今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。
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人生50年。





「 おかあさん、もう50ぢゃん? 」


夜、ほけっとしてたら、
何の脈絡もなく下の少年がいきなり斬り込んで来たので、飛び上がる。


「 な、なんですとぉ? まだ *年 あるわっ!! 」 ぜ~は~ぜ~は~。


「 そりゃ、もう50とおんなじぢゃん 」


う"っ。

そりゃそうかも知れないけれど、
微妙なお年頃、というものを もう暫くは 味わいたいんですっ!!  ぷんんんっ!



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いきなり何を言ってくるかと思ったら、
「人生50年」という言の葉がどうも気になって仕方がない。
母は、それを目前にして、何を感じているか。
怖くはないのか、と聞くのである。



君たち兄弟が仲良く、ここまで育ってくれたから、
ホントのところ、もう想いを遺すことはないかも。

確かに、死ぬときの苦痛を想像すると怖いけれど、
あっちへ行けば、
私の父や大切な友人たちが待っててくれてるから、全然怖くない。

私が一番怖いのは、病や事故で、寝たきりになってしまうこと。
私が私でなくなってしまうこと。
あと、小康状態である夫の両親が気がかりであることを伝えた。



下の少年は、「 嘘だ! 」と言う。



嘘?
もう一度、自分のこころを覗いてみたが、嘘 ではない。
むしろ少年たちに対し、
健康で居てくれて、想い遺すことがない、と思えることに感謝した。

何年か経ち、
少年たちの嫁 vs 私が姑 !!
みたいな煩わしい関係も持たずに済んでラッキーかも、とも思ったりする。

何故、「嘘」だと思うのか、逆に聞いてみる。




僕はとても怖い。

ひとが何処から来て、何処へ行くのか、それを考えると眠れない、と。

想い遺すことがない、人生なんて考えられない、と。





あひゃひゃ~~!

15歳だもん、想いを遺して当たり前です。

んぢゃが、「ひとが何処から来て何処へ行くのか」「死とは何か」。

んなこと考えて、ぐるぐるし、不思議で、怖くて。
夜も眠れない、、、なんて、
私は小学校の低学年の頃だった、と思うのだが。



幼い、幼い、と想ってはいたが、まさかここまでとは。

それでも、彼なりに、生きていく、ということ。
人生の重荷。

やっと気付きつつあるのかな。
ちょっとずつ、大人になって行ってるのかな。








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朝の旗振り当番(挨拶運動)考



爽やかな朝。 再生の朝。

苦しかったことも、哀しかったことも、
日の出と共に、とりあえずはリセットされたような気分がし、
涼やかな空気のなかで、
新たな一日を、また、元気で迎えられたことに感謝したくなる朝。

今日は何が起こるかな? 良いこと待ってるといいな。。。

いいかげん、歳を食って、そんなに毎日がいつも輝いてくれはしないことを
識りつくしたような私たちでも、爽やかな朝はなんだか嬉しい。

まして思春期の子どもたち。
成長途中のガラスのような感性は、ちょっとしたことで弾み、またヘコむ。

子どもたちひとりひとりの足取りを見てあげて下さい。
弾む足取り。
学校でイヤなことが待っているのか、沈んだ足取り。 様々です。


そこで、おばさんたち、おじさんたちが、
明るい顔で、大きな声で、はっきり
「 お は よ う ! 」
「 気をつけてね! 」
にっこりと笑顔で声をかけられたら、
どんなに心が軽やかに浮き立ってくることでしょう。

恥ずかしいお年頃で、迷惑そうに顔を背けたとしても、
おばさんやおじさんの明るい声は、心に残ります。

少しでも、
 「 よし、今日も頑張ろう! 」なんて思って貰えたら、とっても素敵。



おばさんやおじさんだって、最初は恥ずかしいですよ。
でも、場数を踏めば、慣れて来るもんです。
子どもたちだって慣れてくるんですよ。

恥ずかしそうに顔を伏せる子。
迷惑そうにそっぽを向く子。

「 挨拶もできんのか! 」って、朝から不快になる前に、
私たち自身はどうなのか。 我が子はどうなのか。
ちょっと振り返ってみませんか?


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PTAの朝の旗振り当番(挨拶運動、声掛け運動)のは、
小学校か中学校か。 街中なのか、山道なのか田んぼ道なのか。
学校を取り巻く環境や状況によって、さまざまな意味合いを持たされています。

防犯が第一義の学校もあれば、
狭い高架下で事故のよく起こりやすいところでの交通整理、
地域の方々にも協力いただいて「地域で子どもたちを育てることの第一歩」と
されているところもあるでしょう。

防犯で成果をあげられている学校PTAは、
不審者の横行防止もさることながら、
保護者が積極的に当番に参加した年は、
明らかに町内の万引、喫煙、飲酒件数が減るそうです。

子どもたちが誘惑にかられたとき、
たまたま見知ったおじさん、おばさんに出くわすとブレーキがかかるようですね。


PTAによって、持たされる意味合いが様々在れど、
一番大事なのは、当番に立つ私たちが、
その意義、意味を理解し、納得して、楽しんでヤっているか、
ではないかなぁ、、、と、最近、特に感じられてなりません。


挨拶なんぞ、家庭内の躾の基礎の基礎。
ホントは、「挨拶運動」なんて、無くて済むならそれが一番いいのです。

それなのに、どうしてあるのか?

…情けないことながら、皆ができていないから。


「運動」にしなくてはならなかった、そのことをまず恥じて、
反省込めて、保護者である私たちが
基礎に戻って、街頭で、声を出してみる――

これは意味のないことですか? 意義は全くありませんか?


  仕事があります。 ちっちゃな子が居ます。
  介護があるんです。 夜勤明けです。。。。。

皆さんの声が一斉に聞こえてきます。
みんな、みんな、辛いです。 悲しいほど忙しいです。

だから。
みんな挨拶ができなくなったのかも知れません。
自分のことで忙しいから。 辛いから。 いっぱいいっぱいだから。



でも、当番は、毎日、毎朝、ではないのです。
年に数回。 15分から長くても30分。
ちょっとだけ、街の子どもたちに私たちの貴重な時間を分けてあげて下さい。

子どもたちひとりひとりの服装、身だしなみ。
一部の隙もなく、ピシっとキメてる子。
制限ギリギリのなかで、頑張って自己主張してる子どもたち。
シャツ出ししてたのに、こちらに気がついて慌ててシャツを直す子。

ひとりひとり、可愛いです。

ひたすら我が子に当ててきた目線が、ちょっと広がる自分がわかります。



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昨日の新理事会で、全理事さんが正副部長選出のため各事業部に分かれた後、
私は、文化部を中心に、各事業部を回った。

うちの中学の生活部には、以下のような事業を受け持ち、運営している。

1) 文化祭のなかの全学年がクラス単位で参加する合唱コンクールに、
   PTA合唱団を組織し、練習し、参加する。(生活部+執行部+希望者)

2) 夏休みの夜間パトロール(生活部+執行部+おやじの会)
   夏休み中、土曜夜や町内のふれあい祭りなどの夜間、各地区をパトロールする。

3) 毎月10日、20日、30日の登校時間中、指定場所で旗振り当番を行う。
   (全保護者に役割分担し、当番表を作成、配布する。ほぼ全員が年に2回)

4) 毎月第○△曜日、中学校正門前にて挨拶運動を行う。
  (生活部+執行部…生活部は当番制、執行部は全員)

ここで例年、揉めるのが3)と4)であるが、
主な意見は、

 ● 当番に出てこないひとが居る。
 ● 当番で立つ場所に納得が行かない。

といったもので、

 ▼ 当番に立つ意味・意義がないのではないか。

という、旗振り当番、挨拶運動の根幹を揺るがすような意見は公に出されたことがない。
但し、蔭で、いつも小耳に挟むのは、
「たいぎい」「やりたくない」「忙しい」「全然意味がない」「1度もしたことない」
「小さな子を預けてまで当番に行ったのに、当番の相手は来なかった。2度としない」
「いつも小雪舞う真冬に順番が回ってくる。 少し配慮して欲しい」
「真夏の朝は、勘弁して欲しい」
といったような、超ド本音ばかり。

これをどうして、ちゃんと声に出して言ってくれないのかな、と思う。

不本意で、不満たらたらのお顔で、如何にも面倒そうに
横断歩道で黄色い旗を振られて、子どもたちが喜ぶとお思いですか?

子どもたちから「おはようごさいます」と声をかけられ、
慌てて作り笑いをして、申し訳程度に会釈を返したところで、
そこから子どもたちが、何かを学ぶ、と思われますか?


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「 全く意義を認めないから、私はしない 」

だったら、それを言うべきです。
当番を押し付けてくるPTAに、きちんと「NO」を言うべきです。
きちんと納得のいくまで、役員さんから説明を受けましょう。
どうしても納得できなければ、もっと公に声をあげていきましょう。
皆で、意義を見なおし、本当に必要かどうか検討する良い機会です。
来年、ご自分が役員さんになられ、廃止に向けて動かれるのも良いことだと思います。

でも、黙ってそうするのは、とてもズルくないですか?
保護者たちのそんな姿に、子どもたちは何を学ぶのですか?


「 早番なので、仕事を休まねば当番できません 」

だったら遅番のときにできるよう、誰かと替わって貰いましょう。
毎日が早番なら、役員さんに事情を話し、
交代してもらえるひとを自分で探しましょう。
できれば、自分が「これならできるよ!」ということを探し、
どうか、役員さんに伝えてあげて下さい。
「これならできるよ!」……それが1年後でも2年後でも構いません。
黙って背を向けてしまわれることが、役員さんには1番辛いのです。




どうぞ、できれば楽しんで、街角に立ってみて下さい。

子どもたちがどんな表情で登校しているか。
我が子は、どんな子どもたちと学校生活を送っているのか。
とても近しく、具体的にイメージが湧いてきます。



今日一日が楽しい一日でありますように。

ひとりひとりにそんな願いを込めながら、
笑顔で「 おはよう 」といえる、私たちで在りたい、と思います。

私だって、普段、そんなトンでもないことはとてもできません。

旗振り当番の日だから、できること。
滅多にないチャンスは、どうせだったら、目いっぱい楽しみませんか?

そのうちきっと。
街角に立たなくたって、朝に夕に、子どもたちとすれ違うとき。

知らない子どもたちでも、いとおしくて。
笑顔で、自然に声をかけているご自分に気付かれるハズだ と 確信してるです。



ジャンル : 学校・教育
テーマ : PTA

タグ : PTA 挨拶運動 挨拶運動の意義 旗振り当番 あいさつ運動

[ 2005/04/29 10:03 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(20)

新・理事会終了 ~ お金がない! ~




午後7時30分。
今年度新しく選ばれた地区理事さん、クラス代表理事さん、新旧執行部が揃い、新理事会を開催。

GW突入直前という困った日程ではあったが、
用意した椅子が足りないほど、ぎっしり参加していただいた。


主な議題は、総会議案の上程。
      昨年度の事業報告から
      PTA一般会計報告、特別会計報告、給食会計報告。
      今年度の行事計画案、
      PTA一般会計予算案、特別会計予算案、給食会計予算案。
 
例年なら、淡々と進むのであるが、
町立から市立へ移行した最初の年であるため、
行事計画案に、かなりの補足説明が必要となった。


また、予算案が非常に厳しいため、実は各方面からの突っ込みを恐れていたが、
役員さんは、この後のメインイベント、

各学年に分かれてのクラス代表理事による    「 学年代表選出 」

並行して各地区に分かれての地区理事による   「 地区代表選出 」

その後、各事業部に分かれての全理事による   「 正副部長選出 」 に

気持ちが集中しておられるのか、するすると進む。(だが、雑談が多い)


おやじの会、母親部会、制服・体操服・給食着のリサイクル。
県指定のフロンティア事業の終了のために、
新たな組織立ち上げの説明もするすると進み、ちょっと怖い。
    (↑これ、お金かかるんだよ~。 大丈夫なの?)


メインイベントの前に、少々挨拶させていただき、
「総会承認前ではありますが…」と、新しい執行部の紹介をさせていただく。
ここで初めて、各役員さんの雑談が止まり、興味津々の視線が新執行部に集まる。


「おひとりおひとりが、様々に事情あられるなか、
 それでも自分が役に立てるなら、と、お引き受け下さいました。
 
 でも、皆様方のご理解とご協力をいただけませんと、私たちは動いていけません。
 皆様方も様々にご事情がおありのことと存じますが、
 どうぞ、皆様でこの新執行部の方々をバックアップしていただいて、
 この1年、できれば楽しみながら、たくさんの出逢いをおつくりいただき、
 役員、受けて良かったな、とにっこりできる、
 有意義なものにして行って下さればと思います」


ぱちぱちぱち、、、と疎らな拍手。
驚いたけど、ちょっぴり嬉しかったかも?
その方々には、私の言の葉がきっと届いたのだから。


俄かに場が引き締まる。 いよいよメインイベント!!


