今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。
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出来杉くんを兄に持つ弟の悲哀 (1)


我が家には高3と中3の2人の受験生がおり、
皆で桜の花が二輪咲くのを待っている。

上の少年のたっくんは、幼い頃から出来杉くんだった。
少々熱血漢のきらいはあるが、親が何も言わなくても、自分で目標を定め、
真面目に地道にコツコツ努力を重ねるタイプ。

これまで彼について、心配したのは、
小学4年生で広島市から転居するにあたり、彼のその性格と丁寧な言葉遣いによって、
皆に解け込めず、イジメられるのではないか、ということだけだった。

下の少年の仁くんは、我侭で甘えん坊。 やんちゃで子どもらしい子どもである。
内弁慶で、外面はとても良く、笑顔がなんとも言えず愛らしいため、
老若男女を問わず、ひとさまからとても可愛がられる。
本人もそれを重々承知しているようで、ちゃっかりそれを利用して、
様々な恩恵を貪っているようである。

たっくんがとてもしっかりしたお兄ちゃんだったので、
私は、早くから仁くんをたっくんに任せ切り。
たっくん小学校1年、仁くん年少組からフルタイムに戻った。
仁くんにとって、一番身近な肉親とは、たっくんかもしれない。

兄弟につきものの喧嘩も彼らには全くなく、気まぐれで我侭放題の弟の要求に
涙を流しながら、たっくんは全てを譲るのである。
彼は1度も弟に手を出したことがない。

そんな優しい兄を、弟は、子どもらしい傲慢さから、少しナメていたようだ。

「兄ちゃん、大好き」と、たっくんの首に噛り付きながら、兄の
おやつを分けてもらう。
たっくんは、そんな仁くんが可愛くてたまらない。

みかねて、仁くんの不在時にたっくんにお菓子をあげると、
どうしても「半分こ」にして、仁くん用に取っておく。

仁にもお菓子をあげてみる。
兄のことまで思いが浮かばず、平気で全部平らげる。
「お兄ちゃんのは?」
「えっ?? でも、これ、僕のでしょ? 兄ちゃんのは別にあるんでしょ?」
「でもお兄ちゃんは、いつも仁くんに取っておいてくれるよね?」
「う"~~~~ん???」


一時が万事、これだった。 


そして。
たっくんが素晴らしい成績で中学校を卒業し、難関校の国立大学附属高校へと進学した。

兄と入れ替わりで入学した仁の担任の先生は、兄の担任の先生だった。
他、殆どの教科担任も兄が教えて貰った先生だった。

そして、仁は、兄の入っていたバスケット部に入部する。
2年生、3年生は、当然、兄の後輩である。

  ◆◆◆
 
家庭訪問で、開口一番に先生がおっしゃったこと。(私は、一生忘れない) 

先 生:「たっくんパート2が来る、というから、皆で緊張し、楽しみに待ってたのに、
   なんじゃ、こりゃ。でした」
   
 私 : 「!!??」 驚いて声も出ない私に、

先 生:「おかあさん、なんぼか、さえんことでしょうが、まぁ、仁くんがフツーですから。
     余り気にされんように。 たっくんは、ちょっと出来杉でしたからね」
   
 私 : 「!!!!!」

先 生:「まぁ、仁くんは、笑顔が良いですから。 あの笑顔で一生食べて行けますよ」

私 「……すみません。 今日はもう結構ですので、お帰りいただけますでしょうか?」


  ◆◆◆
 
兄弟姉妹で比べて育てる、ということは、ひとを育てていくうえで最も避けなければ
ならないやり方ではないだろうか??

つい、比べそうになってしまう親は、必死で踏みとどまり、
その子、その子をきちんと見ていこうと常に努力している。

しかし、学校で、先生がそういう目で観て、それを口に出す、ということはどういうこと?

私の方が「兄とあまりに違うのですが」と相談し、
それを受けての「余り気にされんように」なら、まだわかる。

が、私は 何 も 言 っ て な い。

私が、仁を「さえない」と思い、「気にしている」と何故に断定する?

  ◆◆◆
 
バスケット部で。
 たっくんは、卒業時 180cm。
 仁くんは、中学入学時 130cm。

2年3年の先輩たちが口を揃えて言う。
「はぁぁ? お前、ほんまに○○先輩の弟かぁ??」

同じ小学校出身の先輩が言う。
「仁はのぉ、頭も背も、兄ちゃんの絞りカスじゃけん」

  ◆◆◆
 
蒼い顔をした仁が帰宅して、2階に閉じこもる。
いつも煩いくらい私にまとわりついて、お喋りするのに。

おかしい。 何かあった?

2時間ほどして、2階から降りてくる。 普段と変わりない。
探りを入れてみたが、上手にとぼける。

私がバスケ部での出来事を知るのは半年後になる。
(イジメではないが、軽口として仁くんをこのように皆がからかうのは3年間続く)


                       (2)に続く…(続かんかも)


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下宿先、仮おさえ成功☆

我が家は、ずっと大学進学反対主義。
夫ともども、我が身を顧みての反省から、少年たちには、
自分の好きな道で、専門職としてのスキルを早くから身に付け、
社会で即戦力となれるようなスペシャリストになって欲しかった。

そのため、我が家の少年たちが大学への道を選ぶには、
2つの条件をクリアすることから始まる。

 ● 大学に行きたいという想いと根拠で父母を論破できること。
 ● 家の経済状況により、国公立大学への進学しか認めない。

そしてもうひとつ。
 ● 家から出るなら、地元の広島大学以上のレベルで学問できる大学であること。

たっくんは、中学時代、
「高校へ行くためでしかないような中学校の与えられた勉強は面白くない!」
「自分が興味をもてる方向へ、自分からどんどん深く学んでいけるような勉強がしたい」と、
「学問すること」に目覚め、大学進学を決意。

私たちの少しでも近くの公立高校へ、という願いも蹴り、
100分近くかかる、広島市の国立大附属高校へ進学した。

高校では、バスケットで県体出場を目指して3年間頑張り通し、
学校をあげてのメインイベントで、
夏休みの殆どが練習で返上となるために保護者から苦情が殺到する「運動会」では、
3年間を通じて1番ハードなマスチームに属し、命を捧げた(←本人の弁)。
熱い青春の涙をたくさん流し、生涯の友を何人もつくった。

成績は、3年間全科目オール5。
塾にはお金を出せない父母を尻目に、
塾の特待生システムを利用し、無料で受講する。
生意気にも「アンチ東大」を掲げ、この度、京大を目指した。

合格すれば、たっくんは京都のひととなる。
経済状況厳しい我が家では、
少年の下宿先を「何処だってど~~んと来い!」と鷹揚に構えるわけには行かない。
できれば、寮にして欲しい…。。。。

しかし彼は、「寮」や「共同風呂、共同トイレ」なところに
居住することは、どうしても勘弁して欲しい、という。
辛い時、いつも京都での生活を夢見て頑張って来た。
それは、寮ではなく、共同風呂や共同トイレの生活ではない、と。

私たちは、彼の受験生活に対し、
「自分の決めたことじゃろ?」と、積極的な応援はしなかった。

もし合格できたなら、彼の努力と執念で勝ち取った栄冠である。
思えば、彼には、何のいわゆる「教育費」を掛けてはいない。
彼の努力に応え、報いるためにも、彼の要望をのむことにした。

そうと決まれば、少しでも立地条件が良く、少しでも安い物件を、と
26日、夫になんとか休みを取って貰い、京都に行って貰う。

以下は夫の話より。

下見のお世話をして下さるという大学生協を訪ねると、3時間待ちの大行列。
「いや、まだ、今日は落ち着いてる方です。
 昨日は5時間待ちでしたから」

しょぇええええ! 考えることは皆さん同じ。
発表前に、物件下見と仮契約、なんて嗤われるのでは…と心配してたのに。
ひるみながら、順番待ちの名簿に名前を記入して、外に出ると
くぃくぃと袖をひく大学生が2人。

「僕たち、大学前の不動産屋さんのバイトです。
 生協と同条件での物件をたくさんご用意しています。
 如何ですか。 順調に決まっていっているので、今の時間だと20分待ちです」

もしかしたら、騙されるのかもしれない、と眉唾してみたけれど、
用意されたパンフレットはとても充実しており、
大学生協で配布されたものと、殆ど変わりがない。
周りを見れば、何組かのご夫婦が同じ方向に案内されている。

そして、決めました、おとうさん。
最初の疑念は一瞬で、事務所でフツーの不動産屋さんであることが判明し、
3件連れて歩いてもらって、2件目の物件に決定。

大学まで歩いて通え、電車の駅前近く。 商店街の傍。
築15年。 小規模の3階建アパートの3階。
1DK6帖洋室。 共役費込で42000円なり。 はぁぁ。

試験の終わったたっくんを連れてもう一度下見。
まだ、学生が住んでいらっしゃるため、中は見られない。
「う"~~~~~ん、、、妥当な線だよね」と、たっくん。

そりゃ、不満でしょう。
ピカピカの学生マンションの立ち並ぶ東広島市を、いつも見てきたもんね。
あなたの思い描く、憧れの学生生活には程遠いよね。
でも、これが私たちの精一杯です。

不動産屋さんからいただいたパンフのなかでも下ランク。
上には限りなく凄~いマンションやアパートがたくさんありました。
なかには、購入物件もたくさんあった。
4~6年の学生生活のためにマンションを購入され、
卒業時に売却されるんですと。 …はぁああ、びっくり。

ごめんね。 たっくん。
でも、おとうさんの学生生活は、間借りからスタートだった。
おかあさんは、自宅からどうしても出してもらえなかった。
時代が違うって? んでも、我が家ではこれがギリギリ。
ここから先は、どうか、自分で勝ち取って行ってください。
そのための応援は、(声だけかもしれないけど)一生懸命させてもらう。

この6帖の1DKは、あなたの人生の大きな大きなスタートです。

この3年間、「これだけ頑張ってダメだったら仕方ない、もう悔いはないよ」。
と、君は笑って言えるくらい、努力したね。
そういうあなたが、私たちの宝物だし、
そういうあなたには、その笑っていえた中身が宝物だと思う。

9日の発表を、心静かに、微笑んで、一緒に待ちましょうね。



[ 2005/02/27 18:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(6)

「"ヘナ"るの癒し」←(「はねるのトびら」のモジリ)…ダメかorn

昨日の日記で、負のエネルギー全開となってしまい、
非常に消耗してしまった。
夜中にゆっくりと入浴してリフレッシュしようと思い、
ヘナることに決める。

通算すれば40数年間。 身体の内外に投与され続けてた
ステロイドから離脱を図って1年半が経過した。
この間、まさにゾンビのような状態となり、地獄を見た。
未だに下半身の一部は、一進一退を繰り返している。

同時期に、界面活性剤を使用した石鹸やシャンプーとも縁を切り、
ヘアカラーもヘナにした。
ヘナにかぶれるひとも多いと聞いていたので、
最初はどうなるか心配だったが、結果オーライ!

