 学生は提供されるサービスの中から好きなものを選んで人生に役立てる。

 学生が受身ではなく勉強や研究をするのは『大学院』の話です。
 学部に限って言えば、民間企業よろしく代金(学費)に見合うサービスを、
 客(学生)に提供しなければなりません。
 だから今『大学民営化』が現実のものとなったんですよ。

 時代が変われば役割も存在意義も変わるんだと、私は思いますよ。
 それが悪い事だとは思いませんし、自分達がやっている事が
 間違っているとも思いません。


 >あそびすとさん

 そう。世代間に明確な隔たりがあるのです。
 平安時代と現代だったら、誰もが「全然違う」と認識できますよね?
 それと同じで、同じ日本といえど、たかが10年で違う文化が生まれているのです。
 それをまず認識しないと、お互いの相容れなくなってしまいまする。

 私は別にケンカを売ってる訳じゃなくて、ただ理解していただきたいのです。
 どっちが正しい・間違っているの二元論ではなく、異質の物を
 異質の物として存在を認めるのは大事だと思いますよ。
 それを受け入れるかどうかは別の話として。    (September 11, 2005 13:27:20)


あ!ちょっとピーンときました   ( お子ちゃま学生さん )


 同じだと思うからこそ、軋轢が生まれるのかもしれないですね。

 同じ日本人なら、同じにしなければいけない、同じ考え方でなくてはいけない
 と思ってるから

 中年「(こっちが先なんだから)こっちに合わせろよ!」
 若年「そんな事言ったって、そんなのオレ達の現状に合わないんだよー!」

 という感じでしょうか?
 それって、先に生まれてきた人に合わせなければいけないモノ?
 そもそも、どっちかがどっちかに合わせなければいけないモノ?

 いっそ、全く違う生き物と思ってしまえば
 異質がそこに存在する事にも抵抗は感じなくなるのかもしれません。
                         (September 11, 2005 13:51:56)



----本日のお返事- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ---



大学を企業化させたその先は


お子ちゃま学生さん

再び、戻って来て下さって有難う。 溝を埋める努力をして下さって有難う。

んでも、とりあえず、「私たち」というのはやめましょうよ。
貴女は今の大学生を代表してる訳でもなんでもない。
○○大学の何回生かの一女子大生でしかない。

んでも、貴女のアクセスログから、貴女の大学が推定できるだけに、
今の私は絶望感に苛まれてますよ。

おそらく、或る程度狭い世界のなかで、
おそらく幼少時より恵まれ、おそらく挫折を識らず、
おそらく大事に大事に育まれて来た若いひとが、
自分の親の世代の愚痴から「見下されている」と感じ、
自分の考えと相容れなかったら、
「全く違う生き物」として切り捨てよう、と考えることができる。

そして、そういうひとたちが、
キャリアとして国のトップに立ち、国を率いて行く訳ですから。



もう何10年も前からその危険を言われつつ、
大学制度を見直そうとしなかった、全く動こうとしなかった、
これは私たちのツケ。 国のツケですね。

このままでいいひとたちの殆どが、実際に国を動かすひとたちだったから。

 > 昔と違って、今は勉強しようと思えば誰でも出来ます。
 > 本当は大学に行かなくたって、自分で勉強できちゃうのです。
 > 事実、プログラミングなどはネット使いながらひとりでに覚えちゃって、
 > しかもプロ並みのことが出来るなんて人がざらにいます。

私の時代から既にそうでした。
んなことは誰だって識ってることです。
そして、市井で学ぶことがどんなに大変なことで、
しかも「生きて行く力」に直結しているものであるか、を識っている。

それでも一般社会は、「大学卒」に重きを置く(ようにみえる)現実。

でも、大学生だから、といって少しも偉くはないことを識り、
それに価値が在る訳ではないことを識り、
一歩市井に出れば、たちまち自分が生きて行くために、
何の力も、何の覚悟もない自分であることを識っていた当時の学生たちは、
「それでも大学生で在ることの意味」を懸命に定義付けようとし、
それぞれに努力し、頑張って来たんです。 少なくとも私は、ね。

「大学生である」というだけで、飯が喰える自分を恥じ、
親に、そして社会に喰わせて貰っていることを自覚し、
その分、それだけのことを成そう、と足掻いて来た。

 > 今の時代、大学に行くのは義務感or大卒という資格取得のため
 > という意味合いが強いです。何のための資格か...
 > それはやはりいい会社に入るためというのが一番大きいでしょう。
 > より良い環境と資格(○○大学卒)を提供してもらい、
 > 学生は提供されるサービスの中から好きなものを選んで人生に役立てる。

誰の何のための義務感ですか?
貴女を幼少時より、手塩にかけ、教育費をかけ、
育ててくださったご両親に対してですか。

義務感だけで進学できる、という環境への感謝のこころはありませんか。
そうではないひとたちへ、寄せるこころはありますか。

 > それはやはりいい会社に入るためというのが一番大きいでしょう。

 > サービスを提供してくれない大学なんて、行く意味が無いんです。

少なくとも、私の家庭では違いますね。
私は私の少年たちの大学進学を是としておりません。
そして、彼は、貴女の大学を受験することを、誰がどう説得しても蹴りましたよ。
んだから、貴女が「私たち」と語るのはやめて欲しい。

 > 時代が変われば役割も存在意義も変わるんだと、私は思いますよ。
 > それが悪い事だとは思いませんし、

これは真理でしょう。否定しません。

んでは、○○大学卒というブランドを手に入れたのに、
一般企業に就職できなかったとしたら、それは大学の責任なのですか?
大学の努力不足とでも?