 「1年間を、おひとりおひとりが、できるときにできる形で主体的に。
  できるだけ楽しく意義のある活動にしていただくためにも、
  可能な限り、籤やジャンケンは避けて下さい。
  皆さんが、子どもたちと皆さんのために無理なく活動できるよう、
  良い形で正副部長さんを選出いただき、皆さんで助けてあげて下さい」


メインイベント  


1) 「 学年代表選出 」

     各学年ごとに、教員代表理事が入ってくださったため、難なく選出。
     
2) 「 地区(各小学校区)代表選出 」

     毎年ここで、どの地区もできない理由の言訳大会、
     良く見識った者同士で話し合うためか、怒号飛び交い、涙も流れ、
     できない理由にあげた互いの仕事や介護の中身の容赦ない暴露大会。
     友達無くすぜ? な、阿鼻叫喚地獄絵図、となるのだが…。

     僅か1地区を残し、非常に前向きで嬉しい雰囲気のなかで決まっていった!
     昨年度と全然違う、とても良い雰囲気。 ちょっとうるうるしてしまう。
     互いが互いを気遣い、頑張ろう、という気持ちが持てるだけで、
     毎年ギスギスしていた嫌な時間がこんなにも違ってしまう。
     有難う。 有難う。 ひとりひとりに握手して頭を下げて回りたい。
          
     残った1地区を、全員が待つ状態となった。
     
     いつも揉めに揉め、粘ったもの勝ち。
     いたたまれず、自分から手を挙げたもの負け、なその地区も、
     次第に他地区の醒めた視線を感じ始めたか、少し建設的な雰囲気となる。

     そしてついに。
     「では、私がしますから、皆さん助けて下さいね」という方が現れ、
     期せずして、他地区も含めた大拍手となる。


ここで、各事業部に分かれて流れ解散とし、副会長としてはおそらく最後の挨拶をする。


3) 「 各事業部の正副部長選出 」

     2)での良い雰囲気が高効果を挙げた。
     毎年、決まらない部は11時を回り、ついには籤、ジャンケンとなるのだが。
     私は文化部のなかに入り、昨年度の新聞を見本として配布し、
     1年間の活動内容を説明する。
     恐れていた籤、ジャンケンにならず、
     とてもアットホームな雰囲気で流れ、無事に正副部長が選出される。
     1番遅かった体育部でも10時前に終わった。


後は新執行部に全て託し、本日の私の任務は終了。

2日に教頭先生と総会に向けて、最後の調整をする。




それにしてもお金がない! 頼みの綱の特別会計がほぼ底をついている。

ピンチのときの特別会計頼みであったが、
一昨年、昨年と運動系クラブの県レベル、中国地方レベルの活躍により、
思いがけない支出が続き、台風で、冷水機が3台吹っ飛んで修理、購入。
あっという間になくなった。

それなのに、例えば、卒業生の卒業証書を入れる丸い筒。
これまでは、町が卒業記念品、として出してくれていた。
今年からはそれがない。

講演会の講演料。
これまでは、講師や演題によっては、町教委に働きかけて後援して貰ったり、
町の青少年育成会議、社会福祉協議会から助成金を貰って来たが、これもなくなった。

生徒数は、1クラス分減った。 来年はもっと減る。


地元のライオンズクラブ、その他、考えられるところに働きかけはしておいた。
だが、中学校だけでなく、町内の各小学校全てがほぼ同じ状況下にある。

考えるだけで頭が痛いが、新執行部のお手並み拝見?でいいかな。

本日は、とりあえず終了。 今夜は眠れるかも。


     ※ 弥々さん、一昨夜以来、多大なるバックアップを有難うございました☆☆
       全国規模でPTA役員について思うことをたくさんお持ちである方々の
       肩をトンと叩いて下さいました。 本当に有難うございました☆☆

       弥々さんのメッセージ『PTAのあり方に言ってもええかぁ!!』
       未読でいらっしゃる方は、どうか是非、ご一読下さい☆☆☆






[ 2005/04/28 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(6)

新旧執行部会 & 涙の飲み会




昨夜は、新旧の執行部と校長先生、教頭先生が一堂に会し、
28日の新理事会と7日の総会の打ち合わせを1時間。

新理事会、総会ともに総司会、そして最後の挨拶を受け持つことになった。

詳細についての打ち合わせは、
明日から総会までの連夜の新旧三役会にて行うことになり、
突然、新執行部の皆さんより、大きな花束を渡された。


挨拶を求められ、予期せぬことに涙、涙。


何を話したか、もう覚えていないが、
とにもかくにも、1人でも多くの保護者に進んで助けて貰える執行部となり、
1人でも多くの保護者に学校に来てもらえる学校になって欲しい、と
言ったような気がする。


訳がわからなくなり、一礼をしたら、
私のバトンを受け取ってくれた、
新副会長の彼女が、真っ先に泣きながら抱き付いてくる。

後ろには、その彼女をサポートしてくれることになった、
小学校Pからずっと私を支えてくれ、
小学校Pのバレー部を立ち上げたときも、傍で一緒に支えてくれた彼女。

新執行部の書記には、3年前に一緒に執行部で頑張ってくれた彼女。
会計には、今年度も会計で頑張ってくれた彼女。


振り向けば、今年一緒に歩んでくれた執行部の顔、顔。
みんな、みんな、泣いている。

女性陣は、これ以上望めないような布陣となった。

これで思い残すことはない、と言えればいいのだが。
男性陣への懸念が大きく残っている。



でも、きっとこの新しい女性陣が頑張ってくれる。
これからの道は、あなたたちの道。

どうぞ私たちを踏み台に、大きく乗り越え、先に進んで欲しい、、、、と

しみじみと思っていた、



の、


に。



新会長より「顧問」で残って欲しい、と。

「会長委嘱」である。

これまで、顧問は校長先生以外の名が入ったことはなかったのだが。

名のみなら良いのだが、三役会には出席することになる。





う"~。。。 何処まで続く、役員道。 高校Pからも、早速電話が来ている。


きれいさっぱり退くべきだと思う。
新執行部もその方が動きやすいハズだ。
疑問点があるなら、いつでも電話で尋ねてくれればそれで良いことではないか?

しかし、確かに、校長先生は2年目。(ご遠方のため殆ど会議には参加されていない)
教頭先生は、新任。
会長は、4年間のブランクあり。
女性副会長は、執行部であったが会計監査。
男性副会長については、、、ノーコメント。

今春よりK市との合併で、市P連との足並みを揃えねばならず、
市教委、市P連との大きな折衝ごとが待っている。

県の「青少年育成とらい・やる21事業」(3ヵ年計画)の指定校であったが、
それもこの3月で終わった。 
子どもたちが3年間培ってきたものを無にしないためには、
これを継続していくための新たな組織も立ち上げねばならない。


誰もが不安。 誰もが危機感を覚えている。

う"~。。。




とりあえず、とりあえず。

意見を求められるまでは、絶対に口を挟むまい。

新執行部に関しては、
絶対、絶対、 可憐で いたいけで 慎ましやかな私でいることに決める。


飲み会に突入し、遠方から通勤されている校長先生と教頭先生が、
ホテルを予約されていることを皆が知ったために、
新会長宅に場所を移して、皆で飲むわ、語るわ。

帰宅したのは、午前1時であった。



……… 昨夜は特別。 (と、いうことにしておこう)

今夜からは、絶対、絶対。
本来の? 可憐で いたいけで 慎ましやかな りうりう でいるぞぉぉぉ!!!






[ 2005/04/27 10:36 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(37)

はなみずき




今でこそ、あちらこちらで、はなみずきを目にするが、
私が初めてはなみずきを見たのは、高校2年から3年にあがる春休み。
Dogwood Tree(ドッグウッドツリー)。
日本名が はなみずき だと識ったのは、ほんの数年前である。


学校側の配慮もいただいて、春休みを含んだ4週間の予定で、
渡米していた私の家族を訪ねた。
街いっぱい。 どの家にも植えてあり、道路沿いにも植え付けられ、
町並みにそって咲き誇る、見事な白と赤のはなみずきだった。

葉っぱの出てない白のはなみずきは、
かなり遠くから見ると、まるで日本の桜のようで、
私は苦い後悔の涙をこぼしていた。


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仕事の関係で、年単位で合衆国と日本を往復していた父だったが、
私が中学のときに渡米して帰って来たとき、
余りにげっそりと父がやつれて帰ってきたため、
母が断固として「今度渡米するときには、何があろうと必ず一家で」と、決めた。


私が高2となってすぐ、父に辞令が降りる。
ドタバタと私や弟の転校手続きやら、父の会社関係の手続きやら
なにかと面倒な書類関係が全て終わった段になって、
自己中な私は、「否!」と、合衆国行きを拒否したのである。

その理由は、今となっては、些細な、些細なこと。

自分の少年たちが私と同じ年代になり、
ひとりの親として、あの頃の自分を省みれば、脇まで冷汗が滲む。

いつもいつも。 思い返す度、時を停めて、やり直したい。
父に。 母に。 心から謝りたい。


あの厳格な父が泣き、母が泣き。
それでも私は、首を縦に振らず。

「 それなら好きにしろ。 娘だとはもう思わん 」とまで言われ。

それでも私は、独り、広島に残った。


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父の会社が配慮してくれ、全ての手続きをしてくれて、
春休みを利用して家族の元へ行けることとなり、
出発した日は、奇しくも17歳の誕生日。

道中を心配した母方の従姉やら叔母やら仲良しの友人たちが見送りに来てくれた。
当時は、広島-羽田間も、ちっちゃなちっちゃなプロペラ機である。

ハワイで入国審査を受け(ここでかなりモメた。怖かった)、
ロサンジェルスへ。
父が休みを取って出迎えに来てくれており、ここで父と一泊した。

「 娘とは思わん 」と言われてから、出立の日まで。
父はひとことも私に口をきかず、目を合わせてくれなかった。
いつもいつも、父の愛情を感じて育ってきていたため、
私にとって、父の怒りはとてもこたえたが、
意地を張り通し、私も父に話し掛けることはなかった。

それ以来の再会なので、父が眩しくて、どう会話していいか判らない。
でも、この日が私の誕生日である、ということが幸いした。


それから、テネシー州の郊外まで。
コンコルドに乗り、バスに乗り、、、何時間経っただろうか。
両手を広げた母の胸に飛び込んだ。 そして小さな弟を膝に乗せた。


広いマンション内を見せて貰って歩き、ちゃんと私の部屋があるのを識る。
カーテンから壁紙から、如何にもお年頃の女の子用に整えられている部屋で、
ベッドにはぬいぐるみまで置いてあった。

何も言えず、食堂に入ると、
テーブルの上に母の手作りの大きなバースディケーキが置いてあり、
17本のろうそくが灯されていた。

食器類が全部。 リネン類も。
全種類、全てのものが4つずつきちんと準備されていた。

このマンションで。
あたかも、いつも私が一緒に暮らしているかのように、
全てのものが心地よく整えられていたのを見たとき。

涙が吹き零れた。



いつも自己中心だった私。
「女王さま」だった私。

学校ではあらゆることをそつなくこなし(ていると自分では思っていた)、
友人関係にも恵まれていた。
嫌なことは絶対嫌だったし、常に自分が正しく、自分の正当性を信じていた。
私が本当の意味で我慢する、なんてあり得なかった。

生まれて初めて。
そんな自分の我侭を通すことで、誰かが傷つき、苦しむことがある、ということ。
そしてそれは、自分が今までしたこともないような誰かの「我慢」や
誰かの大きな「犠牲」を当たり前のように強いて、
そのうえに立っていたのだ、ということを識った。

父に。母に。 弟に。
そして今まで私が傷つけ、踏みにじって来たであろう幾多のひとに。
でも、いまさら何をどう詫びても、どうにもならない。

4週間の滞在をめいっぱい感謝し、めいっぱい喜び、
めいっぱい良い娘であろうと務めた。
それでも、何をしていても罪の意識に襲われ、
両親に見つからぬよう、涙を拭う毎日。
そんな私に、合衆国の郊外は、ただひたすら大きく、美しかった。



テネシー州の郊外は、道路以外はアスファルトで固められていない。
一面の草原が地平線や遠くの山々までうねり、
タンポポが咲き乱れ、黄色の絨毯のようだった。
そして視線を上げれば、はなみずき、はなみずき、はなみずき。

遠目には桜に見えても、近づけば、花は一輪一輪、力強く上を向いている。

この街に限らず、合衆国では、Dogwood Tree は、
日本の桜のように、春を告げる特別の花のようである。

Dogwood Tree の花びらや花を象ったものが、たくさん売られている。
母は、誕生祝いだと言い、このDogwood Tree のペンダントを贈ってくれた。


このペンダントは、今も、私の宝石箱の1番大事な場所にある。
つけることは久しくないけれど、宝石箱を開ける度に挨拶する。

そして、近年、はなみずき を何処の町でも見かけるようになった。
その度に、私は否応なく17歳に引き戻される。
翌年の春にはもっと厳しい現実が待っていた、あの17歳の時に。




