今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

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『 夢の代金 』







千手。.jpg



   8月頭より、
   今年度のミュージカル練習が
   本格的に始動する。


   練習初日。

   写真屋さんが撮影され、
   個々人で注文していた写真が
   配られる。









月の世界から2.jpg




『 スタッフ 』 なので、ステージに上がらない私は
先生から
メンバー から
次々に 矢継ぎ早に 責められる。


。。。それもまた
有難いことなのだと 思い直し。




めでたいことに、今年はカムバックした有力メンバーが3名。

また、小学校低学年の子どもたちも 新しく6名。
中学生も2名、高校生1名が増え、
嬉しい賑やかさ。

こんなに増えたことは なかった由にて
「 それもこれも、今春の公演が素晴らしかったから? 」
と、主宰者さんが喜んでいらして、何より








3つのお願い.jpg

『 夢の代金 』



月の黴菌たちが、
かぐや姫に 「 3つの願いを叶えよう 」 と
甘く囁く場面である。
 






「 姫の 恋しいおじいさんと おばあさんに逢わせてあげよう 」

「 不老不死の薬も思いのまま 」

「 3人で 未来永劫、倖せに暮らせるぞ 」




そんな甘い言の葉に釣られ、
姫は下界へと堕ちてゆく。




「 それって 何か 違わない? 」

「 もっと大事なことって あるでしょう? 」



姫を懸命にとどめようとして失敗する
友人の宇宙人たちは

姫を守るため 一緒に堕ちてゆく。

堕ちて 守れず  ただの傍観者になりさがる。





    




結成10周年目の今年は、太平洋戦争がテーマであり、
8月6日に 皆が消えて行く重たい大作となった。

練習初日から、既に 8回目。

踊りの振り付けもつき、
厳しい演技指導が始まり、

現在のところ、私は することもなく、居場所もなく。

傍観者然と 客席から 先生からの諸注意、気付きを
ぎっしりと台本に書き込みながら。




ミュージカル全体写真☆.jpg



私の3つの願いは。


私の 夢の 代金は ――  ??






ペン…

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25回忌法要。




          8月14日。  実家の父の祥月命日。

          この世で 一番 私の悲しかった日である。
   


          今回、母が父の25回忌法要を営むことにしたのは、
          8年後となる、33回忌法要を営む自信がないから、とのことであった。


              弟も私も、
              何をおバカなことを、と一笑に付し、

              33回忌も きっと 皆 元気で迎えられるし、
              親不孝の極致ではあれど、
              おかあさんが 私たちを看取ってくれそうに思ってるよ!


          そんな風に受け流したのだったが、母の決意は固く、
          この日を迎えることになったのだった。


          内々の法要で、母と弟と私。
          父が妹のように思い、私が姉のように慕っている私の従姉のみ。


          うちの少年たちも来てくれると嬉しいな、と呟く母に
          当たり前ぢゃん、引きずっても連れて行くよ! と
          早くから少年たちに調整をお願いしての この日。



    




          起きられない下の少年 を 叩き起こし、
          お寺さんが お帰りになられたら、すぐ眠っていいから、と
          寝ぼけ顔な彼をそのまま Fitの後部座席に突っ込み、
          そのままそこで寝かせよう、と 上の少年を助手席に乗せて、実家へ向かう。



          いつもなら、Fitのエンジン音で、転がるように 外に飛び出して
          満面の笑顔で 私たちを迎えてくれる母が 出て来ない。

          弟とふたりで、手が離せない程のご馳走をつくってる?