貴女の先輩たちの業績不足のせいで、
貴女の大学に求人票が降りて来ない企業があったとしたら、
それも、大学の責任なのでしょうか?

貴女の大学なら大丈夫でしょうね。
向き不向きといった人格的なもので、例え一般企業に入れずとも、
国家公務員上級職が待っています。

しかし、他の大学ではどうなんでしょう。
最初に私がブログに書いたような、ツアーのある地方大学では?

そして、いまどきの採用担当者が、
本当に○○大学卒のブランド(だけ)で学生を採用するとでも?
そして、それが、就職後も通用して行くものだと?

一般企業においては、
そのブランドは、振りかざせば振りかざすほど、逆に、独り歩きをし、
ブランドを持たない、或いはブランドの違う周囲の皆から
鵜の目鷹の目で、より厳しい評価を受けるだけでしかないのです。


貴女が頑張っていない、なんて言わない。
貴女が貴女の大学に入るまでのご努力は、大変なものだったろうし、
その分、とりあえず社会に通用するであろうと期待している
「○○大学卒」ブランドを大事にしたいのも判る。

それでも。

 > サービスを提供してくれない大学なんて、行く意味が無いんです。

ヒいてしまうなぁ。。どうしても。
貴女が「意味が無い」と切り捨てる大学に通っているひとはどうしましょう。

「サービス」と言うからおかしくなるような気がします。
大学側は、あくまで「サポート」しているつもりではないのかなぁ。

我が大学を選び選ばれた(優秀な)学生が、主体的に学び、
夢(就職先)に向かって努力し、果敢にチャレンジしようとする、
そういう学生を大学はサポートする。


あそびすとさんも書かれてましたが、
私の世代も「いまどきの…」と言われて来たものでした。
今や自分たちが「いまどきの…」と言ってる訳で。

ただ、痛烈に、思う。
私たちの世代が、「いまどきの…」と言われてたとき、
もっと真剣に考え、【温故知新】するべきだったと。

そして、「予想の範囲内」として、
10年後20年後の大学を見据え、声をあげて警告を発し、動くべきであったと。

【モラトリアム】なる言の葉が流行したとき、
今の【フリーター】全盛、【ニート】な時代が来ることは観えていたはずなのに。


貴女も、10年後に10歳下のひとから言われて、きっと感じることでしょう。
「 自分たちも、『いまどきの』と言われて来た 」と。

 > 学部に限って言えば、民間企業よろしく代金(学費)に見合うサービスを、
 > 客(学生)に提供しなければなりません。
 > だから今『大学民営化』が現実のものとなったんですよ。

違うでしょう。
国立大学がそのブランドに胡座をかき、
国立大学生もまた、そのブランドに胡座をかいてきたからでしょう。
努力しなかったから。 それに尽きるのではないですか?

「サービス」を当然の如く要求するなら、
今後、学費はますます値上げされることでしょうね。

今や大学は学問の府、というのは大昔の話だと痛感しました。
少なくとも貴女にとっては、
学問の府とは、大学院なのだということも。


「より良い企業に就職する【ため】に大学へ進学をする」 といいながら、

「就職活動ツアー」のパックを利用する学生。
「当たり前のサービスを受けて何処が悪い」と思っている学生。

それは逆にむしろ、
「ニートが1番、自分に合ってる」「フリーターでいいしぃ」と
嘯いている学生より【まし】と思わねばならないのか。


現在の大学の在り方に見切りをつけ、
高卒で市井に出て実績を重ねていくひと。
専門学校で実際のスキルを高めて行くひと。
やむなく進学を諦め、市井で実績を重ねていくひと。

それでも「大卒」のブランドが勝つ、勝てるようにしている社会。

理不尽な社会に、大卒生以外のひとたちが叛乱を起こさないのは、
本当に為政者にとっては都合の良い、辛抱強い国民だなぁと思う。


う"。 今回の自民圧勝で、見事に証明してるか。。。。orz.....



# 以前、『 大学受験に成功すると【偉い】のか? 』というのを書きました。
 よろしかったら、目を通してやって下さい。


ペン霧




選挙に行こう!!!





台風15号の接近により、
沖縄県の一部では、本日に繰り上げ選挙となったが、
投票率に影響はなかっただろうか。

繰り上げ選挙とならなかった地域も、
投票時間を短縮すると聞いた。

どうぞ、台風によって、棄権を余儀なくされる方々が
いらっしゃいませんように。


* tarantini78さん ちで教えていただきました。

 『 最高裁判所裁判官 国民審査 』 で迷われている方々へ。

  広報で或る程度固めていた私も、
  もう一度きちんと見直しをかけ、非常に参考にさせていただきました!





