今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

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続 『 オロナミンC 』 狂騒曲。




        まさかの 全町 『 オロナミンC 』 売り切れ・取り寄せ不可  に、

        恐慌状態に陥りながら、町内を駆け回り、

        隣街の大型スーパー、ドラッグストア、ホームセンター、
        果ては 隣市にまでも オロナミンCを求めて彷徨いながら。


          ” WHY??? ”


        なにゆえ これほどまでに 方々で オロナミンCが 引っ張りだこなのか、
        脳内が 大小さまざまの疑問符でいっぱぃになる。


            これが酷暑のための、ミネラルウォーターやらイオン飲料の
            在庫切れ、という話なら まだ理解できるのだけれど。









        この地の各家庭に オロナミンCと共に 常備されているUCCの缶コーヒー。


        これについては 1つ 理由が思い当たる。


        町政時代の1974年、隣町にて、
        上島珈琲株式会社と技術提携し、缶コーヒーの製造を開始した企業があり、
        大々的にアルバイトを雇用したようで、この地からもたくさん採用され、
        夫も、学生時代のひと夏、ここでバイトをしたらしい。

           夫は、珈琲が苦手の癖して、香りだけは素晴らしく好ましく感じ、
           また、帰りには 毎日のように、缶コーヒーや缶ジュースを
           貰って帰ったものだ、と言う。

        だもんで、この地で UCCの缶コーヒーが常備されているのは、
        日本初の ミルク入り缶コーヒーが 隣町でつくられた、という、
        かつての親近感であったり、かつての地元贔屓的なものが、
        ずっとそのまま生き残っているのではないか、と。


            実際、中国地方の喫茶店の大半がUCC珈琲であり、
            缶コーヒーのシェアも7割近くが
            『 UCCコーヒー ミルク入り 』であったらしい。


        同様に、農協の『 みかんつぶつぶ 』もまた、
        隣町や近隣島嶼部の広島みかんが 原料となっているからかもしれず、
        この憶測は 結構当たってるんぢゃないかと思う。


        だが、『 オロナミンC 』 については 依然皆目判らない。


        必須アミノ酸やビタミンを含んでいるのに、余り薬剤ぽくなく、
        『 嬉しいとメガネが落ちるんですよ 』の大村昆氏のCMや
        ミルクや卵でも割って飲め、老若男女が美味しく飲める、的
        イメージが浸透し切っているから、なのか。









        で、オロナミンCを求めて彷徨うなかで、
        近隣のホームセンターにて スタッフの御方と話していて気付く。

          この地では稲刈りが始まっており、
          丁度また、小中学校の運動会シーズンでもあり。

        んだから、町内の方々がこぞって、オロナミンCを購入されたのだと。


        義母は、
         『 ( だからこそ ) 絶対にオロナミンCがないといかんっ!  』。


         そうおっしゃられても、ないのだから仕方がありませんよね? なみだ

            おそるおそる 宥めるやうに、
            リポビタンDやチオビタなどへの代替を申し出てみたが、
            即座に却下される。

         そんな薬くさいものを 毎日 職人さんには出せない。
         なんとしても オロナミンC を手に入れんにゃぁならん! と。 なみだ
            医薬部外品がダメなら、オロナミンと同じ清涼飲料水である
            『 リアルゴールド 』はどうだろう、と言うと、


         義母の辞書にはなかったらしく、
         そんな訳の判らないものは、絶対にダメだ、と言う。(──┬──__──┬──)


         仕方がないので、80分掛けて広島市まで買いに出かけることにし、
         その前に、義母の用事を済ませるために 町のスーパーに行く。


           「 りうさん、りうさん、たった今、
             オロナミンCのトラックが着きましたよ!!
             何箱 要ってですか?? 」


         顔見知りの店員さんが、トラックまで走り、
         トラックから おろしてすぐに 渡して下さる。 (T^T)(T^T)。


             ありがとありがとありがと。 (T^T)

             気に掛けて下さってたスーパーの御方。
 
             そして、製造が追いつかない状態をクリアして下さった大塚製薬さん。









         なんとか切り抜けた、翌週の出社日。
         お取引先さまが、「 一息入れてください 」 と
         持って来られたのが、『 オロナミンC 』 1箱。  ?

         でぇええ?  この御方の御実家はもしかしてっ。?a

                        椅子からずり落ちそうになる。





              午後2時過ぎ。

              勤務中にとっても眠たくなり、試しに
              冷蔵庫でキンキンに冷えてた『 オロナミンC 』をいただく。

              不思議にすっきり爽やか、目が冴え冴え。

              医薬部外品の栄養ドリンクのような後味の悪さもなく。



                   侮れん!! たらり > 『 オロナミンC 』っ 




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タグ : オロナミンC 慣習 おもてなし UCC缶珈琲 大塚製薬 お土地柄

[ 2010/09/20 00:00 ] 地域のこと。 | TB(0) | CM(8)

『 田舎 』 の変容考



昨日の 「 PTA役員諾否の地域温度差考 」 にて、
同じ広島県のジャスミン茶々さんからコメントをいただいたことから、
日頃からあれこれ考えていたことを書いてみた。


(以下抜粋)
>前に住んでいた自治会は、
>歴史が古いのでものすごい結束力でした。
>私の実家の部落もそうだけど。
>イベント好きが多いので、毎月お祭り騒ぎですよ。
>そういったところは、年配者が多いんですよね。


