今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。
月別アーカイブ  [ 2005年05月 ] 

≪ prev |  2005年05月  | next ≫

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

「知らなかった」 「教えてもらってない」




一昨日から丸2日半。
私が悪い。私が悪い。全部全部、私が悪い、と、ヘコみ続けながら、
今日は、小学校PTA時代からの自分の歩みをずっと辿っていた。


5年前に、小学校PTAでバレー部を立ち上げたとき、
忙しいなかで、週1回の練習に、彼女はできるだけ来てくれた。
テニスプレーヤーである彼女の体育会系の気持ちの良い挨拶、
明るい声掛けは、皆のムードをいつも盛り上げてくれていた。

以来、私は、彼女に蔭に日向に支えて来て貰った。
いつも明るく、元気で、曲がったことが嫌い。
誰よりもフットワークが軽く、ひとを動かすより自分が動くタイプで、
表裏なくいつも何処かで動いているひとだった。


- - - - - - - - - - - - - - - - ----


昨日、彼女が電話で言ったひとことひとことがよみがえる。

何よりショックだったのは、
2年前にまで話が遡っていったからだった。

「 あの時は、、云々。。 」 「 あの時は、、云々。。 」


聞きながら、頭のなかがくらくらとする。
そんな想いを抱えてずっと来てたのか。

なんでその場その場で聞かないのか。言わないのか。
曲がったことが大嫌いで、嘘も嫌い。
腹蔵なく何でもストレートボールを投げて寄越すのが、
貴女のトレードマークであったのに。


「聞けなかった」と貴女は言う。

それさえも、私のせいなのか。 私がそうさせたのか。

この2年間、腹ふくるる想いを私に言えなかったのは、
ただ彼女の体育会系気質がそうさせていただけだったのか。

、、、きっと、そうだったんだよね。

これまでの私の彼女に対する想いやら彼女への言の葉が、
全く私のひとりよがりであったことに、
ただ申し訳なく、ずっと吐気に見舞われている。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ---



けれど、唯一、前に?向かって考えられること。

例えば、昨日の私のメールで彼女の逆鱗に触れたのは、
「開会式で貴女の姿を見なかったから、
(PTA種目参加者の段取りが大変なのかと)心配した」といった箇所だったようで、

電話で彼女は怒って言う。

「 運動会の開会式で、正副会長が来賓席に在った方がいい、なんて識らなかった。
  識ってればそうしたのに。 終わってから言うなんて酷過ぎる。
  いつもいつもそうだった。
  こんなことも識らんのか、常識じゃないか、という感じで言われても、
  それはそっちの常識であって、こっちの常識ではない。
  判らなければ聞いて下さい、と言われても、
  何を自分が判っていなければならないかもわからないのに聞ける訳がない 」


昨日は、ただただショックで、申し訳なくて、頭のなかが真っ白だったけれど、
いまはこれに対して、【顧問】としてはどう答えるか。と考える自分が在る。


正直、頭を抱えたい想いではある。

「知らなかった」 「教えてくれなかった」 「聞いてない」。 

そんな言の葉を貴女の口から聞くのか、と。
2年間、執行部で誰よりも率先して動き、頑張って来た貴女なのに、と。


、、、段々と、当初の衝撃で何も考えられなかった自分から、
こんなもん、マニュアルじゃないでしょうに、と感じはじめてしまう。


それこそ、前例にないとか、慣例主義に陥らぬよう、
運動会なら運動会の段取りを、
その都度、そのときの執行部や体育部で
細部に渡って話し合って決めていくはずであり、
開会式は、誰と誰が何処にあって、何をどのようにやる、と
確認していくのではないか?
過去何年分も引き継ぐ、各部の部会ノートは、何のためなんだ。

「 段取りは、その都度、そのときの執行部で細部まで話し合って決めていくはず 」

この「 はず 」と、私が想ってしまうこと自体が、
私がただ単に、長く役員であり過ぎたからなのか?

役割分担し過ぎて?、誰も副会長のしていることをみてはいなかった?

「 引継ぎ 」 の在り方。 そのなかみ。

観直す必要が大有りなのかも。






スポンサーサイト

続・運動会とおやじの会と。




おやじの会として出場する「むかでリレー」。

入場門前に集合した私が見たものは、
何人かの「おやじの会」メンバーの後ろ姿と
入場門前で、様々な種目に出場するPTA会員の確認、調整を行っている、
新女性副会長がやり取りをしている姿だった。


??!!


近付くと、
「 むかでの下駄がないけん、出場できんのんじゃげな 」と、
口々に苦笑いしつつ、その場で解散状態となっているおやじの会。

その場で誰も、表立って苦情、文句を言っているものは居ないが、
「 なんじゃ、それは 」な空気がありあり。

私の嫌な予感が的中ではないか。



おやじの会の、今日の今日、この場で出場種目を決める、という
乱暴極まりないやり方にも先刻来驚いていたが、
「むかで」と決めた時点で、下駄の確認やら並び方の説明を受けることやら、
下準備を何もせず、出たとこ勝負の召集の掛け方に唖然とする。

結果、皆が嫌な想いをし、
子どもが卒業したのに、わざわざ会のTシャツを着て
参加して下さったOB会員のひとに迷惑をかけ。

どうしてこんなことになってしまったのか。
こんなことになってしまうまでに、
誰がどのように動かねばならなかったか。

どうして互いの連絡が密にできず、意志疎通の努力を怠ったのか。


おやじの会に、たくさん言いたいことはあったけれども、
まずは、とても消耗しきった顔であった女性副会長が心配だった。

頼んで頼んで、泣いて頼んで、私のバトンを受け継いで貰ったひとである。




私を認めて、にっこり微笑んだ彼女も、
「むかで」に触れるとたちまち、眉がはねあがる。
案の定、これまで溜まりに溜まっていたことをぶちまけられた。

ひとつひとつ、彼女の言う通りである。 彼女の言い分が正しい。

私でさえ、今日の事態には驚いた。
「むかで」に出る。彼女にとっても、寝耳に水の話であったのに、
下駄が用意できない(これにも彼女はノータッチ)ことから、
暗に、これまでの流れ(その時点で私は詳しいことは識らなかった)も含めて、
学校側と執行部側に、多くの不手際があったように、彼女が責められてはたまらない。



運動会に向けてのおやじの会の関わり方が
如何に曖昧で、非協力的だったか。
どんなに、振りまわされて来たか。 そしてとどめが「むかで」である。


ぅん、ぅん、その通りだよね。 ごめんね。
全部、全部、貴女の言う通り。
胸塞がれる想いでそれを聞く。 だけどただ1点だけ。

彼女が言ったなかに、
「 だいたい、おやじの会は『出させて下さい』という立場でしょう?
  それなのに、、、」 と続いたから。

つい、それだけはいかんと「NO!」を言った。

「 ごめん、それだけは違う。
  例えそうであっても、そんな言い方をしたら敵をつくるだけだよ。
  何があっても『出ていただく』『盛り上げていただく』『力を貸して貰う』
  という気持ちでいなくては 」


結果、火に油を注いでしまった。

それは彼女には判りきっていること。
だから今日まで頑張って来たのだから。

それが全く報われず、報われるどころか私にまで批判されたと感じ。

彼女は、私だから、本音を言った。 私だから全部ぶちまけた。
それなのに。



胃が縮む。 目を閉じて深呼吸をする。
私 は 貴女 に 寄り添いたいのに。
今は何をどう言っても駄目だと判った。

でもこれを放っておいてはならない。

学校、PTAとおやじの会との関わり合いかたを明確にしない限り、
行事がある度、同じことをまた繰り返してしまう。

今日の総会で、どうしても言わねばならない。

おやじの会の会長の言い分も聞きながら、でも言わねばならない。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ---


結果は、ここで余り書きたくない。 書けない。

複雑な人間関係のあまりの根っこの深さに愕然とし、絶望し、
こんなんで、これからいったいどうやって行くのだ、という憤り。

んで、『そんなこと』が、今回の「むかで」に繋がったことが、
悔しくて、情けなくて、
お前ら、いったい、何やっとんだ~~~!と思う。



彼女には、深夜、改めて「ごめんなさい」メールを送った。
詳しいことは何も書いていない。
ただ、貴女の言う通りだ、と心から想う、ということを書き。


午前中に彼女から
「冷静になれずに大変失礼なことを言った」
「同じ間違いはしたくないから、良い方向に向かって
 これからも色々と、、、」というメールが届き、
また返事を送ったのだが。


先程、彼女から電話がある。


私がまた、直前のメールで、彼女を刺激してしまったらしい。

「むかで」から話は遡り、
彼女が初めて執行部となった2年前
(現おやじの会会長は、PTA副会長だった。 私も)のことから、
ずっとずっと感じていた疑問や、不満。

…駆け寄って、彼女の顔を観ながらきちんと話しをしたかった。
そうするべきだった。


1時間半、電話で話した。 最後はどちらも涙。


それは、バトンを渡すときに、互いに流した涙とは違う。



おそらく、貴女は私を断ち切る涙。

私は、貴女をここまで追い詰め、泣かせてしまったことへの苦い涙。



貴女しかいない、と頼んで頼んで、受け継いで貰った。
私では駄目だったけど、
貴女なら新しい風を起こしてくれる、とも思った。

蓋を開けてみたら、
私は、顧問、という訳のわからない立場になってしまったけれど、
本当は、全部のことから身を引いて、
ただの友人として、私は、貴女の心に寄り添いたかった。


頭の芯が茫洋とする。
なんで、こうなるんだろう。
なんで、彼女と私が泣かなければならないんだ!!!






[ 2005/05/30 15:57 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(20)

運動会とおやじの会と。




中学校運動会。 晴天に恵まれ、有難いこと。

いつもの如く出掛けて行き、来賓席に在る自分を不思議に感じる。

毎年感じる胃の縮むような想いもなく、何の心配もなく、
この席に在り、ただ子どもたちに声援を送れることがこんなに有難いなんて。


だが、来賓席の方々がプログラムを手にされていないことに気付き、現実に戻る。

新会長、副会長は何処にも居ない。 なんでだ?