連日、朝日新聞でも総選挙が何面にも渡って掲載され、
コラムや論壇コーナーも喧しい。

9日の朝刊 35面『 言わせて 総選挙 』のコーナーに
読者より投稿があった。
リンクしてご紹介したいところ、ネット掲載されていないようなので、
全文を引用し、紹介したい。



   ◆ ◆ ◆



   私は、14歳になる知的障害のある娘の将来が心配です。

  衆議院の解散で、障害者自立支援方案が廃案になりましたが、

  選挙後、政権交代がない限りまた提出されそうだからです。

   法案は、在宅介護などの福祉サービスを、原則1割負担にする

  内容です。 所得が不安定な障害者にとって、まず生きていくために

  必要な支援でさえ有料になるということは、大変な重荷です。

   それなのに、選挙戦で自民党は郵政民営化ばかり主張し、ほとんど

  この法案に触れません。 障害者とその親には死活問題に等しいのに、

  この法案の重みはその程度なのかと言いたいです。

   これまでにも私たちは、介護保険と障害者福祉の統合案が持ち上がる
 
  たびに、ひやひやして振り回されてきているのです。

   だれもが、事故などに遭って重い障害を負うかもしれない。

   すべての人の問題です。 今回の投票は、命のかかった重い一票なのです。


                   朝日新聞 9月9日 35面
                 ( 大阪府高槻市 堀切公代さん(40))



   ◆ ◆ ◆



選挙に行こう。

何がどうあっても、選挙に行こう。

投票率を限りなく100%に近付けよう。


憲法改正もかかってる。

しっかり観てるよ。 ずっと観てるよ!

きっぱりはっきり、伝えよう、意思表示をしよう。


ペン励


今日は、ホワイトバンドディでした。





[ 2005/09/10 20:35 ] 行きました^^*☆ | TB(0) | CM(24)

消火剤噴射事件





ショックだった。


ただただ、ショックだった。



第一報は、軽ワゴン車の助手席から、通学途中の中学生に向けて、
消火剤を噴きつけられ、中学生66人が病院へ運ばれた、というもの。


「 犯人は若い男女で逃走中 」 と いうことだった。


不審者対策で、全国の小中学校が各種対策を練っているなか、
移動中の車から、こうした薬を噴きつけられては、
打つ手も何も、どうしようもない。

こうしたケースもある、ということに、ただ茫然とし、

こうした悪意にさらされる子どもたちを、どうやって守ればいい。
どうやって立ち向かっていけばいいのか??
万にひとつのケース、と諦めるしかないのだろうか。。。
などと、独り、頭を抱えていた。


続報にて、犯人の男女が逮捕され、中学3年生であることが判明。


しかも女子生徒は、同じ中学校の生徒だった。。。。!!
運転手は、同じ中学校の卒業生である。
消火剤噴射の話は、この女子生徒が計画し、持ちかけたとの由。


行為の理由は、


 「 最近、○○中の生徒がむかつく。 生意気だった 」


そして、「 面白かった 」と続き、全く後悔していないとの由。



#$%&=@*~~~!!!


この女子生徒は、長らく不登校だったという。

「 ○○中の生徒が、、」と 憎みながら、気にしていたことが伝わってくる。


校長先生の談話がとても虚しく響く。

こうなってしまうまでに、誰ひとり、何の打つ手もなかったのか。
なかったハズはない。 最初は誰かがきっと動いたことだろう。

しかし、その取り組みは、学校によって、先生方によって、担任によって、
考え方もアプローチの仕方も天地ほど違うことを、私たちは識って、いる。


どうしてこうなってしまうのか。


かくも子どもたちのこころの闇は、限りなく深く、暗い。


ペン痛

消化剤→消火剤、変換ミス、直しました。


※ 今週の読了本メモ 

   『木曽秋色』 島京子/編集工房ノア(再読)
   『数学で何を学ぶか』 森毅/講談社現代新書(再読)
   『機械じかけの神々』上下/五代ゆう/富士見ファンタジア文庫
   『木の国の媛』 ひかわ玲子/徳間デュアル文庫
   『根の国の御子』 ひかわ玲子/徳間デュアル文庫
   『大和の国の王』 ひかわ玲子/徳間デュアル文庫
   『愛か美貌か』 中村うさぎ/文春文庫
           




○○大学、東京就職活動ツアー





昨夜、最終便に間に合わなかった夫を、
下の少年の高校のある街まで車で迎えに行った。
(この街は、台風でかなりの冠水)

こういった日は、いつも帰る道々、
会社関係の四方山話をするのであるが。



その日の予定のひとつ。

地元大学の就職部の先生との面談で、夫はとんでもない話を聞く。

 (就職活動をする大学生は、
  もう、うちの上の少年と2つしか違わない、と思うととても感慨深い)。


最近の大学は、東京で就職活動をしたい学生たちのために、
旅行会社と提携して、ツアーを組んであげるのだそうである。

種々の会社説明会に出席できるよう組まれたツアーで、
2泊3日の行程にて、学生側の費用は1万円。

どうしても東京へ就職したい学生にとっては、
説明会に合わせて上京するだけでも大変であるが、
旅費込みの1万円で2泊3日とは、願ったり叶ったりの
とても有難い企画ではないだろうか。
(あちらでの行程が定かではないが、過保護とさえ私には思える)



ところが、今夏、その旅行会社の担当者から、
とても困った声で電話があった由。



「 部屋をツインにしてくれないか 」


と ツアー申込済みの2組の男女学生から依頼があったのだと言う。


 「 どうしましょうか? 」


と担当者に問われ、就職部部長さんは、絶句。








……それは「 予想の範囲外 」でしょうよ。


あぁ、もう、世も末。


頭から氷水ぶっ被って、出直して来やがれ!!! (ぜーはー)



今は一線から退いているが、私だって採用担当者だったのである。


こーゆー話には、笑えない。  断じて笑えない。


ぶぁっかも~~~~~ん!!!!   