          車庫入れ前に 先に下ろした少年たちが いつもなら いそいそと
          勝手知ったる「 大好きなばぁちゃんち 」へ上がり込むハズなのに、
          玄関の前で固まっている。


            「 ん? なんで入らんのん? 」

            「 だって、誰かおってんぢゃもん。。。たらり 」


          お年頃 の シャイなボーイズは、
          外に漏れ聞こえてる 機関銃のやうな「 おばちゃん 」の話し声に
          畏れている様子。


             、、、あぁ、なるほど。


          毎年、父の祥月命日にお参り下さり、
          定年を迎えられてからは 散歩がてらに 毎月の命日にお参り下さる、
          父の幼馴染であり、職場の同僚でもある「 おじさん 」が、
          夫婦でおいでなのだった。


            父の大親友である 上品で温厚な「 おじさん 」を
            私たちは大好きなのであるが、

            大阪の旧家のご出身でいらっしゃる 「 おばさん 」は、
            広島人となられて60年を越えておられる今も関西弁で、
            息つく暇もなくお喋りになる御方で、悪い御方ではないし、
            私など、とても可愛がっていただいたものではあるが、

            なんでも ずけずけと 歯に衣を着せずおっしゃり、
            殊に私たちの大好きな「 おじさん 」を悪し様におっしゃるので、
            この御方とお別れした後は、暫く座り込んでしまうほど、
            神経をすり減らされ、私たちは、苦手としているのであった。



         このおばさんに 耐性のない少年たちは、
         挨拶もそこそこに、早々と隣の部屋へ逃げ込んだのであったが、
         私はそういう訳には行かず、長い長い時を過ごす。 しょんぼり


         昔話に勝手に大輪の花を咲かせ始めた おばさんは、


            乳児だった私が、「 生さぬ仲 」 である母に、
            今日まで どれ程、慈しんで貰ったか。
            その恩を絶対に忘れてはならない、とか、

            「 生さぬ仲 」 の 母が、慣れぬ育児に
            どれ程、苦労したか、その恩を絶対に忘れてはならない、とか、

            その「 生さぬ仲 」である娘の長男を
            高2高3と難しい時期に、この家に下宿させ、
            育てて貰った恩、京大に合格させて貰った恩、
            どんなに感謝しても 恩返ししても 返し尽くせるものではない、とか、


         少々お歳も取られたために、それらが声高にエンドレスで繰り返され、

         母と私とのことを、まだ少年たちに話していない私は、
         隣室の彼らの耳に届くのではないか、
         こんな形で、彼らが識ることを1番怖れていたのに、と
         はらはら し通しで、すっかり消耗してしまい。

         ぎしぎしと こころが軋み、悲鳴をあげかけたとき、

         ピンポンとチャイムがなり、従姉が来てくれる。


   


         従姉は、少年たちと逢えたことに とても喜んでくれたのだったが、
         下の少年の 酷い肌の状態に息を呑み、


          「 仁ちゃんの方がハンサムだと思ってたけど、これではね… 」


         痛ましそうに、紡がれた言の葉に
         母が顔色を変え、仁を引き寄せて涙をこぼす。



                  何気ない 従姉の言の葉は

                      上の少年のこころを抉り
                      下の少年を 抉り、
                      そして、母のこころをも 抉る。



          その場の空気を緩めたく、ただ 私は へらへらと笑うだけ。



なみだ





         最愛の父の25回忌に。


         1番近しい私たちが集まり、父を偲び 手を合わせ、
         来し方、行く末、と
         遺された互いのこころ を あたためあう日となるはずだった。


             なのに それぞれのこころに 思いがけない波風を立てられ、

             あげくに、繰り返された 父の手術の是非、
             葬儀のときのあれこれの是非。

                ―― とうに 母と私の間では 自分たちを納得させ
                      こころ 鎮めて クリアしてきた事柄であったのに。


              どうして こんなことになってしまったか。





         夜、おいで下さった方々を丁重にお見送りし、
         夫の職場へ Fitで夫を迎えに行く。


         母と弟が、腕によりをかけてつくってくれた夕食を
         母と弟と 私たち一家 の 水入らずな雰囲気で 共にいただき、
         その和やかな空気に やっと こころが和み、ほっと一息入れて、