慌てて本部に走り、プログラムをごっそり貰って来賓席に取って返し、
1枚1枚配りながら、お詫びとようこそ、の挨拶をする。


子どもたちの元気良い行進。 昨年より揃っているようだ。
来賓席に、今春離任された、人気の体育の先生が来て下さってたため、
2年生、3年生は、つい顔をほころばせ、
こっそり先生に手を振ったり、ピースサインを送ってくる。


開会宣言から始まり、いつもの手順で。

ただ、PTA会長が違うだけ。


子どもたちはみんな可愛かった。
今年は種目がぐっと減り、その分、1つ1つの種目時間が長かった。

例えば2年生。 クラス別対抗で
ハードルや縄跳びを使って走る競争あり、50m走あり、
100m走あり、200m走あり。

1人1人、コースと氏名の紹介があり、
呼ばれた選手は手を上げ、大きく一礼する。
極めつけは、800m走。 応援する側も熱が入る。
大いに盛り上がった。


おやじの会のメンバーの呼出の放送が入る。
集まってみると、おやじの会は何の種目に出るのか、未だ決まっていない、という。

なんで? どうして?と思ったが、黙っていた。

プログラムを見つつ皆で検討し、「むかでリレー」に出場することとなり、
嫌な予感がしたが、「むかで」の下駄の有無の確認だけで、黙っていた。


その間に、生徒vsPTAの各種目は次々と進み、会場は大盛り上がり。


1年生全員によるクラス対抗50mリレーに挑んだPTAチームは、
グランド半周分の遅れを後半に一気に取り戻し、PTAが優勝した。
人数集めに苦労した甲斐あって、飛び上がって喜んでしまった。

そして、いよいよ「むかでリレー」。

入場門前に集合した私が見たものは、、、、


                    以下次号。
                    本日は、さすがに疲れました。





[ 2005/05/29 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(10)

高校PTA総会と進路講演会と懇談会と。




昨日は、高校PTAの総会だった。


13:00から体育館にて、進路講演会、PTA総会、教育振興会総会。
15:30から各教室に分かれて、地区会、学級懇談会と目白押し。
帰宅したら、18:00をゆうに回る強行軍だった。


進路講演会の講師の方は、31歳。
年に出張日数150日を数え、本社にあるときは、大学生の採用を担当する
バリバリのベネッセコーポレーション本社勤務の御方。


お題は『 キャリア進学と大学進学 』。


ラグビーに燃え、スポーツ推薦で大学を受験したものの失敗に終わった彼は、
それから1年を大学受験に向けて勉学し、京都の私大へと進学。

そこでの奮闘、培ったもの。

今をときめく「ベネッセ」で、毎年400名を越える大学生との面接。

そこで感じること、願うこと。

ベネッセならではの切り口多彩なデータを基にしながらも、
意外なほど、ご自身の体験ベースの実践的な精神論のお話だった。


東京の中高一貫6年制の私立校での講演で感じたこと。
そこから東京大学へ進学し、退学していく学生に想うこと。
高校生のあるべき姿。 何故に勉学が必要なのか。
保護者の出番はどうあるべきか、どう考えるべきか。
大学生のあるべき姿。 企業の求める学生像。
それは、何故か。 どうしてなのか。

全てが彼自身の体験と想いから発せられる言の葉だったから、
ストレートに胸に伝わってきた。
素敵な講演だったと思う。



PTA総会。 何の質問もなく、淡々と進行する。
新旧執行部は、ひとりの男性の会計さんが新人さんだけで、全て連投。
確固たるシステムができているようである。


教育振興会総会。 会長は同窓会長。 何の質問もなく、淡々と。


地区会。
あらかじめ名簿投票で選出された役員さん2名と
地区担当の先生方のリードのもとに、全員の自己紹介から。
うちの町の方々が殆ど。 隣町のおかあさんにとても活発な御方がいらした。
1番ご遠方からは、毎朝5時半の船+JR電車にて通学される由。


学級懇談会。
下の少年のクラスには、7名のおかあさんが出席されており、
自己紹介から始まり、和気藹々と懇談が進む。
入学式に拝顔した先生も良い御方のようで、
できれば、3年間このクラスを受け持ちたい、と意欲満々。

仁は、、、、先生曰く、人気者だそうである(汗)。
女子のおかあさん方から笑いが出た。
空気からどうも「いじられキャラ」らしい。
とりあえずは受け入れられているようで、大きく安心した。


明日は中学校の運動会、おやじの会総会、である。



 # PTA会長は、夫のクラスメートであり仲良しさんであり、
   例のキャンディーズの写真に一緒に写っていた御方であった。orz....
   仁は、彼の息子さんと同じクラスであることが判明。 はひぃ。




[ 2005/05/28 23:01 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(14)

衝撃事件のなかみとは。。。。






  堪忍袋を首から下げて

     破れたら縫え 破れたら縫え






これは、広島時代。 初夏。
下の少年を抱っこして、上の少年を幼稚園まで迎えに行き、
その帰り道で目にした、お寺の門前に貼られていた言の葉です。


ずっとずっと忘れられず 今でも、こうして時折思い出します。


「 破れてもいいよ。 また縫えばいいのだから 」 という意味なのか。


「 首に掛けて置くのは、いつも堪忍袋の存在を意識しておくためじゃ。
  みてみぃ、皆の首にも掛かっておる。
  主の袋が破れそうになったときには、
  即、針を持ち、すぐさま縫い合わせるべし 」 という意味なのか。


   …とりあえず、山奥で薔薇とともに在り、堪忍袋の口を開けて叫び、
    こちらでは、怒りに乗じて、『王様の耳はロバの耳~』と吼えました。


    んでも、今回の事件は、私だけのことではなく、彼女に起きた事件であり、
    いつ、ご町内の方がご覧になり、
    彼女が特定されるやもしれませんので、削除致します。


    皆様からいただきましたコメントは、私の宝物なので、
    このままこちらに置かせていただき、
    私の堪忍袋は応急処置に入ろうと思います。


    有難うございました☆☆

             ※ お返事、25日分とともに懸命にさせていただきました。
               下の少年の理不尽事件でまだだったものと合わせ、
               目を通していただけると嬉しいです。


           



顧問、運動会直前に走る!




運動会は、29日。
グランド整備もされ、早々とテントも組み立て、後は足を立てるだけ。

んぢゃが、【顧問】の私に、運動会のプログラムと案内状が来ない。
【顧問】でなくても小学校PTAからは来てたのにな。

【顧問】だから、なのか? うちうち だから?

そういえば、おやじの会の幽霊会員である夫にも、案内状が来ない。
一緒に送ってもらうように、運動会の種目出場依頼と
今後の予定の文書をつくったんだけどな~。

体育部も頑張ってるけどPTA種目への保護者の参加申し込みだって、まだまだ足りない。

正味あと4日だと思うんですけど~~。 大丈夫なの??


あれこれあれこれ考えてて、どっき~~~~~ん!!ペン慌

これって、もしかして、もしかして。
新教頭先生がバタバタされてて、校外のひとに案内状を発送していないってこと?

学校評議員とか、自治会長とか、民生委員とか、前教職員とか? ぅそ~~ん!!

今日は、例の新聞づくり講座の参加申込の締切日でもあるし。
参加者と参加校をまとめて、各広報誌を新聞社に送らなくっちゃ!

え~~ぃ、ついでだ。
運動会案内のこともあるし、
電話じゃ上手に伝わらなかったらいけないので学校へ行っちゃえ~~。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


結論) 運動会案内は、顧問とおやじの会【だけ】郵送し忘れた、とのことだった。
    どっちにも属してる我が家ってば、哀しい。
    いわゆる「来賓」関係には送られている由にて安心した。
    未郵送分は本日中に投函される由。 間に合って良かった。

    新聞づくり講習会の参加者は、他校が1校ご参加(有難い☆)。
    明日、お声をかけたところ全部にもう一度確認して周ることになる。






[ 2005/05/26 02:12 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(28)

衝撃の1日

近所の友人と前々から約束し、楽しみにしていたドライブに。

この日は随分前から決めていたのに、夫が突然、「休みが取れた」という。

なんでやねん。
 

こちらは前々からの約束で、超優先事項なのだからして、
独りでしのいでもらうことにして、元気良く出発~☆

彼女は、私より3年後にこの地に転居してきたひとで、事情は私と一緒。
同い年。 有難いことに、私たちはとても仲良しになれた。

昨年、彼女はお隣さんと2軒で2年持ちまわり、という、
この地域の「班長」さんとなり、
気を遣いまくりの気苦労鬼さんになっておられたようである。

体調も崩しまくりで、傍で観ていて辛かった。
おっとりといつも笑顔で、頑張りやさんの彼女なのである。


ここ2週間、彼女の顔色がますます冴えないので、
このドライブが彼女の慰めになれば、と祈るような想いだった。



しかし、このドライブで、
ここ1週間の班長としての彼女の悩み、葛藤が、
まさに我が家にあったことを知るのである。



どど~~~ん!


                  すみません。 以下次号。
                  昨夜は余りのことに、帰宅して
                  冷酒を飲み干し、爆睡してしまひました。
                  2時間で起きるつもりでしたが、
                  目覚めれば、朝!
         
                  本日は仕事もあるため、また夜にお逢い致します。


三次ワイナリーから湧永庭園へ

前々から計画しつつ、私の都合にて、
どんどん後ろにズレていった友人とのお花見ドライブに行きました。

桜も藤もありませんでしたが、薔薇や牡丹なら。と期待して行きました。

私たちの定番!の三次ワイナリーで、試飲用のワインをしこたまいただき、
2本買って、庭でのバーベキュー。
固体識別番号つきの霜降りの素敵なところをいただきました。
おいしかったです。

湧永庭園では、薔薇満開には届きませんでしたが、
いまにもほころびそうな、イイ感じの蕾たちに囲まれ、嬉しかったです。

義母にバラを一鉢、お土産に買いました。

楽しかったです。



[ 2005/05/24 00:00 ] 行きました^^*☆ | TB(0) | CM(16)

仁くん、理不尽に泣く (ついでに母も)




金曜日。

下の少年にとっては、やっと中間試験が終わり、待ちに待ったクラブ解禁!

午後からずっとクラブだったため、さすがに帰宅は7時前だった。

普段なら、帰って来るなり、リビングに制服のまま倒れ込み、
そのまま寝入ってしまったりするのだけれど。


玄関まで迎えに出て行くと、私と目が合った途端、浴室へ直行し、
ガンガン シャワーを浴びている。

何かあった??

30分以上出て来ないので、掛けるべき言の葉を探して
殊更何気ないよう声を掛けてみる。


「 を~~ぃ。

  お水がもったいないけん、どうせならお湯を貯めてゆっくり入り? 」


「 ………… もぅ あがる、、、 」


あがってきて、無言のまま冷蔵庫を開け、
冷たい麦茶を飲み干しながら、目を拭うのを見てしまった。


ん"~~~??



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ---



4月22日の私の日記で、
下の少年が運動会のための應援団になってしまったことを書いたが、
いよいよこちらも、金曜日から練習が始まったのである。

嫌々ながら應援団の初顔合わせに行き、自己紹介等々と声出し練習を終え、
はやる想いで、ダッシュしてバスケの練習に出たところ。。。。

いきなり顧問の先生に、怒鳴りつけられた由。


「 そこの1年! その身体で何が應援団じゃ!
  そこまで(クラブを)やりとぉないんか!
  ヤル気がないんなら、早よヤめーや! 」 と。
  

下の少年は、余りのことに何も言えず、固まってしまったらしい。

以後、アップもさせて貰えず、ずっと球拾いだった由。


「 おかあさん、
  僕ね、はじめて、先生が嫌、先輩と合わん、とか言うて
  クラブを辞めて行くひとの気持ちがわかった 」


ぽろぽろと涙をこぼす仁を見て、私まで涙がこぼれそうになった。

腹が立ったからである。


● この先生には1度も名前で呼んで貰ったことがない。
● 意味なく、ちっこくて細っこい身体と應援団を結び付けた。
● 應援団入団は不可抗力であったのに、
  「クラブをさぼりたいがため」だと勝手に解釈して怒鳴った。
● ヤル気がない、と勝手に決めつけ、「辞めろ」と怒鳴った。


あんまりではないか?

この先生が、日頃から生徒のことをよく観ていたら、
こんな言の葉は絶対出なかったのではないか?

例えば、せめて
「おぅ、應援団になったんか。んぢゃが、クラブも手を抜くなよ」
くらいの声掛けだったら。

仁は、どんなに心励まされ、
「この先生について行こう」「どんなに辛くても頑張ろう」と
思ったことだろう。



幸い、練習後に、先輩たちが仁に声を掛けてくれたらしい。
それでなんとか居場所がないような気持ちを拭って貰ったようだが、
土日の校外練習試合では、仁だけずっとベンチだったそうである。

ずっとヘコんだままの仁に、胸が痛い。




んでもって、仁の先輩となる夫が、
「 おとうさんも應援団だったんで~♪ 」と当時の写真を
何処からか引っ張り出してきたために、もっとヘコんでいる。


その写真には、毛糸で作った三つ編みのヅラを被り、
女子の制服を着て、楽しそうにキャンディーズを踊っている夫が映っていた。


よりによって。
なんでこんなときに そんなもん を見せるかな~。 大バカ者っ!!!