思えば、身体中からリンパ液があふれて血膿状態だったときも、
私の顔だけは大丈夫だった。
『面の皮が厚い』とはこのこと?? (・_・)


ヘナの香りが苦手なの、とよく聞くけど、
抹茶と青畳を混ぜたような、この「草」の香りは
私は嫌いではない。
ただ、時間がかかるのが唯一の難点。
1時間も2時間もヘナる時間がどうしても取れないために、
私は入浴中にヘナることにしている。

いつもは1時間が待ちきれないのだけれど、
昨夜は文庫本を2冊持ち込み、2時間た~~っぷり。

いいお湯加減と、抹茶と青畳の香りと、お気に入りの本。

汗がふつふつと出てきて、タオルガードしてない顔に深緑の筋が(笑)。

鏡を見て大笑いし、すっかり癒されて、パワー充電。



今日で、国立二次も終わる。
闘い終えた上の少年を飛びきりの笑顔で迎えてあげられるかも。



[ 2005/02/26 12:49 ] 徒然草 | TB(0) | CM(2)

『 田舎 』 の変容考



昨日の 「 PTA役員諾否の地域温度差考 」 にて、
同じ広島県のジャスミン茶々さんからコメントをいただいたことから、
日頃からあれこれ考えていたことを書いてみた。


(以下抜粋)
>前に住んでいた自治会は、
>歴史が古いのでものすごい結束力でした。
>私の実家の部落もそうだけど。
>イベント好きが多いので、毎月お祭り騒ぎですよ。
>そういったところは、年配者が多いんですよね。


私の住む町は、たくさんの小さな町や村が合併し、広い面積を持つ。
同じ町内でも、漁業中心の地域、農業中心の地域、
商店街、企業人の多い地域等々、非常に差がある。
町が編纂した町史には、各地域毎の方言の差まで表になっているくらいである。
そして、まだまだ地縁血縁が大きく物事を左右する年代が町を動かしている。

だが、ご多分に漏れず、この町にも物心両面に、良い意味でも悪い意味でも
近代化の波は訪れている。

10年前、事情あって、生まれ育った広島市内から 夫の両親の元に泣く泣く転居した。
この地は、この町でも 「 地のひと 」 ばかりの古い古いお土地柄。

まず私がさせられたことは、いつまでも娘さん気分でいるんじゃない!と
腰まであったストレートの髪を切ってパーマをあてること。
そしてお化粧をして、スカートを履いての地域全体への挨拶回り。
 ( 私はお化粧はしないので、眉墨とルージュだけで勘弁してもらったが )

ハレ と ケ が はっきりと区別される日常。
日常は、4時半起床、8時消灯。 8時過ぎには近隣も真っ暗になる。
( 私は、真っ暗ななかで、デスクトップのまわりに座布団をかけ、
  外に光が洩れない様にして仕事をした )

洗濯、掃除機かけ、布団干し…、全て近隣の皆が足並みを揃える。
少しでも時間がズレようものなら、即座に何処からかご注進が走り、
「 布団がまだ干してないようだけど…?? 」 などと
心配顔の 「 女衆 」 の訪問を受けることとなる。

この地では、「(ひとと違った言動をして)ひとさまに後ろ指を指されない 」こと、
が、生活していく上での絶対の条件であった。
善悪の判断基準は 「 ひとさまがどう見てどう言うか 」 なのである。

ある程度の覚悟はして来たつもりであったが、
それまで、私は天上天下唯我独尊、私がルール、であった(笑)。
市内中央部で気侭に自由闊達のマンションライフを満喫していた私は、
すぐに適応障害を起こした。

同居中は、ご飯は絶対白いご飯(炊込みご飯、混ぜご飯、ふりかけなどはご法度)。
パン、珈琲、洋食全部ダメ。女性がビールやお酒、とんでもない。
嫁は 「 はい 」 以外、言ってはならない。
夫は末っ子の三男であったため、その嫁である私は「格」も低く、
発言権はおろか人権さえなかった。
テレビも新聞も一切見られなかった。そんな時間がないのである。

「 個 」 など全く認知されない。
一時が万事、地縁・血縁で強固に固められ、決められた通りに動かなくてはならない。
それで 「 大過なく 」「 ひとさまに後ろ指をさされず 」 生きて行くことが
大事なのである。

この地で、子どもの居ない家、障碍を抱えるひとや
登校拒否の子どもを持つ家は大変である。
地域で互いに助け合い支え合うのではなく、
その責は 殆ど「 ヨソから来た嫁 」 が持ち込んだ因縁、として片付けられ、
語り継がれ、婉曲に差別される。

私はこういった 「 お土地柄 」 が嫌で嫌で仕方がなかった。
「 大過なく 」 夫の両親を見送る日が来たら、即座に広島に戻る。
それだけを支えに、息を詰めて暮らしてきた。


でも、ある日、気付いた。
私にとっては 「 広島に帰るまでの我慢の日々 」 であっても、
私の子どもたちにとっては、ここが故郷になるのだ、と。
私がこの地を愛せず、広島ばかりを見つめていたら、
この子たちもつまらない毎日を送ってしまう。
私が一番守らなくてはならないのは、この子たちの心だと。

転居にあたってそれなりの覚悟をし、自分で選んだ道なのだから、
逃げ出すことを自分に決して許さないことを自己確認して、
そこからやっと、「 良かったみつけ 」 を始めることができた。


今では、たくさんの 「 良かったみつけ 」 ができた、とは思っているが、
相変わらず地縁、血縁、家柄が物事の全てを左右し、
不都合なことは因縁として片付けて行くこのお土地柄そのものを
まるごと受け入れることが 私には どうしてもできない。

「 ○○から来たひと 」 とか「 ○○家の嫁 」や
「 ○○家の長男 」 などとしてではなく
「 個人 」 が 「 個 」 として生きること を、
「 気儘 」「 我が儘 」 で 片付け、
異端視することで排除し、そのことで「 多数 」派の自分に安心し、自分自身を許し、
安穏とイエ意識に代表される事柄を連綿と受け継ぎ、助長してきたこの町。

もうそろそろ根底から見つめ直し、
不条理なもろもろを見逃さないような町になりましょうよ、と思う。

お元気だった年配の方々は、段々と老いて、
あれほど大事だったお祭りなども、形骸化し始め、
義務感と、自己都合でしか判断できない、
心もとない若い衆ばかりになって来つつある。

何が一番大事か。

この町で生まれ育ち、まさにこの町の次世代を担う子どもたちに、
古くから脈々と受け継がれてきた生活の知恵や感性、
素晴らしいものをもっともっとしっかりと伝え、学ばせて欲しい。


私たちも、謙虚にしっかり学び、
バカヤローなことには、堂々とバカヤローと言えるように、
私自身が地道に学び、歩を進めていけたら、、、と思い続けて10年目なのである。



ジャンル : ライフ
テーマ : 田舎暮らし日記

タグ : 田舎 お土地柄 地の人 新参者 地元意識 郷土愛 地縁 イエ 故郷 温故知新

[ 2005/02/25 15:38 ] 徒然草 | TB(0) | CM(10)

役員諾否の地域温度差考

うちの中学校は5つの小学校区から成っている。
過疎化している地域もあって、先年、1つの小学校が統廃合され、5つとなった。
20数年前には、小学校が7つあった、とも聞いている。
統廃合にともなう児童の通学バスの問題等々、
大きな問題をさまざまに抱えてるのだが、ここでは触れない。

中学校のPTAの地区理事は、規約で各小学校区から何名と決められており、
割り当てられた人数を出すための小学校区内の地域分けと人数振り分けは、
各小学校区に任されている。

一昨日の騒動は、この小学校区内での人数振り分け会議で勃発した。
そして、この小学校区では毎年起こる。

小さな小学校区ほど地域と密着しており、
日常的に 「 地域が子どもを育て 」 て来ている。
子どもの数も少ないので、毎年役員にならざるを得ないひとも多い。
そして、そういった役員さんの心構えも
「 子どもがお世話になるから当然のこと 」 と、
しっかりできていらっしゃる。
こういった小学校区では、中学校の運動会や町P連バレー、
ソフトの試合なども、地域をあげて参加下さり、
おじいちゃんもおばあちゃんも、一家総出、一族総出で応援に来て下さる。

地域対抗の綱引きや長縄跳びともなれば、
前もって練習して臨んで下さるほど盛り上げて下さる程であるのだが。


その一方で、今回の騒動のようなことが日常茶飯事なのが、大きな小学校区。
小学校区内でも子どもの多い地区、少ない地区とあり、
少ない地区は、前述のように毎年とまでは行かなくても、
2年に1度は役員が回って来ていたりする。兄弟姉妹がいればなおさらのこと。
最初は仕方ない、と思っておられたおかあさん方も段々と理不尽なものを感じて来られる。
地区によって 「 しないひとは絶対にしない、のが許される(まかり通る) 」、のを
目の当たりにされるからである。

そこで、「 私らは毎年なんよ?  絶対損じゃわ~ 」 となる。
そして、これが中学校に入っても同様に続くのだから、不満爆発。
無理もないかな、とも思ったりする。

そして、悔しい想いをされている方々がいらっしゃることを
どうして子ども数の多い大きな地区の方々は思いやれないのかな、と思う。


 「 私さえ、役員を逃げられたらそれでいい 」 になってませんか?