ペン赤カード



[ 2005/09/08 16:34 ] 徒然草 | TB(0) | CM(39)

PTA広報紙考 ( PTA新聞 )




昨年、中学PTAの副会長として、
昨年度より、予算圧縮によって、企画、レイアウトから印刷まで、
手作りを余儀なくされた中学校のPTA新聞づくりに深く関わった。

現在は、中学PTAを卒業しながらも、顧問として関わっている。


楽天ブログでは、PTA役員として、
広報誌づくりに携わっておられる方々が数多くいらっしゃり、
今春より、皆さんのご活躍ぶりを読ませていただきながら、
わくわくしつつ?、かな~~り、深く、深く考えさせられてもいる。


  ※ mi-ponさんyukimama1992さんmomoyadesuさん にトラックバックさせていただきます。




● PTA広報紙のめざすもの。


各学校で様々な指針があるだろうが、
基本的に、PTA広報、PTA新聞とは、その名の通り、
PTA会員がPTA会員に向けて、
或いは、学校を見守り育んで下さる地域の方々に向けて発信する、

「 PTA活動 の 広報 」
「 PTA の 新聞 」である。


故に、PTA新聞を読めば、
そのPTAの概要が一目で判る怖いものだと私は思っている。

概要ばかりか、その在り方、行事の進め方、雰囲気、空気までも。


学校新聞でも、子ども新聞でもない。
PTAが、PTA会員に、伝えたいことを伝える媒体なのであり、
PとTを結び、地域へと情報発信する、
地域と学校とを結ぶ、掛け橋となり得る媒体なのである。


そうたり得るため、広報担当者は、
ひとりでも多くのひとの目に触れるための努力をし、
しっかり読んで貰えるような努力をする。

「感動」を伝え、事実を書いていくことで、
現況から、より良い状態を目指していくことが、広報の役目である。


考え方によっては、PTAにおいて、
これほどクリエイティブで、楽しく、エキサイティングな分野はない。


だが、ブログに書かれている広報委員さんたちの殆どは、
様々な状況のなか、日々、悩み、想い惑い、あちらこちらとぶつかり、
結局は、昨年度の新聞、広報誌を踏襲した、無難なものをつくらざるを得ず、
苦労多く、実り少ない結果に、報われない想いを抱え込むのである。

……そして、せめてもの自分へのご褒美と、
学校行事での撮影で、「広報」の腕章をつけ、
特等席で我が子をアップで撮影できたことで良し、としなくちゃ、、等、
我と我が身を慰めている実情をあちらこちらで目にする。



どうしてこんなことになってしまうのか。



原因は多々あると思われるが、以下の3つは大きいのではないか。


 1) 学校側(PTA執行部側)の締め付けが厳しい。

    昨年度踏襲を原則とし、変化を好まない。
    中身の校閲が厳しく、冒険を許してくれない。

 2) 評価して貰えない。
    
    昨年度踏襲型は、一見、何の変化もないため、誰も本気で読まない。
    「ヤって当たり前」「できて当たり前」。
    執行部すら、きちんと読んでいない。
    「ミスさえなければそれで良し」と公言する。

    PTA一般会員も読んでいないため、評価が低く、
    運動会などで「広報」の腕章をつけた役員が撮影することを、
    目障り、特権を振りかざしている、不公平だと反感を持っている。

 3) 達成感がない。

    年に2~3回発行するが、読んで貰えないため、
    感想や評価を聞くこともなく、非常にモチベーションが下がる。

    広報委員が何人居ても、実際の作業に明るいひとが効率的な役割分担を
    しなければ、実際に動き、原稿を書いたりレイアウトしたり
    作業する人員は限られてきて、「皆で苦労してつくりあげた」という
    喜びを感じることができない。

    実質、広報委員長とPCを遣いこなせるひと数名だけが
    苦しんで作り上げた形となり、他の広報委員もモラルが下がる。



これの打開策は、やはりPTA執行部(と広報委員長)にある。


 魅力のないPTA新聞、PTA広報誌は、
 とりもなおさず、そのPTAそのもの、PTA執行部に魅力がないからだ。

               (↑自省込めて書いております、念のため)



まずは、つまらん広報誌を前にして、
広報委員会に丸投げしてきた執行部が、自ら反省することから始まるのではないか。


全国レベルのPTA新聞コンクール、広報誌コンクールの質の高さ!
実際に手に取り、目にして、それにまず学ぼう。


見出し、レイアウトの素晴らしさもさることながら、
どんなに、それらのPTAは活き活きと輝いているか。

どんなに、皆が、嬉々としてPTA活動を楽しんでいるか。

自分たちの広報誌が、何故、どうしてダメダメなのか、原因をさぐろう。


皆が皆、読みたくもないような、つくりたくもないような
PTA新聞や広報誌は、会費と労力と紙の無駄。
やめてしまえばいい、と私は思う。

事実、廃止する方向で、皆が語り合う必要があるPTA、
切実にそれを望んでいる広報委員は必ずあるはずだ。


ただ、やめる前に、きちんと総括しよう。

どうして、今の時代までPTA新聞や広報誌が残って来たのか。

最初は何の目的で始まり、その目標は達成されたのかどうかを。



原因が明らかになったら、それらへの対策を練ろう!
総論的に、方法論的に。


んで、↑ これらのことは、執行部が主導してこそ、だと思われる。



全国の会長さん、副会長さん。
そこかしこで泣いてる、苦しんでる広報委員さんたちの声に耳を傾けて下さい!