あの苦しかった17歳を忘れないで。
傲岸不遜だった自分を忘れないで。

いつも謙虚であれ。
そして今、自分が生きて在ることに最大限の感謝を。







[ 2005/04/26 03:55 ] 徒然草 | TB(0) | CM(22)

何故! 尼崎の脱線事故




尼崎の脱線事故では、多数の犠牲者が出られ、痛ましいことでした。
あの車輛のつぶれ具合は正視するに堪えないもので、
動転した若いJR西日本の若い社員さんのコメント、謝罪の言の葉に涙しました。

犠牲者方々の特徴が、番号をふられて、次々と書きこまれて行く
ホワイトボードにも涙しました。

乗客名簿のない、公共機関。

あの時間、あの場所で、家族、友人が当該電車に乗っていると、
すぐに分かる近しい人々が何名おられることでしょう。


待っても待っても、待ち合わせの場所に来ない。
待っても待っても連絡が入らない。 帰って、来ない。
そこで、初めて。 考えたくないことを想い。

可能性のある方々を待つひとたちの心は、
どんなに恐怖でいっぱいであられたことでしょう。



「 狭い日本、そんなに急いで何処へ行く 」 なんて、川柳が昔ありました。


でも、日々、時間の足りない私たちにとって、
1分1秒でも早く、と心急く場面は無数にあります。

忙しい私たちにとっての交通手段。

ただ歩いていても。
子どもたちが、きちんと並んで集団登校している列にさえ。
容赦なく車両が突っ込んでくる時代。
「安全」なものは何処にもないのですよね。

どうしてこんなに忙しいのか。
立ち止まって考えてみること、必要だなぁ、と改めて思います。



GWに、夫の母の懇願により上の少年が早々と帰省することになりました。
お金の節約のため、深夜バスで帰る、とメールが来ましたが、、、、。

 お金、かかってもいいよ。
 新幹線の方がまだ安心かも知れないから、と思ってしまいました。


いつだって、何処に居たって、どうしてたって、
心配し始めるとキリがなく。


私たちは、せめて、日々を精一杯生きること。
少しでも思い残すこと、遣り残すことのないように。
……それしか、ないのかな。


脱線事故で、
大切な大切ないのちを理不尽に奪われてしまった方々の
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。







[ 2005/04/25 23:32 ] 徒然草 | TB(0) | CM(5)

仁くん、(ベンチで)県大会出場へ





この土日、下の少年はバスケット県体予選の地区大会だった。
他校へ進学した中学のときの先輩にも逢えるため、仁は、そわそわわくわく。

土曜日。 勝ち進んで、地区ベスト4。 例の4人が大活躍したらしい。

日曜日の今日は、ベスト4のなかから3校が県大会へコマを進める。
ここで負けたら、3年生は引退である。


土曜夜、仁が言って来た。

「 おかあさん、明日負けたら、3年生は引退じゃけん、打ち上げをするんだって。

  3年生のも皆が出すらしいんじゃけど、会費の3000円くれる? 」

3000円!
大人なみの料金ではないか?
それとも高校生の引退打ち上げともなれば、こんなものなんだろうか。


様子がよくわからないまま、
3000円は、高校生の打ち上げの料金ではない、と思うこと。
先輩の追い出し会、ということで特別なのはわかるけれども、
毎回、こんなことがあるようでは、良くないと思うこと。

以上を伝え、もやもやしたものを感じつつ、
1000円は自分のお小遣いから出すこととし、2000円を渡した。


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下の少年は、7時前に帰宅。

地区大会2位で、県大会出場との由。

3年生は引退しなくて済んだ。



気になっていた打ち上げがどうだったのか訊ねると、

「 お前、ほんまに金、持って来たんかぁ 」と皆に言われ、ウケたそうである。



!!!

下の少年は、先輩たちに しっかり からかわれて いただけだった。

なんとなく、ほっと、した。






続・新任先生の教室での自殺




一昨日の私のブログにコメントいただいた方々へのお返事が
例によって長~~くなってしまったので、こちらにアップします。


あれから、色々とまた考え込みました。
ネットで、自殺された先生への厳しい意見もたくさん目にしました。

残された子どもたちのこころ。

悪夢となった自分たちの教室。

それを思うと、自殺された先生への批判は全部全部、正しい、と思う。


んでもね、全部全部彼のせいにして、彼個人の問題として
それで終わらせてしまってはいけない、と、私はやはり思ってしまう。


こちらに来ていただいているさきさん0208さんのブログの言の葉にもありました。


> …命の大切を説く「教師」が、命の大切を説く場所である学校で自殺だなんて!!!
> どんなに深い事情があっても、認めることの出来ない現実だ。
> 聞いて何になるとも思わないが、少しでも、自殺した先生を許す気持ちになるために、
> 自殺の理由を聞かせてほしいと思う。


「 どう考えても許せない! でも理由を聞かせて欲しい 」

それが大半の保護者の気持ちではないでしょうか。
私たちには、子どもたちへの説明、子どもたちの心のフォローが待っています。



彼が弱かった、彼の自覚が足りなかった、それで済ませるのは容易いこと。

では、その弱くて自覚が足りなかった彼を追い詰めたのは、何だったのか。


甘やかすな? 違います。

甘やかすな、という言の葉は、
是非、組織に属すことを厭い、責任を背負うことを厭い、
好んで「フリーター」であることを選ぶ若者たちに向けて欲しいと思う。


誰しも1年生だったときがあったはず。

社会人に成り立ての1年生は、
社会人の自覚なんぞ確立できてやしません。
想いはあっても、それを支える、裏付けるものを何も持っていないのです。

企業では、新人教育プログラムに則っての特別体制が組まれることでしょう。
それがないところでは、マニュアルが渡され、
新人として体当たりで先輩に学びながら、失敗を重ね、育って行きます。

それがなぜ、「先生」だと許されないのでしょう。

先生の相手は、モノや書類ではなく、
日々成長していく子どもたちであり、
学校であり、教諭としての先輩たちであり、
子どもたちの保護者であり、地域なのです。
それにPTAやらなんやらがいっぱいぶら下がっています。

成り立てのほやほやの2週間で、
それらをそつ無く全部クリアなんて、できる方がおかしいでしょう?

そつ無くクリアするため、
ひとりひとりの子どもたちをしっかり観て育んでいかねばならない先生が、
【 要領のいい手抜き や 効率重視 】に走ってしまったら、どうするんでしょう。


私は会社では、主として女性社員の採用と教育を担当し、20余年を数えます。
一線を退くまでは、多い年は、一夏で数百人もの女子学生と面談、面接して来ました。

ここ10数年はお休みさせて貰っていますが、
入社式後1週間から10日間、研修所に共に寝泊りし、
早朝から深夜まで、びっしり新人教育研修を行っても来ました。

その私から観て、新任教諭に求められるものは、
「最初から」余りに重たく、厳しい。


昨今、新卒で新任の教諭として赴任できる学生は、
とても数少なくなって来ています。

広島県だけなのかも知れませんが、
殆どの教諭が、臨採講師から不定期に実績を積み重ね、
やっと本採用になるケースが殆どで、
本来は理科教諭なのに、技術家庭科の先生。 本来は数学なのに、音楽。
国語なのに英語、それも兼任、だったりするケースも多いのです。

そんななかで、彼はストレートで教職に合格し、
難関の採用試験をクリアし、赴任されました。
その胸の内は、どんなに高揚し、どんなに未来を見据えて輝いていたことでしょう。

その彼が2週間で、文字通り 潰れて しまった。



今、私たちが考えねばならないのは、
訳識り顔で彼を分析し、彼を責めることじゃない。

2度と、こんな事件を学校で起こさないようにするため、
私たち【は】、どうしたらいいか、なのだと思います。


保護者である私たちのアプローチの方向は大きく分けて2つ。


●1つは、PTAのPとしての先生との関わり方。

yuinekoさんの学校では、
新しい先生に2名の先生がフォローに付かれ、
皆で温かく迎え、盛り立て、皆で育んで行こう、という体制を
つくられていたようですね。

先輩2名のフォロー、というのも工夫されていると思いました。
先輩の先生方もご多忙であるし、
1対1では、万一、合う合わないのしんどい関係になってしまっては逆効果であるし。

PTAの在り方。
保護者としての私たちの役割。 しっかり考えていかなければ、と思います。


●もう1つは、これから育っていく子どもたちとの関わり方。

さきさん0208さんやbamukero3さんが書かれてました。

「 私たちの子どもたちも、もうすぐその年齢になるんだよ 」 と。

どっちを向いても壁、壁、壁の四面楚歌。
どう考えても死ぬしかないかも、ような状況下に例え置かれたとしても、
判断力を研ぎ澄まし、自力であれ他力であれ、
なりふり構わず、自分の全てを賭けてそこから脱出する。
どんなところからでも生き抜いていく勁い力を持つひとに。

そして、できれば、そういった危機的状況を回避していけるような
情報処理力、コミュニケーション力、判断力を持つひとに。


そういう願いと祈りと、愛情込めて、子どもたちを育てたい。


その視点は、我が子だけにとどめない。
共に学ぶ子どもたちをしっかり観て、
しっかり褒めることができる、しっかり叱ることのできる、
大人----社会人であれるため、
日々謙虚に、でも自覚と品位を忘れず研鑽し続けたい。

、、、と私の結論が出ました。



    ※ TBいただいた、かずまま13さんにトラックバックさせていただきます。






仁くん、應援団入団?





バスケット部で、春休みの出遅れを補うべく、
日々精進しているらしい下の少年。
後片付けも、先発の4人の制止を振り払い、率先してやっているようである。

電車のアクセス悪く、帰宅は8時半。
帰って来るなリ、崩れるように横になり、花粉だらけのまま寝入ってしまう。
疲れきって夕食も食べられない。

自分のペースがつかめるまでは、こんな毎日なのだろうが、
元々体力の余りない、細っこい、ちっちゃい少年なので、少し不安。



月曜日の小テストでは、散々だったらしい。


「 おかあさん! 僕、数学ヤバいよ!
  先生の言ぃよることが、解らんようになった! 」


どぇええ! まだ2週間じゃん? 大丈夫か>下の少年。

覗いて見ると、かなり凝った因数分解。
これって、数当たって自分で即座に判断できるようにするしかない。

頼むぜ~~。
授業について行けなくなって、学校が面白くなくなったら、
坂道を転げ落ちるようなもの。

見守るしかない私は、ハンカチもみ絞りぃな心境である。


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今日は、みるも打ちひしがれて帰宅してきた。


「 おかあさぁん、、、」


「 どした? 何かあった? 」 ドキドキドキ。


「 …僕ね、運動会で應援団になった、、、」



「 え~~!! 凄いぢゃん、カッコいいぢゃん。

  一生の友だち、できるよ。 運動会で泣けるよ~~??! 」
  

「 クラブ、できんじゃんか!! 」



う"~ん。。。

聞けば、先輩後輩、体育会系そのもののキツイ應援団は、昨今敬遠されがち。
下の少年のクラスも誰も希望者がおらず、ジャンケンだったそうである。

最初のジャンケンに勝ったのに、誰かが早出ししたとかでやり直し。
2度目のジャンケンでも勝ったのに、やっぱりクレームがついてやり直し。
そして3度目のジャンケンで彼は負け、それが正式になった由。

下の少年はそこにも釈然としていない。



「 納得できんのなら、そこでそう言わんにゃぁダメじゃん 」

「 ん~~~。 僕、まだ猫被っとるけん、よぉ言わんかった 」

「 んぢゃ、ダメじゃん。 そこで言えんかったんなら、もう文句は言えんよ。
  あきらめんさい。 
  お兄ちゃんも、マスゲームで一生の友だちをたくさん作ったし、
  お母さんも應援団だったよ。 未だに皆仲良しじゃもん。
  皆醒めとる運動会で、燃えることができて、涙流せて、お得ぢゃん 」
  
「 僕はそんなもん、要らん! バスケだけでええんじゃもん! 」ヽ(`Д´)ノ



H高目指すときに、自分で言ったじゃん。

「文武両道じゃし、学校行事に力を注ぐ校風が好き 」 だと。



ふぁいと、ふぁいと!


きっと君のプラスになるよ☆


勉学、クラブ、應援団。 なんとか両立、できるといいね。


應援団員の応援団だわ、私。






赴任したばかりの22歳小学校教諭が教室で自殺




昨日の朝日新聞の広島版では、
見出しフォントこそ大きいものの、記事としては一段にも満たなかった。


何故? 何があった? それにどうして教室で!!