恐怖の茶封筒




土曜日、下の少年が、黙って私に高校からの茶封筒を渡してくれた。


「 !!! 」
高校のPTA役員の嘱託状かと思い、一瞬、血の気が引く。  ペン凍
下の少年の方が、私の顔色に気が付いて笑った。


「 ちがうよ、おかあさん。 おめでとうだよ 」


「 ?? 」


慌てて、封のされていない封筒から書状を2枚出すと、

仁のX線再検査の結果だった。  「 異常所見なし 」




この度、生まれて初めて健康診断のX線で引っかかり、再検査を申し渡された。
要精密検査は、全校生徒で6名だと言う。

「 息をちゃんと止めんかったんじゃろ? 」 と彼をからかいつつ、
実は不安だった。

バスケット部入部以来、全く休みなし。
毎日這うような状態で帰って来て、夕食も食べられない。
肋骨が全部数えられるような細っこい身体。
花粉症の症状も酷く、咳も続く。 見るからに息も絶え絶え。

もしかして、もしかして?

ツベルクリン反応検査やBCG接種が廃止となって2年。
家庭で余程の注意をしていなくちゃ、
結核に罹患しているかどうかわからない。

毎年毎年4万5千人は新たに罹患しているという結核。
いくら15歳以下の小児例が毎年200~230人とはいえ、
こんなところで経費節減するなんて、許せない。 云々。


かなり腹を立てたし、心配もしたのに。


学校からの茶封筒を見た途端、
君の結核疑惑もきれいに忘れ果て、

「 すわ! PTAの役員だ! 」としか

連想できなかった 薄情な 心弱い母を許してね。

母は、中学校の顧問で手一杯なんだ~よ。






[ 2005/05/22 19:59 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(32)

続・続 雑巾物語



4月6日の私の『 雑巾物語 』

次いで、4月7日の『 続・雑巾物語 』 にたくさんのご意見、コメントをいただいた。

なかでも、かずまま13さんには、2回のトラックバックをいただいている。


本日は、かずまま13さんにこちらからトラックバックをさせていただきます。
よろしくお願い致します。




先日、朝日新聞に雑巾についての投書が掲載され、
フジTVの朝の『 とくダネ! 』のオープニングトークでも取り上げられた由。

早速、フジTVのサイトへ飛んでみたが、
オープニングトークでは記録にも残っておらず、
視聴者からのコメントも佐々木アナウンサーの結婚祝いで溢れており、
雑巾について書かれたものは、そのひとの雑巾事情を書かれた1通しかなかった。

だもんで、投書内容は、かずまま13さんからのご報告に頼ってしまうが、
【 幼稚園かどこかに提出した古タオルの雑巾を
  「新しいものと代えるように」突き返されたというような話 】だったそうである。



う"~ん。。。。 それがもう本当に主流なのなら、暴れちゃうぞ~~~!!   暴



4月6日、高校へ雑巾を提出する前日を迎えての所感。
4月7日、実際にクラスで雑巾を集める瞬間に立ち会っての所感。
2回に渡って、私が感じ、私が体験したことを書いた。

それに対して、皆さんからコメントをいただいたところをまとめれば、

● ひとそれぞれではあるけれど
● 基本は、雑巾は古タオルを利用してつくる、というのはきちんと踏まえたい。

みたいなところに落ちついた、と私は感じている。

また、個人的には、
「古タオルで手づくり派は、賢母」→「購入派は、ダメ母」的パターンに
陥る危険性には要注意、だとも感じている。


【これまで皆さんからいただいた雑巾考】

 購入派、新タオル派

 ▼ いまどき、薄手の広告入りなど、雑巾に適するタオルはそんなに手元にない。
 ▼ 幼稚園児や小学校低学年のちっちゃな手には、100均の雑巾が一番扱いやすい。
 ▼ 給食用のものは、新しいタオルでないと使えない。
 ▼ 学校や幼稚園、保育園で「 新しいタオル 」と指定されている。
 ▼ ミシンがない。 裁縫が超苦手。 心理的に苦痛。
 ▼ 学期毎に提出するのは負担。
 ▼ 時間が惜しい。

 古タオルでの問題点

 ▼ 古タオルとはいえ、限度があるはず。 その基準は難しい。
 ▼ におい、が出やすい。(長期保管していると保管している段階で既に)
 ▼ 色や柄で、何処の家庭の雑巾か特定されるのに抵抗がある。

 新しい雑巾の縫い方の提唱(ありのみ01505さんのTBから)
 
 ▼ ブック型に折って、本だったら「のど」に当たる部分にミシンを一回。
   これだと新しい面が次々に出現するから、一度絞ればたくさん拭け、
   分厚くないから、乾きやすい。
  (小林カツ代さんが提唱されたらしいが、ググってもヒットせず)

 そもそも縫う必要があるのか?という疑問
 
 ▼ 今の雑巾の縫い方は、日本手拭だった頃のことではないか?
   昔は擦り切れるほど使った後の雑巾だったため、
   4つ折、周囲縫い、対角線縫い、というのは必須だった。
   現在のタオルなら、たたんで使えば表裏八回使える。
   洗濯機でも洗え、すぐ乾く。


で、私。

何よりショックだったのは、現役教師の方々からの、

「 雑巾より何より、雑巾を絞れる子どもが殆ど居ない。
  掃除の仕方を知らない子どもばかり 」

  
ど、ど~~~~ん!!       失


汗




え~と。。。。汗   気を取り直して。

【私の場合、私の結論】

  私のポリシーは変わらない。
  雑巾の用途によっては、「新タオル以外は不可」に納得する場合もある。


  ひとが様々な事情や理由で、売られている雑巾を購入されることについて、
  批難、批判はしない。 事情や理由には心を寄せたい、と思う。
  100均の雑巾の方が、小さな子どもたちには遣い易いということも理解した。
  雑巾の縫い方の工夫は、用途に応じて必要だと思う。
  

  でも。
  でも!  先日の私の体験は、どうしても納得いかない。
  古タオルで手作り雑巾を持参したものが、バカにされたり、
  片身の狭い想いをするような空間は、「おかしい」と思う。
  
  まして、雑巾提出について、事前に何の説明もなかったのに、
  持参した古タオルの雑巾を「新しいものと代えるように」などと
  突き返されるようなことには、断固として抗議したい。



むか



               追記) 2007/01/10、 ごりえさんち にトラックバックさせていただきます。

                  本文には、Last updated 2005/05/21 08:19:59 AM 以降
                  手を加えていません。




ジャンル : ライフ
テーマ : 大切なこと

タグ : 雑巾 手縫い雑巾 タオル雑巾 雑巾づくり 古布雑巾 布雑巾 ぞうきん

[ 2005/05/21 00:00 ] 驚き 桃の木 @@ | TB(0) | CM(44)

弥々さん を 応援☆




始まりは、私の常駐?しているテーマと言っていい
【PTAの役員・委員レポート】で、
「PTAのあり方に言ってもええかぁ!!」というタイトルに飛んでいったことから。

弥々節に釣り込まれながらも、ついついお伝えしたいことがたくさんあって、
いきなりぶしつけに長文のコメントを書かせていただいた私に、
このブログの主、ワンダー弥々丸さんは、真摯に私を受け止めて下さった。

すぐに私のブログに来られ、過去のブログを読んで下さり、
たくさんの感想をいただき、共感もして下さって。

以来、まだ1ヶ月も経っていないが、
非常に濃ゆい時間を持たせていただいたように思う。


今宵は、語り手・ワンダー弥々丸さんの2回目の公演、初日。

中目黒ウッディシアターにて。

朝から私は、落ちつかない時間を過ごした。
羽があれば、飛んで行くのに、、というセリフは、
こんなときに使うものなのだなぁと、思った。

本日の初演は、めでたくも満員御礼。 当日券もない、とのことだった。

明日から2日間。 4回の公演である。


もしお近くで、時間あられる御方は、
是非、私の気持ちも一緒に連れて行って下さいませ。

19歳の鬼女となる弥々さん。
ご感想などお聞かせ下さると、私はとてもとても嬉しいです☆☆☆


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ---


以下、弥々さんのページより抜粋

【自由区BOX vol.5 ~フルコースをご一緒に~】

 日時:2005年5月20日(金)19時  ※ 満員御礼

       5月21日(土)14時/18時
 
       5月22日(日)13時/17時

 場所:中目黒ウッディシアター

 チケット:2500円(前売り)2800円(当日) *ぴあ・シアターガイド掲載中


【 自由区BOX vol.5 ~フルコースをご一緒に~ 】

  *公演タイトルについて
   フルコースのように様々な味仕立てで、美味しい舞台アートを堪能くださいますように・・・
   そんな願いを込めて、スタッフ一同心を込めて送りまする。
   笑いと涙のスパイスを添えて、どうぞたっぷりとお召し上がりくださいませ。

≪スープ≫ 恋の見栄ストローネ(40分)

【日曜日の災難】 作:布施博一  演出:山崎徳幸

 キャスト:追分絵美子・佐戸川由美 他

≪前菜≫ 花びらのテリーヌ(20分)

【吉野山 恋に散る花】
 作:布勢博一(脚本家)/TV『熱中時代』『純ちゃんの応援歌』(朝のテレビ小説)
           『たけしくん、ハイ!』『課長さんの厄年』『天までとどけ』
           映画『お日柄もよくご愁傷様』『友情』その他多数
 演出:篠崎隆雄

 舞:藤間勘しの(藤間流師範)

 語り:弥々

 日本舞踊と語りのコラボレーション。吉野の桜にまつわる儚く悲しい恋物語。
 古典の良さを保ちながら、斬新なスタイルで、伝統芸能とアバンギャルドな語りがぶつかり合います。
     

≪お口直し改め“お口汚し”≫ 韓流シャーベット(15分)

【奥様には秘密がある】 作・演出:和知恵子 歌唱指導:重藤啓子

 キャスト:大野紀子・追分絵美子 他

≪メイン・ディッシュ≫ 非常のわっぱ飯(45分)

【現ナマに手を出すな】 作:布施博一/古賀広宣  演出:山崎徳幸
 
 キャスト:秘密(美形男子勢揃い)

以上、4作品のオムニバス 上演時間2時間10分予定(休憩含む)






[ 2005/05/20 23:11 ] 観ました^^*☆ | TB(0) | CM(12)

偉大なるチューリップ




周囲の非難を囂々と浴びながら、
まだ「生きてる田んぼ」の一部を潰しちゃって建てさせて貰った我が家。

敷地だけは広いので、それなりに「ガーデニング」への憧れもあった。

「松」とか「松」とか「松」を植えさせたがる義母をやんわり?阻止して、

まずは「チューリップでしょ!!」


まずはチューリップの咲き乱れるお庭にしたく、
最初の年に、200球は購入したと思う。

転居前の小学校では、学校で業者が闊歩するなど考えられなかったが、
この地では、小学校で、某大手の種屋さんが堂々とチラシを配布する。

子どもたちはそのチラシを持って帰宅し、
お金とともに注文書を学校に持っていく。


「これってもしかして問題なのでは?」と思ったが、
転居してピカピカの1年生は、大人しくしておこうと沈黙。


チラシを見ると、様々な花の種や苗、球根。
種類もお値段も魅力的だった。

んで、ついに、いろんな球根が混ざっている
「バラエティ」というセットを何セットか購入。

幼かった少年たちと1つ1つ植えて行き、
少年たちのテリトリーには、名札も立てて、
芽が出て膨らむのをわくわくして待った。

そして、美しいチューリップたちが咲き乱れ、
少年たちは大喜びで駆けまわり、大成功! 大満足! 