 「 誰か好きなひとがやってくれるわいね 」
 「 うちゃぁ、絶対、死んでも嫌じゃけんね、籤もひかんよ! 」


あなたがそれほど嫌な役員を毎年されている方々がいらっしゃるんですよ。
その方々は、決して暇ではない。 好きで、やっているんじゃない。

農作業の合間を縫って駆けつけてくださる方。
NOと言えず、子ども会もスポーツ少年団のお世話も中心となってされてる方。
夜勤勤務明けの貴重な時間を割いて来てくださる方。
さまざまな事情を抱えながら、それでも任を全うしようとされている。


損とか、得とか、違うでしょうに。
たった1年間ですから。
不本意さを引きずって不満たらたらで役員さんするより、楽しみましょうよ。

我が子がどんな教室で、どんな先生方に教えられ、どんな友人たちに囲まれ、
どんな笑顔を見せてるか。 識りましょうよ。
厳しい時間のやりくりをして、時間の遣い方を学びましょうよ。
たくさんの保護者と出逢い、仲良くなって、世界を広げましょうよ。

それぞれ違う温度差を、手を繋ぐことで温めあいましょうよ。

この1年間で、思春期の子どもたちが、どんなに成長してくれるか。
ご一緒に、楽しんで、わくわくしながら見守りましょうよ。



ジャンル : 学校・教育
テーマ : PTA

タグ : PTA PTA役員選出 PTA役員決め PTAは何のため PTA三役 地域の温度差

続 ・ 「 私は貴女のように暇ではない 」




先の記事に コメントを下さいました、リンゴ121052005さんへお返事をしてましたら、
「 長過ぎる! 」とエラーがでましたので、こちらにアップ致します。


長年 役員をヤって来ての PTA新規役員選考時に、
投げかけられる言の葉のなかで

「 あんたらのように、暇じゃぁないんよ! 」 と
もうひとつ
「 あんたらのように、好きでやっとるんじゃぁない 」。

こうした言の葉を、毎年 幾度となく決まり文句のようにぶつけられ、
そろそろ 耳タコで、軽く受け流せても良さそうなものだけれど、
未だに慣れることはできないし、今も、殴られたようにズキズキと胸が疼きます。

「 暇じゃないんよ 」 と言われれば、
私だって、これまで職場に随分迷惑をかけた。
夫の両親の介護だって抱えてる。
通学時間に90分かかる高3の我が子の世話がしきれず、
とうとう高校に近い私の実家に我が子を預けてしまった…等々、
たくさんの想いが悔しさとともに溢れてきます。

でも、まだ この御方は 会議に出て来られ、
皆の前で、リスクを承知の上で ご自分の意見として、声をあげられました。
それだけでも有難いことだよなぁ、、と思い直しています。

そこから、公に波が生じ、うねりになって、議論ができる(…かもしれない)。
相互理解に向けて、話し合いができる(…かもしれない)。

 > すごい方がいるんですね。
 > みんな思っていても普通は言えないでしょう。

役員に選ばれても1度も参加されず、何もされない場合は、
他の役員さんから 当然苦情が舞い込みますし、
実際、行事進行上、支障をきたすこと甚だしいため、
何度も電話や訪問し、「 他の皆さんも厳しい時間をやりくりして
頑張っておられるので 」 とお願いすることになります。

そこで、決まって浴びせられる言の葉は、
「 人は人よぉね!。 できん言うとる私を選んだあんたらが悪いんよ! 」。

そんな風に、吐き捨てるようにおっしゃる御方も
毎年、何人かいらっしゃるんです(涙)。
それを思えば、こうして、「 できない! 」 とおっしゃって下さる方が
何倍も 【 マシ 】 だと 思えてしまいます。


リンゴ121052005さんは、既に前向きでいらっしゃり、
「良かったみつけ」をしていらっしゃって、ステキですね☆

 > この町のPTA役員決めはすごいんです。
 > 1回も役員をしてない人が一番です。
 > もし何かの理由があっても、今度してもらうことになってます。
 > 母子家庭や父子家庭も関係ないみたいです。

PTAを単なる学校行事消化型で終わらさないためにも、
役員は、いろんな事情を抱えた方がいろんな立場で、いろんな視点で。
そして、「できる範囲で」、自然体で入れ代わり立ち代りで
やっていただくのが一番いいのではないかなって、思います。

たくさんのひとが、学校行事を識り、役員の役割を識り、先生を識り。
そして何より、子どもたちの現状を識り、
保護者同士、互いの事情や考え方の違いを識り合うことで、
互いに助け合い、協力し合えて行けるんじゃないかと。

識り合えば、のほほんとしていられない。
人任せにはできない、と、
役員じゃない方々が、役員さんを支え、目標を達成する。
子どもたちには、そんな保護者同士の姿を見て欲しいな、って 私は 思います。




ジャンル : 学校・教育
テーマ : PTA

タグ : PTA PTA役員 PTA役員決め PTA役員選考 PTAは何のため PTA本部役員 PTA執行部

[ 2005/02/23 13:12 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(9)

「 私は貴女のように、暇ではない 」




昨夜は予想通り、大荒れに荒れた。
6時前に自宅を出、帰宅したら11時前だった。

学年最後の理事会終了後に各小学校区に分かれて、
来年度の地区理事選出について話し合って貰った。
予想通り、子どもの数が減って来ている2つの小学校区が大荒れ。

あるおかあさんの大声が、私の胸を抉る。

「 私はあんたらのように暇じゃぁないんよ!
  自分の子どもすら満足に面倒みきれんのに、
  他人の子どものことや学校のことどころじゃないんじゃけん!
  この1年も籤で当たったけん、仕方なしにやってきたんよ。
  ええ迷惑じゃったわ 」

息がとまるかと思った。
毎年ながら、役員改選につきものの、こういったやり取りには、
覚悟して臨んでいるつもりでも、なかなか慣れることができない。

好き好んで責任を背負い、学校行事に縛られたいひとは誰も居ません。
今の世の中、暇なひとは誰も居ません。

「 だいたいね、PTAなんか 要らん世話よ。
  みんな、しとうないのに、なんでせにゃならんのん。
  PTAなんか、要らんじゃろう?
  私はね、識ったようなことを ひとから偉そうに説教されるん、大っ嫌いよ! 」

PTA活動を長い期間やってると、本当にいろんな保護者に出逢う。
さまざまに事情を抱え、さまざまに頑張っておられる保護者の方々。
そして、その さまざま を 背負わされている子どもたち。

ことある毎に、実にさまざまな保護者の感情が吹き零れ、
思わぬところに落とし穴を見出すことが 多々、ある。

だからこそ。
ひとりの保護者では、ひとりの先生では、子どもたちを守れない。育てられない。

ひとりでは、何もできないから。


ひとりひとりの子どもたちが、来たるべき自立の時期に向け、
幼い自我をぶつけあって、互いに学び、努力して。
自分の足で立ち、社会生活をより良く営んでいけるよう、
健康にすくすくと育って欲しいから。

そのために、保護者として、
先生と保護者同士と手を繋ぎ、協力し合い、子どもたちを見守り育む。

その願い が 形となった PTAでしょうに。


現場を識らず、まるで企業の論理な文科省、教育委員会が、
何かにつけて干渉し、介入してきている。
その強者の論理に、心有る先生方ほど板ばさみで苦しみ 悩まれている。

保護者も皆が皆、自分が生きていくのに忙しい。
きちんとした目的意識や仲間意識に裏打ちされたPTAは、殆どないだろう。
みんなみんな閉塞状況にあるのではないか。

でも、子どもたちを想う、保護者の心はきっと同じのはず。
私たちはそれを信じ、頼みの綱とするしかない。

『 PTA不要論 』 も、好き嫌い、とか 暇とか暇でない、とかでなく、
自校のPTAのあり方、運営の仕方そのものを見なおした、
あくまで具体的で建設的な提案であるなら、
何処の どんな PTA執行部も、いつだって待ち望んでいると思うのだが。




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[ 2005/02/22 18:42 ] 本日のPTA | TB(1) | CM(2)

公立高校推薦合格を辞退する、ということ。

本日のひろこ・Kさんの日記を読ませていただいていて、
この誠に遺憾なる状況って、やっぱり広島だけではないのだなぁと実感。

思わず、「その通り!」と拳を握ってコメントさせていただいたのですが、
それに付け加えたものを本日の私の日記とさせていただきます。


毎年毎年耳にするこの手のお話に、毎年毎年、怒り心頭な私。

これって、「自分さえ良ければいい」「我が子さえ良ければいい」
という考え方の最たるものだと思う。

推薦入試は、普通、辞退者を見越した「水増し」合格者は出さない。

合格した、ということは、誰かが落ちた、ということ。
「合格した暁には、絶対、貴校に入学致します」という「誓約」をして、
同じ誓約を交わした誰かを蹴落として、合格した、ということ。

その高校へ行きたくて行きたくて行きたくて。
コツコツと努力を積み重ねてきた子どもたち。

その公立高への志望理由はさまざまあるでしょう。
 ● 学費、交通費などの経済的事由。
 ● 憧れていた先輩の通っている学校だから。
 ● 尊敬する先生がおられる学校だから。
 ● クラブ活動をする上で、ハード面ソフト面が充実し、
   優れた指導者のもとに実績を重ねている学校だから。
 ● 身体的不自由等をカバーできる施設があったり、
   支援体制が確立しているから。 等々。

その子どもたちの想いや願い、祈りを
「本当の第一志望に通ったから」と、
「滑り止め」であったことをあからさまにした自己都合だけで
踏みにじって辞退して行くことは、余りに勝手すぎると感じます。

また、誓約とともに推薦した中学校の立場、校長先生の立場。
辞退者が出ると、次年度からそういう目で高校から見られるという後輩たちのハンディ。。。

ため息が出ます。
どうして平気なの? どうしてそんなことができるの?