「広報さんは頑張って欲しい」なんて、上から物を言ってる場合じゃない。


それらの声は、【 広報さんの我侭 】 ではなく、

ご自身のPTAが抱えている根本的な問題だったりする場合 が

きっときっとありますですよ~~~!!!


痛




追記) いつも 頑張って 頑張って 頑張ってる、
     こままさん にもトラックバックさせていただきました。(エール!!)




ジャンル : 学校・教育
テーマ : PTA

タグ : PTA PTA新聞 PTA広報 PTA執行部 PTA本部 PTA役員

[ 2005/09/07 19:29 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(49)

台風、抜けました。






一晩中、突風が吹き荒れ、雨がシャッターを叩いていたが、
午前5時には、なんとか、時折きつい風が吹く程度。

安芸灘地震以降、何かと地盤の狂いが出始めているこの地の被害を
心配していたが、幸い、大きな事故もなく、過ぎたようである。

これだと高校はあるなぁ、とお弁当の支度。

午前6時。

町内の小中学校は、大事を取って本日も休校なり、との町内放送に、

 「 なんで、高校も休みにしてくれんの~~~?? 」と言いつつ、

下の少年が起床。



昨夜の鉄板焼大作戦が功を奏し、
夫と下の少年は、すっかり仲良しこよし。


さぁ、映写会だ!と、ビデオをセットした途端、夫は即、眠りのお国。

 「 やっぱりねぇえ 」

と下の少年と顔を見合わせていたが、
なんと、私まで眠ってしまったらしい。

 「 信じれんけん!! 」

と、今朝の少年、すっかり むくれていた。




大事をとって、始発から2本目の電車で出勤しようと
出掛けていった夫から連絡が入る。

心配していたJRは、案の定、超徐行中にて、
駅に何時に入ってくるか判らない、という。

聞いていた下の少年の顔が、ぱぁあっと明るくなる。


 「 やったーー! おかあさん、公認遅刻ぢゃ!! 」


急遽、夫を呉の駅まで車で送ることになり、
その途中に少年の高校があるため、同乗するように言うと、


 「 ぶっぶー! せっかく遅刻してもいいんぢゃけん 」


余裕の顔して、殊更ゆっくりと朝食を楽しんでいる。

なんちゅー、心掛けの悪さだ!
願ってもない便があるっちゅうのに。


 「 おかあさんは、高校時代、楽しくて楽しくて。
   日曜日が嫌なくらい、学校へ行きたかったよ? 」


 「 おかあさんの高校には、○○先生、おらんかったじゃろ? 」


あぁ、不覚にも吹き出してしまった。。。。orz.....




しかし、ここまで、クラブ顧問の先生が嫌、というのはどうなんだろう。
県大会まで行けるクラブなのだから、
そこそこの指導力はあられる先生だと思うのに。


うちの少年だけの我侭ではなく、皆が嫌がっている。
毎年、皆が先生の異動を願掛けするくらいである。

先生が悪者になることで、皆がまとまっているのか??
先生を見返してやろう、と頑張るのか?

しかしそれでは、或る程度以上は育つまい。
先生に育てていただく、という気持ちも持てねば、
バスケができる、という喜びも持てていない。

揚句、胃まで傷めてしまって、、、、どうするのだ。


 ◆ ◆ ◆


夫を呉に送っていく途中、
店舗のウィンドウを保護する大きなシャッターに、
突風で煽られて、音がしないよう、
シャッターと柱との間に、
しっかりダンボールの切れ端をかませていた自転車屋さんを見た。

おじいさんらしきひとが、高い脚立の上で、一切れ一切れ、
そのダンボールの切れ端を取り除いておられた。


ご近所に、音で迷惑を掛けないよう、ひと手間もふた手間も
掛けておられた自転車屋さんに、ちょっと感動した。



これから、台風は北海道へ進路を取る模様。
bamukero3さん、珠玉さん、お気をつけて!

西日本では、大きな被害が出ました。
どうぞ、これ以上の被害が出ませんように。


ペン自転車



久々の一家団欒、、、、、、んんんんんんん?




台風14号がやって来るということで、
下の少年の高校も昨日の段階で休校が決まった。

昨夜は夫も早めに帰宅し、今日は休む、という。

いつも忙しくあちらこちらを飛び回り、
ここのところ、ずっと休みが取れなかった夫。

超大型台風ということで、
昨年は瓦が飛んだ夫の実家を心配したのと、
瀬戸内沿岸のJRローカル線は、大雨だとすぐストップするため、
身動きが取れなくなることを警戒したのである。


、、、、ということで、思いがけなく平日に全員が揃った。


といっても、夫と私は仕事を抱え、それぞれPCと電話に向かい、
下の少年は朝寝を貪り。


だもんで、ブランチを用意しつつ、

ついつい、『 めんどくさ~ 』 と 思ってしまう私(゚゜)\バキ☆


寝起き悪く、食卓に向かい、あれこれと夫に話し掛けられ、
『 うざ~~っ!! 』 と 思っているのが、如実に判る下の少年。


浮き浮きと喜んでいるのは、夫のみ。


ごめんね、せっかく君が居るのに申し訳ないね、、、と思うのだが。
なんだかペースが乱れて、なんとなく私も不機嫌。


夕食はなんにしよう。。。。。 ← 『 めんどくさ~~~』(゚゜)\バキ☆



ぃやぃや、ごめんね。
事故も病もなく、みんな元気で揃ってるのに。
これ以上の倖せはないはずなのに。


夕食は、食卓囲んで会話の弾む、鉄板焼きにしようかな?