マンション時代は、手に触れるグリーンを
片っ端から枯らしてきた【炎の指】を持つ私でも、
さすがにチューリップは大丈夫だった。


我ながらほれぼれとする。
当時は、更地が落ちついておらず、雑草もまだ生えてなかったし、
チューリップは、本当に綺麗だった。

もしかしたら、私ってば大地の女神に愛されちゃって、
【緑の指】になれたのかも??と舞い上がるほど。 ( ← 単なるお調子者 )





しかし、その後の球根の掘り起こしに音をあげ、
根性なしの私は、3年でギブアップした。

すっかり引き上げたつもりであったが、
掘り残した球根があったらしく、
毎年春になると、細っこい葉っぱだけが出る場所が所々に。

気付いてはいたが、他に何を植えている訳でもなくそのまま放置して。



先週。 何気なく、家の裏に出てみたら、
立派なチューリップが2本、見事に咲いていた!!

それも1本は、当時も数少なかった紫の変わった色のチューリップ。

ちょっと感動した。

この子たちは、丸々6年位を細っこい葉っぱだけ出しては、
じっと栄養を自分でこつこつ球根に貯めていたのである!


私はこの子たちに、肥料は勿論、水さえあげなかったのに、、、(涙)。


自然の力、大地の恵み、チューリップの執念。

感動しました。(んでもって、放っぽいてごめんなさい)

凄い~~っ!







ジャンル : ライフ
テーマ : 花のある生活

タグ : チューリップ 球根 掘り起こし 庭の花 プランター

[ 2005/05/19 00:00 ] ありがとう(//▽//)☆ | TB(0) | CM(26)

『 夕凪の街 桜の国 』




積読山から、ようやく手に取る決心がつき、読みました。



夕凪の街桜の国夕凪の街桜の国
(2004/10/12)
こうの 史代

商品詳細を見る


『 夕凪の街 桜の国 』 こうの史代さん 双葉社




辛い想いをするのが嫌で。
向き合うパワーが今の自分には、ない、という理由をこじつけて。

私自身が、ずっと手に取るのを躊躇っていたくせに、
今は、やはり、
ひとりでも多くの、特に若いひとたちに読んで欲しい、と願います。


 ※ 昨日は 『 副会長考 』 に たくさんのコメント、メッセージを
   有難うございました☆
   
   淡々とまとめ、色々と整理していきたかったのに、
   なんだか 私自身の私怨が噴き出してしまったので、我ながら慌てました。
   でも、お蔭で(1)の場合で問題となる部分がよく見えました☆
   少し頭を冷やして、またまとめ直させていただきます。
   ひとつひとつのメッセージにも、もう少しお時間を下さいませ。

   






私の母は、被爆している。

まさにたまたま、あの日。
母の奉仕作業の日取りが他の学校と入れ替えになったため、命拾いをした。
母の実家は、広島市内にある山のふもとで、
その山が、母の町の殆どを閃光から助けた。
しかし爆風を遮ることはできず、母の家もまた、
窓や屋内の障子、襖は吹き飛んだという。

母の学校と入れ替わって、
あの日、市内中央部にて奉仕作業をした学校生徒は全滅。
母は、親しい友人たちを大勢失った。

以来、母は、自分が生かされた意味、生き残った意味をずっと考えながら、
友人たちのいのちを背負って生きてきた。


奉仕のこころ一筋 で生きてきたような母である。


未だに母は、お金のかかる「娯楽」は一切しない。
できない、のである。

私たちが映画やボウリングなどに誘っても、
「あの日の光景が目に焼き付いて離れない」
兵隊さんが出征していく宇品港が近くであったためもあり、
時には、
「兵隊さんが玉砂利を踏む音が耳から離れない」と泣く。


世に「君が代」「日の丸」論争が喧しかった頃、
反対を訴える私に、母はこう言った。


「 あの旗のもとで何が行われたか。
  決して私たちは忘れてはならない。
  その意味で私は、あの旗を背負う 」 と。



私は、ずっと被爆二世だと思って生きてきた。 18歳になるまで。

中学1年の夏、何故か鼻血が頻繁に出た。
なかなか止まらなかったとき、原爆症が出たのか、と怯えた。

母は、しっかりと私を胸に抱きしめて、
「 ごめんね。
  貴女は絶対に、原爆症にはならないから。 大丈夫だから 」
と泣いた。

事情を知らなかった私は、
何故、そんなことが母に断言できるのか。
何故、そんなに哀しい顔で私を見つめるのか。
いい加減な気休めは言わないで欲しい、と思った。
でも、母にしっかりと抱きしめて貰って、少し、落ちついた。


18歳になったばかりの春。
ようやく、私は、母のその言の葉の意味を初めて識る。

私は被爆二世ではなかった。
しかしそれは、私に何の喜びももたらさなかった。

発症の可能性を持たないことは、大変な福音であるはずなのに。

私は、愛してやまないこのひとの、子ではなかった ことの方が哀しかった。


今、自分の子を持って識る。

母の哀しみ。 母の愛。


自分の子が発症するかも知れない、という
恐怖を持たずに済む、奇蹟の恩寵。









転居して以来、同じ広島にあっても原爆に対する温度差は痛いほど感じる。

広島市でも 8月6日 の重みは、随分と薄れつつある。

うちの町では、広島県に文科省是正が入って以降、
学校で先生方が直接、戦争や原爆について、子どもたちに語ることを禁じた。

学校の社会見学で広島市に行くが、平和公園はルートから外されるようになった。
教室のカレンダーでは、平和を謳っているもの、原爆ドームなどの写真があるものは、
全て取り払われた。

「あなたたちは当事者じゃない。体験した人の代弁者にはなり得ない」

「少しでも『戦争反対』の方向をもつ視点は、1つのイデオロギーであり、
『運動』であり、教師がしてはならないこと」

なんだそうである。

何かおかしい。絶対おかしい。

あの戦争や被爆の事実を、
単に「歴史」として淡々と年号や単語を覚えるだけで、いいのだろうか。

二度とあんなことが起きてはならない。 起こしてはならない。
あの悲惨な戦争に、私たちはたくさん学ばなければならないと思うのに。

このままうやむやにして、「なかったこと」にでもしそうな勢いに恐怖を感じる。

こうしている間にもどんどん戦争体験者は居なくなり、
これからの子どもたちは、ただ家庭内で本を読むしかないだなんて。


そんななかで、出逢えた『 夕凪の街 桜の国 』。
本当に嬉しく、有難く思った。
言の葉は何も要らない。
ただひっそりと多くのひとたちの傍らに在れば、、、と願う。




希



ジャンル : アニメ・コミック
テーマ : 感想

タグ : こうの史代 原爆 被曝 夕凪の街桜の国

[ 2005/05/18 20:48 ] 読みました^^*☆ | TB(0) | CM(42)

副会長考




どっかのオカンさんのブログ『 またもやパシリです 』のコメント内で、
期せずして盛り上がってしまいました。 トラックバックさせていただきます。


元々は、
●男性副会長と女性副会長、動く量が違い過ぎない?
●なのに、なんで同じ名称なの?
ってことから。


私もずっと感じていたことだったので、少しまとめてみたい。
皆さんのPTAでの副会長の位置付け、心得?等々も
お聞かせ下さると幸甚である。



副会長の位置付け。
私がこれまで体験したり、見聞きしてきたなかでは大きく2通り。


1) 副会長は、文字通り会長の【副官】である。

     会長と常に行動を共にし、同様に動く。
     会長不在の場合は、連絡を密にしながら、代理として動く。

2) 副会長、として担う役目が具体的であり、複数の場合、各々分担されている。

     会長は、主として校外へ赴き活動する。
     副会長は、校内で実際に各委員会の動き、流れをまとめて
     データとして会長に報告する。
     複数の副会長の役割は、それぞれにきちんと分けられている。
     例えば、副会長Aは『母親代表担当』、副会長Bは『郡市P担当』等。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ----


非常に大まかに分けましたので、
いろんなケースがもっとたくさんあろうかと思います。
どうぞ、教えて下さいね!


うちの場合は、1)。

古い古い町であるため、副会長に女性が認められた?のもここ10年。
小学校でも中学校でも、未だ、会長は暗黙裡に男性、と決まってるため、
(女性がしたら即潰されます)。
男性副会長は、これまた暗黙裡に次期会長候補。

この副会長が大正解のときは、とても意欲的で頼もしい男性副会長であるが、
ハズレだった日には、、、(以下自粛)


私は小学校で、2人の会長に「仕え」、中学校で1人。
7年で3名の会長と並んで来たことになります。


1)の、副会長としての立場、在り方が非常に曖昧な
 『 副会長は、文字通り会長の【副官】である 』形は、
会長との関係が上手く行っていないと、地獄です。


例えば、会長は、全てのことがお膳立てされたところにやって来て挨拶をするだけ。
後は全~~~~部、副会長にお任せなタイプ。


私が出遭った最初の会長がこのタイプで、町の最有力者の血縁者。来賓扱い。
それでも、学校の看板を背負う訳だから、資料には、必ず一通り目を通す。

だが、男性副会長がもっとダメで、
同じく町の最有力者と強力なコネクションを持ち、
自分は大物と勘違いしているタイプ。
来賓扱いせねば、機嫌悪く、何もしない、しようとしない。


その間、郡市Pでは「家庭教育研究会」の研究発表校となっていた。
執行部では、誰も何も案を出すこともできず、しようとしない。
「 りうりうさんに任せるわ 」

怒っても、容赦なく期日が迫るので、意味ないぢゃん、と思いながら
毎年教養部が行ってきた行事を取り上げて、
立案、原稿、オーバーヘッド作成、当日発表……全部、私がひとりでヤった。
最終チェックは教頭先生にしていただいた。

当日、会長のしたこと、最初の挨拶。 男性副会長、最後の挨拶。
賞を貰って、ニッコニコでピースの写真撮影。 なんじゃ、そりゃ。


また、多くのPTA会員からの相次ぐ要望で、
制服検討委員会を立ち上げることになった。
 「 りうりうさんに任せるわ 」
 
規約に則って、各学年のクラス委員さんを召集し、制服検討委員会を立ち上げる。
制服検討委員会の規約から作らねばならない。 全部、私。
 「 皆で考え、皆で決めた 」形にしたかったため、
何度も全校にアンケートを取り、その全てをフィードバックしつつ、
校区の制服を扱う洋服店にもお話を伺いつつ、
検討委員会でほぼ10ヶ月、討議を重ねて制服を廃止。

9割強のご家庭から、一斉に拍手、嬉しいフィードバックの嵐だったが、
残りの1割に満たないご家庭からは非難の嵐。
 「 それは、りうりうさんが委員長だから。 りうりうさんに言って 」

小学校制服廃止の件については、
5年経過しても尚、時折私に問い合わせの電話が入ることがある。


男性副会長は、学校給食のシステムも、
子どもたちがどんな食器を使って食べてるかも識らない。
まして給食着など。

男性会長や男性副会長が「給食試食会」に出席したことはない。
ある、ことさえ識らないのではないか?

給食着を新しくするにあたって、
何も識らない男性会長とも男性副会長とも全く議論にならず、愕然とした。

資料ぐらい、きちんと読んどけ!
家で奥さまと話ぐらいしろ! 聴き取りぐらいはしとけ!


