今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

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ずるぅい!





月曜にある三者懇で、私の代わりに行ってくれることになった夫。

担任の先生に何を聞いて欲しい? と 訊ねて来たので、


「 修学旅行の行き先変更の公式説明を聞きたいのと、
  應援団廃止の公式見解を聞きたいのと、
  毎日のちまちました服装検査についてどーよ、ということと
  んで、これらについて先生自身はどう思ってるか、
  生徒たちはどのように感じてるように見えるか 」


と、ずらずらと並べ立てたら、呆れられてしまった。


「 君は、仁の学業関係やら進路について、心配じゃないの? 」


う"~ん。。。。進路は確かに心配だけど、
まだ、本人も固めてない状態だし、
学業関係って、そんなの、先生に相談してどうこう、ということなのかな。


手渡された「成績評価」が、余りに納得できないものだったら、
訊ねてみたりは、するかも知れないけれど。


考えてみたら、これまで、私は私の少年たちの「成績」について、
「懇談」したことは、なかった気がする。


クラスで、学校で。 うちの少年たちがいったいどんな風であるか。
我が子がどうの、ということよりも、
先生からみたこのクラスは、どんなクラスなのか、
そんなようなことばかりを伺って、帰っていたような。。。。


んでも、高校だもんね、
懇談内容が、生活態度、クラスの雰囲気云々では
ちょっと情けなさ過ぎるかも。


確かに、上の少年の高校での三者懇は、
先生が各種成績表を机にずらりと並べ、一方的に上の少年を褒めちぎり、
「 ふへ? んぢゃ、こちらが何をどう言えばいいんでしょ? 」と
あたふたしてる間に、それで終わり、といった感があった。

上の少年の学校としては、先の先の進路は生徒を信頼し、お任せ。
とりあえず、目先の「本人が入学したい」という大学へ入るための
アドバイス、フォロー、お手伝いをしましょう、という感じだった。


さてさて、下の少年。 どんな懇談になるのでしょう。



で、タイトルの「 ずるぅい 」。



下の少年の 突然の修学旅行の行き先変更 の話から、
夫に、「 ほんと、我が家は一家で北海道に縁がないよねぇえ 」と言ったら、


「 あっ!! ごめん、来週の出張は北海道なんだ~☆

  先月決まったんだけど、
  きっと君がむくれるよなぁと思ったから、言えなかった 」。



な、 な ん で す と ぉ ぉ おおおお ? ?


確かにむくれましたわよ。

仕事だから仕方な、、、、くないっ!!!

私が6度計画し、6度流れた 北の大地!!

2度は切符まで手配して、、、、。

そんなあっさりと、君は行けるのか? いいのか、それで?

どう考えても、ずるぅぅい。。。。って思っちゃう。



来週ってば、下の少年も合宿で不在だから、

元気だったら、私だって何処だって行けたってことぢゃん!

あぁ、悔しい。

みはらし温泉へ、4日くらい湯治に行って来ようかなぁ。。。
          ↑(……気持ちが全然、華やがない..... orz)


あぁ、ダメよ。 仕事部屋のお掃除が~~~。


ペンぷんぷん



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大変だっ!!!!




広島時代では、ずっと夫と共に仕事をしてきた。


10年前、この地に泣く泣く転居して来て、夫はJR電車通勤。
広島を9時台に出る電車が最終となるため、まず夫はそれには乗れない。


だもんで、週のほぼ全部。
午前0時40分に、下の少年の高校がある町の駅に最終で着く夫を
私が車で迎えに行くことになるか、
翌朝が早い場合は、広島の私の実家に泊まることになる。


同居中は、車がなかったため、週の殆どを私の実家に泊まっていた夫。

何故、私が夫の実家に在り、夫が私の実家に泊まるのだ?

広島が恋しくて、泣いてばかりの私には、
とても理不尽に感じられることだった。



転居にともない、私はフレックス出勤として貰い、週に2~3日の通勤。
後は、自宅にてイントラネットを駆使して仕事をしてきた。


同居中は、午後8時半が消灯だったので、
部屋中まっくらにして、PCの電気が外に漏れないよう、
座布団でモニターをできるだけ覆って仕事をした。


近居となって、会社は、自宅を会社の分室として認めてくれ、
キッチン横の私の仕事部屋に、
会社の電話とPC、FAXを設置してくれた。


ネット上の出勤簿に自分の業務時間を10分単位で自己申告する。
どうしても必要な打ち合わせがあるときのみ、出社した。


だから、PTA役員として、めいっぱい行動することもでき、
義父母の介護生活も、私自身が不調に倒れても、仕事ができた。

とてもとても有難く、会社には感謝している。


 ◆◆◆◆◆


で、「 大変だっ!! 」 のなかみであるが( 前振り長っ )、

昨年から、うちの組織はIP電話を導入した。

んで、この度、自宅の会社電話やFAXもIPにしたいから、
近々、簡単な工事が入る、というのである。



どぇええええ!!     ペン驚


今、自宅は、どの部屋も足の踏み場がないよぉん。
仕事部屋なんて、本と書類と(書類は、会社関係ではなく、殆どPTAだ)、
本と本と本と本とで、殆ど開かずの間に等しい。


家事で何に手を抜くか、と言ったら、掃除だもん。

加えて、ここのところずっと伏せってたから、幽霊屋敷に等しい。


どーするんだ、どーするんだ、どーするんだ!!>私。  ペン慌


んんんん~~~。
いつかこんな日が来ると思ってたけど、今か~ぃ。


   シンプルライフ、整理整頓へ良い機会を貰ったと感謝して、
   まだ、あんまり動けないんだけど、そんなこと言ってる場合ぢゃない。
   ヤルしかないよね。


とりあえず、仕事部屋のものを全部、仏間の隣の部屋へ移そう。。。。orz.

話はそれからだ。。。。。あぅぅぅ>自業自得。


ペン凍




お買い物のできる喜び☆☆




1日の夜に 左手の甲の皮がズルっと 剥けてから、、、、

脱ステロイド1年10ヶ月目にして、
離脱当初の如く酷いリバウンドでヘコんでいたが、
10日目を境に、ぐんぐんと良くなって行った。


それでもまだまだ外にはとても出られない。
未だ、レースのカーテン越しでも、日の光に肌がピリピリするので、
洗濯は日が落ちて回して、夜干しして、日が落ちてから取り入れる状態。


だもんで、食材も、根菜類は豊富にあるとはいえ、
牛乳や卵は、深夜、コンビニで夫に買って貰い、
冷凍食材、保存食品、缶詰類が遂にほぼ底をついた。


最後までぐしぐししてた耳からも浸出液はもう出ておらず、
これなら日が落ちてからなら外出できそう、と、
買い物に出掛ける決心をする。


日が落ちても暑いのに長袖。
白い綿手袋をし、
首には保冷剤を入れたバンダナをぐるぐるに巻き、
帽子を目深に被っての、絵に描いたような不審者。


それでも。
久々のスーパーで、何にしよう、と食材を選び、
ぽんぽんカートに入れていくのは楽しかった。

日頃、なんでもない、むしろ面倒なこれらのことが、
どんなに倖せで、有難いことであったか。

嬉しさをかみ締めながら、ぽんぽん、ぽんぽんとカートに入れていく。

お肉、おさかな、ヨーグルト、お豆腐、納豆、お菓子(、、は見るだけ)。

カートの上下がすぐに満杯。
支払いは、25000円に及ぶ。


肉類をたくさん買った。
これはこうして、あれはあぁして、、、と
下ごしらえして冷凍していく手順を楽しみながら帰りのハンドルを握る。


この夜は、お刺身を何種類か買い、
庭に自生している青紫蘇をたくさん摘んで。
すし飯にして、白ごまを炒ってたっぷり入れて、
セルフの手巻き寿司にした。


嬉しそうな下の少年の笑顔。


美味しいね。 嬉しいね。


食事のための買い物をする。
こんなに楽しくて嬉しいことだったなんて。


久々にハンドルを握って、ぐったり疲れたけれど、運転も楽しかった。


また行きたいな。


ペン喜



 



[ 2005/07/27 00:00 ] 行きました^^*☆ | TB(0) | CM(10)

悪夢だった。




25日。 8月8日の晩に帰省する、と上の少年から連絡あり。

明け方、久々に上の少年の夢を見る。


久しぶりなのに、遠くで俯いてて、顔を見せてくれない。


散々名前を呼んで、やっと顔を上げてくれたかと思ったら、

私と同じように、顔が腫れ上がり、ドロドロの肌になっていた。


 「 うそっ!! なんで 君がっ?? 」


自分の悲鳴で目が覚めた。
目尻が濡れてた。  気分、最悪~~。         ペン哀




海外ホームステイの修学旅行




7月19日の私のブログ 『 修学旅行先の突然変更 』 に、
コメントいただいたtiara_pittさんへお返事を書いておりましたら、
またまた例によって凄いことになってしまいましたので、こちらに改めます。


 tiara_pittさんからのコメント


 > 修学旅行で ● 有名難関国公立、私立大巡り なんて凄いですねぇ~~~
 > 大学見学ってことですか?
 > ほぉ~~~~っ・・・・
 > なんか 本来の修学旅行の目的とは ちとズレているような。。。。

