今日も元気で

今、生きて在れることに感謝し、限られた生を慈しみ、楽しんで、感謝のなかに在ろうと決意中。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

盂蘭盆会





毎年、朝から晩まで座る暇なく おさんどん な お盆。

さんざん迷ったが、長義兄家族は帰省しない由だし、
我が家の人員も殆ど居ないので、
今年は不調を理由に、義母宅へ行かず、ゆっくりさせていただいた。


お盆に、自宅でゆっくりするなんて、結婚以来初めてのこと。
私にとっては 一大決心、大覚悟、な訳で。
その分、当然ながら気ばかり遣って、しっかり胃痛の日々。
こんなことなら、行けばよかった、、なんて思ったり。

自宅に居ても、義母からは
「 何をつくろう、どうしよう 」と、 あれこれと朝昼晩に電話あり、
つくったおかずを 私の分まで用意して、持って来られる。
…恐縮で 胃が縮む。

罪悪感を少しでも薄めたくて??
こちらからは、蕨餅と抹茶のババロアを大量につくり、
下の少年に持って行かせる。



ゆっくりさせて貰って、おかずまでお裾分けして貰い、
義母や次嫂さんに有難く思わねば、バチが当たる、、と思いながらも



  「 私が居なくても、回るぢゃん 」。



ひとたび、そう思ってしまうと、
想いは一気に、亡き父のもとに飛んでいく。

居なくて回るものだったのなら、
せめて父の命日である14日だけでも、毎年、母の傍に在りたかった。

「命日だから帰っておいで」などと、言われてみたかった。(大甘)

自宅でゆっくりする位なら、今年は帰らせて貰えば良かった、と。



今年は、20回忌となる。

14日に実家に電話をしてみた。
毎年、盆行事が落ち着くまでは、帰宅するのは真夜中過ぎるため、
とても電話もできなかったのである。

お坊さまをはじめ、たくさんお参り下さったようで、
幼い頃にお世話になった、思いがけないひとと話もできた。

その御方から、何故、帰って来れないのか、と叱られる。

真宗では、みな仏になっておられる訳であるから、
盂蘭盆会に、特別なお供えをしたり、ナスやキュウリの動物、
迎え火、送り火、精霊流し、などはしないのだけど、
仏壇やお墓をきれいにして、皆、お参りはするのです。


叱られて、「ごめんなさい」と言いつつ、涙がこぼれる。


こんな風に年上の懐かしい御方に、
子ども時代のように名前に「ちゃん」を付けて呼ばれ、
温かく叱られて、素直にごめんなさいが言えて、
甘えた涙がこぼれる、なんて、10数年ぶりではなかろうか。


電話線の向こうは、「嫁」ではない、「私」が「私」で在る世界。
幼いときから「私」を見つめ、育み、愛してくれた世界。


電話線のこちらは。




あいたたたっ。。。               ペン潤
私としたことが、ホームシックだ~~ぃ!!



こだわるものには、とことんこだわる父は、
生前に子どもたちにお墓で苦労かけまいと、
そして、何より、自分が気に入り納得できる墓を建てたかったため、
私の大学卒業後から(←金食い虫で本当にごめん!!)
母と懸命にお金を貯め、自宅近くの墓地に建てた。

決して裕福でない我が家に見合った、墓石も極々シンプルで小さなものだが、
自らも達筆である父は、字だけにはこだわり、
何人もの彫師さんを訪ねて歩き、これは、というひとにお願いしたのである。



お気に入りの墓が建ち、
自分の父と母の骨を本家に分骨して貰いに出掛け、
一握りの土くれと化したものを
「土に還るのがほんとだから」と骨壷に入れず、そのまま納骨堂に納めて。



そして、父も逝き、父の願い通りに骨壷に入れず、土の上に置いた。

あの日以来、母は、毎日のように散歩がてら墓参し、
父と共に土に還る日をずっと待ちわびている。




私もそこへ行きたい。
私も父母に抱かれて同じ土に還りたい!!




昨年より、ことあるごとに強烈にそう願う自分に戸惑っている。


夫の両親が、そろそろ自分たちの墓を、と
言い始めたからかも知れない。

私はこの地に骨を埋めたくない!と 強烈に想うからかもしれない。

夫の実家と宗派が違うのも、自分のなかで消化しきれない。
夫自身は無宗教ではあるのだが。


こだわるから、苦しい?
のみこめないから、消化不良になる?

死んでしまえば、骨など、墓など、何の意味も無く、
『千の風』になるのであるのに。





父がなくなったとき。
母は立派な「おとな」であり「母」だった。


「 今後、私がいつ、どのような形で逝くことになっても決して悲しまないで。
  どうか、私のために喜んで。
  私は、1日も早く、おとうさんのところに行きたいのだから 」

そう、きっぱりと言ったひとだった。


つい先日、「当時の母は52歳だったのだ」と気付いて愕然とした。
現在の私とそんなに変わらないって、どゆこと??


……あまりに進歩のない、成長してない自分にがっくり。


以前、日記に、母は私の(越えられない)目標だ、と記したが、
全然ダメぢゃん>ぢぶん。


ペン花火




スポンサーサイト

ジャンル : ライフ
テーマ : 生き方

タグ : 盂蘭盆 おさんどん 嫁稼業 実家 ホームシック おとな



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。