私の住む町は、たくさんの小さな町や村が合併し、広い面積を持つ。
同じ町内でも、漁業中心の地域、農業中心の地域、
商店街、企業人の多い地域等々、非常に差がある。
町が編纂した町史には、各地域毎の方言の差まで表になっているくらいである。
そして、まだまだ地縁血縁が大きく物事を左右する年代が町を動かしている。

だが、ご多分に漏れず、この町にも物心両面に、良い意味でも悪い意味でも
近代化の波は訪れている。

10年前、事情あって、生まれ育った広島市内から 夫の両親の元に泣く泣く転居した。
この地は、この町でも 「 地のひと 」 ばかりの古い古いお土地柄。

まず私がさせられたことは、いつまでも娘さん気分でいるんじゃない!と
腰まであったストレートの髪を切ってパーマをあてること。
そしてお化粧をして、スカートを履いての地域全体への挨拶回り。
 ( 私はお化粧はしないので、眉墨とルージュだけで勘弁してもらったが )

ハレ と ケ が はっきりと区別される日常。
日常は、4時半起床、8時消灯。 8時過ぎには近隣も真っ暗になる。
( 私は、真っ暗ななかで、デスクトップのまわりに座布団をかけ、
  外に光が洩れない様にして仕事をした )

洗濯、掃除機かけ、布団干し…、全て近隣の皆が足並みを揃える。
少しでも時間がズレようものなら、即座に何処からかご注進が走り、
「 布団がまだ干してないようだけど…?? 」 などと
心配顔の 「 女衆 」 の訪問を受けることとなる。

この地では、「(ひとと違った言動をして)ひとさまに後ろ指を指されない 」こと、
が、生活していく上での絶対の条件であった。
善悪の判断基準は 「 ひとさまがどう見てどう言うか 」 なのである。

ある程度の覚悟はして来たつもりであったが、
それまで、私は天上天下唯我独尊、私がルール、であった(笑)。
市内中央部で気侭に自由闊達のマンションライフを満喫していた私は、
すぐに適応障害を起こした。

同居中は、ご飯は絶対白いご飯(炊込みご飯、混ぜご飯、ふりかけなどはご法度)。
パン、珈琲、洋食全部ダメ。女性がビールやお酒、とんでもない。
嫁は 「 はい 」 以外、言ってはならない。
夫は末っ子の三男であったため、その嫁である私は「格」も低く、
発言権はおろか人権さえなかった。
テレビも新聞も一切見られなかった。そんな時間がないのである。

「 個 」 など全く認知されない。
一時が万事、地縁・血縁で強固に固められ、決められた通りに動かなくてはならない。
それで 「 大過なく 」「 ひとさまに後ろ指をさされず 」 生きて行くことが
大事なのである。

この地で、子どもの居ない家、障碍を抱えるひとや
登校拒否の子どもを持つ家は大変である。
地域で互いに助け合い支え合うのではなく、
その責は 殆ど「 ヨソから来た嫁 」 が持ち込んだ因縁、として片付けられ、
語り継がれ、婉曲に差別される。

私はこういった 「 お土地柄 」 が嫌で嫌で仕方がなかった。
「 大過なく 」 夫の両親を見送る日が来たら、即座に広島に戻る。
それだけを支えに、息を詰めて暮らしてきた。


でも、ある日、気付いた。
私にとっては 「 広島に帰るまでの我慢の日々 」 であっても、
私の子どもたちにとっては、ここが故郷になるのだ、と。
私がこの地を愛せず、広島ばかりを見つめていたら、
この子たちもつまらない毎日を送ってしまう。
私が一番守らなくてはならないのは、この子たちの心だと。

転居にあたってそれなりの覚悟をし、自分で選んだ道なのだから、
逃げ出すことを自分に決して許さないことを自己確認して、
そこからやっと、「 良かったみつけ 」 を始めることができた。


今では、たくさんの 「 良かったみつけ 」 ができた、とは思っているが、
相変わらず地縁、血縁、家柄が物事の全てを左右し、
不都合なことは因縁として片付けて行くこのお土地柄そのものを
まるごと受け入れることが 私には どうしてもできない。

「 ○○から来たひと 」 とか「 ○○家の嫁 」や
「 ○○家の長男 」 などとしてではなく
「 個人 」 が 「 個 」 として生きること を、
「 気儘 」「 我が儘 」 で 片付け、
異端視することで排除し、そのことで「 多数 」派の自分に安心し、自分自身を許し、
安穏とイエ意識に代表される事柄を連綿と受け継ぎ、助長してきたこの町。

もうそろそろ根底から見つめ直し、
不条理なもろもろを見逃さないような町になりましょうよ、と思う。

お元気だった年配の方々は、段々と老いて、
あれほど大事だったお祭りなども、形骸化し始め、
義務感と、自己都合でしか判断できない、
心もとない若い衆ばかりになって来つつある。

何が一番大事か。

この町で生まれ育ち、まさにこの町の次世代を担う子どもたちに、
古くから脈々と受け継がれてきた生活の知恵や感性、
素晴らしいものをもっともっとしっかりと伝え、学ばせて欲しい。


私たちも、謙虚にしっかり学び、
バカヤローなことには、堂々とバカヤローと言えるように、
私自身が地道に学び、歩を進めていけたら、、、と思い続けて10年目なのである。



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タグ : 田舎 お土地柄 地の人 新参者 地元意識 郷土愛 地縁 イエ 故郷 温故知新

[ 2005/02/25 15:38 ] 徒然草 | TB(0) | CM(10)


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