 > うちの方は高校生の修学旅行は 公立でも海外っていうのが最近多いみたいです。


普通科の高校に入学した以上は、大学進学が前提にあるハズであり、
その集大成??として、花の東京の有名難関国公立、私大を観て、
イメージトレーニングをし、志を高く頑張れ! という感じでしょうか。

これぞ普通科高校の修学旅行の本来の目的だ、とでも言って来そうです。
 ( ↑ …って、まだ、正式な学校文書が来てませんので、私の憶測ですが )


 > うちの方は高校生の修学旅行は、公立でも海外っていうのが最近多いみたいです。


私の時代でも、韓国をはじめ、香港等、ありましたから、
今は随分と増えているでしょうね。


うちの市内のある公立普通科高校は、
修学旅行がイギリスでのホームステイで、それが「目玉」なんです。

イギリス郊外のいわゆるフツーのお宅なので、
一家庭に1人、大家族で2人ずつ。

何年前からなのかは、説明会のなかではおっしゃいませんでしたが、
少なくとも10年は続いているようです。


歴史、治安、旅行会社さんからの情報等々で、イギリスと決め、
ホームステイの受け入れ先を数多く探すのに、とても大変だったそうです。
けれども、いったんお引き受け下さった後は、
「日本の子どもたちは、みんなシャイで良い子たちばかり」という評判で、
受け入れ先が次々と増えていき、
皆さんが、毎年恒例として楽しみにして下さっておられる由。

 ( ホームステイ中は、勿論キングスイングリッシュ オンリー。
   お客さん扱いは一切されないそうで
   その家庭その家庭でのルールに従わされるそうです )。


だもんで、うちの中学校で開催された各高校進学説明会のときに、
この高校では、修学旅行について1番時間を取って話されました。


イギリスでのホームステイができない、
或いは、受け入れ先の不興を買い、
今後の生徒が受け入れられなくなるような自覚のある生徒は
受験しないでくれ、みたいなお話に、
毎年毎年の学校側、生徒側、保護者側の悲喜交々なるドラマを感じました。


この高校の【自慢】の修学旅行は、
逆に、いまどきの中学生には、進学を敬遠したくなる要素がたっぷりです。


んでも例外なく、学校側や保護者側から見て、
子どもたちはひとまわりもふたまわりも大きく成長して帰って来るし、
子どもたち自身も宝物のような想い出をつくって帰るそうです。


私の周りで、この高校へお子さんを入学させたおかあさん方は、
みんな口を揃えて、「良かったよ~~」と言われてました。


本末転倒のような気がしてみたり、
学校の個性としてこれを軸に持ってくるって凄い、と思ったり。


総合学習の最たるものかも知れませんよね。


頼れるものは、自分だけしかなく、基本的生活習慣の大切さが身に染み、
生の自分自身で勝負したくとも、言葉や文化のハンディもあり。

少なくとも、あちらの方が、
自分を通して「日本」という国を観てることは嫌でも自覚するし、
自分の内から外から、「日本」という国を感じ、想い、
自分がどんなに家族に守られていたか、ということにも気付き、感謝し、

そして、異国の方々の温かさを識り。。。。


            んでも、きっとうちの下の少年には無理だわ、、、(゚゜)\バキ☆
            まず、朝、起きれない。。。。orz....  


ペン旅



(追記) ここのところの連続テロで、旅行先の再検討をされるのでしょうか。
     受け入れ先の方のご都合もあり、生半可な変更、中止など、
     できないのだ、と5年前におっしゃっておられました。
     海外経験があると、その地での時事問題にも
     当然ひとごとではなく、敏感になれますよね。

     「 足元を識らずして、何が国際感覚だ 」みたいな保守的考えもありますが、
     外を識ってこそ、うちを識ることだって、多いものですよね。



困った。。。。三者懇談






29日に終業式で、ようやく長い1学期が終わる。
翌30日の土曜日から、5日間に渡っての三者懇談を行うとの学校連絡文書。

希望日時を第三希望まで書いて提出するのだが、、、
先生方には土日もないご様子。 



私はまだ外には出られないので、
半泣きで嫌がる下の少年を説得し、夫に三者懇談へ行って貰うことにした。


夫は、土日は絶対ダメだし、
下の少年は2日の火曜から合宿突入。(6日の原爆忌なんて全く関係なし)
となると1日の月曜しかない。

できれば、午前中で終了させて午後からは出社したいため、
1日の午前中が取れるよう、下の少年に頑張って貰うことにした。



膨れっ面の下の少年。

「 二者懇談にして貰えばいいじゃん 」 と何度も言う。



んでもねー。

学校文書には、決り文句とはいえ 『 万障お繰り合わせのうえ 』。

『 ご都合の悪い方はお申し出ください。 担任が日時調整いたします 』。

って書いてあるから、二者懇談は無理だと思うよ?



  ◆◆◆◆◆



下の少年が、夫の出席を嫌がるのには理由がある。

1つには、やはり「父親」とは、もうひとつ判り合えていない、と
下の少年自身が思っているのがあるだろうし、
もう1つは、夫が仕事でマスコミによく出ているからである。


シーズンとは言え、先週は、夕方のTV情報番組に2回出演した。

中國新聞では、毎月。
先月、先々月は、全国の朝日、読売に全面広告が出た。
3月には、夫ひとりの超アップ全面広告。
ラフを見たとき、これには、さすがの私もひっくり返った。


まだ高校では、それが父親だと、余り知られていないので
息がつけてる仁なのである。


地元では、勿論有名だし、
夫のB全サイズの大きなポスターをでかでかと店先に貼っているところもある。


仁が顔も知らない園児たちや小学生が、すれちがいざまに
ライバル社のCMソングを投げつけてきたり、
聞こえよがしにからかわれることは、毎日のようにある。


まだ、評判の良い会社で、
年長者からは好意的に受け止められているのが救いではあるが、
本来、夫や私の職業は、少年たちには何の関わりもないはずである。


上の少年は、
 「 おとうさんは、大変だね 」と同情してくれ、
自分の友人たちがどれだけ、私たちの会社を贔屓にしてくれているか、
気に入ってくれているか。
ふとした話題で、友人の幅が広がったりしたことを
嬉しそうに語ってくれたりするのだが。

下の少年の場合は、不本意でたまらず、ただ恥ずかしいばかり。
 「 あの兄の弟 」 だけでなく
 「 あの父の息子 」というものまで背負わされ、
ずっと嫌な想いをしてきていた。


兄と関係ない高校へ入学し、兄の呪縛からも解放されつつあり、
ようやくなんとか、伸び伸びした表情を見せ始めた矢先。

その他大勢として観客席に紛れるのではなく、
特定される仁の父、として、高校に夫を出したくはなかったのだが、
今回は、、、、ごめん!!!





でもね、忘れないで。
君は、その父の奮迅で、ここまで育てて貰って来たんだよ。


おとうさんは、頑張ってるよ。
この母が認め、尊敬してる、熱い仕事のデキるひとだよ。



君の父も母も、「 仕えること 」として仕事をしていない。

「 志したこと 」。 志事として。

日々、誇りを持って仕事ができることに、
私たちは感謝しつつ、毎日楽しく、有難く、倖せだと思っているよ。


ペン二段




2日間のクラスマッチ☆





夏休みの9日間短縮で、ぶぅたれた私ですが、
21、22日と2日間に渡って、熱いクラスマッチが開催されました☆

ぅんぅん、こゆのは大賛成~~ぃ!!   ペン威

これで、9日間短縮のうち、2日間分は許そう(゚゜)\バキ☆。



全学年、全クラスが1日目に予選リーグで戦い、
2日目は決勝トーナメントに進む。


 男子種目 … ソフトボール、バスケットボール
 女子種目 … バレーボール、ドッジボール


下の少年のクラスは男子14名、女子26名の40名。
男子14名では、ソフト9名、バスケ5名。 ぎりぎりの人数である。


迷うことなくバスケを選んだ彼は、張り切っていた。

なんてったって、大好きなバスケであり、
当然ながら、夢にまで見た【 オール スタメン 】である。

5名ぎりぎりのメンバーで、途中交代の恐怖もない。

中学では、全国レベルのメンバーたちばかりのなかで、
ベンチにも入れない日々だった。

高校でも、何かとしんどい想いをしている。

自分中心にゲームを組み立てることができ、
最初から最後まで、この5名で力を合わせて頑張れるのだ。

彼にとって、生まれて初めてのハレの舞台ではなかろうか。


この2日間の彼は、高校入学以来、といっていいほど活き活きしていた。



結果は、優勝した3年生(バスケ部3名所属)のクラスと
準決勝であたり、大健闘の3位。(準優勝も3年生)

バスケットで、全15クラスあるチームのなかで
1年生が3位を取ったことは、これまでなかったらしい。


決勝トーナメントに入ってからは、
顧問の先生も、先輩たちも、皆が観に来てくれたそうである。

下の少年がバスケで注目を浴びるなんて、
初めてことではなかっただろうか。

 「 なんで、あんなプレイがクラブ中にできんかのぅ? 」

と言われてばかりだったらしいが、
嬉しさではちきれんばかりの彼に、ちょっと涙が出た。





仁くん、良かったね。

ずっと、バスケを愛して来て。

やめないで、頑張って来て、良かったね。

相手はバスケ部のひとばかりではないのだから、
ある程度、勝って当たり前。
スキルが上で当たり前。

明日からは、またクラブのベンチに戻る君だけど。

ひとりでチームを背負い、組み立てて、
5名全員で最後まで仲良く、怪我なく頑張れて良かった!!