一番おかしいのは、今の受験制度。 大学のあり方。
そう言ってしまえば、全ておしまいではあるのですが。


読むのが怖い。もう読めない…ヽ(`Д´)ノ ウワァァン!!

グサッ。 ズシュッ。 ズブブブブ…。
ページをめくる度毎に、私の臓腑を抉る表現が、
これでもか、これでもか、と…ヽ(`Д´)ノ ウワァァン!!

ホラー物も平気、スプラッタ物もある程度はOKだったハズの私。
その私が、怖くてこれ以上読み進めることができない本に、
生まれて初めて出逢った。

記念すべきその本の名は、

 『ガラクタ捨てれば自分が見える』

カレン・キングストン著(小学館文庫)、風水整理術の本である。

ネットの友人から、TVで風水家の女性が
「物を捨てられない人は、悪い運も捨てられない人」と
言っていたと聞き、色々ネットサーフィンして入手していたもの。

タイトルからして、中身についての覚悟はできていたハズなのに、
なかなか手が出ず、積読状態だったのだが。

はぁぁああ(x_x)。 まったくもって、おっしゃる通り(T_T)。
1行毎に、彼女の言葉が私の臓腑を食い破る。

この本を読了したとき、新しい私が誕生しているのは間違いない。

しかぁし。 果たして、 私は、 読 了 で き る の か ?

次号を待て!!

           って、あるのか?次号?……(・_・)。



[ 2005/02/20 14:56 ] 読みました^^*☆ | TB(0) | CM(5)

「 PTA懇親会 」 の効用、意義とは。



なんだって、夜に 子どもを放ってまでPTAで会食しないといけないの?
何のための懇親会?
子ども抜きで保護者と先生が美味しいもの食べて、どんな意味がある?
それに、そこにお酒が入るってどゆこと?

お酒が入らないと、語れない。 無礼講じゃないと、語れない。
それって、いっちばんつまんない人間関係ぢゃないの?
 


………と思ってました、私。  7年前に実際に参加するまで。


でも参加してみて、感じたこと、学んだこと、数知れず。


実は密かに楽しみにしている先生、保護者の多いこと。
お酒を上手に利用して、日頃言えないこと、良いこと悪いこと、
上手に それは上手に 語り合っている人たちの多いこと。

我が子は3年生。進路も決まり 「 もう最後だからイタチの最後っ屁! 」 とばかりに、
これまでの不満・疑問・憤懣を一気にハジケさせるひと、ひと、ひと。

照れくさいのと、お追従、ゴマすりと思われるのが嫌で、
改めてはとても言えなかった、先生への感謝の言の葉を
素直に口に出して、微笑むことのできるひとたち。。。


そして、見えてきます。
聴く耳を持っている先生。
ひとりひとりの子どもたちをしっかり見つめ、
子どもたちのそれぞれを自分の言の葉で語ることのできる先生。
言葉だけでなく、表情いっぱいでひとつひとつ真摯に対峙しようと
努力・努力・努力の先生。
生徒と教育委員会との狭間でこころ砕き、消耗しきったお顔。
日々お疲れの先生。

逆に、煩わしいことは極力避けたい、
ただ教科の担当者だけでありたい先生たちの姿も。

そして懇親会前と懇親会後では、明らかに学校の空気が変わります。
ひとが飲食を共にすること、って、
こんなにも互いに近しい雰囲気を醸し出し、
心の垣根を一瞬でも取り去ってくれるんだ、と、改めて驚きます。

例えそれが、一時の幻想であっても、一度外れかけた心の垣根は、
また次の語り合えるきっかけをたくさん作り出してくれるです。


…。
……。
………。
でもね、でもね、ほんとはね。
やっぱり 懇親会なんて要らない。

日頃の参観日、日頃の懇談会、日頃のPTA活動を通して、
いっぱいいっぱい互いに識り合い、
語り合う機会はたくさんあって。

PTAバレーやソフトで PとTと、一緒に汗を流すことができ、
その後の打ち上げで盛り上がり、体育会系の強い絆を結ぶ人たち。

PTAコーラスで難曲に挑み、練習を重ねていくなかで、
こころが一つになったときに感じるハーモニーを感動とともに体験し、
文科系の静かで熱い絆を結ぶ人たち。

PTAバザーでは、個々人の得意分野で役割分担。
みんなそれぞれに持てるパワーで創意工夫し、
活き活きと東奔西走して下さり、
あがった収益の行方をしっかり見届けて下さる。

PTA予算と決算。
本当に子どもたちのために、必要なことにお金が流れていっているか。
声の大小ではなく、想いの強さで応え、感じることができるはず。



それでも、こうした機会をなかなか活用しきれない、不器用な私たち。
仕事に、両親の介護に、弟妹育児、その他、忙しくて忙しくて。
PTAどころか、なかなか我が子と対話する時間もないおかあさんたち。

こうした私たちのために、懇親会はあるのかも。。。と思ったりした昨夜です。




ジャンル : 学校・教育
テーマ : PTA

タグ : PTA PTA役員 打ち上げ 懇親会の是非 懇親会の意義 懇親会の効用 PTAの飲み会

[ 2005/02/19 13:58 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(5)

本日、学年末懇親会

今日は学年末のPTA懇親会です。
例年は、子どもたちの公立高校受験が終わってから、
先生方を合わせると100名~150名の規模で行われて、
超盛り上がり、別れ難く2次会、3次……。

んでも今年は、合併で町立→市立になっちゃうので、
例年より3週間も繰りあがって、
3年生の受験と1、2年生の試験まっただなかでの懇親会。
参加者は70名程度との由。淋しい(;_;)☆

PTA懇親会の是非については、また明日。

帰宅は、きっと夜中2時まわっちゃう予定。

…これから行って来ます☆☆

ぅぅ。 挨拶、まだ何も考えてない~~~( p_q)。


[ 2005/02/18 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(0)

新格言? 『跳扉』

3年生が卒業に向けて、ひとりひとり綴ってくれた寄せ書き。
そのひとつひとつを【正しく美しく】とチェックしてダメ出しする、
件の教育委員会な彼の動作が一瞬止まった。

「…これは、、、格言?」

彼が口の内でぶつぶつっと呟いたのが小耳に入り、思わず彼の手元を見る。
んで、またもや爆笑しかける自分の頬を思いっきり抓った。

3年生には、●将来の夢 ●思い出 ●後輩へ一言 の
3つの中から1つ選んで、メッセージを書いて貰うようにお願いしていた。

で、彼が見入っていたのは、ある男の子のメッセージ。

でっかい字で黒々と、

    ●将来の夢     『 跳 扉 』


!!
なるほどね、確かにね、
青少年に付きもののでっかい壁のような扉を乗り越え、
1歩2歩と前に進んで行こう、と読めるよね。

んでも、それ、
『はねるのトびら』ですからぁ~~~残念っ!!!

それまで、にくったらしいばかりの御方でしたが、
理解できない様子の彼の眉間の縦皺に、私、ちょっと憎めなくなってきた。

…んでもね、教育委員会であるまえに、
ひとりの、中3男子の父で在ろうよ、ね。

せめて、まだまだ子どもたちが、義務教育という、
この狭い時空間に、私たちと共に留まっていてくれているこの短い間、だけでも。
子どもたちが、今。
何を見て、何を感じ、何に興味を持って、
楽しんでいるんのか、悲しんでいるのか、苦しんでいるのか。

私たちも知ろうよ。
そしてできれば、一緒に楽しんで、一緒に育って行こうよ。

我が子が15歳なら、私たちも親として15歳でしかないんだよ、きっと。
ね。


可愛いけど困ってますのよ、めじろさん。

年末からね、目白さんが2羽、遊びに来るんだ。
最初は、可愛いね~~~って、喜んでたんだけど。

私の愛車の左右のミラーを屋根を越えて飛び移って遊ぶっつーのが
お気に入りらしく、いつもいつも遊んでる。

それはいいの、それはね。

だけどぉ。 ミラーをうんちクンで真っ白にするのは止めて欲しいぃ(T^T)。
いつもいつも真っ白のカビカビ。
これ、放っておくと酸で塗装が傷んぢゃうんでしょう?

で、ホントに真っ白で鏡部分が全く見えなくなってるので、
出掛ける度に、ミラー周りの洗車。
多い日は、6回も7回も外出するのだけれども、
その度に真っ白で、洗車(T_T)。

だもんで、業を煮やした私は、100均ショップであれこれ買って、
愛車の周りにネットを張り、不要なCDを7個ぶらさげ、
鳥さん避け専用の黒くてビー玉の目玉がついた鷲だか鷹だかをぶらさげ、
黒猫もぶらさげ……
なんだか、うんざりするほど、ごしゃごしゃとノーセンスな満艦飾。

それでも、全く効果なし。(瀧涙)
目白さんたちは、屋根の上からそんな私をじっと見てる。
んで、私が居なくなると、喜んで降りてくる。
君たちは、私で遊んでるのかぃぃ?

