今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

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▽ 『 愛国心 』 の 義務教育化?

 ▽ 『 愛国心 』 の 義務教育化?  ( 日記リンク先 : 2006/09/09 )




   教育基本法改正愛国心、でググってみると、実に21600件がヒットする。



   1番上にヒットした YAHOO!ニュース のリンク先を読むだけで、
   今現在抱えてる問題が浮き彫りにされている感がある。




   『 サンマ 』に舌鼓を打ってる かいちょーさん が、
   皆さんからのコメントへのメッセージで、

     > 学校で愛国心を教えるより、サンマ+大根おろし+醤油、
     > そしてほかほかご飯の幸せを何度も何度も味わうほうが、
     > よほど「ニッポンを愛するこころ」に目覚めるよなぁ、とか思うのでした。


   と書かれた前夜、我が家でも同じようなことが起きたので、
   深く同意し、トラックバックさせていただく。








   深夜、お風呂上りの下の少年が何気なくTVをつけたとき、
   外つ國々のシェフさんたちが集まり、
   『 日本料理のここが許せない 』というテーマで 勝手に持論を展開していた。



    曰く、「 醤油 」の味が既に許せない。
    曰く、スシネタの卵の甘さが許せない。
    曰く、そもそも、卵焼き、煮豆など、デザート紛いの甘いおかずが許せない。
    曰く、松花堂弁当に象徴される、ちょこまかちょこまかした惣菜類は、
       何がメインか判らない。 またその全てが大して美味しくもないのが許せない、等々。


   和食よりは洋食大好き。
   お寿司や丼物、天麩羅は大好きだが、煮物などには眉を曇らせ、
   侘び・寂びもの?の和食を好まない下の少年が、突然、烈火の如く怒ったので、驚いた。





     、、、どうも、それは、

     母が普段から「 醤油・味噌 」を発明した日本人を褒め称えていること。
     塩分にさえ気をつければ、和食ほど素材を大事にし、そのパワーを取り込み、
     バランスのとれた栄養食となっている食は、他にない、と言っていること。


     それに配慮したか、刷り込まれてたか、の反応であったようではあるのだが。



   自身は 日頃より 「 洋食大好き少年 」 のくせして、
   「 日本食 」を 頭からバカにされ、罵倒されたことに立腹した。
   「 和食 」の良さを識らん奴が、日本に来て、食の産業で飯を食うな、とも言った。
   「 醤油 」を判らん奴の味覚を信じない、とまで言った。


   私は、目を白黒させて彼の怒りを聞いていたのであるが、

   少年の怒りの大半は、外つ國のシェフさんたちからは
   「 互いの良さ、違い 」を認め合いながら、なお、こう思う、
   というような 他国の文化や意見をちっとも尊重していない姿勢に対して
   ぶつけられたもののように 感じながら。












   下の少年も母同様、「 愛国心 」 の強制に、強いアレルギーを持っている。

   だいたい、「 愛国心 」とは何のためのどんなようなもののことを言うのか?

   そんな定義も何もしっかりなされていないような曖昧模糊としたものを、
   いったい、どうやって子どもたちのこころに刷り込み、教育する、というのだ。

   そして、どうやって 【 評価 】 しようとするのか。

   うちの町の小中学校で行われたように、入卒式の日の丸・君が代で、
   姿勢、声の大きさ、などをチェックし、ABCで記載していくのか。

   私たちは、「 愛国のこころ 」を 形で 表明し、 評価され、
   義務として、「 愛国のこころ 」を担い、培わなくてはならないのか。


       誰だって、自分が生まれ、自分が育ったふるさとを愛したい。

       ふるさとの山、川、町並み、自分を育んでくれたひとびとの笑顔――


       余程の辛い想い出がなくば、
       それは 無条件で懐かしく、恋しく、愛しいもの ではなかろうか。


          大事にしたい。 守りたい。

          できれば、それに誇りを持ちたい。


       県大会なら、おらが村、おらが町の学校やチームを自然に応援するだろうし、
       地方大会や全国大会なら、自分の都道府県がやはり身近で、応援するだろうし、
       国際大会なら、自然に日本を応援するひとが殆どである、と思う。