下の少年には、夕食まで、めいっぱい日頃の遅れを取り戻してもらって、
夕食後は、何か録画しておいた映画をみんなで観ようかな?
(夫は、すぐに寝てしまうだろうけど)


九州方面では大きな被害となっている。

東京の冠水も気に掛かる。

どうぞこれ以上の被害となりませんように。


ペン台風



[ 2005/09/06 14:38 ] 徒然草 | TB(0) | CM(24)

ゴーヤ物語




相変わらず、茹でたオクラ丸齧り の毎日だが、
2日に、義母が ゴーヤを10本 持ってやって来た。

この地でも、ブームなゴーヤを栽培するお宅が増えてきたが、
新しい物嫌いな義母は、却下。 食すのも嫌う。


だもんで、ご近所からゴーヤをいただいた義母が
まんま我が家に下げ渡しをされた のである。 


早速、有難く2本を薄切りにして塩もみし、ゴーヤチャンプルーにする。


お豆腐は水切りして、先に炒めて取り出しておいて、
味付けには少し隠し味で味噌を入れた。
仕上げに鰹節を山盛りかけて、美味し~~~~~!!


こままさんち で、衣にゴマを入れた天麩羅が美味しいと伺い、
やってみようと思いつつ、夏野菜で冷蔵庫がいっぱいなため、
つい 袋に入れたまま、キッチンの床に置いていた。



昨日は、うちの高1バスケ少年の新人戦 県大会。

地区大会を見事突破しての、県大会は、無事1回戦突破。


( まだ、腰に爆弾を抱えていることをクラブに届けていない!
  昨日の試合では、30秒!!! 出していただいたそうである。。。。)


消耗した顔をしつつも、
30秒出ただけで 体力的にはすこぶる元気な下の少年と夕食を済ませ、
TVニュースを一緒に観ていた。



ボムっ ! 

キッチンで、何か小さなものが爆発したような音がして、2人とも一瞬固まる。    凍  ??



 「 …… 何か、ものが落ちたんぢゃない? 」 と、引き攣った顔の少年。


 「 …ぃや、違う。。。確かに、ボンって破裂するような音がしたよね? 」



我が家はオール電化なので、ガス爆発の心配はない。

では、なんだ???


 「 あっ!! おかあさん、スイカよ、スイカ!

   スイカ買って、冷やさずに隠しとるんぢゃない? 」


先日、やはり下の少年とTVを見てたら、スイカが爆発する話をしていた。

曰く、スイカ泥棒されたスイカは、かなりの確率で爆発する、というのである。


 何 故 ???


スイカはデリケートなもので、
蔓から切り取るときは、実よりかなり上の方で切り取り、それを上にして
出荷まで、スイカにできるだけ刺激を与えないように取り扱うべきものらしい。


スイカ泥棒されたスイカは、短時間で収穫して持ち去らねばならないため、
蔓から乱暴にもぎ取られ、複数の人間の手から手へ投げ渡されるケースが多い。


結果、ヘソの緒のように繋がっている蔓から雑菌が入り、
揺さぶられた実の中で繁殖し、冷やさずに置いておくと
スイカの中身が膨張し、ボンっと破裂するのだそうである。

実験していたが、ポンポンと、確かに次々と爆発する。
なかには、中身があたりに飛び散るほど大きく爆発するもの在った。



下の少年は、それを思い出して言ったのである。


 「 いや、今、スイカは買ってないし、
   買ってたとしても、隠すという 意味が わからんしぃ!  」


言い返しつつも、彼の言の葉に ヒントを貰う。

たしかにあの小さな破裂音は、スイカ爆発の音に似ていた。

スイカは瓜系。
となると、考えられるのは、、、、 ゴ ー ヤ !!!

置いていた袋に駆け寄ると、
見事、ゴーヤたちは黄色に熟し、
なかでも1番大きかったゴーヤが破裂していた。


 「 ををを! 」


下の少年が飛んで来て、爆笑しながら 


 「 おかあさん、ゴーヤ、盗んできたん? 」


そんなわけないやろ~~~~~!!! ヽ(`Д´)ノ

混乱



ジャンル : ブログ
テーマ : 本日のネタヽ(´∀`)ノワショーイ

タグ : ゴーヤ 爆発音 ゴーヤ爆発 スイカの爆発 瓜系爆発

フェア・トレード


昨日の日記 で 『 ピープル・ツリー 』 に ついて 言及しました。



【ピープル・ツリー】とは、人と環境を考え、
貿易を通じて 途上国の生産者の人々を支援する活動をしている団体
『グローバル・ヴィレッジ』が発行している通販カタログです。

夏に、珠玉さんに教えていただき、
嬉々としてカタログを取り寄せ、色々と考えていました。



根幹となる精神は、 フェア・トレード


その名の通り、フェアなトレードをする、ということで、

途上国の最貧層にある生産者が、社会、経済、環境面において
望ましい暮らしを送れるように、充分に配慮した交易を行うこと。

公平な取引条件のもとで、公正な報酬や対価を保証することを意味します。




よい機会なので、今日はもう少し突っ込んで調べてみました。


現在、フェア・トレードを推進する活動は、2つに大別されていました。


1) 「商品」にフェア・トレード商品であることを認証するラベルを添付して、
   先進国のスーパーなどの店頭で、フェア・トレード商品であることを
   認識して貰って購入してもらう方法。