で、ネットを買い足して、もわもわに編んで、ミラーに括りつけてみた。
そしたら、さすがに着地できないのか、ミラーは綺麗。

やった~~~!! と大喜びしてふと後ろを見たら、
愛車の屋根が点点点々、 バックのワイパーは真っ白(T^T)。
いったい私にどうしろと~~~~~~~~~ぉぉお!!!

んで、出掛ける度にやってたミラーの洗浄は不要になったけど、
もわもわネットの脱着がとても面倒になってきた。
夜中に帰ってきても、装着しとかないと、
朝にはもう、うんちクンだらけなんだもん。

んでもって、我が家の愛車周りの満艦飾ぶりは、
近所でも評判になりつつある………。(__;)

んでもって、この頃、洗濯物にも被害が出始めた模様(号泣)。
んでもって、ここ数日、すずめさんたちも合流し始めた模様(大号泣)。


[ 2005/02/16 20:24 ] 徒然草 | TB(0) | CM(9)

【正直、スマンカッタ…】 に 爆笑☆

 昨夜、あれだけモメたPTA新聞編集会議だったけれど、
 たったひとつ、今でもにんまりしてしまう程楽しかったことがある。

 件の教育委員会な彼が、3年生ひとりひとりの卒業によせたコメントを
 チェックしながら、ポンポンといちいち細かい書き直しの指示出しをしていく。
 それを「え"~~~!!うそ~~~~!! …でも拒み切れない…」といった、蒼ざめた顔で、
 皆がただ、まじまじと彼を見つめる、
 あの、硬直した空気のなかで。
 私は、ひとりで爆笑してしまった。

 ある生徒さんの寄せ書き。
 それには、黒猫が身体を丸めて顔を隠したイラストで、猫は
 「正直、スマンカッタ…」 とつぶやいているのである。

 名前を見ると、それはもう、我が中学校きってのやんちゃ坊主くん。
 私も何度、彼の起こすやんちゃ事件で呼び出しを食らったことか。

 んでも、この「正直、スマンカッタ」には、
 とっても心ほだされ、彼との3年間が色々と微笑ましく思い出された。

 そかそか。 彼は2ちゃんねら~だったんだ。

 私が仕事絡みで2ちゃんねるに出入し始めて、もう5年になる。
 この間、出入りする年代が随分若くなって来た、と感じてはいたが。
 ここの楽天でも、小中学生のサイトが結構多いもんね。

 で、凍りついた空間で、独り、ハジけた笑いを晒してしまった私。

 硬直しきった皆さんの視線を一手に引き受けてしまった。

 むぅ。 汗。
 いわゆる、PTA役員な方々には、
 2ちゃんねら~は、独りもいらっしゃいませんでした…orz

 さて、今夜はPTA常任理事会。
 今夜こそ、おとなしくしておこう。
 ぶぃぶぃとは言わないぞ! 絶対! いや、多分。 …おそらく。



[ 2005/02/15 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(4)

【正しく・美しく】のPTA新聞編集会議(怒)

 今日は、PTA文化部が1学期毎に発行するPTA新聞の第2次校正日だった。
 担当ページの出席者 20名。 欠席者 1名。

 今年度から、文化部の予算が大幅に削られ、
 印刷屋さんへ原稿入稿するのではなく、印刷までPTA役員の手作りとなったため、
 『パーソナル編集長』を駆使して、てんやわんやながらも無事に2学期分を終えた。

 で、問題は、今年度最終号となるこの号である。
 この3月に我が町はK市に統合されるため、町立中学が市立中学となる。
 町立中学として最後の特集号を出そう、ということになり、
 普段はA4版6ページである新聞が8ページとなった(T_T)。
 そして、町立中学の歩みを特集することとなり、
 生きた年表を、と、当時の写真の手配や当時の方々への取材、原稿依頼と東奔西走した。
 …それはいいです、もう。
 なんとかかんとか一応、形になったし。 が!!

 この文化部のなかに、保護者ではあるが町の教育委員会の方がおられる。
 保護者として参加されているハズなのに、立場としては、はっきり「教育委員会」なのだ。

 彼の二言目は、いつも 【偏ってる】 なのである。

 曰く、西暦と元号を併記する必要はない。→元号に統一せよ。
 曰く、学校五日制への批判、反対意見が多すぎる。→賛成意見を載せろ。
     ………(賛成意見は、皆無だったんだぜ?)

 何より、3学期号恒例の3年生の寄せ書きページでの物言いには、唖然とした。

 まず、彼は生徒ひとりひとりの寄せ書きを全てチェックした。
 そして
 送り仮名の間違い、ギャル文字、姓しか書いていない生徒等々、
 全部、【正しく美しく】書き直させろ、との由。

 !!!!!!!!!!!???????
 それこそ偏ってませんか?

 今現在の子どもたち、ひとりひとりの表情が読み取れるような、
 この活き活きした寄せ書き、ひとつひとつを
 文言と姓名の位置まで 【正しく美しく】 編集しなくてはならないとは。

 ●「後々まで残る寄せ書きに、送り仮名が間違っているのは、本人が恥ずかしい想いをする」
 ●「個性が大事といいながらやって来た結果として、今の皆の学力低下のザマはどうですか?」
 ●「PTA文化部の責任として、こんな間違いは見過ごせないでしょう」

 とのことでしたが、どう聞いても、

 ◆「教育委員会の私が在籍しながら、こんな寄せ書きを書かせたとあっては、私の立場がない」
 とおっしゃっているのと同じに聞こえて仕方がない私は、 偏って いますか? そうですか。

 百歩譲って、送り仮名の誤りについては、当該生徒にフィードバックしましょう。
 でも、飾り文字のようにして楽しんでいる生徒や、
 限られたスペースでデザインして書いてくれた生徒たちに、
 もう一度、書き直しを頼むの、私は嫌だなぁ。。。。

 んでも、ここで 【PTA文化部の責任として】 ってのはど~よ?
  【PTA文化部としての責任】
 責任んんんんん???
 う"~~~ん。 ここでこう来るか。
 では、どう答え、切り返して行くか??

 22日の最終校正日を決めた後、編集会議解散。
 ストーブを消した会議室で、部長さん、副部長さん、先生、PTA執行部の彼女と私。
 帰れなくなった5人は、頭を抱え込んだのでありました。

 …………………非常に疲れました(=_=)。


[ 2005/02/14 00:00 ] 本日のPTA | TB(0) | CM(0)

大学受験に成功すると【偉い】のか?

「みなさんは、中学卒業時のメンバーのうち、3人に1人の大学進学者です。
 あなたは、3人に1人【も】大学進学している、と考えますか。
 それとも3人に1人【しか】大学進学していない、と考えますか」

 これが、私の大学入学時に投げかけられた、忘れられない恩師の一言である。

 ▼3人に1人【も】
  …今や大学進学者は、昔のように、頭脳明晰で家庭環境にも比較的恵まれた
  類まれなる【学士さま】ではない。
  石を投げれば学士に当たる。 十把一からげの学士である。
  高校卒業後に就職すれば、年棒150万円としても、
  4年間で600万円分の仕事をすることができる。
  その600万円分と4年間の学費とを、
  あなたはこれから【学生】というだけで浪費していくことになるのだ。
  あなたは【学生というだけで飯が食える自分】をどう考えますか。

 ▼3人に1人【しか】
  頭脳明晰で、本人も周囲も大学で学ぶことを望みながら、
  家庭の事情等々で、泣く泣く進学をあきらめている人たちが大勢いる。
  当然のように学生となったあなたはそのことをどう捉え、考えていきますか。

  …恩師は、志望大学受験に失敗し、惨めな想いで毎日を過ごしていた私に、
  この重たい言葉を投げかけた。
  以来、恩師とずっと対峙し、私が私として生きていくための闘いは始まった。
  そして、今も続いている。

 で、 『大学受験に成功すると【偉い】のか?』

 長年、職場に一流国立・私立大学卒の後輩を迎える度に、そう感じてきた。
 俗に言う【共通一次】世代からは、妙にマニュアル化された輩が急増したように感じられ、
 ただただ「○○大学卒」と言うことだけ。
 中身のないプライドをふりかざし、しがみつき…
 とにもかくにも「使えない」奴ばっかぢゃん。 と。

 だが、今年高3の息子を抱えて思う。
 個々の動機や彼らをとりまく環境がどうであれ、
生半可な決心や努力では、超難関一流大学には合格できない現実。

 彼らの合格に漕ぎ着けた努力だけは、何人たりとも否定はできないのだ、と。
 
 ◆◆◆

 ただ~~し!
 やっぱり、入学後の努力やら人間性やらは、それからの問題。
「○○大学を出た」だけでは、社会では評価できませんよ、やっぱり。
 夢を持っていますか。
 その夢を実現させるため、可能性を広げるため、
 努力を重ねてきましたか。
 『実るほど頭を垂れる稲穂かな』

 来るもの拒まず。
 大学は、入学希望する学生には、全て門戸を開放し、
 そして、「○○大卒」に値するだけの体系だった学問を収めたものだけに
 卒業する資格を与えて欲しいなぁ、、という気持ちには変わりありません。
 そうしたら、大学自体も、もっともっと努力すると思う。
 先生方も、茶色になったノートを広げて毎年同じ講義なんて出来ないはず。
 学生と毎日真剣勝負の学究生活。
 とってもエキサイティングでスリリングで、
 楽しい毎日だと思うんだけどなぁ。。。。。


[ 2005/02/13 21:21 ] 徒然草 | TB(0) | CM(0)

『氷の魔物の物語』/杉浦志保★★★★★

 あと10日で年越し、という師走のある日。
 大掃除していて、何年も前にパソ通時代の友人から送られて来たコミック雑誌をついに整理した。
 んでも、ついつい、処分の前にもう一度…と目を通す。
『氷の魔物の物語』
 あぁ、これ、好きだったよなぁ。
 この友人にコミックスをお借りしたときには、10巻まで出てた。
 あれからどうなったんだろう…………
 …知りたい。 識りたい。 ど~~~しても知りたい!!