老朽化による体育館(ホントは講堂)の床が雨漏りで腐ってズルズル。
子どもたちが滑って転んだり、転んでスイバリが立つ、、など
信じ難い環境下、体育館の立て替え要求運動を立ち上げ、署名を集めたり、、、と
無間地獄だった。


このまま、この男性副会長が会長になったら、エラいことになるので、
三役会でゴネまくり、PTAの規約改正に漕ぎつけ、副会長を1人増やして貰う。

ここで、新しく3人目の副会長となられた男性が、1年一緒に動いて下さり、
翌年、会長となられ、私はようやく息をつけた。



四六時中、学校に詰め、夜も呼び出し食らって、パタパタ駆けずり回り、
子どもたちからは、『 また おる~~! 』と言われ、
校長先生からは、 『 まだ おる~~! 』と言われ。

そして 我が子たちからは、『 いつも、おらん 』と言われ。


こんな超激務であっても、単なる副会長。
一般会員さんには、何の説得力もなく、「会長」という名の印籠もない。

一方、学校に来たのは、指で数えられるほどであり、
町Pや郡市Pの懇親会で逢う方が多いという、
な~~~~んにもしない、する気もない「大物」男性副会長も副会長。



卒業するときは、一緒に表彰状を貰う。 彼の方が先。

表彰状やら、感謝状やら、意味もこころもないものなど、私は要らない。
その賞状用紙、額縁代だけでも、節約してくれんかな、と思う。

納得いかないものを貰いながら、そのまた貰う順番で、
なんで、彼が先なの?   納得いか~~~~~~~~~~ん!!! ヽ(`Д´)ノ


、、、小学校時代を思い出したら、
1)の状態の女性副会長の余りの不憫さ、健気さに涙が出たぞ!


こんなPTAでは、いか~~~~ん!!!

少なくとも、副会長システムは 2)でなくては!



中学校については、またいずれ。      ( …って、まだ続くんかぃ>ぢぶん )
                         恨み、つらみがここまで澱となって沈殿してるのね。


                           ペン怒


-- 05/05/18 23:58 追記 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - --

   たくさんのコメント、メッセージを有難うございました☆
   
   淡々とまとめて、色々と整理していきたかったのに、
   なんだか自分の私怨が噴き出してしまったので、我ながら慌てました。
   でも、お蔭で(1)の場合で問題となる部分がよく見えました☆
   少し頭を冷やして、またまとめ直させていただきます。
   ひとつひとつのメッセージにも、もう少しお時間を下さいませ。
   
   皆さまの学校や近隣でのたくさんの事例は、まだまだ募集?しております。
   引き続き、こちらで色々お聞かせいただけると嬉しいです。





ジャンル : 学校・教育
テーマ : PTA

タグ : PTA 副会長 誰のため 三位一体 執行部 役員

[ 2005/05/17 15:14 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(16)

仁くん、明日から お初の中間試験!




試験1週間前になって、さすがにクラブもお休み。
君も、久々に元気いっぱいで機嫌が良い日が続く。


土日もGWも朝から晩までクラブ漬けだった。

毎日、這うようにして帰宅し、
ものも言えず、何も食べられず、ただ、眠るだけだった。


毎朝、「 なんで朝なん?! 」と半泣きで起きてきて、
5分でシャワーを浴び、フルーツだけつまんで自転車に飛び乗り。


痩せていくばかりだった君も、
この1週間で、体力が回復したとみえ、
元気でよく食べ、よくさえずった。
翳りのない笑顔も見せてくれて、少し安心した。



明日から試験。

1時間目は自習で、2時間目が数学。 以後、帰宅との由。

「 自習時間に賭けとるんじゃ~~♪ 」と 脳天気。


入学時のHRで、
「 家庭内での学習時間がネックです。
  1日3時間はするように。 でなければ付いては来れませんよ。
  これは脅しではありません。 現実であり事実です 」と
先生が言われてたが、その3時間がもう何日分溜まったことか。

私には、君が、討ち死にするであろうことは判ってしまっているけど、
まずは、元気で。
君が前を向いて頑張ろうとしていることにこころから乾杯。

いつも、いつのときでも。
君の笑顔が1日でも長く続くように、母は懸命に祈っているよ。








明日は付き添い。



pigmacさんの「どんぶたこ~♪」をお借りして、深呼吸。



明日は2ヶ月に1回の総合病院にて、義父母の診察の付き添い。
1日がかりである。

義母は、眼科と消化器内科、そして神経内科。
義父は、神経内科。


一昨年のお盆に、突然に母が難病に倒れ、四肢麻痺となった。
6割が完治、3割が障碍、後遺症が残り、1割は死に至る、という病であった。
一時は、皆が覚悟したが、奇跡的に回復し、
手先に少々痺れ等が残るものの、現在はほぼ完治の状態となり、
毎日毎日がリハビリの生活である。

義父はアルツハイマーとのことで、
検査では、既に重度の状態を示しているが、
計算機能が卓越しており、そのせいか、徘徊直前で踏みとどまっている。
1日1錠の内服薬もよく効いているらしい。

通院が2ヶ月毎、となったのも有難く、
時には、冷や汗が流れることもあるが、日々、順調。

それでも、診察時にはいつも息を詰める。
徐々に徐々に症状は進んでおり、今後の予測される状態を胸に刻む。

不安はいっぱい。

んでもそれは、誰でも同じ。
いつ何処で、何が起こるかわからない。 不確かな日々。

義父も義母も一病息災、と考え、感謝して、一日一日を大事に歩もう。


義母が倒れた一昨年の夏から、一年近く。
四肢の麻痺した義母を抱え、
事態をどうしても認めようとせず、荒れる義父を抱え、
いつ果てるとも知れない狂乱の日々を乗り越えて来たのだから。





[ 2005/05/15 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(21)

顧問、体育部会で檄を飛ばす?





う"~。。。  帰宅したの、23:16 でしたぞ。



今日もあれこれありました。

体育部会はもう3回目を数える。
たちまち目前に迫っている5月29日の運動会を始め、
町内の小中学校対抗バレーボール大会が7月10日、ソフトボール大会が8月28日。

今春より市と合併になったのではあるが、
市P連に移行しつつも、せっかくの町P連行事もなくしたくない。
そんな私たちの願いから、とりあえず3年間はバレーもソフトも存続させる。

参加選手の募集から、練習日程、場所の確保、
当日までのお茶当番、当日のお手伝い手順、打ち上げ準備、
それぞれに大変なのに、日程が立て続けであるために阿鼻叫喚なのである。


部会も3回目ではあるし、執行部が、昨年体育部経験者であるから、
手際については安心して見ていられるのであるが、
3回目でなお、役員さんたちの温度差が激しい。

なった以上は楽しんで頑張りたい。
できることは何でも振って?と協力的かつ爽やかな笑顔のひと。

自分に振られた役割をとっとと果たして、1刻も早く帰りたいひと。

ひたすら下を向き、誰とも目を合わさず、願わくば消えてしまいたく思っているひと。

役員になったこと自体が不本意で、体育部に配属となったことも耐えられない。
これまでの2回の部会は欠席したが、本日は土曜日の夜、ということもあり、
執行部から迎えの車を横付けにされ、しぶしぶ出て来たひと。

何もかも気に入らず、部長さんに批判的な意見ばかり申し立て、
まとまりかけた空気を壊してばかりのひと。

内心、自分が部長さんになりたかったために、拗ねている、としか思えないひと。


昨夜の文化部会は、定刻10分遅れで先生方を含め25名が全員集まった。
体育部会は、3回目でも、まだ1度も出席していないひとが3名居る。


まずは、目前に迫った運動会への参加について。

うちの中学では、生徒の団体種目にPTAとしてもチームを作って参加する。
1年生の団体種目には、1年生の保護者が。
2年生の団体種目には、2年生の保護者が。
3年生の団体種目には、3年生の保護者が。
そして、昨年からは、ここにおやじの会も加わった。
揃いのTシャツでキメたおやじの会、なかなかインパクトあって好評だった。

他にPTAだけでも1つ種目を作って学年・クラス別に参加する。

目玉は学年対抗リレーで、
生徒たちは100mでバトンを渡して走るところを
保護者は、保護者チームとして50mでバトンを渡しながら、これに対抗する。
先生方も1チーム出るため、生徒たち、観客たちからにぎやかな声援や野次が飛び、
とても盛り上がるのである。

毎年、出れば盛り上がり、インタビューすれば、皆上気した顔で
保護者さんたちも弾んだ声で応えてくれる。

だが、出場交渉は毎年毎年、モメにモメる。

あらかじめ体育部から配布された参加申込書が提出されることは滅多になく、
体育部員が、手分けをして1軒1軒に電話してお願いして回る。
一昨年前までは、クラス名簿をつくらなかったから、大変な仕事だった。
バレーやソフトに出てくれるひとたちを中心にツテからツテを頼り、
文字通り、片っ端から頼み込んで保護者をかき集めて来るのである。
2回3回とお願いし、4回目でやっとOK、というひとも多い。

今夜は皆さん、お疲れムード。
そのなかで、ずっと部会を引っ掻き回して来たひとが言う。

 「 去年は、高校生が走っとった。 あれはないじゃろう。
   それも茶髪にピアスよ? あんなのと一緒にやっとられんわ。
   あれがPTAのすることなん? なに考えとったん? 」


ぷちっ。  あぁ、ダメよ。 私は無口で可憐な顧問なのよっ!!!!


 「 すみません、その件を含めてなのですが。。。」
 

ひぇぇえ!! スイッチ入ったよ~。 誰かとめてよ~~~(涙)。
                    また海より深く反省するのか>ぢぶん。


運動会への保護者の参加をお願いするのに、毎年毎年苦心していること。
誰も出たくない、やりたくないほどの意義のないことなら、
もう辞めてしまおうと思っても来たが、出れば盛り上がり、
必ずと言って良いほど、出た人も笑顔いっぱいで楽しんでくれる。
子どもたちからも声援があがり、保護者たちからも声があがる。
結局、そういう人たちが、次のバレー、ソフトにも参加されて盛り上げて下さること。
翌年、役員さんとなられ、体育部を希望されるひともある、ということ。

昨年の高校生は、生徒の兄であり、
お父さんは単身赴任で、お母さんは亡くなられ、働きながら夜間へ行っている。
事情を知らずに体育部が電話をしたところ、僕でいいなら出ますよ、と言ってくれた。
自分もとても疲れているのに、保護者として運動会に来てくれ、
茶髪でピアスの子が靴を脱ぎ、裸足で全力で走ってくれた。
その何処に問題があるか。

同じ保護者が保護者に何度も頭を下げて回り、
参加をお願いしないと成り立たない運動会。
運動会だけではない、バレーも、ソフトも。 合唱も、バザーも。
問題は、ここにある、のではないか。
黙ってても保護者が集まってくれてたなら、高校生が走るようなこともなかったはず。

PTA活動が、それほど魅力がないなら、全部やめちゃえばいいのに、
それでもこうして続いている、ということは、
なにか、意味やら意義やらがあるはずで。
ある、と毎年、皆が認めた、からこそ、こうして細々と続いてる。

だったら、少しでも、皆が笑顔で参加してもらえるように、
今、役員である私たちが、頑張ってアピールしましょう。
楽しいよ、面白いよ、一緒にやろうよ、と。

2回も3回も電話してお願いしなくても、1回で済むようになるように。
できれば電話しなくても、最初の参加申込書で済むように。

これまでの努力不足は、昨年までの執行部の責任です。
本当に申し訳なかったと思っています。
どうぞ今年は、現役の皆さんで盛り上げ、来年に繋げて下さい。
来年の運動会は、黙ってても参加者いっぱいで嬉しい悲鳴があげられるように。

どうぞ、この1年、あの手この手で工夫して、
楽しく、面白くやって行きましょう。




………。 ひぇぇ。 文字にしてまとめちゃってもこれぐらい?