途轍もないショックを受けたが、その記事では何もわからない。
それぐらい、周囲にも意外な事件だったのだと思う。


教室で、ということは、学校や彼の仕事に無関係であるとはとても思えない。

私の上の少年とたったの4つ違い。

痛ましい…!! と 思うと同時に、

何故、彼は自分の子どもたちのことを考えてくれなかったか、と、
憤りも感じてしまう。

おにいちゃんのように見える元気いっぱいの若い彼を
子どもたちは喜びいっぱいで迎え入れたハズだ。
新しい先生と共に学ぶ、これからの1年間を
どんなに期待し、楽しみにしていたことだろう。

しかし、子どもたちにとって、この教室は悪夢の教室となった。

子どもたちを思う、その気持ちさえ手放さなければ、
彼は、決して自殺という行動に至らなかったはずだ。

「元気がある好青年で、こんなことになるとは…」

との教頭先生の談話が記載されていた。

志を持ち、自分の生業にしようと決めた道で勉学し、
晴れて採用され、彼は希望を胸に、晴れやかな顔で赴任して来たはずだ。

たった2週間で、何が彼を追い詰め、何が彼をその衝動に駆り立てたのか。



何も詳細がわからないため、何もかも推測となってしまう。


ただ、私の周りにいる先生方は、
熱意にあふれ、子どもたちと共に在ろう、と努力する先生方ほど
疲れ切り、病人のような顔をしておられることを想う。

単元毎の指導案の提出。 公開授業へ向けての企画立案、準備。
不登校の子どもたち、問題行動を起こす子どもたちへの家庭訪問。
部活動のあれこれ、会計絡みの折衝。
PTA活動への参加。 保護者との折衝。


小学校で上の少年の担任だった3人のうち2人の女性の先生は、
「教師であること」を何よりも優先され、
物理的にご無理が生じ、ご家庭が破綻された。



頑張っておられるからこその先生方の苦しみを傍で見ていて、
PTAの役割はなんだろう、と、つくづく思う。

私たちには、何もできることがないのだろうか?



何もかも。
家庭教育の範疇であろうべきことまで、
学校に押しつけてはいないか?

勝手に、多大なものを一方的に教諭に期待し、要望し、
勝手に失望し、背を向けてはいないか?
そして、その姿を子どもたちに見られてはいないか?

一段にも満たない新聞記事を前に、改めて身の竦む想いがした。




※ 昨夜から途中まで書いていて、気分転換すべくカテゴリテーマを覗いたら、
  同じような想いを役員さんとして書かれていた
  かずまま13さんのブログを見つけました。 トラックバックさせていただきます。
  
  いつもお励まし下さるELKさんのブログにも発見!! トラックバックさせていただきます。
  


  


余計なお世話でも、ひとごとではない……(小学校統合とPTA)




今春より統合された小学校の本部役員をされている
★のん★さんの下さった情報から。


うちの町も、一昨年に1校が廃校。
まだあと3つの小学校の統廃合問題が浮上しています。


私は幸か不幸か、うちの町の小学校が統合されるときには、
中学校PTAの副会長でした。
だもんで、直接は関わっていませんが、詳しい経緯については報告を受けました。

うちの町の場合、2年前に廃校となった小学校の生徒数は10名を切っており、
各人が、町内の小学校を好きに選択してばらばらに転入していったため、
受け入れ側の小学校では、それぞれ転入生扱いで組み込み。
PTA間での折衝はなし。

廃校となった地域の児童たちは、
新しい小学校まではいずれもかなりの遠距離となるため、
町がスクールバスとして、マイクロバスを手配することになっていましたが、
それ以前(20年近く前)に廃校となった小学校の児童に対する
スクールバス制度で起こった問題を未だに解消できないままで来ており、
現在もそのことについて、色々とモメています。

で、今度、更に3つの小学校を統廃合する、となれば、
規模としては、★のん★さんと同様、もしくはもっと大きくなります。
ひとごと、では済まされず、廃校となられたPTAの本部役員さんに、
めちゃくちゃ感情移入してしまい、私はかなりヘコんでいます。


以下、★のん★さんのコメントから抜粋引用(改行部分、りうりう)

> うちの場合大きな規模での統合です。
> 元の学校440人から新しい学校680人になりました。

> PTA間では話し合いは廃校が決まって以来半年間続けてきましたが
> 内容は多岐におよび、新しい学校の名前を考えるところから始めました。
> 組織的なことも本当はもっと話し合いたいところでしたが
> あまりの話し合いの多さとものの進まなさに役員が疲れてきって
> あまり考えることは出来ませんでした。
> でも委員選出に関しては、みんなの最大とも言える関心事ですので、
> これだけは折衷案で決まったようなものです。
> たぶん当日は名簿を元に低学年は立候補で(^^♪
> 高学年はくじ引き(-_-;)で決まるでしょう。 

> 意識の差、温度差はかなりです。
> 実は廃校になった学校は世間的によい学校、私たちの方は悪い学校という
> イメージだったのですが、
> 相手校は廃校反対の中でかなり保護者の意識が変わってしまっていて
> PTAに対して不信感と投げやりな態度が残ってしまったという感じです。

> まあこちら側は役員の半数が残留し、相手側はすべてが降りた
>(廃校になってしまい一般保護者からの批判がすごかったので可哀相でした)と
> いう事情から基本的にうちの学校のやり方を踏襲、相手校のやり方には
> 配慮しているという感じです。(April 20, 2005 09:08:06)



……なんともしんどく、切ないお話です。

統合される小学校の校名を考えるところからスタートでは、
半年やそこらでは、まとまるものもまとまらず、
両校の役員さんが疲労困憊、思考力ゼロになってしまわれるのは、
当然のことでしょうね。 会議風景が目に見えるようです。

まして、廃校反対運動のさなかにいらっしゃった役員さんでいらっしゃるなら、
片方で廃校反対を掲げながら、
片方では統合後のPTA運営について語り合わねばならず、
建設的な意見はもとより、長期的スパンに立ってのお考えなど、
なかなか出しにくくていらっしゃったことでしょう。

> 相手校は廃校反対の中でかなり保護者の意識が変わってしまっていて
> PTAに対して不信感と投げやりな態度が残ってしまったという感じです。
> まあこちら側は役員の半数が残留し、相手側はすべてが降りた
>(廃校になってしまい一般保護者からの批判がすごかったので可哀相でした)と

非常に非常に身につまされます。



学校の統廃合って、とどのつまりが
経費節減=教育費、教職員の人員削減のため。

子どもたちを想った、子どもたちのための統廃合では決してない。

例えば、地域内の小人数で心血通ったあたたかな教育が、
大人数で大クラスの都会的な?管理教育?のなかに否応無く投げ入れられる。
(大規模校には大規模校の良さ、というものもあったりして、
 こんな単純な話で括ってはいけませんが)


せめて、少しでも子どもたちに良かれと、努力するたくさんの関係者。
廃校される側の想い。 受け入れ校側の想い。
先生方も右往左往の毎日でいらっしゃることでしょう。
両校ともに、PTAがこんなにボロボロになって、
大事な子どもたちの受ける恩典は、、、??


各学校のPTAが、今一度、自分たちの足元を見つめ直し、
今後の在り方をきちんと見据えて、語り合い、智恵を出し合い、
努力していこうとすることは、大事なことだし、大きな意義のあることです。

でも、この結果は??


スタートしてしまえば、しゃがみ込んでいる時間はなく、
徐々にではあっても、皆さんがお気持ちを切り替えられ、
新しい学校の新たな歴史が刻まれて行くこととは存じますが、
廃校となられた学校の本部役員さんのおこころを想うと、とても胸が痛みます。

地域内では、おそらく、この顛末はしこりとなって後々まで。
随分と尾をひかれるのではないでしょうか。





平成の大合併なんて~~~~~!!

平成の大合併なんて~~~!!


○ ○ 食 ら え ! ! って改めて思いますですね(怒)。






[ 2005/04/20 18:34 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(18)

選挙で白票を投じる、ということの意味




パソ通時代、仲の良かった者同士で大論戦になったことがある。

論戦に参加したのは、
私を含め、殆どが選挙権取得以降、1度も棄権したことのない者ばかりであった。



まず、何があっても絶対選挙には行くべきである、というところは
大前提として確認された後、

【白票】を投じることについて、議論が展開されていった。


ディテールとしては、よくあるケースだが、

『 現職 vs 某○○党 』 の一騎討ちの場合、を想定していただきたい。


この現職に対し、あなたは非常に不信感がつのっており、
できればリコールの声をあげたいとまで思っている。
しかし、諸事情あって、某○○党には、死んでも票を入れたくない。

さて、あなたはどうするか、というものである。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - --



当時の私は、【白票】を選んだ。
当然【白票】は無効であり、
この選挙戦においては、全く意味をなさないけれども、無効票としての数字は出る。
意味なくしてもなお、「白」という意味、「白」の数字を現職につきつけたい、
と思ったからである。

そして、この意見は、ほぼ半数の支持を受けた。


そしてもう一方は、某○産党 に一票を投じる、というものである。
この選挙において、自分の意志表示の第一義は、現職に「NO」というものである。
無効でしかない【白票】には、まさに何の意味も価値もない。
だったら、自分の諸事情を曲げてでも、有効な対立候補に票を入れねばならない、
とするものであった。

これもまた、半数の支持を受けた。

そして両者一歩も譲らず、結果、
残念なことに、【白票】側の意見だったひとりが、
【某○○党】側に票を入れる、と主張したひとりに失望し、遺恨を覚え、
そのままパソ通から消えてしまった。


それぐらい、自分たちのポリシーを賭けた議論となってしまったようで、
私にとって忘れられない事件のひとつである。


もう、7~8年前のできごとになるが、現在、私の気持ちは若干違って来ている。
しかし、諸事情あって、
某○○党の方々を死んでも受け入れることができないことは変わっていない。


で、
もし、皆さんだったらどっちを選ばれますか?

(あ、議論はふっかけませんので(笑)。
 ただ単純に識りたかったり、もっと別の観点があったら教えていただきたいので)






[ 2005/04/20 00:39 ] 徒然草 | TB(0) | CM(10)

市議増員選の結果




17日の市議選。

元・町議会議員さんたちで2つの椅子を争った結果は、
大本命と元町議会議長だったから、これが順当、というものなのか。



投票率は約73%。 まずまず?、、、なんかなぁ。


みんな、選挙に行こうよ~~!

自分の意志表示、ちゃんとしようよ~~!

この町に住んでる責任、というか、義務みたいなもんだと思うけどなぁ。


んで、この選挙前に出まわった大量の怪文書やらなんやらの後始末、
これから、どうするんでしょ。


選ばれたお二方、選ばれなかった元町議。
これから、何がどうなっていくのか。


例えば、小学校の統廃合。
(一昨年一校を廃校にした。あと三校、候補に上がっている)。

保育所の統廃合(既に町内4つの保育所を閉鎖)。

学校給食(現・自校式)の民営化、給食センター利用問題。



し~~~~~っかり観せて貰います!






[ 2005/04/19 23:55 ] 徒然草 | TB(0) | CM(4)

たっくんのテレビ




我が家はリビングにテレビが1台。

子ども部屋には、ない。

少年たちが、自分たちの部屋で、自分たちだけがテレビを観たり、
ゲームをしたりっていう家庭は、淋しくない?

いろんなご家庭があり、考え方はそれぞれだろうけど
私は、絶対イヤだ。

家庭で、テレビを観る時間、って、
やっぱり一家団欒のとき で あって欲しいし、
チャンネル争いだって、家族のコミュニケーションのひとつ。

ニュースだって、やっぱり皆で観たい。
少年たちの時事問題への質問に、常に噛み砕いて答えられる親でありたいし、
少年たちの頭のなかみをそれなりに把握できる。

バラエティ番組だって、やっぱり皆で観たい。
TVゲームだって、彼らがどんなゲームを、
どんな風に楽しんでやっているのか、私は識っておきたい。
 (私がするゲームはちょっと知られたくないけど…??(゚゜)\バキ☆)


少年たちには、どんなものがウケ、どんなものがウケないか。
様々な番組のチョイスの仕方で、
互いが互いの好みや考え方の違いを識ることができ、
尊重し合えるのではないだろうか。


どうしてもどうしても裏番組が観たければ(それ、私だったりする)、
ビデオやHDDに録画すればいい。

私の場合は、夫や少年たちが寝静まってからの
アイロン掛けの時間を、溜まった録画鑑賞に当てている。

って、殆ど家に居ない夫は、
この家族コミュニケーションからは疎外されてるんだけど。


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


この度、京都で学生生活を送ることになった上の少年。
さすがにテレビは、買ってあげよう、と思った。
でも、どんなのにしよう、余り贅沢はさせられないし、、、と考えていたら、


「 おかあさん、これにして? 」

少年が指差したのは、14インチのちっこいテレビデオ。

「祝 ご入学」のコーナーで、
21インチ前後の大きさや、液晶テレビがずらりと並ぶなか、
一番端っこで、小さくなって売り出されていた。 1万5000円也。


「 え? これでホントにいいん? 」

と不覚にも思わず声が出る。


「 自分のテレビが持てるゆぅて、夢じゃったんよ?
  これならビデオもついとるしぃ、、、
  あ、ビデオ、おかあさんが許してくれたらええんじゃけど 」


なんてなんて、無欲なんだ、君は!