君を認め、君について来てくれるメンバーに恵まれて良かった!

君の在る場所が見つけられて良かった!



君のクラスは、3年間、クラス替えもないから、
来年、再来年は絶対優勝だ!!と盛り上がってると聞きました。

君の宝物が、できつつあるんだね。


仁くん、おめでとう。

ペンジャンプ2




京都市では、市立の全小中学校が夏休み短縮。




昨日の私のブログ『 まだ夏休みぢゃない 』に関し、
『 夏休み短縮なんて初耳! 』なメッセージやメールを複数いただきましたので、
ちょっと補足させて下さいませ。


夏休み短縮傾向は、私立校では珍しくありませんが、
京都市教委では、
「児童生徒の確かな学力を養う」狙いで、市立全小中学校の夏休みを短縮。

最大で小学校は7日、中学校は5日間、一斉に授業日数を増やした由にて、
一自治体の全ての小中学校が夏休みを短縮するのは、全国的にも「異例」
(但し、文科省では調査しておらず、把握できていない)とのこと。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - --


  んで、私は早くから広島もこれに習った、と耳にしていたのですが、
  うちの高校だけなんかいな?? 要・確認>ぢぶん。

  …って、何気にうちの場合、9日も増やしてるし。


  > ★のん★きっずさん (こんなところでごめんなさい)
    うちの高校は、市内で3指に入る進学校ではありますが、
    (って言っても、県内ではないですから、そこそこのものです)
    どちらかといえば、他の2校に比べ、
    豪放磊落、自由闊達、文武両道なる校風であったハズなのです。

    ところが昨年、国公立大進学者が、創立以来の人数を数え、
    就職者は自衛官、消防官の2名のみ。

    んだから? なんだかヘンな力を入れ方をしちゃってるような。
 
    やたら細かい服装検査、應援団取り潰し、修学旅行、そして夏休み。

    う"~ん。。。。
    うちの下の少年や私にとっては、「こんなハズでは、、」な、
    居心地悪い高校となりそうです。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ---


京都市教委では、2003年度から
各校が長期休業を弾力運用できることにしており、
昨年度は小学校の91%、中学校の51%が夏休みを短縮。

本年度は合併した旧京北町内の小中学校を含む181小学校、
80中学校すべてが夏休みを短縮し、授業日数を増やす意向を示した由です。
                    (京都新聞 4月6日付 記事より)


 #  ↑「弾力運用」って、なんか便利な言の葉。 メモしとこう。


ペンメモ





まだ夏休みぢゃない。





今年から、下の少年の高校は、夏休み短縮。
県下の小中学校も一斉に、だと思っていたが、
まだ「一斉に」とまでは行かなかったらしい。 良かった!

下の少年の高校では、
1学期は、7月29日まで。
2学期は、8月29日から。

理由は、学校行事を短縮、廃止させず、授業日数確保のため。

んだから、そんなに大変なら、5日制をやめろよぉ。
土曜日だって補習してんぢゃん。
希望者はほぼ全員なのに、先着順で締め切っちゃって。。。


下の少年の夏休みは、8月15日、お盆の日1日と決まった。
後は全部、クラブ一色。

この異常な暑さのなか、
既に疲れが溜まりまくってる、我が家の少年はもつのでしょうか。

宿題だって山ほど出るでしょうし、
この1学期間の遅れ、取り戻せるの?

家に帰ってくるのがやっと。
ご飯も食べられず、お風呂も入らず、
どうかすると制服のままで寝入ってしまう君。

きちんと自己管理ができているひとたちと、
ますます差が開いていくような心配をしてしまう私。

君に失礼だとは、もう思えないよ。


 ◆◆◆◆◆


ともあれ、とりあえず小中学校が一斉に夏休み短縮にならずに良かった。
もしなってたら、これにもなんだか、暴れてしまいたい。。。
( ↑ 伏せってた分、少々過激モード?? )


近年の暑さは、私たちが子どもだった頃の暑さと違う。
紫外線の厳しさだって違う。

夏休みって、夏だから。
暑いから、休むんじゃないの?

「 長~い 夏休み 」  海水浴。 プール。 すいか。
             おじいちゃん。 おばあちゃん。
             ラジオ体操。 キャンプ。 肝試し。

真っ黒に日焼けした子どもたちの満面の笑顔。

「学校」の枠を離れ、縦横無尽の人間関係のなかで。
自然のなかで。

嬉しい。 楽しい。 そんな形容詞がつく夏休み。

子ども時代だけの特権だったと思うのに。

それともこんなのはもう幻想で、私のなかのセンチメンタル?
いまどきの夏休みって、塾の夏期講習、集中講義だけでおしまい?

そんなもの なのかな。


ペン暑い





修学旅行先の突然変更





私は子どもの頃から【北の大地】に憧れている。

単なるミーハーだけれども、
おそらく自分のこの心理の背景となるであろうことにも、2,3気付いている。


私が子どもの頃、まだ余り路線もなかったH空港に、
早くから北海道直行便ができたことにも、勝手に【運命】を感じていた。



憧れてやまない北の大地。

私はこれまでに6度、北海道行きを計画した。

ところが6度が6度とも、
突発的な事故、不幸、その他で断念せねばならなかった。

今はもう、「死ぬまでに行けたら嬉しいな」な心境である。


この母の想いは、我が家の少年たちにも受け継がれているようで、
高校を選ぶ際、その高校の修学旅行先も、一応チェックしたらしい(笑)。



上の少年。 国立高校の修学旅行先は 北海道!!

      大喜びだったものの、週五日制となって、
      修学旅行は、1日減。 旅行先も 沖縄 に変更となった。


下の少年。 入学式まで、修学旅行先は 北海道!!

      大喜びで、母と兄に自慢しまくりだったものの、
      昨日、旅行先を 東京 に変更となる旨、学校側から通達を受け、ヘコみ中。


つくづく、我が家は、北の大地と縁がない。 哀しい。



で、下の少年の修学旅行先変更の事由。

 ● いまどき、北海道でスキー。。。→ 余り教育的価値が高くない。

そうなの?
私は、いまどき、東京なんて! と思うけど。

んでね、東京で、

 ● 有名難関国公立、私立大巡り をするんだそうな。

はぁあ??
東京の有名難関国公立、私立大への進学への動機付け、が狙いの修学旅行なの?

私は暴れたいよ。。。。。
殆どの子どもたちも、暴れる寸前だと聞いてるよ。


どうせだったら、

 ● 頑張って頑張って、国会やら都議会の傍聴権を勝ち取る。

 ● ものすげ~~ぇ 都庁を見学し、
   どれだけ「ひとにやさしい?・環境にやさしい?」建物なのか。
   どれだけ「やさしい工夫」をされてるかを発見、レポートし、
   後日、自分たちの市役所、役場と比較する。

 ● TDL、TDSで、↑のような様々な工夫を発見、レポートする。

 ● 浅草、お台場見学で、感じることをレポートする。

なんてことをしてくれればいいのに。


ペンぷんぷん



【8月1日、三者懇で説明を受けて追記】

 北海道行きが中止になった理由

 ● ここ数年降雪量が少なく、やむなくスキーを中止し、
   急遽観光に切り替えることが重なった。
   充分な事前学習もしないまま、全てが観光となるのはよろしくない。

 ● わざわざ北海道まで行って、スキーなんかぃ? という保護者も多い。
   他にこれまでの否定的な保護者の意見としては、
   スキーなら県内でもできる。 北海道はとにかく旅費が高額。
   風邪等、体調を崩されては困る、等々。

 東京行きとなった理由

 ● メインは企業研究(大企業本社)及び大学研究(有名難関大学)とし、
   各自で詳細レポートを提出する。
   全てが学習だと可愛想なので、1日だけ観光としてTDLに遊ぶものとする。
 

 …だそうである。




第2次リバウンドって??




  『脱ステ』されて225日目になられるドラゴメスさんから、
   ご質問をいただき、お返事してましたら、例によって凄いことに、、、(汗)。
   だもんで、こちらの方にアップさせていただきます。



ドラゴメスさん、私のブログにお越し下さり、有難うございました。
『第2次リバウンドだ~!』と嘆いている私のブログが、
せっかく頑張っていらっしゃるところに、
水を差してしまった形となりましたでしょうか。。。
不安な想いをおさせして申し訳ありません。


これまでの考え方では、『第2次リバウンド』『再リバウンド』の有無について、
個人差、ということでうやむやにされてきたきらいがあったようですが、
ここ半年ほどで、これについて、すっきりまとめられて来ています。
そんななかで、私は、安易に『第2次』『再』という言の葉を遣ってしまいました。
誠に申し訳ありませんんんん!


