今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

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義母の班の神社当番。



   今年のGWは、長義兄の長女の海外結婚式、次義兄の次男が受験生(後日記述)等々で、
   昨年に続いて、義兄たちの帰省なし。 \(^o^)/☆☆☆


   例年は、こうだったり、 こうだったり、 こうだったり、と

   盆暮正月、農繁期に次ぐ、恐怖・悪夢のGWなのである。
   んでもって、夫は休みぢゃないし。
   めちゃくちゃ てんてこまい だったのが 嘘のよう。


       とってもとっても有難いけれど、
       義母は不本意で、淋しくて、

         「 やっぱり、おとうさんがおらんようになるとサエんのぅ 」と愚痴る。

       それは義父がいなくなったから、なのではなく、
       孫たちが皆それぞれ長じて、それぞれに忙しく、
       無理をしても皆が集まれなくなって来ているのだ、と言ったのだが、
       頭では理解しても、義母のこころが納得してくれない。

       こうして私は、何処にも行かず、ちゃんと義母の傍に仕えているのに、
       それは「当たり前」で、喜んではくれないのか~~~ぃ。

       いつだって、GWだから、といってレジャーも何もなく、
       貴女の傍に在るのに。

                     私だって、遊びたいし、何処かへ行きたいぞ~~!


 




    今年度の義母の班では、義母が班長。

    義母の手に余るようなことはお手伝いをしているが、
    昨夜、班会議があり、神社の当番についてモメにモメた、という。

  
       これまでは、神社への寄附集め、祭り準備等の班内割り当ては
       班内の氏子が中心になってヤって来たが、氏子も高齢化してきたため、
       氏子ばかりではキツいので、班内で全世帯が持ち回りでヤって欲しい。

   
    との提案が出され、
    持ち回りで当番が当たって、できない場合はお金ではなく、
    代わりのひとを出して欲しい、というところで喧喧諤諤となったそうである。


    82歳の義母が当番になるのは6年後。

      「 寄附金集めはともかく、祭りの前夜から準備を手伝い、餅を搗いたり、
        行列にも付き添って町内を練り歩くなんてとてもできない。
        お金で勘弁して貰えないだろうか 」

    義母がそういうと、氏子連のひとは、

      「 お宅には三男さんが帰っておられるし、
        三男さんがダメなら、長男さんに帰って貰えば済むことじゃ 」 と。
 
    義母はカンカンになっていたが、
    でも確かに、皆がお金で済ませたら、結局誰もお世話をするひとがいないことになる。。

    
    、、、これ、多分、どーせ、私がするようになるんだろうな。。。orz....

    って、6年後、といったら、ちょうど 我が家も神社当番ぢゃん!?! ショック  

    でぇええ。  し~らないっと。 そのときが来たら悩もう>ぢぶん。


溜

氏子の高齢化って言ってるけど、
本当のところは、氏子さんたちの神社離れ、だと思うなぁ。。。(゚゜)\バキ☆



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ジャンル : ライフ
テーマ : 田舎暮らし日記

タグ : 神社 鎮守 氏子 当番 持ち回り 高齢化

[ 2007/04/30 00:00 ] 地域のこと。 | TB(0) | CM(10)

出雲大社の御札。



   ぴんぽ~ん。



   ドアを開けると、お歳の頃は70代。
   神官の服装をした御方が姿勢正しく立っておられた。


      「 まぁ、もぉ、1年経ったんですね!!
        お元気でいらっしゃいましたか 」


   思わず言の葉が勝手にこぼれ出してくる。


tree



   この地に転居して初めての晩秋に、
   チャイムが鳴って玄関を開けた時に、神官さんが立ってらしたのには驚いた。


   木枯らしがびゅーびゅー吹き荒れる日で、
   神官さんのご衣装が、なんとも寒々しく目に痛かったが、
   背筋がぴんと伸びられて、こちらまで衿を正すような心地がした。