私の育て方、間違ってなくなぃぃ?? って、思わず自画自賛(゚゜)\バキ☆

だって、周りのご同様なひとたちは、当然の如く、
次々と高価な液晶型を注文してた。
メーカーやブランド、性能、音声の出力レベルまでこだわってた。


おそらく学生さんの部屋は、そんなに広くはないはずだから、
液晶型は合理的だと思う。 でも高い。


映像関係にこだわると、確かにキリがない。
どうしても譲れないラインとか、そんなこだわりは必要だとも思う。

でも、自分が愛し、自分が納得いくような機器は、
自分で稼ぐようになってから計画的にゲットして行って欲しい。


我が家のリビングのテレビも、
未だとても液晶型を買えるような余裕はない。

だもんで、上の少年は自分用に液晶型など、思いもしなかったらしい。



14インチの、1番安かったテレビデオ。
メーカー名は聞いたことがないような。。。韓国製のようである。

なのに、これ以上ないような喜び方をし、
配達を待ちきれず、自転車の後ろに乗せ、ハンドルを握る兄。
後ろで懸命に段ボールを支える弟。
小躍り状態で、でも、落とさないようにそろそろと。
仲良くアパートに向う2人の少年の後姿に、ちょっと感動した私。


親バカですなぁ。。。。








鶯の初音は、どの鶯も下手。

毎日毎日囀って、段々に上手になってくる。



鶯も縄張りがあるらしく、散歩してると、等間隔に別の鶯の声が聞こえてくる。

思わず聞き惚れてしまうような上手な鶯もいて、

そういうときは、「 もう一度聞かせて? 」 と、足を停め、息詰めて待つ。




我が家の近くにいる鶯は、いつもとってもヘタくそ。

毎日頑張って囀っているが、なかなか上手にならない。

「ホケキョ」のところが、うまくコブシ?が回らない。

たまに回りすぎて「ケキョキョキョケョ」、、、訳がわからない。



毎年毎年頑張ってるけど、毎年毎年、ヘタくそ。。。。可愛いけど。

代替わりもしているハズなのに、どうしてだろう。。。遺伝??

応援してるんだけどな。




今朝、珍しくすぐ近くで、

「 ほ~~~~~ぉぉぉ 」 と思わせぶりにタメる。


「 ををを!! ついに開眼か? 」


めちゃくちゃ期待して、耳を澄ます。


「 ほ~~ぉぉおおお、、、、ダメだコリャ 」



 (・_・) ?
 
 
 
今、ダメだコリャって、言ったよね? 言ったよね? 言ったよね~???


信じられなくて、もう一度鳴くのを待つ。


「 ほ~~~ぉぉ、ダメだコリャ 」


 (・_・)


何度聞いても聞いても、「ダメだコリャ」にしか聞こえない。

爆笑してしまったが、

そのうち、なんだか、私に向って言って来ているような気がしてきた。



むぅ。



もしかして、鶯の方が、私を応援してくれてるんだろうか。






[ 2005/04/17 15:31 ] 徒然草 | TB(0) | CM(13)

ちょっと嬉しい、PTA役員決めの改革案☆







♪がらがらどんさんへのトラックバックです☆



♪がらがらどんさんは、
ここのところ、ずっとPTA役員選出方法について改革案を進めておられました。

その詳細を識りたくて識りたくて。
水を向けても、「準備中!」「あともう少し!」などとおっしゃるばかりで、
ちっとも教えていただけず。

もぅ、ず~~~っとお預け状態だったのですが、
やっと本日その全貌が明らかになりました\(^o^)/!!!


まだか、まだか、と、ドキドキわくわくしてた私は飛びつき、
そして、思わずにっこり☆☆



        ◆   ◆   ◆



これまでの♪がらがらどんさんのところでの選出方法や問題点は
♪がらがらどんさんのページをご参照下さい。
比較的大多数の小中学校PTAが陥っている状況と全く同じように思います。



で、この度の改善方法とは!!



あらかじめクラス全員に、「学級役員選出用紙」を配布すること、だったんですね。

で、この学級役員選出用紙の凄いところは、
●クラスの児童名簿に、【その児童に対して】いつ役員をしたかが記入されているのです。

で、なおかつ、
●立候補の意志、または他薦を受ける意志があることを記入できる。


これによって、(以下 ♪がらがらどんさんのブログより抜粋引用)


 > ・担任が保護者の意思を把握
 > ・事前に立候補または、他薦を受ける意志が確認できる
 > ・事情により懇談の場に居なくても、役員を引き受けることができる
 > ・役員歴を確認することで、経験の無い保護者への立候補を促すことが出来る
 > ・委任状提出も義務となっているので、保護者の責任意識が高まる
 > ・懇談会での役員選出の時間が短縮できる



私が嬉しかったのは、この選出用紙に、
●立候補の意志、または他薦を受ける意志があることを記入できる。こと、です。


これまで多くのPTAは(うちの小中学校も)、
こういった名簿は、【役員免除】のために作られてきました。
その意味では後ろ向きです。
また、初めてのクラスでは、保護者同士も余り知りませんから、
選びようがなく、出席番号の上から下から、丸をつけるしかなかったりします。


でも、こうした名簿が資料として事前にあると、
なんだかイメージが湧いて来ますですよね。


役員経験の有無を問わず、
役員決定の懇談会までに、ひとりひとりのこういった前向きな所信表明が
等しく出来ることは素晴らしいことだと思います!


少なくとも、新しいクラスになって初めての懇談会が、役員決めだけに費やされ、
みんな下を向いて凍りついた時間を過ごすようなことが避けられそうです。
もっと言えば、懇談会に残ったために、
何度も何度も同じ人が役員を引き受けなければならない。
役員決めがあるから、懇談会欠席者が多い、といったような悲惨なる事態を
少しでも避けることができるのではないでしょうか。


事実、♪がらがらどんさんのクラスでは、役員さんが早々と決定。
他のクラスでも参観の後、懇談会に残る保護者数が格段に増えられたそうです。


この名簿が、プライバシー云々にひっかかることはないと思います。
もう、ここまでの各人の役員記録は入力されていますから、
あとは事務的処理、今後の管理のみ。

新学年になってクラス発表後の編纂がちょっとドタバタしますけれど、
システム化しておけば、大丈夫ですよね☆


お疲れさまでした!
そして、見事なるご成果、おめでとうございます!!!


        ※ '06/05/06
              古い日記ですが、ojamaikoさんの『PTAを改革しよう!』 にトラックバックさせていただきました。
              内容の訂正は行っておりません。




[ 2005/04/16 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(25)

肉まん(中華まん)レシピ



tiara_pittさんのリクエストにお応えして(笑)。

私の肉まんのレシピ……広島では肉まん、とか豚まんって言うのですが、
           中華まん、っていうのが標準なのかな?

私は楽なので、HBを使用します。
HBを使わない中華まんの美味しそうなレシピは、
いつもお出で下さる、こままさんのページで発見しました。
PTAでの調理教室、楽しそうですね^^。

【HB使用タイプ】

(12個分) ●強力粉 260g ●薄力粉 140g
      ●ラード 15g(←レシピ。私はこんなに入れません)
      ●砂糖  HB付属の大スプーン3 (約36g)
      ●塩    同   中スプーン1 (約7g)
      ●BP   同   小スプーン1 (約1g)
      ●水   240ml
      ●ドライイースト HB付属中スプーン1(約4g)
      
 1)生地用のものを合わせ、HBで生地づくり。
 2)生地ができたら、約60gずつ位に分割して丸め、
   布巾をかけて10分~20分休ませる。
 3)ボールに肉あんの材料を入れて、よく練る。
 4)生地を直径約10cm位に伸ばして、肉あんを等分して載せる。
 5)周囲を絞るようにして包み、5cm角位に切った硫酸紙に載せる。
 6)中華まんを並べて、30~35°Cで20~30分醗酵させる。
 7)蒸し器に並べて強火で20分。
 

肉あんはお好みで~~。
豚ミンチは、脂がとても多いことがあるので、
私はしゃぶしゃぶ用の薄切り肉を刻んで使うことが多いです。
どちらにしても生姜は不可欠。 刻み葱をたっぷり入れます。
ゴマ油を隠し味に。 胡椒を入れるのも好き。

【HBでないタイプ】(こままさんがオットコまえの副校長先生と作られました)
           皮をつくるときに、練り過ぎないのが絶対のポイントです。
(5個分(たぶん))
      ●薄力粉 200g ●BP 6g ●砂糖 大1 ●塩 小1/4

 1)粉類を全て合わせてふるっておく。
 2)ふるった粉に水130cc~150ccを入れて手早く混ぜる。
    ※あまり捏ね過ぎないよう手早くするとふっくら仕上がる。
 3)あんを作り5等分にする。
 4)手に粉をつけ、生地を5個分に分け、丸く伸ばしていく。
 5)中身を真ん中において、まわりをつまみあげるようにして包む。
 6)5cm角に切ったアルミホイルを1つ1つ、中華まんの下に敷き、
   十分に蒸気のあがった蒸し器に並べる。
 7)上に濡れ布巾をかけてふたをし、強火で20分蒸す。
   竹串を刺して、生の生地がつかないようなら出来上がり☆☆
   

でした☆☆

こままさぁん、レシピ拝借、申し訳ありません!

ご自宅に蒸し器がなくても、ステンの落し蓋、お持ちではないですか?
深い鍋に小皿を入れ、その上に落し蓋を載せたら
蒸し器の代わりになっちゃいますよ~。
ステンのザル、水切りでも大丈夫です^^☆☆


 # 明朝は資源ゴミ回収の日。
   新聞のところにミシンがかくれんぼしてました!(嬉)





たけのこシーズン到来!!




むぅ。


や~~~~っと、昨日の分にお返事書けたと思ったら、
もうすぐ、日が変わってしまうよ~~ん(泣)。

まだ今日の分に全然お返事書けてないのに。。。


意外に完璧主義者?強迫神経症気味なところのある私には、
この楽天ブログの【基本情報】ページの右下。

「 日記記入日率 」というのが、なんだかとても怖い。

いつもまっ赤な 完全「100%」でないと、イケない、ような気がして。

緑の部分が見えてくると、もうドキドキドキ。
気になって気になって仕方がない。
緑の部分が追っかけて来るような気がしてくる。


……一度、休んでしまったら楽になれるかなぁ。




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初物「たけのこ」を山ほどいただきました~~~。

私は歯ごたえのあるものが大好きで、たけのこも好き。



早速、精米して糠をたっぷり、皮ごと茹でました。


本日は、たけのこごはん、たけのこの天ぷら。

たけのこと油揚げと高野豆腐の煮付け(彩りに、人参を桜に切りました☆)

ワカメとたけのこのお吸い物、たけのこの木の芽和え。 

筍尽くし~~~☆☆☆



明日は、たけのこたっぷりの肉まん、作っちゃいましょう^^。

あと、ベーコンと炒めようかな。。。。


、、、、って、今は嬉しいのですが、
お土地柄、これから毎日のように、たけのこをあちらこちらから戴きます。
これが毎日毎日続くと、段々哀しくなって来ます。
贅沢なのはわかってますが、2週間も続くと、哀しいです。

アレルギーがあるので、かゆかゆも出てきます。

でも、今日は嬉しい☆☆






配偶者が教職員だとPTA役員にはなれないのか?




まだ昨日のお返事が滞っておりますです。
ひとつひとつ懸命に書いておりますので、もう暫くお時間下さいませ。


とりあえず、昨日の♪がらがらどんさんからいただいた疑問に関して、
覚書のようにアップしておきます。

皆さんのところのケースをお教えいただければ幸いです。

どんどんケーススタディして、経験値が増えていくといいな☆☆
          (って、もう引退なんだってば>ぢぶん)


以下、♪がらがらどんさんのコメントより抜粋

> 不思議なのはウチの学校で本部役員をお願いする際
> 「ウチは主人が学校の教師なので出来ません。」と断られる方が
> いらっしゃるんだけど、これってどうなんでしょうか?
> ご主人が先生だと学校の本部をやってはいけないという
> きまりがあるのでしょうか?