         翌15日も出勤である夫や、
         広島で友人たちと逢う予定の少年たちを残し、私だけ、自宅へ戻る。


                  泊まらない、と 義母に約束をしていたから。



         独り 戻る 車のなかで、


                耐え難い哀しみが襲ってくる。


                結局 私は また 誰も守れなかった。

                母も、少年たちも、 私自身をも。

                そして、そんな非力な私が、実家を後にし、
                独り、この地へ義母を守りに帰ろうとしている、
                この皮肉さ加減に 嗤えて来る。




         ただ 倖せなのは。


            私抜きでも、夫は私の実家に在れる、母と夫の双方のこころ。
            少年たちが 私の母をとても愛し、信頼していること。

            それが 私の宝なのだと。 母が 私の宝なのだと。


                   改めて気付かされ、

                     だから、私は 私の なすべきことを。

                     母の在り方を 胸に、なすべきことを。

                                 ふぁいとふぁいと > ぢぶん





チビSAD

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ジャンル : 日記
テーマ : 頑張れ自分。

タグ : 25回忌 法要 法事 実家の法事

続 ・ 瓦騒動。







          …… ということで、 義母宅の母屋+納屋の 瓦葺き替え見積もりが出る。





          その金額程度はトーゼン掛かるだろうと 覚悟してた義母に比べ、
          全く覚悟の出来ていなかった私は ひっくり返る。



             母屋+納屋 で 430万( 税抜 )。 a
             他、納屋の屋根の 「 眉毛 」と呼ばれる部分が「 別途 」。

             樋の全面やり替えで 97万( 税込 )。a

                    どうかすると 総額600万越え?? aa






            地元の工務店さんなので、
            皆さん 昼食はお帰りになられるとの由だが、
            麦茶を大量に用意。
            カキ氷用容器で麦茶を凍らそう。

            10時3時にはお茶菓子の用意。
                …… 施工期間 最短20日。 a



            車の乗り入れのできない 小さな坂にある家のため、
            瓦の撤去、搬出、土降ろし、瓦搬入、と、
            近隣の方々に 何かとご迷惑をお掛けするので、
            工事前に 近隣の方々への挨拶周り、物品用意。

            母屋と納屋の全室、全押入れに ビニールシートで覆うため、
            シートの買出しと覆い作業。




                        お金はともかく、諸々手配を 誰がするんですか?
                                    私ですか、そうですか。( ┬_┬)

                                    私のペースでちゃっちゃと進めちゃってイイですか。
                                     … ダメですか、そうですか。( ┬_┬)

 

ペン消

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今は昔。








わ~ぃ\(^o^)/☆  懐かしい写真を見つけたぞっ!!



( ただいま、思いっきり 現実逃避中 )。


て いうか  時間ないのに、
引き出し や ファイルの中身を
片付け、掃除しててどーする (-_-) > ぢぶん






Y倶楽部.jpg


ジャ~ン♪ ?



これ、県東部大会で優勝だったとき、ぢゃないかなぁ。。。



。。。まさか、この数ヶ月後に

一生、バレーが出来なくなるとゎ。。。
(──┬──__──┬──)







あら、懸命にテンションあげやうとしてるのに、
逆効果だったわ ^o^;。

しかも、現在より かなり細いし(悲)。




(-_-)。

。。。。 掃除しよっと。




ペンがっくり


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「 仏壇を買いなさい 」





        8月に長義兄のところに初孫が生まれる。 
              ( といっても 巣立って、生まれるところは関東 )


        義母にとっては 1番大切な長義兄の、
        そのまた1番愛しい初孫の子 であるので、
        毎日のように、悪阻はどんな感じだろうとか、
        広島で出産してくれないだろうか、とか
        あれやこれやと 心配しつつ、楽しみにしているのだったが。


          「 実は あんたに 相談があるのぢゃが 」


        と、思い余ったような口調。


        出た! a

        こんなときの義母の「 相談 」とは、
        義母のなかでは はっきりと方針は決まっており、
        それを押し通すために、
        「 りうさんも、そう言ってる 」という形を取りたいとき、なのである。(-_-)


      