   出雲からお越しで、毎年、お札を配って歩いている、と言う。

   広島時代はマンションだったからか、こうした出逢いはなかった。
   初めての経験である。


       かつて日本史を学んだものとして。
       日本史の教諭になろうと、少しでも考えたものとして。

       出雲の國。 出雲大社にはまた格別な想いがある。
       大学時代、松江に住む叔母宅を宿に、3日通った。
 

   一瞬迷ったが、その御方の佇まい、物腰に御札をいただくことにした。


   御札をいただき、お金をお渡しすると、
   その場で領収を切られ、翌年の出雲本暦をいただいた。

   辞されるとき、「 どうぞ、来年も皆さま、お倖せに 」とおっしゃられ、
   思わず、涙がこぼれた自分に驚いた。


   3月。 私の誕生日に同居の形で転居し、8月末に新居が完成して入居。

   新居が完成して、義父母の家を出ることができて嬉しかったのはその夜だけ。
   翌日から、ちっとも「別居」になってないことに気付く。

   この地の「嫁」として恥ずかしくないようしっかり私を育てようとする義母。

   異邦人を観る、地域の方々の監視のような視線に疲れ果て。
   毎晩、広島恋しさに声を出さずに泣いている上の少年にこころ痛め。

   毎日毎日。 農村での暮らしに、私は疲れ果てていた。


      義父母に良かれ、という一念で転居して来たが、
      私はちっとも倖せぢゃない。
      上の少年もちっとも倖せぢゃない。
      また来年も、これまでと同じ日々が続く。

      もぉ、イヤだ。 私は ここ から逃れたい!!!



  「 どうぞ お倖せに 」 とおっしゃられた途端に涙を滴らせた私に、

    神官さんは、
       「 おゃ、神さまが泣いていらっしゃるのですね 」
    なんとも言えないお顔でにっこりされ、
       「 どうぞどうぞ、お倖せに 」
    もう一度、そうおっしゃって、ぴしっと美しい一礼をされ踵を返された。



    その毅然とした佇まいに、暫し自分も玄関へ立ち尽くし、
    神官さんの背中が見えなくなるまで、見つめてしまっていた。

     「 倖せ 」 という言の葉があることを、
     私は、転居以来、忘れていた。

     私は、ずっとずっと辛くて、不幸で、悲しかった。

     でもそれは、どうしてなのか。
     このまま、死ぬまで、私はそう思いながら生きていくのか。

     目が醒めた瞬間だったように思う。




    以来、この神官さんがお越しになる度、
    また、1年経った、もぉ1年経った、と思わせていただいている。


    一昨年、領収を書こうとされたときに、
    神官さんのボールペンが、折れてしまった。

    「 あ! 」 とふたりで声を上げ、
    私は玄関前に常備しているボールペンをお渡しし、

    「 どうぞそのまま、お持ち下さい。
      こういうときのために何本も用意しているのです 」 と差し上げた。

    「 本当によろしいのですか? 」

    と、恐縮され、何度も御礼をおっしゃられ、
    最後に、いつもの、
    「 どうぞ、お倖せに 」とおっしゃって辞されたのだったが。


    昨年。
    いつものように御札をいただき、神官さんが領収を書かれたとき。


    「 奥さま。 覚えていらっしゃいますか。
      昨年、お心遣いをいただき、大変に助かりました。
      帰って報告致しまして、皆で慶ばせていただきました。

      今年は、ペンの御礼に、お神酒をお持ち致しました。
      どうぞご笑納下さい 」


    驚いた。
    1年前のことである。
    それが有難い御神酒となって戻って来た。

      『出雲大社御神酒』と筆で書かれた白い箱。

    畏れ多くて、そのままずっと飾っている。

    お正月に、義父の忌明けも兼ね、このお神酒をいただこうかな。。。。。
  




    近所に大きな由緒ある(らしい)神社が在るが、
    そのていたらくは、何度も記した通り

    この地の私にとっては、この神官さんに玄関先でほんの数分お逢いするのが、
    こころのお宮参り、のような気がしている。



       相変わらず、美しい佇まいの神官さんだが、やはりお歳を召された気がする。
       あの薄物のご衣裳でも、平気なお顔をしていらっしゃるのは、
       日頃のご鍛錬の賜物なのだろうか。

         「 また来年もお目に掛かります。 どうぞお倖せに 」

       そうおっしゃられたとき、つい、

         「 はぃ、お待ちしております。 どうぞお元気で 」 と言ってしまった。

       深く頭を下げられたが、ちらりと笑みが見えたような気がした。



       どうぞどうぞ、お元気で。 


晴れ


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タグ : ありがとう 倖せ 出雲教 神官 お宮参り 神社 神道 氏神 お札 お神酒

[ 2006/11/20 10:19 ] ささやかな倖せ | TB(0) | CM(15)


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