配偶者が教職員であるために、PTA活動に参加できない、と
拒否されたことは、幸か不幸か私にはありません。

で、私が色々とお聞きしているケースでの理由を集約すれば、こんなところです。

● 教職員が保護者と(個人的な)交流を深めることは好ましくない。

  ・ 教職員と保護者との癒着が懸念される。
  ・ 学校の守秘義務(!?)が流出しやすい。


これが、他校の教職員だった場合はどうなのか。
自分ではなく、配偶者が教職員の場合も同様なのか、は定かでないです。

で、どの学校も、そんな明文化されたような規定はないと思います。
私学や都道府県で独自の規定をもつ教職員組合、
あるいは、教頭・校長クラスでは、あるのかもしれませんが、
私自身は、表立って聞いたことはないです。

んで、私はどちらに関しても「ナンセンスだぁ」と感じてます。
そんなにひとりひとりを信じてないのか、
いまどき、教職員ってそこまで【聖職】【聖域】であることを求めてるの?
教職員だって、自分の子どもの前ではひとりの親であり、
PTAのなかでは、同じ保護者ぢゃ~~ん?
などなど、いろんな想いを持っております。


で、うちの町の場合。

小学校の先生が、町P連の小中学校対抗のバレーボール大会で、
ご自分のお子さんのPの選手として参加されたり、
逆に、ご自身の職場のTの選手として参加されたりしています。


その都度、
「え~~っ!先生~~~、それって、うちらへの裏切りぢゃん」みたいな会話が
あちらこちらで大声でなされますが、
そういった先生は引っ張りダコの人気者先生なので、みんな笑顔です。
「くそぉ、ワイロが足りんかったかぁ(笑)。
 来年はリキ入れて、こっちへ引っ張るゾ~~」なんて。


こういう一種豪放磊落っぽいところは、
年に2回、町内の小中学校の皆で一緒に汗を流して楽しむバレーボール大会で、
いつもの?気心知れたメンバーが大半であるから、かもしれませんが、
広島市では見られなかった光景で、私は大好きで、嬉しくなっちゃいます。


ふにふに。。さんのコメントでは、
ご自身が先生であられることから、
「学校の運営にあまり関わってはマズイだろう」
バレーの試合でも「勤務校の保護者相手に休業中の私が出ていいのかなあ」
ご自身と同様に「市内の教員と言うことを気にするかたがいたのでは・・」と
再三再四コメントされていることから、かなり自縛されておられるとお見受けします。

教職員組合でそんなような規定があるのか、
あるいはそういった地域性?なのかなぁ、、、と感じさせていただいております。


親しくなった先生方が、ご自身のお子さんのPTAに参加できないことを
淋しく想われている話には、何度も胸が痛みました。
「そんな時間がなくてね。家へは帰って寝るだけよぉ」
「1度でいい、参観日に行ってみたいなぁ」  ……(涙)。


皆さんのところは如何ですか?





[ 2005/04/13 23:36 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(24)

本部役員は、乳幼児が居ると無理?




あ~さんままさんは、中学校の先生です。
現在、育児休暇中で、
1歳になられたばかりのお嬢さん(3人目のお子さん)がいらっしゃいます。

「教師である自分も保護者であり、
 育児休暇中を利用して、是非、PTA役員をやってみよう」と思われ、
先日、私のページに、入学式後のクラス懇談会にて、PTAクラス役員に立候補。
その後、本部役員にもなられたとのご報告をいただきました。


私は、とても嬉しく、有難く。

うちの中学では、誰も私のバトンを受け継いで下さらなかったのに、
同じ想いで、同じ志で、
行き場のなかった私のバトンを拾おう、走ろう、として下さった方が、
ここにいらっしゃった!!!と、

コメントいただいた真夜中に、私は思わず号泣してしまったのですが……。



本日の私のBBSで、愕然と致しました。


あ~さんままさんの学校の現本部役員さんからの電話。

「 10月に行われる市内の小中学校の職員とPTA本部役員の親睦を図る
  ビーチバレーボール大会。
  その練習が2学期までは週1回。 2学期からは、毎日となるため、
  1歳のお子さんを抱えたあ~さんままさんには無理だろうから、
  本部役員は、他のひとにやって貰ったら?? 」 との由。



(以下、あ~さんままさんのコメントから抜粋)

> 電話の調子が私のことを気遣うという中に「あんたにゃ無理よ。」のニュアンスが
> 含まれている気がして。(ひがみか?)(ありがたい気遣いとは受け取れないのか、自分)
> 1学年の役員は私を含めて6人。来週の学級懇談会のあとにまた話し合わねばなりません。
> 一度引き受けたことを撤回し、またもや顔色を探り合う時間を
> 作らなければならないことに、悲しい気持ちです。
> 学校のために、子どものために、育児休暇中位はPTAで頑張ってみようと
> 思ったのに、本当に残念です。
> 本部役員になるためのまるで踏み絵のようで、どうにかならないものかと
>(親睦を深めるのに、ナニもそこまで、と思ってはいけないのだろうか?)
> 考え込んでいます。
> PTA総会の準備でも行事へのお手伝いでも廃品回収でもバザーでも
> できることならいろいろやらせていただくつもりだったのに。
> PTA本部は、小さい子どもがいるとできないものなのですか?
> 同居していないとやれないものなのですか?
> (大変な仕事だというのは分かっていますが)



これって、これって、これって~~~~~ぇぇええ!!!(激怒)


そのビーチバレーボール大会って、何なのですか?

本部役員に、自ら立候補して下さるような志溢れる御方を、
「練習が無理だろうから」切らなければならないくらいの
絶対クリアしなくてはならない行事なんですか?

バレーをしなくちゃ、
市内の教職員と本部役員は親睦を図ることができないんですか?

応援ではダメなのですか?
タオルやドリンクの準備、何だってお手伝いすることはあります。


 こ の 小 学 校 に は 、

 他 に 行 事 は な い ん で す か ?


はぁぁあ~~~~!! 信じられない!!!!



***********************************



あ~さんままさん、確かに本部役員は時間を取られること多いです。
でもそれは、本部内の役割分担で、なんとかクリアしていけるもののはずです。

私などは不器用でしたから、転居したことも大きいのですが、
この10年で、フルタイムが、フレックスに、
フレックスが、在宅になってしまいました。

在宅でも業務に支障ないよう、システムを整備し、
イントラネットを完備してくれ、
自宅を会社の本部別室として手続きをしてくれた会社には、最大限の感謝!

その後、夫の両親の介護問題も重なり、
在宅システムのお蔭で職を失わずに済んだ私などは
本当に恵まれている方だと思います。


フルタイムのおかあさん方が増えて来ましたから、
PTAの会議は夜行われることが多く、
小さなお子さんがいらっしゃる場合は、
お風呂や就寝時間と重なって、お辛い場合が出てきます。
その度にご夫君が早く帰宅される、というのもなかなかできないし、
置いて出て来られるのも心配だし、
連れて来られても、乳幼児さんには、決して楽しいことではなく、
ぐずったりされるのが当然です。

副会長だった私の場合、ハードなときは、連続して10日間、
毎日毎晩学校に通い、深夜まで缶詰状態だったこともありました。
郡の代表になってしまった年には、2ヶ月に1度は、丸1日かけて
県内のあちらこちらに研修や会議に飛びまわることもあったり、
宿泊しなくてはならない行事もありました。

中学では、全ての行事に企画段階から参加するため、
在宅の日の方が短かったのではないか、という感じ。
正直、「命捧げた」って感じです。

でも、これらのことも、PTAによって違うと思いますし、
このご時世、こんな形で、皆が引き受け、長く続けていけるハズがありません。


どう考えても、
新参者(本部にとって)のあ~さんままさんへの牽制、としか取れません。
あ~さんままさんの人となりが、よくわからないため、
まず1年は様子見をしたいのではないか、と。

でも、1年生の6名の役員さんで再度話し合われる、ということは、
あ~さんままさんのところでは、
毎年、1年の役員から本部役員を出しているようですね?
学年代表、ということで本部役員となるのでしょうか。



、、、。

あ~さんままさん、ヘコまないでください!

もしかしたら、就学前の小さなお子さまのいらっしゃる方は、
(本部)役員免除、という不文律があるのかも知れません。

「1歳児を抱えて本部役員をした」という剛の者が輩出されると、
次年度の保護者さんたちがお辛くなられるのかも……。

どうぞ、ヘコまないで☆☆
役員そのものを辞退される訳ではないのですから、
きっと、おできになる仕事はたくさんありますですよ!

何より、あ~さんままさんに代わって。
本部役員となられる方をどうぞサポートしてあげて下さい。
蔭で支え、助けて下さる方は、本当に有難く心励まされます。
そんなあ~さんままさんのお姿が特別なものでなく、
皆さんのなかでフツーの形、となっていったら、
これほど素敵なことはないなぁって思います☆☆

1年生だと、PTCや遠足等々、クラス役員としての仕事も多いと思います。
クラス連絡網を作ったりするのも役員さんなのかな。


ふぁいと、ふぁいと~~!!





[ 2005/04/12 16:13 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(27)

市議選




K市と合併になったため町議会は閉会となり、
新たに、17日の市議選に挑む元・町議会議員7名が2つの椅子を争う。

うち1つは、誰がどう見ても、このひとしかおるまい、と思わせる
日々努力、誠意の塊である(らしい)40代の男性が決めることは確実。

残り1つを6名が争うのだから、そりゃ町は大騒動ですとも。

怪文書は出まわり、○旗宣伝カーはがなりたて、
何気に右翼の装甲車もタクシーのように町内を流してたりして。

我が家の電話も鳴りっぱなし。
玄関チャイムも鳴りっぱなし。


毎晩開かれる各候補者の説明会や講演会では、
人数集め、陣中見舞、他陣営視察、、、大変そうである。


私自身に地縁血縁がなくて良かった!! と心から思う。


小P副会長の時分より、老朽化した体育館の建替要求や
安芸灘地震で一部崩壊した体育館の処理、改築を通じて。
また、道路建設にともなう我が家の立退き勧告に関して。
随分と町議会にも出席し、随分と意見を闘わせ、
その仕事ぶりをしっかりと観せて貰ってきた。

……。

今回の7名の立候補には、心底驚き、ひっくり返った。
あり得な~~い!
このひとたちは、自分の力量を、ホントに識らないのだろうか。
どのツラ下げて、
このうえ市議会にまで立候補しようなどと考えられるのか?


誰が選ばれ、誰が選ばれず、結果、何がどうなっていくのか。


私は、しっかり観る。
しっかり観て行く。






[ 2005/04/11 23:10 ] 徒然草 | TB(0) | CM(8)

お見舞いに行きました。




愛してやまない桜、満開!


義父と義母を連れ、前々から約束していたご近所の方をお見舞いに行く。


まず1軒目は、夫の実家のお向かいさん。
場所は、呉市の総合病院。 車で1時間弱。
2度ほど、義父のトイレ休憩が必要だった。

50代になられたばかりの、まだ現役バリバリのご主人だが、
持病の糖尿病を騙し騙し、仕事をされていたところ、
突然目が見えなくなり、全身に合併症併発、即入院。
腎臓もボロボロで、一生、透析が必要との由。

奥様は、フルタイムの看護婦さんでいらっしゃり、
「自分がついていながら、とても不本意だ」と泣いておられた。

義父はその隣でうつらうつらしている。。。。大丈夫だろうか。



2軒目は、東広島市の県立リハビリテーションセンター。
夫の実家の3軒隣の独り暮しの70台後半のご婦人。
4度、義父のトイレ休憩に停まる。

長年の農作業で股関節を傷められ、このほど人工関節を入れられた。
お子さんがいらっしゃらず、義兄たちや夫は、とても可愛がられて来た由。

「何かあったときには、りうりうさん、よろしくお願いね。
 あなたを本当に頼りにしとるんじゃけん」と手を合わせて、泣かれる。
 
顔が強張る。 無理して笑顔をつくり、

「おばさん、そんな弱気なこと言わんと、リハビリ頑張って、
 はよう帰って来て下さいね。 義母が淋しがってますから」
 
としか言えない。



2年前、義母は難病指定のギラン・バレー症候群に罹患し、四股が完全麻痺した。
私が膝を手術し、退院しようとしていた朝だった。
義父はアルツハイマーを病み、現実と夢の間を行ったり来たりしている。

二人を抱え、途方に暮れる毎日だったが、
長い長い1年半を経過して、ようよう奇跡的に義母が回復し、
義父も小康状態を維持している。


でも、今のこのひとときがそんなに長く続きはしないことは解っている。

だから、今、この一瞬一瞬が大事だし、
できるときにできるだけのことを精一杯、目一杯、
悔いの残らぬよう、やり尽くしてしまいたい。



当たり前のように過ごして来た、この日常は、
なんと脆い地盤のうえに立っていたことだろう。
2年前、晴天の霹靂とはこのことだ、と思った。

転居してきた以上、いずれは、、、と覚悟はしていたつもりであったが、
漠然と、ゆっくり、ゆったり、
夫の両親と共に歳を重ねていくのだろう、と思っていた。

「覚悟」が聞いてあきれる。
突然始まった義父と義母を介護する生活は、毎日が地獄だった。
なんと甘い考えだったことだろう。


  ********



久々にゆっくり、夫の両親と3人で一日を過ごし、
義母のなかに溜まっていた、たくさんの義父への愚痴、不満を吸い取る。

義母の心のケアはとても大事なことだから、
毎日毎日、出かけて行っては話を聞くようにはしているが、
ここ2週間というもの、ドタバタしていたため、夫の両親は後回しだった。
電話だけで済ませていた。


