今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

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25回忌法要。




          8月14日。  実家の父の祥月命日。

          この世で 一番 私の悲しかった日である。
   


          今回、母が父の25回忌法要を営むことにしたのは、
          8年後となる、33回忌法要を営む自信がないから、とのことであった。


              弟も私も、
              何をおバカなことを、と一笑に付し、

              33回忌も きっと 皆 元気で迎えられるし、
              親不孝の極致ではあれど、
              おかあさんが 私たちを看取ってくれそうに思ってるよ!


          そんな風に受け流したのだったが、母の決意は固く、
          この日を迎えることになったのだった。


          内々の法要で、母と弟と私。
          父が妹のように思い、私が姉のように慕っている私の従姉のみ。


          うちの少年たちも来てくれると嬉しいな、と呟く母に
          当たり前ぢゃん、引きずっても連れて行くよ! と
          早くから少年たちに調整をお願いしての この日。



    




          起きられない下の少年 を 叩き起こし、
          お寺さんが お帰りになられたら、すぐ眠っていいから、と
          寝ぼけ顔な彼をそのまま Fitの後部座席に突っ込み、
          そのままそこで寝かせよう、と 上の少年を助手席に乗せて、実家へ向かう。



          いつもなら、Fitのエンジン音で、転がるように 外に飛び出して
          満面の笑顔で 私たちを迎えてくれる母が 出て来ない。

          弟とふたりで、手が離せない程のご馳走をつくってる?

          車庫入れ前に 先に下ろした少年たちが いつもなら いそいそと
          勝手知ったる「 大好きなばぁちゃんち 」へ上がり込むハズなのに、
          玄関の前で固まっている。


            「 ん? なんで入らんのん? 」

            「 だって、誰かおってんぢゃもん。。。たらり 」


          お年頃 の シャイなボーイズは、
          外に漏れ聞こえてる 機関銃のやうな「 おばちゃん 」の話し声に
          畏れている様子。


             、、、あぁ、なるほど。


          毎年、父の祥月命日にお参り下さり、
          定年を迎えられてからは 散歩がてらに 毎月の命日にお参り下さる、
          父の幼馴染であり、職場の同僚でもある「 おじさん 」が、
          夫婦でおいでなのだった。


            父の大親友である 上品で温厚な「 おじさん 」を
            私たちは大好きなのであるが、

            大阪の旧家のご出身でいらっしゃる 「 おばさん 」は、
            広島人となられて60年を越えておられる今も関西弁で、
            息つく暇もなくお喋りになる御方で、悪い御方ではないし、
            私など、とても可愛がっていただいたものではあるが、

            なんでも ずけずけと 歯に衣を着せずおっしゃり、
            殊に私たちの大好きな「 おじさん 」を悪し様におっしゃるので、
            この御方とお別れした後は、暫く座り込んでしまうほど、
            神経をすり減らされ、私たちは、苦手としているのであった。



         このおばさんに 耐性のない少年たちは、
         挨拶もそこそこに、早々と隣の部屋へ逃げ込んだのであったが、
         私はそういう訳には行かず、長い長い時を過ごす。 しょんぼり


         昔話に勝手に大輪の花を咲かせ始めた おばさんは、


            乳児だった私が、「 生さぬ仲 」 である母に、
            今日まで どれ程、慈しんで貰ったか。
            その恩を絶対に忘れてはならない、とか、

            「 生さぬ仲 」 の 母が、慣れぬ育児に
            どれ程、苦労したか、その恩を絶対に忘れてはならない、とか、

            その「 生さぬ仲 」である娘の長男を
            高2高3と難しい時期に、この家に下宿させ、
            育てて貰った恩、京大に合格させて貰った恩、
            どんなに感謝しても 恩返ししても 返し尽くせるものではない、とか、


         少々お歳も取られたために、それらが声高にエンドレスで繰り返され、

         母と私とのことを、まだ少年たちに話していない私は、
         隣室の彼らの耳に届くのではないか、
         こんな形で、彼らが識ることを1番怖れていたのに、と
         はらはら し通しで、すっかり消耗してしまい。

         ぎしぎしと こころが軋み、悲鳴をあげかけたとき、

         ピンポンとチャイムがなり、従姉が来てくれる。


   