           だとしたら、何分、喋ったんだ、私は。………暗い 
       
       
       
       
                     …… 次の体育部会は欠席しよう。                      



[ 2005/05/14 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(20)

顧問、文化部会で走る!




う"~  帰宅したの、23:02 でしたぞ。



文化部の正副部長さんと新執行部2名との約束の時間は19:00。

それまでに、新部長さんと新執行部がどこまで準備しているのか不明であったため
昨年の流れの一覧と本日決めなくてはならない事項の箇条書。
先回の文化部会で昨年度のPTA新聞を配布しておいたのだが、
念の為に、昨年の1学期号、2学期号、3学期号のページ立ての表。
今年度用のページ立ての白表。
部員の仮名簿と新聞作り講座の案内文書文案と出欠票を用意した。 ふひぃ。

19:00。

誰も来てないじゃ~~ん? ヽ(`Д´)ノ

うちの中学は、PTAの会議には、多目的の会議室を当てるため、
その都度、長机と椅子を用意する。

…ひとりで黙々と用意する。

19:15。

正副部長、執行部と揃ったので、
30分からの文化部会に備えての準備具合を訊ねる。

………。

私の準備したもの全て、の人数分コピーに走る。 ヽ(`Д´)ノ

19:40。

3名の先生方も含め、全員が揃う。 (凄い!拍手)


新会長さんが最初に挨拶をされ、超部外者の私を紹介。

「 皆さんの目の上のたんこぶにならないよう、無口で可憐な顧問として
  1年間お手伝いさせていただきます。 上手に利用してください 」と挨拶。

先生方に大ウケしたのは、何故だ!!


新部長さんが、1年でPTA新聞を3回発行の部としての意向を確認し、
今年1年の活動計画を説明。

そこで、私から、補足説明として、
先日来、ドタバタ走り回った新聞作り講座の説明と参加のお願いをする。

うちの新聞は、学校新聞でもなく、子ども新聞でもなく、
「PTA新聞である」ということ。
PTA会員がPTA会員に、一番伝えたいことを伝えることができる新聞であること。
学校や先生方から検閲が入ることもなく、判型からページ立てまで全くの自由であり、
全てを文化部に委ねられているということ。

これは凄いことであり、その分、責任が伴う、ということ。
語った、語った。  あ~ぁ、誰が無口な顧問ぢゃ~ぃ。 ヽ(`Д´)ノ


自己紹介から、1、2、3学期号の各班に分かれ、
1学期号作成班だけ残って活動開始。


今学期号のメインは、
【 町立から市立になって、何がどう変わったか 】


ひぇぇえ。 そんなの真っ向からヤるんですか? 、、、大事なことだけど。
まずは、P、T、Cにアンケートを取りまとめることと、
学校側、PTA組織、その他、取材に飛びまわることになった。

知らん。 私は知らんぞ~~。


、、、といいながら、完成日から逆算して、印刷日程を組み、
各ページ、各記事毎の完全入稿の〆日を設定する。    ヽ(`Д´)ノ


教職員紹介では、これまで取り上げなかった給食員さんも、ということになった。
ページ立て、原稿量再調整。


知らん、私は知らんぞ~~~。


運動会、おやじの会、PTA懇親会、バレーボール大会、、、、。


知らん、私は知らんぞ~~~。



目を瞑り、耳を押さえて。。

。。。。。なのに、なんで私の帰宅が11時を回るんだ!!


帰宅してからも、新部長さんと執行部に昨年のアンケートの雛型をFAXした。
なんで、これが部長の引継ぎ資料のなかにないんだ~~。  ヽ(`Д´)ノ



明日は体育部会なんですけど~~~~~~~~。 (泣)







[ 2005/05/13 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(39)

『 餃子が80円じゃった! 』






京都の上の少年からメールが来た。


「 おかあさん、餃子が80円じゃった!! 」


はぃ?


「 めちゃ嬉しいけん!!

  ずっと食べたかったけど、高いけん、買えんかった。

  8時過ぎたら安うなるけん、ここんとこ狙っとった。

  今日、やっと買えたんよぉ。 まじ、嬉しい! 」


………。


ちょうど、冷蔵庫を開けて、発泡酒の350mlの缶を出し、

200円のピスタチオの袋を手にしたところだった。

胸が痛くなって、発泡酒を冷蔵庫に戻し、ピスタチオを戸棚にしまった。







現在国会審議中の障害者自立支援法って??




最近お邪魔しているtarantini78さんの日記に、コメントさせていただきました。


現在、国会で審議中の障害者自立支援法



「自立」を「支援」する、という美しい言いまわしで、
実はその中身をよくよく観てみると、
弱い立場に置かれたひとたちを容赦なく切り捨てて行く内容です。

この「障害者自立支援法」を考えるフォーラムが
5月12日(木) 日比谷公会堂、日比谷野外音楽堂にて開催されます。

お近くで時間のおありになる方は、どうぞお出かけになってみて下さいませ。


「障害者自立支援法」を考えるみんなのフォーラム

 ※第一部には、政党シンポジウムもあり。
 
  政党シンポジウム「障害者自立支援法」わが党はこう考える  

 シンポジスト(予定)
   八代英太 自由民主党衆議院議員
   朝日俊弘 民主党参議院議員
   福島 豊 公明党衆議院議員
   小池 晃 日本共産党参議院議員
   阿部知子 社会民主党衆議院議員
 コーディネーター
   大塚淳子 社団法人日本精神保健福祉士協会常任理事
   藤井克徳 日本障害者協議会常務理事



私がtarantini78さんにさせていただいたコメントは以下の通りです。
(以下、まんまコピー)


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ---


弱者切り捨て法            りうりう**さん

最近、「住み分け」という、
如何にも個々の事情を十二分に考慮しました、と言いたげな
綺麗な言い方での「分断」がとても目に付きます。
そして、そのセリフが公立小中学校でも聞かれるようになって、
震撼たる想いをしています。

「共に学び 共に生きる」という看板は、ただの飾り文字に成り果て、
介助の先生の人数を減らし、どんどん教室を別にする時間を増やし。

共に在って当たり前だった。 みんな共に学んできた。
そして、もし自分だったら。 自分だったかもしれない。
自分はたまたま、今は健常者だけど、いつどうなるかわからない。
どんな学校だったら、どんな町だったら、皆にやさしいか。
子どもたちは、共に在れることで、いろんなことを
頭で考えるより先に肌で感じ、学び、識り、自然に支えあえる仲間として
育っていける喜びを、たくさん私たちに見せてくれていた。
それが今、どんどん切り離されて行っています。

自分さえ良ければ良い。 我が子さえ良ければ良い。
そんな保護者が年々格段に増え、他者の在り方などには全くの無関心。

一握りのエリートしか要らない、と
あからさまに打ち出してきた「ゆとり教育」と相俟って、
私は、この国の行き先に非常な恐怖を感じています。

ここへ来て、この「自立支援法」。来るとこまで来たな、という感じで、悲しい。
でも悲しんでる暇はない!
ひとりでも多くのひとに自分のこととして考えてもらわなくてはなりませんね。

そのために自分のできること。。。。
う"~、、ふぁいとだ~~!!
(2005年05月11日 03時04分38秒)








私の出遭った 『 総合学習 』






5月7日のoribe77さんのブログを読ませていただき、
コメントを書いておりましたら、例によって超長文になってしまいました(汗)。
トラックバックさせていただきます。



4年前、私は隣町の小学校で、
これぞ中身ある総合学習!というものを目にし、鳥肌が立ちました。


小学4年生が1年間かけて取り組んだ、
その町の特産物についての【総合学習】でした。


その特産物が何か、については、
その小学校が特定されてしまうために伏せますが、
ホントは声を大にして言いたいな~~。 残念!


何故、この町でそれが特産となったのか、
町の歴史、地域内全域にわたる土壌の性質調査、
地域内全域にわたる空気や水の汚染度の調査から始めているのです。

特産物を育てる地域の方々の表情。

収穫から加工までの体験学習を通じ、
最後は、そんな我が町を誇りに想い、
地域の方々のご努力に心から敬意を捧げるもので、
自分たちもこの町を背負って次代へ繋げよう、というしめくくりでした。


小学校4年生で、パワーポイントとホームビデオを駆使し、
上手にオーバーヘッドを利用した見事な仕上がりでした。

検査のために、広い町内を飛びまわって土や水、空気を収集している
活き活きした笑顔いっぱいの子どもたちがビデオに映っており、
微笑を誘われましたし、調査専門の業者さんや大学の先生に実験の仕方を教わり、
土や水や空気の汚れ具合に驚き、悲しむ表情には、一緒になって悲しくなり。

子どもたちは、この総合学習のなかで、
県・地域の歴史から地理。
環境問題から理科、化学、生物。
調査の仕方、表の作り方、表から見出される推論、結論まで。
ありとあらゆる生きた学問、ともいえる学習を自然にこなしていました。

自分の住む町の白地図を、ほぼ正確に描ける子どもたちが、
いったい全国に何人いるでしょう。
この子たちは描けるのです。
何度も何度も調査で訪れたために、
だいたいの大まかな等高線まで引ける子もいる。

自分の住む町の山に生える樹木の種類、分布の状態。
土壌の特色、それが海に流れ出すことで海がどう変わるか。
海の色の微妙な違い。それは何処から来るもので、何を意味するか。


まさに「生きる力」「生き抜く力」を見せて貰いました。


なかみあっての我が町 を 誇りに思う。
次は、僕らが引き継ぎ、発展させ、また次代を育てる。

その内容と方向性は、涙腺がゆるんでしまうほどの感動的な内容でした。


#この小学校は、音楽にもとても力を入れており、
 6年生の音楽の授業参観では、
 大学の合唱部なみの発声練習から始まったので、度肝を抜かれました。
 授業内容も、各班に同じ課題歌曲が与えられ、各班で2週間の間で工夫して
 独自にアレンジして発表し合うのです。
 ピアノとギターとドラムでセッションする班あり、
 班のメンバー6名でハモれるよう、自分たちで6重唱にして歌ったり、
 和太鼓を入れて、雅曲風にアレンジしたり、
 リコーダーで6重奏としたり。
 
 この日の1番最後のメインイベントは、
 体育館で全学年全生徒による合唱と創作オペレッタでした。
 オペレッタは、町のやはり他の特産物に関するもので、
 その特産物を生み出すまでの苦労物語と順調に発展し、
 ついに町を代表とするものとなって、今度は僕らが受け継いで行く、という内容。
 6年生全員がひとりひとり独唱する部分が在り、
 みな朗々とした、腹式の素晴らしい声量と歌声で、感動しました。




4年前。
小学校4年生でも。
小さな小さな1年生のいる、小学校全体でも。


ヤればここまでできる!
感動とパワーと希望とを見せ付けられたような気がしたものでした。




が、これには、先生方の多大なご努力とご辛抱とが必要とされるもので、
現在の『ゆとり教育』導入後は、どうなっていったのか、不明です。
現在の授業数等、たくさんの縛りのなかでは、
『絶対』不可能になったことだろう、と思えてならないのですが、
隣町でありながら、確認するのも恐くて、今日まで来ております。



うちの中学を含め、
多くの先生方も学校も、総合学習には大きな意義を認めながらも、
時間的にも経費的にも、なにより先生方のキャパシティから、
なかなか大きなものには取り組めないのが実情です。

どこの学校も、地域の民謡を現代風にアレンジして歌ったり踊ったり、
和太鼓に学んだりすることを通じて、民謡の背景、言の葉をさぐる形。
あるいは、地域の民話を紙芝居や人形劇にする形。
あるいは、地域の農業、漁業の方に聞き取りや作業を手伝う形で学ぶ、と
いったような形を選んで、 お茶を濁して終わり  学ぶしかないのが現実でしょう。

そこを何年もかけて、1歩も2歩も踏み込んで行くことができれば、
また違ってくるのでしょうが、先生方の異動も絡んだり、と難しそうです。

本当に、子どもたちにも先生方にも学校にも「ゆとり」があったなら、
真の【総合学習】のなかで、
生きた学科別の勉学がきっとふんだんに盛り込めるはずなのに、と
いつも残念に、そして悔しく思っています。



                 * 古い日記ですがトラックバックのために再アップしました。
                        本文は【 Last updated 2005/05/11 12:07:10 AM 】のママです。






総会終わって日が暮れて。




うちの中学のPTA総会は、毎年土曜日の午後から。


それは、子どもたちが中学生となって、
ますます兼業主婦の比率が高くなっているご家庭で、
ひとりでも多くのおかあさん、
できればおとうさんにも出席して欲しい、という私たちの願いからである。


【毎年恒例となったスケジュール】

 総会土曜日の午前中………子どもたちは平常授業。 給食。
      5時限目………授業参観。
      6時限目………体育館にてPTA総会 (終了予定 15:50)
      16:00~………体育館にて 全学年対象 全体会 (学校から)
      17:00~………各会場にて 学年会

 ヤれるものはみなヤっとこうという、非常に濃い1日である。

 (#授業参観と大事な学年会の間に挟む、というセコい手段!)