車を停め、零れ落ちんばかりの桜を見上げながら、

今、ここに、義父が、義母が、生きて在ることへ感謝しつつ、
またすぐ近くへ、迫り来ている介護生活へ向け、
今のうちにめいっぱいパワー充電をしておこうと思う。
めいっぱい、頑張れる気力を貯め込んでおこうと思う。

少年たちの受験まで、義父はなんとかもってくれた。
壊れつつも、なんとか頑張ってくれた。


有難う、お義父さん。  有難う、お義母さん。


今度は、また、私が頑張る番。





[ 2005/04/10 23:09 ] 行きました^^*☆ | TB(0) | CM(14)

仁くん、バスケット部入部☆




昨日は、高校入学式より3日目。
クラブ紹介があり、下の少年は、早速、念願のバスケットクラブに入部した。
今日は土曜日でも、午前中にクラブがある、と嬉しそうに登校した。


だが、帰宅するなり2階に掛け上がって閉じこもる。
夜になっても降りて来ないので、花粉対策の甜茶を持って、部屋をノックする。

下の少年は、疲れ切った顔で爆睡していた。


男子バスケ部は、今のところ、新入生は経験者ばかりの8名が入部したそうである。
内、中学校の試合で(彼が一方的に)よく顔を知っている、
地元中学の強豪2チームから4名。
下の少年は、受験のときから彼らを見つけ、マークしていたそうである。


で、この4名は、既に春休み中からバスケ部の練習に参加していたらしく、
アップ順序も練習順序も知り尽くしているようで、常にリード。

彼らたちは、クラブ後の後片付けも率先してやり、
「僕もするよ? 代わろう?」と申し出たところ、
「ええよ。 君ら、遠いんじゃけん、先に帰りんさい」と譲らない。

確かに下の少年を含めた4名は、電車通学。
電車を1本逃すと、次は1時間後になったりする。

「有難いけど、何かヘン。 何か哀しい」と、下の少年は言う。

彼らは先輩たちとも打ち解けて、ふざけあってもいて、
下の少年を含めた4名は、とても疎外感を覚えたそうである。

「 ま~だまだ。 始まったばかりだよ。 これからこれから! 」

と元気付けたが、今一つ元気無し。


下の少年の中学時代のバスケ部は、県体で優勝できるチーム。
県代表で中国大会へ行けるチーム。
オール関西のメンバーに3名も4名もチームメイトが選ばれるようなチームで、
中学校からバスケを始めた彼はひたすら補欠だった。
補欠にすら入れないこともあった3年間、歯を食いしばって頑張って来た。

強いチームに所属していたからこそ味わう想い。
味わえた勝利の喜び、栄光。

でも、彼自身のゲームセンスが磨かれることはなく。
彼が出して貰えた試合は、いつも
100点差がついているような「消化」試合だった。

強豪ではなくても、県体出場を狙えるそこそこの高校クラブで、
今度こそ、自分自身が花咲きたい、と夢見ていたため、
ここへ来ての初っ端からの出遅れは、かなりのショックであったらしい。

そして、下の少年が受験のときからマークしていた4名の少年たちは、
当然の如く、補欠だった下の少年の名前も顔も知らなかったのである。


「 まだまだ。 スタートラインにも立ってないんよ。
  強いチームにおって、スター選手のいつも蔭におって。
  高校で今度こそ、と、想うとるのは、仁だけじゃない。
  想いだけでは、花は咲かんよ 」


としか、言えない。


明日から1泊2日の高校の学習合宿。

頑張って頑張って入学してきたひとたちのなかで。

また、ひとまわり大きくなって帰ってくれるかな。



仁くん、ふぁいと~~!






究極の 「 シャツ出し 」 対策




昨日は、随分と悩んだが、結局、上の少年の入学式を諦め、
下の少年の中学校の入学式に 三役として出席した。


受付を少しお手伝いしていたときに、
旧3年生の担任をしていた先生から、
下の少年の高校入学へのお祝いの言葉をいただいた後、
笑いをかみ殺したお顔で、以下の話を伺った。



「 りうりうさん、昨日は、高校の入学式が終わったその足で、
  何人か、新しい制服を見せに来てくれたんですけどね、
  
  ○高に 入学した子たち3人が、
  『 先生、このヒドいの、見てや~~! 』
  『 ほぉよ! 先生! ヤっとれんわぁ 』 と
  一斉にブレザーを脱いで見せてくれたんですよぉ 」



その高校は、私立男子校である。

「 シャツ出し 」 をどんなに禁止しても、一向に皆やめないため、
業を煮やした学校側が、今春より強行手段に出たらしい。


3人が並んで後ろを向き、先生に向かって、
一斉に シャツ出しをして見せてくれたのは。


ブレザーから顔を出す シャツの 「 しっぽ 」 の部分に、でかでかと黒く


『 ○高の生徒は シャツ出しを しません 』


と  印刷 されていたのだそうである。



……爆笑した。 ホントに久々の超大爆笑で 涙まで出た。


あぁ、一目でいいからこの目で見たいっっ!!!



女子生徒のスカート丈規制のため、
標準丈の裾の折り返し部分や、ウエスト折り返し部分に校章がプリントされ、
服装検査で校章の有無をチェックされる高校が増えてきた、
という話を耳にしてはいたが、
この「 シャツ出ししない宣言 」プリント は、初耳である。

何かのネタではないか、と疑いたくなってくる。




制服の是非そのものについて。
身だしなみ、服装検査について。

またおいおいに、テーマとして取り上げていき、
皆さんのご意見を是非お伺いしてみたいと思っていたが、
まずは、この宣言プリントのカッターシャツ。

可愛いというか、情けないというか、
ここまでされちゃ、シャツ出しできんわな、と、

あまりに可笑しかったので、中学入学式を差し置いて、
昨日の私のハイライトとなった。


ペン爆




ジャンル : 学校・教育
テーマ : 高校生活

タグ : 制服 シャツ出し シャツ出し対策 服装規定 高校制服

[ 2005/04/08 18:42 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(22)

続 ・ 雑巾物語。



実は、私はタオルフェチなのである。
色・柄を吟味して買いたいタイプ。
家では、お気に入りのものしか、使いたくないという我侭。

だもんで、PTAバザーやネット友達の間でのタオルバザーなどでは、
もう、わくわくショッピング状態☆

で、内祝等のいただきもので、気に入らなかったもの(失礼)は、
一応、お贈り下さった御方の名前とタオルの種類、柄などをメモした後、
バザーに放出する( ごめんなさい )。


だから、いつもお気に入りのタオルたちに囲まれて生活をし、
段々と古くなって来たら、惜しみつつ、学校の雑巾用にストックする。
昨日、雑巾について 情けない状態を記したけれど
時間があるときは、溜まってるビデオを見ながら雑巾の作り置きをし、
香りのいい石鹸と一緒に仕舞っておくのが常だった。

そうやって、やっと古くなったタオルにさようならをし、
大量のストックのなかから、どれにしようかな、とわくわくしつつ、
新しくおろすタオルを選ぶひとときは、私の至福のとき――


だもんで、今回、上の少年にたくさんタオルを送るときも楽しかった。
少年用に1枚1枚選んで。
1度、水を通してから送ったので、
おニュー(死語?)の綺麗なタオルばかりを洗って干す作業も倖せだった。


で、PTA厚生部のバザー用の雑巾も、
三役として、いつも縫って協力提出してたので、
粗品や広告入りのタオルは、新しいまま、それ用にストックしていた。

んじゃぁ、家の雑巾は??


……私の家の雑巾は、夫や少年たちの肌着やTシャツ(汗)。
もちろん、切ることはあっても、縫いません(大汗)。
で、薄汚れてしまったトレーナーなど、ネット友達にお譲りできないようなものは、
15cm角くらいに切って、海苔缶やティッシュの空き箱などに詰め込んでおいて、
お皿の油ふきや汚れ落とし、レンジ周りを拭いて捨てている。

台ふきには、布巾の古くなったものを縫い合わせて作っている。

時間は、確かに惜しいときもある。
んでも、雑巾は雑巾で、洗いざらしのタオルから作るもの、という観念が
私に沁みついており、私の感覚として、作らねば落ちつかないのだ。

んだから、時間があるとき、その気になったとき、できるだけ作り置きをしておく。


バスタオルは、3等分に折って、折った片側のみを「わ」にして縫っておく。
これがバスマットそのものになるし、流し台の足元で重宝する。
毎日、洗濯物と一緒に洗濯すれば苦にならないし、いつも綺麗。
「わ」にしているため、干すときも竿に通すだけで済む。








本日午後より、高校入学式後、保護者のみでPTA入会式があった。

どんな入会式なのか、わくわくしたが、
PTA会長の自己紹介と、どんなPTAでありたいか、という会長の想い。
そして、三役、執行部の紹介で、あっさりと終わった。


その後、学年主任と生徒指導部からの諸注意があって、子どもたちのHRへと移動。


子どもたちは、たくさんの書類を提出中だった。
先生が、1枚の書類毎に、確認ポイントを皆に伝え、
机の間を縫って、1人1人から確認しながら回収して歩いておられた。

これを何回も。 書類毎に。

なんという時間の無駄! と 感じたが、
1人あたり、10数枚の書類を一斉に集めて、後から、あの子のあれがない、
この子のこれがない、ここに印鑑がない、保護者のサイン漏れがある…etc.を
確認する方が大変なんだろう、、、と見るともなく眺めていた。

ん??

皆の机のなかから、雑巾が覗いている。

そうか、雑巾もこうやって、集められるんだ。

んんん? 皆、白のようだ。 そして、どうも皆、真新しいタオルのような…。

え"~~~?? 雑巾について、但し書きは確かについていなかった。
いいんよね? 新しくなくても? いいんよね? 白くなくても??


そして、遂に。


「 では、雑巾を3枚出してください 」



ひぇえええ。


うちの下の少年の出席番号は2番。

1番の少年の雑巾は真っ白。 手作りかどうかは遠目ではわからない。

そして2番。

下の少年のタオルは、白、水色と白のストライプ、そしてブルーの3色。
どう見ても手作りで、どう見ても古いタオル。


で、ちょっと保護者間がどよめいた。

脇がきゅぅうっと固くなる。

「 なんで? 」 「 いけなかったのか? 」 ドキドキドキ。




次々集められていく雑巾。 白、白、白、白……。

形も大きさも、殆どが全く同じ。 白、白、白、…青!!!


また、保護者がどよめく。

今度は、同じ中学出身らしい隣のひとたちの会話が耳に入る。

「 ねぇ、手作り、ちゃんとした? 」

「 する訳ないじゃん、めんどいのに 」

「 今時、手作りするひと、おるんじゃねぇ 」

「 ほぉじゃね。 ま、時間があるひとなんじゃろうねぇ 」




う"~ん。 とりあえずは、批判された訳ではなかった、かな?



で、思い知りました。


この頑固な私でさえ「もしかして、いけないの?」とドキドキした。
「もしかして、ここで暴れないといけないの?」と情けなかった。

下の少年が、いつも嫌だったのは、この雰囲気だったんだなって。

結局、色柄雑巾は、うちの少年と、もうひとりの少年だけだった。
小学校でも、中学校でも、こんな感じだったのなら、
色柄ものの雑巾が使われる度、誰が持って来た雑巾かも特定されて、
嫌だったことだろう。


手作り雑巾で、こんなに肩身が狭いだなんて、なんだかなぁ、、と思いつつ、
次から、学校へ持って行かせるのは、できるだけ白にしよう、と思ったのである。

んだけど、もう、高校生なんだから、
こんなことでイジメられはしないだろう、とも思いつつ。
 (↑ まだ、古いタオル、手作り、というのはやめないらしい(笑))





            追記 ) 2007/01/10、ごりえさんち へトラックバックさせていただきました。

                 本文には、Last updated 2005/04/07 01:34:58 AM 以降、
                 手を加えておりません。



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仁くん、入学式。




今日は、仁くんの高校入学式だった。

ブレザーに金ボタン、
イニシャル入りの白Yシャツにグレーのネクタイ。
グレー基調のタータンチェックのパンツ。


申し訳ないけど、どうみても【 七・五・三 】である。

右から見ても、左から見ても、後ろから見ても。
ウッドストックがネクタイしめてるようにしか見えない。
とにかく、可~愛い☆のである。


これにV字のライン入りニットベスト、V字のライン入りニットセーター。
    (↑ 各3色のなかから好きな色が選べる)
冬はコート2種。
夏は、イニシャル入りの開襟半袖。 サマースラックス。

体操服は、ジャージ上下、白長袖、白半袖、スパッツ、そして柔道着。

靴とカバンは自由とはいえ、かなりの物入りでございます。


私的には、やっぱり学ランが好きだなぁ。
何故って、私の青春時代を彩ってくれたイイ男さんたちは、
み~んな学ランだったもの。。。????