2) 先進国のフェア・トレード商品小売業者が、それぞれ「生産者」の状況を評価・
   判断して、フェア・トレード商品を輸入し、独自に販売していく方法。



1)は「フェア・トレード認証ラベル活動」とも呼ばれ、

国際フェアトレード機構( FLO: International Feir Trade Organization)によって
統括されており、「製品ごと」に詳細な国際フェア・トレー基準を策定し、
生産者がこの基準を満たしているかどうかを審査・認証。

現在では、アフリカ、アジア、ラテンアメリカ45カ国以上の国で、
400を越える生産者団体を審査、認証している由。
認証された製品には、フェア・トレードラベルが添付され、販売される。
(主に、珈琲、紅茶、チョコレート、一部の果物、野菜、サッカーボールなど)



2)が、【 ピープル・ツリー 】の『グローバル・ヴィレッジ』が加盟している

国際フェアトレード組織連合
(IFAT: International Federation for Alternative Trade)で、
先進国と途上国60カ国の200に及ぶフェア・トレード組織と生産者団体が加盟。




  ◆ ◆ ◆



ふひぃ。

要は、「製品」に対して認証するものと
「生産者団体」に対して認証するものの違いで、

この規約を観ると、かなりの厳しい基準をクリアしているようです。



私の心に響いたのが、『 寄付ではない 』ということが、ひとつ。



確かに、私は飢えていない。

でも、裕福では決してない。


「募金」や「寄付」ということに対しての私のもやもやや、考えは、

以前の日記、『 5月9日はアイスクリームの日ですと!! 』 と
コメント欄にて綴りました。


何より、そこにこころ寄せる、最初の1歩であろう、ということとは別に、
赤十字の決算を目にしても、維持費、管理費、人件費、莫大なもの。

実際に被災地、当該地まで届くお金は、ほんの僅か。

ここまで大きな組織であれば、仕方のないことだろうけれども
事務所に新しくて凄い机があったりするのを見ると、
なんか違う、、、とつい思ってしまいます。
赤十字にしてそうなんだから、、、って思ってしまう私がどうしても、在る。


また、お時間あるときに目を通していただければ幸いです。




寄付、ではない。


貧困のない 公正な社会(買い叩かず 適正価格 で 長期的に取引をする)。
対話と透明性、互いの敬意に基づいた貿易のパートナーシップ。


う、美しい。。。。。!!   嬉しい。


自分が欲しい、というものがあって、
それを適正に、公正に(誰を泣かすこともなく、喜んで貰って)入手できる。
それもかなり、ダイレクトな形で。


これって、やっぱり嬉しいなぁ、と思う。 ……両想い?


「寄付行為」に伴う、偽善者めいた、なんか後ろめたい、
或いは、なんか釈然としない、なんかもやもやする、
なんか落ち着かない、ヤな気持ちがない。


ホワイトバンドもそうだなぁ、と。
バングラディッシュのホワイトバンドなら、
購入するのも、ほんとすっきりする。


んでも、日本のシリコンゴム製のものは、、、
ぅん、あれは【 意識を変えよう 】という、はじめの1歩。
あれだけのうねりを生み出せたのだから。


例えファッションでも。
「これは何?」と問われれば「これはね…」と誰もが答えることができる。


これがはじめの一歩。
そう、私自身がじっくり考え、位置付けることができた。


やっぱり日本のもアリ! だったよね、と思いました マル



 # 昨日の日記にコメントいただきました、
   フェア・トレード商品を積極的にブログで取り上げて行こうと提唱される、
   YO-C/HIGH-KOOLさん にトラックバックさせていただきます。

ペン丸



[ 2005/09/04 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(13)

ホワイトバンド が 到着しました☆  (追記あり)





ホワイトバンド が到着です!!!    ペン跳



とうにご存知で、
早くから身に付けておられる方もたくさんいらっしゃるでしょう。


私は、ネット注文をして、ずっとずっと待って、
やっと昨夜、ヤマトさんが届けて下さいました。



下の少年に、「 つけてね 」と渡すと、
なんと彼は喜んで受け取り、つけて登校しました。


クラスの友人が、2人つけていたと。
そういうのに敏感なおかあさんが、
何故なにも言わないんだろう、と思っていた、と。


さりげない一言が、ちょっと嬉しかった。




私は、昔からへそ曲がりで、
これみよがしに 「 寄付したよ 」 とか、
なんだかんだとシンボルマークをつけて、
ひとと同じ行動することに、どちらかというと抵抗があるのです。

んでも、このホワイトバンドの主旨にはとても共感したし、

【 今、自分ができることをしよう 】と思いました。



リンク先へジャンプしていただければ嬉しいのですが、
このホワイトバンドの主旨は、

「 貧困をなくそう! 」という想い です。



もはや 寄付だけではどうにもならない。

20年前、アフリカ救済イベントで280億円の寄付が集まりましたが、
アフリカでは先進国への債務返済に一週間で消える額でした。

貧困を地球からなくしていくためには、
みんなの声を集め、政策を引き寄せ、
世界の根本的な構造を変えていかねばならない。

ホワイトバンドをつけて、その声を集めよう、という運動です。


ホワイトバンドは、これを身につけて
「貧困をなくそう!」という思いを表す【シンボル】なので、
例えば、白い紐や包帯、自作のものでいいのです。


リンク先の「ホワイトバンド」は、
日本版のオフィシャルホワイトバンドの紹介サイトです。

私は、ネット注文しましたが、
全国主要書店他、ファミマなどで販売されているそうです。(1本300円なり)