         従姉は、少年たちと逢えたことに とても喜んでくれたのだったが、
         下の少年の 酷い肌の状態に息を呑み、


          「 仁ちゃんの方がハンサムだと思ってたけど、これではね… 」


         痛ましそうに、紡がれた言の葉に
         母が顔色を変え、仁を引き寄せて涙をこぼす。



                  何気ない 従姉の言の葉は

                      上の少年のこころを抉り
                      下の少年を 抉り、
                      そして、母のこころをも 抉る。



          その場の空気を緩めたく、ただ 私は へらへらと笑うだけ。



なみだ





         最愛の父の25回忌に。


         1番近しい私たちが集まり、父を偲び 手を合わせ、
         来し方、行く末、と
         遺された互いのこころ を あたためあう日となるはずだった。


             なのに それぞれのこころに 思いがけない波風を立てられ、

             あげくに、繰り返された 父の手術の是非、
             葬儀のときのあれこれの是非。

                ―― とうに 母と私の間では 自分たちを納得させ
                      こころ 鎮めて クリアしてきた事柄であったのに。


              どうして こんなことになってしまったか。





         夜、おいで下さった方々を丁重にお見送りし、
         夫の職場へ Fitで夫を迎えに行く。


         母と弟が、腕によりをかけてつくってくれた夕食を
         母と弟と 私たち一家 の 水入らずな雰囲気で 共にいただき、
         その和やかな空気に やっと こころが和み、ほっと一息入れて、

         翌15日も出勤である夫や、
         広島で友人たちと逢う予定の少年たちを残し、私だけ、自宅へ戻る。


                  泊まらない、と 義母に約束をしていたから。



         独り 戻る 車のなかで、


                耐え難い哀しみが襲ってくる。


                結局 私は また 誰も守れなかった。

                母も、少年たちも、 私自身をも。

                そして、そんな非力な私が、実家を後にし、
                独り、この地へ義母を守りに帰ろうとしている、
                この皮肉さ加減に 嗤えて来る。




         ただ 倖せなのは。


            私抜きでも、夫は私の実家に在れる、母と夫の双方のこころ。
            少年たちが 私の母をとても愛し、信頼していること。

            それが 私の宝なのだと。 母が 私の宝なのだと。


                   改めて気付かされ、

                     だから、私は 私の なすべきことを。

                     母の在り方を 胸に、なすべきことを。

                                 ふぁいとふぁいと > ぢぶん





チビSAD

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ジャンル : 日記
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タグ : 25回忌 法要 法事 実家の法事

「 法要 」 の 意義考。




         仏教において、ご法要の意義とは
         各宗派でそれぞれに異なってはいるものの、
          ( それはもう、恐ろしく異なる! )


            私自身は、( いつ ) 何処で手を合わせても同じ。
            問題は 己が手を合わせる そこに、
            己の真が在るか否か だと 思っている。

               それでも ひとつの「 区切り 」として
               わざわざ 故人の忌日に「 法要 」を営む意義は
               以下のようなところのものではないか、と。









         現代を生きる私たちで、
         本気で 神や佛の存在を信じ、日々敬虔な「 信仰 」生活を送っているひとは、
         数少ないのではないか、と思う。

         そんな私たちでも、これまで生きて来たなかで
         近しいひとびとの逝去に遭い、結果、法要に招かれたり、営んだりしている。

         前提のやうに「 確固たる信仰を持たない 」私たちが、ご法事に臨むにあたり、

         まずは、故人の忌日に、故人と縁在ったもの、として集まるのだから、
         改めて この日に故人を偲ぶこと、だったり、

         故人によって結び付けられている、参集したひとびとと自分とのご縁を想ったり、

         さらには 日常に追われ、日々流されている自分を見つめ直したり、
         様々なご縁で「 生かされて在る 」ことを再認識したり。

         たくさんのいのちの繋がりのうえに 生かされて在ることに感謝のこころを持ち、
         己のこれからの日々の在り方を想い、
         「 精進すること 」を それぞれにこころに誓うこと――。



           。。。そんなようなことが、
           各宗派を超えて 言えることなのではないか、と愚考する。



               加えて、法要に お子たちが出席することは、
               そのことで 「 仏縁 」 というものやら、
               冠婚葬祭でしか出逢わない親族 というものとの
               「 繋がり 」やら、今日までの縁 ( えにし ) を肌で識る、
               よい機会なのではなかろうか、、、とも思ったり。