私は、1年半、2ちゃんねる他、たくさんのサイトで
いわゆる『脱ステ』された方のコメントを読み続けて来ました。


そこには、例外なく
「汁地獄」「落屑地獄」を経て、大きなアップダウンを繰り返しながら
良くなっていかれる皆さんの姿が浮き彫りにされていました。

そして、「治った~!」と嬉しい宣言をされ、皆に祝福され、
『脱ステ』掲示板から卒業された方々が、また数ヵ月後に、
「再リバウンドだ~(泣)」と、ヘコんで戻って来られるのでした。

その方々の殆どが、私のように、ステ歴が長いひと。
肝機能、腎機能がダメになっているひと、のように記憶しております。


私自身、「再リバウンド」という言の葉をどんなに恐れていたことでしょう。

でも、反面、脱ステ後のアップダウンの「ダウン」の激しいときを指して、
「再リバウンド」「「第○次リバウンド」というのかも知れないとも感じていました。


私の場合、『脱ステ』後、半年間は汁地獄。 それから落屑地獄。
この2つの地獄の間を行ったり来たりしながら、
黒い大きな鱗のような皮の落屑から、最後は白い粉状の皮へ。

私の歩いた後がわかるほど、皮の道ができました。

以降は、3歩進んで2歩下がるといった調子で、
3歩進んで2歩下がる程度の私の「アップダウン」ならば、
これぐらいの「ダウン」なら、これが「再リバウンド」なら、
まだまだ大丈夫、私は頑張れる、と思っていました。


しかし今回、「脱ステ」してもう少しで2年を迎えようという今になって、
また脱ステ当初と全く同じ、浸出液+血膿地獄に引き戻りましたから、
「ダウン」なんてものではありません。

んで、「あぁ、これが【再リバウンド】だったのだ」、と悲嘆にくれたのです。



でもこれは、間違いでした。

ステロイド離脱後の皮膚の状態には、大きく分けて3つあるそうです。


1)【 ステロイドのリバウンドによる皮膚の状態 】

    ステロイドの長期連用を中止した時に現れる、急激かつ重篤な炎症。


2)【 ステロイドの副作用の後遺症 】

    ステロイドの副作用によって生じた、長期的または半永久的な皮膚の損傷や、
    その他の身体機能(時に内臓や免疫系、ホルモンの機能も含む)の障害。


3)【 単なるアトピーによる皮膚の状態 】

    単なる、通常のアトピー性皮膚炎の症状。



明らかなステロイドの影響下におけるリバウンドは「2年がメド」というのが定説で、
その後は、ステ使用歴によって、後遺症がどのくらい残るか、ということのようです。

副腎抑制の内分泌異常に加えて、副腎の再生への時間を考慮すると、
離脱後の肌の状態、体力に、個人差は無視できません。


で、

● 私の場合、厳密には、まだ丸2年を迎えていない。(1年10ヶ月)

● 幾ら私の肌がアトピー体質で、時折、入院を勧められるほど悪化したことはあっても、
 「脱ステ」直後のような状態(浸出液がぽたぽた流れ落ちる、異常な浮腫、
  発熱、寒気、喉の渇き、落屑)には、これまでなったことはない。

● 今回も、以前とは部位は違ってはいたが、それと全く同じ症状である。

● 通算すれば30余年、体内外にステロイドを投与し続けて来ている。



よって、私は(1)の「ダウン」最低状態、である、と思いました。

大きく譲って(2)。  これは(3)ではあり得ない。と。




『脱ステ』は、アトピー症状の対処療法として
長期連用されたステロイドに依存してしまった自分の腎肝機能を取り戻し、
自力で自分の皮膚の正常な状態を取り戻すためのはじめの一歩なんですよね。

『脱ステ』して、ステロイド皮膚炎が完治したとしても、アトピー症状は残っている。

アトピー症状は薬では治らない。
生活習慣病と同義であるから、生活改善をしなければ治らない。

んだから、日々の小さな摂生を積み重ね、試行錯誤しつつ、腸を整え、
少しでも自分を望ましいコンディションに近づけ、IgE抗体を減らしていく。


何のために『脱ステ』をしたのか。


「喉元過ぎれば…」で、こうした不断の努力を怠り、
なにかにつけ、日頃の不摂生を自分に言い訳をしているようでは、
なかなか前には進めない、という当たり前のことに、今回、痛烈に反省致しました。



 > りうりうさんは苦手な季節とかありました?
 > 得意な季節で悪化することとかあるのでしょうか?
 > あといったん完璧に治癒したこととかありました?


私の苦手な季節は、やはり第一に夏。
日光にやられ、砂塵の砂にやられ、自分の汗にやられます。

次に春。 スギやヒノキの花粉にやられ、サクラ草等の花々にやられ。

次に冬。 乾燥にやられます。 従って、得意な季節は秋です。


脱ステ前には、秋を中心に、ステなしでも完璧に症状が出ない時期はありました。

けれども、私が『脱ステ』を決心したのは秋。
以後の季節は私には、全く関係ありませんでした。

とにもかくにも壮絶にアップダウンを繰り返しながら、
月単位で「先月よりはまし」といった感じで、良くなって行きました。
そして、日単位(情けない)で、何日かは完璧に症状がなくなっていた日が
続いてた矢先でしたです。


ドラゴメスさんは、毎日、汗をかくようになさっておられますから、
残存ステロイドを早く排出され、快復もお早いのでは、と拝察致します。

脱ステ後、汗かきの私が一切汗をかけなくなって、怖かった時期がありました。

人一倍暑がりだった私が、夏に寒い。 そして悪い患部は熱い。
脱ステして1年経過して、ラーメンを食べ、
初めて汗が出た日の嬉しさを忘れられません。


ドラゴメスさんは、冬が良くないとの由。
保湿剤依存にならないためにも、基本は、脱保湿、脱軟膏だと思います。

自分自身の皮膚の正常な機能を取り戻すためですもんね。

薄皮が張ったばかりの皮膚にとって、冬の乾燥はとても厳しい状況ですけれども、
なるべく皮膚を日常の様々な刺激や乾燥に晒し、
この刺激に対するバリア機能を取り戻していけるように。

んでも、今年の冬は大事な時期ですよね。
極力多用しないよう、ピンポイント的に保湿剤を使い、
アレルゲンを体内に入れないよう、IgE抗体をこれ以上増やさないよう、
工夫してみられると違って来られるのではないでしょうか。


私が安易に「第2次リバウンド」と書いてしまったせいで、ご心配をおかけ致しました。
本当にごめんなさい。


ファイト玉



【追記】 これをアップしようとアクセスしましたら、
  ありのみさんからコメントをいただいておりました。

  > 日本では「ステロイド・アレルギー」のせいで、
  > 喘息発作のときのステロイドスプレーの普及が今でもすごく遅れています。
  > 気管支拡張剤スプレーを常用した結果、働き盛りで急死された人何人か知ってます。
  > ステロイドのスプレーを使っていたなら
  > 今でも元気でお仕事されていた方たちです。

  これについては、私も思うことろが多々あります。
  というのは、『 何故、ステロイド・アレルギーがこれほど深刻になったか 』
  ということを踏まえたうえで、だからこそ、
  未だに安易に何の説明もなく、ステロイドをアトピー患者に処方する
  皮膚科医に対してのものなのですが。

  また、おいおいに改めて書かせてくださいませ。

  「再リバウンド」「第2次リバウンド」なる書き方は、
  これは、私がとても安易でした。 皆さん、ごめんなさい。


  arue718さん、プロトピックという文字を見て、悶々としておりました。

  すぐに多羅尾先生のHPに飛んでいただき、本当に有難うございます☆☆



『 炊飯器が壊れた! 』




15日朝、京都にて学生生活満喫中の上の少年よりメール。


 「 炊飯器が壊れた。
   ご飯が炊けん。
   どしたらいい? 」


どーしたらって、、、壊れたものは修理に出さないと仕方ないでしょうに。

慌てて、こういうノウハウを聴いてくるあたり、まだまだ世間知らず?


3合炊きの可愛い炊飯器だけど、
ちゃんとしたメーカーのそこそこ良い奴を買ったのに、
4ヶ月で故障するものなのだろうか。

それとも、使い方が乱暴だったの?