現物を手にしてみて、恐れていた通り、
材質的に私には無理そうなため、綿100%のバイアステープで、
私のホワイトバンドをつくろう、と思っています(^^)/☆☆☆



ペン晴




★ 追記) 珠玉さんの日記 で、バングラディッシュでつくられている
  綿100%のホワイトバンドが紹介されています。

  やはり珠玉さんに教えていただいた、【ピープルツリー】のカタログに
  載っていて、こちらも注文しよう、と思いました。

  【ピープルツリー】は、人と環境を考え、貿易を通じて途上国の生産者の人々を
  支援する活動をしている団体『グローバル・ヴィレッジ』が発行している
  通販カタログです。

  このホワイトバンドだと、収益はバングラデシュ衣料向上労働者の支援に使われるので、
  より直接的で、納得しやすい。 洗い替えも考えて5本位購入しようかな?



ペン波小2ペン波小1





★ 追記2)
 mi-ponさんとのやり取りのなかで調べてきました。
 ちゃんと識りたい、と思っていたので、よい機会をいただきました。
 色々あるとは耳にしていましたが、
 ブルーバンドが3つあることを初めて識りました!

【ブルーバンド】
 テニス界のスーパースター、アンディ・ロディックが、
 虐待や見捨てられた子どもたちのために2001年に財団を設立。(通称NO COMPROMISE)

もうひとつの【ブルーバンド】
「平和を培う」を合い言葉に始めた、戦災などによる難民救済のための基金。

もうひとつの【ブルーバンド】
 津波による被害救済、復興を支援するための基金。

【イエローバンド】
 ランス アームストロングのがん患者支援活動。(通称LIVESTRONG)

【パープルバンド】
 動物愛護と密猟などの保護のため、動物虐待による動物保護の基金。

もうひとつの【パープルバンド】
 喘息などの肺疾患(肺ガンなど)の予防や撲滅、支援のための基金。

【ピンクバンド】
 1980代からアメリカで展開されていたピンクリボン運動から。
 乳がん撲滅推進活動。

【レッドバンド】
 タバコの健康被害・副流煙対策活動。

【オレンジバンド】
 喫煙による癌の危険性についてディスカッションするキャンペーン基金。

【グリーンバンド】
 地球温暖化防止の植林活動。
 スノーボーダーが先頭に立って行っています。


 世界中で、いろんなバンド活動が行われているようですが、
 日本では、ホワイトばかりがクローズアップされました。
 キャンペーンの仕方が上手であったことが大きいのでしょうか。

 中田選手やミスチルの桜井さんがしてることが大きかった??

 直接、バングラディッシュの労働者のもとに届くホワイトバンドと比べ、
 シリコンゴム製であるこのバンドの運用のされ方はどうなん?と
 実は私も少々疑念を覚えるところもあるのですが、
 例えファッションとしてでも、ここまで大きな流れになったことは、
 他のバンドにも目を向けることに繋がる素敵なことだっと感じています。

 誰かに「それは何なの?」と訊ねられたら答えることができる。
 それだけでも凄いことだと思うし、
 まずは、問題を識る、ということ、入り口に立つ、ということ、
 意思表示をする、ということだなぁ、とも思うから。



★追記 3)

 いろいろ調べてたら、【レッドバンド】にも3つありました!

 まだまだ、出てくるかしらん??


【レッドバンド】

  ●Tobacco-Free Kids  喫煙と副流煙の危険についてアピールと研究
  ●Vistacareが実施する糖尿病から子供のHIVまで
   幅広い病気を対象とした研究基金。REMEMBERという言葉が入っている。
  ●My Soldierキャンペーン
   イラク戦争で従軍している兵士のための手紙や必要製品提供のためのキャンペーン。



[ 2005/09/03 22:18 ] 徒然草 | TB(0) | CM(35)

ワイシャツの衿




夫のワイシャツの衿が擦り切れそうになると、
衿を外して、擦り切れそうな部分をミシンでたたき、
衿を裏返してまた縫い付ける。


衿はとても細かい縫い目なので、解くにも時間がかかり、
逆カーブで縫い付けるため、結構な神経を遣う。


夫のお気に入りのシャツの場合、
衿の両側がどちらもダメになったら、
衿を取ってしまって、スタンドカラーぽい私服に変身。


少年たちが幼かった頃は、スモックに縫い直して、
フェルトでアップリケをつけたり、チロリアンテープで遊んで、
泥んこ遊びやお絵かき用に遣っていた。

後はスーツなどの上から着せ掛けて、埃避けカバーなどに。


この地に来て、何かと忙しく、
TVを観ながら衿を外すことはしても、
裏返して、また縫い付けるところまでなかなか行かない。


だもんで、「 たちまちここへ置いとこう 」と

衿を外したワイシャツ、外すところまでいかないワイシャツが、
紙袋いっぱいになってしまって、途方にくれている。
(本を仕入れて来たばかりだし(笑)、これだけの量だとヤる気が出ない)



んで、これって、
みんなヤってることだと思ってたら、どうも違う。。。。?(汗)


んでも、母もそうしてたし、
(父はお洒落で、ネーム入りのオーダーのワイシャツだった!)
いつも横を向いてたり、本を読んでたりして、
真面目に授業は受けなかったけど、高校の家庭科でも確かそう習った。


私って、単なる ケ チ だったんかな??

ペン?




[ 2005/09/02 08:56 ] 徒然草 | TB(0) | CM(32)


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