うちの総会は、全会員の3分の1以上の出席をもって成立とする。


総会出席者は例年どんどん減って行き、委任状の枚数も少ない。
昨年は成立するかどうか危なくて、とてもヘコんだ。


長年、執行部に居ると、PTA総会の出席人数が、
そのまま前年度のPTA活動への評価、
そして今年度のPTA活動への期待値、である、と
どうしても捉えてしまうため、人数に一喜一憂、胃が痛む。

さて、今年の総会はどうか。
年々生徒数が減り、最盛期には850名を数えていたが、現在は400名を切る。
全会員数、3**名。 委任状は90枚。

体育館へと足を向けて下さる保護者の感じと、
委任状の数と教職員数と常任理事、執行部を足せば、余裕の成立。


既に涙腺がゆるむ。 ダメぢゃん、こんなことでは!


蓋を開けてみれば、教職員数と執行部を除いても140名を数え、
まだまだ、遅刻して小走りに体育館へ入って来られる保護者多数。
おとうさんの姿もちらほら見える。

赴任先から、
なんとか間に合うよう駆け付けてくれた会長さんと目が合い、涙が滲む。


良かったね、会長さん。 良かったね!!


会長挨拶、学校長挨拶、全教職員の紹介。

司会の教頭先生が「着任したばかりで、何もわかりませんので」を連発。
保護者の笑いを取りつつアットホームな感じで進み、いよいよ議事へ。


議長の立候補がなかったため(あったら面白いのに)、指名により中央へ。
訳のわからんまま(゚゜)\バキ☆ 議事は進み、今年度役員承認へと進む。


う"~ん、感無量かも。

拍手によって承認された新・正副会長さん。
議長として、皆さんに御礼を申し上げ、新・正副会長さんに御礼を申し上げ、
今年度の常任理事さんに、前に出て並んでいただく。

ひとりひとり自己紹介をして貰って、
最後に新会長さんが、朗々とよく通るお声で挨拶された。 自然と起こる拍手。


議長解任。 その前にひとことだけ、挨拶を した。



滞りなく議事が終了し、功労者表彰となった。
会長さんには、県Pからも表彰状が来ていた。

新会長さんが、表彰状の文を読む。

後ろで観ていて、泣けて仕方がなかった。

会長さん、有難う。 会長さん、お疲れさま。。。。!



私の番。 小学校Pでいただいたときと感慨が違う。
やっぱり、これでもう「卒業」だから、なのかな?

辛いだけ、しんどいだけ、の小学校時代に比べ、
志を共に、会長さんと歩めたこの3年、とても倖せだった と 思う。

一昨年の夏、突然義父母が倒れて介護生活に突入し、
自分もまた体調を崩し、寝込む日々が続いた。
何度辞任を申し出ても、会長さんは許してくれなかった。
その分、皆で頑張るから。
きっと帰って来てくれる、と信じてるから。と。

会長さん、執行部の皆さん。
オットコまえで熱い前教頭先生、常任理事さん。
皆さんの笑顔と助けがあって、今日の日を迎えられた。

私もこの最後の1年は、全力以上のものを出し尽くした、と、思う。
それでもなお。
やり残したこと、心残りなこと、心配なこと。 ヤマのようにある。

それが悔しくて、申し訳なくて、とても 残念。

この表彰状の文面には、
逆に自分の力量不足を突きつけられてる気がして、
穴を掘って地の底に潜りたい心地がした。

この表彰状は、執行部に置いて行きたい。
これは、みんなの ちから だから。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ----


終わって校長室で、あれこれと引継ぎをする。

運動会を目前にしているため、
たちまち体育部と文化部に「顧問」として入ることになる。


 「 な ん で す と ??? 」


そんなの、さっき出た涙も引っ込みますがな~。
前代未聞ぢゃなかとですかぁ?

文化部は、某地元新聞社のセンター長の方と【私が】連絡をとり、
講習会の日程の打ち合わせ。


 「 な、な ん で す と ??? 」


そりゃぁさ、このセンター長さんもオットコまえな御方で、
昨年、手弁当で来ていただいて、意気投合致しましたよ。

ついで?に、生徒さんへも講習していただいて、
新聞コンクールで、うちの生徒さんが最優秀賞、いただいてました。

んでさ、今年は、その新聞社に、
中学校として職場研修もさせて貰えることにもなりましたよ。

んだけどさ、【今年の】講習会なんだからさ、
新部長さんとかがさ、連絡して段取り取るべきじゃないんですかぁ???
私の仕事ぢゃないっしょ?

クダまいたけど、結局押し切られた。
あぁ、肝心なところでNOと言へないダメな私。。。。。ダメぢゃん!ヽ(`Д´)ノ


んでさ、これ、今日やりましたよ。
そしたらさ、このセンター長さんったら、ノリノリ。

「 りうりうさん、どうせだったら、町内の小学校全部と
  企業さんや公民館、図書館などにも声かけて下さいよ。
  広報誌からチラシ、ポスターの作り方までヤっちゃいますぜ 」

NOと言へないダメな私。
面白そうだし、ついノってしまった。。。。。。ダメぢゃんヽ(`Д´)ノ

誰がするの? この段取り。。。。

明日から、校長先生の了承を貰うことを皮切りに、
【私が】町内を走りまくりになること決定ぢゃん!!!!  ヽ(`Д´)ノ



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - --


んでからに。

県教委からのお達しで、5月12日までに
県の公立小中学校 及び 県立学校で各1名、
【県教育モニター学校推薦者】なるものを選出しろ、と。

 「 な ん だ っ て ??? 」


 N

 O

 と

 言

 へ

 な

 い

 ダ

 メ

 な

 私

 |

         あれだけ退き際はちゃんとする!と。。。。
         私は、同じ過ちは、せん、と決めてるんぢゃ~~よ~~      ヽ(`Д´)ノ






[ 2005/05/09 23:39 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(37)

5月9日はアイスクリームの日ですと!!



ワンダー弥々丸さんの日記『【櫻猫】に寄せる思いは【スマトラ】へと続く・・・』を拝読してて、
頭の隅に引っかかってたことが気になって検索してみました。


5月9日、アイスクリームの日に、サーティワンが、2時間だけのイベントをするそうです。

全国約630店舗で夕方の2時間にユニセフ募金を呼びかけ、その時間に募金協力した人には、
お好きなアイスクリームフレーバーのレギュラーシングルコーン(通常283円~)を
1人1個プレゼントとの由。
サーティワンのユニセフ協賛の募金イベントは今回で4回目を数える由にて、
今回の寄付金はスマトラ沖地震・津波の被災地の子どもたちの支援活動に充てられるそうです。
但し、店舗により実施時間が異なったり、していないお店もあるため、事前確認要とのこと。



こんな企画は、とても嬉しいです。
ヘンにお金をかけて特別なグッズ作成に走らないのも嬉しい。
お店にある、お店自慢のアイスクリームで、勝負。


寄付する、しない、についての賛否両論は色々あるけれど、
寄付するためには、その機関やシステムについて多少は調べる。
意義や意味だって考える。
そして自らが現実に行動するということ。
そして、寄付したからこそ、
そのお金の行く先、遣われ方についてしっかり見届ける責任だってある。

……んな薀蓄はさておき、
何より、そこに 心を寄せる。

最初の一歩は、それが綺麗な形になったものだよね、と思う。

んで、それが義務感からであろうと、見栄からであろうと、
世間体からであろうと、
一瞬でも そこに こころを 寄せる。  はず、だ。



偽善者、であろうが、自己満足、であろうが、
まずは、今、そこで役に立つことを先に考えて進む。 進める方向を考える。
そんな奴で私は、もういいかな、とも。







[ 2005/05/08 10:39 ] 徒然草 | TB(0) | CM(19)

総会へ行って来ます!





いよいよ、最後の任務となりました。

総会へ行って参ります!!

私は、議長と最後の挨拶。 頑張りまっす☆☆☆





夜は、うちのバレー部のコーチ(ヨンさま激似)の結婚披露宴の二次会。

久々に愛しいメンバーたちとハジける予定です。

ここでヘコんだ気持ちを癒して貰えるかな。

「置いて行かれた」哀しみに浸ることになるのかな。。。




いただいておりますコメントへのお返事は、
4日の『胡瓜…』までさせていただきました。 遅くなってごめんなさい。
目を通して下さると嬉しいです。


深夜にまた、お逢い致します。


        それでは、、、、10年の幕引きに悔いを残さぬよう、
                         元気で行って参りますっ☆☆






[ 2005/05/07 12:05 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(17)

出せなかった鯉幟と兜




我が家には、マンション用の鯉幟と
小さいけれど、とても上品で私のお気に入りの兜がある。


4月9日に、上の少年が誕生した日から、
嬉々乱舞の私の父が、市内の4つのデパート全部。
それでは飽き足らず、市内の大型玩具店を思いつく限り。
まだまだ問屋さんまで足を伸ばし。
吟味して吟味して、予算との兼ね合いに頭を悩ませながら
3日間掛けて選び抜いて買い整えてくれたものである。


仕事に燃えていた私は、結婚しない宣言をし、
(不覚にも)結婚してからは、
子ども持たない宣言をしてたバカ者だったので、
上の少年を授かったとき、父は嬉々乱舞状態だったのである。

指折り数えて、上の少年の誕生を待ち、
誕生すれば喜んで喜んで。

退院の日は、
「 たっくんをどんな雑菌がいるか判らないタクシーには乗せられない 」という
トんでもない理由で会社を早退し、自分の車で私を迎えに来た。
あきれ果てて、母と顔を見合わせたものである。