           参集したひとびとが、それぞれ故人に縁( ゆかり )あるものとして、
           共に食事をし、互いの近況を伝え合うことも、また
           改めて故人を偲ぶ縁( よすが ) になるのだ、とも思う。




         なんにせよ、60代になっても未だに分家の義叔母から、
         熨斗袋の中身まで指導される面倒さ には、共感するものの、

         法要に招待されて 「 迷惑 」 とか
         包んだ金額に見合わぬフィードバックなら 「 損 」 であるとか、


             んな身も蓋もないことは、
             お願いだから、思ってても口には出さないでいて欲しい。。。 なみだ











         ご法事に 御佛前や御供として供えられた熨斗袋を お帰りの際に、

          「 お気持ちだけいただきました 」 と

         茶の子と共に 丁重にそのままお返しする風習は、
         広島市中央部だけなのだろうか。 ショック


         、、とはいへ、広島市でも、
         内々の法事だったり、本当に「 略式 」の場合だけ、である。

         それは、いただいた額の 【 半返し 】 という風習があるため、
         ご法事で いただく熨斗袋の中身に合わせ
         それぞれ異なる茶の子を手配し、後日送付や持参しなくてはならず、
         その手間を厭ったことから 始まったのではないかと思うのだが。。。

         だもんで、わざわざこの日に参集していただいたことだけで有難い、と、
         熨斗袋の中身は頂戴せずにお返しし、
         一緒に、その日にお渡ししてしまう茶の子は 一律同額のものである。



               お料理代、茶の子代 ( 会場代 )と 多人数になればなるほど
               施主側は大変であるが、現代的で合理的。
               善哉、善哉、だと 私などは感じて来た。


               けれど、ここ数年来、ご葬儀のときに、
               もう 『 満中陰の茶の子 』 を渡されるようになって来たのは
                 正直、ヤり過ぎだと思うし、ついて行けないものを感じている―― たらり











         今回の事件で、改めて。


         日頃より、「 想いを形に 」 と思っている私であるけれど、

         「 こころ 」 を 物品 という具体的な形として包むことは
         なんて難しいことなのだろう、と思ったことである。



             モノやお金で ひとのこころは はかれない。


             けれど、佛事など、
             モノやお金で 己のこころを包まなくてはいけなくなった場合、

               何処に 自分自身の判断基準を置くか。

               そこに、己の立場、とか 世間体 とかが 反映されてはいないか。

               己は、世間相場、というものから、全く 自由であれるのか。 等々。



                迷惑至極に思えた、今回の義母の爆発、憤懣から端を発し、
                     いろいろいろいろ 考えさせられたことである――。





強風

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タグ : 法事 法要 ジョーシキとヒジョーシキ 慣習 判断基準 御仏前 御供え

[ 2010/07/27 00:00 ] 徒然草 | TB(0) | CM(4)

義母の憂鬱、嫁の憂鬱。




         いつでもどこでも、山のやうな心配事を抱え、
         常に 何かしら愚痴と不満と不安でいっぱぃな義母なのだが。



         ここのところ 義母を悩ませているのは、
         近隣の義母の義妹夫婦( 夫にとっては父方の叔母夫婦 )の
         13回忌と17回忌の合同法要について。



         どちらも私たちが結婚してからのご逝去で、
         殊に 義叔父には 私までよく可愛がって貰い、
         葬儀の際には、お通夜の準備から 精進落としまでの料理全般を手伝った。


         この度の法事は 内輪で営まれる由にて、長義兄や私たちは呼ばれず、
         義母が代表で出席するように招待されたのだったが、
         義母が悩まされているのは、その折に包む 『 御佛前 』の額。



         なんでも義母宅近隣の班や講では、
         法事に招待された折には、【 1軒で2万円包む 】というのが
         いつの頃からか、不文律となっており、

         ここ数年来、その2万円入りの熨斗袋を 帰る際に、
         施主から 「 お気持ちだけ有難くいただきました 」 と
         それぞれ「 茶の子 」と共に丁重に返される、のが主流である。

         また、お線香など御供のものは受け取り、
         茶菓子や果物などは、受け取って 参会者が帰られるまでに均等に分け、
         茶の子と一緒に持って帰って貰うのである。

         お金の額はともかく、法事の際のこの「 形だけ 」な形式は、
         私の結婚前から、広島ではそういう風習だったように記憶している。



    