返信メールには、保証書と一緒に、買ったお店へ持っていくよう。
また、上の少年には、自分からはとても言い出せないだろうと思いつつも、
直るまでの間、ご飯が炊けなくて困るから、
できれば代替器を貸して貰うようにお願いするよう書いた。


案の定、自分からは言い出せず、
お店側からも何も申し出がなかったため、
23日現在まで、ずっとお米を食べられてない由。


やっぱり不親切だった、と思うぞ>電器屋さん


「 炊きたてご飯、食べた~い ヽ(`Д´)ノ 」なメールに

ちょっと可愛想で、ほろりん。


さすがにロールキャベツをいちから作ったツワモノも、
ご飯を鍋で炊いたり、電子レンジを活用して炊いてみる、、、と
いうところまでは行ってない様子。


まだまだ、追い越されてないな?と、
メールを読みながらにんまりしてたら、メールの最後に、

「 最近のヒット作は、豆腐バーグ。 めちゃうま☆ 」 だって。


。。。。。やるぢゃん。

ペンフライパン





トンネルは長いけど、出口の光が見えてきた。



障害者自立法案、衆院委で【ひっそりと】可決されてしまいました。(怒)

マスコミはこぞって郵政法案についてしか語らない。
朝日ですら4面の下、2分の1段扱い。

世論から隠すためにわざとこの時期にぶつけてきた、としか思えなかったり。

本会議は、明日15日か。

この行方、取り巻く面々のコメント、動向。

しっかり観て行かねばならない。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ----



……さて、皆さまには、大変ご心配をおかけ致しました。


たくさんのコメント、
そしてたくさんのメール、私書箱へのメッセージ。

本当に有難うございました。
ずっと伏せっておりましたため、お返事もできませず、申し訳ありません。


あれから発熱が続き、
顔、耳、首、手首、手の甲と、浸出液+血膿にまみれ、
両目が潰れ、ステロイド離脱者に多い白内障に脅えつつ、
左手は肘より先を動かすこともできなくなって、
ただただ伏せっていましたが、
10日あたりから、少し回復の兆しがみえ始めました。


前回のリバウンドの症状から、
今回もおそらく3ヶ月~半年は床上げできないものと覚悟しておりましたから、
思いのほか早い回復への兆しに、とても嬉しく思っております。


11日あたりから、30分程度ずつアクセスできまして、
その度にたくさんの皆さまからのメッセージに驚き、
また大変有難く、心から感謝しております。

トンネルの出口が見えて来たとはいえ、
まだ伏せっている時間が長いので、ブログへの復活は先のこととなりそうですが、
100を超えるブログへのメッセージ、メールでのメッセージのなかで、
お励ましだけでなく、いろいろとアドバイスやご意見もいただきました、


だもんで、今日は、現在の私の状況のご報告と、
私同様、ステロイド離脱中で苦しんでおられる方々もいらっしゃいますので、
気になりましたことを少しだけ書かせていただきます。


【14日現在の状況】

 発熱が平熱に。
 顔面の殆どの浸出液が収まり、赤みが消え、かさぶた→落屑状態。
 上下瞼の腫れが随分収まり、視野が広がって来た。
 (両目とも潰れ、浸出液が両目にだらだら流れ込む状態から脱出)
 顔全体はまだ腫れている。

 両耳は、浸出液が鼓膜まで届く毎日だったが、ようやくかさぶた状態。
 触ったり、横を向いて伏せるとまだまだ。

 両手指の動きは、回復。
 腕・肘は、かさぶた→落屑状態。
 最初に皮がずるりと剥けた左手の甲のみ、薄皮の下でまだ水疱在り。
 甲の皮膚は赤黒く、かなり色素沈着する模様。


【気付き、他、覚書】

 今回のことは、(あくまで私の今回の場合ですが)
 ステロイド離脱からの第2次リバウンドととらえています。

 最初のリバウンドから、ようよう日常生活へと戻れていたのに、
 こうなってしまったのは、ストレスと日頃の不摂生、
 何より【 日焼け 】が直接のトリガーとなった、と分析しています。


 1番酷かったのが、手首、手の甲、耳。
 そして、生まれて初めて顔に出たのでしたが、
 ここで酷かったのが、瞼、眉、鼻の頭、鼻の下。


 いずれも、外出の際、『日焼け止め』を塗れなかった場所。
 鼻の頭と鼻の下は、塗っていても汗をかくので、
 ハンカチでよく拭いていたために、日焼け止めが功をなさなかった、と。


 浸出液と血膿まみれで心がけていたことは、
 夏場でもあり、とにかく二次感染を防ぎたかったため、
 1に消毒、2に消毒でした。

 具体的には、自然塩とマキロン。
 ずくずくになる度に、飽和塩水を塗り付け、
 激痛のなかを耐えられなくなるまで辛抱し、水で流した後、
 マキロンをしゅっしゅ。(イソジンは切らしていたため)

 脱・軟膏、脱・保湿で頑張りました。

 そして何より、以前より卓効あり、手放せなかった【にがり】水溶液!
 これまでは市販のにがりを、飲用にしている鹿児島の温泉水で
 4~5倍希釈で使用していたものを、思い切って2倍希釈にし、
 百円均一のスプレーボトルに入れたものを、痒みが酷い度にしゅっしゅ。

 血膿が落ち着き、浸出液になってからは手元から離さず、常にしゅっしゅ。
 涙が滲むほどの激痛でしたが、飽和塩水よりはマシだし、
 そのまま痒み止めにもなって、みるみる薄皮が張るさまには感動でした。
 5日間で300mlを使い切る位の頻度で、しゅっしゅっしゅ。


 入浴については、我が家は井戸水のために塩素の心配がなく、有難いことで、
 毒素を出すのにとても良い『羅布麻茶』をヤカンで煮出して入浴剤代わりに。
 2リットルに2パックで濃い目に煮出し、
 パックは入浴中に、酷かった両目に当てて、心地よかったです。

 今回のリバウンドが思いの他、早く回復できそうなのは、
 顔・耳・首、手と外気に晒す個所であったため、
 熱も篭らず、蒸れず、日に何十回もにがりをスプレーできたことも
 良かったのだろう、と分析しています。


 サプリメントは、亜鉛とビオチン。
 食事は、最初の5日間は全く食べられなかったけど、
 食べられるようになってからはキャベツ中心。


 顔が落ち着き始めてからは、私自身にも余裕?が出始め、
 右腕と左腕で、塩やにがり、軟膏塗布の比較実験もしてみたりしました。


 で、私の結論としては、(あくまで私の場合ですが)
 地獄を見ましたが、これで間違っていない、と。


 最後の方で、改めて「勝手にリンク集」を記載させていただきますが、

 【アトピー・ステロイド情報センター】 というサイトがあります。

 ここに、詳しくあれこれと説明がありますが、
 全国で公的に「脱・ステロイド」を掲げ、患者と向き合い、
 共に闘ってくださる先生方は、これほどに数少ないのです。

 ステロイドを処方しない医師は「異端」として排斥される実情があります。

 自分の今の肌の状態をどのように受け止め、どう闘っていくか。
 これは個々人の生き方、価値観にも関わって来ますから、
 これ以上書きますと、2ちゃんねるをはじめ、
 様々なところで起こっている熾烈なステロイド論争に陥ってしまうかもしれません。
 それは私の本意するところではありません。


 ただ、私の場合。


 11年前に、私のアレルゲンを25種類もの物質で検査したとき。
 反応しなかったのは、僅かに5種。
 この世に氾濫する(化学)物質の殆どに、私の肌は「NO」と言うのです。


 合金、硬貨、皮革、ゴム、医薬外用基材、接着テープ、各種防腐剤、印刷インク、
 光沢紙、緑色の衣類から、日光、サクラ草、杉花粉、檜花粉etc.


 こんな肌では、日常生活が送れそうもありませんが、
 しかしよくしたもので、(現金とも言う?)
 私自身の体力・気力が充実し、食生活にも気をつけており、
 肌が健康に充分に潤っているときには、大丈夫なのです。

 逆に、不調なときは、
 綿100%のものでも、縫い目のゴロゴロに反応するため、
 肌着は裏返して着用せねばならず、ブラなどはTシャツの上から着用。
 靴にさえ、靴底を張り合わせる接着剤にカブれ、足裏が腫れ上がって歩けなくなります。

 結局、私のアトピー症状は「接触性皮膚炎」でしかなかったものを
 長年の内外からのステロイドの投与によって、重篤な「ステロイド皮膚炎」に
 なってしまった、と、私は考えています。

 殊に決定的だったのは、
 この地に転居してまもなく、度重なるストレスで湿疹が広がったとき、
 1週間に渡ってのステロイドの【 密封療法 】を受けてしまったことでした。

 最初のリバウンドのとき、6年近く前に受けたこの療法の箇所だけが、
 浮き上がったように 乾癬性紅皮症 のような症状を示しました。

 私は、私自身の身体をもって、確信してます。


 今回、私の顔がどんなふうになったか、、、、
 私と同じ道を選ぼうとされている方々にも、よろしければ、
 脱ステロイド医として、余りに有名な岐阜県の多羅尾先生のHPを参照下さい。


 このHPには、苦しんでおられる患者さんのたくさんの画像が掲載されていますから、
 ご自分がどんな状態にいらっしゃるか、ひとつの目安になることと存じます。
 (勝手は自己判断は禁物ですが)