上の少年も学ランがとても似合って、嬉しかった。

仁くんも、このニュートラ(死語?)制服が、
しっくり馴染む日、やって来るのかな。


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12:20 クラス分け発表、諸費納入受付開始

13:30 新入生集合 保護者体育館へ

14:00 式開始

14:30 PTA入会式

14:45 LHR

15:40 体操服他、注文品受取


12時前に出発し、帰宅したら5時だった。 ぐったり。
式までの待ち時間が長かったので、
その間に体操服などを受け取れたら嬉しかったかも。

非常に淡々とした式で、感動、感慨、うるうるは無し。



明日は、中学校の入学式。
明後日は、離任式。 ちょっと痩せてくれると嬉しい。


※ なんとね、来賓は、県教委の教育長だった。
  な、なんで??

  勿論私は、おとなぁしく傾聴しておりました。

  『 夢は想うだけでは近付いて来ない。
    夢に、自分が努力して近付いて行こう 』といったご祝辞でした。


  その後の来賓祝辞が、ゆとり教育批判だったので、
  ちょっとニヤニヤしつつ、聞いてしまいました。




雑巾物語。



子どもたちが掃除をするのだから、当然といえば当然なのだが、
高校でも、雑巾提出がある。


下の少年は、早速6日の入学式で、クラス担任に3枚提出とのことだったが、
「まぁ、前夜にでも、パパっとやっちゃえばいいや」と思った私。

『を~~ぃ!! できることは今すぐせんか!!』と
突っ込む内心の声を無視し、毎日、ドタバタドタバタと過ごしていた。


やっと昨夜、雑巾を縫うためミシンを出そうとしたら、
ミシンがない!!!  ぅそ~~~ん!!

『 落ちつけ! 落ちつけ! ないハズがない!
  前、使ったのはいつ? 仕舞ったのは何処? 』
  
ない~~~~!!  

家のなかは、お引越し用の段ボールに詰めなかったものの残骸や、
処分のための上下2人の少年の教科書、参考書、小さくなった衣類が散乱。。。

う"~ん、このなかの何処かに埋もれているハズなのだが???

自分自身に愛想を尽かしながら、10数年ぶり?位に
手縫いで雑巾をつくるハメに。。。。(泣)。
使い古しのタオルでも重ねると厚いので、3枚はキツいよ~~~。
お蔭で溜まりまくってた録画分のあれこれを見ることはできたけど。






で、私は断固、雑巾は使い古しのタオルで作る。
ちっちゃな子どもの手でも絞りやすいハズだし、吸水もよく、乾きも早い。
それに、なんてったって【雑巾】なのである!


だが、1度、下の少年が苦情を申し立てて来た。


「おかあさん、みんな白い綺麗なタオルで提出しよるよ~~~。
 うちのは、いっつも使った奴で、模様あったり、色ついてたり。
 ダサいけん、持って行きとうないよ」

「はぁあ? 白じゃないといけんって、聞いとらんよ?」

「そりゃそうじゃけどぉ、みんな同じの持って行きよるしぃ、
 僕だけ違うん、嫌じゃぁ」

「みんな同じなのはね、みんなのおかあさんが忙しいけん、
 100円ショップのを買って、みんなに持たせとってんよ。
 おかあさんはね、それはしたくないの!」

「んでも、それは、おかあさんの勝手じゃん」

「何ですと~~ぉ?
 なんで雑巾にお金を遣ったり、新しいタオルをおろさにゃいけんのん?
 そんなに嫌なら、持って行かんでええよ。
 みんなと同じのが良かったら、自分のお小遣いで買って行きんさい。
 んでね、もし、学校が『雑巾は白で新しいタオルを』と決めたら、
 おかあさんは学校行って暴れたるけんね!」
 
「!!!」


以来、下の少年は、雑巾について不平を言わない。
が、私を論破できないだけで、どうも納得はしていないらしい。
雑巾を渡すときの、嫌~~な顔が如実に物語っている。



PTAのバザーでも、厚生部の役員さんによる手作り雑巾は飛ぶように売れる。
でも、そこでも、新しいタオルでないと売れない。
できるだけ、広告入りとか粗品で貰う、薄手のタオルで作ってあるのだが、
なかには、ブランドタオルまである。

で、2枚100円だもの。 売れない訳がない。

なんだかなぁ。って思ってしまう私は、セコい? シワい(方言)??



              追記 ) 2007/01/10、ごりえさんち へトラックバックさせていただきました。

                   本文には、Last updated 2005/04/06 10:28:40 AM 以降、
                   手を加えておりません。



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離任式打ち合わせ




中学校の入学式を明後日の7日、離任式を8日に控え、
先刻、新教頭先生に挨拶に伺い、入学式と離任式の打ち合わせをして来た。


校長先生は、昨年、県立高校の校長先生から赴任されたばかり。
意欲あられる先生で、昨年は、中学校とPTA、中学生そのものに
新鮮な驚きと感動をもって過ごされたようである。

だが、校長先生として無理もない?ことながら、
実務レベル一切は教頭先生に任せきりでおられたため、
PTAの事務局としての引継ぎの機能は期待できない。

新教頭先生も、全く違うご遠方の地区から来られたばかりで
とにもかくにも、パニくっておられた。


とりあえず、初顔合わせのご挨拶と入学式、離任式の打ち合わせをする。

入学式の挨拶は、「保護者代表」として、新会長さんにしていただくことにする。
離任式は、現三役で、とのことで、
前年度通り、現会長代理として私が壇上で挨拶を述べ、
金封をお渡ししていくことになった。


で、この度のPTA新三役。
新しく副会長になって下さった女性は、現執行部でお世話いただいた御方。
小学校Pの時代から、縁の下の力持ち的存在で、いつも支えて下さり、
随分と助けていただいて来た。
これまで、ご家庭の事情があられるため、
余り無理はお願いできなかったのだが、もう彼女の他におすがりする術なく、
毎晩、ご自宅に参上してはお頼みし、泣き、脅し?、、、、
ついに折れていただいたのである。
お渡しできるように作っておいた資料は、全てお渡しした。

この彼女以外は、全て新人さんメンバーとなる。
教頭先生まで新人さんで、たちまちのタイムテーブル作成から、
何かと不安に感じてしまうのは、いらんお世話か。


中学校からの帰り道、新会長さんのところへ伺い、
ご挨拶と入学式挨拶のお願いと、今後についての打ち合わせをした。


これまでの経緯、今年度クリアしなくてはならない諸々の課題の山。
お話しながら、切なくなる。
これだけのことを積載したまま、
道半ばで転勤により退かなくてはならなかった現会長の無念さ。
私たち執行部のふがいなさ。

課題の山の巨大さを識りつつ、
お引き受け下さった新会長さんの度量に感謝しつつ、
ゼロから。
みんなで協力しあって、つくりあげて行っていただければ、と
私自身の責任を棚上げしつつ、祈るばかりである。






[ 2005/04/05 15:07 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(8)

こころの百人一首



いつもおいで下さり、あたたかなコメントを下さる
bamukero3さんとこの息子さんが、百人一首の大会で優勝され、
メダルを持って帰られました☆☆☆
bamukero3さんにトラックバックさせていただきます☆☆


bamukero3さんらしく、たった一行。

>昨日息子が百人一首の大会で優勝してきました。

一行、ただそれだけを控えめに書いていらっしゃるんだけど、
その下に、輝く金メダルの写真が1枚。

bamukero3さんの嬉しいお顔。 誇らしそうなお顔。
息子さんのご努力、メダルをかけて貰ったときのこそばゆいような笑顔。
にっこりメダルを息子さんから受け取って眺めるbamukero3さん。。。
そんなような情景が、ぱぁぁって脳裏に広がって、にっこりしてしまいました。

いいな、いいな、金メダル。
ただ覚えるだけじゃ取れない、百人一首大会の金メダル。
頑張って覚えて、頑張って取って。
集中力、反射神経、1字1字を聴き取り、判断し。
覚えるにも、カルタ取りにも、きっとご家族のみなさんで
応援し、支えて来られたんでしょうね☆☆☆

おめでとう!! bamukero3さん☆☆☆


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百人一首で、私自身のことを思い起こす。

中学のとき、お弁当だった。

父が愛妻弁当でなくては、昼食を摂らないひとだったため、
母は毎日、心込めて、美味しくて彩り鮮やかなお弁当をつくっていた。
母は、私たちのおやつまで手作りするひとだったので、
今思えば、毎日毎日、大変だっただろうなぁっと感服している。

お蔭で私は、結婚するまで、母の美味しいお弁当に舌鼓を打っていた。
(さすがに大学以降は、「詰めるぐらい、自分で詰めなさい」と言われ、
 父のお弁当に詰めた残りを貰って、自分で詰めるだけ(笑))


小学校時代の給食が終わり、中学校でお弁当になり、
お弁当を包むナフキンを、母は手作りしてくれた。
墨が滲まない白い布を買い、大判バンダナサイズに裁断し、縁をかがって。

で、一枚一枚。
墨をすり、小筆で、模様のように、百人一首をびっしりと書き込んでくれた。

当時の私は、「ふぅん。 百人一首だぁ。。。」と思っただけ。
お弁当食べながら、見るともなく眺めてただけ。


日本古来の情景、情念。 技巧が散りばめられた三十一文字の小宇宙。

一首一首が常に私の傍らにあり、
自然に、慣れ親しんで欲しいという母の願いには、全く全く気付かなかった。


高校で、
冬休み中に百人一首の全暗記、お気に入りの三首を選び解釈、感想文提出。
という課題が出され、痛恨の一撃を食らった。

私は中学時代のお弁当の時間、何してた?
母の願い、想いを、何故に軽く受け流してしまった?

脳裏に広がる、幼少時代の自分。
桐の箱に入って、紫の紐で結んである母の百人一首はとても立派なものだった。
お姫さまがとても綺麗で憧れた。
せがんでは出してもらい、紐を解く母の手をわくわくしながら眺めていた。

母に詠んでもらい、自分も一緒に文字を辿り、
古文の言いまわしの不思議さ、優雅さを楽しんだ。

母は、百人一首を課題、としてではなく、
私に一首一首を味わって、楽しんで欲しかったのだった。



苦い想いを噛み締めつつ、課題に向きあうと、
自然に、一首一首がすらすらと記憶の底から滲み出てきた。
私は、幼少時代の自分と、見るともなく眺めてた母のお弁当包みのお蔭で、
無意識下でしっかり覚えていたのであった。



上の少年も、私の実家で高校時代の大半を過ごしたが、
百人一首の全暗記が課題に出された由。

せっせと百人一首を暗記していく孫を見ながら、
母は、あの頃を想い出してくれただろうか。


        ※ 母の手作り布団、無事、京都へ届きました。
          なんと、ちゃんと2組、ありました…。





ローマ法王ご逝去!




私は、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が大好きだった。(かなりミーハー的好意)
バチカンの奥深くに鎮座ましまして、
崇め奉られ、権威をいいように利用し、利用され、
上からものを言うひとでは決してなかったから。

歴代最多の在位中の外遊104回、訪問国は130ヶ国以上を数える。
『空飛ぶ聖座』とは、言いえて妙なるものだった。

私が学生だった時分の'78年10月に、264代法王に選出され、
当時も455年ぶりのイタリア人以外の法王であり、
初のポーランド人ということで、かなりニュースになった。

'81年2月に来日されたときには、私はずっとニュースで追っかけをした。
法王が特集された雑誌には、必ず目を通した。
5月にバチカンのサンピエトロ広場で、トルコ人に狙撃されたときには、
ずっと自己流のお祈りを捧げたものである。

旧ソ連や東欧の民主化を積極的にフォローし、
ギリシャ正教会やユダヤ教、キリスト教各派は勿論、
平和の尊さを基軸として、異宗教との和解に情熱を注いだ。
この御方が法王となられて、随分とバチカンが開かれたような気がした。

この御方の跡を継がれる方は大変である。
でも、どうぞヨハネ・パウロ二世の軌跡を受け継いでいただきたい、と願っている。



※ 1日、京都行きの新幹線のなかで、
  ヨハネ・パウロ二世の重篤がニュース速報で流れると、
  一家4人が揃って『をを!』と声を漏らし、ショックを受けた。

  私は上記のような理由で。

  そして我が家の3人男子は、愛読書『20世紀少年』(著/浦沢 直樹)のため。
  3人が互いに視線交わしては「ともだち」「ともだち、だ」などと
  おバカなことを言うので、とりあえず隣の夫に肘鉄を食らわせてやった。
  (私も『20世紀少年』、愛読してはおりますが。 浦沢直樹さん、好きなので)


   



[ 2005/04/03 11:42 ] 徒然草 | TB(0) | CM(6)


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