         だが、この地では、数年前まで、
         そうやって お金を受け取らずに返すイエがあれば、

         「 ひとが折角 包んでいったものを 【 突き返す 】 などと、
           なんと 可愛らしゅうないことか 」

         と、皆から陰口を叩かれていたものだった。


         が、ここ数年で、その慣習が見事にひっくり返り、
         帰る際に 熨斗袋を受け取ったまま返さないイエを
         「 なんと 常識のない シワい( ケチ、強欲 )イエであることか 」と
         皆から叩かれることになっており、


         傍から そんな手のひら返しを見聞きさせられる私は、
         あきれ返ってものも言えず、 ますますこの地を嫌いになるのである(゚゜)\バキ☆




         で、この度。

         近隣で、包むのは一律2万、と決まっているらしい額に、
         何故 義母が悩まねばならないのか、と思ったら、

         義母と本家との間で、諍いとなったから、である。 おろおろ


         何10年も、分家として本家第一に仕えて来た義父母であったが、
         既に 本家は、代替わりして久しく、
         現当主は 夫にとって10歳上の従兄。

         義母にとっては、息子同然の当主夫婦であるが、
         立場上、現在も 義母は 農作業こそ本家の手伝いはしなくてよくなったものの、
         ことある毎に、常に本家を立てている。

         だが、本家御内室は いわゆる「 新人類 」であるため、
         御内室の言動が いちいち義母の腹に据えかねることとなり、
         その都度、あれこれと 愚痴を聞かされてきた。 しょんぼり



         今回は、近しい縁として、同じ法事の席に招待されるため、
         本家より出過ぎては、と、義母が 包む額と持参するものについて
         打ち合わせをしたいと思い、本家に連絡をしたことが発端である。

          「 うちは 1万しか包まない。 御供も手土産も持って行かない 」

         本家御内室にそう言われ、驚いた義母は
         迷った挙句、「 近隣では 皆2万包むことになっている 」と言う。


         したらば、御内室が

          「 もし2万包んで、戻って来なかったら大損である 」 と。


         実は、先年、本家にて法要が営まれ、
         この本家では、出席いただいた方々からの 「 御佛前 」 を お返しせず、
         お帰りの際に、その場でお渡しする 「 茶の子 」 だけで、
         後日、改めての「 お返し 」もないという、「 シワい 」こと をされたため、
          「 お宅の本家さんは、、 」 と あちらこちらで皮肉を言われ、
         それがまた、評判となり、肩身の狭い想いをしていた義母は
         「 シワいことをしたお前が言うな 」的に 一気に爆発し、


           本家は夫婦で招待されているのだし、
           あちらは、義妹夫婦の2人の合同法要である。

           なにより そちらは 「 本家 」 であるのだし、
           その本家が、1万円ではあまりに恥ずかしい と言い返し、


         売り言葉に買い言葉か、


           こちらを夫婦で招待したのは向こうが好きで招待したこと。
           法要を2人分合わせてするのも、向こうの勝手でしたこと。
           だいたい、亡くなって13年も17年も経つのに、
           親類縁者を呼ぶほどの大きな法要をするのは 迷惑極まりない 等々。


         本家御内室は激怒された由にて、とりあえず引き下がった、と、
         義母の憤懣やる方なしの怒りが私に撒き散らされる。。。。 しょんぼり





         はぅ。


              「 お義母さま。

                佛さまは、全部 全部 観ていらっしゃいますから  」

                              無理矢理 そう宥めつつ。



          どっち も どっち 。(゚゜)\バキ☆



                本家・分家 が未だに脈々と受け継がれてはいても

                本家は 本家としての勤めを損得で量り、全うせず、
                分家は 昔の本家の恩に縛られ、或いは恩を忘れ果て。

                現在に残るは、互いの不備であったところの恨みつらみのみ。


 
         今回の件の聴く限りにおいては、義母の肩を持たざるを得ないが、
         これも義母からの一方的な愚痴であり、

         まさかに 如何に 皆から「 新人類 」と称される御方でも、
         仮にも法要に招待されて、迷惑だの、
         お金が戻って来たら大損だのと、真っ向からおっしゃるハズはないと
         思いたいのだが。。。。 むむむむ。  たらり





             2010年。


             平成の世ももうすぐ四半世紀がヤって来ようというのに。

             未だに 個を認めず、地縁血縁で雁字搦め。

             横並び一線で、それに逸脱することを許さない。

             かと思へば、蔭で神社仏閣への寄附金額の多さを競い、
             『 赤瓦 』か否か などを こころのよりどころとし、
             「 あのイエよりはマシ 」 と 他者を貶めることで安心し、

             大事の際には、横車を押す船頭ばかり。



             これが 都会とは異なる地域力、の源だというのか??