ステロイドが怖いのは、本当に「魔法の薬」だからです。
劇的に症状が抑えられ、好転するので、つい頼ってしまう。

必要以上に恐れてはいけないのでしょう。
そのためにも、薬を良く識り、識った上で、
医師の指導の下に上手に稀釈しつつ、
コントロールしていかなければならない薬だと思います。


ところが、実態は、多用した場合の弊害を何も知らされず、
実に安易に処方されるケースが余りに多いため、
患者の側もまた無自覚に、むしろ早く良くなるよう、祈りを込めて
丁寧に塗り続けてしまうケースが、なんて多いことでしょう。


また、識っている方々も、ご自身で上手にコントロールしているつもりが、
実はステロイドにコントロールされているケースがあまりに多すぎる、と
私自身を振り返って痛感しています。


使用するときは、必ず短期決戦で。
身体の部位によって、ステロイドの吸収率が違うことも考慮に入れつつ、
えいやっと症状を抑え、その後は非ステ薬でしのぎ、
自力で症状と向き合って、付き合っていくのが良いのではないか、と思います。



たくさんのご質問、ご意見、お励ましいただき、
少しでも【現在の私の】お答えになれば、と、
ここ2日間で、ぽつりぽつりと書き溜めました。

我ながら意を尽くせぬ部分、多々あります。

お読みになられてご不快に感じられる部分等、ございましたら、
どうぞご指摘下さいませ。
ぼちぼちではありますが、お返事して参りたいと存じます。


まずはとりあえず、ご心配いただきました方々に、
「出口の光が見えて来たよ!」のご報告と、
私同様、脱ステで苦しんでおられる多くの方々に、
「ふぁいとぉ!」をお伝え致したく、本日はこれにて送信致します。


◆ 勝手にリンク ◆  (ROMですが、私がお世話になったサイトです)


アトピー性皮膚炎サイトの歩き方

アトピー性皮膚炎治療体験・投稿集

アトピーなんか飛んで行け!の会

アトピーを3ヶ月で治す方法

アトピー関連 2ちゃんねる 良スレ リンク集 


ファイト玉



※ 追記

  今回思いましたこと。
  これが皮膚上のことで、良かったのだ、と。

  出て来たのが、皮膚上のことだから自分でケアできる。
  また、ケアできる日常にある。
  これが内臓であったらどうなのでしょう。
  内臓がこのように膿み爛れていたなら、私ではどうしようもない。

  少年や夫を振り捨ててでも自分の仕事をしたい自分、にも向き合えました。

  自分がこんな状況で、
  どうやって仕事をし、どうやって生活するというのでしょう?
  
  自分の心身が悲鳴を上げているのが身に染みて実感できました。

  「顔」ということでも思い知りました。

  第一次リバウンドを乗り越えて、自堕落になりつつあった
  自分の食生活、ひいては家族への食生活を振り返る機会もいただきました。

  自分が、生きて 在る ことに 感謝 致します。

  たくさんのお声を掛けて下さった皆さまに 心から 感謝 致します。




『 かぼちゃの揚餃子 』




【 カニ の パテ 】  のコメント欄に書いた
【 かぼちゃの揚餃子 】について、ご質問のメールをいただきましたので。



ちょっとしたパーティなどで、常に評判高く、重宝しています。

コロッケよりも手間が少なくて済み、カロリーも抑えられます。
また、一口サイズなので、気楽にたくさんつまめるのも良いのかも。



かぼちゃのコロッケをつくるように、つくったあんを
餃子の皮に餃子と同様に包んで行きます。

これをカラリと揚げて下さい。
冷えても余りずぐずぐにならず、美味しくてお勧めです☆☆


 1) 玉ねぎみじん切りをよく炒めます。

 2) 合挽ミンチを入れ炒めます。 塩、胡椒は適宜。

 3) かぼちゃは、適当に切って蒸すか、
    ラップしてレンジでチンして潰します。
    ( 私は外の皮ごとしますが、外の皮を取れば、色が綺麗です )

 4) 1)~3)を混ぜ合わせて餃子の皮に包んで行きます。

 5) からりと揚げて完成っ。 

南瓜餃子☆
南瓜餃子☆ posted by (C)りうりう



 # ほくほくのかぼちゃの場合、蒸しただけで美味しく、
   玉ねぎの甘味、ミンチの甘味+塩・胡椒が
   さらに美味しさを引き立ててくれるハズですが、
   かぼちゃが水っぽかったり、青臭かった場合は、
   顆粒のコンソメを入れて味を調えると美味しくなります。

   餃子の皮は、大判の方が 余裕もって包んで揚げられ、
   パリパリ感も イイ感じ。 

   包むとき、チーズを1かけずつ入れて揚げる場合もあります。

   家や内々で食べるときは、最初にニンニクみじん切りを炒めてから
   玉ねぎを炒めます。 んま~~ぃ☆☆


ペンフライパン




ジャンル : グルメ
テーマ : レシピ

タグ : かぼちゃ 南瓜 かぼちゃレシピ かぼちゃの揚餃子 揚餃子 レシピ

[ 2005/07/12 00:00 ] レシピ☆ | TB(0) | CM(0)

打ち上げへ差し入れするはずだった パテのレシピ




10日のバレーボール大会の後、公民館を貸し切って、
毎回午前2時も3時にもなる 打ち上げ に
差し入れするはずだった 【 カニパテ 】 のレシピ。



いつもは、打ち上げ会費 2000円~2500円也を 皆と一緒に払い、
その他に正副会長は、各自で5000円ずつ熨斗袋に包み、
他に ビール1ケースだの、ワインだの
日本酒だのケーキだのを差し入れしていた。


今年は 【 顧問 】 なので、熨斗袋はどうなんかなぁ、、、と迷いつつ、
以前好評だった 【カニパテ】を 作って持っていくつもりだった。


カニ缶は買っておいたから、もう少し元気になったら、
我が家でつくって食べよう☆☆


このカニのパテは、簡単にできる割に、真っ白で見映えもよく、
ナビスコ 『 RITZ 』 で カナッペにすると
めちゃくちゃ美味しいので、簡単なパーティにもお勧め。 


以下 レシピ、です☆


【 カニ の パテ 】


 材 料 : ●マヨネーズ    1カップ
         パセリ       みじん切り  ひとにぎり
         セロリ       みじん切り  10cm程度
         たまねぎ     みじん切り  小 半個分
         カニ缶       ズワイガニ  小 1缶

       ●ゼラチン     10g
        水          60cc

       ●ホワイトソース
          バター     大さじ1
          小麦粉     大さじ1
          牛乳      1カップ

 作り方 : 1) 鍋でホワイトソースをつくる。(焦がさないように!)

         2) 1に水でふやかしたゼラチンを加えて溶かす。

         3) マヨネーズ、みじん切りの野菜、カニを加え、適当な器で冷やす。


火を遣うのは、ホワイトソースをつくるところだけです。にっこり

20cm前後のケーキの型、タルトの型などで冷やすと綺麗。 



ペンイェーィ♪




ジャンル : グルメ
テーマ : 簡単レシピ

タグ : パテ パテレシピ カニのパテ 差し入れ レシピ 簡単レシピ

[ 2005/07/11 00:00 ] レシピ☆ | TB(1) | CM(6)

町内(班内)一斉清掃 ~覚書~




覚書として記しておく。(8月22日)


市町村合併の余波と言うべき、
 「町内一斉清掃」をどうするか の ごたごた。

 日時が決まり、結局、7月10日。


前夜より激しい雨が降り、当日早朝も降り止む気配がなかったが、
午前6時過ぎより、少しずつ雨足が弱まり、
10分単位で止んだりするようになって来ていた。

小さな川は増水しており、中止(翌週延期)になるか、と思われたが、
「班長」である彼女は、決行と決めた。
 (お昼前に「無事終了した」と彼女から携帯メールを受けて知る)


   7月1日夜から体調不良で伏していた私は、一斉清掃に参加不能のため、
   7日の夫の定休日(しかし出勤)朝、一世帯分程度、
   川沿いの草刈をして貰うことにする。
  (班長の彼女にはその旨、携帯メールで通知)

   午前中いっぱい、夫はひとりで作業をし、
   出た草木ゴミは、夫の実家から手押し一輪車を借り、
   自宅裏の休耕田へ何度も往復して搬入した。(乾かして焼却する)
   それからシャワーを浴びて出勤。 お疲れさま。


作業開始前から雨があがるも、時折激しく降ったりもする天気のもと、
班内のほぼ全世帯から参加があった由。

出た草木ゴミは、主な作業となる川沿い横が、
彼女の婚家の休耕田のため、そこへとりあえず搬出。

できれば、後日ゴミ焼却場へ搬入するのは避けたい。
草木はそのまま休耕田で乾かして、焼却する予定であったが、
彼女の姑さんが、草木の搬入を激しく拒否されたため、
彼女の家の裏庭へ積み上げることになっていた。
(彼女宅の裏庭、といっても後々も大変なので、
 我が家の休耕田を利用して貰うよう、申し入れをしていた)


ところが雨天のためもあり?
当日の作業中に、班員の方々から「このまま川に積み上げよう」と声があがる。

記録的な雨不足で、当日増水はしているも、
堤防下にはまだ川底が見えていた。

そこの草たちも刈り取って、そこへ草木ゴミを積み上げて
後日焼却しよう、というのである。
(↑確か、堤防が傷むため、河川内でのゴミ焼きは禁止されていたような…?)