       それは、強制されたからでもなく、義務だから、でもない。

       単位単位で線引きされれば、
       自然に 自らのこころの奥底から溢れ出てくるもの――
       ひと と 生まれて、抱く、本当に自然な感情だと思う。


    洋食大好き少年が、和食を貶されて怒ったのは、
    彼が、和食を身近なものとして、

    誰に言われなくとも、自分たちの「 食文化 」だと認識・自覚していたからこそ。

    自分の好き嫌いは別にしても、それに何らかの誇りを持っていたからこそ。


    「 愛国心 」 も、そんなひととしての自然な感情のものでありたい。


    そうなっていくためには、
    例えば、自分たちが今、生きて在る土地や國に対して、
    自然な感情であるはずの愛情を抱けないひとも在る、ということ。
    複雑な事情、複雑な想いを抱え、今なお苦しんでいるひとも在る、ということ。


    それを忘れてはいけない、と思うし、
    それは何故か、ということも置き去りしてはならない、と思うし、
    そこを放っぽいたままで、
    「 國 」という大きなものに対する愛、こころである 「 愛国心 」 を
    押し付けたり、強制したりしてはいけない、と思う。

    場面場面で、私たちも子どもたちも興味をもって学び、識り、励み、
    ことさら「( 上から )自分の國を愛そう」などと言われなくても、評価されなくても、
   ( 誰もが )自然にこの國そのものを愛せるような素敵な國にしていくこと。

    それが、私たちの務めである、と思うのだけれど。


       少なくとも、障害者自立支援法、介護保険法、
       長期リハビリ者切り捨て法のありさまだけみても、
       國のあからさまな弱者切り捨て姿勢に、私は、なかなか愛せそうもないが。


    ひとりひとりが、國を愛する、ということはどういうことであり、
    具体的にはどういう行為、言動をいうのか、を、
    しっかりイメージし、考え、想いを交わせるまで成熟していないと、
   『 愛国心教育 』 を義務化する、ということは、非常に危険なような気がする。








    どんな國なら「 自然に 」愛せるか?


    例えば、民草に「選挙」によって選ばれたひとたちが、
    いつもいつのときでも、國を想い、ひとりひとりの民草を想い、
    現場を飛び交い、何の誤魔化しもなく真摯に頑張って頑張って。

    ひとりでも多くの民草が倖せであるように願い、
    より良き方向と思える政策をガラス張りにし、その実現に向けて努力し。

    何故、どうして、そうしようと思うのか、
    ひとりでも多くの民草に理解して貰おうと、丁寧に説明し、
    呼びかけ、最大限努力し、積み上げていく。


    ことある毎に、
    そんな政治家さんたちの努力に胸つかれるような想いができるなら、


    私たちひとりひとり、自然に、意気に感じて
    私たちひとりひとりが、政治家さんを積極的にフォローし、
    きっと私たち同士で互いに助け合う。

    無私のこころでひたすら頑張る、そんな政治家たちが
    引っ張っていこうとするこの國に誇りを持ち、
    胸を張って愛していけるのではないか、と夢見たり、する。



  この夏休み、上の少年に、
     国家公務員になって、文科省に入り、
     潰されないようなエラいひとになって、現場に直結した教委をつくらんか、と
  冗談交じりに言ってみたら、
     文科省よりは外務省に入りたい、そして北朝鮮の実情、現状を識りたい、と抜かした。

  そして憲法を学べば学ぶほど、
  9条云々以前に真の意味での憲法の見直しが絶対に必要である、と感じている、と言った。




  ……あれこれとショックを受けつつ、
  母は母なりに懸命にまた考えるよ > 上の少年。





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タグ : 愛国心 教育基本法 義務教育 教育基本法改正 強制 和食 食育

大学考





とある私大が、東京の就職活動ツアーを企画していることに、
私が異議申し立てをしたところから、
さまざまに話題が錯綜し、現代の大学考に発展??



こちらもどうぞ、皆さまの熱いコメントにご注目を☆





 







              ▽ 『 ○○大学、東京就職活動ツアー 』 ( 2005/09/08 )


              ▽ 『 大学は 【 サービス 】 を 受けるところなのか 』 ( 2005/09/11 )


              ▽  『 大学生は、おとな or こども? 』 ( 2005/09/13 )


              ▽  『 大学考 』  ~何のために 大学 へ 行くのか~  ( 2005/09/14 )


              ▽ 『 大学へ行って良かったこと 』 ( 2007/02/11 )
                              ( 7000人の学生アンケートより )

              ▽  『 私が町立小中学校を選択したのは。 』 ( 2005/09/17 )