                   断じて  否!! と 私は 叫びたいっ!!!






知らないっ


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タグ : 法事 法要 御仏前 御供 茶の子 ジョーシキとヒジョーシキ 慣習

[ 2010/07/26 00:00 ] 地域のこと。 | TB(1) | CM(8)

「 葬 」 当日。 ( 覚書 )




        当日朝、少年と夫を送り出し、喪服に着替え、葬儀場へ向けて出立。


        携帯が鳴ったので、路肩に停めると、
        姉に着付けをしに一足先に着いた母から、安全ピンが欲しいとのこと。
        途中のコンビニにあるかどうかも判らないので、取りに戻る。


        着付け補正に必要になったのだろうと思い、少しでも早く着きたいが
        私の前の車には若葉マーク。
        追い越し禁止の50kmの山道で、40kmを切っている。

        ついイライラしてしまうけれど、
        こういうときに事故は起こるのだと頭の芯が冴え、自重する。



        無事に着いて安全ピンも役立ったようで一安心。


        棺は夜伽の場所からセレモニーホールへ移され、扉が閉められる。
        控え室はあちらの方々ばかりで、居るところもないので、
        母とホール入り口の目立たない場所に移り、葬儀のときを待つ。


        葬儀場スタッフは、2時間も前から受付にスタンバイされる。
        この間にお香典を出しておこうと、記帳すると、
        金額を確認されたうえ、会葬御礼のミニタオルセットと礼状の他に、
        なんと香典返しとして「 茶の子 」を渡される。

        受付に、金額に見合ったものがそれぞれ用意されているようで、
        私にはギフトカタログだった。


           驚いた。 ひたすら驚いた。
           お香典をいただいた日に、もう、香典返しをしてしまう。

           ひとによって、持ち帰るものが違い、用意された包みが違い、
           中身によっては、紙袋の大きさが違い、
           誰と誰が、おそらく同じ額なのだ、と、ひとめで判る。

           この地であれば、そんなことが子々孫々まで引き摺られていくのだが。

           そんな諸々は何処吹く風とすっ飛ばし、ここまで効率を最優先し、
           クールにシステム化することができるのだ、、、!



        葬儀のお経の途中で、スタッフが蝋燭を2度交換する。

        不思議に思っていたら、1度目は、還骨法要に入ったため。
        2度目は、初七日法要に入ったため。
        違う法要だから、せめてもの蝋燭の交換だったのだった。

        その分、お経は倍以上長く、焼香も全員で2回、喪主は3回。
        初めての体験で、心底驚く。


        広島時代でも、葬儀当日に、初七日法要までしてしまうことが
        フツーになってはいたが、それでも灰葬が終わってから、
        身内や近しいひとびとと共に、灰葬勤行、還骨勤行と
        併せて初七日法要を勤めた後、精進落としの膳を囲んでいた。


        当然のように、葬儀中に初七日まで済ませて、斎場に向かうことを
        幾ら忙しい自分たちの都合だとはいえ、面食らってしまう。



      




        車好きだった彼のために、と、姉は、霊柩車にリムジンを選んでいた。
        そして、私のときもリムジンにしてね、と言う。



        広島の斎場は、新しく大きく豪華になっており、
        エントランスホールからずっと奥に12炉がずらりと並ぶ。
        炉まで、大きな吹き抜けの空間にクールなシャンデリア。
        全般にメタルちっくな近未来的設計に、またもや驚く。


        1番辛い、炉に棺を入れるときが来て、
        扉を閉め、鍵を掛ける作業を姉がさせられるのを観て息を呑む。

           なんて惨いことをさせるのだ。

        これまでは、係の御方が鍵をかけた後、
        そっとその鍵を喪主に握らせてくれていたのに。


        鍵を持ったまま茫然と涙を滴らせている姉を残し、
        さっさと2階の待合室へ行くあちらの方々。

        思わず列の最後から母と駆け寄り、抱きかかえるようにしてエレベータに乗る。



        2階は、待合室というよりは、
        何組もの団体がまとまって談話できるような
        大きなブースの喫茶室になっており、各テーブルにメニューが置かれている。