カンやビンを分けて袋に入れ、皆で彼女の家の裏に搬入し、
彼女宅の駐車場にて、先日より冷やしていたお茶のペットボトルを配られて
おひらきとなった。

(パンは、最後の最後で、彼女が頑張って「なし」にした由。
 雨天のため、そこで皆が「打ち上げ」することもなく解散となった)


……お疲れさま!!!

随分、頑張ったよね。
肝心なときに傍に居られないでごめんね。

まだ、外に出られないから、
今回の「一斉清掃」についての、班での雰囲気?、彼女に対する空気?等々
私には判らない。

でも、「するか、しないか」のところから、本当によく頑張ったと思う。



  …… で、実は、 来 年 の 【 班 長 】 は、 我が家なのである。

                              ど、ど~~~ん!!!

                              …だもんで、覚書として記す。


ペン痛




[ 2005/07/10 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(2)

9日の覚書 (バレー大会前日)




9日。

未だ発熱中。 殆ど起き上がれない。
アイスノンがあっという間に生温かくなる。

顔、耳、首、手の甲から肘まで浸出液にまみれ、
特に左手、腕からは、膿のにおいにヘコむ。
頭皮が無事なのに救われる。

上瞼と下瞼が腫れて、両目は潰れた状態。
絶えず浸出液が目に流れ込むため、目を開けていられない。
浸出液が角膜にどんな影響を与えるか、不明だし、怖いので、
買い置きしていた抗菌目薬を絶えず点眼する。

無理やり目を開けて、視界が曇り加減だったりすると、
ついに白内障が始まったか?と脅える。

その瞼の腫れが幾分ひいて、
目を開けて鏡を見てみると、糸のように細い目が瞼の奥に見える。

目、だけでも人相が随分違う。
元のおめめぱっちりな私に戻れるのか?
顔の腫れは全体としては、幾分ひいた感じ。

左腕が、肘より先を動かせないほど重く、腫れあがっている。

手の甲と手首から、ぐっしょり浸出液が出ているのに、
まだまだたくさん悪いものを吐き出したい!みたいな感じで、
ぱんぱんに膨らんで、出所を求めているような内圧が臨界点を迎えている感じ。

ナイフで、腕にすっと切り込みを入れて、
中に詰まっているものを出してあげられれば、どんなに楽になるだろう。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆



中学校PTAの副会長から電話。
例の私のバトンを受け継いでくれた彼女である。


 「 体調を崩されたと聞き、皆で心配していたが、
   明日のバレーの試合には本当に観に来て貰えないのか。

   コーチとしてずっと練習を観て来てくれたし、
   いくら体調が悪いと言っても、
   当日には、りうりうのことだからきっと来てくれるに違いない、と
   お弁当も頼んでいるのだが、、云々。 」


心配して貰っての、せっかくの電話だったのに、
応対するのもしんどくて、とても行けないことを伝え、早々に切る。
何をどう答えたかも余り覚えていない。

受話器にあたる耳が浸出液でビショビショで、不快でもあった。



彼女からの電話は、私のために注文したお弁当の要不要の確認と、
何より、試合前日の大きな不安に動揺していたからであったように思う。


中学校PTAでは、Aチーム、Bチームと2チーム編成でそれぞれに闘う。
このチーム分けが、年々揉めたりする元となるのだが。


試合前日を迎え、今更ながらの
Aチーム、Bチームのメンバー分けの妥当性。

ブロックに分かれて、予選リーグを行う対戦チームを睨んで、
どちらのブロックにAチームBチームを入れるべきだったか、等々。


動かない体育部長を支え、殆ど彼女が動いて来たから、
全部を背負って、不安いっぱいなのはよくわかる。


当日は、そうでなくても副として、たくさんお手伝いすることがあるから、
監督や主将を正副会長がするのは良くない、と最初に言ったのだったが。


チーム編成時の選手さんの不満
 (あのひととは同じチームになりたくない)
 (あのひとと同じチームが良かった)
 (こんなポジションは嫌だ)

ゲーム時のメンバーチェンジの不満
 (ここでタイムを取らないなんて)
 (ここでメンバーチェンジをするなんて)
 (忙しいのに、無理して参加したのに、ずっとベンチってどういうこと?)

 
その殆どが選手さんたちの我侭だとはいえ、
その不満は当然、監督や主将に向かう。


主将はともかく、監督は、それなりの経験があるひとで、
要所要所で決断ができ、
憎まれ役も引き受けて下さるような方でないと、
選手さんの殆どがバレークラブ経験者だけに、なかなかに難しい。


せっかくのPTA親善のチャンスが、
なまじ優勝を狙えるチームだけに、
監督への不満、不信=会長への不満、副会長への不満になって、
後々まで引きずるのは、絶対に避けたい。


特に男性の正副会長には、
「監督」としてではなく「正副会長」として、
外からおおいに盛り上げ、応援して欲しいのだ。


等々、これまでの体験から、
これだけはどうしても伝えておかなくては、と言ってみたけれど、
彼らたちは 「 大丈夫ですよ! 」 と自信満々だったのだ。
暗に、これまで正副会長が監督でないなんて!という勢いだったのだ。


でもこうして、前日になって動揺し、アドバイスを求めてくる。

いまさら、メンバー編成にまで遡って悩んでみたってどうしようもない。
それは彼女も重々判っているはずなのに。


求められた私といえば、殆ど頭が働かない状態で、
考えようとしただけで、頭がぐるぐるとした。
「 だから最初に言ったじゃないの 」みたいな、
言うべきではない言の葉も言ってしまいそうで、


 「 貴女の一生懸命さは、みんなに伝わっていると思うから。
   明日は、皆で楽しくプレイできるといいね 」


みたいなことを言って、早々に電話を切ってしまった。


そのくせ、切った後になって、
横になると、妙に頭が冴え冴えとしてくる。

こう言ってあげれば良かった。
今のチーム編成でも、ここはこうすれば、戦力的にまだまだ補強できるはず。
このひとはサーブがとてもいいから、サーブ順をこう変えたら、
チームが流れを掴みやすい。。。。etc.

あれこれ頭に浮かんでは消え、
でも、彼女にはメールでの失敗で懲りているため、
このまま何もしないことに決めて心に蓋をする。



途端に、同じく翌朝予定のこの地での「一斉清掃」について、
あれこれが脳内を占拠し、
こちらは、同じく前日で心配で動揺しまくりの班長である友人に
携帯メールを送る。
激しい雨が続いているため、一斉清掃は延期になるかもしれないな、
と思いつつ。


こうして9日の夜は悶々と過ぎて行き、
10日を迎え、
やきもきしつつ、その10日が過ぎても、
バレーの結果について、誰からも連絡が来なかった。orz....
11日夜に、副の彼女からまた電話を貰うのであるが、

             10日の夜には、
             どうせ、こんなもん?よね。
             と、ちょっと やさぐれたくなった。

ペンバレー





[ 2005/07/09 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(10)

恐怖のリバウンド(泣)




生来の肌の弱さから、今でいうアトピー症状で、
母は、幼い私を抱えて途方にくれていた。


あそこの皮膚科が良い、と聞けば、何時間掛かってもそこへ私を連れていき、
ここの皮膚科が良い、と聞けば、また何時間かけてもそこへ私を連れて行く。


幼稚園までは包帯だらけの私であったが、
お蔭で幼稚園から大学までは、カサカサ体質、何にでもカブレやすい、
汗疹や蚊に刺されると腫れあがり、時には膿んでしまう、
台所用洗剤などが使えない、という程度で過ごせて来た。


常にハンドクリームを塗っていなければ、
指先からすぐにひび割れてきて、関節部分がぱっくりと口を開けてしまう。


皮膚科から処方される塗り薬を片時も手放せず、異常を感じれば、
すぐに塗っていた。 それを怠ると重篤な湿疹状態となり、
膿んで、じくじくリンパ液がたれるという、悲惨な状態になるからである。
(ここで、それは何故か、と気付かねばならなかった!)

