今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

やっぱり今年もお餅つき




 「 今年は、喪中でもあり、餅つきは止めよう 」と義母が言ったので、
実は、罰当たりな私は少し喜んでいた。


近年は蒸篭蒸しを止め、餅つき機で蒸し、つくようになったのだから、
随分楽にして貰ったのであるが、それでも1日仕事。


  神仏にお供えする鏡餅から、白の平餅、餡子餅、蓬餅、豆餅。。。。

   ( この神仏お供え分だけで、ひと臼分。

     近隣のちっちゃな祠、全部にお供えするのである )


自家製のお餅は、本当に美味しいけれど、
とにもかくにも準備から大変。

2日前より、餅米を水にかす。

自家製の小豆を炊いて餡づくり。
蓬を摘んでゆがいて、アク抜きし、
冷凍しておいたものを自然解凍させ、細かく刻む。

納屋の奥に仕舞いこんでいる餅つき機を出し、セッティング。
同じく奥深くに仕舞いこんでいる餅を丸めるための机を出し、
布を貼り、押しピンできっちり止めておく。

台所の床に敷くための茣蓙を3枚干しておく。

餅箱を出し、水洗いし、日光消毒。


そして、後片付けは、当然、現状復帰。
どうかすると、2~3日仕事の忙しさ。

大量のお餅を冷凍保存する場所にも頭を悩ます。

「なまこ」の形に整えた豆餅を1cm程度に切っていくのも、
大量であるために、大仕事で、手のひらは赤く腫れ、
鋼鉄の肩がダイヤモンドの肩になる。

各種取り揃えたお餅をそれぞれの家族に分け、
種々の野菜と併せ、年末最後の宅配便に間に合うよう駆け込み、
次義兄宅へ送る。

数々の祠参りをし、お供え餅を供えて回る。。。。



  ◆  ◆  ◆



最盛期には、【2斗】ついて、4家族に分けていた。


小さな少年たちも真っ白になりながら、
お餅を丸めるのを手伝い、餡をこっそり口に入れ、
どたどたと賑やかに、笑い声がハジけてた。


餅つきのために、三兄弟が一家で27日頃から帰省し、
それからずっと年末年始を共に過ごしてきたのであるが、
子どもたちが大きくなるにつれ、
子どもたちには子どもたちの予定が入り、
27日から全員が集うのは、段々と無理になってきた。



そして、私たちがこの地に転居してからは、
餅つきは、義母と私の仕事になった。。。。。


長義兄宅は、(おそらく大変だろう、と私たちを思いやり)
自分たちで餅つき機を購入し、
 「 自分たちの分は自分たちでつくから、いいよ 」と言ってくれ、
1家族分楽になった。


しかし、義母は、何より長義兄にお餅を食べさせたかったのだから、
それがとても不満で、毎年のように愚痴る。

 「 豆餅だけでも、餡餅だけでも送ろう 」 と言う。




六七日の法要が終わって、

 「 今年、喪中だから餅つきはしない。
   食べたいときに、欲しいだけ、買おうと思う 」 と

長義兄に言った義母に、長義兄が、

 「 それなら、今年は、僕らがつくよ。
   そして送ってあげるから 」



これが義母のこころに火をつけた。

 「 はぁ?
   あんたにそんなことはさせられん。
   まだまだ私がつくんぢゃけん!! 」


鼻息荒く、もち米を手配し、28日に急遽つくことになった。


   私がつくんぢゃけん。 って、、、……orz....


28日は上の少年が帰省してくるので、
ささやかなパーティ、予定してたのにな。



つきましたよーーーー。 【 1斗 】。


2升づきだから、5臼。


腰が痛いよーー、 膝が痛いよーー。
ウォーキングも3日目にして、お休みだよーーー。  2日坊主だよーーー。
 

号泣

…… んでも、毎年同じ日に同じことをする意義は大きいかも。 
お餅を丸めつつ、1年、さらにもっと昔を振り返り、しみじみ致しました。
義父の話、三兄弟の子どもたちが幼かった日々。




スポンサーサイト

ジャンル : ライフ
テーマ : より良く生きる!

タグ : 餅搗き 喪中 喪中なのにお餅つき 嫁稼業 年末年始の嫁稼業

[ 2005/12/28 00:00 ] あれやこれや ^o^; | TB(0) | CM(14)


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。