        町名と喪主の名前の後、
         「 火葬が終了しました 」 という呼び出しアナウンス。


        以前は、係の御方が喪主を探して呼びに来られていたものだった。
         「 火葬が終了 」という言の葉と、そのアナウンスそのものに
        激しい違和感を覚え、抵抗を感じる。


        なにごとも、「 昔は良かった 」「 以前の方が良かった 」
        と安易に感じ、断じたりしてはならない、と思っている。

        こと 「 葬 」 に関しては、
        淡々と進行されることの方が良い場合が多い、とも思っている。

        けれど、もっとなんとかならないものか、と、どうしても感じてしまう。



        アナウンスを受けて、皆がぞろぞろと階下に降り、
        にこやかな斎場スタッフにその場所への案内を受ける。


        喪主である姉だけが最初に呼ばれて扉のなかに入り、数分経過する。
        大丈夫か心配したが、埋葬許可証をいただいたりしたのだろうか。


        エントランスホールでの香の香りはここまでは来ない。
        何人かの方々が、前もってハンカチで鼻と口を押さえて準備されるが、
        そこまでのこともないはずであり、ただ心理的なものなのかも知れない。

        やっと扉が開き、一列に並んで、係の御方が手前に差し出されるお骨を
        ひとりひとり長い箸で取り、骨壷に入れては進み、
        骨上げ台をぐるりと囲む形になる。
        二人一組になることもなく、渡し箸をすることもない。

        母と私も列の最後に並び、お骨上げをする。

        かさかさと乾いた音がして、
        このひとと初めて出遭った日からこれまでのことが思い出される。



        大勢が参加したので、骨壷には多くの骨が入り、
        最後に係の御方が喉仏の説明をされて入れ、
        その上に、頭蓋骨の前と後ろをきちんと入れて蓋をされ、
        白木の箱に入って布で包まれる。

        姉が箱を抱き、遺影を故人の弟さんが持ち、葬儀場へと戻る。


        洋花の飾られた、遺影を置く場所のある、会食用のホールに案内され、
        精進落としの大きなお弁当やビール、ジュースなどが並ぶ。

        午後5時を回っていたため、お弁当だけいただいて帰宅されるひともあり。

        姉から、姉のマンションまで共に帰宅することを依頼されていたため、
        もうひとがんばり、と気合を入れる。


        ビールの栓を抜き、次いでジュースや烏龍茶の栓を抜き、持って回る。


        会食後、四十九日法要に再会することを約して解散。

        少し余ったお弁当と葬儀の祭壇に飾られた果物類を
        皆で分けたかと思う間に、独り姉だけが残される。

        会葬御礼などの余りの返却等々、様々な手続を簡単に済ませ、
        私たちで全ての荷物を私の車に載せる。

        マンションでの「後飾り」の祭壇(段ボール)と、その祭壇用のお花は、
        葬儀場スタッフが後で届けて下さり、祭壇も組んで下さる由。

        そこまでして下さることに、また驚き、
        人手のないイエにとっては至れり尽くせりで有難い。


      



            三回忌までは頑張る。
            三回忌を終えたら、きっぱりとあちらの方々と縁を切る。


        姉の固い決意を耳にしながら、
        そうは言ってても、頼られるとまた巧い具合に丸め込まれ、
        遣われてしまうであろう姉に、胸が痛い。


        でも、この2日間の姉の涙と彼を悼むこころは本物で、
        「 夫婦 」 という名の絆の妙を思い知らされる。

        長年に及ぶ姉の献身的な介護と、姉の涙に送られたあのひとは、
        倖せなひとだった、と こころから思う。



        姉のマンションに母を残し、下の少年用にお弁当をいただき
        急かされるように帰宅する。

        下の少年は、きちんと手を合わせて完食。

                              私は 頭痛激しく、撃沈。



雨


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ジャンル : ライフ
テーマ : ひとりごと

タグ : 葬儀 リムジン 葬送 骨上げ 法要 従姉

[ 2007/12/16 00:00 ] 行きました^^*☆ | TB(0) | CM(5)


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