要は、水仕事等を一切せず、ハンドクリームをすりこみ、
「お姫さま」でいれば、私の肌は安泰だった。



しかし、結婚してから、そうは行かなくなった。

台所用のゴム手袋やビニル手袋にもかぶれてしまうので、
いつも綿100%の手袋をしてから、ゴム手袋をはめる。

洗物はそれで良い、としても、料理を作るときにはそんな訳にいかない。

野菜ものを洗い、ゆでこぼし、切ってお浸しにするだけでも手が腫れあがる。
魚のシゴ、エビ殻のシゴ、、、1週間は腫れが引かない。

台ふきを濯ぎ、テーブルを拭くにも、綿手袋+ビニール手袋。
「 いいや、これくらい 」と素手でしようものなら、
2時間後くらいから、指の間に水泡ができて痒くなったり、
指先が割れ始め、関節部分に亀裂が入り始める。


一時が万時こんな風で、「膠原病では?」という診断もなかにはあったが、
だいたいが、「 主婦湿疹 」 「 接触性皮膚炎 」という診断を受け、
ずっと皮膚科の薬を塗り続けて来た。


しかし、この薬は、症状を抑える薬であって、「治す」薬ではない。
使えば、魔法のように効いてくれて、楽になるのであるが、
常用すれば、段々と、段々と効かなくなってきて、
どんどん強い薬になってくる。 そして、当然、副作用、がある。



この地に来て、
激しいストレスと、農作業が加わり、私の肌は荒れていった。
皮膚科から処方される薬をネットで調べると、
副腎皮質ホルモン(ステロイド)の最強クラスのものだった。


噂では、これは怖い薬なのだ、と知っていた。
でも背に腹をかえられず、使って来ていた。
「 毎日、ではないから、いいよね 」 「 少量だから、いいよね 」と
自分に言い聞かせて。


しかし、「最強」クラスのステロイドがあまり効かない、と
なってくると、私はどうなるのだ?

愕然として、それからネットで随分と調べ、恐怖におののいた。
自分で塗る回数を減らし、量を減らし、ワセリンを足して希釈した。

「 毎日、ではないから、いいよね 」 「 少量だから、いいよね 」と
呪文のように繰り返しながら。



2年前、夫の両親の介護生活突入と同時に、自分の通院どころではなくなり、
義母の退院を機会にと、ステロイド離脱をはかった。


それから、あっという間にリバウンドがやってくる。


下半身中心に、皮膚がなくなり、赤身の出たゾンビ状態で、リンパ液まみれ。
包帯ではどうにもならないため、
少年たちのときに活躍したドビー織の布オムツを
ガーゼがわりにあてて、テープで止める。
すぐにぐっしょりと塗れ、日に何枚も取り替える。

身体は灼熱感に覆われ、痒く、痛い。
熱も40度を超える。

ぞわぞわと全身の肉を蛆虫が這いまわり食いちぎっているような感触と、
落雷のような、脳を突き破るような痒み。
肉の底の骨が、痒い。


もう、殺して、と転げまわりながら、泣く。


真冬にアイスノンを2つ抱えて横になる。 布団から蒸気があがる。

半年間、リンパ液と血液でドロドロ生活で、その後の半年は一進一退。

1ヶ月単位で「良くなってる」感じに支えられ、
シャンプーや石鹸とも縁を切り、
塩浴・にがり・竹酢液療法で頑張って来た。


そして先日まで。
肌身につけるものを綿100%にしておくことと、
未だ、ドビー織りのオムツをあててショーツを履いておく以外は、
ほぼ日常生活に戻っていたのに。

5月の粗大ゴミの日に、
リンパ液と血液でドロドロになった汚い布団をやっと処分できて、
ひとりで祝杯をあげたのに。


先週から、日焼けの後が少し腫れ、痒くなっていた。

1日の映画の日の夜、汗疹のようになった手の甲を掻いたら。

皮が ずるっと むけた。


!!!


それから、あっという間に、首に、耳に、顔に。



顔!!!




ゾンビ状態で転げまわっていたときも、
私がなんとか正気を保っていたのは、顔にだけは出なかったから。

患部は、下半身中心に「隠れた」ところだったために、
発熱と腫れが引いてからは、ガーゼや包帯代わりのドビー織のオムツを当てて、
ミイラ状態でも外出できた。
買い物にも出掛けられた。
泊り込みの温泉治療にも出向くことができ、
半年間休ませて貰った、PTAにも復帰することができた。




ここへ来て、第2次リバウンド。 2年も経過していたのに。
それも、ついに、顔。


…やっぱりダメージでっかい。


昨日は、左目は腫れた上下瞼のため、潰れてしまった。
今日は、右目もヤバいです。
このままだと なにも みえなく なっちゃう。


、、ということで、こちらは、しばらくお休み致します。

明日から、気持ち悪い愚痴しか書けそうにありませんから。




今の私は、10日の一斉清掃ができないであろうことと、
水曜のP連バレーの最後の練習、10日の試合。
そろそろ印刷にかかる文化部の新聞が一番気がかり。

でも、どうしようもない。
痒くて痛くて、つゆだく状態の顔では、一歩も外へ出られません。
左手もパンパンに腫れあがって、指があまり動きません。

自宅で悶々としつつ、これらのことが終わったら、
本格的にヘコんでいくような気が致します。


だもんで、
比較的、元気な時には、皆さんのブログを見せていただきに参ります。
これからも、どうぞよろしく一緒に遊んで下さいね☆☆☆


ふぁいと~~~>ぢぶん。






「 昨夜はロールキャベツ つくったよ 」 @@





今春、夢にまで見た憧れの京都での大学生活を始めた上の少年。


なんだかんだとメールでお喋りしてたのに、段々とメールが来なくなってきた。


『 餃子が80円じゃった! 』事件でのコメントに少し書いたが、
餃子が80円、ということに驚いてメールして来てくれたこと。
そんなちっちゃな喜びを、語りたい相手が
いつまで「私」であってくれるのか、と、ちらっと思ったことを思い出す。


便りのないのは元気の証拠。
そう判ってても、ちょっと淋しい、かな?


先週、掘りだちのジャガイモをちょっと乾かして、
段ボールいっぱい送ってあげた。


「 わ~ぃ、届いたっ  ありがと 」 とメールが来たので、


「 大好きなお肉、少しは食べてる?
  たくさん食べたいときは、ハンバークにしたら良いよ。
  簡単で、安くて、たくさん食べられるから。
  玉葱たっぷり入れてよ~く捏ねて、ミルクと卵とパン粉と… 」


って、ついメールを返す。


したらば、、、、


「 昨夜はね、ロールキャベツをつくってみた☆
  スープはコンソメで、めちゃ、うまかった!! 」


ひぇぇえ。 ヤるぢゃん。  ペン乱

かねてより、
「 料理って、めちゃクリエイティブぢゃん? 面白いよぉ 」

と、ほざいてはおったが、本物?


もう、日頃の母の手抜き料理をすっかり見抜いてしまったに違いない(滝汗)。


んでもね、授乳期には、私自身の食事制限を厳しく行い、
君らの離乳食、幼児食期には、それはそれは、神経遣い、
おやつは全部てづくり。
めちゃくちゃ、時間、かけてたよ~~~!!ペン怒
って、暴れたいけど、君らには記憶がないもんね。



「 ロールキャベツ 」というメールを唖然として眺めつつ、

『 ひとりだち、したんだね。。。。』

と、しみじみしてたら、


「 暑!!  怒!! 」

とメールが来た。 京都の夏の洗礼を受けたらしい(笑)。


アパートにはクーラーがついていたのに、
まだ遣わないのね、偉いっ!!




pigmacさん、本日も「燃」をお借り致しますぅ☆




pigmacさん燃

今夜はアウェイにて、再び韓国戦!
ふぁいとぉ~~☆ 柳本JAPAN!





本日、映画の日につき。。。。

pigmacさん、「勝」をお借り致しますぅ☆

pigmacさん勝


全日本バレー女子
対 ドミニカ戦、3-0。 明日はまたも韓国戦。
感動の試合を期待致します☆









ということで、本日は、映画の日。

迷ったけれど、例の彼女とまたまた行って参りました。
2週間に3回!
10年行けなかったことを思えば、生まれて初めてのなんて贅沢な喜び。

今日は、ついに『 宇宙戦争 』を観ることに決定。

以下、ネタばれ注意です。







う"~ん。。。。


最初のモノローグが凄かったし、
エイリアンの襲撃が物凄かったんで、これでは人類滅亡間違いなし。

こんなのをいったい、どう収拾つけるのか?と不安だっただけに、
随所にツッコミどころ満載。
(なんと、大阪人がこの凄いのを何体か倒したそうですぜ!!)

で、終わったときに、、、、天を仰ぎました、私。


  こ ん な ん で い い ん ?

  風 呂 敷 は 、 き ち ん と た た み ま し ょ う 。



結局のところ、
最初の、不穏な空模様。 天を引き裂く雷鳴。(音響効果は抜群)

なんのことはない、
予告編 + 前評判 → 私自身が紡いだ勝手な恐ろしい予感。
で震えたこのシーンが1番怖かった、だなんて。


余りにストーリーがちゃっちぃ。
全てが中途半端。
家族間の愛憎劇だって、薄っぺらい。

評判の女の子は、確かにお上手でした。

トム・クルーズの、これまで省みなかった子どもたちに対しての自責の念が、
仕草ではなく、瞳の中に見え隠れしたところを評価。

2.0点(5点満点) あ~ぁ。 私的には、ほんとはもっと低い。 がっかり。

ペン問




[ 2005/07/01 21:35 ] 観ました^^*☆ | TB(0) | CM(18)


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