        どうぞ とんでもないことでありませんように、と祈りながら義母宅へ。


        したらば、長義兄宅に 赤ちゃんを迎えるにあたり、
        どんなに小さいものでもいいから仏壇を用意しろ、と言いたいのだが、
        あんたからも口添えをして欲しい。


        というもの。 a


        義母曰く、長義兄の子どもたちにとって、
        長義兄宅が、「 本家 」となって行くのだから、
        長義兄の子の連れ合いが帰省してきたら、お仏壇に手を合わせるべきだし、
        今度は赤ちゃんが生まれるのだから、お仏壇の前で祝わねばならないし、
        何より仏さまのご加護を願わねばならない。

        子どもたちのこころの教育のためにも、お仏壇は絶対に必要だから、
        赤ちゃんが生まれるまでに買わねばならないのだ、と。


        そして 「 そのうち あんたのところも、の 」。



                  げ、げ~ん。   つ、つひに、来た。。。。。。orz....


      



        信仰深い義父母とは異なり、夫三兄弟は、
        お仏壇の前できちんと手を合わせ、読経にも付き合い、墓参も厭わないが、
        実のところは長義兄を筆頭に 徹底した【 無宗教 】なのである(滝汗)。

        夫など、結婚時に、イエの宗教を尋ねたとき、
        自分のイエが何宗なのか、答えられなかった程。 ^o^;。


             、、夫が全くこだわらないのをいいことに、
             私は自分の生まれ育った環境で、
             私自身が素直に手を合わせることのできる宗派を大事に思い、
             少年たちにも、私が通って 素晴らしい想い出ばかりのある、
             お寺さんの幼稚園へ行かせたのだった。

             んだから、少年たちには、お仏壇の前で手を合わせること、、には、
             比較的抵抗がなく、義母宅でも私の実家でも、
             行けば必ず、自然にまずはお仏壇に手を合わせるのだが。



               正直、私は、夫のイエの宗派が嫌い(゚゜)\バキ☆であり、
               この地に来て、義父を見送り、その前後のあれやこれやで、
               この地のお寺さんのことも心底イヤになっている(汗)。

               義父母宅のお仏壇のお世話をこれからして行くにしても、
               我が家の仏間へ、新たに、夫のイエの宗派のお仏壇を、
               買いたくはありません(゚゜)\バキ☆   言えないけど。


 
        、、、とはいへ、宗派を問わず、
        何かに向かって、手を合わせる――感謝する、ということ。

        自分たちが 今 生きて在れることに感謝する、ということ。

        そのこころは、確かにとっても大切なことだと思う。



        '06年に、再発した癌を抱えた妻とその夫と保育園児2人の家族の物語で、
        5歳の少年とその父親との 宇宙や生命をめぐる哲学入門書といったような
        『 てのひらの中の宇宙 』という本が出版されたが、

        元々、手を合わせる、ということそのものが
        自分の内的宇宙と向き合うことなんだそうなのである。

        こころ静かに 手を合わせ、今生きて在る自分と向き合う時間――。

        今の時代だからこそ、宗派を超え、そんな時間を大切に持っていて欲しい、と思う。




           んでも、そのことの強制はできないし、
           まして、ひとつの宗派、という狭いセクト的な枠にはめることを
           強制しては ならないんぢゃなかろうか。。。。

           子どもたちには、願わくば、手を合わせるひとびとの後姿に学び、
           来し方、行く末、自分が自分の力だけで生きて在る、のではなく、

           何か大いなるものに、自分たちが生かされ、或いは守られて在るのだ、と、

           そんなような謙虚のこころ、感謝のこころを持っていて欲しい、けれど。


               んで、それは私の願いであって、

               信仰深い義父母の後姿をずっと観て来たハズでも、
               きっぱり「 無宗教 」のスタンスでいる長義兄には、
               長義兄の、考え、願いがあるはずで。




           お願いだから、そんなところに

            「 【 三男の嫁 】もそう言ってた 」 という形で、

           義母の長義兄への願いに 私を登場させないで欲しい。。。(;;)。> 義母



ペン引

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