 購入を決心し、ネット検索し、出版社に辿りつき、
 「さすがに完結してるわ~~
  …え"っ 全24巻+外伝…… どひ~~~(T_T)」

 あぁ。 ボーナス後で良かった(T_T)。
 躊躇したのも一瞬。 私は購入ボタンをクリックしてた。
 あぅぅぅ。 良いのか?>受験生を2人抱えてる私。

 …1週間後、年末というのに、冬水社さんはお送り下さいまして。
 私の年末年始は、『氷の魔物』一色の
 ほんわか、あったか、切なくて、美しくて、楽しいお正月となりました。

 有難う!!
 魔物に逢わせて下さったお友達!
 有難う!!
 お正月休みに間に合わせて下さった冬水社さん!

 色々あった2004年だったのに、まぁるい心で、年越しができました。

 その後、3回再読かけて、2階の巨大本棚に収めました。



[ 2005/02/12 21:15 ] 読みました^^*☆ | TB(0) | CM(6)

読了☆『暁のビザンティラ』/菅浩江★★★★

このひとの本はもう殆ど制覇したと思ってたのに、見慣れぬ題名をBOOK・OFFで見つけて飛びつきました。
ログアウト冒険文庫、というのがあったんだ~~。びっくり。 '93年発行。
まだまだ、私は新参者ですね。

二つの月。 人類と共生関係のメブ。 16歳になったときに行われるメブ選びの儀式。
そこからはじき出される主人公。
壮大な面白い設定で、人類の成り立ちまで遡って最後まで破綻せず、
上下2巻のなかで解明されていく手腕はさすが☆


今日は、公立高校推薦入試に見事失敗してヘコみまくってた仁くんが
気を取り直したらしく、「入試直前用の暗記本を買いたい」と言う。
その心意気?に打たれ、東広島市まで。
ついでに筆箱とボールペン、蛍光ペンもゲット。

いつもは、洋服やGパンのコーナーから出てこないのに、本日は、目もくれず。
ぅんぅん。 君もやっと「受験生」の自覚ができたんだね。
…随分遅かったけど。
コツコツと真面目に積み重ねていくことができず、
いつも気まぐれで、そこそこの成績を納め、
すぐに何でも理解した気分になって、物事をナメがちな君には、
今回の試練は、とても良いことではなかったかと感じています。

必要以上にヘコまず、現状打破の気概をもって、ふぁいとだ~~!!


[ 2005/02/11 22:41 ] 読みました^^*☆ | TB(0) | CM(0)

鶏の竜田揚…1.5kg(*_*)

夫は風邪でお休み。
たっくんは、KO大入学手続きのため久々帰宅。
だもんで、何ヶ月ぶりかで一家揃っての夕食。
日頃、彼は、揚げたてのものは食べてないハズなので、
先日、仁くんに好評だった鶏肉の竜田揚をた~~っぷり(1.5kg(笑))用意する。
お酒と醤油とおろしニンニク、おろし生姜に3時間つけこんで、いざ!!

う"~~ん。 先日のより鶏肉の脂が多かった模様。
表面はカラリと揚がっったのに、いまひとつ、お肉に感心できなかった。
でも、少年たちは大満足のようでした。
そりゃ、あんだけ食べられればね~~~。
4人前とはいえ、山のようなサラダとともに、1kg完食~~~。
残りの500gは、タレから引き上げてチルド室に。
明後日にでも網焼きしよう。

KO法学部 入学手続金 振込完了。 34万円也~~。
もし、ここに行くとなったら、在学中に創立150周年行事がある。
今から、寄付依頼文書が目に浮かぶ。 怖いぞぉぉぉ~~!!!
たっくん、やっぱりK大、頑張ってね。
明朝、7時過ぎの電車で広島へ。 たった2泊の帰省でした。


はじめまして

こういった、オープンスタイルの日記は、はじめましてだ~~!

様子見しながら、ゆっくりゆったり慣れて行こう。
今日は、はじめましての記念カキコ☆☆


[ 2005/02/09 14:07 ] 徒然草 | TB(0) | CM(2)

▽ 『 愛国心 』 の 義務教育化?

 ▽ 『 愛国心 』 の 義務教育化?  ( 日記リンク先 : 2006/09/09 )




   教育基本法改正愛国心、でググってみると、実に21600件がヒットする。



   1番上にヒットした YAHOO!ニュース のリンク先を読むだけで、
   今現在抱えてる問題が浮き彫りにされている感がある。




   『 サンマ 』に舌鼓を打ってる かいちょーさん が、
   皆さんからのコメントへのメッセージで、

     > 学校で愛国心を教えるより、サンマ+大根おろし+醤油、
     > そしてほかほかご飯の幸せを何度も何度も味わうほうが、
     > よほど「ニッポンを愛するこころ」に目覚めるよなぁ、とか思うのでした。


   と書かれた前夜、我が家でも同じようなことが起きたので、
   深く同意し、トラックバックさせていただく。








   深夜、お風呂上りの下の少年が何気なくTVをつけたとき、
   外つ國々のシェフさんたちが集まり、
   『 日本料理のここが許せない 』というテーマで 勝手に持論を展開していた。



    曰く、「 醤油 」の味が既に許せない。
    曰く、スシネタの卵の甘さが許せない。
    曰く、そもそも、卵焼き、煮豆など、デザート紛いの甘いおかずが許せない。
    曰く、松花堂弁当に象徴される、ちょこまかちょこまかした惣菜類は、
       何がメインか判らない。 またその全てが大して美味しくもないのが許せない、等々。


   和食よりは洋食大好き。
   お寿司や丼物、天麩羅は大好きだが、煮物などには眉を曇らせ、
   侘び・寂びもの?の和食を好まない下の少年が、突然、烈火の如く怒ったので、驚いた。





     、、、どうも、それは、

     母が普段から「 醤油・味噌 」を発明した日本人を褒め称えていること。
     塩分にさえ気をつければ、和食ほど素材を大事にし、そのパワーを取り込み、
     バランスのとれた栄養食となっている食は、他にない、と言っていること。


     それに配慮したか、刷り込まれてたか、の反応であったようではあるのだが。



   自身は 日頃より 「 洋食大好き少年 」 のくせして、
   「 日本食 」を 頭からバカにされ、罵倒されたことに立腹した。
   「 和食 」の良さを識らん奴が、日本に来て、食の産業で飯を食うな、とも言った。
   「 醤油 」を判らん奴の味覚を信じない、とまで言った。


   私は、目を白黒させて彼の怒りを聞いていたのであるが、

   少年の怒りの大半は、外つ國のシェフさんたちからは
   「 互いの良さ、違い 」を認め合いながら、なお、こう思う、
   というような 他国の文化や意見をちっとも尊重していない姿勢に対して
   ぶつけられたもののように 感じながら。












   下の少年も母同様、「 愛国心 」 の強制に、強いアレルギーを持っている。

   だいたい、「 愛国心 」とは何のためのどんなようなもののことを言うのか?

   そんな定義も何もしっかりなされていないような曖昧模糊としたものを、
   いったい、どうやって子どもたちのこころに刷り込み、教育する、というのだ。

   そして、どうやって 【 評価 】 しようとするのか。

   うちの町の小中学校で行われたように、入卒式の日の丸・君が代で、
   姿勢、声の大きさ、などをチェックし、ABCで記載していくのか。

   私たちは、「 愛国のこころ 」を 形で 表明し、 評価され、
   義務として、「 愛国のこころ 」を担い、培わなくてはならないのか。


       誰だって、自分が生まれ、自分が育ったふるさとを愛したい。

       ふるさとの山、川、町並み、自分を育んでくれたひとびとの笑顔――


       余程の辛い想い出がなくば、
       それは 無条件で懐かしく、恋しく、愛しいもの ではなかろうか。


          大事にしたい。 守りたい。

          できれば、それに誇りを持ちたい。


       県大会なら、おらが村、おらが町の学校やチームを自然に応援するだろうし、
       地方大会や全国大会なら、自分の都道府県がやはり身近で、応援するだろうし、
       国際大会なら、自然に日本を応援するひとが殆どである、と思う。

       それは、強制されたからでもなく、義務だから、でもない。

       単位単位で線引きされれば、
       自然に 自らのこころの奥底から溢れ出てくるもの――
       ひと と 生まれて、抱く、本当に自然な感情だと思う。


    洋食大好き少年が、和食を貶されて怒ったのは、
    彼が、和食を身近なものとして、

    誰に言われなくとも、自分たちの「 食文化 」だと認識・自覚していたからこそ。

    自分の好き嫌いは別にしても、それに何らかの誇りを持っていたからこそ。


    「 愛国心 」 も、そんなひととしての自然な感情のものでありたい。


    そうなっていくためには、
    例えば、自分たちが今、生きて在る土地や國に対して、
    自然な感情であるはずの愛情を抱けないひとも在る、ということ。
    複雑な事情、複雑な想いを抱え、今なお苦しんでいるひとも在る、ということ。


    それを忘れてはいけない、と思うし、
    それは何故か、ということも置き去りしてはならない、と思うし、
    そこを放っぽいたままで、
    「 國 」という大きなものに対する愛、こころである 「 愛国心 」 を
    押し付けたり、強制したりしてはいけない、と思う。

    場面場面で、私たちも子どもたちも興味をもって学び、識り、励み、
    ことさら「( 上から )自分の國を愛そう」などと言われなくても、評価されなくても、
   ( 誰もが )自然にこの國そのものを愛せるような素敵な國にしていくこと。

    それが、私たちの務めである、と思うのだけれど。


       少なくとも、障害者自立支援法、介護保険法、
       長期リハビリ者切り捨て法のありさまだけみても、
       國のあからさまな弱者切り捨て姿勢に、私は、なかなか愛せそうもないが。


    ひとりひとりが、國を愛する、ということはどういうことであり、
    具体的にはどういう行為、言動をいうのか、を、
    しっかりイメージし、考え、想いを交わせるまで成熟していないと、
   『 愛国心教育 』 を義務化する、ということは、非常に危険なような気がする。








    どんな國なら「 自然に 」愛せるか?