里帰りをしていた間、上の少年と離れ難く、
産後の肥立ちが悪くて、暫く寝付いた私を案じたのも重なり、
出社拒否症状態だった父。

…思えば、その頃から父の肝臓を癌が蝕み始めていたのであった。



この年のお盆に、父が逝く。
間際まで、カメラを手放さず、ずっと上の少年を撮り続けていた。

3年後の父の誕生日に下の少年が誕生し、
母は泣きながら、生まれたばかりの下の少年の耳元で、父の名前を呼んだ。

母は、仁を、父の生まれ変わりだと信じている。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ----


鯉幟と兜の箱の包装紙には、父の達筆で、上の少年の名前が書いてある。
もう、その字も薄くなって来たが、その包装紙を私は捨てることができない。
でも、毎年、その字と向き合うのは、辛かった。


父の万感の想いのこもった鯉幟と兜。

この地に転居した年は出したが、以来、余りの忙しさに出しそびれていた。
早めに出すことはできても、きちんと収める気力体力に自信がなかったからである。
兜に付着するであろう花粉のせいにもした。

でも、今年は、これから虫干しを兼ねて出してあげたい。

しっかり父の想いと向き合い、父にごめんなさいを言う。

梅雨が 来る前に。




                      ※ ワンダー弥々丸さんの日記『こどもの日に寄せて・・・』
                          トラックバックさせていただきます。

                                    玉君鯉幟





終わったよ~~~!!!(嬉々・乱舞)



終わりました~~~~~!!!  おめでと



午後5時。 長義兄と今朝来てくれた上の姪を見送って。

後片付け、もろもろ終え、午後8時に帰宅。

家に着いた途端、歩けなくなって、びっくり。

そのまま玄関横の和室へ這って行き、2時間後、ふっかぁつ!  V



やっと今、アクセスできて、
たくさんのお励ましやお怒りのコメント、メールに泣き笑いしております。

いつも本当に有難うございます☆☆


まずは、今晩中にやっつけないといけない会社の方の仕事があるので、
それをやっつけてから。
少しずつ少しずつお返事して行けたらな、と思っていますので、
よろしければ、もう少しお時間下さいませ。

また、少し前のブログの雑巾物語や、PTA役員選出法、
人生50年、へいただきましたコメントも拝読しております。

こちらの方も、お返事、待ってて下さると嬉しいです。



※ 今回のGW騒動は、いつも、盆、暮、正月、お祭りで繰り返される騒動です。
  次回は、お盆ですね。 どうかすると一週間です。(滝涙)
  GWとお祭りは、農繁期と重なるためにそこまでではなかったのですが、
  うちは、お米作りをやめたことから、こうなってしまいました。。。。

  田んぼと田んぼの間に家々が疎らに建っているため、
  どの家の誰がいつ、何時ごろにどのようにして帰省していたか、一目瞭然で、
  近隣の家々では、互いにしっかりチェックしています。
  
  ハレとケがきっちり区別されているこの地では、
  普段は、殆ど一汁一菜が基本。(それも絶対和食)
  「食」に時間や手間隙を掛ける事は「悪」なんです。
  その分、ハレの日には、こんな風にハジけるんだと思います。
  冠婚葬祭と来た日には、、、、、(恐怖の涙)
  




胡瓜60本分のナマス…




3連戦、2日目。


本日の献立は、
昨日のチラシ寿司と煮〆、天麩羅の残りをやっつけつつ、

特大ヒラメのお刺身(ちっこい座布団ぐらいありました。42000円也!)と
ハマチ片身のお刺身(ブリ程ありました。6800円)
紋甲イカ12杯のお刺身(7700円)。 
  → ゲソは唐揚にしました。
    バスタオルを頭から被り、ナベの蓋を盾にして、
    ヘッポコ僧侶風で頑張りました。
ケン代わりに、畑のチシャを使用。

海老フライ(車海老30匹 12000円)。
朝まで生きてた、というアジの塩焼き ひとり一匹(アジ小計6500円)。

南瓜と昆布と厚揚げの煮物。
胡瓜と春雨、ちりめんじゃこのナマス(胡瓜60本の薄切り、頑張りました!)。
レタスと八朔、、ミニトマトのサラダ。
苺山盛り(1パック480円の苺8パック)

おやつには、急遽、圧縮鍋であんこを炊き、
2升分のもち米で「ぼたもち」を作りました。 柏餅の代わり。
柏の葉っぱなんか、取りに行ってられません。
この地での「ぼたもち(おはぎ)」は、内にあんを入れます。 外は青きな粉。
「ぼたもち」の季節でも、広島では「おはぎ」と言います。
んで、この地では、いつ作ろうが、「おだんご」。。。。 なんでかな。



先日80歳の誕生日を迎えた義母は
昨夜から疲れが出てきてるため(口は元気)、座っててもらい、
お刺身から何から、全~~~部させていただきました。(味見は義母)
ヒラメのアラは、お豆腐とアラ炊きにしました。


明日は、いよいよメイン。
義母が倒れてから、義母の提案で、メイン日には仕出しを頼むようになりました。
驚愕しつつ、でも、少しでも楽ができるので嬉しくもあり。
今回は、1人5000円のお膳。
と、後は私に任せて貰っての筍ご飯2升(含・お持ち返り分)
+ 筍の木の芽和え + 茶碗蒸し + お吸い物 + 残り物がたくさん。


今夜は、日本酒をすこぉし、形だけいただいたので、寝た子を起こしてしまい?
後片付けと明日の仕込みが終わるや否や、ダッシュで帰って、
コップ酒をいただきました(爆)。



ずっと立ちっぱなしなので、
太いボルトが2本入ったままの右膝が腫れてきてます。

明日で終わる、終わる、終わる、終わる~~~~~~~ぅぅぅううう(踊)。


   …え"? 明日雨なの?
   使用後のお布団干して、シーツ洗って、片付けられないぢゃな~~~ぃ??
                       ……終わらんぢゃん、、。(がっくり)






続・明日から3連戦!




えーと。。。(汗)
あたたかなお励ましのコメントを有難うございました☆☆


つい先程、帰省してくる義兄たちのため、
普段使用していない部屋の掃除、布団干し、シーツ掛けから、
パジャマ類の洗濯、お風呂の掃除、
それから、野菜を取りに畑に行き、買い出しをして、
義母の采配による、いわゆる「田舎料理」をヤマほど準備して、
ただいま、戻りました。
そうそう、途中で学校にも行って、総会の資料最終チェックも済ませました。


 ◆◆◆


夫は、三人兄弟の末っ子でしたので、何も深く考えることなく結婚。
お米や新鮮な野菜を送っていただくので、当然のこととして、
盆・暮・正月、GW、農繁期に帰省し、
その間だけ「良き嫁」として、めいっぱい働けば良かったのです。

実際にこちらに転居し、この地の「住人」になるとは
夢にも思っておりませんでしたし、
それが現実となってからは、あまりの厳しさに驚くばかり。

様々な事情あって、三男夫婦の私たちがこの地に帰ることとなり、
義長兄たちからの配慮を貰って、別居を許され、
スープの冷めない場所(夫の実家から離れたところの田んぼをつぶして)に
家を建てさせてもらって「 近居 」しております。

私には、とても「 同居 」は無理です。
義父母が歳を重ねたとき、いずれは、、と覚悟してこの地に参りましたが、
とりあえず、まだ「 近居 」で許して貰っています。

だもんで、義父母が倒れたときには、
ずっと夫の実家へ泊まりこんでいました。


家が完成するまでの約半年、同居をした訳ですが、
この地は、とてもとても古い土地柄で、
核家族のなかで育ち、現代っ子で都会っ子な私は、
すぐさま適応障害を起こしてしまいました。


- - - - - - - - - - - - - - - - ---


ここが、どんな古い土地柄であったかは、
よろしければ、私の2月25日のブログ、
『田舎』の変容考を読んでやって下さいませ。

現在、私の家のある地域は、比較的楽な地域で、
あの【 同居中の半年よりマシ 】(゚゜)\バキ☆だと思っては、
なんとか10年経ちました。


- - - - - - - - - - - - - - - - ----


明日は、早くからチラシ寿司をつくり、お昼前から天麩羅を揚げます。
とにかく量が多ければ多いほど、「おもてなし」となるため、
お寿司は3升。 天麩羅は、おそらく2時間ずっと揚げ続けると思います。
今日作った、お煮〆は、里芋だけでも小さなバケツ1杯分皮むきをしました。


お返事はまた、ゆっくりさせて下さいね! いつも有難うございます☆☆



ふぁいと~~>ぢぶん。  






明日から3連戦!




いよいよ明日から三連戦。 と言っても、カープではない。

夫の業務は日祝祭日関係ないので、GWなどかえって多忙。
で、私は、と言えば、一応は農家の三男坊の嫁な形なので、
GWといえば、お米作りの準備に追われていた。

長義兄一家、次義兄一家も勢揃いし、てんてこまいである。

美味しいお米や野菜をいただくのだから、
当然のことではあったが、旅行も映画も単なるゴロ寝も、何もできない。

ただひたすら農作業+女性はおさんどん、である。


当時、私と夫は同じ職場で同じ業務をしていたのであるが、

夫は仕事。 私は農作業。 納得いか~~~~ん!!



結婚した最初の年は、農作業の何もかもが珍しく、
私もきゃぃきゃぃ言いながら楽しんでいた。
しか~~し! 男性はめいっぱい働いて、あとはお酒飲んで寝るだけ。
女性は、おんなじだけ働いて、その後ご飯支度、後片付け、洗濯、明朝の支度。

納得いか~~~~~ん!!

三男の嫁ともなると、仕舞い風呂で、夜中の2時3時は回る。
当時は五右衛門風呂だったので、お湯ももう少なく、髪も洗えない。
朝は5時前起き。

盆も正月も農繁期同様、こんな毎日だった。

「 お正月くらい、ゆっくりしたい 」
「 父の命日はお盆なので、実家に行きたい 」

全部全部、言い出す前から却下を食らってきた。

「 女は はい 以外は言ってはいけない 」 土地なのである。 



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - ----



夫の両親が歳を重ね、4年前から
私たちだけでは田んぼの管理ができないため、米づくりをやめることになった。

足腰が立たなくなった訳ではないから、
義父母はさぞかし、無念であったことと思う。

んでも、私はちょっとだけ嬉しかった。


夫は不在であっても「これでやっと嬉し楽しのGWがやって来る!!」と。


しか~~し!


それは、義兄嫁たちの想いも一緒だった。
「 たまの休みなんだから、ゆっくりさせてよ 」

以来、2人の義兄たちと子どもたち【だけ】が
親孝行、祖父母孝行にやって来る。 義兄嫁たちは、心の休暇。


かくて、私は、早朝から深夜まで 掃除・洗濯・おさんどん。
前日から買い出し、仕込みに入り、朝から晩まで座る時間もない。


…んでも、それで義母のこころが晴れ、
しばらくは上機嫌で過ごしてくれるのだから、万々歳~~!!
 義父は義母が嬉しければ、元気だから、調子が良いことだろう。
 刺激になって、笑いも出るかも知れない。
 何より、落ち込みがちな義母にはとてもいい薬☆☆☆
(……と思う私は、なんて出来た嫁だろう!!!(ヤケクソ))


今年は、2日が月曜日で本当に助かった!!
GWとして1週間も続いた日には、2週間は寝込むくらい消耗する。


上の少年は、昨夜帰省し、広島へ行った。
私の実家へ泊まり、4日の晩に帰宅、5日は京都へ。
下の少年は、明日から3日間、びっちりバスケの合宿で不在。
夫は勿論、深夜帰宅の早朝出勤。

んでも、義兄たちと甥っ子たちは、明日から3日間滞在。


う"~~~。  3連戦~~  ふぁいとぉ~~~~~~~!!!!

       (更新は携帯からできるかも知れません。
        お返事は、しばらくお時間下さいませ)








上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。