今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

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『 おやじの会 』 の意義やら意味やら考




★のん★きっずさんちへの ひろ子・Kさんのコメントに
お返事を書いてて、長くなってしまったので自分ちで書くことにしました。
                    (こればっかりやん>ぢぶん)


★のん★きっずさん へ ひろ子・Kさんからのコメント


 > おやじの会ってどうなんでしょう。

 > 確かに、お父さんが学校に関わることの大切さは判る。
 > でも、子どものことで父親が出てきて、
 > うまくいく例はあまり聞きません。
 > まあ、そこまで行く前にさんざんもめて、
 > 最後にお父さん登場!っていうの、もあるだろうけれど、
 > 何というか、お父さんの方が引くのが下手。(な人が多い)

 > PTAは勿論お父さんも入っているんだから、
 > どうして親父だけ別に集わなければならないのか。
 > PTAで一緒に活動するんではダメなんでしょうか。
 > どうもよくわからないのですが・・・。



うんうん! そうだよね!って頷いちゃう私もいるのですが、
一応、昨春、うちの中学で『 おやじの会 』を立ち上げちゃったその場に
居合わせたので、書いてみます。


ひろ子・Kさんの問いかけの特に後半部分について。


1つには、活動時間の違いが大きいかと思われます。


中学校PTAでは、会議も活動も殆どが夜なので、
参加可能なおとうさんは、多くいらっしゃると思いますが、
小学校PTAでは、活動が午前中とか午後の場合のことが多く、
兼業主婦のおかあさんも辛いし、おとうさんはもっと辛い状況。

現在のPTAは、一部の地域を除いて、
実質的には「おかあさんの組織」になってしまっていると思います。


結果、うちの中学でも、おとうさん役員さんは、借りてきた猫状態で、
会議などでは、ただ出席されてるだけ、のケース。

もしくは、「おとうさん理論」でとうとうとお話され、
時にはPTA活動の現状を批判し、その場を仕切りたがられるけれど、
これまでのPTA活動のなかみを全然ご存知ないために
机上の空論ばかりで、皆から浮き上がり、そっぽを向かれているケース。

この両極端なおとうさん役員しかいらっしゃらず、
これではとても「 一緒に活動して 」いるとは言えない状況です。


でも、ソフトボール大会などで、おとうさんたちがたくさん集まると、
おとうさんたちはとっても元気で、楽しくて、ヤル気満々。

おとうさん同士が同級生だったり、先輩だったり、知人の知人だったり。
おとうさんは知らなかったけれど、子どもたち同士が大親友であったり。

この盛り上がりをこの場だけのものにしておくのは、本当にもったいない。



おとうさんだって、本当は子育てに関わりたい。

おかあさんと子どもたちの会話のなかに加わりたい。


何もかもが不透明な「いまどき」だからこそ、
父親も子どもたちとかかわらねば! 今、学校とかかわらないでどーする!

そんなような危機感を覚えておられるおとうさん方は、たくさんいらっしゃる。


けれど、日常にその機会や場がない。

PTAがそうであれば、1番良いのでしょうが、
これまでのPTA、そして現在のPTAを観る限り、
PTA全体での余程の努力、改革がなければ、難しいことのように思えます。


   ◆  ◆  ◆


うちの小学校のおやじの会は、
小学校PTA会長が、名称にこだわって、『 おやじの会 』とせず、
『 7年1組 』と銘打って立ち上げました。

これは、「父親」の枠をとっぱらって、子どもたちの「上級生」で在りたい。
「上級生」として子どもたちに接し、一緒に遊び、学びたい
、という
会長の願いが根底にあったからでした。



中学校は、普通に『 おやじの会 』です。

立ち上げた目的は「 地域の子どもたちをフツーに叱れるおやじになろう 」

まだまだ「 はじめの一歩 」で、
「 まずはおやじ同士、仲良くなろうや 」な段階で、
こちらでも何度も書いて参りましたが、
PTAとのかかわり方や、学校とのかかわり方、
会員それぞれに想いがあり、未だにさまざまな火種は健在で頭の痛いままですが、
なんとか、潰さずに乗り越えて行きたい、と思っています。


   ◆  ◆  ◆


で、私が忘れてはならない、と思うのは、
なんの配慮もなく、PTAや学校関連で『 おやじの会 』と名乗った瞬間、
はじき飛ばされたように感じてしまわれるご家庭が在る、ということです。

私は、『 おやじの会 』の設立やその在り方については、
おとうさんがいないご家庭への配慮が不可欠である、と思っています。


んだから、うちの中学の 『 おやじの会 』は、
母子家庭の方々に配慮したうえで、誤解を恐れず、
【 だからこそ 】 『 おやじの会 』 の名称で 在りたい、と願っています。

我が子、のおやじだけではなく、子どもたちのおやじ、地域のおやじとして
子どもたちにかかわって欲しい、かかわろうという会で在りたい、と。


んでも、こうした想いは、黙ってては伝わりません。

うちの中学の『 おやじの会 』が掲げた理念が、
しっかり皆のこころに根付いていただけるまで、
活動の度に常に謳って行かないとならないと思っています。

母子家庭のおかあさんや、子どもたちは、
「おとうさん」という言の葉に、とても敏感でいらっしゃる場合が多く、
この理念が説明不足だと、話の前からソッポを向かれたり、
疎外感を覚えられたり、傷ついたりしてしまわれるので。



まずは、同じ学校で机を並べる子どもたちの おやじ として。

職業、地位、役職、関係ない。
ただ、お子たちのおやじとして、気軽に寄り合えて、語り合える場として
『 おやじの会 』という場が存在するなら、
それはとても意義も意味もあることのように、私には思えます。

そこから、どのようにも発展していける可能性を持つ、
まずはとっかかりであり、突破口のようにも感じられるのです。


ペン玉乗り




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ジャンル : 学校・教育
テーマ : PTA

タグ : おやじの会 おやじの会立ち上げ おやじの会の意義 おやじ 父親 PTA



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