    例えば、民草に「選挙」によって選ばれたひとたちが、
    いつもいつのときでも、國を想い、ひとりひとりの民草を想い、
    現場を飛び交い、何の誤魔化しもなく真摯に頑張って頑張って。

    ひとりでも多くの民草が倖せであるように願い、
    より良き方向と思える政策をガラス張りにし、その実現に向けて努力し。

    何故、どうして、そうしようと思うのか、
    ひとりでも多くの民草に理解して貰おうと、丁寧に説明し、
    呼びかけ、最大限努力し、積み上げていく。


    ことある毎に、
    そんな政治家さんたちの努力に胸つかれるような想いができるなら、


    私たちひとりひとり、自然に、意気に感じて
    私たちひとりひとりが、政治家さんを積極的にフォローし、
    きっと私たち同士で互いに助け合う。

    無私のこころでひたすら頑張る、そんな政治家たちが
    引っ張っていこうとするこの國に誇りを持ち、
    胸を張って愛していけるのではないか、と夢見たり、する。



  この夏休み、上の少年に、
     国家公務員になって、文科省に入り、
     潰されないようなエラいひとになって、現場に直結した教委をつくらんか、と
  冗談交じりに言ってみたら、
     文科省よりは外務省に入りたい、そして北朝鮮の実情、現状を識りたい、と抜かした。

  そして憲法を学べば学ぶほど、
  9条云々以前に真の意味での憲法の見直しが絶対に必要である、と感じている、と言った。




  ……あれこれとショックを受けつつ、
  母は母なりに懸命にまた考えるよ > 上の少年。





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タグ : 愛国心 教育基本法 義務教育 教育基本法改正 強制 和食 食育

大学考





とある私大が、東京の就職活動ツアーを企画していることに、
私が異議申し立てをしたところから、
さまざまに話題が錯綜し、現代の大学考に発展??



こちらもどうぞ、皆さまの熱いコメントにご注目を☆





 







              ▽ 『 ○○大学、東京就職活動ツアー 』 ( 2005/09/08 )


              ▽ 『 大学は 【 サービス 】 を 受けるところなのか 』 ( 2005/09/11 )


              ▽  『 大学生は、おとな or こども? 』 ( 2005/09/13 )


              ▽  『 大学考 』  ~何のために 大学 へ 行くのか~  ( 2005/09/14 )


              ▽ 『 大学へ行って良かったこと 』 ( 2007/02/11 )
                              ( 7000人の学生アンケートより )

              ▽  『 私が町立小中学校を選択したのは。 』 ( 2005/09/17 )


              ▽ 『 続 ・ 私が町立小中学校を選択したのは。』 ( 2005/09/22 )



                  ※  『 大学受験に成功すると 【 偉い 】 のか? 』 (2005/02/13 コメントなし)






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[ 2005/02/01 08:53 ]   ▽ 大学考 | TB(0) | CM(0)

『 冥福 』 は 祈らない。

 

    ▽ 『 冥福 』 は 祈らない。 ( リンク先 : 2008/10/16 )





        多感な中学時代、遠藤周作氏の 『 沈黙 』と出逢い、
         「 無力なイエス 」 に 大きな衝撃を受け、
        洗礼を受けようと志した私の前に 大きく立ちはだかったのは、
        『 親鸞 』を熱心に勉学し、多数の経文をも諳んじている父であった。


           「 洗礼を受けるなら、
             まず、この父を論破し、父を超えてゆけ 」


        以来、父と格闘し、親鸞と格闘し、挙句に社会学を専攻し、
        浄土真宗本願寺派の 基幹運動 について学生時代の3年間を掛け、
        京都の本山にも学び、あくせくと卒論を仕上げた私なのである。。。



       「 その割には、『 冥福 』 という言の葉をよく使うぢゃないか 」

        、、という痛いご指摘を私書箱にお受けしたので、丸半日考えました。




        おっしゃる通り、

        真宗では、「 ご冥福をお祈り 」するのは禁忌なのである。

        それは、亡くなられた方々は、
        等しく全てお浄土へお還りになる「 佛 」であるから。

        よって「 冥途の旅 」などは存在しないし、
        「 冥界 」での「 幸福 」を祈っていただいては困る訳で。
        寧ろ、無礼に当たる言の葉であったりする。。。。



        しかし私は、信仰者ではなく、
        世の方々全てが 真宗の門徒さんではない訳で。


        ご不幸に遭遇した際に、その方々にこころ寄せ、
        こころから悼み、哀悼の意を表して下さる、その一般的な表現が、
         「 ご冥福をお祈りします 」という言の葉であるなら、

        私は有難くいただくものであるし、
        「 共通語 」として、私自身も使用して来たのだったが。



       【 無礼に想う 】 方々もいらっしゃるなら、
         今後は考えなくてはならないなぁ、と 少々反省(汗)。



◆   ◆   ◆




       、、と、午前中にご指摘をいただいたことから、
      あれこれと想い、反省もし、煮詰まってしまい。

      午後から「 ご冥福 真宗 」でちょっとググってみる。

      この問題に引っ掛かられた方々は、多いようで、
      ずらずらとヒットするなかで、
      とあるお寺さんの、判り易く整理中、でいらっしゃるサイト を発見。


      そこには、


         人の「こころ」は目に見えません。
         言葉の違いをハッキリ区分けされているのが「日本語」なのですから、
         あなたの「 追悼の心 」に添ったふさわしい「 言葉 」や「 文章 」で、
         目に見えない「 こころ 」を「 形(言葉や文章)」にして、
         お伝えさせていただきましょう。 



      とあり、頭を殴られた心地がする。


          、、私のように、識りながら遣っていた、これが一番性質が悪い。

      そんな四角四面に考えるものでもない、と考え、
      そして、佛教やら何やらが混沌としたこの世界を 私は愛してはいても、

      「 温故知新 」 を常に意識し、言の葉をとても大事にしたい、と
      常日頃から精進しようとこころがけているハズの自分が、
      「 ひとが遣ってるから遣う 」 と安易に 「 形 」を踏襲する。
                          。。。。一番性質が悪い。。(-_-)。


      弔意を表すのに、よりふさわしい言の葉とは、以下のようなものであるようだ。


        ● 謹んで哀悼の意を表します
        ● ご遺徳を偲び、哀悼の意を表します
        ● ご逝去を悼み、慎んでお悔やみ申し上げます
        ● ご生前のご苦労を偲び、謹んで敬弔の意を表します
        ● ○○様のご逝去を悼み、慎んでお悔やみ申し上げます
        ● ○○様のご逝去なされたと聞き、深い悲しみに沈んでおります
        ● ○○様のご逝去、衷心哀悼の極みに存じます
        ● ご遺族さまのご愁嘆いかばかりかと拝察申し上げます
        ● ご逝去の報に驚いております
          さぞかしお力をおとしでございましょう
          申しあげる言葉もございません


      う"~ん。 弔電によくある形ではあっても、
      こうした言の葉なら、あらゆる宗派を超えて、悼むこころをお伝えできる。



        そして、本日、改めて気付いたのは、
        佛教自体が、「 如何に生きるか 」 な、
        或る意味学問のようなものである、ということの再認識と、

        佛教には「 冥途 」は存在しないのであり、
        「 冥福を祈る 」言の葉は、
        真宗のみならず、良くないものである、ということである。

            ぅむむむ。 確かにそうだ。
            これは目からウロコであった。


                私書箱にメール下さった匿名さんに、こころから感謝を。
                とても勉強になりました。
                お教えいただき、有難うございましたm(__)m。



メモメモ

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タグ : 冥福 お悔やみ 言の葉

「 いじめ 」 に対して、私たちのできること。

     「 いじめ 」 に対して、私たちのできること。   ( リンク先 : 2006/10/17 )




        いま、この時代に、我が子を守り、育てていくのに、
        保護者だけでは、どうしようもないことを痛感している。

        放任でなく、過保護でもなく、過干渉でもない、
        見事な適正距離を、どうやって測るというのだろう。

        そして、こと起きたとき、
        どうやってその距離を保ち続けられるというのだろう。


        親が、我が子の置かれた状況を、如何にして正確に、公平に識ることができるのか。

        識ることができたとして、子どもたちの世界の何処まで踏み込めるのか。
        直接踏み込んでいって、それが根本的な解決になるのか。
        子どもたちの間で起きた事件に対する、
        子どもたちの自己解決の力は、どのように培われるのか。


        そして、何より、親は我が子のこころの何処まで寄り添えることができるのか。


           頑張っていつかきっと乗り越えよう。
           死ぬほど辛い学校なんて、行かなくてもいい。
           いつまでも、何処までも、あなたを信じ、あなたを愛してる。
           あなたはあなたのままでいい。
           決して死なないで。


        そんなような想いを言の葉に乗せて、本当に我が子に届くのか。
        自分は、そんな関係性を我が子と築いて来たのか。。。。


        どんなに想い惑い、どんなに自問自答を繰り返しても、
        自分たちの(狭い見識の)なかでぐるぐる舞い踊っているだけ。

        我が子の事情。 ほかのお子たちの事情。 


        お子たちが遭遇する事件も、その背景も、克服しようとする力も、
        お子たちそれぞれに違う、から、本当に難しい。



ふたばふたば




           だから。


           保護者は学校へ足を運ぼう。


           忙しくても。 例え子どもたちが嫌がっても。

           参観日、懇談会、講演会、学習発表会。。。。
           機会逃さず、学校へ足を運ぼう。


           自分の眼でしっかり、我が子を観、我が子の友だちを観、
           先生を観、授業の進め方を観、
           我が子をとりまく空気を肌で識ろう。

