今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

64回目の 原爆忌




       祈。 




クレパスライン





         祈。 >  平和。 世界平和。 世界恒久平和。

         希。 >  核廃絶。




       毎年毎年、8月が近づくと、広島はヒロシマへと変貌する。
       夏の暑さは、8月6日の近付く 悲しい 標。


       6月23日 沖縄「 慰霊の日 」、2つの原爆忌、終戦の日。


       この4つの日だけは、
       全国民が服喪する、鎮魂の日でありたい、と こころから想う。


       それは、鎮魂の想いとともに、2度と過ちを繰り返さないために。
       己れが、あの戦争を経て、今、自分たちが生きて在れることに感謝するために。


       強制ではなく、皆が自然にこころからそう思える。
       手を合わせる想い。 頭を垂れる想い。
       そんな国であるためには、何をどうして、どう在ればいいのだろう。




千羽鶴の行方



昨年、声をあげてくれた職場の後輩の想いを受け継ぎ、

平和を祈念し、6人全員で折鶴を折り、
きっちり千羽 の 千羽鶴を捧げる。



千羽鶴の行方2




鶴を折ったから、といって、何がどう変わる訳でもあるまい。

けれど、戦没者を悼み、平和を願う、
民草の祈りのこころが込められた折鶴のひとつひとつに。

それを折っていく過程において。
それを形として目にする、その瞬間において。

祈りのこころは共有され、ひとは想いを新たにし、
また、一歩、前に踏み出して歩いていけるのではないか。

想いを等しくするひとびとの愛(かな)しい想いに背中をおされて。





、、、鶴を折るだけで、昨年の想いが経ち返る。

それは 日々、流されていく自分にとって、
とても 大切なことではなかろうか、と気付く。

鶴を折りながら、
鶴を折る自分、その自分の足元、自分の生きて在る場所。
しっかり見つめ 考える時間を重ねること。





      






       オキナワ、ヒロシマ、ナガサキが、
       遠い過去の歴史物語として風化し、
       忘れ去れられて行くことの恐ろしさをこころから憂う。


       あの戦争で、失われたいのちは、全て等しく同じ。

       戦地で落とされたいのちも、空襲の被害にあわれたいのちも、
       飢えて落とされたいのちも、
       操を守れと教えられ、自死されたいのちも。。。!


          しかし、被爆者の染色体にまで異常を起こさせる核の被害は、
          一過性のものではない、ということで確かに特別なものであり、
          全世界において、2度と決して許してはならない、人類の過ちである。

          核兵器による被害者は、ヒバクシャと呼ばれ、
          被爆者、というだけで、その子孫まで
          様々な偏見、差別、不安をも背負わされてしまうのだから。



       ひとつのいのちについて考えることは、
       多くのいのちについて考えることにつながる。


       ヒロシマ・ナガサキを過去の悲劇に終わらせてはならない。
      「 戦争被害 」の象徴としてとらえ、考え続けて行かねばならない、と思う。


       広島市から離れたこの地では、平和教育に力を入れる広島県の教育が
      『 偏向教育 』である、という文科省の是正指導以来、
       原爆、戦争については、実体験者でなくては語れない、と禁止し、
       小学校の社会見学コースから平和公園が外され、
       中学校の修学旅行は、沖縄ひめゆりの塔から東京TDLになった。

          「 戦争反対 」と言った瞬間に、それは「 運動 」となり、
          「 思想 」というベクトルを持つものであるから、
            教師は、口にしてはならないのだ、と、言う。



            2度と同じ過ちをしない。



       そう祈る、ことは宗教なのか?
       願う、ことは、過激な思想なのか?
       決意すること、は、「右」やら「左」やらを決定することなのか?



      
       断じて  



             先生方は、「 ぎりぎり 」 の ところ で、
             こそこそと 子どもたちに読んであげる 本 を探す。
             何かを感じ、何かを考えて欲しい、と。




       風化させない!



          それぞれのひとびとが、それぞれの立場で。
          さまざまな観方をし、とらえつつ、
          それぞれの平和について、考え続けられるように。


          にんげん、として考え、思惟を重ね。

          できること を できる形 で。

          声をあげなきゃならんときは、声が出るように。
          ヤらなきゃならん ときは ヤることができるように。



                   いつだって、この足を。
                           前に。 前に。。。!




千羽鶴の行方3>




にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ

麻生氏の 「 あいさつ 」。
風化 されてませんか?
ちっとも「 誠 」を感じられなかったのですが。





       ●  『 夕凪の街 桜の国 』

       ●  『 ヒロシマ前夜に想うこと 』

       ●  『 夕凪の街 桜の国 ふたたび 』

       ●  『 ナガサキの日に 』 ( 『 生ましめんかな 』 )

       ●  「 みたび『 夕凪の街 桜の国 』」



スポンサーサイト

ジャンル : ライフ
テーマ : スタンス・生き方

タグ : 原爆忌 ヒロシマ 夕凪の街桜の国 千羽鶴 過ちは繰り返さない 風化

[ 2009/08/06 08:49 ] ニュース | TB(0) | CM(12)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。