              ▽ 『 続 ・ 私が町立小中学校を選択したのは。』 ( 2005/09/22 )



                  ※  『 大学受験に成功すると 【 偉い 】 のか? 』 (2005/02/13 コメントなし)






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[ 2005/02/01 08:53 ]   ▽ 大学考 | TB(0) | CM(0)

『 冥福 』 は 祈らない。

 

    ▽ 『 冥福 』 は 祈らない。 ( リンク先 : 2008/10/16 )





        多感な中学時代、遠藤周作氏の 『 沈黙 』と出逢い、
         「 無力なイエス 」 に 大きな衝撃を受け、
        洗礼を受けようと志した私の前に 大きく立ちはだかったのは、
        『 親鸞 』を熱心に勉学し、多数の経文をも諳んじている父であった。


           「 洗礼を受けるなら、
             まず、この父を論破し、父を超えてゆけ 」


        以来、父と格闘し、親鸞と格闘し、挙句に社会学を専攻し、
        浄土真宗本願寺派の 基幹運動 について学生時代の3年間を掛け、
        京都の本山にも学び、あくせくと卒論を仕上げた私なのである。。。



       「 その割には、『 冥福 』 という言の葉をよく使うぢゃないか 」

        、、という痛いご指摘を私書箱にお受けしたので、丸半日考えました。




        おっしゃる通り、

        真宗では、「 ご冥福をお祈り 」するのは禁忌なのである。

        それは、亡くなられた方々は、
        等しく全てお浄土へお還りになる「 佛 」であるから。

        よって「 冥途の旅 」などは存在しないし、
        「 冥界 」での「 幸福 」を祈っていただいては困る訳で。
        寧ろ、無礼に当たる言の葉であったりする。。。。



        しかし私は、信仰者ではなく、
        世の方々全てが 真宗の門徒さんではない訳で。


        ご不幸に遭遇した際に、その方々にこころ寄せ、
        こころから悼み、哀悼の意を表して下さる、その一般的な表現が、
         「 ご冥福をお祈りします 」という言の葉であるなら、

        私は有難くいただくものであるし、
        「 共通語 」として、私自身も使用して来たのだったが。



       【 無礼に想う 】 方々もいらっしゃるなら、
         今後は考えなくてはならないなぁ、と 少々反省(汗)。



◆   ◆   ◆




       、、と、午前中にご指摘をいただいたことから、
      あれこれと想い、反省もし、煮詰まってしまい。

      午後から「 ご冥福 真宗 」でちょっとググってみる。

      この問題に引っ掛かられた方々は、多いようで、
      ずらずらとヒットするなかで、
      とあるお寺さんの、判り易く整理中、でいらっしゃるサイト を発見。


      そこには、


         人の「こころ」は目に見えません。
         言葉の違いをハッキリ区分けされているのが「日本語」なのですから、
         あなたの「 追悼の心 」に添ったふさわしい「 言葉 」や「 文章 」で、
         目に見えない「 こころ 」を「 形(言葉や文章)」にして、
         お伝えさせていただきましょう。 



      とあり、頭を殴られた心地がする。


          、、私のように、識りながら遣っていた、これが一番性質が悪い。

      そんな四角四面に考えるものでもない、と考え、
      そして、佛教やら何やらが混沌としたこの世界を 私は愛してはいても、

      「 温故知新 」 を常に意識し、言の葉をとても大事にしたい、と
      常日頃から精進しようとこころがけているハズの自分が、
      「 ひとが遣ってるから遣う 」 と安易に 「 形 」を踏襲する。
                          。。。。一番性質が悪い。。(-_-)。


      弔意を表すのに、よりふさわしい言の葉とは、以下のようなものであるようだ。


        ● 謹んで哀悼の意を表します
        ● ご遺徳を偲び、哀悼の意を表します
        ● ご逝去を悼み、慎んでお悔やみ申し上げます
        ● ご生前のご苦労を偲び、謹んで敬弔の意を表します
        ● ○○様のご逝去を悼み、慎んでお悔やみ申し上げます
        ● ○○様のご逝去なされたと聞き、深い悲しみに沈んでおります
        ● ○○様のご逝去、衷心哀悼の極みに存じます
        ● ご遺族さまのご愁嘆いかばかりかと拝察申し上げます
        ● ご逝去の報に驚いております
          さぞかしお力をおとしでございましょう
          申しあげる言葉もございません