           毎回、毎回、全保護者が学校へ足を運び、
           お子たちを学校を先生を観、三者三様の様々な情報を受け取り、
           様々な傾向、様々なシグナルに気付こう。


           そして、保護者同士が顔見知りになろう。
           懇談会やPTA活動に参画し、親しく情報交換ができるようになろう。


           先生の悲鳴を感じたら、動けるような保護者であろう。
           お子たちの悲鳴を感じたら、動けるような保護者であろう。

           それをいち早く感じられるのは、
           日頃からアンテナを張っているものだけだ。


           日頃から、口先でない、

            「 しっかり観てるよ 」
            「 応援してるよ 」
            「 愛してるよ 」

           メッセージを行動で示そう。


           それが子どもたちに伝わるだけで、随分と違うのではないだろうか。





       まだ幼い自我を振り回しているだけのお子たちの絆。
       思春期のこころ揺らぐお子たちのこころもとない絆。

       毎日毎日の日常のなかで育まれるそれ、を
       先生方には、何より大切に見守り、育んで欲しい。


       そのために、保護者は、学校へ足を運ぼう。

       保護者同士に絆を生み育て、先生方とも絆を生み育て、深めていこう。
       お子たちが、伸び伸びと健やかに育つよう。


       そのために、PTAでできること、山ほどある、と思う。
       そのための、PTAだと、私は思う。
       ここにこそ、PTAの意義も意味も在る。


       ひとりでも多くの保護者に足を運んで貰えるよう。
       そんな雰囲気づくりを、学校と共に。


       仕事を持つおかあさん方も、みんなが
       参観日や懇談会、PTA活動に参加できる職場=社会に私たちが変えていく。

       そんな決意や気概を持とう。



ふたばふたば



    
      子どもたちは、幼い自我をぶつけあいながら、社会のルールを学んでいくのであり、
      悪いことをすれば、皆から非難、批判されるだろうし、
      何かにつけて鼻持ちならなければ、皆からバッシングされたりしていくことだろう。

      でも、それは社会に出て行く前に、どういった人間であれば摩擦が起き、或いは受け入れられるか、
      身をもって識っていくひとつのプロセス。

      それを学ぶのが、同じ世代で閉じている学校だと思う。

      けれどそれが、故なき制裁であったり、集団にものを言わせた、
      「いじめ」=リンチになってしまっては絶対にならない。 



           そして何より、私たちは、【評論家】や【傍観者】であってはならない。

            【当事者】意識を持とう。





ふたば





       ● 自分のせいで、クラスメイトが転校したら。。。 ( リンク先 : 2006/12/03 )

       ● アルマイト食器考 ( リンク先 : 2006/12/04 )










ジャンル : 学校・教育
テーマ : PTA

タグ : いじめ なすべきこと PTA いじめ問題

PTA ・ PTA ・ PTA



   毎年、春先には、日本全国のPTAで、熾烈な役員決め問題が勃発する。


   PTAは、学校のためではなく、ひとりひとりの子どもたちのため、
   ひいては保護者のために在る、と考えないと、
   何もかもが【 負担 】でしかなく、
   その全てが腹立だしく、辛くてたまらないものになってしまう。


   現在、子どもたちの登下校中にまで、いのちの危険がつきまとい、
   不審者の横行、進む小中学校の統廃合や小中一貫、
   不登校、いじめ、、、学校は、内外に問題を抱えている。


   長く役員をさせていただいてきた私も、
   いざというとき、保護者の誰もが、子どもたちのために駆けつけて来て下さるような、
   そんなイイ関係性が築けている学校であれば、
   PTAなんて、なくて構わない と思う。


   自分の子どもたちだけでなく、周りの子どもたちもしっかり観えており、
   学校の抱えている問題、先生方の直面している問題、クラスの雰囲気、課題、、、、
   それらのことを、ちゃんと把握できており、よりよい子育てに向け、
   誰もが頑張れる体制に常に在るなら、PTAなんて、必要ない、と。


   でも現実は大きく違う。


   今は、我が子に直接かかわりなくとも、
   ありとあらゆることが、いつ、どのように起きるか判らない時代に。

   自分が、一保護者としてどう動き、どう我が子(だけ)を守り抜くのか。
   タイムリーに動けるだけの情報を、自分は持ち合わせているのか。

   子どもたちがどんな表情で授業を受けているか。
   子どもたちが、どんな友だちに囲まれ、どんな笑顔をしているか。
   先生方がどんなにご努力されているか。或いは手抜きをされてるか。

   子どもたちの日々の喜び、悲しみは、何処から生じてきているものなのか。


   子どもたちのそんな姿、先生方のそんな姿をしっかり観て、識る、ということは、
   今の時代、決して「 過保護 」とかなんとかいう次元ではなく、
   学校や我が子に対する自分自身の見識を正す、理解を深める大きなチャンスであり、
   現実を観、そのなかで生き抜く力を培おうとしている子どもたちへの応援であり、
   学校や先生方に対する 「 観てるよ 」 という、
   とっても大きなメッセージ( 激励、感謝、けん制 )になる、と思っている。




   誰もが生きていくのに忙しい。
   誰もがそれぞれの事情を抱えている。

   その貴重な時間を費やすのだから、PTA活動はそれだけのものが在る、と
   そう 実感できるものでありたい。


   意味深く、意義深く、できれば楽しいものでありたい。


   そして、役員さんが流される涙は、目標に向かって頑張った、
   その達成感での感動の涙だけであって欲しい。

   役員じゃない方々が、「有難う」と役員さんを支え、助け合っていく。
   子どもたちには、そんな保護者同士の姿を見て欲しいな、と、強く願う。


   そして、そんなPTAにしていく、変えていくのは、
   私たちひとりひとりの力だと、思う。




ふたばふたば





PTA関係で、皆さんからいただいた熱いメッセージ。


ヘコんだときに、いつでもすぐ、
この熱いメッセージを読めるよう、過去の日記にリンクしました。

どんなにこころ励まされて来たことか。

今、私が ここにこうして在れるのは、こうしたページのお蔭。




どうぞ、下記のリンク先の私の日記本文より、皆さんからのコメントを是非!


たくさんのコメントをいただき、
皆さんとお話することで、随分助けていただきました。

ともすれば、孤独感でいっぱいになってしまうなか、
全国には、こんなにたくさん。
同じ想いで、頑張っておられる方々がいらっしゃるということ!(感謝)

闘ってる のは 私ひとりではないこと に
いつも こころ励まされています。





ふたばふたば




             ● PTAは本当に必要か


             ● PTA活動は賃金でクリアできるか

             ● PTA懇親会の効用?

             ● PTA活動をすることで、大切な子ども、子どもたちとの時間が置き去りにされること。


             ● 朝の旗振り当番(挨拶運動)考

             ●  新 『こども110番の家』 の旗とステッカー


             ● 幼・小・中・高それぞれのPTAへ、望ましい保護者のスタンスとは。



             ● PTA広報誌考

             ●  PTA新聞での「個人情報」の扱いについて

             ● 頑張って頑張って頑張った広報委員長さんの悲劇を 悲劇で終わらせないために。

             ● 元・文化部長さんとの邂逅

             ● 広報部長を(3年)連投する、ということ

             ● PTA広報誌考 再び



             ●  PTAバザーで役員が先に物品をゲットすることについて


             ●  『おやじの会』の意義やら意味やら考



             ● 副会長考

             ● 副会長考 再び

             ● できるひと が できる形で

             ● 続・できるひと が できる形 で

             ● PTA総会考

             ● 打ち上げ考





ふたばふたば






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テーマ : PTA

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以心伝心幻想


      ~ 以心伝心幻想 ~




         どんなに心を尽くして、言の葉を選び、
         どんなに心を砕いて、意を尽くそうとしても、伝わらない――

         相手との会話に使用する単語の意味合いまで、
         擦り合わせが必要なのではないかと危惧する今日この頃。

         途轍もない徒労感に打ちひしがれる度に想い起こすのは、
         4年前にこの地に来られた女子大バレー部監督のお言葉。






         「 私は、3回、努力します 」


           どんな選手に対しても、私は3回努力します。
          その選手に対して時間をつくり、
          まずは選手の言い分を聴き、それからこちらの意を伝え、
          互いの意志疎通に向けて言葉の限りを尽くして努力する。

          でも私のその努力は3回まで。
          4回目はありません。
          何故なら、私には、他の選手を守る、という義務があるからです。










        この監督は 元全日本女子バレーの選手でもいらっしゃり、
        だから、という訳では 決してないのだけれど。

        その 凛とされた佇まいとともに、非常に非常に感銘を受ける。
        で、これが、私の日常生活の個々の場合、どう応用実践できるか。




       ● まずは会社で。

        【 3回 】 という回数の妥当性。
         彼(彼女)に対する、採用した側の責任。 教育する側の責任。

       ● そして、PTA活動内で。

         PTAという磁場の問題。
         私の立場、相手の立場。
  
         【 任期1年。 さまざまな事情を抱えたお母さんがくじ引きで嫌々選ばれる 】
         【 私はそんなに暇ではない、という常套句の裏にあるもの 】


         ■ PTAは、行事消化型活動でしかないのか?
         ■ PTAが、各自の目指す理想?の家庭教育に関し、
           当事者である保護者が ( 教師と ) 共に語り合い、
           実践していくためのコーディネータ的役割を担うことは不可能なのか?
           学校教育と家庭教育は連動していなければ意味がないのではなかったか。



                                ふぁいと、ふぁいと > ぢぶん!














 

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