      う"~ん。 弔電によくある形ではあっても、
      こうした言の葉なら、あらゆる宗派を超えて、悼むこころをお伝えできる。



        そして、本日、改めて気付いたのは、
        佛教自体が、「 如何に生きるか 」 な、
        或る意味学問のようなものである、ということの再認識と、

        佛教には「 冥途 」は存在しないのであり、
        「 冥福を祈る 」言の葉は、
        真宗のみならず、良くないものである、ということである。

            ぅむむむ。 確かにそうだ。
            これは目からウロコであった。


                私書箱にメール下さった匿名さんに、こころから感謝を。
                とても勉強になりました。
                お教えいただき、有難うございましたm(__)m。



メモメモ

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タグ : 冥福 お悔やみ 言の葉

▼ ステロイド離脱に関して

    ▼ 恐怖の、いわゆるリバウンド。(泣)




      生来の肌の弱さから、今でいうアトピー症状で、
      母は、幼い私を抱えて途方にくれていた。


      あそこの皮膚科が良い、と聞けば、何時間掛かってもそこへ私を連れていき、
      ここの皮膚科が良い、と聞けば、また何時間かけてもそこへ私を連れて行く。


      幼稚園までは包帯だらけの私であったが、
      お蔭で幼稚園から大学までは、カサカサ体質、何にでもカブレやすい、
      汗疹や蚊に刺されると腫れあがり、時には膿んでしまう、
      台所用洗剤などが使えない、という程度で過ごせて来た。


      常にハンドクリームを塗っていなければ、
      指先からすぐにひび割れてきて、関節部分がぱっくりと口を開けてしまう。


      皮膚科から処方される塗り薬を片時も手放せず、異常を感じれば、
      すぐに塗っていた。 それを怠ると重篤な湿疹状態となり、
      膿んで、じくじくリンパ液がたれるという、悲惨な状態になるからである。
      ( ここで、それは何故か、と気付かねばならなかった! )


      要は、水仕事等を一切せず、ハンドクリーム( 保護剤 )をすりこみ、
      「 お姫さま 」でいれば、私の肌は安泰だった。


           ◆   ◆   ◆


      しかし、結婚してから、そうは行かなくなった。

      台所用のゴム手袋やビニル手袋にもかぶれてしまうので、
      いつも綿100%の手袋をしてから、ゴム手袋をはめる。

      洗物はそれで良い、としても、料理を作るときにはそんな訳にいかない。

      野菜ものを洗い、ゆでこぼし、切ってお浸しにするだけでも手が腫れあがる。
      魚のシゴ、エビ殻のシゴ、、、1週間は腫れが引かない。

      台ふきを濯ぎ、テーブルを拭くにも、綿手袋+ビニール手袋。
      「 いいや、これくらい 」と素手でしようものなら、
      2時間後くらいから、指の間に水泡ができて痒くなり、
      指先が割れ始め、関節部分に亀裂が入り始める。

      綿100%以外は身に纏えず、
      肌着類は、縫い代に負けるために裏返して着用する。
      ブラジャーは、Tシャツの上から着用する。
      ガードル、ストッキング、一切ダメ。


      一時が万時こんな風で、
      「 膠原病では? 」という診断もなかにはあったが、
      だいたいが、「 主婦湿疹 」 「 アトピー 」という診断。

      お医者さまの言われる通り、処方される皮膚科の薬をずっと塗り続けて来た。


      しかし、この薬は、症状を抑える薬であって、「治す」薬ではない。
      使えば、魔法のように効いてくれて、楽になるのであるが、
      常用すれば、段々と、段々と効かなくなってきて、
      どんどん強い薬になってくる。 そして、当然、副作用、がある。



      この地に来て、
      激しいストレスと、農作業が加わり、私の肌は荒れていった。

      皮膚科から処方される薬をネットで調べると、
      副腎皮質ホルモン(ステロイド)の最強クラスのものだった。


      噂では、これは怖い薬なのだ、と知っていた。
      でも背に腹をかえられず、使って来ていた。

       「 毎日、ではないから、いいよね 」
       「 少量だから、いいよね 」

      自分 「 が 」 コントロールすれば、イイのだ、と。
      ステロイドを「 上手に使いこな 」せれば、イイのだ、と。

      そう、自分自身に言い聞かせて。


      、、、しかし、「最強」クラスのステロイドがあまり効かない、となれば、
      いったい私はどうなるのだ?


      愕然として、それからネットで随分と調べ、恐怖におののいた。
      自分で塗る回数を減らし、量を減らし、ワセリンを足して希釈した。

       「 毎日、ではないから、いいよね 」
       「 少量だから、いいよね 」


      呪文のように繰り返しながら。


         ◆   ◆   ◆


      2年前、夫の両親の介護生活突入と同時に、自分の通院どころではなくなり、
      義母の退院を機会にと、ステロイド離脱をはかった。
      実際、通院はおろか、自分に薬を塗布する時間もなかった。


      したらば、あっという間に「 リバウンド 」がやってくる。


      下半身中心に、皮膚がなくなり、赤身の出たゾンビ状態で、リンパ液まみれ。
      包帯ではどうにもならないため、
      少年たちのときに活躍したドビー織の布オムツを
      ガーゼがわりにあてて、テープで止める。

      特に 病院で、最強ステロイドを数ミリの厚さに塗り、
      ラップをし、その上から光線を数10分あてられた治療をした部分が酷い。

      布オムツが、すぐにぐっしょりと浸出液で重たいほどに湿り、
      日に何枚も取り替えるほど。

      身体は灼熱感に覆われ、痒く、痛い。
      熱も40度を超える。 ガタガタと震えが来る。


      ぞわぞわと全身の肉を蛆虫が這いまわり食いちぎっているような感触と、
      落雷のような、脳を突き破るような痒み。
      肉を抉り出し、骨に爪を突き立てて掻き毟りたい――。


 
       「 もう、殺して 」 転げまわりながら、泣く。



      真冬にアイスノンを2つ抱えて横になる。 布団から蒸気があがる。
      半年間、リンパ液と血液でドロドロ生活で、その後の半年は一進一退。


      1ヶ月単位で 「 少しは良くなってる 」 感じに支えられ、
      シャンプーや石鹸とも縁を切り、
      塩浴 ・ にがり ・ 竹酢液療法で頑張って来た。



      そうして2年を経過し、
      肌身につけるものを綿100%にしておくことと、
      未だ、ドビー織りのオムツをあててショーツを履いておく以外は、
      ほぼ日常生活に戻っていたのだった。


      リンパ液の浸出が停まり、ドス黒い皮膚が何度も剥がれ、
      最後は、粉のような皮膚が動く度に剥がれ落ちる。

      私の歩いた後が、白い粉の道になるほどの量。


      それがやっと落ち着き、粗大ゴミの日に、
      リンパ液と血液でドロドロになった汚い布団を処分でき、
      ひとりで祝杯をあげてから1ヶ月半を経て。


           ◆   ◆   ◆


      日焼けの後が少し腫れ、痒くなっていた。
      汗疹のようになった手の甲を掻いたら。
      皮が ずるっと 剥ける。

      衝撃に身が竦み、あっという間に、首に、耳に、顔に。

         、、、、顔!!!

      ゾンビ状態で転げまわっていたときも、
      私がなんとか正気を保っていたのは、顔にだけは出なかったから。

      患部は、下半身中心に「隠れた」ところだったために、
      発熱と腫れが引いてからは、ガーゼや包帯代わりのドビー織のオムツを当てて、
      ミイラ状態でも外出できた。
      買い物にも出掛けられた。
      泊り込みの温泉治療にも出向くことができ、
      半年間休ませて貰った、PTAにも復帰することができた。




      ここへ来て、第2次リバウンド。 2年も経過していたのに。
      それも、ついに、顔。


      顔のダメージは大きく、

      前日に左目が腫れた上下瞼のため、潰れ、
      翌日は、右目も潰れて行く。。。。


      痒くて痛くて、つゆだく状態の顔では、一歩も外へ出られない。

      左手もパンパンに腫れあがって、指があまり動かない。

      右手でぽつぽつとキーボードを叩く。

                 

              、、、、そんな「 リバウンド 奮戦記 」




      ● 恐怖のリバウンド … '05/07/04

      ● トンネルは長いけど、出口の光が見えてきた。 … '05/07/14

      ● 第2次リバウンドって? … '05/07/16

      ● お買い物のできる喜び … '05/07/27

      ● 塩の効用( 塩浴のすすめ ) … '05/10/26


      ● 起き上がれない! … '07/07/23
          親の因果が?? 下の少年が肌の不調に沈む――





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